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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
第ニ次クロディア大陸戦争

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314/316

彼と彼女の小さな世界2

【ホルフル蟲森 タリア川ほとりの村】


 イブンは忙しい身である。それで自ら村の案内を買って出たが、ラファエは既に後悔し始めている。

 シッダルタという男は寡黙。雰囲気も陰鬱。おまけに頭の上にガンの幼生を乗せている。

 ラステルがついてこなかったのも誤算。ヴァルと積もる話があるというし「姉様がシッダルタを案内してくれるなら私はカールさんを」と言われてしまった。

 村内を案内する間、村人達は恐れ慄く視線を容赦なくシッダルタに浴びせた。外界人で蟲を従えている。当然だ。

 ラファエもラステルが「セリムの大親友」と言わなかったら隣に並ぶ気など起きなかっただろう。


「この坂の上がタリア川です」

「はい、ありがとうございます」


 同じ台詞を聞くのは今日何度目だろう。どこを案内してもシッダルタはそれしか言わない。木の根が作るトンネルを無言で歩く。気の利いた会話が出来る性格なら良いのに。


「アピ! 待て!」


 突如シッダルタの頭上からガンの幼生が飛び立った。シッダルタがそれを追いかける。女性のように結んである黒髪がゆらゆらと揺れながら遠ざかっていく。

 

「お待ち下さい!」


 勝手に離れるな、という気持ちから手を伸ばし、駆け出す。すると足元の苔で滑った。


「危ない!」


 気がつけば地面に座るシッダルタの上に覆い被さっていた。シッダルタと目が合う。産まれて初めて見る畑の土のような色の瞳。

 背中に回された腕が柔そうな見た目と違いあまりに硬い感触で驚く。目が丸まるのが自分でも分かった。

 途端にシッダルタの黄色気味の顔が赤黒く変色した。


「す、すみま、すみません……。危ないと思って……」


 シッダルタはラファエの両肩を掌で押し「失礼します」と告げると脇の下に手を入れてきた。体がグッと持ち上がる。

 彼が立ち上がると、ラファエは爪先立ちのようになった。そうっと地面に降ろされる。


「失礼します」


 再度そう口にするとシッダルタはラファエのスカートの裾を軽く叩いた。彼の顔はまだ赤い。

 自分が恵まれた容姿だという自覚はある。だからシッダルタが照れた様子なのは意外でもない。

 しかし、今になって? とも感じた。大抵は最初からだ。熱視線や近寄りたいという覇気に、しまりのない表情。そういうものはいつも初めから。そうでない者はラファエに興味がないか隠しているかどちらか。

 そういえばセリムは前者で、かつてのイブンは意図せず隠していた後者だな、という今関係のないことを考えた。


「ありがとうござ……ひっ!」


 ブーンという羽音が耳元でして、ガンの幼生の体が見えた気がして、ラファエは思わずシッダルタにしがみついた。そうしてからしまった、と顔を上げる。

 再びシッダルタと視線がぶつかる。彼の顔はまだ赤黒かったが、その目は明らかに怯えていた。照れではなく。怯え? 何故?


「おうわっ!」


 シッダルタは声を出し、両腕を上げた。


「だ、だ、大丈夫です。その、そそ、その子は子どもで、ラステルが好きで、ラステルの姉君にも好意的で……痛っ!」


 顔を歪めると、シッダルタは口をすぼめた。舌を噛んだようだ。

 シッダルタの頭の上にガンの幼生がとまり、前脚で彼の額をペチペチと叩き出す。


「違うアピ。違うって」

「蟲と……蟲と話せるのですか? イブン様やセリムさんと同じように」


 セリムと同じ、そしてセリムの大親友。助けられたのもあり、急に親しみが湧いてきた。


「こ、声が少しだけ聞こえますが、俺の言葉は伝わっていなさそうです」

「セリムさんの大親友だとうかがいましたが、崖の国ではお会いしませんでしたね」


 同じ日に焼けた色の肌でも、肌の色みは違う。崖の国の者達の瞳は青色系だった。彼等の髪色は黄金色系。しかしシッタルダは異なる。

 黒系の髪や瞳に黄色気味の肌はアシタカと同じだ。彼もアシタカと同じ、ペジテという遠い国から来たに違いない。気さくに会話をしてくれるのなら、その辺りのことを聞いてみたかった。

 セリムはラステルと離れて何をしている? それにあのアシタカは関わっているのか?

 アシタカは……元気なのか……。

 彼になら、村の誰にも打ち明けられない戸惑いや苦悩を語れる気がする。崖の国で破裂したラファエの心を受け止めてくれたように、また優しく微笑みながら良い道を促してくれるだろう。尊敬とは、こういう気持ちなのだと知った日だった。


「崖の、崖の国に住むようになっちゃのは……」


 シッダルタは右手を目に当てて天井を仰いだ。


「すみま、すみません。女性に慣れていなくて。噛んだり、ども、どもるのは無視してくだっ痛!」


 シッダルタはまたしても舌を噛んだ。思わず吹き出す。寡黙だと思っていたら緊張か。

 それでああ、と思い至る。セリムやラステルと何かしらの話をして外界からやってきたとはいえ、見知らぬ土地で敵意のような視線を向けられて、緊張しない者などいない。ましてはここは蟲森にある村で、シッタルダは外界人。

 崖の国で、大歓迎されたのに常に緊張の糸が張り詰めていたことを思い出す。


「いえ。すみません。村人達が怯えていて、居心地悪いでしょう」


 自分が美しいから気後れしているのではなく、女性に慣れていないだけ。自惚れた自分を恥じる。ラファエはシッダルタから少し離れた。

 それから、タリア川に向かって歩き出す。横並び、ほんの少し後ろをシッダルタがついてくる。

 

「突然の来訪なのに受け入れていただだき、かかかん、感謝しかないです。あー、もう。これだ……。本当、すみません」

「私、初めて崖の国を訪れた際、上手く笑えませんでした。元々笑うのは得意ではないですけど。誰だって知らない土地ではそうなると思います」

「いやあ、セリムだったら大興奮ですよ。ソレイユさんもだな。見習わないと」


 ソレイユとは知らない名前。シッダルタと同じく崖の国で会わなかった者。響きからして女性だろう。シッタルダの故郷、ペジテにいる女性だろうか。


「こ、この村、知りたいことが山程あります。この地下空間をどのように築き上げたのか、なぜ毒胞子が入り込まないのか。水路も……」


 坂を登りきったとき、シッダルタが息を飲むのが分かった。彼の顔を見上げる。陰鬱そうだった瞳はキラキラと輝き、感嘆が彼を包んでいる。


「水路の水源地はこれか。ラステルから美しい川だと聞いていたけれど、川というより湖だ」


 見慣れた青々としたタリア川を、シッタルダが感嘆の眼差しで見つめる。しばらくしてシッダルタがこちらを向いた。そうして柔らかく微笑んだ。あまりにも無邪気で優しい笑みだったので驚く。


「とても綺麗ですね」


 その言葉がタリア川にかかっているというのに、ラファエの心臓はドキリと跳ねた。

 シッタルダの屈託のない笑顔はあまりにも眩しかった。まるで、初めて太陽を見た時のように。

 ずっと陰鬱な雰囲気だったので、ギャップが激しい。このように邪気なく笑える人は、悪い者ではないと、ラファエの中で張り詰めていた緊張の糸は、更に緩んでいった。


「えっ? いや、あの、その、貴女もとても綺麗ですけど、俺は今はその、この川が綺麗だと……」


 シッダルタはオタオタしながら早口で喋り、頭に手を伸ばした。わしゃわしゃとガンの幼生の毛を撫で始める。


「本当に綺麗な川で……タリリ、タリア川は綺麗……。いや失礼。タリア川も貴女もうち、美しいです!」


 軽く叫んだシッダルタの顔は、湯気が出そうなくらい赤黒い。


「ふふっ、ふふふ。あり、ありがとうございます」


 村の男とも、セリムとも、アシタカとも似ていない不思議でおかしい人。ラファエは腹を抱え、体を少し折り、揺らした。


「あの、ラファエさん?」


 どうしてだか笑い声が止まらない。ラファエが笑い続けるものだから、シッダルタは困ったようにしている。それでも笑うことを止められない。


「いえあの、すみません。なんだか面白くて。同じペジテの方でもアシタカさんとは随分違いますね」


 込み上げていた涙を指で拭う。笑って涙が出るなんて生まれて初めてだ。


「ペジテの方? いや、俺はベルセルグ……。ああ、じ、自己紹介が遅れました! 故郷はベルセルグ、崖の国のセリム王子目付役のシッダルタです!」


 シッダルタはバッと頭を下げ、元に戻った。機敏な動き。視線は斜め上。まだ赤黒い顔で、唇が震えている。ラファエはまた笑ってしまった。


「ベルセルグ? セリムさんの目付?」


 目付なら崖の国で紹介される筈。しかし、彼は不在だった。故郷のベルセルグというところに帰国していたのだろうか? 

 考えていたら思い出した。ベルセルグという国はペジテと戦争をしようとしていた国。ドメキアという国と手を結び、ペジテへ侵攻しようとしていた国の名がベルセルグだ。

 ラファエの眉間に自然と皺が出来た。


「あーっと、えーっと」


 シッダルタは突然しゃがんだ。村では見慣れない上着の内側から黒い棒を出すと、シッダルタは地面に絵を描き始めた。菱形に似た複雑な形。ラファエもしゃがんで、シッダルタの絵をジッと見つめた。


「ここがホルフル蟲森です。村はどのあたりだろう? 崖の国はこの東の端です」


 シッダルタの棒がバツ印を描く。


「ベルセルグ煌国はこの大陸中央辺りにあります。岩窟を切り拓いて築かれた国で、国を守る巨大な山脈が南北に二つ」


 これまでと違って饒舌。黙ってシッダルタの絵を眺める。大陸と告げられた形に岩山に森、土の上に描かれたのにとても綺麗だ。ラファエはしげしげと絵を見つめた。世界とはこんなに大きいのか。崖の国へ足を踏み入れただけでも驚愕だったというのに。

 シッダルタがホルフル蟲森と告げた場所はわりと広い。ベルセルグ煌国という場所は崖の国からかなり離れていた。あの飛行船というもので移動したのだろうか。


「岩窟龍王という、この山の神様が創ったといわれている国です」

「がんくつりゅうおう? 飛行船という機械で崖の国へ? こんなに遠いところからどうしてです?」


 ラファエの知らない外界の世界。ラファエは思わず絵に手を伸ばした。飛行船という機械は凄かった。あっという間に山を抜け、森の上を飛び、砂漠に着陸。あれがあれば、きっとシッダルタが描いた大陸のどこにだって行けるだろう。


「色々あって。俺はこのベルセルグという所からここにあるペジテ、ペジテは知っているんでしたっけ?」


 顔を上げたシッダルタと視線がぶつかる。ラファエは小さく頷いた。ラステルとセリムが行った地。そこで何があったのか、ラファエはまだ知らない。今後も教えてもらえるか分からない。

 ラステルは「私は元気だったわ」と口にした。ヴァルもそう。ラステルは元気にしていると崖の国から連絡があったとしか言わなかった。

 嘘だと思うが、心配させたくないという気持ちからだろうと考えると聞くに聞けない。


「ペジテへ行く機会があって、そこからドメキアへ。そうだ。ドメキア王国のシュナ姫はラステルととても仲が良くて。ラステルは貴女とも会わせたいとずっと言っています。ラステルにシュナ姫とはどなた? と聞いてみてください。ラステル、ずっと喋り続けると思いますよ」


 シッダルタはにこやかに笑った。とても穏やかな笑み。それなのにどこか寂しげに見える。何故? 故郷が恋しいのだろうか。それにしても、もう羞恥心は消えたらしい。


「このドメキアへ行く道中でセリムとラステルと出会ったんです。二人は俺の恩人で、意気投合して、セリムの考えに感銘を受けて、それで崖の国へ」


 聞きたいことが山程出てきた。


「安全になったら俺、セリムやラステルにベルセルグを案内します。良かったらラファエさん……も……」


 しまった、というようにシッダルタは両手で口元を押さえた。


「安全になったら? 今は安全ではないのです?」

「そ、そう。ベルセルグは今荒れているんです」


 嘘だ、とピンとくる。


「ベルセルグはドメキアというところと共にペジテを襲うと聞きました」


 えっ? とシッダルタが目を丸めた。


「ベルセルグの王子がそう密告したと。それでセリムさんはアシタカさんと共に発ちました。ラステルはセリムさんについていきました。何があったのですか? 私、ずっとラステルが、セリムさんもですけど、ラステルが心配で……」


 心配、と口にした途端ポロリと涙が溢れた。あっけら感とした様子で元気よく帰宅したラステルに、心底良かったと言いたかった。けれども、踏み込ませてくれない。心配させてもらえない。

 崖の国で酷い言葉を何度も何度も投げつけた。だからきっと、二人の間にはもう深い溝がある。そのせいだ。


「あーっと、その、無事にアシタカが全部まとめて、俺の国の皇子が協力して、色々大事になる前に終わりました」


 大丈夫、というようにシッダルタが微笑む。彼は上着の内側から布を出して手渡してくれた。藍色の薄い布が折り畳まれている。ラファエは「ありがとうございます」と告げて頬を濡らした涙を拭った。


「アシタカさんが? それならセリムさんはどこへ? 意地でもついていくというラステルがなぜセリムさんと離れたのです?」


 少し考えるように俯くと、シッダルタは地面の絵、ベルセルグの少し上の方をぐるりと丸で囲った。


「ここにも蟲森があります。ロトワと言います。セリムはここの調査を。俺の国の皇子と一緒です。人探しを頼まれまして。ラステルはホルフル蟲森を任されたんです。俺はセリムにラステルを任されて一緒に人探しと調査を」

「それはなぜです? 貴方がここへ、セリムさんとラステルがホルフルになら分かりますけど」


 ラステルと同じ説明に納得がいかない。


「セリムが特別だからです。彼だけがロトワ蟲森に呼ばれたんです」

「蟲森に? 蟲に、ということですか?」


 コクン、と頷くとシッダルタは曖昧に笑った。ラステルよりも嘘が下手そうな男だ。


「何を隠しているんです?」

「えっ? なんだって?」


 突然、シッダルタが立ち上がった。彼の頭の上からガンの幼生が飛び立ち、頭上を旋回し始める。


「あー、俺達の探し人、その、家出人。この村に向かっているみたいです」


 ラファエも立ち上がった。


「その蟲がそう言ったのですか? 家出人?」

「この村のようにロトワ蟲森で暮らす人々がいるらしくて、そこのお姫様です。そうか、元気なら良いけど……」


 シッダルタは複雑そうな表情をした。探し人が見つかるどころか向こうからやってきてくれるというのに万々歳、ではないらしい。


「なぜ喜ばしくないのですか? 探し人なんですよね?」

「えっ? いやあの、嬉しいですけど……。あー、彼女のこと、少し苦手で……」


 曖昧に笑うとシッダルタは小さなため息を吐いた。


「そうか。向こうから来てくれるなんて幸運だ」


 その時だった。


「うおっ」


 バシッという音と共に、シッタルダの体がよろめいた。ガンの幼生が彼の背中に突進したようだ。倒れてくる。ラファエの両腕は自然と彼を支えようと伸びた。

 踏ん張ったようでシッタルダは倒れ込んではこなかった。彼の体を掴んだ手と顔の距離が近づいたので体温が少し上がった気がする。


「す、すみま……」

「まあ、姉様にシッタルダ! 私達、おじゃま虫ね」


 ラステルの声。声がした方向にバッと顔を向けると目を丸めたラステルと無表情のカールが並んで立っていた。


「ちがっ、違う違う違う! ラステル! 誤解だ!」


 シッタルダが勢いよく後退り、両手を胸の前でブンブンと横に振った。


「そうよ、違うわ!」


 ラステルに近づこうとしたら、スカートの裾を踏んづけて、転びそうになった。「危ない」という声。シッタルダに支えられるのは二度目。こんなおっちょこちょいな自分なんて知らない。


「行きましょうラステル妃」

「そうね。お邪魔虫だわ」


 私は大声で「違う!」と叫んだ。シッダルタの声と被った。


 ***


【コーストス蟲森の端】


 ムカデを巨大にしたような蟲に乗って移動し始めて、まもなく1日が経つだろう。太陽も月も見えないが、過ぎ去る胞子の色合いが暗くなったり、光ったりするのは夜だ。

 パズーは親しげに会話をするフォンとソレイユをずっと眺めている。


「そうか、減っているのか」

「ええ。なぜかしら?」

「蟲森のものばかり食べているからかもしれない。どう思う?」

「食べ物? どうかしら」


 2人は今、ソレイユがフォンをあまり臭いと感じなくなった話をしている。不意にソレイユはため息を吐き、しょんぼりと項垂れた。


「シッダルタ様、相変わらずソレイユが苦手みたい。ソレイユはこんなに素晴らしいというのに、どうしてかしら。ホルフルアピスの子も酷いわ。そんなこと、ソレイユは知りたくない……」


 瞬間、フォンは痒いくらい優しい目をした。ペジテのマスクは透明なフルフェイス。表情がよく見える。


「遠いのにシッダルタのことが分かるのか?」

「ソレイユは輪に入るのが上手いのよ。いくらアピスが輪外れが得意でもあの子達は幼いし、他の領域でも、隠れたって、ソレイユには簡単に分かるわ。命は断絶されているようでも、みんな繋がっているの。ソレイユは見つけるのも繋がるのも大得意よ」


 フォンが落ち込んだソレイユの顔を覗き込む。この間までとは違い、フォンからソレイユへの距離が近いのは気のせいではないだろう。


「命はみんな繋がっている? その輪に入るっていうのは、どういう感覚なんだ? 俺達にはない能力だ」


 フォンが手元の手帳にメモを取る。


「まあフォン、また発疹が。熱はない?」


 ソレイユが首を傾げる。


「具合は良いよ」

「そろそろ寝場所を確保しようと思っていたの」


 ムカデ蟲の足が止まる。ソレイユがぴょんと軽やかに地面に降り立った。


「パズー! フォンをよろしくね!」


 手を振られたので振り返す。そうしてからパズーはフォンを見つめた。彼は身を乗り出して「気をつけろよ! 遠くまで行くなよ!」とソレイユに向かって叫んでいる。


「フォン、あのさ……」

「彼女には世話になりっぱなしだ。休め休めって、俺より彼女が休む……ん? なんだパズー」


 不思議そうなフォンに、アシタカが重なる。ペジテ人というのは自分の感情に、とくに色恋沙汰に関して鈍感なのだろう。

 しかし、と思い出す。フォンは自宅に女性を連れ込んでいた。おまけにフォンは半裸だった。つまり、そういうこと。そんな奴が鈍感な訳がない。


「いや、別に」

「アシタカ様に俺の手紙、届いたかな。あの蟲、ソレイユは大丈夫って言うけど、どうやってアシタカ様に手紙を届けるんだ?」


 髪の毛をガサガサ掻くと、フォンは気怠そうに寝っ転がった。


「ソレイユには言うなよ。座っているのも辛いなんて」


 コンコン、と咳き込むとフォンは丸まった。


「おい、大丈夫か?」

「色々と訳が分からない状況だし体は少々辛いが、ラステルさんの故郷へ行くというのはワクワクする。世界は広くて奇妙だ」


 そう告げるとフォンは目を瞑った。少しして、寝息が聞こえてきた。

 

「広くて奇妙、確かに。機械技師憧れの聖地の地下には蟲森があって……あの地震って、この森のせいか? ペジテって蟲に憎まれているし、まさか見張られているのか?」


 ここにセリムがいれば良いのに、とパズーは体育座りをして体を丸めた。


「俺、もっとセリムの話を聞いてやれば良かったな。前も思ったけど」


 セリムは今頃何をしているだろう? パズー達を探しているだろうか。アピスを経由してソレイユと会話しているのだろうか? 

 ソレイユはフォンを守るために逃げて隠れると言うけれど、セリムの話はしない。彼女が戻ってきたら聞いてみよう。


「大変よ!」


 ソレイユが戻ってきて、座っていたパズーに飛びかかってきた。危うく後ろに倒れそうになる。

 倒れかけた横目で、フォンが素早く体を起こしてすまし顔になるのが見えた。


「な、何?」

「輪がめちゃくちゃなのよ。ホルフルアピス、いいえ、他の子達も全員行方不明よ。こんな異常事態生まれて初めてだわ!」


 両肩を掴まれて前後に揺らされた。


「そ、それって、どういう……」

「セリム……セリムだわ。この気配はセリムよ。彼、何をどうしたらこんなことが出来るのかしら。隙間がなくて、子供達……アトラナートに……クライトン? クライトンってどこのこと? とにかくどこからも接触出来ない」


 セリム。その単語にパズーは顔をしかめた。


「セリムのやつ、また何か怒ったのか?」


 パズーは身震いした。セリムが怒るということは蟲と人との間に何か軋轢や事件が起こったということだ。


「分からないわ。伝説の蟲の民はこんなことを出来るのね……。セリムの気配は……分からないわ。シッタルダ様なら分かるかしら? 幸い親とは接触出来るからこのままホルフル蟲森へ向かいましょう」


 ソレイユは腕を組んでしばらく目を瞑っていた。そうしてから目を開き、不思議……と首を捻った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お見合い結婚しましたからこちらの作品に辿り着いて読んでます。1ページ1ページ読み応えがあって読むのに時間がかかりましたが、ジブリ大好きなのでナウシカの世界観などが感じられてすごく楽しみなが…
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