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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
序章

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大工房ペジテのアシタカ

 東の小国、正確にはペジテの東南に位置する崖の国レストニア。ホルフル蟲森から舞い込んでくる毒胞子から守ってくれる海風に愛された国。


 断崖を掘って造られた住居、地下水をくみ上げる風車群、常に風向きを知るために発達した気候学、段々に開拓された田畑。


 旅医師アスベルから教えられたその国に以前より興味があったがなかなか訪れる機会はなかった。


 レストニアを治める王は聡明で交流の価値があるとの助言に議会で議論を何度も重ねた。


 クロディア大陸で最も大きな蟲森、ホルフルを越えなくてはならない上に砂漠と岩山も立ちはだかる。海路を進もうにも大渦の岩礁迷路があるため一筋縄ではいかない。


 帆船に大小の飛行船おまけに古代遺跡を有するペジテは常に3つの国より狙われている。

 

 と、言っても大陸一の軍事力を持つ工房の防衛は疎かにならない。圧倒的覇王。しかし基本的には外界と不干渉が掟。レストニアにはその価値があるのか、外交で何が得られるか、議論はなかなか終わりを迎えなかった。


 1年の時を経て、再びアスベルがペジテに立ち寄った。レストニアへ向かうという彼に議会から書簡を託した。


 争っていたドメキア王国とベルセルグ皇国が停戦したという噂が1番の理由だった。手を組んだ両国がペジテを襲撃するのでは、という懸念から避難地の確保が提唱された。まずは偵察をということで、此れ幸いにとアシタカは名乗りを上げた。反対を押し切った。


 大技師の息子アシタカがマルチロール機で単身崖の国へ赴き、白旗を掲げる。歓迎ならば青、拒絶ならば赤い信号弾を上げて欲しいという交渉に、晴天貫く群青の柱があがった。このようにしてアシタカは崖の国の大地へ足を踏み下ろした。


 アシタカを迎えたのは鳥に似た薄い機体に乗る男だった。小さいエンジン炉が見えるが飛行機というには金属が少なすぎる。本物の鳥のようにアシタカの周囲を舞うその機体に目を奪われる。どのような原理で動いているのだろうと機械技師の血が騒いだ。


機体の上に両腕でつかまっていた体がくるりと機体の下に回った。パラシュートのように下降していくがその速度は速い。


 男が様子を伺うように振り返った。目が合うと飛行用のゴーグルの向こうで深い青の瞳が細くなった。簡易マスクで顔の半分が隠れているが、目元の感じは若い。


「カンゲイスル。チャクリクヘアンナイスル」


 手信号に従いついていく。


 汚れ一つない白い服に宝飾、頭に被せた兜には竜らしき像が浮かんで見える。国の中心にある高い建造物の頂上に掲げられた旗と同じ模様。青地に銀色の刺繍が施された旗に既視感を抱いた。


 そうだ、赤地に反目する双頭竜を掲げる毒蛇の巣、ペジテ北西のドメキア王国国旗に類似しているのかと思い当たる。


 血で血を洗う冷酷無慈悲と名高い国。


 ペジテに残る言い伝えに「蛇と大鷲の争い」がある。


 ここは争い破れて北を去った大鷲が辿り着いた地かもしれない。


 かなり離れた盆地に誘導された。素直に着陸して機体から降りる。すぐそばに先ほどの鳥機体も降り立っていた。


「はじめまして、崖の国レストニアのセリムです。遠い国よりようこそいらっしゃいました」


 快活で敵意の全くない声に緊張が解けた。罠だったらと腰の中に伸ばして手の力が少し抜けた。


「大工房ペジテのアシタカです。歓迎ありがとうございます」


「アスベル先生から聞きました。優れた技術を有する職人の街だと。楽しみにしていたんです。まさか同じくらいの歳の方が来てくれるなんて思ってなかったので、すごく嬉しいです」


 兜を脱いで手を差し出してきた青年の屈託のなさに、残っていた張りつめていた糸も切れた。アシタカは腰元から手を離して握手に応じた。少し癖のある黄金色の髪が潮風に揺れる。ドメキア人と同じ髪と青い瞳。その身体的特徴には嫌悪感を感じるところだが、目の前の邪気のない青年にはそんな感情は湧いてこなかった。


「長旅で疲れているでしょう。申し訳ないですがその機体、消毒させてもらってもいいですか?」


「自分でしますよ。お待たせしますが」


 切り裂くように進んできたとはいえ、どこに何がついているか分かったものじゃない。蟲森の毒胞子を他国に持ちこむわけにはいかない。


「囲い火を用意してあります。ハク、頼む!」


「はい、セリム様」 


 低い崖の上から軽装備の男たちが現れた。手に松明を持っって腰には小型ナイフをつけている。ハクと呼ばれたひときわ体の大きい男を先頭にして、ぐるりとマルチロール機とアシタカを囲んだ。一瞬焦ったが、セリム様と呼ばれた青年が腰を下ろして機体を興味深そうに眺めたのでつられて座った。


「あんな風に速度調整できるのはいいですね。この国には飛行機はガンシップしかない。」


「ガンシップ。貴重な飛行機では物足りないと?」


「いえ、風を切り裂く悲鳴が好きではなくて。まあ幸いにも使う機会もずいぶんないので倉庫にしまわれていますけどね。」


 ごうごうと火に囲まれて肌が熱い。胞子はついてなかったのか特に焦げる音や零れ落ちる灰胞子もない。セリムが簡易マスクを外したので、アシタカも同じようにマスク部分の襟を下げた。しげしげとマルチロール機を覗き込む横顔は好奇に輝いている。まるで幼い少年のような顔つきに、弟が居たらこんな気持ちになるのかもしれないと笑みがこぼれた。


「セリム様、客人が呆れておりますぞ」


「あ、すみません。ハク、終わりかな」


「ええ。さあ赤鹿を待たせてあります」


「アシタカ様、この機体は責任もってお預かりします。このままでもよろしいでしょうか?」


「ああ、構わない」


 帰国が予定の3日を過ぎたら大工房から飛行船が経つ。この小さな国がどうなるかは目に見えている。その可能性はなさそうだが。


 崖にかけられた梯子を登りきると、国が一望できた。険しい岩をよくここまで切り開いたと感心せざるを得ない。二つの大きな建造物。うち一つは先ほどの国旗からして城なのだろう。崖を分断する運河にかけられた大きな橋が城から延びている。正反対の位置にもう一つの塔。巨大風車が海風を受けて豪快に回る。


 鳥の形をした凧が無数に上がっている。点在する風車の間にならぶ平屋。その周囲に毛長牛や羊、山羊が見える。アスベルの話によれば民の大半は崖を掘り進んだ洞窟内を住まいとしているらしい。海風が逆流方向になった場合に訪れる死の胞子から身を守るために作られた地下世界。


 それでも畜産を地表で行う工夫を凝らしている様子も、貧困そうな岩の大地に金色に揺れる稲穂の段々畑からも、長年の経験と知恵で閉じこもらずとも生きていく手段を手にしているというのが分かる。


 土地柄、開拓は困難を極めただろう。ゆえに決して広くはなさそうだ。けれども整備された、美しい国に想像以上に感銘を受けた。


「国といっても、ほとんど村です。国民総出で働いてなんとかやっています」


 しばらく崖の国を眺めていたアシタカに、セリムが誇らしげに告げた。


「ハクと衛兵が城まで赤鹿で案内します」


「赤鹿、手なずけているのか」


 少し歩くと数頭の赤鹿が今か今かと待ち構えていたように掛けてきた。気高いこの鹿を乗りこなすのには骨が折れる。温厚な雌はまだしも雄は強靭な足腰に鋭い短角は重宝されるが、その気性の激しさ故に乗り手を選ぶ。選ばれればその高い能力をいかんなく発揮してくれる。


「若鹿なのでハクの前に乗って」


「いや、僕も得意だ」


 セリムの言葉を遮り一番手前にいたまだら赤毛に手を伸ばした。赤い瞳をじっと見つめてひらりと乗って軽く頭をなでると、軽く脇腹を蹴った。


「お見事」


 ハクの台詞に続けて衛兵数人からも、おおっと感嘆があがった。


「ペジテには迷い赤鹿の1頭しかいないから、羨ましいです」


「その主なんですね。匂いで分かるんでしょう」


「そうでしょう。賢いですから。いいところを見せようとして落とされたらどうしようかと思いましたよ」


 ハクの言葉に気を良くしているとセリムがアスベルの跨る赤鹿を撫でた。親しそうに顔を舐めまれてくすぐったそうに笑っている。


「ヤクル、お客様を頼んだよ。ハク!私はオルゴーで戻る。くれぐれも粗相のないように!」


「お任せください!」


「アシタカ様、王が城で歓迎の準備をしています。私もすぐ向かいますので城で会いましょう」


 再び盆地へ向かったセリムの姿が見えなくなると、ハクに促された。後ろをゆっくりと着いていくと、上空にセリムの姿が現れた。


「あの機体がオルゴーですか?まるで鳥のようだ。」


「我々は風凧と呼んでます。希少なエンジンを最低限しか使用せず、縦横無尽に空を飛ぶ。上空で停留もできる素晴らしい発明です。風を詠まなければ扱えないですけどね。」


「風を詠む?」


「この国は風に守られ、襲われてきた。だから肌で、目で、あらゆる感覚で風を感じ寄りそってきました。セリム様が幾らでも教えてくれますよ」


「そうか、それは楽しみです」


「代わりに凄いですよ」


 大きな口から白い歯を見せてにやりと笑うとハクが続けた。


「アスベル様からペジテ大工房の話を聞いて大興奮していましたから。我らが何故何王子様は」


 動揺したのを感じたのか赤鹿が駆け出し、アシタカはグッと手綱を握って瑠璃紺の国旗が翻る城を目指した。


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