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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
序章

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異国からの来訪者

 異国からの来訪がある、それもセリムが連れてくる女性。ということで風車塔で働く者は朝からそわそわしていた。観測係明けのパズーは気にはなるがひとまず寝たくて仮眠室へとなだれ込んだ。


 ここ半年以上前からセリムの様子は変だったのは国民の誰もが知っている。妙に浮ついて笑顔が増えたかと思えば、ぼんやりと憂いを帯びる。


 その熱の篭った青い瞳に誰が映っているのか、まず槍玉に挙げられたのは幼馴染パズーの隣人テトである。


 元々3人はよく共にいたし、働き者で王子にも物怖じしないテトならばあり得るというのが最初の見解だった。


 しかし、日に日に国内で姿が見えなくなるセリムの行動に段々と違う噂が流れ始めた。特に2月程前のある日から酷く落胆し、風詠の仕事以外では薬草園に閉じこもるようになったのは決定的だった。


 異国の者だ。


 先週になって急に生き生きとし出したセリムに、珍しく収穫祭に招かれる来賓の知らせ。


 同盟を結ぶエルバ連合でさえ珍しいというのに、セリム自らが迎えるという砂漠の民。


 何度か質問して見ても、セリムは浮き足立って碌に返事がない。


 おまけに国内で姿を拝めるのは、オルゴーに乗ってるところばかり。


 そこまでセリムの心を奪った来訪者は一体どんな女なのか。


 目を瞑ったとほぼ同時に、まだ日の出の時間だというのにセリムが仮眠室に飛び込んできた。


「パズー、これから行って来る。例の砂漠の民について話はきいているか?」


「噂では聞いてる。後できちんと話をしてくれよ。俺は何も聞いてないぞ。とりあえず今は寝させてくれ」


「そうだっけ?まあ後でな。あれもこれも見せてあげたいけど、時間が足りなそうなんだ。流石に国務はサボれない。許可は取ってあるから明日からパズーとテトは僕の代わりに案内を宜しく頼むよ」


 言い終わるやいなや、セリムは飛び立っていった。誰をと聞きそびれてのそのそと部屋から顔を出したが、もう廊下にセリムの姿はなかった。


 昼になり、仮眠室から技術室へ移動するとクワトロから説明を受けた。観光案内にパズーとテトが指名されており、1週間の暇が与えると告げられた。詳細はセリム本人からだ。とあっという間に業務に戻ってしまったクワトロに、パズーは何も聞き返すことが出来なかった。


 計測係中に修理しきれなかった観測凧に取り掛かろうとしていると、次々と先輩たちが部屋から出て行った。窓から顔を出すとオルゴーが滑走路に降り立つところだった。


 消毒部屋の前には人垣が出来ていた。特に給餌室の若い女性は勢揃い。引退した風詠の爺婆様も、すっかり歩かなくなったというのに起き出して集まっている。


 一同、固唾を飲んで扉が開くのを待っていると、そこに美しい女が現れた。


 塩のように白い肌、少し釣りあがった涼やかな目元、二重瞼に長い睫毛、黒真珠のような瞳。艶のある瞳と同じ色の髪を纏め上げた凛としたその女にその場にいた誰もが見惚れた。


 すらりと背が高く、華奢で、崖の国では見ないような容姿。後方に続くセリムと良く似合う。


「大歓迎ですこと」


 棘のある声色にさっと道が開かれた。一瞥すると興味ないと言わんばかりに彼女は空けられた廊下へ視線を移した。


「すまない、皆下がりなさい。長旅で疲れている客人を休ませたい。誰か、応接室まで茶を持ってきてくれるかい」


 いつもならば我先にと名乗りをあげる給餌の女達は目くばせするだけだった。


「俺が行きます。さあ、皆仕事に戻ろう」


「ありがとうパズー。ラファエさん、こちらへどうぞ」


 丁寧にだが、よそよそしく客人を連れて行くセリムの背中を見つめて首を傾げた。あれがセリムの想い人とは到底信じられなかった。


「失礼します。」


 応接室のドアを開けると、セリムとラファエは無言で向き合っていた。気まずそうな雰囲気に気圧され、お盆が揺れた。思わずお茶をこぼしそうだったが、それをセリムが支えて事なきを得た。


「ありがとうパズー。もうすぐケチャ姉様と城婆が来るから、それまで彼女をもてなして欲しい」


「え?」


「ラファエさん、彼は機械技師のパズーで私の幼馴染です。間も無く城のも者と世話役を勤める姉が来ますのでしばし歓談していてください」


「分かりました。急がねば、日が沈んで危険が伴うと申しておりましたものね」


「ええ、行ってきます」


「よろしくお願い致します」


 え?と戸惑っているうちに、セリムに肩を叩かれた。そうして幼馴染は嬉しそうな表情で応接室を去ってしまった。


 見知らぬ美女、それも国賓と2人きりになってしまいパズーは固まった。


「ご用意いただき、ありがとうございます」


 さあ、と言わんばかりに手のひらで自分の前の席を示されてパズーは我に返った。慌ててお茶と菓子を机に出す。


「すみません。どうぞ」


「ありがとうございます。私、ラファエと申します。砂漠の民、川のほとりの村が族長グリークの娘。以後お見知りおきを」


 優雅な物腰で立ち上がるとラファエはスカートを摘んで深々と頭を下げた。柔らかそうな薄い布地の白いワンピースにズボンがよく似合っていて、気品がある。初めて見る異国の民族衣装だ。


「どうぞ、パズーさん。いくつか聞きたいことがありますの。」


 柔らかく笑っているが、探るような警戒心を帯びた黒い目。そんな風に見られた事などなく、大して暑くもないのに背中にツウっと汗が流れた。


 促されるままに向かい合う椅子に腰を下ろしていた。


「セリムさんはそれなりに地位のある方だろうと思っていましたけど、御自分のことを話してくださらなくて。色々お忙しいから忘れていたのかと思いますが」


 微笑みとは裏腹に棘のある声、この人苦手だとパズーは肩を強張らせた。


「えっと、あの。セリムは・・・。セリム様は我が崖の国の王の息子です。国王ジーク様の三男。風詠として国の防衛の最前線で働いています」


「そうですか。」


 ふーんと1人で納得したように頷くと、ラファエが飲み物に手を伸ばした。両手で茶碗を包むと膝の上に置いてパズーを見つめた。


「彼からは私共については聞いています?」


「いえ、あの、ジーク様より民へ収穫祭に国賓を招くと。セリム様が今まで交流のなかった砂漠の民を2人お招きするとだけは聞きました」


 セリムは口が軽いようで硬い。研究のことや蟲森での発見も、彼なりの一線を引いて口にする。


 砂漠の民と仲良くなったという事も、1番仲の良いパズーにさえ語らなかった。逆もまたそのようで、ラファエはセリムの立場を知らなかったようだ。


 上に立つものとして、慎重に行動を、言葉を選んでいたのだろう。人懐こく、愛嬌たっぷりであるがそういう所は流石国王の息子である。


「不思議な方ね」


「はい?」


「色々思うところもあって、怖がらせてごめんなさい。それでも彼の誠実さというのは信用しているの。こんな風に来るくらいには」


 じっと手元を見つめて、それからゆっくりとお茶に口をつけた。あっと声を上げそうになった。護衛もなく見知らぬ地でたった一人。


「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。安心して寛げる国だと誇っています」


「ええ、その辺りはよくよく伺っています。こちらこそよろしくお願い致します」


 妖艶な笑みにぼうっと見惚れていると、ノックの音が響いた。ケチャ姫と城婆にラファエは丁重に迎えを受けた。何かが引っ掛かると耳の奥で警鐘が鳴ったが、鈍感な自分よりもセリムや王家の者たちが考えるだろうとパズーは考えるのを止めた。


 けれども、これから来るというもう一人の来訪者も似たようならばどうだろう。セリムがもしかしたら恋で盲目になってしまっているのではないかと、酷く眩暈がした。


***


 夕暮れ時に、オルゴーがメルテ山脈とボブ山脈の谷間に姿を現した。それを聞きつけてパズーは仕事の手を止めて、風車塔の最上階へと登った。


 ラファエが来訪した時の消毒室の前の小広間と同じように、屋上に人垣が出来ていた。足腰の弱い爺婆は少ないが、代わりに仕事を終えた風学者や、パズーの先輩方が増えている。相も変わらず風車塔で働く若い女は見たところ全員姿を確認できた。


「よお、パズー。見ろよあれ。」


 身を乗り出すようにしていたポックルが手招きする。隣に並ぶと豆粒のようなオルゴーの姿がゆらゆらと楽しそうに舞っている。この国で誰も乗りこなせない暴走凧を2人乗りでここまで自在に操り、感情さえ伝えるというのも才能なのだろうか。風に愛される王子は妙にゆっくりと、自慢するように崖の国の上空を飛んでいく。


「あっちが本命だろうな。昼間と全然違う。」


「俺、昼は仮眠していて見てないんだ。」


「昼間は山脈を越えたあたりで、エンジンを使って一直線。観測係だったからさ見てたんだ。でもパズーと違って例の美人をまだ見てない。あとでセリムを問い詰めようぜ。」


「妖しい美人だったよ。少し怖い。このもう一人もそうだったらセリムには毒だぜ」


「そうなのか。下りてきたら見に行こう。場合によっては俺たちが説得しないとならないな。」


 ポックルがニヤニヤと笑いながらパズーの背中を叩いた、こいつはラファエと会って、話していないから危機感が足りない。けれど、1人よりはいいだろう。ポックルの方が口がたつ。


 夕日が海へ飲み込まれていって、やっと国の上空までオルゴーが戻ってきた。眩いほどの星空に、満月の優しい光がオルゴーの機体部分に反射して何度も風車塔を照らす。その光景に1人、1人と女たちが去って行った。


 日が落ちてしばらくしてからセリムが滑走路に降下してきた。残っていた女も男達も、パズーとポックルも消毒室前の小広間へと向かった。


 一同息を飲んで扉が開くのを待った。どちらかと言うとほとんど人の寄り付かない小広間に、昼の倍は人が集まった。


 ギギギと軋む音を立てて扉が開いた。パズーはラファエの凛とした冷たい姿を思い出して固唾を飲んだ。


 現れたのはラファエと同じように白い肌をした娘だった。けれども髪の色も目も、顔立ちも違う。何よりも身に纏う柔らかさが異なる。彼女は穏やかな雰囲気に愛らしい花の咲いたような微笑みでセリムを見上げていた。ラファエと同じように団子に纏め上げた髪に、一輪の飾りが添えられている。パズーの良く知っている髪飾りにあっと声が出そうになった。


 彼女が人垣に気が付いて、新緑の瞳が驚いたように見開かれた。小広間に集まった面々を見つめるその目はどこかセリムに似ていた。垂れ目がちで形は違うが、吸い込まれそうな不思議な魅力をたたえている。


「お招きありがとうございます。ラステルです」


 鈴を転がすような声に、男たちが小さく唸った。途端にセリムからキッとした鋭い視線が刺さった。なんて表情をしているんだ、と幼馴染の新しい面で体がむずかゆくなった。


 ラステルが振り返ってセリムを見上げる。見たことがないような種類の優しい顔つきでセリムが微笑んだ。誰も彼もが理解した、この来訪者がセリムの何なのかを。


「皆、出迎えありがとう。彼女は砂漠の民、先に招いた族長の娘ラファエの乳兄弟ラステル。収穫祭を祝いに来てくれた国賓だ。丁重にもてなすように。ミトはいるか」


「はい、セリム様。首を長くして、それはそれは長くしてお待ちしておりましたよ。予定の時間をかなり過ぎているので待ちくたびれましたぞ」


 後方から愉快そうな声がして道を開けた。セリムのお目付け役の城爺がラステルの前まで来て彼女をじっと見上げた。曲がった腰を精いっぱい伸ばしてラステルを覗き込む。


「可愛らしいお客様だ。セリム様も人が悪い」


「ミト」


 バツが悪そうにセリムが頬を掻いた。広間にくすくすと笑い声が伝染すると、やや緊張した面持ちだったラステルも愉快そうに笑い声をあげた。


「砂漠は遠く、空の旅は疲れたでしょう。ささ、こちらへ。セリム様も、ほれ。赤鹿もすっかり待ちくたびれていますぞ。さあ行きましょう」


 ミトに促されてラステルとセリムが歩き出す。2、3歩のところでミトが振り返った。


「パズーはおるな」


「はい!」


「仕事が途中であろう。ライトが探していたぞ。終わらせたらすぐ城へ来なさい。セリム様のご指名じゃ」


 寝起きに口早に告げられた「明日からパズーとテトは僕の代わりに案内を宜しく頼むよ」という台詞が脳裏をよぎった。広間を出ていく際にセリムがパズーに顔を向けて無邪気に笑って見せた。厄介事ばかり投げかけてくる幼馴染のその笑顔に弱い自分に呆れ、大きく息を吐いた。


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