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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
第ニ次クロディア大陸戦争

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313/316

蟲の民セリムの決意

【ベルセルグ皇国——ボブル国国境付近】


 飛行機を離れて数日経つが、ヤン長官は同じところに留まってくれていたらしい。セリム達はヤン長官に促されて飛行機に乗った。


「アシタカ様に可能な限り待機と言われていたので、こうして待っていました。あー。増えましたね、色々と」


 ヤン長官がティダの背後を見つめた。それもそのはず。来た時と違ってヴィトニル、グレイプニルとギルがいる。それからアデス。更にはアラーネアの子が1匹、セリムの太腿にくっついている。


「大狼はこの飛行機には乗れんな。ヤン、こいつはアデス。妻の主治医になる。多分だが」


 ティダがアデスを顎で示した。


「主治医? アンリ長官の?」

「ヴィトニル、オルゴール、一先ずアデスを任せた。ヤン、アシタカと話したい。頼む。急いでいる」


 アデスは興味津々そうに飛行機を見上げていたが、ヴィトニルに体を囲われて顔をこわばらせた。オルゴーもアデスの横に並ぶ。

 ティダと何か話がついているのか、アデスは特に文句を言ったりはしなかった。


「はい。どうぞこちらへ」


 ヤン長官は怪訝そうな表情でアデスを見つつも、何も問いかけはしなかった。

 ティダに手招きされたので後を追って飛行機に入る。ティダが立ち止まり、振り返り、アスベルを手招きした。3人でヤン長官の後ろへ続いた。


「ヴァナルガンド、そのアラーネアの子と意思疎通は?」

「ちっとも。アトラナートとも繋がれない。他の王ともだ。急に開いたり、閉じたり、僕は妙ことになっている。ティダ、君がいて良かった」

「お前も珍妙だが俺もだ。駒にする時間がないから放置したが、結局岩窟龍国とは何で、俺は何なんだか。手に入れたのが東への通行手形だけとは労力に見合わん」


 深いため息をつくとティダは髪をかきあげた。


「何があったんですか?」


 ヤン長官の問いかけに、ティダは小さく首を横に振った。


「アシタカとの話を聞いてりゃ少しは分かるさ」


 ヤン長官に通された部屋に全員入るには狭い。エル字型の椅子と机があって、壁は全部機械だ。

 ティダがアスベルを先に部屋へ促し、座らせ、次にセリムを顎で誘導。セリムも椅子に座った。

 机の横に並んだヤン長官が、机の上にある機械を触り始めた。ティダはセリムの隣に立ち、低い天井に手を当てて身体をかがめている。

 ヤン長官が触った機械は通信装置にのようで、彼が丸い機械に話しかけると、音響拡散機(スピーカー)らしき四角い機械から返事があった。

 幾度かやりとりが続き、アシタカに繋いでくれるということになる。

 待っている時間というのは流れが遅い。


「ヤン、アシタカとの話次第だが崖の国へ飛んでもらえるか? 外のアデスという男とアスベルを連れて」

「アンリ長官に何か?」

「解毒薬が必要らしい。あのアデスって男をまだ信用していないが、この件に関しては嘘はなさそうだ。ジーク王やアンリとの橋渡しはアスベルに任せられるが移動手段が必要だ」


 ティダはアスベルに向かって軽い会釈をした。飛行機に戻ってくるまでの間にも話があった。

 オーディン曰く、解毒薬がないとフェンリスの妃の命は絶える。アデスに薬を持たせるから飲ませろ、ということでアデスがついてきた。

 アデスは更にソレイユ不在では帰ってくるなと告げられていた。


「昨日も言ったが、私は帰るつもりはないぞ」

「不審な男1人にアンリを任せられるか。貴方が……」

「ヤン長官、私だ。何があった?」


 部屋にアシタカの声が響いた。


「ようアシタカ」

「ティダか! ロトワ蟲森に消えたと報告を受けていた」

「色々あってな。アトラナート王に北東へ行くのを阻まれていた。ようやく北東に踏み込めることにはなった。タルウィとアトラナート王に繋がりはねえようだ。戦況は?」


 戦況、という言葉にセリムはギョッとした。深淵や人外の世界のことで頭がいっぱいだったが、確かにそうだ。今、人の世界でも何かが起こっている。


「グルド、ベルセルグ、ボブルへ同時多発テロだ。次の標的はワーフ……いや、既にかもしれない」

「同時多発テロ? そんなにあちこちで?」


 争いが各地で起きている。セリムは拳を握りしめた。


「セリムはいるか?」

「ああ、アシタカ。ここにいるよ」

「ボブルには蟲の加護があるらしい。アリババ王子に民衆が蟲と敵対しないように手配してもらった。僕に出来るのはそれくらいだ。悲しいすれ違いが起こらないことを祈っている」


 ティダの手がセリムの髪をわしゃわしゃと撫でた。ほっと胸を撫で下ろす。ティダの言う通りだった。 アシタカが手を回してくれていた。


「十分だアシタカ。ありがとう」


 セリムのお礼に対し、アシタカは何も返事をしなかった。目を閉じた時、当たり前だ、と微笑むアシタカの顔が瞼の裏に浮かんだ。


「アシタカ、グルドとベルセルグは?」


 ティダの問いに、アシタカは少し沈黙した。


「グルドではペジテが宣告せずに侵略戦争を開始したという不名誉な話が出たが、即座に対処した。グルド国内は無事とは言えないがテロリストが姿を消したのもあり悲惨なことにはならないだろう。いや、僕達がそうする。ベルセルグはタルウィが糸を引いていそうな武装軍団と目下戦争中」

「場所は?」


 ティダは多くを訪ねなかった。


「ケルドユン砦、チェンチョウ街、周辺集落を占拠してベルセルグ煌国へ進軍している。いや、進軍というより抵抗だな。軍差は激しいが地形的に同じような人数でしか交戦出来ない。君なら良く分かるだろう」

「ああ、その通りだ。で、背後のボブルも何かと交戦中か?」

「機械兵器のようなもので無差別テロだ。全てタルウィの差金として、突然だったが無計画ではないってことだ。長年準備してきて、ついに行動を起こしたんだ。グルド、ベルセルグ、ボブルと大国狙いなのにドメキア王国ではなくて次がワーフなんだ。妙だろう?」

「先程ワーフと聞いた時にそう思った。で? どんな宣戦布告をされた」


 しばし沈黙。


「要求をしてきた。僕の妹を寄越せってな」


 アシタカの声が一段と低くなった気がする。ティダの眉間の皺がより深くなった。

 セリムは思わず立ち上がりそうになった。タルウィが狙う「アシタカの妹」というとラステルのことだ。


「ティダ、ちょうど君に相談したいと思っていた。ペジテは兵士を出せない。エルバ連合はボブルの支援で手一杯。崖の国にいるアンリの部下達がワーフを調査しに行く」

「ゼロース達か。任せても良いが、ラステルを寄越せってことはご本人がいるかもしれん。そういう予感がするから行き先はグルドではなくてワーフだな。ったく、この数日間は無駄足か。アシタカ、ラステルは当然隠したんだよな?」


 それはセリムも聞きたかった。


「ああ。崖の国の誰を拷問しようとも辿り着けない場所にな。ジーク王が事後報告してくれた」


 拷問、という台詞にセリムの腕に鳥肌が立った。それを見抜いたのか、ティダが再び頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。


「蟲森か。護衛は誰だ?」

「シッタルダ、カール、それにスコール君だ。あの森は磁場が狂っていて、奥深いところへ行くには外界のマスクでは困難なほどの有毒植物にあふれている、と聞いている。ジーク王がホルフル蟲森の深淵は崖の国よりも強固な天然要塞だと判断した」

「さすが賢王。スコールがいるならそのうち連絡が取れるな。ホルフル蟲森中の蟲はヴァナルカンドとラステルの味方だから、少数精鋭で問題なさそうだな。蟲森に隠したとなればタルウィが情報を得ても探せねえな。ヴァナルガンド、お前さえラステルの村の位置を知らないんだろう?」

「ああティダ、その通りだ。しかし何故ラステルを狙っているのにワーフを……」


 セリムが呟くと、部屋が静寂に包まれた。ピリッとした険しい空気。


「世論だ。無差別に殺し、特に子供を……。それで僕やシュナ、ラステルを炙り出そうとしている……」


 機械越しのアシタカの声は明らかに疲弊している。


「何があっても出てくるんじゃねえぞアシタカ」

「何故だ。何故このような非道な真似が出来る……」


 小さなため息と小さな声。しばし無言が横たわる。アシタカはまた無精髭を生やして、目の下に隈を作っているかもしれない。


「大陸中が人質だ」

「アシタカ、俺が黒のキングの首を切る。アンリにアデスを会わせなければならないし、一度崖の国に向かうか」

「アンリの部下達は既にワーフへ向かって発ったと報告を受けている。ヤン長官、通信番号を送るのでこの連絡が終わったら彼らとティダを繋いで欲しい。状況を聞くと良い」

「なら崖の国に行くのは予定通りアスベルとアデスとグレイプニルだな」


 チラリ、とティダがアスベルを見るとアスベルは不服そうだ。


「アンリさんのことはこちらのヤン長官に頼むというのはどうだ? 私はセリムが心配でついてきたんだ」

「まあ死神剣士は戦力として欲しいし、俺もヴァナルカンドから目を離すことがあるだろうし……」


 迷うティダを見つめながら、セリムも迷った。ボブル国を助けようとするホルフルの家族の元へ行くべきなのか、ラステルのところへ行って護衛するべきか、ティダと共にタルウィを探すか。

 アトラナート王や孤高ロトワからの要求を優先するとなるとタルウィ探しだ。

 弾かれ、閉ざされても、今のセリムにはホルフルの家族が戦っていることも命を落としたことも感じる事が出来る。

 ペジテ大工房の地下遺跡にある壁画を思い出す。蟲の女王と民は蟲と共に生き、共に滅びた。

 体が一つしかないのがもどかしい。何もかもに手を差し伸べて救いたい。これがティダがこれまで抱いてきた気持ちだろう。

 おまけに今のセリムは酷く不安定で、ティダやアスベルに見張ってもらった方が良いのは事実。


「ティダ、アンリに何かあったのか?」

「俺の故郷の主治医と会わせないとならんらしい。ヤンを借り続けていて問題ないか?」

「ヤン長官、ティダとアンリの力になって欲しい。ペジテでの君の業務は関連各所に頼んでおく」

「もちろんですアシタカ様。ティダ皇子」


 ヤン長官は誇らしげに笑ったが、ティダは何故が不服そうだ。ヤン長官よりアスベルを信頼しているのかもしれない。あと、純粋にアンリが心配なのだろう。セリムがラステルの所に行きたいように。


 不意に、ふつふつと怒りが湧いてきた。


 むしろ何故今までこう感じなかったのだろう?


「ヴァナルカンド?」

「セリム?」


 セリムはティダを見上げ、その後アスベルを見た。


「同時多発テロなんて何故そんな悪行をするんだ?」

 

 彼が良くない人種だというのは既に知っていたはずなのに、今更嫌悪が込み上げてきた。何故今?

 太腿にしがみつくアラーネアの子が、セリムにますます強くしがみついた。


——皆が遊べと言ってる


 アラーネアの声がした後、他の子供達の声もしてきた。


—— ()()()()()と生きるなど許さない。


「グロブス……あなたか……」


 セリムは自らを抱きしめ、立ち上がった。


 深淵に触れた今なら分かる。そして、今のセリムはほぼ蟲だ。だからタルウィへの嫌悪が少なかった。


化物(にんげん)を代わりに殺してくれる。だからだ。だからレークスはタルウィに敵意を向けない。本能なんだ。アトラナートが下等生物など触りたくないと言ったのもそれだ。孤高ロトワがタルウィを裁けと言ったのは深淵と少し外れているからか?」

「突然どうしたヴァナルカンド。今度は何だ?話せ」


 ティダに両肩を掴まれた。


 目眩がして、視界が歪む。


——美味しいかい?


 タルウィの声がしたが彼の姿はない。代わりに、可愛らしい幼い女の子が目の前に現れた。

 恐らく10歳前後。椅子に腰掛け、木製のテーブルに置かれた皿に乗るケーキを、ニコニコ頬張っている。

 

——それなら、次はこれだ


 突然、ケーキの上にドンと物が置かれた。血塗れの赤子の頭が半分。瞬間、セリムは嗚咽した。視界は戻り、目の前は床。いつの間にか、うずくまっていたらしい。胃が痙攣し、吐きそうになり、込み上げてきたものを飲み込む。


「おいどうしたヴァナルカンド。真っ青だ」


 セリムは理解した。タルウィもどういう訳か蟲の意思疎通の輪に繋がっている。それも深淵とだ。

 子供達がセリムに集めた深淵(グロブス)は全てではない。人への憎悪と怒りを激らせて、タルウィの細胞に逃げ込んだ。おそらく一欠片とか、ほんの一部。他にも飛んだか?どこにだ?

 

 意識に残る憎悪は時に増殖し、侵食し、転移する。


 癌。


 細胞一つあれば何度でも発症する。


 理由は不明だが、セリムには分かる。


 セリムが死ぬのを待つつもりだ。


 父と繋がる仲間が化物(にんげん)を殺すのは悪いことではない。


 瞬間、セリムは必死に自分と繋がる子供達の輪を手繰り寄せた。王達でさえ気がついていないようだが、絶対に子供達に触れさせてはいけない世界。次世代に続けさせてはいけない悪しき本能。

 命は尊く、他者の不幸を願うべきではない。

 

「僕は蟲も人も裁く……。タルウィの居場所はワーフで間違いない」

「だから突然どうした?説明しろ」


 セリムは突然頭に浮かんだ考察をティダとアスベルにまくしたてた。

 

「グロブスはアモレから、僕から逃げ続けて人を憎み続けさせようとしている。逃すか。細胞一つ残らず破壊してやる」


 ティダに支えられながら、セリムはよろよろと立ち上がった。


「タルウィ以外はまだ分からないが、そもそも蟲使いの件について裁くべき相手で人として放置しておけない男だ。蟲に近寄り過ぎて嫌悪感が薄れていたようだ」

「目が真っ赤だが冷静なようだな。破壊神の次は創造主になりたいってか? 相変わらず強欲だな」


 ティダから離れ、強く床を踏みしめ、拳を握りしめると、セリムは大きく首を縦に振った。


——おこりんぼセリム。バリム!


 子供達の不満そうな声がした。各王達とも深淵とも切り離したと思うが、出来ているだろうか?


——怒ると叱るは違う。セリムは必要があるから叱ることを選ぶんだ。君達は新しく繋がった仲間達と楽しく仲良く過ごしていなさい。


 セリムはピシャリと子供達の意識と別れを告げた。


「おいおい、ヴァナルカンド、お前何しやがった……。よくもまあそういう……」


 ティダが即座に反応した。あちこちと繋がる男だからセリムが何をしたのか分かったのだろう。

 我ながら、こんなことが出来るとは信じられない。

 これまで意思疎通の輪に振り回されてきたのに、何故か今は逆だ。深淵の大半を身の内側に宿したからだろう。そうさせたのはセリムではなく子供達だが、風の神からの天啓だと感じる。


「あらゆる種族の子供達の意志疎通の輪を親元からねじ切って、子供達同士だけで繋げた。僕も王や親達とは一時断絶。必要があれば僕から繋がる。君がヴァナルカンドと呼ぶから、僕は本物の破壊神になったんだ」


 大きく深呼吸をすると、セリムは背筋を伸ばした。

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