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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
第ニ次クロディア大陸戦争

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306/316

崖の国とセリムの攻防 2

【ロトワ蟲森 岩窟龍国】


 地下帝国。セリムはそう心の中で呟いた。光苔の天井に岩で造られた建造物。石畳の街に水路が張り巡らされている。


「これが蟲森の中……」


 セリムは視線をキョロキョロと彷徨わせた。崖を切り開いた田舎国よりも、余程大都市。気になるものばかりだ。

 建築様式は主に平屋。高くてもせいぜい三階建て。石の灰色に朱色の屋根はとても目立つ。使われているのは朱色だけではない。青や黄色など、原色系の色が中心。


「おびただしい清浄草と光苔の数だな。ロトワ蟲森の地下にこんな国があるとは……。にしても、まるでベルセルグの皇居だな。よく似ている」


 セリムの隣でティダが小さな声を出した。


「清浄草? ベルセルグの街並みはこのようなのか?」

「マスクや出入口などに使う貴重で栽培の難しい植物だ。山脈や木々、庭園……はここにもあるようだな。しかし蟲森の植物群……畑か」


 感心、というようにティダは首を小さく縦に振った。

 畑、とティダが称したのは石に赤い胞子植物群を生やしたものが延々と整列するところ。セリムはまるでキノコ畑のようだな、と首を伸ばした。


「枯れ木里とは雲泥の差だな。で、俺の親父殿と母上はどこでどう知り合いどうしてこの国から弾かれたんだ?」


 あまり興味ないが一応、というような声色。ティダの隣を歩くオーディンが鼻を鳴らす。


——さあな。マリアは閉心術が得意で家出した。ある日子を奪われたと嘆きながら帰国し、息子が飾り人形の子だったので放置だ。

——ふーん……。


 蟲達から追い出されたセリムにも、ティダ達の伝心術の会話は聞こえてくる。ティダがわざとそうしていると思っているので黙って聞いておく。


「母上、残りの可愛い妹とその他雑種は別の男との子で?」


 ティダが振り返らずに質問する。彼の後ろを無言で俯いて歩くマリアはコクリ、と小さく頷いた。


「兄上、雑種とは俺のことですか?」


 マリアの隣、母親に寄り添うように歩くヘリオスが憤慨というような声を出した。


「キャンキャン煩い軟弱犬。俺の弟ならもっと鍛えろ」


 瞬間、ヘリオスの隣にいるヴィトニルの尻尾が彼の背中を襲った。ベシリッと巨大な音がしてヘリオスが石畳の上を転がる。


「っ痛!」


 ヘリオスが転げ回る。


「ヘリオス……」


 マリアが慌てたようにヘリオスに駆け寄り、しゃがんだ。


「ティダ……。ヘリオス達はローレンス様との子で……。あの人は、あの人は貴方を連れて二度と……待てども、待てども……」

「寂しさで一時的に里帰りしたことも、他の男を咥えこんだことも別に構いません。それに妹は可愛いので良しとします。しかしこんな軟弱は恥晒し。俺の弟などと名乗らせないで下さい母上」


 ティダはスタスタと足を進めていく。ヘリオスに手を差し出したセリムも置いてきぼり。ヘリオスはセリムの手を取らなかった。


「近寄るな。1人で立てる」


 ヘリオスはサッと立ち上がると母親に何やら声を掛けてからティダへ駆け寄った。背後から近づいたヘリオスにティダの回し蹴りが炸裂。今度のヘリオスは畑へと蹴り飛ばされた。


「ヘリオス……」


 マリアが畑へと入っていく。セリムも後を追った。アスベルとオルゴーも付いてきてくれた。


「ヴァナルガンド、構うな。俺の後ろに立つのが悪い」

「ティダ、知り合ったばかりなのに何故こんな扱いをする!」


 非難してみたがティダからの反応は素っ気なかった。立ち止まりもしない。


「単に弱そうで気に食わないってだけだ。駒にもならなかったしな」


 チラリと見えた醒めた瞳。なんとなくこう思った。


「アンリさんが気掛かりなんだろう? 不機嫌な理由はそれだ。せっかく会えた実の弟に八つ当たりするな」

——まあな。この国に入ってから外の誰とも繋がれん。孤高ロトワと呼ばれるだけある


 距離があるからか伝心術で返事がきた。再度ヘリオスを助け起こそうとしたが拒絶である。


——ここまで苛立つくらい何か心配事があるのか?

——よくぞ聞いてくれた。大蜘蛛狂人がラステルと崖の国の関係性に気がつき捜索中だそうだ。ウールヴ一家に任せたが良い予感はしない。


 ティダ以外の気配が無いので2人だけの会話だろう。セリムは拒否するヘリオスに背を向けてティダの隣へと移動した。


——おいティダ。それなら君の目的地は崖の国になるだろう?

——行きたいがこっちの方がもっと厄介な予感がする。ヴァナルガンド、お前はアピスやホルフルから弾かれたまま。そこにこいつら。俺の父上が孤高ロトワの飾り人形なら、アトラナート達のいるグルド帝国の飾りは誰だ?


 この発言にセリムは背筋を凍らせた。


——まさか……。

——お前に足を突っ込んでいる俺はあいつを嬲り殺しに出来ん立場かもしれん。


 伝心術は互いの心と心を繋ぐ。セリムはティダの混乱に動揺、焦燥を痛いくらい感じた。



【崖の国 城内会議室】


 今日は吐き気が少ない、とアンリはジークと向かい合いながら地図を眺めた。


「本当、天然要塞ですね。この国は」


 崖の国レストニアは簡単に言うとメルテ山脈とボブ山脈の合間にある大きな入江だ。二つの山脈のほぼ垂直の崖から続く隠された砂浜。レストニアの東側は段々畑と長い長い階段になっている。

 東の海から常に吹き付ける風が、西側にあるホルフル蟲森からの毒胞子から身を守ってくれている。故に風を神と崇めて信仰しているのだろう。

 険しい崖にどう土を運び、どのようにして食物を育て、更には放牧までしているのか、その歴史はとても気になるところ。

 崖の内外に都市を築き、崖と崖を渡る橋をかける。途方もない時間をかけて造られた国なのだと改めて感じた。


「東の海側は海流の渦潮が激しい。航海は困難だ。山脈を迂回してこようにも、天然の砦以外の場所にもいくつか砦を築いてある。人が群れて移動出来ないようになっている」


 ジークが新しく用意された真っ新な地図に砦の位置を書いていく。

 

「空から爆撃しても国の殆どは無傷で済む。逆突風対策で様々なものを中へ入れられる工夫をしてあるからな。そもそも、強風に突風で飛行船や飛行機の飛行は困難。ペジテからの飛行機も我等の誘導のもと、着陸したであろう?」

「ええ、仮想操縦やドーム内演習とは大違いでした」

「今回のように攻められるかもしれないと分かっていれば見知らぬ飛行物が現れた時点で煙幕と砲撃で一網打尽だ」

「唯一の出入り口、国防砦も堅牢。砲撃台の数も確認しましたが、あの狭い崖間の道を上から攻撃されたらひとたまりもありません」

「数百年、どこからも侵略を許さなかったという自慢の国だ。まあ辺境で大国が攻めてきたことがないというのもあるが」


 アンリは赤ペンで地図上に自分が視察済みの場所に印をつけていった。説明もする。ジークが目を細めた。


「体の方は……」

「大丈夫です。1日も早く守りを固めておかないといけません」

「私なら」


 黙っていたカールが小さく手を挙げた。会議室内にいる全員が彼女に注目する。


「地図が出回っているとして、この地図を入手したら考えます。険しい山間に土地勘もないのに偵察機を飛ばすのは厳しい。かといって海側から侵入しようにも入江が狭くて何があるか分かったものではない。正面突破は論外」


 となると、そう続けてカールはテーブル上にあるチェスの駒の黒いポーンを手に取った。それを国防砦の前へと置く。


「まずは旅人を装って偵察。内側に入れば侵略は難航を極めるとハッキリする。そうなると取るべき作戦は内側から食い潰す方法探しになります。私ならこの城に出入り出来るような信用を勝ち取り、後ろから首を刎ねます。よって今後この国に出入りする者は全て疑ってかかるべきです。守りの確認よりも全国民に徹底通知が必要かと」


 カールの隣に着席するゼロースがゆっくりと頷いた。


「今後の入国希望者は全員とっ捕まえて拷問。その後吐いた内容に関わらずキッチリ殺処分、でどうでしょう? 当然、砦を通っていない侵入者も発見次第同様です」


 ゼロースのこの発言にアンリは目を丸めた。


「全員殺処分⁈」


 アンリの発言をカールもゼロースも無視、というように目を合わせない。


「その辺りはどうなんです? ジーク前王陛下。常に部下を国防砦に張り付かせていますがこの国に来てから旅人の来訪は一人もいません」

「ああ、その通りです来国者は祭り事の時くらいだ」

「そうなのですか?」


 アンリの問いかけにジークが頷く。


「隙を見せたらそこを突かれる。誰だろうが、理由が何だろうが全員平等に始末するのが安全だ。要塞都市にあぐらをかいて何も考えてこなかったのか?」

「なんですって?」

「大体、貴女のような気の優しい小娘には戦争対策など向いていない。ごろごろ寝て無事に子を産んで育てていろ」

「はあ⁈」


 立ち上がるとカールが睨みつけてきた。


「目的は娘一人。子供でも使って国から連れ出すなんて策もある。この国はよそ者に実に寛容。誰もかれももてはやしてくれる。それに捕らえたい相手はあのいかにも呑気というお嬢さんだ。民も本人も騙すのは簡単だろう」

「カールさん、的を得ていますが私の娘にあまり辛辣なことを言うな」

「失礼、前王陛下」

「まあカールさんの言う通り、相手が誰であれ警戒して入国拒否。全国民にも通知。理由には国際指名手配書を使う。 アシタカ殿を恨んでいて、妹のラステルが狙われるかもしれない。そう説明するのが一番伝わり易いだろう。しかし軍で攻めてこないとは言いきれんので続きだ」


 アンリは着席せずにジーク王を見据えた。


「全員殺処分なんて本気ですか?」


 ジークからの返事はない。すると会議室内が少々ざわめいた。特に近衛兵長と部隊長達にアンリの部下達。ジークとクワトロ、それにカールの元部下達は全員静かだ。


「興奮するな。座れアンリ。流産でもしたらどうする」


 カールが立ち上がった。先程よりも強く睨まれる。座れ、と指で椅子を示されたが納得いかないので着席出来ない。


「興奮なんてしていません。ごく当たり前の確認です。ジーク王、来国者を全員殺処分に決定ですか?」


 ゼロースが軽く手を挙げた。アンリも含め、全員が彼に注目する。


「我が国には血塗れの戦乙女と呼ばれる戦士がおりまして」


 チラリ、とゼロースはカールを見た。


「数年前にベルセルグとの国境戦線で、病人のフリをして敵の砦に侵入。痩せてよろよろした状態になってからです。で、しばらく大人しくして、体を弄ばれてもしくしくと泣き真似」

「弄ばれてない。遊んでやっただけだ。で、そこら中の水にケツの穴に隠していた瓶に入れておいた毒をばら撒き、適当に火を放ち、砦を守護する責任者の首を刎ねてこう、槍に刺して一番高い塔の上に掲げた」

「それはグルドとの戦線だカール。旗の代わりに首吊り死体を掲げていた」

「らしい。まああの砦もせっかく手に入れたのにバカ豚王子が横に入ってきて配置換えに合って奪われ、その奪還に駆り出されて……話が逸れた。アンリ、ゼロースが言いたいことは分かるな? 陛下は賛成してくれたがどう思う?」


 妖しい笑みで問いかけられ、小さく身震いしてしまった。カールとは生きてきた環境が違うと思い知らされる。

 なにより今の話を聞いて心配になったのはシュナだ。彼女が今の作戦の立案者かもしれない、と脳裏によぎる。

 シュナなら自分と違って来国者は全員殺処分という暴挙に賛同するかもしれない。それで、より心を痛める。アシタカが精神的に疲弊している今、シュナは無事だろうか?


「旅芸人の振りをして敵の街に堂々と入り、毒と人質で基地を崩壊させたこともある。貧しい子供を金で雇って使った。我等の主なら……」

「入国拒否と警告が慈悲。例え子供病人が相手でも情けは無用、とシュナ姫からのアドバイスだ。あまり賛同したくないが、そういう策もあると言われれば警戒を強くするべきであろうと考えた」


 ここまで言われると、反対する理由は倫理や人権問題で、それはこの国やラステルを危険に晒すことになる。アンリは渋々着席した。

 心の中で舌打ちをする。反対するのではなく自らこの案を発っせなかった時点でシュナや アシタカの負担を軽減してやれていない。

 血塗れの戦乙女はますます血塗れ。隣に立つアシタカも聖人という虚像から遠ざかっていく。汚れ仕事を引き受け続けていくと、2人揃っていつか崩れる。

 クロディア大陸中の人々にとって、それは困る事。だから自分のような最前兵は、最善、最小被害を自ら考えなければならないのに……。


「この話は後からしようと思っていた。本日より我が国は鎖国。エルバ連合内に通知を出す。国民にも簡単に説明する。出るは自由。帰るは禁止。そもそも自力で旅に出ようとか、ましてや出戻る民など滅多に居ない。客人も同様で殆ど居ない。来国者がいても入国を拒否して追い返す。病人など事情があるのなら、シュナの森など国外で世話をする」


 ジークはそう告げると、軽い咳払いをした。


「前王陛下、何を言っているのです? 世話をする者が相手の手中に落ちたらどうするのです?」


 カールが顔をしかめる。


「この国にはこの国の誇り……」

「そんなもので死者は生き返らない。守るべきなのは見知らぬ他人ではなく身内ではなくて?」


 ゼロースが首を縦に振る。ジークは「それは分かっている」と歯切れの悪い返事をした。

 戦争か、とアンリは更に暗澹たる気持ちになった。

 シュナからタルウィが何をしているかの報告は受けている。夜な夜な行っているシュナとの2人きりでの会話には、いつも沈んだ気分にさせられる。

 下腹部に手を伸ばし、さする。息子か娘はこのような時代に生まれる。それは正しいことなのだろうか?

 父親は行方不明。母親は戦場となりそうな国に逗留。

 ペジテ大工房のドーム内、実家で大人しくしているべきだと本能が叫んでいる。

 嫌な予感しかしないのだ。けれども自分の居場所はここだ。この国は、ラステルは、ティダが本来守りたいもの。


「アンリ、やはり寝ていろ」


 目を閉じているカールからの冷ややかな声に、心を見透かされているのでは? と不安になった。



【シュナの森 ボブ山脈ふもと 船内】


 タルウィは地図を眺め、腕を組んだ。


「天然要塞なんだよなあ」


 地図にバツ印をつけながら、考える。蟲姫が死んでしまっては困るので、いきなり爆撃という訳にもいかない。そもそも爆撃機が使えそうな地形だと思えない。

 最低1人、人質を取って交渉が筋書きであるが、侵入は嫌な予感がプンプンする。

 敵に狙われていると知っているのに、なんの守りも考えていないなんて事はあり得ない。


「俺なら来国者を全員ぶっ殺す。と、なると密かに侵入になるが……山は険しい、海も偵察させたら渦だらけ。どっから入るかねえ」


 うーん、と首を捻り、考える。


「胸糞御曹司は沈黙しているが、似た方法にするか? 一番近い国はこのワーフっつう国だ。ここを占拠して、死体を送り続ける……のは時間が掛かるか?」


 こっちも天然要塞だよな、とタルウィは顎をさすった。感度が悪くなったな、と地図を横に避けて上に乗る少年を確認。


「パアアアアアン! なぁんってなぁ!」


 指を鉄砲のようにして、床に鎖で繋いである少年の妹に向かって叫ぶ。少年はビクリと体を竦めた。


「泣いてねえで動かねえと可愛い妹が死ぬ……あーあ、恐怖で振り切れちまったか。残念」


 少年の腕を掴み、持ち上げ、床に放り投げる。悲鳴を上げて壁際に移動した少年を無視し、ベッドから降りた。妹の方へと近寄る。


「次はお嬢ちゃんの番なんだが、気乗りしねえ。作戦が思いつかなくてよお。酒の飲み過ぎで上手く勃たん」


 良かったな、と頭を撫でようとしたら睨まれた。腹が立ったので蹴り飛ばす。少女の体が壁にぶつかった時、骨の折れるような音がした気がして興奮したが、すぐに萎えた。


「俺は繊細なんだよ。とりあえず胸糞御曹司と同じようにしてみるか。ちょうど紙が2枚あるこったし」


 出入口前に立たせているパストゥムに命じて、預けていたナイフを回収。柄の先についている輪っかに指を入れてクルクル、クルクルとナイフを回す。


「バラバラ死体より、原型があった方が痛々しいかねえ。まっ、好きにするか」


 ふふふ、あははははは! と自然に高笑いが込み上げてきて止まらない。

 


 ***



 翌日、崖の国レストニアの国防砦に向かって黒煙が漂ってきた。生き物が焼ける匂いのするそれを不審に思った兵が確認に行くと、そこには繋がったまま互いを刺す幼い少年と少女の死体があった。

 2人とも、首の皮1枚だけが繋がった状態で全裸。背中には肌を傷つけて綴られた文字。


【悪魔の妹ラステル・サングリアルを連れてワーフへ来い。さもなければエルバ連合は憎悪の炎に飲み込まれ、やがてこの国をも灰にする】


 この報告を受けたジーク前王はラステルを密かに崖の国から脱出させ、ホルフル蟲森へ隠すように指示を出した。

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