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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
第ニ次クロディア大陸戦争

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302/316

ペジテ大工房とペジテ人

【ペジテ大工房  アシタカ私邸】


  ヌーフが地下遺跡で発見したというノート。二千年も経過したノートは、めくるだけで崩壊しそう。

 ノートは透明な薄いビニールのようなもので包まれたうえで、四角く錆びれた缶の中に保存されていたという。

 内容は古語で綴られた日記。ヌーフは訳した内容を書いたレポート用紙と共に、このノートをアシタカに渡してきた。

 レポートの最後にはこう記されている。


【セリム君から伝言。正確にはセリム君を覗いたレークスからの漏洩じゃ。ノートの主はグロヴス・サングリアル。彼は外界のあらゆる命を作り変えたらしい。血に宿されたのは報復遺伝子とかいうもの。弾かれたのは外界に存在しない生物、つまり我が国の者達の可能性。これは困ったのお】


「父上、困ったのおって……」

「アシタカ様、遺伝子とはなんです?」


 同じソファ、隣に座るシュナがレポート用紙を片手に小首を傾げた。

 部屋を照らすランプの橙色を帯びた光が彼女の最近少し痩せた顔を健康的に見せている。

 昼間、日の光や蛍光灯の下だと青白い肌だというのに。 アシタカはシュナの肩に腕を回した。腕に触れてそっと撫でる。

 シュナを過労で倒さないように早く寝なければ、そう思うけれど2人だけの時間は貴重だ。例え仕事の話ばかりだとしても。


「遺伝子というのは、簡単に言うと生物の設計図だ。遺伝子学というのは、学ぶことも研究や実験も大技師教義でかなり禁止されていて、それに関する法律もあり制限が厳しい。神の真似事は、厄災を招く。かつてこの世界を滅ぼしかけたように。そういう理由だ」


 アシタカは日記らしきノート、正確にはヌーフの訳したレポート用紙の最後の言葉をぼんやりと眺めた。


「それでも誰かしら研究しているはずですよね? 人というのはそういう生き物です」


 シュナは当然、というようにしれっと口にした。


「ええ、その通り。例えばカールさんの義足義手がそうだ。こっそりドームから出て入手した蟲の殻を利用した人体実験。不法出入国もあるが、最も重い罪は遺伝子学を応用した実験だったから。逮捕者続出さ」


 手足を失った者へ、神経をつなげた義手や義足を与えたい。利権が絡んでいても、医師などの研究者の実験理由は正しい想いから生まれていた。法令違反や無承認の人体実験など倫理に反するが、納得し共感さえ出来る。

 遺伝子学を追求すれば、難病や奇病から人を救える。過去の自分は理解出来ない法律や大技師教義があるものだと憤っていたが、色々と知った今ならもう分かる。

 

「その件なら資料を読みました」

「誰におねだりしたんだい? それに、それなら遺伝子とはなんです? という質問は何故したんだい?」


 国家機密の捜査資料を横流ししたのは誰だ、と候補者を脳内にリストアップしてみる。

 何人もいて絞れない。敵国の姫だったシュナは、今やこの国の中心人物で、知らない間に様々な人脈を築いている。


「学ぶための本というのは、基本的に小難しく書いてありますし、予備知識がないところから学ぶのは大変だからです。生物の設計図。簡潔な答えが聞けて、頭に入れた言葉達への理解が深まりました」

「シュナ、それで前半の質問の答えは?」

「あら、やきもちです?」


 悪戯っぽい上目遣いをされたので、首を縦に振る。


「うん、まあ」


 ふふっと笑うとシュナは突然甘えるようによりかかってきた。次は膝を枕にされた。シュナの横顔は眠たそう。


「父と呼んでもらった……。化物ではない。俺の子供たち……。アシタカ様、ドメキア王国でセリム様が怒った際にレークスから言われたという言葉、覚えています?」


 目を瞑ると、シュナは大きく深呼吸した。


「ん? ああ。蟲愛づる姫の瞳は深紅に染まり蟲遣わす。王は裁きを与え大地を真紅で埋める。テルムは若草の祈り歌を捧げよ。ラステルさんの故郷にも伝わる話らしい」


 急にどうした? とアシタカはシュナの顔を覗き込んだ。彼女はまだ目を閉じている。


「いえ、こちらの方です。我等の父は下等な人間と生きるなど許さない。この我らの父というのがグロヴス、このノートの主ですよね」

「ああ。疲れで頭がおかしくなっているな。普通に考えてそっちの方だ」


 シュナが目を開き、顔をこちらに向けた。憂いを帯びた夏空色の瞳が真っ直ぐにアシタカを見据える。


「ここ、人よりも穏やかで優しいのいうところ。このグロヴスという方、セリム様と同じですね」

「娘を毒の炎で殺され、娘の夫は磔にされて燃やされた。選んだのが報復遺伝子……。外界人にもあるといっても、そういう感じはしないな。彼はどういう仕組みを作ったんだ? 三つ子の孫達と何を考えたんだ? グロヴスという名は何故歴史から消えたのだろう。 古代のアシタカと共にテルムの名を騙った?」

「 恐らく。エリニースは北西、アシタカはこのペジテ、そしてシュナは蟲森の世界へ。忘れ形見の孫達に寄り添いつつ、遺伝子の操作ということをするにはペジテ大工房に残るのが一番です。しかし人形人間(プーパ)、ラステルは外界に存在しています」

「過去の大技師一族の誰かが超科学を持ち出したにしては、外界に突出した文明社会は……」


 無いと口にしようとして、 アシタカは口を閉ざした。


「グルド帝国。ですよね。ラステルを作ったのはタルウィですもの。地下遺跡には大技師一族の限られた者しか入れない。そして 人形人間(プーパ)の持ち出しを歴代のレークスが許したとは思えません。ただ、この恐竜はクライトン生物研の専売特許というところ、クライトンの地名が北東に存在します」

「そのクライトン生物研の遺跡を見つけたのがタルウィということか。可能性はあるな。カールが監禁されたという研究施設というのがそれかもしれない」

「派遣者の誰かが戻ってくれば何か分かるかもしれませんね」


 帰ってきますよ、と小さく告げるとシュナは体を起こした。抱きしめられ、キスされる。アシタカはシュナの肩に頭を預けた。

 

「聖人ではなく破滅を齎す悪魔……」

「またそのお話。せっかく過去の話をしていたのに、思い出してしまったのですね。アシタカ様が死んで止まる訳がありません。貴方様のせいで女性や子供が死んでいるのではなく、殺したついでに アシタカ様を精神攻撃しているだけです」

「ああ……分かっている……」


 ゆっくり深呼吸をして、シュナの香りを吸い込む。美容クリームの仄かなジャスミンの香り。

 古い言葉で「流星」という名、フィラントエトワールという、ドメキア王族に古くからあるという香水に似ている芳香らしい。かつて、その香水はシュナの母ナーナも使っていたという。

 たまたま彼女に贈った美容クリームなのに、実に運命的だとシュナは可憐な笑みをこぼしてくれた。

 ジャスミンの花言葉は愛らしさと優雅。匂いだけではなくそのことも気に入っている。

 そういうたわいもないもない思考で、脳裏に焼き付く痛い写真を追い出す。


「アシタカ様、明日の朝食は義母様に教わりながら作る野菜ゴロゴロの蒸し焼きオムレツです」

「大好物だ。是非、殻が入らないようにしてくれ」


 顔を上げて、シュナの顔を覗き込む。微笑みながらむくれている天使に集中。


「この家の中では仕事の話は禁止。思い出させてくれてありがとう」


 雑念を払い、眠くなるのはやっぱりこの方法だな、と アシタカはシュナを押し倒した。頬を赤らめられ、目を背けられる。


「眠そうなところ悪いが、君が可愛過ぎる」

「悪くなんて、その、あの……」


 シュナはモニョモニョと何かを口にした。聞こえたけれど、聞こえないフリ。


「ん? 聞こえなかった。もう一度頼む」

「うんと沢山……キスし……」


 最後まで聞く前にシュナの唇を塞ぐと、 アシタカは彼女の柔らかな胸に手を伸ばした。



 ***



 夢を見た。実り豊かな黄金に輝く稲穂のような色の髪をした、長い巻き毛の少女。

 透明感のある真っ白な肌。少女は何も着ていない。ぼんやりと白い床に体を丸めて座っている。

 

「僕は罪を悔い改める。例え造られた命といえど同じ命。自由を得る権利がある。共に行こう。君に名を与える。僕と共に人として生きよう」


 そうなのか?  アシタカは自分で口にした台詞に驚いた。

 場面が変わる。目の前にいるのは自分だ。いや、もっと目が大きくて鼻が高い。かなり日焼けしていて浅黒く、逞しい体つき。別人だ。なぜ自分だと勘違いしたのだろう。

 それにしても、この男は何故か照れ臭そうな笑顔を浮かべている。


「初めましてテルムです。グロヴスさん、その……」


 また場面が変わった。暗い部屋。テルムの姿がほんの僅かに認識出来る。


「お父さん、エリニース、アモレとシュナ、それから皆を頼みます 」

「何言ってるんだよ親父! あのペジテのアンディプラヴィティ人を信じるっていうのかよ!  親父もアシタカもイカレてる! 交渉なんて大嘘で、絶対に殺される!」

「エリニース、二度とペジテだなんて言葉を使うな。この辺りでは使われていないからと、憚らずに蔑称を口にしているのは知っている。しかも良い意味だなんて嘘までついて。やめなさい」


 隣を見ると、癖のある金髪に空色の瞳をした美青年が激怒している。孫のエリニースだ。

 まるで激昂した大狼のように髪の毛が広がっている。牙のような八重歯が剥き出し。


「テルム君、殺さないと殺される。交渉なんてしたって無駄だ」

「お父さん、アモレは生物です。兵器ではなく命。こうして子供だって産んでくれました。人を害する事が出来ない生き物達に、無理矢理命令させるための道具ではありません」

「そんなことじいちゃんも俺も分かってる! だからこうして隠れてるんじゃないか! 戦うのは俺! 俺や戦士達だ! 裏切り者達のために親父が交渉なんて意味が分からない!」


 テルムが首を横に振る。


「エリニース。命は尊い。俺はより多くの命を守るために正しい選択を出来る勇敢な男の息子だ。テルム・サングリアルは道があるのに目を背けて暴虐や殺戮を放置する男ではいたくない。息子の両手を血で染めるのを幇助する父親ではいたくない」


 場面が変わる。人混みの向こうに磔にされているテルム、愛する息子がいる。

 父と呼んでもらった。愛する娘を幸せにし、多くの命を守った男に、更に多くの命を救おうと、何もかもを助けたいというテルムに罵声や石が飛んでいる。

 愛する息子が生きたまま燃やされる。


「何だあの大きさ。悪魔の紫炎ペジテウィオラフランマをあの大きさの砲銃で放とうというのか?」


 空が青紫色に染まれば、そこは死の世界——……。



 ***



 目を覚まし、体を起こすとアシタカは頭を抱えた。頭痛が酷い。夢を見た気がするが、内容は思い出せない。


「アシタカ様? どうしました?」


 隣で眠っていたシュナが目を開き、こちらを見上げた。急に頭痛が消えていった。


「頭が痛かった。しかし、君の顔を見たら治ってきた」


 飛び起きたシュナに顔を覗き込まれる。心配そうな表情。今度は胸が痛い。胸痛の理由は明白。


「午前中は休む。いや、午後も休む。あれだ。タルウィの脅迫のせいで、精神衰弱ということにしよう」


 アシタカはシュナの頭を撫でてから、布団から出て、寝台から降りた。背伸びをして、軽く屈伸をする。


「朝食後に各方面に連絡する。それからあれだ。アンリと連絡を取って、崖の国にいる家族とティータイムだな。シュナ、そろそろ寂しいだろう?」

「それにシッダルタ様に例のノートの話をするのですね。あと、ソレイユちゃんの捜索状況の聴取。明日の予定を前倒しして、明日はどうするのですか?」


 不審そうな目をして、隣に並んだシュナの頬に軽いキスをした。


「日がな一日君にベタベタする。週休2日の約束をそろそろ守らないと君に捨てられる」


 冗談っぽく言い、ウインクをしてみたら、 シュナは呆れ顔になった。けれども頬は赤い。可愛い。ふと、今この時にも誰かが死んでいるという思考に陥りそうになる。

 アシタカはシュナを抱きしめて、ゆっくり、深く呼吸をした。

 倒れると余計に人が死ぬ。だから許されると自分に言い聞かせ、昨日の朝と同様に涙を流した。



 ***



【同時刻 コーストス蟲森】


 パズーは高熱でうなされるフォンと、甲斐甲斐しく汗を拭き、励ますソレイユをぼんやりと眺めた。

 ペジテ大工房の地下には蟲森があった。気がついたら蟲森を歩けるような格好で、ソレイユに言われるがまま旅をしている。

 協王候補のソレイユと勝手に結婚したフォンが殺されるから、輪外れして逃亡。ホルフルアピスに匿ってもらう、らしい。

 フォンは事故でキスしただけで結婚なんて文化はペジテ大工房にはないとソレイユを説得。

 その理屈は「オーディン様」という、誰だか知らない人には通用しないという。フォンは「死にたいの?」というソレイユの脅しに屈した。

 フォンはそれ以外では、初めての蟲森や、ペジテ大工房の地下に蟲森があったこと、蟲森内で生活出来る現実を目の当たりにして興奮気味。パズーも同様。

 ソレイユはアピ(多分)と、パズーはフォンと喋りながら、比較的和気藹々とした旅をしていた。2日前までは。

 フォンが突然高熱を出した。それから全身に親指大の赤い発疹。ソレイユ曰く、斑点病。崖の国で「赤斑病」という子供頃にほぼみんながかかる風邪の一種にそっくり。


「大丈夫よフォン。子供がかかる斑点病は大人がかかるの治るのに時間がかかるの。お薬、試行錯誤して作るわ。効かないなんて、リーマークスが変だって言っててね、一緒に工夫しているの。きっとロトワの斑点病と少し違うからね。でも斑点病で死ぬなんてないから本当に大丈夫よ。パズー、また出掛けるからフォンのお世話をよろしくね」


 慈しみ溢れたソレイユの微笑みに、パズーは思わず見惚れた。

 ソレイユに手を握りしめられ、額に濡れたふにゃふにゃした植物を乗せられたフォンが、ありがとうと小さく呟く。

 ソレイユは口にする言葉の説明は足りないし、いばりっぽくて自己中心的だと感じていたのに、フォンが病気になってからずっとこの調子。

 生身の体でもいられる空間探し。肌に触れてもかぶれない植物を探して寝台の作成。食事の用意に洗濯。ソレイユは何でも教えてくれて、率先して働く。

 パズーの為にあれをしろ、フォンのためにこれをしろという命令はするが、自分のために何かしろとは言わない。とっても珍妙怪奇な女の子。非常に不可思議な思考回路の持ち主としか思えない。

 ソレイユは蟲森へと出掛けていった。蟲森の特定の巨大木の根は籠状になって、空間を作る。ここでは呼吸が可能で、人に対して有毒な植物も生えない。人と共存できるから、人共木らしい。

 何もかもが人に対して有毒な植物ではない。パズーとフォンはソレイユからそれを学んだ。

 ラステルの暮らしていたという、タリア川ほとりの村というのも今いるような場所に作られた村かもしれない。

 ソレイユはラステルと同じで蟲森で生身でも平気。謎を解き明かすと、蟲森を怖がらないで生活出来るのか? パズーは今無性にセリムと話をしたかった。昔は逃げ回って、嫌がっていたというのに、すっかり未知の世界の好奇心に支配されている。


「パズー。け、懸念がある……んだ……」

「どうした? 酷い声だ。ここまで酷い赤斑病、ソレイユが言う斑点病と多分同じだと思うんだけど、見たことない。俺も大人でなるなんて、聞いたことない」


 掠れ声のフォンは大きく首を縦に振った。


「ペジテは……ドームの……中で……。中と外では……病原菌が……違うのだろう……。考えれば……分かる……ことなのに……。医師団……危険……」

「ペジテ大工房ではべにしんって言うのか? びょうげんきん? 何だそれ? 医師団? 医師団って、もしかしてドメキア王国にいるペジテ大工房の医師団のこと?」

「土の神……。その遣いのテルム……。焦がれる風の大地……。俺達……生きてはいけない……」


 フォンは「医師達……」と呟くと目を閉じた。呼吸は荒く、小さく、うなされている。

 ペジテ人は、ドームの中だと斑点病にならないのか? とパズーは小首を傾げた。

 フォンの言う通りなら、ドメキア王国で人を助ける医者達がフォンと同じように苦しむ。それはとても悲しい話だ。


 翌日、フォンの体には青痣がいくつも出来た。フォンを励まし続け、薬を飲ませ、食事を摂らせ、看護を続けるソレイユは、フォンから離れたところでパズーにこっそりこう伝えた。


「誰に聞いても何の病気かサッパリなのよ。オーディン様達から隠れながら、必死の思いで村の先生にも聞いたのに! 国に帰ったら治るのなら連れて行くけれど、フォンは謎の病気を国内に持ち込めないって」


 目にいっぱい涙を溜めて、震え声を出すと、ソレイユは俯いた。ポタポタと涙が土に染みていく。

 ソレイユはこの数日でげっそり痩せた。元々細いのに、更に。


「フォンの自己治癒力に賭けるしかないわ。ソレイユがうんと滋養のつくものを食べさせたり、少しでも効果のある薬も作って、看病し続けるわ」

「あー、あのさあ。少し休まない? 俺でも出来ることがあれば、言ってくれ。君まで倒れる」

「ソレイユは強いから平気よ! フォン、可哀想……。酷い名前の国に生まれたばかりに……。優しいのに……死にそうなのに沢山の人を気遣って……。誰よ、ペジテ何て名前をつけた人! 縁起が悪いからフォンは辛い目に合っているのよ! 悪魔だなんて、自ら名乗るなんて本当に変よ! 最低! 楽園とか、加護とか、素晴らしい名前をつけなさいよ! バリテ!」


 ぷんぷん怒ると、ソレイユは「出掛ける」と言って蟲森へ出て行った。

 ソレイユの涙を指で拭おうとしていたパズーの手は宙を彷徨った。


「えー……。フォンにペジテは楽園って意味だって聞いてたけど……。悪魔……」


 ソレイユが人なのかは疑問だが、ほぼ人に近い時い物同士の個人間でこの認識の違い。

 異文化交流をして理解を深めるのは、なんて途方もないことなのだろうとパズーは頭を掻いた。



 ***



【二千年前 とあるところ】


「アシタカ、ペジテなんて名前に改名させるって正気か?」

「エリニースが楽園という意味だなんて吹聴したのが、いつの間にか広まっていてさ。国民総出でペジテに変えるって言うんだ」

「うげっ。嘘だろう? 父上にこっぴどく怒られたから、俺、そんなに使ってないぜ。まあ悪魔の国だなんて自称するのは笑えるけど、父上の想いに反するな。悪魔って意味を消しまくるしかないな。でも無理か。俺達って、人とは違って色々次世代に受け継がれるっぽいからなあ」

「まあ悪魔なんて名前の国、皆怖くて近寄らないただろう。逆に楽園からは出たくない。楽園と悪魔。それぞれにとって良い名前かと。お互い関わらない仕掛けがまた一つ増えるな」


 そうして二千年。言葉は変わり、様々な古語が消えたり意味が変化していった。

 しかし、北東地方にはこんな伝承と呪文のような言葉がある。

 ペジ・カルケ・インカスライト。

 子供達は悪いことをするたびに、こう言われて育つ。

 呪文の意味は、意味は悪魔の牢獄に投獄されるぞ。

 悪魔に怯える、悪さをしない良い子にはこういう話をされる。悪魔は自分達の国から出ると、死んでしまうから、悪魔に会うことはない。悪さをしなければ大丈夫——……。

 

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