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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
第ニ次クロディア大陸戦争

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309/316

深淵を覗く者

【ホルフル蟲森】


 ラステルはシッダルタと向かい合いながら、近くにいるアピスの子の産毛を撫でた。


「絶対にセリムに何かあったのよ」

「俺もそう思う」


 シッダルタが立ち上がった。


「セリムは今どこだ? ティダとグルド帝国に向かったが……」

「……ン様。イブン様よ! イブン様ならアピスの子達の声がシッダルタよりも聞こえるわ!」

「ああ。俺だと小さく怖いしか聞こえない。さっきのはなんだったんだ? 早くラステルの村に着くのが先決か? あれっ。スコール君やカールさんはどこだ?」


 シッダルタが体を動かしたので、ラステルも同じように立ち上がり、周囲を確認した。


「私ならここだ! 二人とも無事か! 蟲ケラがまとわりついて動けん!」


 目立つキヒラタの近くに、アピスの子が塊になっている。ラステルとシッダルタが並んで近寄ると、アピスの子達は徐々に飛び、中から防護服姿のカールが現れた。


「なんていう森だ。護衛だというのに、まるで役に立てていない……。危うく蟲共を刎ねそうになった……」


 苔むす地面の上に両膝をつくと、カールは息を荒げた。

 ストン、と何かが落下してきた。スコールだ。スコールはラステルの体に身を寄せた。


「驚いたって顔をしているわ、スコール君」

「こっちもアンリさんとか通訳がいないから分からないな」

「何が起こっているか分からないということか?」

「はい、カールさん。一先ず当初の目的のように村に向かいます」


 ラステルが手を差し伸べると、カールは首を横に振って自力で立ち上がった。


「すまない。次は役に立つ」

「歩くのも、呼吸も大変です。この森にいること自体が守りです。そんなに気負わなくても大丈夫ですよ」

「シッダルタの言う通りです。あの、カールさん、蟲ケラなんて言い方はしないで欲しいです」


 ラステルの問いかけに、カールは目を細めた。


「善処する」


 それ以上は、互いに何も言わなかった。


「こっちです」


 再び道案内を開始すると、アピスの子達もついてきた。ふよふよ、ふよふよと近くを飛び回る。遊んで欲しいというような激しさはなく、疲れているか、怯えているような飛び方だ。


「セリム……」


 小さく呟いても、遠い地にいるセリムのことは何も分からない。不安で押し潰されそうだ。


「ラステル、村を拠点にして、イブン様と言う方に協力してもらってソレイユさんも探そう。彼女ならティダと連絡が取れるかもしれない」

「ええそうね。元々、ソレイユちゃんを探すように頼まれているし」


 ラステルは丸まりそうな背中を伸ばし、胸を張った。セリムならそうするはずだ、と思って。

 アピスの子が一匹、ラステルの頭に乗り、サワサワと髪を撫でてくれた。

 ふと見たら、シッダルタも同じことをされていた。彼の場合は、帽子をぐちゃぐちゃにされている、だが。


 ***


【???】


 またしても暗闇。記憶の海の底と同じ感覚だ。しかし、ここは別の場所だと感じる。


——……リム


——セリム


 アピスの子の声だ。ポツン、ポツン、ポツンと灯りが灯るように新緑の三つ目の光が現れる。

 やがてそれは広がり、星空のようになった。


——怖いよセリム。助けて


 自分は寝ていて、胸の上に重さを感じる。寒くてならない。いつかのようだ。

 腕を上げようとしたが、体は鉛のようだった。


——ここは嫌だよ。セリム……


「こことはどこだい?」


——分からない。皆怒ってる


「皆?」


 パチンッと内側で何かが弾けた。憎い。憎くてならない。何故——……。


「ホルフルアピスが守ってくれている……。君達の親だ……」


 憎むな。守れ。そういう想いが流れてくる。彼らから閉ざされていた理由はこれだ、と確信した。そして、自分がどこにいるのかも。


「僕が君達を深淵に連れてきてしまったのか……。確かにここは怖いな。憎悪しかない……」


 憎い。憎くてならない。悪魔は絶滅させる。必ず滅ぼす。

 呼吸が苦しくなる程の苦悶と憎悪が内側から溢れてくる。

 しかし、変だ。いくら輪外れが得意なアピス達に守られているとはいえ、子供達の意識ごと深淵に引き摺り込まれたにしては、自己意識がしっかりある。


——怖いよセリム……


 別の声。アラーネアの子の声だ。


——セリム、助けて


 この声はアングイスの子。


——セリム


 これはセルペンスの子。


 ポウッと目の前が明るくなる。小さな、とても小さな光だ。吐いた息だけで消えてしまいそうな、極小の光。

 セリムは手を伸ばした。体が少し軽くなっていて、今度は動いた。

 指先が光に触れる。するとその光は徐々に大きくなり、人のような形になり、セリムの傍にしゃがんだ。

 女性の形だ。それで巻き髪。アモレだ、と直感した。


「アモレ……」

「貴方は誰?」


 アモレらしき光の腕が伸びてくる。額が温かくなったので、手を添えられたと分かった。


「僕はテルム」


 テルム? 僕はセリムだ。言い直そうとしたが、口が動かない。


「この近くの海辺の村の漁師だ。蛇達とは仲が良い」


 今度は勝手に口が動いた。


「ごめんなさい。勘違いしました。あとペジテ人は、なんて勝手に決めつけたのもごめんなさい」

「海に入るならその怪我が治ってからだな。手当しよう。村から色々持って来るから待ってて欲しい。蛇達よ、彼女と待っててくれ」

「アングイスとセルペンスよ! 蛇達じゃないわ!」

「なら君は?」

「私? アピスよ。多分もうすぐ名前が付くの。父がうんと悩んでいるからとても素敵な名前が付くわ。名前が二つになるのよ!」


 光に色が付き、輪郭が出来た。若くて美しい、真っ白な肌の女性が、屈託のない笑顔をセリムに向けている。

 それがグニャリと曲がり、ラステルの顔に変わった。


「私はラステル。本当はずっと貴方と話がしてみたかったの」


 ラステルは独り言のようにつぶやくと、罰が悪そうに俯いた。それから何かを吹っ切ったように微笑んだ。太陽のように眩しい笑顔だ。

 ラステルは光を放ち、また小さな小さな光に戻った。


「アモレとラステルが守ってくれたのか? いや、今もか?」


 体が更に軽くなり、立ち上がることが出来た。踏みしめられる大地がある、と下を見たら、草が生えていた。

 一歩進むと、進んだ分だけ暗闇が草原に変化した。足元だけが明るい。膝より上は闇のまま。しかし、これなら歩ける。しかし、どこに向かって?


——向こうだ


 知らない男の声。どことなくアシタカの声に似ている。ひどく懐かしい声色で、泣きそうになった。


「テルムさんです?」


 問いかけたが、返事は無かった。頭に何かが乗って、重くなる。アピスの子だと思った。

 腰に巻きついたのはアングイスの子で、手首にはセルペンスの子。おそらくそうだろう。

 右太腿にはアラーネアの子だろう。何本もの脚で挟まれている感覚がある。


「大丈夫だ。僕と行こう」


 セリムは力強く歩き出した。


 ***


【岩窟龍国 ラトナの泉】


 ティダは更に泉の底へ向かって潜った。しかし、もう息が続かない。手を伸ばしても、セリムの体には届かない。

 これ以上は無理だ、と引き返して水面上に顔を出した。


「クソッ、何があった!」


 記憶の海の底から弾き出され、ただひたすらセリムが戻るのを待っていた。ボンヤリと宙を見て座る彼の隣で。

 それがセリムは突然立ち上がり、駆け出し、ロトワの泉に身を投げた。


「おい軟弱! この泉の出口はどこだ!」


 ティダは泉からあがると、アデスに駆け寄った。


「出口? そんなの分かりません。いや、セルペンスにでも聞いて……」

「セルペンス? セルペンスがいるのか? それなら自分で聞——……けねえ。そうだった。この国に入ってから伝心術が使えねえ」


 思わず、アデスの襟首を掴み、体を持ち上げていた。


「うえっ」

「セルペンスに聞けるか? 何故この国では伝心術が使えん!」

「待っ……。苦しい。ロトワはヘルメース様が外界と輪外れ……」


 ティダはアデスから手を離した。こんなことをしている場合ではない。


「セルペンスは何で? 何でもいい! ヴァナルカンドの後を追いたい! 助けてくれ!」


 助けてなんて単語を口にするのはいつ以来か。しかし、嫌な予感しかしない。早く、早くしないと、とてつもないことが起こる。

 憎悪に染まった唐紅の瞳をしたセリムの姿を思い出し、ティダは身震いした。


***


【???】


 歩くたびに、鮮やかな草原が現れる。足元は明るいので、アラーネアの子が見えそうなのだが、セリムの視界には何もいない。

 しかし、確かに何かにしがみつかれている感覚がある。何本もの足に挟まれている。


(ここはどこなんだろう……)


 どこへ行けば分かっている、進むべき道はこっちだだと理解している、という不思議な心境。

 不安は消えている。子供達がしがみついて、頼られているということで、安心出来る。

 ところが、急に息苦しくなった。呼吸が出来ない。両手で喉を押さえる。苦しい。苦しくてならない。

 目を開けていられなくて閉じた。瞼の裏に、初老の男がうつる。茶色い短髪には白髪が混じっていて、痩せているから目が落ち窪んでいる。痩せているからというより、憔悴しているように見える。

 息苦しさは強さを増し、急に体が冷えた。そして、重たくなる。

 ゴポゴポッ!


「っぷは!」


 目を開いたセリムの視界に飛び込んできたのは紫色の霧がかった世界。


(水?)


 足と腕を動かして、沈まないようにしながら周りを見渡す。広い湖だ。そしておそらく洞窟。霧で見えづらいが天井がある。

 どこかの意識の輪から現実世界に戻ったらしい。


(ロトワの泉と続いているどこかか? 体が勝手に動いていた? 子供達の気配が消えた……)


 360度確認しても、視界が悪い。耳を澄ますと、後方から水の落下音がした。ロトワの泉の底なら、上から来たと仮定すると、滝のような場所からここへ辿り着いたのだろう。


(微かに風が吹いている)


 行くべきところは、風の神が教えてくれる。そう思った。

 セリムは手足を動かした。水温は低い。


(長く水の中にいると低体温症になるな……)


 小さく渦巻く風の中に、一筋、道標のように伸びる風を追う。

 途中で、足が底についた。徐々に底はせり上がり、歩けるようになる。霧はより濃くなった。

 

(まるで海岸だ)


 水面から完全に出ると、足元は細かい砂だった。より体が冷える。服の端を掴み、捻り、水を絞る。ズボンも同じようにした。

 暗い上に相変わらず霧で視界が悪いが、ほのかな明るさは光苔だろう。風を頼りに足を進める。


——憎い


 歩いていると、時折りチリチリと憎悪を感じた。それと同時に、別の感情も感じる。温かで、柔らかい光のような感覚だ。

 進んでいるうちに砂地はなくなった。固い地面。しゃがんで確認すると、岩だった。苔が生えている。


(風が強くなっている)


 一筋だった風が四方からになり、強さを増している。手足だけではなく、口も震え始めた。

 それでも、進むべきだと、そうしないとならないと内側から迫りくる焦燥感で足を動かす。

 歩き続けると、岩場は徐々に苔に置き換わり、胞子植物が現れ始め、蟲森のようになった。

 ずっと緩やかな坂で、下っている感覚がある。


(ロトワ蟲森の地下に水脈があるということか?)


 視界は次第に晴れていった。蟲森だと思っていたが、石製の天井があった。ところどころに光苔がついている。

 壊れた柱や、壁のようなものが散見していて、足元も石で舗装されている。人口的な世界に胞子植物が生えている。


(遺跡だ……)


 風の道が分からなくなり、手近な柱に近寄り、寄りかかった。疲れた、と腰を下ろす。

 両手を口の前に上げ、息を吐きかけ、掌を擦り合わせる。

 するとガタガタッと体が揺れ、沈んだ。


「痛っ……」


 地盤沈下したらしい。視点を定まらせたその時、目の前に強い発光体を見つけた。

 

「アピス……」


 アピスの成体の死骸にびっしりと光苔がついている。セリムは周りの瓦礫を注意深く観察しながら、怪我をしないように立ち上がった。

 周りの壁は蟲の死骸で出来ているように見える。他の蟲も混じっているが、殆どがアピスだ。

 光を放つアピスに近寄ると、そのアピスの死骸は足て何かを抱えていると分かった。

 目の前まで行くと、それが何か分かった。


「人だ……」


 焦茶色の人のような物体。表情まで分かる。悩ましげで悲しげな顔をしている。

 

「お父さん……」


 セリムの口が勝手に動き、声を出した。体の力が抜ける。


「行ってしまった……」

(お父さん? グロブスか? 行ってしまったって……)


——助けてセリム


——怖いよ


 ほんの僅かに、アピスの子の声がした。かなり遠い。微かな、小さな声だ。


——嫌だよセリム


「セリムが助けに行く。どこにいる? アピスの子よ、どこにいるんだ?」


 セリムの声だけが今いる空間に響いた。目を閉じ、深呼吸をして、アピスの子の声がしないかと耳を澄ます。悲しいくらい、何も感じられない。

 そうした方が良いと思い、目を開き、アピスの死骸が抱える亡骸に手を伸ばした。頬にそっと指を添える。

 ドクンと胸の中心が脈打ち、視界がサアッと暗くなった。

 記憶の海の底へ行った時のように、トプンッと体が沈む感覚。暗闇の世界だ。


——オディウム(憎い)


——嫌だよセリム


——オディウム(憎い)


——怖いよセリム


——人間という存在そのものに嫌悪反応を起こすように変化させた


「例えそうだとしても僕は生まれた。ここまで辿り着いた」


——受け継がれる記憶に、更に憎悪が積み重なれば、反発し合うしかない


「違う。二千年、反発の中でも絆は生まれた」


——助けてセリム


 セリムと呼ぶ声は、ずっと遠くにある。助けにいかないとならない。


 手を出す事は許さない。


 強要を許さない。


 出てこいお父さん(グロブス)


 僕は(私は)抗う。


 今度はドス黒い波が襲いかかってきて、飲み込まれる。


——オディウム(憎い)


——怖いよセリム


——パルディレ(滅べ)


——嫌だよセリム

 

 いかないとならない。どこまでも行こう。


 僕は(私は)(女王)。抗う者。


 プツン、と何かが途切れた音がして、その次に目の前に光り輝くアモレの姿が現れた。自然と手を握り合う。

 溺れそうな闇の中、その手と温もりだけが道標。セリムは深淵はもっと奥深くにある、と意識をさらに沈めることにした。

 ふと、手が離れる。


——行かないでセリム。そっちに行ってはダメだ


『セリム、何故見捨てた?』


 クロスボウの矢が三本突き刺さった鉛色の殻。眼光を失った灰色の三つ目。小さく、細かく震える体。量が減って勢いを失った体液。

 ゴヤ蟲森から逃げてきたアピスが再度『何故……』と呟いた。


「違う。見捨ててなんていない!」


 セリムは汚れるのも構わずに手の甲でゴーグルを拭った。

 今にも弾けそうな空気。雷雨が崖の国のすぐそこまで迫っている気配。暴れるのを待ち構える、うずうずした乱風。

 命を奪うという理不尽と傲慢に、我慢がならない。家畜を食らい、実った果実の恩恵にあずかるのもある種同類だというのに。

 生きるために手を掛ける。

 違いが区別できない。

 ふつふつと怒りと悲しみが沸き起こる。


——行かないで——……


——セリム……

 

 ***


【???】


 歩いていたグロブスはよろめいた。内側から、引っ張られる感覚がして呻く。

 フィーリアが強く手を握ってくれて、顔を覗き込んできた。相変わらず無表情だが、仕草から、心配されていると分かる。


「大丈夫だ……」


 今の感覚はなんだろう。()()()()()は首を傾げた。それから、行くべき方向はどっちだ? と周りを見渡す。

 西を目指していたはずなのに、なぜか一度歩いた道を歩いている。


「違う! 見捨ててなんていない!」


 ()()()は叫んだ! それから()()の所業に慄く。

 多くの蟲を殺し、研究所の材料にし、命を弄び、殺しに殺す男の手助けをしていた。


悪魔(ペジテ)……」


 雪に両膝をついて、うずくまる。涙がとめどなく流れ、頬を濡らし、冷風が痛みを与えた。

 ()()()()はふらふらと立ち上がり、袖で涙を拭い、歩き出した。

 悪魔(ペジテ)だけは許さない。必ず、滅ぼしてやる。


 ***



 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。



 ***

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