光と影 4
ボブル国領地内、ネキ湖及び湿原空爆事件勃発。
宣戦布告の無かったボブル国への突然のこの攻撃の首謀者は現在不明。
ネキ湖及び湿原の周辺にある集落は、軒並み空爆され、被害は甚大。人が住むどころではないくらいの焼け野原。
生存者は南下しているが、道中も襲撃されている。
小型飛行機のようなものが空爆後、不気味な泥のようなものが民間人を無差別殺傷し、女子供を誘拐している。
これに対し、ボブル国は大陸連合へ調査と支援を要請。
大陸連合はこの事件の首謀者を「グルド帝国タルウィ」と結論付け、彼を国際犯罪者として指名手配。
国際犯罪対策支部の緊急対策チーム(以下、T対策部)を立ち上げる。
T対策部は調査隊及び支援活動団体を編成。
ボブル国とペジテ大工房からの人材を中心とした調査隊をグルド帝国へ派遣した。
支援活動団体は二つ。
後方支援活動部隊はペジテ大工房からの人材を中心とした、医療及び機械整備支援。
前線支援活動部隊はドメキア王国からの人材を中心とした、難民救助、保護、輸送の補助活動。これに際し、ペジテ大工房はペジテ戦役捕虜のドメキア王国兵の一部を解放。
また、大陸連合は空爆地域とボブル国首都の間にエルバ連合が設置したキャンプ地に、人材派遣及び物資支給を行った。
ボブル国で回収された「小型飛行機のようなもの」は、報告によれば、蜘蛛のような形をした無人飛行物体。
脚と脚には薄い膜が張られていて、それで飛行が可能。触覚のような部分は両刃でナイフ状。
口に相当するような部分には、鋭利なトゲが上下共に前後二列に並んでいる。内部には小型爆弾が収納されている。
動力などの詳しい分析はこれからだ。
T対策チームは「蜘蛛兵器」という、見た目そのままの名称を付けた。
「泥のようなもの」は木偶人形と呼ばれていた、泥人形のようなもの。こちらも詳しい分析はこれから。目撃情報によれば、手足部分は伸びる。怪力である。
ネキ湖上空に無数の蟲が現れ、蜘蛛兵器を襲撃している。これらの蟲達に、レークスは接触出来ていない。
また、ボブル国領土内の各地で、海産物の雨が降っている。
グルド帝国首都ヴェネ襲撃事件勃発。
ネキ湖及び湿原空爆事件当日、グルド帝国首都ヴェネにて、似たような事件が勃発していたと発覚。ただし、空爆、攻撃は1日のみ。
帝王不在の為、ダルマチア大司祭が帝王代行として対処中。
ペジテ大工房からの、宣言のない侵略戦争という話になっているという。
ペジテ大工房はこれに対し、大陸連合へ侵略戦争否定書を提出。大陸連合はグルド帝国へ、グルド帝国ザリチュ帝王の署名入りで、合同調査隊派遣の許可を要求。
現在、ダルマチア大司祭からの回答を待っている。
アトラク=ナクワ兵団による侵略戦争。
ベルセルグ皇国とボブル国の国境線沿い、ベルセルグ皇国領土内に対して、無宣言の夜襲が起こっていたと発覚。
アトラク=ナクア兵団と名乗る集団は、ケルドユン砦、チェンチョウ街、周辺集落を占拠し「クルウルウ国」の建国を宣言。
これに対し、ベルセルグ皇国は解放戦線を開始。
大陸連合は、ベルセルグ皇国からの要請により、アトラク=ナクア兵団の調査隊を派遣した。
木偶人形の姿が確認されたので、タルウィが関連していると推測される。
***
【ボブル国ネキ湖上空】
飛行船の操舵室の窓の前方に、鉛色の壁が形成されている。
「ありゃあ、なんだろうなあ」
木偶人形しかいないので、返事はない。タルウィは酒瓶を後方に放り投げ、窓へと更に近寄った。
「蟲だよなあ」
黒煙の立ち昇る視界の向こうに、あるのは蟲の群れのように見える。群れ、というよりは塊だ。
「そういやクソ御曹司への怒りで、一人忘れていたなあ」
思わず、口の中の飴を噛み潰す。
「セリム……。あいつ、自らを王と呼んでいなかったか?」
何の王か、と思案して、状況からして「蟲の王」だと結論付ける。勘というのはこの世で最も大切。蟲姫の相手なら、蟲の王子や王だ。
論理的考察なんて必要無い。タルウィの勘は外れた事は少なく、勘を頼りに調べた方が必要な情報量が多い。
「ネキ湖を血の池にするのは後回しだな。セリム……」
法衣のポケットから写真を取り出して、再度確認。爽やか笑顔の美青年。大嫌いな人種なので、殺すなら一石二鳥か。
「ハーイドニック! ハイドニックはどこだあ?」
名前を呼んでも相手側に声が届く訳ではないが、とりあえず呼んでみた。
全面兜の視覚を切り替えてハイドニックのいる位置を確認。地図によれば、黒酸の海の南側。
視覚を切り替えると、ハイドニックは女をぶん殴って犯しているところだった。絶景を一緒に堪能している場合ではない。
それに、自分の手で遊べば良いだけ。タルウィは視覚連結を切った。
「ネキ湖周辺の集落を攻撃させておくとして、確か……黒酸の海の近くの森には街がある。国だっけなあ? 次は南のフェリスだな。よし、散歩ついでに、目につく集落を潰して行くか」
噛み潰した飴を飲み、木偶人形に次の戦利品を持ってこさせる。
「お嬢ちゃん。いくつだ?」
愛想良く振る舞う。恐怖で固まる子供は、恐らく10歳前後。服は真新しいワンピース。返事をせず、こちらをジッと見据えている。
褐色の肌に、艶のある茶色い毛に、エメラルドのような美しい緑色の瞳。大変、可愛らしい。
よしよし、と頭を撫でる。ビクリ、と怯えられたが気にしない。
「酷い目に合ったのだろう? たまたま助けられて良かった」
泣き笑いを浮かべて、子供を見据える。
「娘は助けられなくてな……。突然……。こんなの酷いよなあ……」
シクシク泣いて、子供に縋りつく。怯えきった顔に唆られるが、今は我慢だ。
「おじちゃんが娘の代わりに守ってやるからなあ」
しばらく嘘泣きをして、おもむろに立ち上がった。
「パストュム、というんだ。君のお世話をしてくれる。街に着くまでご飯を食べて、ゆっくりしていなさい」
再度、子供を監獄へ連れていかせる。ふわふわの布団と、美味しいご飯の用意された、蜘蛛の巣は、地獄前の天国だ。
信頼や希望を打ち砕かれた、絶望顔で達したい。殺すだけの玩具ならいくらでも手に入るが、可愛らしい玩具は希少品。殺さない練習も継続中だ。まあ、まだ成功していないが。
子供に手を振ると、ほんの僅かな動作で手を振り返された。不信そうだし、ぎこちないが、笑っている。子供はチョロい。
彼女が去ると、次を運ばせながら、自分も移動。操舵室を血の海にする程、酔っ払ってはいない。
「おっ! 良い事思いついた! ラブレターを書こう! あ、い、し、て、る、ってこの世に一つだけのラブレタァーアー。 気にいるっかなぁ」
部屋に入り、便箋を待つ。赤に映えるのは白なので、色白な女を連れてこさせた。
全裸に猿ぐつわ姿で、喚いているけれど、怪力の木偶人形からは逃れられない。
天井から垂らした鎖に手を繋がせて、全体を眺める。微妙。
女なのに顎が割れているとか、鼻が少々上向きなところが気に入らない。
肌年触りは良さそう。恐らく10代だ。張りのある肌なので、文字が書きやすいだろう。
ナイフを見せたら、大泣きし始めた。唆られる泣き顔ではない。
「んだよ、まあだ何もしてねえってのによお」
排水可能な部屋には、鎖や拷問器具と、自分用の椅子くらいしかない。
椅子に腰掛けて、目の前の玩具とどうやって遊ぶか思案する。
「琴線になあ、触れねえからなあ……」
先に可愛い子供を見たせいだ、と自分に呆れる。しかし、あの子の楽しみ方にはもう少し時間がかかる。
「普通にやるか」
ほくそ笑んで、鞭を手にする。殺さない練習は後回しだ。
「ラブレターだけじゃ足りねえ。花も必要だな! 道中で狩るか!」
ケタケタ、ケタケタ笑いながら鞭を振り回す準備運動。
タルウィは大きく伸びをして、体を左右に揺らしてから、法衣を脱ぎ捨てた。
***同時期***
【ペジテ大工房】
サングレ・フィデスホテル会議室の アシタカ宛てに、報告書が届けられた。
アシタカは封筒を受け取り、腕に鳥肌が立った気分不快さに、ため息を吐きそうになった。
大陸各地で次々と事件が起こっている。今持つ封筒を開けたくない。しかし、開封しなくても、もう事態は起こっている、しっかりしろと奥歯を噛んだ。
大陸連合の話は何も進まない。各国首脳会談は、もはやタルウィ対策会談である。
タルウィ探しの為の部隊をどう編成するか、アリババやマナフ達と話し合っていたが、 アシタカは配達人から受け取った封筒を開け、新しい報告書に目を通した。
内容に言葉を失う。
「アシタカ、どうした?」
向かい側に座るアリババが声を掛けてきた。
「ああ……」
アシタカはアリババに報告書を渡した。報告書の内容は、砦門前に落下してきた死体について。写真が添付されている。
写真は、うつ伏せの死体。髪の長い女性で、顔は横向き。目がえぐられ、手足の指が全部切断されている。
手足には無数の盛り上がった線状の赤い跡。鞭打ちか類似行為で出来た怪我だろう。
背中の大半は綺麗で青白い。しかし、腰に細い切り傷がある。それは、文になっていた。
【アシタカ・サングリアルをザンクト・アムルタート大聖堂に磔にし、美しき妻を生きたまま祭壇に捧げよ。さもなければ大陸は燃え続ける。要求は他に無い。磔にせねば永遠に、無差別攻撃を続ける。不老覇王】
アシタカは、鳩尾が痙攣したのを感じて、右手で口元を押さえた。この場で吐く訳にはいかない。
「要求は他に無い? 無差別攻撃……。それにしても、何と残酷な真似を……」
報告書に目を通したアリババ は、顔をしかめながら、マナフへ報告書を回した。
「ああ、子供では無いのか……」
マナフのほんの僅かに安堵したような声色に、アシタカとアリババは固まった。
「子供? 彼は子供にまで……」
「子供を懐かせたあとに、こういう目に合わせるのはあの方の趣味の一つです……」
吐き捨てるように告げたマナフを、 アシタカは驚愕という眼差しで見つめた。
「この嫌がらせ、毎日かもしれません。他にも何かしてくるでしょう。気が狂わないように気をつけてください……」
震え声を出すと、マナフは大きなため息を吐き、よろめいた彼をアリババが支え、近くの椅子に着席を促す。
「ザリチュ様の証言通りです……。あの方は各地に似たような声明を出すでしょう……。民衆に貴方様を引き摺り出させるか、追い詰められた貴方が発狂して死ぬか……」
グルド帝国の要人達からの聴取で、タルウィの性格を把握してはいる。目的の推測も聞いた。
タルウィは聖人、大陸連合、平和の邪魔をしたい。アシタカにはまるで理解出来ない、正反対の思想だ。
これが、相手を精神的に追い詰める彼の手口。見ると聞くでは大違い。
しかし、全く理解出来ない。
吐き気を堪えて、込み上げてくる吐瀉物を飲み込む。アリババがアシタカの背中をさすった。アリババの顔色もかなり悪い。
「アシタカ様、どうされました? 真っ青です」
離れた位置で、ルイと話をしていたシュナは、アシタカの顔色の変化に気がつき、彼に近寄っていった。
「いや、何でも……」
アシタカは咄嗟にアリババから報告書を奪った。それを、握り潰そうとして、止める。
シュナは報告書に目を通した。二枚の報告書を読み終わり、封筒に戻したが、涼しい顔である。
「このような嫌がらせは想定範囲内です。この方には胸が痛みますけれど、現地の方が悲惨でしょう」
にこりと微笑むと、シュナは俯いた。可憐な笑顔はどこへやら、無表情に近い怒り顔である。
「シュナ……」
軽蔑の表情を床に向け、炎を宿すようにギラつく瞳をしているシュナに、アシタカは何と返事をして良いのか分からなかった。
不意に、シュナは悲しげな表情になり、ポタリと涙を流した。顔を覆い、体を震わせる。
「失礼します……。気分が……」
シュナは駆け出して、会議室から出て行った。その後ろを、護衛人長官エリザベスと世話役のハンナが追う。
シュナの後を追おうとしたアシタカを、アリババが静止する。
「アリババ 、妻が怒り狂っている。止めたい」
「怒り狂う?」
「あの様子、僕に対し報告規制をしていたのだろう。つまりこの報告書は、タルウィだけではなく、この国の誰かからの嫌がらせだ。ブラフマー長官、そうだろう?」
髪を掻き、ブラフマー長官に目配せした。シュナを追いかけろ、と顎を動かす。彼は動かなかった。
「報告規制は議会総意です。アシタカ様が精神的に蝕まれては困ります。 シュナ様には監視が付いて、行動制限もされております」
「そのように弱くはない。あと、妻は制限内で自由に振る舞うぞ」
「ええ、貴方様の為にですので、概ね賛成されています。弱くないとは、食べても吐いてしまうのにですか? 昨夜の睡眠時間は? 隠密での通院は無駄です」
「見張りだらけだな。ありがとう。倒れずに、安心して働ける」
アシタカは笑って見せたが、鉛を飲んだような気持ちに、呻きそうになった。
今夜も喚き、嗚咽し、吐くだろうな、と自嘲する。シュナが居なかったら、とっくに潰れている。
この日、ペジテ大工房のドーム上で飛行船が爆散。
ドームの屋根のおかげで市街地には届かなかったが、死体は雨のように透明な屋根に降り注ぎ、民衆を怯えさせた。報道規制されだが、口コミで広がる。怪しげな噂も広がっていく。
翌日、再びペジテ大工房の砦門前に、文字の刻まれた遺体が遺棄された。
【ペジテ大工房のアシタカ・サングリアルは聖人ではなく破滅を齎す悪魔である】
針のようなもので削るように文字を刻まれたのは、推定3歳の女の子であった。
***
影は光がなければ生まれない。
この世から光が消えないならば、影もまた永遠に存在し続ける。
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