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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
序章

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レストニア城塔

 城に到着したアシタカは迷ったが腰の銃をハクに手渡した。少し目を丸くしてそれを受け取ると、ハクは敬意を示すように頭を下げた。その直後、門戸が開いた。


「お待ちしてました」


 満面の笑みを浮かべたセリムが出迎えた。アシタカとハクを交互に見て、自身の腰に下げた剣をハクに差し出す。銀細工なのだろうか、細かい彫刻で飾られた鞘にはやはり共食いする双頭竜。


 袖から覗いた褐色の腕はよく鍛えられて引き締まっていた。洞察力といい腕も立ちそうだと感心していると、セリムにさぁどうぞと促された。


 後ろから衛兵のうちハクだけか着いてきた。


 丘の上から見た城は三重の砦にピラミッド様。初めの砦と次の砦の間には砲台はあれど大砲は見当たらなかった。代わりに毛長牛と赤鹿が世話されている。日に焼けた若い男女や子どもが働く手を止めて珍しげにこちらを見た。


 アシタカが軽く頭を下げると、戸惑ったような慌てた様子で会釈が返ってきた。恐々とした感情が伝わってきて、あまり居心地が良いとは言えない。


「収穫祭の客人だ。アスベル先生の知人で名をアシタカ様と言う。大変世話になったと言っていた。遠方ペジテからの初めてのお客様だ。皆、宜しく頼むよ」


「アスベル様の?」


「まあ、それはようこそいらっしゃいました!」


「セリム様、収穫祭用のチーズが大変美味しく出来たんです。是非お客様にも」


 アスベルの名1つでここまで掌が返ったことに驚いていると、あっという間に小さな人垣がアシタカを囲んだ。


「赤鹿を乗りこなしていましたけど、そちらの国はどのように訓練するんですか?」


「ペジテって何処にあるんです?」


「お兄ちゃん、髪も目も黒いのどうして?」


「1人で来たんですか?」


「チーズは食べたことあります?」


 怒涛のように質問されて辟易していると、セリムが豪快に笑った。


「皆、それは僕の台詞にとっておいてくれ。アシタカ様、すみません。異国からの来訪など滅多にないから興味津々なんです」


「いえ、順番にならゆっくりお答えしますよ」


「あーら、いい男だね。顔立ちも凛々しくてセリム様と並ぶと目の保養だ」


「お前、夫の前でそんな……」


 夫婦なのか目の前の中年男女の痴話喧嘩がはじまる。他も夫婦なのか似たような会話が飛び交った。その隙に子ども達がセリムの足元を囲んだ。


「セリム兄ちゃん、今日の模造風凧の約束は?」


「リノ。勿論、忘れてないよ。」


「だよね。でも早くしないと収穫祭はじまっちゃうよ?」


「お客様をユパ兄上の元へ案内したら戻ってくる」


腰を落として子供達の頭を順番に撫でると、セリムがアシタカを見上げた。


「アシタカ様も良かったら模造風凧を使ってみます?」


「セリム様、その話はまた後で。さあ皆仕事に戻って!夕暮れからは収穫祭、時間が足りなくなるぞ!ユパ新王様も客人を待っている」


 ハクの一声で解散となった。どちらかというと寡黙なペジテ人とは違い、活気のある民だ。特に女の気が強そうだ。頑強な崖という土地柄がそうさせたのだろうか。


「騒がせました。この奥は城爺や城婆ばかりで静かだと思います」


「いえ、後でゆっくりと話をしてみたい。貴方とも」


「僕もアシタカ様に聞きたいことが沢山あります」


 先程の民よりもずっと興味深かな視線を向けた後、さぁとセリムは背中を見せて歩き出した。話しながら足を進める。次の砦と最後の砦の間は水路だった。


「山脈からの地下水が流れ込ますようにしてるんです。一部は飲料用でほとんどは洗濯用です。毎朝崖のこちら側の女達がやってきます。向こう半分は家畜用です。海へ返るようになってます。元々、崖の国はこの塔から始まったんです」


 水路を渡り、塔へと入った。予想に反して塔は吹き抜けの空洞だった。階段が上へと続いている。屋上へ出れるのだろう。


 空からみた時に屋上には小型飛行機一機が乗りそうな場所があった。それにいくつかの砲台と灯台様のものも見えた。それから大きめの鐘。


 てっきりその下が住居だと思っていたので驚きを隠せなかった。


「地下室なんです。嵐や風から、それに山脈を越えてくる毒胞子群から身を守るための先人の知恵です。増築で迷路みたいになってますから、はぐれないようにしてくださいね」


 小窓から差し込む光で少し暑い。足元には3つの階段があった。


 階段の1つをセリムが下っていった。アシタカは素直にそれに続いた。後ろに少し離れてハクが続く。


 降りると通路が伸びていた。壁に飾られた筒状の瓶に淡い光を放つものが入っている。その青白い灯りが廊下を照らしている。壁はよく磨かれているが、天然の岩色だ。昼間だという事を忘れそうな、薄暗い世界。


 似たような景色にどこを歩いているか分からなくなる。まるで迷路だ。


「灯りは光苔ですね」


「海辺で養殖してます。松明は怖いですから」


「ランプも使いませんか?」


「人手も足りずあまり燃料が採掘できないので、一部の部屋で。部屋によっては外からの明かりが入るように工夫されてます。後で城も国もゆっくり案内させてください。可能であれば、色々意見をもらいたい。僕達はこの国をより暮らしやすくして子孫へ残してあげたい」


 振り返ったセリムの表情は眩しいほどの笑顔で、信頼と希望に満ちていた。ここまで歓迎されると、故郷での予防策が卑怯にさえ感じてしまう。それから彼がいつか謀略に足をすくわれやしないか、と心配にさえなる。


「遅いから心配しましたぞ、セリム様」


「ミト、こちらがペジテのアシタカ様です」


 薄暗い廊下から姿を現したのは、腰の曲がった髪も髭も繋がった老人だった。白い髪には艶がなく、顔色は土気色。単身短躯でゆっくりと歩いてくるその様に思わず身構えた。


 目の前に来てみれば正気の満ちた様子で、予想よりずっと元気そうな姿に胸をなで下ろした。


 濃い海色の瞳がじっとアシタカを観察し、それから小さく微笑んだ。つられてアシタカも笑顔を返す。


「年寄りで、気味が悪くてすまないのう。でもまだまだ倒れたりはせん」


「いえ、すみません」


「ふむ、ふむ。では、セリム様お役目ご苦労。隣間にて待たれると良い」


「終わったら、僕は彼と是非話がしたい」


「お客様が宜しければ、セリム様を案内につけますから」


「アシタカ様、ではまた後ほど。国王が歓迎致します」


「こちらこそ、是非また後で」


 お互い深々と頭を下げる。セリムは廊下の暗がりへと消えていった。ハクもセリムの後ろへ着いていく。その後ろをゆっくりとミトが歩き出した。


「どうでした、我が国の王子は」


「敏活ですね」


「末の王子です。そなたに似ていると思いますぞ。未知の国へ単身よくいらした」


 議会から退いた老会にいる、先人と同じような色を湛えた瞳。どこの国も知恵のある古き者は相談役として重宝されるのだろう。ミトはおそらく王族ではないが、それなりの権限を得ているに違いない。重厚な雰囲気が物語る。先程までの観光気分が消失し、本来の使命を思い出す。


「アスベル様に託した手紙をお読みいただきましたか」


「この古い爺とそれから何人かの婆と前王、それから新王が拝見いたしました」


「ありがとうございます」


「こちらが王の間です」


 なんの変哲もない、他と変わらぬ質素な扉の前で止まると、ミトはゆっくりとドアノブに手を掛けて引いた。もう1つドアが現れた。


 共食いする双頭竜。


 鋼鉄性であろう重厚な扉に浮かぶ白銀の紋様。竜の下には折り重なって倒れる人々。祈りを捧げる民。頭上には大きな羽を広げた鷲が今にも飛び立とうとしている。その後ろには実り豊かな穂。


「自らを食らい民に与えし蛇は大鷲となって平穏なる大地へと導かん」


 それから双頭竜のノッカーで扉を鳴らすのとほとんど同時に、自然と口から溢れていた。


「ペジテの古文書に記録があります。毒蛇の巣から旅に出た大鷲とその民について。きっとこの国の事です」


「それは興味深い。我らは国を嘆き逃亡し、命からがらこの険しき大地を開拓した民と伝えられている。元の生まれも血筋も失われていたと思っておった」


「いえ、それでも良いと思います」


「そうかの。まあ王は気に留めないだろう。ならばその話、セリム様にしてくだされ。目を輝かせて飛びつきます。爺は冥土の土産にセリム様から面白おかしく語ってもらいます」


 血塗られた骨肉の争いを繰り返しながらも、他国を脅かし、簒奪する狡猾な毒孕む蛇の巣ドメキア王国。崖の国とドメキア王国の接点が今は途切れている事に安堵の念が沸き起こる。


 ミトが下がったのでアシタカもそれに倣う。


 扉が押し開かれアシタカは胸を張って中へと入った。


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