意思疎通の輪に残る光と影 2
【ロトワ蟲森】
緑色の植物が多い。ロトワ蟲森の何もかもが気になる。同じ蟲森という名称なのに、ホルフル蟲森やアシタバ蟲森とはまた違う植物世界。葡萄の木のように、天井を作るように頭上に枝と枝が密集している。
岩や岩の隙間から生える植物を介した、胞子植物の天井。太陽光は届かない。緑と青い光苔の明かりである。ふわふわと舞う胞子は白っぽいものが多い。
「しかし、珍妙怪奇な体になったものだなヴァナルガンド」
胞子植物の毒に侵されないように、全身を覆っているティダ、アスベル。一方、木偶人形であるオルゴーとセリムはそのままの姿でいられる。
待っていたら現れた王狼と、大狼ギルもそのままロトワ蟲森に入った。蟲と同様に大狼も蟲森の胞子植物に接触したり胞子を吸っても大丈夫らしい。大狼の里がロトワ蟲森にあるとは聞いていたので、想像は出来ていたが、セリムはつい感激してしまった。はしゃいだら、王狼にベシベシ背中を殴られた。
「ああティダ。僕は大陸中を生身で歩けるみたいだ。素晴らしいだろう?」
何もかもが楽しい世界。しかし、蟲が見当たらない。ホルフル蟲森ならとっくに何種類もの蟲に会っている。
「龍人であるヘリオスが大丈夫で何故俺は無理なんだ? おい、ヘリオス。答えろ」
「知りません……。兄上の父親が人間だからじゃないですか?」
ギルの尾に捕らえられ、しょんぼり落ち込んでいるヘリオス。ティダが折った右手親指も痛そう。アスベルが添え木をして包帯を巻いたので、骨はそのうちくっつくだろうが、痛み止めなど無いし酷く痛むだろう。
「本当に使えねえ奴。おい、ヴァナルガンド。だから勝手にうろちょろするな! 村はこっちだ!」
「すぐ追いかける! 今、大蜂蟲がいたんだ! 呼んでも答えてくれない!」
ティダの進行方向と真逆に行こうとしたら、ギルの尻尾に捕まった。素早過ぎて避けられなかった。
「やあ、ヘリオス。僕はまた仲間にされた」
「……。話しかけるな怪物」
しかめっ面で、セリムを見ないヘリオス。
「返事をしてくれてありがとう。何度か伝えたけれど、僕の名前はセリムだ。ヴァナルガンドやヴァルでも良い。ああ、蟲の民もアリだ」
「お前は蟲の民なんかじゃない。伝承では、あらゆる一族の絆を結ぶのが蟲の民。アラーネアに毛嫌いされ、アピスやアラクラン以外にも不審がられているお前なんかは蟲の民じゃない」
新情報にセリムの胸は踊った。
「あらゆる一族の絆を結ぶのが蟲の民? ヘリオス、その伝承について是非聞きたい。僕はあらゆる生物と人を仲介をする機関を立ち上げたいんだ。国境線を引いたり、法的整備なんかだ。君も手伝ってくれないかい? 孤高ロトワは僕の思想に近いのではないかと思っている」
ヘリオスがやっとセリムを見た。しかし、頬を引きつらせている。
「はああああ? いいか、大蜂蟲を惑わしている化物。国境線や法的整備なんて、ある程度もうされている。そんな事も知らないから、化物は下等生物なんだ」
「アシタバ半島はバジリスコス、ココトリス。アシタバ蟲森だけはレークスの管轄。レークスは蛇一族と協力関係にある。大陸中央部は孤高ロトワ。ホルフル蟲森はレークス。ゴヤは知らない。それぞれ線引きして、王を中心にして暮らし、各領地と均衡を保って暮らしている。僕はそこまでは知っているよ」
ヘリオスに思いっきり睨まれた。何も言ってこない。とりあえず、自己主張はしておこうとセリムは口を開いた。
「僕が求めているのはその先だ。蟲森内外の人も入れて、皆が豊かで幸せになるべく働きかける機関を作りたい。今は、色々複雑になっているし互いの国さえ知らなかったりして問題が勃発している。クロディア大陸に暮らす者達がより良い世界で生きられる、延々と続く組織や仕組みを作るんだ」
「無理。無理、無理、無理! まず人間。てんでバラバラ。王を決めても従わないし、すぐに侵略侵害してくる。害獣は管理するのが1番。アラーネアの餌か、勝手に殺し合っていればいい。こっちにくるな。大狼は基本的に全種族を見下しているし、リプティリアも似てる。岩窟龍国の運営だって大変なのに、無理に決まっているだろう?」
「何だって⁈ 害獣? 君達からしたら人間は害獣なのか。アラーネアは肉食なのか」
「化物は害獣。ただの人なら、まあ許容範囲。見分け難いらしいから、岩窟龍国の本国には入れない。アシタバやホルフルはまた違う考えを持っているらしいけど、王じゃないから知らない。アラーネアは人食。たまにリュカントロプルも間違えて食べそうになる」
とんでもなく有益な情報が次々と出てくる。
「ティダ! 僕が学ぶべきは孤高ロトワだ! ヘリオス、僕は君を先生と呼びたい。ソレイユは僕をとても認めてくれたので、君とは仲良くなれる。しかし、困った。今はティダと共にグルド帝国のタルウィを探らないとならない」
「先程の岩場より東、ユルルングル山脈より北はアラーネアの巣だ。兄上とお前、立ち入り禁止って言われただろう? ゴヤの害獣討伐をアラーネアと共同戦線で行うとか、行わないとか聞いて……」
ギュッと唇を結んだヘリオス。何だ?
「ヘリオス? その話はとても気になる」
ヘリオスに顔を背けられた。
「ちっとも状況が読めねえな。おい、ヘリオス。ゴヤはアラーネアの管轄か? 答えねえとまた折るぞ。それか、やはり俺達と全面戦争するか?」
ティダに睨まれた可哀想なヘリオス。顔が真っ青。ティダの真横に並ぶ王狼も唸り出した。
「ティダ、すぐに脅すのは君の悪癖だ。ヘリオスは君の弟なのだからもっと優しくするべきだ。ゴヤの民は孤高ロトワに属しているっぽい。君とそういう話をしたじゃないか」
「話の腰を折るなヴァナルガンド。ったく。お前がいるとやりにくいな。こんな軟弱な弟はいらん。俺と似たような顔で、臆病者の表情をする事に苛立つ。使える駒ならそれなりの扱いをするが、全然役に立たなそう」
「いいや、ティダ。ヘリオスはあれこれ教えてくれている。孤高ロトワというか、岩窟龍国と僕達の橋渡しもしてくれるんだ。役立たずとは正反対だろう?」
「はいはい。もう脅さん」
セリムの問いかけはティダに無視された。
それにしても、ロトワ蟲森は起伏が激しい。足元が岩場なのは、ここもナルガ山脈の一部なのだろう。空気が少し薄い気がする。セリムはギルに運ばれているが、アスベルやオルゴーは歩き辛そう。特に短足のオルゴー。腕はビヨンと伸びるのに、足は伸びないらしい。
「なあ、ヘリオス。岩窟龍国に木偶人形は住んでいるかい? 彼とは喋れなくて、僕達はオルゴーと呼んでいる」
「パストュム? 奇天烈な造形だけど、そいつも化物じゃないか。お前と匂いが似ている」
ヘリオスの返答に、セリムは首を傾げた。
「僕と? ソレイユは僕を素敵で良い匂いと言ってくれた。つまり、オルゴーも蟲と仲良しなのか? でもヘリオスは僕を化物呼ばわり。なあ、ヘリオス……」
質問をしようとして、セリムは口を閉じた。これまでは幹の細い胞子植物ばかりだったのに、目の前に巨木が現れた。灰色の巨木の幹には扉や窓がついている。それに、木の幹同士を繋ぐ四角い人口的な代物。太い蔓を編んだようなもの。
ここがもしかして……。
「あれが枯木里だヴァナルガンド。あの枯れ果てた石木は堅牢で、大狼や蟲にも中々壊せん」
もっと蟲森の深いところにあると思っていたティダの故郷。多分、体感的に3時間くらいしか経っていない。
「あの木の中で暮らしているのか? いや、今そう言った。歴史はどのくらい古いんだ? 大狼や蟲とはどう共存している? 主食は何だい?」
「喧しい。口を閉じていろ。その質問癖こそ直せ。さて、どうするか……。俺の優先はすっかり変わったしレオンも追い払った……。よし、ヴィトニル吠えてくれ」
盛り上がった岩場の上で腕を組んで仁王立ちしたティダ。王狼が大きな咆哮をした。空気が震える。
「ティダ・ベルセルグ帰郷也! 悪魔の炎は存在したが壊された! よって蟲森破壊は無理だ! そもそも伝承とは違って人ごと滅びる代物だった! ベルセルグ皇国皇帝レオンは失脚! 新皇帝には俺の息がかかっているし、そもそもこの村や母親にはもう興味ねえ! よって裏切り者ごと全滅させようと思う! 親がいなければ俺はこの世に存在しなかったので、母親に免じて猶予をやろう! 交渉したければ出てこい!」
また脅迫。止めようとしたら、ギルの尻尾がセリムの口を覆った。
ふと見たら、大狼が何頭もいた。ヘリオスやアラーネアと会った岩場からここまでの間、近くにはいたらしい。まるで気配がなかった。
一番手前の石木の扉が開いた。人1人通れるかというような小さな扉。
わらわらと人が現れた。多分、人だ。全身黒い法衣に鳥の嘴に目をつけたようなマスク。これがロトワ蟲森の民が、胞子植物から身を守るための服なのか。ホルフル蟲森の民と随分違う。
1人、取り押さえられているような者がいる。
「ティダ! 長期間連絡を断ち、行方をくらませて何処に行っていた! ペジテ大工房襲撃の要なのにどういうことだ!」
低い男の声。ティダはフンッと鼻を鳴らした。
「その者、俺の母親か? 殺すなら殺せ! 三重密偵の為に気にかけているフリをしていただけだ! 煮るなり焼くなり好きにしろ!」
何だって⁈ 文句を言おうにも、口が塞がれているのでセリムの言葉はティダに届かない。
三重密偵?
ティダには謎が多過ぎる。




