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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
第ニ次クロディア大陸戦争

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311/316

混沌とする意思疎通の輪

【ラトナの泉 地下】


 セリムは深呼吸をしてティダを見据え、子ども達の意識を跳ね除けた。


「何もかも引きずろうとする深淵ごとお前の元に帰ってくるとは、強固な絆だな。アピスは輪外れが得意だという。それも理由の一つか?」


 青ざめた顔色のティダがセリムを見つめた。


「ヴァナルカンド、多くの者が記憶の奥底にしまい、離れ、本能によって呼び起こされるその時まで忘れている深淵をその身に宿すなんて、前代未聞だろう」

「僕が深淵を身に宿す? 全然何も感じない」

「だろうな。俺も何も感じない。少し開くとアピスの子達を筆頭にお前に遊べと叫ぶ声が聞こえてくる。喧しい大合唱だ」

「ああ、気を抜くと頭が割れそうになる。ティダ、僕はついさっき雪景色の中にいた。人形人間(プーパ)がいたんだ……」


 途切れ途切れな記憶だが、感じた手の温もりはまだ右手に残っている。頭に叩きつけられた悲惨な記憶も、断片的にだが覚えている。

 彼の行為は残忍無慈悲で吐きそうだ。


人形人間(プーパ)だと?」

「そうだ。()()意を決し、鍵を盗み出し、彼女の手を引き、牢獄から逃げ出した。……グロブスと同じだ。だから深淵の中にあるグロブスの記憶は彼に引かれた」

「僕は? 誰と自分を混同している」


 肩を叩かれ、首を縦に振った。


「ああ、そうだ。僕じゃない。けど、あの瞬間の僕は彼だった。それも遺伝子というもののせいなのか? 彼は誰だろう。()()悪魔の研究所から逃げ出したんだ。代々仕え……」


 下卑た笑顔が脳裏をよぎり、高笑いが耳の奥に響いた。セリムはこの声を知っている。


「タルウィだ。彼だ。彼が人形人間(プーパ)を作るように命じ……。蟲を殺し、子どもを……赤子も……」


 遊べ! と叫ぶアピスの子達の大声でセリムの頭の中から血溜まりや肉片、タルウィの笑みが消し飛んだ。


——ふむ、困ったな


 アトラナートの声。


——古の業を引き継ぎ、我らの父をその身に宿し、全ての命を平等に扱えなどと、そのような意志は拒否したい。しかし子らがお前につくという。その理由が楽しそうでズルいからとは……


 呆れ声のあとにため息。声が背後からするのでセリムは振り向いた。誰もいない。

 グロブスらしきミイラとアピスの死骸達だけだ。


——だから言っただろうアトラナート。セリムは破壊神ヴァナルカンドといって、次々意思疎通の輪を破壊していく


 この声はレークス。


——何のサルベージも出来んようになった。思い出した内容もあやふやだ。

——そうだなバジリスコス。何のために誰に呼び出されたかも分からんし一度帰るか。我等は姫の護衛や蛇の王の警護で忙しい。レークス、お前もだろう?

——ああ。それに民に呼ばれている


 バジリスコスとココトリスの気配が遠のいていく。レークスもだ。


——えっ? 待ってください。大会合はどうするのです?

——大会合? 何だそれは。無理矢理招集しておいて用事は無いとは呆れた男だ


 意味が分からなくて、セリムは三匹の王の意識を追いかけた。しかし、届かない。そうしているうちに三匹とも拒絶を提示してきた。


——呼びつけたかと思えば我等の孤高をねじ切り、割って入り、子ども達の意識を根こそぎ持っていくとは訳の分からん生物だな。害は無さそうだが……。まあ今はアトラナート王、そなたに話がある。断絶していたはずなのにこうして話せるとは不思議なこともあるものだ


 オーディンが唸るような声を出した。


——へえ。記憶を埋もれさせるとは、破壊神と名乗るだけあるな。全員呼ばれる前、いやそれ以前に戻すとは。我も既に少々あやふやだ。しばらくしたら、今残っている記憶も忘却の彼方だろう

——何の話だ。無視するなアトラナート王

——しばし待て孤高ロトワの……名は? お前の名は何だ。名乗ってもいない者にいきなり敵対心をぶつけられるとは腹立たしいな


 殺気と殺気の間に立たされた気分。セリムはティダの方に顔を戻した。ティダが顔をしかめ、右手でこめかみを揉んでいた。


「アピスの子らが喧しい。ソレイユを助けろだとよ。コーストスに迎えに行けって、コーストスってどこだ? ヴァナルカンド、お前、何か知ってるか?」


 ティダにはオーディンとアトラナートの会話が聞こえないようだ。


「コーストス? 僕も知らない」


——我等は龍王の名の下に大陸中央を統べる者。ゴヤも一部領土だ。その領土に踏み入り、我等の民を踏み躙った者がそなたの領土にいる。爪には爪、贖ってもらう。

——龍王の名の下ってことは使いっ走りか。話にならねえ。それにゴヤはレークスの領土のはずだが?

——あんな管理下手、我等は認めん。

——それは同意するが、お前らの民だという主張は俺からすると言いがかりだ。ゴヤのインセクトゥムはレークスの民。我等の領土でゴタゴタあろうと、あやつらのことについて裁くのはレークスだ。


 ピリピリとした険悪な空気。アトラナートとオーディン本人——蜘蛛、狼だが——達がこの場にいたら、睨み合っているだろう。


——侵略してくるなら返り討ちだ!

——我等孤高ロトワは龍王の名の下に北東クライトン及びゴヤへ高らかに宣戦布告する! 匿っているオーガを……

——待って下さい!


 火花を散らすように話すアラーネアとオーディンの間に割り込む。


——話し合いで始めたのなら、このまま話し合いで済ませて下さい! 争いは争いを呼び、傷は膿む。

——おこりんぼは嫌いだ!


 突然、一斉に子ども達による帰れ帰れコールが巻き起こり、アトラナートとオーディンの気配が吹き飛ばされた。

 茫然としていると、ティダに体を揺すられた。


「ヴァナルカンド、誰に何を告げられた。入り込めん」

「えっ? ああ。いや、オーディンとアトラナートが言い合って……」


 セリムは何があったかを説明した。彼等の前にレークスやバジリスコス、ココトリスと会話したことも話した。


「お前、それって……。深淵が中心なら……」

「待てティダ。呼ばれている。この声は……」


——ほら、親は怒っても子に酷いことはしない。アラーネアの子も親に従いつつセリムに聞くと良い

——そうだな。他者の領域に勝手に踏み込んではならないなら親も守れ。当たり前のことだ


 アピスの子の声の後にアラーネアの子の声がした。


——セリム、親のおこりんぼ治せ。孤高ロトワにクライトンの侵略をさせないで

——アラーネアはクライトンで大人しく暮らしている。侵略なんて怖い

——セリムは早くソレイユ姫を助けて

——蛇の子がまだ喋れない。教えてセリム

——おこりんぼ帰ったからまた遊ぼう。ここは皆一緒で楽しい

——楽しい

——遊ぼう


 楽しいという声が徐々に小さくなり、遠ざかっていく。意識を追ってみたがみるみる離れていく。

 ふわりと風が吹き、草が揺れたような感覚がした。丘だ。よく晴れた空の下で、若草が揺れる丘。

 瞬きをしたらその景色は消し飛び、目の前でティダが険しい顔をしていた。


「今度は何だ? 道も扉も滅茶苦茶のぐちゃぐちゃで何も分からん」

「あー、深淵が……。暗黒しかない底無し沼のような意思疎通の輪の深い部分が……なぜか急に子供の遊び場だ。それで丘なんだ」

「はあ?」

「えーっと、待て、その前のことから話す」


 状況が掴めないなりに、セリムはティダへ懸命に伝えた。


「深淵が丘って、お前が中心になったからか? 正確にはお前とあらゆる種族の子ども達が中心だ」


 告げられて、ストンと納得する。そんな気もする。先程まで、子供達から頼まれたことが何なのか理解出来なかったが、今は本来なら知らないはずの様々なことが分かる。


「あー、そうかもしれない。なんだか頭が冴えている。蛇の子が……ルイだ。ルイがちっともアングイスの子やセルペンスの子と語れない」

「はあ?」


 ティダが眉間に皺を作った。


「だから……早く教えないとならない。えーっとそれから、ロトワアピスの子……いや違うな。ロトワアピスの子は代表だ。孤高ロトワのインセクトゥム……蟲だ。蟲のことだ。蟲だけじゃないな。何か他のも混じっている。まあとにかく彼等は侵略なんて禁止だから、親が侵略するのを止めろって」


 ティダが髪を掻き、それで? と続きを促した。表情は険しいままだ。


「クライトンにいるアラーネアは静かに暮らしている。他の生物とは基本的に馴れ合わない。見かけたら襲う。アラーネアはアラーネアしか信じない」

「クライトンってのはアトラナートが統べる地ってことで北東、いやグルド帝国のことか?」

「いや違う。クライトンはクライトンだ。割と狭い。ゴヤ蟲森の一部と極北東だ。狭くないか? 地図でいうテンペスタースの海の下もだ。やはり狭くないな。へえ、アラーネアは泳げるのか。蜘蛛が泳ぐ⁈ ティダ!」


 ペシン、と額を叩かれて我に返る。確かにアラーネアの生態に興味を惹かれている場合ではない。


「で? 終わりか?」

「ソレイユを助けてと。アピスの子からだ。優先順位的にまずアトラナートやオーディンともう一度話を……」


——我等は父の意志を継ぐ。他種族と馴れ合いなんぞ、破滅の道。御免だ。言い掛かりの原因は巣にいる下等生物のことのようだ。下等生物など触りたくないので蟲の民、お前に任せた

——僕に任せた? アトラナート王よ……

——侵略行為には徹底抗戦すると孤高ロトワに伝えよ。孤高ロトワと切断されて直接話せん。しかし、何故下等生物なんぞを身内に招いたのか、子らの考えは分からん。王を押し退けてそのようなことが出来たのかも謎だが、破壊神か……。フンッ、破壊神め、クライトンに近づくなよ


 アトラナートはそれだけ伝えるとパッと消えた。


「あー、アトラナートが現れて話が終わった。タルウィのことは多分任された。クライトンには来るなと。次は孤高ロトワとの仲介……」


——蟲の民ヴァナルカンドは裁定者だと主張するのか。それならアトラナートが匿ってきたオーガと、アトラナートを裁いてみせよ。爪には爪だとゆめゆめ忘れるな。我等は孤高と沈黙を貫く者。好き好んで侵略などしたくない


「えーっと、ティダ。孤高ロトワにも多分任され……」


——セリム、子らが騒がしい。早く末蛇の子に我等との語らい方を教えろ

——おいセリム、子らが騒々しい。意思疎通の輪がお前のせいで滅茶苦茶だ。民が子らが家出したと言っている。説明して回れ


 バジリスコスとレークスの意識が現れ、サッと去っていった。


「子ども達が深淵を飲みこんだ? いや……あれほどのものが消えるなんて……。僕が裁定者? 主張なんてして……したな。アシタバでした。そのことか? ティダ、いっぺんに色々起こっていて何が何だか……」


 ティダの手が頭の上に乗った。髪をくしゃくしゃと撫でられる。


「考察してやるから分かるように話せ」


 促されて、セリムは口を開いた。告げられた言葉をなるべく正確に思い出しながら、分かるだけのことを伝える。


「深淵を丸呑みした結果、お前は自身が掘り起こした憎悪を自ら埋めた。大会合は無かったことになり解散。アトラナートが統べる北東クライトンと孤高ロトワの軋轢はお前に託された。足枷消えたようだし、タルウィを追うか」

「ああ。しかし気になることがある。何故レークスはタルウィに敵意を向けない? 孤高ロトワはレークスの代わりに怒っているようだ……」

「妙な機械を持っている男だからな。何かカラクリがあるのだろう。時間が惜しい。お前の体が大丈夫なら上に戻って孤高ロトワから出る。お前もネキ湖周辺に向かったというホルフルの民が心配だろう?」


 セリムは頷き、立ち上がった。頭は冴えているのに、ホルフルの民とは相変わらず繋がれない。何故? と考えた時に答えが浮かんできた。

 アピスは輪外れが得意で、セリムの繋がるあらゆる関係から外れているからだ。と、なると嫌な予感しかしない。早く東へ行かないと。


「君の推測がハズレで良かった。アラーネア達がタルウィを守護しているとなると、異種族同士がぶつかり合うことになる」


 ホッと胸を撫で下ろし、立ち上がる。ティダはセルペンスに引いてもらってこの地下まで来たという。と、なると帰り道も同じ方法になる。想像すると少しワクワクした。

 

「楽観視してる場合じゃねえ。上に戻ったらオーディンがまた接触してくるかもしれねえしな」

「分かっている。けど……」


 瞬きをすると、雪景色。次に瞬きをしたら黒煙舞う世界。


「ヴァナルカンド? 今度は何だ」

「僕の家族は……東の地を守ろうと……」


 ()()()()()繋がったから分かる。弾かれていたが、今の状態なら分かる。隠されても知ることが出来る。

 家族が命を賭して守ろうとしている。得体の知れない化物から人を守っている。


「止めないと……」


 セリムはティダへ近寄った。怒りはない。無性に悲しい。悲しくて仕方がない。


「僕のために、僕が暮らしてきた東の地を守ろうとホルフルの家族が何かと戦っている。それを見た人々は何を思う? 帰るように伝えないと、また歴史が繰り返される!」

「落ち着けヴァナルカンド」

()()()()()()! 新たな世界を見せてみろと、()()の父に!」

「また混線か。落ち着け! お前はすっかり人ではない異生物だな。その為にアシタカがいるんだろう? 各国の頭を揃えて指を咥えて放置ならあいつの首をへし折ってやる」


 ベシベシと頬を叩かれた。

 

「そうだ、アシタカだ。アシタカと連絡を取れば良いんだ」

「だからここを出て、孤高ロトワを出て、一度飛行機に戻る。アトラナートと話がついた今、東にもグルド帝国にも行けるだろ。クライトンはともかく」

「ああ。だが急がないと」

「焦ったって何も出来ねえ。遠く離れた場所と繋がることが出来ようと物理的な距離は縮まらん。多くを救うってのは、手から溢れ落ちた死体の上を歩くってことた。覚えておけ」


 バシンッと背中を叩かれて、痛さに少し呻いた。行くぞ、と告げられたのでティダの後を追いかける。セリムは足早についていった。

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