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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
第ニ次クロディア大陸戦争

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風の子と悪魔と蘇る絆

 とある夜、リノはコツコツ、コツコツという音で目を覚ました。

 アピスの子が窓を叩いている。三つ目が赤いから、何かに対して怒っていると感じた。

 リノはアピスと会話が出来ないので、何に対して怒っているか分からない。頭の上に乗っかったアピスの子が、何かを主張しているというように髪の毛をぐしゃぐしゃにする。

 悩んだ結果、リノはそっと窓を開いた。

 すると、アピスの子はリノの背中にしがみつき、他にも二匹現れ、体を持ち上げる。


「えっ? ええっ⁈」


 気がついたら空の上。雲の上まで運ばれて、今度は大きな、あまりにも大きなアピスが現れた。

 その背に乗せられ、訳も分からず運ばれた先は、師匠セリムの研究党——多分だった。

 蟲森近くに薬学、医療の研究塔があることはリノも知っている。

 早く、早くというようにアピスの子に服を引っ張られ、水車から水を汲み上げて、貯めているところへ連れて行かれた。

 好奇心よりも戸惑いが強い。ドサドサと何かが降ってきて、師匠のゴーグルとマスク、それに手袋だった。空を見上げたけれど何もいない。

 

(蟲森近くだからつけろってこと? 師匠?)


 師匠の指示なら弟子として誇らしい。リノはブカブカのゴーグルと手袋をつけ、紐で調整し、マスクもどうにか結んだ。


(あれっ……?)


 貯水槽から水が溢れているところに、リノの手のひらくらいの蜘蛛がひっくり返っている。

 いくつもの足が痙攣して、何個もある灰色の目がチカチカと点滅している。

 アピスの子たちがその蜘蛛を囲い、黄色い目でジッと見つめている。

 さらに、アピスの子の一匹が足でぺんぺんと地面を叩き、リノのことを何度も見上げた。


「えーっと……」


 アピスの子の足が地面を叩く強さが増す。

 ペンペンペンッ! 

 早く! というように。


「助けろってこと?」


 話せないから返事はない。師匠は生き物が好きだから、弟子なら苦手な蜘蛛くらい触れないと。

 リノは訳が分からないまま、蜘蛛を持ち上げようとした。

 すると——、蜘蛛はいきなり目を青くして、ぴょんっと跳んだ。

 いくつもある足を動かし、跳ね、まるで踊っているみたいに。

 

「生き返った!」


 リノが叫ぶと蜘蛛は止まり、彼をジッと見つめた。おまけにまるで人間のようにペコリと頭を下げた。思わず、良かったと拍手。


(こんな蜘蛛は見たことがない。師匠なら喋れるかも)


 蜘蛛はピョンっとさらに跳ねた。それも何回も。とても高いところまで跳ねられて凄い。

 しばらく夢中になって観察して、「そうだ、師匠」と呟く。

 アピスの子たちはもう青い目をしていて、リノの頭上を旋回している。


「塔の中にいるのか。でも、それならなんでこの蜘蛛……」


 自分はどうやら、蜘蛛を助けろと呼ばれた。しかし、塔に師匠がいるならその必要はない。

 師匠はいないだろう。けれども、どのような内部なのかという好奇心が勝り、塔の中へ足を踏み入れた。

 すると、あまりにも予想外の、辺な格好をしていて全身が見えない者と遭遇した。


「あ"あ"?」


 その声を聞いた瞬間、リノの全身から汗が吹き出し、吐き気がして、血の気が引いた。

 彼の本能が、危険を知らせている。リノは後退り、腰を抜かしそうになった。


「こんなところに子供?」


 声からして男。目の前の男が手を伸ばしてきたので悲鳴を上げかけた。

 しかし、その時——。


「——痛ってぇ!!」


 蜘蛛が飛び出し、男の手に噛みついた。蜘蛛が男の手で叩かれそうになり、リノは咄嗟に蜘蛛に両手を伸ばした。叩かれた手が酷く痛い。

 

「ガキごと死ね!」


 視界の端にナイフが見えたので、転びそうになりながら逃げた。

 しかし、背中に激痛が走り、こんなに強い痛みは初めてなので大絶叫。

 髪を掴まれ、ぐらぐらする視界の向こうにまたナイフが見えて、思わず「助けて!」と叫んだ。

 

「っ痛!」


 苦悶の声がして、ナイフが男の手から落ち、髪から手が離れた。

 リノは必死に逃げた。蜘蛛を両手で掴んで、塔の外にさえ出ればアピスが助けてくれると信じて、必死に足を動かした。

 階段でもつれて転び、転げ落ちて死ぬと思ったら体が浮いた。

 次々とアピスの子が現れて、囲まれて、何も見えなち。まるで雨雲に抱っこされたような灰色の世界。

 どこかへ運ばれていく。きっと崖の国へ帰してくれるのだろう。

 世間からすると軽傷の分類、あまり怪我をしたことのないリノからすると大怪我は、やがて彼の意識を奪った。

 

 ★


 目を覚ましたリノは、知らない天井を見上げた。

 ここはどこだろうと体を起こしたけれど、まるで知らない場所だ。

 布団や家具の柄は見たことがないし、他にも知らないものがある。

 色々見て周ろうとして、背中が全く痛くないことに気づいた。驚いて背中を見ようとして、上手く見えなくてぐるぐる回る。

 

「誰かいませんか? 誰が助けてくれたんですか?」


 声を出したけど誰もいない。台所があるし、辺な形の見たことのない野菜らしきものに芋があるから人は住んでそう。

 リノは迷いながら家から出てみた。すると、そこは丘で、草原になっていて、空は青く、とても綺麗なところだった。


 丘に誰かがいる。見惚れるほどに艶やかな黒髪に整った美しい横顔。

 伏せた目に長いまつ毛の影が落ちている、だからなのか、肌の白さがそう感じさせるのか、真冬の雪のようだと唾を飲む。

 草原の中で佇んで、青空を見上げて祈るように手を合わせている彼女に、リノはそろそろと近寄った。

 師匠ならきっとそうすると、一生懸命、自己紹介をする——はずが、麗人と目が合った瞬間、体が動かなくなり声は出なかった。


「そなた、もう体はよろしいのですか?」


 恐ろしいと感じた女性が労りの言葉をかけてくれたので、リノはホッと胸を撫で下ろしてお礼を告げた。


「体のことを心配してくれたなら手当や看病をしてくれた人の仲間ですね」そう続けようとしたけど緊張で言葉が出てこない。

 女性がしゃがみ、品の良い手でリノの髪を撫でた。それは師匠や崖の国の大人がリノを慈しむ手と同じ柔らかさだった。


「顔色は良いですね」


 春を告げる雪解けのように煌めく微笑みを向けられた。とたんに胸がドキドキと高鳴る。


「あの! ここはどこですか⁈ 僕は師匠の研究塔にいたんです! そうしたら怖い雰囲気の男がいて、ナイフを持っていて、でも……あーっ!!!」


 リノは自分の両手を確認して何も居なかったので叫んだ。


「どうしました?」


「蜘蛛が助けてくれたんですけど居ません!」


 女性はなぜかリノの肩に手を伸ばした。


「助けてくれる蜘蛛とは天候を司るフクガミ様の遣いです。こちらにいらっしゃいますよ」


 リノが肩を見ると、美しくてすらりとした指がこしょこしょと蜘蛛を撫でた。

 嫌われ生物の蜘蛛を可愛いと触れる女性なんて、これまでいなかった。


「フクガミ様ってなんですか? 天候を司っているのは風の神様です」


(わたくし)の国にはヤオヨロズの神々がおりますの」


 リノは「綺麗なだけではなく上品な人だ」と見惚れつつ、聞き慣れない単語に首を傾げる。


「ヤオヨロズとは数えきれない程という意味です。ヤタグモは我が家を守護するオオフクガミ様。好かれるとは、そなたは良い心根をお持ちなのでしょう」


 褒められて嬉しくてならないが、女性の話がリノにはサッパリ理解出来ない。


「数えきれない神様……。うーん。神様は風の神様だけです」


「ふふっ。そなたのお国ではそうなのですね。それならきっとこちらの蜘蛛さんは風の神様の遣いなのでしょう。助けてくれたのですから」


 微笑が破顔になり、リノの心臓はさらに跳ねた。

 愛嬌たっぷりのシュナやラステルとは全く別の種類の美人だと。

 品の良さはシュナに通じるが、目の前の女性はとても神秘的な雰囲気だ。

 蜘蛛は少年の肩から女性の肩に跳び移り、その体をそうっと首筋に寄せた。

 女性の耳たぶで丸が連なる透き通った薄青色の飾り物が揺れ、太陽の光に反射してキラリと輝いた。

 

「あらあら、愛くるしいですね」


 まるで師匠みたいだ。リノは目の前の女性を一気に好きになった。

 しかし、先程会ったばかりで、どう話しかけて良いのか分からずもじもじする。


「ここはどこなのかご説明致しますね。そなたがどこから来たのか教えて下さい。参りましょう」


 女性はリノの手を取って歩き出した。


「フクガミ様へ恩返しはまず歌ですよ」


 そう笑い、ゆっくりと歌い始めた女性を見つめる。


「あなたに出会い、全て輝いて、私が生まれ、燃えるような星々に手を伸ばした」


「あなたに出会い〜」


「ふふっ、お上手ですね。生まれ変わってまた巡り合いたい〜」


 女性は歌い続けた。旋律も声もとても美しくて、涙が出そうになる。


「あの、それはなんて歌ですか?」


「奇跡の歌姫というコテンギキョクのレンボサイエンという歌です」


「ギキョクってなんですか?」


 他の単語も分からないが、まずはそれについて尋ねた。


「物語を演じる舞台のことです」


「それなら分かります!」


「奇跡ノ歌姫はご存知ですか?」


「知らないです。ヤタグモ? という蜘蛛が出てくるんですか?」


「ヤタグモ様が出てくるのはコキュートスと太陽でございます。そちらもご存知無いでしょうか。姿形でそうですが、そなたは私とは異なる国の子のようです」


「僕は崖の国のリノです!」


(わたくし)は……」


「アフロディテ!」


 女性はその声で顔の向きを変えた。

 その肩の上で、蜘蛛——幼いアラーネアの思考が目まぐるしく回転する。


 気づいたらロトワではない森にいて、ふーん、色々記憶が欠けているし、能力も乏しくなっているし、我は我だけどはぐれ王でもアトラでもない子供だから変な感じ。

 転生とはこんなだったか? と散歩していたが、狂おしい程懐かしい声と歌で転生前の記憶が蘇った。

 自ら死ぬのは怖いし嫌だけど、深淵で父と遊ぶ方が楽しいので早く死にたいなんて考えは撤回する。


——ふんっ。サルベージもろくにできない出来損ないめ。王座は我のものだ


 こうして、アラーネアの王——アトラナートの座につく者は変わった。

 記憶の海をあっという間に泳ぎ、あれから千年だという情報を入手。

 セリムが沈んだ深淵とはまた別の深淵、失われている間の古い記憶を引っ提げて、高らかに宣誓する。


——心の弱い腑抜け共め。我がロトワの王に返り咲く


——さあ、あの頃の記憶を蘇らせよ!



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