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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
第ニ次クロディア大陸戦争

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意思疎通の輪に残る光と影 3

【ロトワ蟲森 枯木里の前】


 セリム達とロトワ蟲森の民との間に沈黙が流れた。


 取り押さえられている黒法衣の者に、大きな刃のナイフが突きつけられる。しかし、ティダの様子は割と穏やか。


「再度告げる! ペジテ大工房は異次元国家だった! 悪魔の炎は分解された。襲撃は無駄。蟲を操ることももう難しい! 裏切り者こそ捕縛しろ! 誰か分からないなら全員殺すぞ!」


 なんていう、最低な発言。セリムはティダの口を塞ぎたかったが、ギルの尾に捕まっているので無理。口まで塞がれているので、話すことも出来ない。


「ペジテ大工房を蟲に襲わせた元凶達だぞ。話し合い出来ると思うか?」


 ゾワリ。ティダの台詞で、セリムの全身に鳥肌が立った。全身の毛が逆立った気がする。身の内側から込み上げてくる憎しみに、軽い目眩と吐き気がする。


「この村の民はある程度蟲を操れる。かなり古い時代から、ベルセルグ皇族の後ろについてきた民だ」


 ティダが脱力気味に告げた時、カランカランカランと炭と炭がぶつかるような音が鳴り響いた。


 何だ?


 ティダが背筋を伸ばした。


「ティダ! お前は一体何をしていた!」


 また低い男の声。先程と同じ人物。セリムはティダの様子をうかがった。蟲巫祝(むしふしゅく)とは、新しい単語。


「これでも枯木里の民の一員だから、尻拭いだ。そのついでに天下を取るつもりが、色々失敗した。まあ、この里とベルセルグ煌国の縁は切れた。それから蟲達もだ。蟲は来ないぞ。ここに蟲の王たる男がいる」


 蟲の王は自分だというように、ティダが不敵な笑みを浮かべた。セリムにはこれは大嘘だと分かるが……相手はどう感じるんだ?


 カランカランカランと鳴る音は蟲を呼ぶ音?


「む、蟲の王?」


 どよめきが起こる。


「ベルセルグ煌国は俺の掌の上に乗った。中立の立場を捨てて、蟲森破壊に乗り出したのはまあギリギリ許そう。自由という夢は、まあ仕方ない。だが大狼の里を暴露し、売った罪は重い」


 ティダがグッと伸びをすると、王狼(ヴィトニル)が彼の後ろに寄り添い、腰を下ろした。ティダも座り、王狼(ヴィトニル)にもたれかかる。


 実に絵になる姿。


「前ベルセルグ皇帝は大狼の里へ戦力を送ることはもう出来ない。新皇帝はこの村や蟲森の秘密を知らん。千年続く裁定の責務は腐った性根では無理。母も、死んだらしんみりはするが強い情は無い。大陸情勢を大きく変え、引っ掻き回した罪は重い」


 冷ややかながらも、凛と良く通る声。ティダの目は笑っていない。


 パキパキ、カサカサという音がしたと思ったら大狼が何匹も現れた。あちこちから姿をを見せる。


「一刻待つ。交渉する気があるなら誰か出てこい。誰も出て来なけりゃ、ここは俺の群れの縄張りにする。若手大狼の餌場だ。全員死ぬか、裏切り者だけ死ぬか選択しろ」


 枯木里の周りに大狼が増えていく。どんどん現れる。ザッと二十頭。いや、もっといる。こんなにいるのか!


 ティダが軽く腕を上げると、次々と大狼が咆哮した。一頭でも空気が震えるので、まるで爆発音。セリムは耳を抑えたかったが、ギルの尾に拘束されているのに無理。


 聴力がイカレてしまう。


 騒めきが減り、捕らえられている者からナイフが離れた。耳がボワンボワンして辛い。


「ティダ、裏切り者とはどういう……」


 ギルの尾がセリムを投げた。ティダの前に叩きつけられた、の方が正しい。痛くて呻いていたら、ティダがセリムの背中の上に足を乗せてきた。


「おい、ティダ。僕は足を乗せる台ではない。君とかなり親しい友だ」


「大人しくしていろという意味だヴァナルガンド。お前は訳が分からない状況ばかり作るからな」


 それは君の方だ。そう言うのは止めて、セリムはアスベルに目配せした。ティダは年上のアスベルの言葉になら耳を貸すかもしれない。


 オルゴーと共に並ぶアスベルが、ティダに一歩近寄った。途端にギルが唸りを上げた。オルゴーがアスベルの前に立つ。


「ティダよ、北東の国へ向かう件はどうした。何をするつもりで、どういう……」


 アスベルの発言途中で女性の悲鳴が上がった。


「よし。釣れた。ヘリオス、多分あれが母親だろう? 確認してこい」

 

 枯木里と呼ばれる大木の群れと、セリム達の間の岩場に大狼が現れていた。王狼(ヴィトニル)よりも、少し体格の大きな大狼。黒法衣の人間を口に咥えている。


「は、は、母上⁈」


 岩場にそっと降ろされたヘリオスが、戸惑いながらティダと大狼を交互に見つめた。青ざめて、震えている。


「何だ、行かないのか? グレイプニルが噛み砕かなかったので正解だろう。もう、ここにほとんど用はねえ」


 ティダがサッと立ち上がり、駆け出した。グレイプニルと呼ばれた、純白で少し長い毛並みの大狼も駆け寄ってくる。尻尾は一本。王狼(ヴィトニル)とは違い、耳が少し丸くて、体格が細身。


 グレイプニルは確か、王狼(ヴィトニル)の妻だ。セリムは大狼の話し方で問いかけてみたが、特に返事は無かった。王狼(ヴィトニル)からも同様。無視されているらしい。


 ティダや王狼(ヴィトニル)は無理矢理セリムに話しかけてくるのに、逆は無理というのは少し腹が立つ。


 セリムもティダの後を追った。グレイプニルの口から黒法衣の者を受け取り、岩の上へと下ろしている。割と優しい手付きなので、母親を殺しても構わないような態度は嘘だったと分かった。


 そう思ったのに、ティダは鉈長銃の銃口を黒法衣の者へ向けた。


「この匂いは母上で間違いない。お久しぶりです母上。聞きたいことが少しあるが、まあ一先ず大狼の里までお付き合い下さい」


 セリムの脇を、ヘリオスが全速力というように駆け抜けていった。起伏激しい岩山を、こともなげに駆け下りていく。


「兄上! 母上に何たる態度!」

 

「へ、ヘリオス! な、何故ここ……」


 少し掠れた女性の声が、途中で止まった。ティダが手に持つ鉈長銃の銃口が近づいたからだろう。


「古都の大木にて一刻待つ! 俺と話がしたい奴は来い! 忙しいのでそれ以上は待たん!」


 告げるやいなや、ティダは自分の母親らしい黒法衣の者を担いだ。その後、彼女をセリムへ向かって投げてきた。慌てて受け止める。


「行くぞヴァナルガンド。それから引率。少し先に行くと古都の大木だがある。そこで一刻程待って、その後リングヴィへ向かう」


 セリム達は王狼(ヴィトニル)、グレイプニル、ギルに取り囲まれた。自らを大狼と名乗るティダが、大狼の使いのように見える。


 アスベルがティダに近寄ろうとすると、ギルの尾で払われた。アスベルが避けると、今度はセリムの背中を狙ってきた。ティダの母親を抱えているので、避け辛い。


「ギル、無駄だ。お前にはまだ早い」


 スタスタと歩き出したティダがフンッと鼻を鳴らした。


 ティダの後に続き、岩山を降りる。人1人を抱えて、おまけにギルの尾が襲ってくるので大変。ギルの尾を避けながら、ティダを追いかける。


「ティダ、早いとは何だ? ギル、僕は人を運んでいる。遊びたいなら後にしてくれ」


「ぶわっはっはっはっ! 挑んでいるのに遊びだとよギル! そういうこった。おいヘリオス! 自分の親をここまで放置とは本当に情けない男だな。俺はお前みたいなのが1番気に食わねえ」


 怒声で名を呼ばれたヘリオスを見たら、グレイプニルの尾に捕まっていた。


「兄上、どういう意味ですか⁈ それに一刻待つとか……うえっ」


 グレイプニルの尾がゆらゆら揺れて、ヘリオスが呻いた。ティダは「軟弱阿呆め」と大笑いしている。


「あの……もし……。貴方はどなたで……あの子達はいつ知り合ったのでしょう……」


 セリムの腕の中で、ティダの母親がか細い声を出した。


 セリムは何と名乗るのか一瞬悩んだ。


「彼はヴァナルガンド。我が舎弟にして友です母上。あの軟弱はさっき殺そうとしたところです」


 振り返ったティダは、抑揚のない声を出した。セリムのゴーグルの向こうの、目元は暗くて見えない。どんな表情をしているんだ?


「こ……殺し合うなんて……」


「俺を放棄し、他に3人も放棄していたとは知らなかった母上。知っていることを洗いざらい吐いてもらう。さもないと……」


 パチンッとティダが指を鳴らした。ヘリオスがグレイプニルの尾から離され、ギルが彼に噛み付いた。


「ぎゃああああ! 痛……くない? うわああああ離せ!」


 ギルは歯を引っ込めたのだろう。ヘリオスを咥えたギルが、鼻高々というようにティダの隣へと移動してきた。ティダがギルの頭を軽く撫でた。実に優しい手付きである。


 逆にヘリオスは顔を膝で小突かれた。軽くだが、ヘリオスは痛いと叫び、おまけに涙目になったので、あくまでティダにとっての軽くだろう。


「ティ……ティダ……何て真似を……」


 ティダの母親は小さい悲鳴のような声を出した。


「ふーん。親子なのは真実で、こいつらに愛情もあるのか。ヘリオス、アデス、ソレイユ。他に俺の兄弟はいるか? というか、誰との子だ?」


 ティダがセリムに近寄ってきた。セリムの腕の中にいるティダの母親から返事は無い。


「得意のだんまりか。嵐が過ぎ去るのを、身を縮めて待つような女は嫌いだ」


 鼻を鳴らして背を向けると、ティダはまた歩き出した。


「あの村から出てきた者とは少し話す。ヘリオスとその女は孤高ロトワとやらとの交渉材料だ。全員。食うなよ。一刻したら里へ帰る。我が唯一の故郷にして帰るべき……帰るべき場所は増えたか……。まあ、そんな予定だ。行くぞ、お前ら」


 ティダがまた勝手に進む。返事なのか、次々と吠える大狼。大狼と直接話さなかったのは、セリム達にも聞かせるためだろう。セリムはアスベルと顔を見合わせて肩を竦めた。


 誰といても、ティダの自分中心さは変わらないらしい。アスベルが顎でティダを示したので、セリムは駆け出して、ティダの隣に並んだ。岩場で足が滑りそうになるが何とか進む。アスベルの目は、お前が聞いてみろというようの雰囲気だった。


「なあ、ティダ。予定を教えてくれてありがとう。そのついでに、何を考えているのかと、三重密偵(スパイ)について教えてくれないか?」


「何を考えているか? お前がいると北東の国へ行けない。大蜘蛛とやらが怒る。俺に接触してくる村人と、それから本山やリングヴィにいる老狼なんかから大蜘蛛の調査。孤高ロトワは無視する。人質取ったし、そのうち接触してくるだろう」


 ティダがセリムの額に指を突きつけてきた。


「三重密偵(スパイ)は分かるだろう。以前話した。ベルセルグ皇国と枯木里の間に立つ。んでもって、ベルセルグ皇国とドメキア王国。俺の目的はペジテ大工房襲撃を止めることだった。まあ、色々計算が狂ったけどな」


 それで、3箇所。枯木里、ベルセルグ皇国、ドメキア王国で三重密偵(スパイ)か。


「あの村のことは殆ど聞いていないし、ベルセルグ皇国とどういう縁があるかも知らない」


「もう、ほぼ興味ねえから話してねえ。ベルセルグ皇国は俺の掌に乗り、悪魔の炎は覇王にぶっ壊される。もしくは、もう壊された。蟲とあの里の関係性はお前が破壊。なので、枯木里の阿呆な裏切り者達は大したことはもう出来ない。それに、俺の優先は大きく変わっている」


 ティダの腕が伸びてきて、セリムの頭を掴んだ。親しげな感じだったので、黙って受け入れる。案の定、髪をぐしゃぐしゃにされた。


「大蜘蛛とやらはお前に巣を破壊されると思っているらしいぞ。それに、協定がどうとか言っていた。なのに東はもうすぐ荒れる。お前は家族に呼ばれているんだろう? 俺に振り回されていないで筋道を立てろ。お前の手駒は何だ? その駒はどうやったら動く?」


 急にどうした? 先生のようだ。


「僕を指南してくれるつもりだったのか。それで、僕が自分で気がつかないので、ついに言葉にして教えてくれた」


「己で考えて、背を見て学べというのが大狼なんだがな。お前には無駄そうなので、こうする。で、目的の為に必要なものと、何をするべきか。どう、駒を使うか考えろ」


 トントン、とティダは自分の胸を叩いた。


「僕の駒は君で……あとは孤高ロトワ」


「里にもう帰らんという宣言をしたかった。それから、このヘリオス達3つ子を脅す材料の母親捕縛。さっきのはそれが目的だ。俺の優先は東で起こる被害を小さくすることと、お前。それで妻と子さえ見捨てた」


 君はアンリを見捨てていないと言おうとしたら、ティダはその場に座ってしまった。ティダの背後に王狼(ヴィトニル)が腰を下ろした。


「謎の生物に、謎の集団。察しの悪いお荷物な弟分。これでも人里で生きろと言うのがヴィトニル……。前後左右地獄だ。寝る。何かあれば起こせ」


 そう言うと、ティダは王狼(ヴィトニル)にもたれかかった。半分くらい体が隠れる。


 王狼(ヴィトニル)の尾がティダの頭を軽く撫でた。次は尾でティダの体を隠してしまった。


「人質って兄上は皇太子なのに……滅茶苦茶だこの人……」


 ギルに咥えられているヘリオスがボヤいた。


 ふと見たら、アスベルとオルゴーは大狼に取り囲まれている。


 古都というので、人工的なものがある場所かと思っていたが歩いてきた場所とそう変わらない景色。


 強いて言えば、折れた灰色の木が多い。それから足場が割と平坦。古都の大木とはどれなのだろう?


 ロトワ蟲森の植物が気になって仕方がないが、今はそれについて考える時ではない。ティダが言う通り、セリムは北東の国グルド帝国とボブル国の国境、ネキ湿原へ行かないとならない。


 先程の話からして、ティダは自分の母親や孤高ロトワの事を知りたくないのかもしれない。セリムをお荷物と呼んだのは、助けてくれという意味だろう。


 そんな気がする。


 ティダの性格は七面倒臭くて分かりにくい。


 頼られたと思うとやる気が出るので、セリムは自己解釈を肯定することにした。

 

 セリムは一先ずティダの母親と話をしようと、ティダと王狼(ヴィトニル)から離れた。それから、ティダの母親を下ろした。

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