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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
第ニ次クロディア大陸戦争

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292/316

意思疎通の輪に残る光と影 1


【???】


——お父さん、私は諦めないわ


——いいや、絶対に許さない


***



【ベルセルグ皇国——ボブル国国境付近】


 鳥肌と悪寒が止まらなくて、外を眺める気力もない。せっかく、初めて通るベルセルグ皇国上空だというのに、ティダやシッダルタの故郷を見る余裕が無い。


 視界もおぼろげ。


 誰かがずっとセリムを呼んでいる。


「馬に乗り換える、は無理らしい。出迎えだヴァナルガンド」


 ティダの声がして腕を掴まれた。体が持ち上がる。セリムの腕がティダの肩に回された。


「どういう……」


「さあな。オルゴー、アスベル、ヤン、出て来るんじゃねえぞ」


 セリムはティダに引き摺られるように歩かされた。飛行機は着陸していた。ここは、何処だろう? 少しずつ意識がハッキリとしていく。しかし、燃えるように熱くて苦しい。嘔気に目眩。それから耳鳴り。


 湿気の強い風がセリムの頬を殴りつけた。ティダのに支えられているので倒れない。


 セリム達は花崗岩のような岩山だか、岩場にいる。


「あちこちからヤイヤイ言われて疲れているので人語で尋ねる。お前達、何の用だ? 大蜂蟲(アピス)の王を寄越さねばリングヴィと岩窟龍国の両方と全面戦争とは穏やかでは無い」


 誰もいない岩景色に向かって、ティダが唸るような低い声を出した。


 次の瞬間、わらわらと黒い影が現れた。


 大きな蜘蛛の群れ。かなり遠くから跳んできて、セリムとティダの眼前に着地した蜘蛛が一番大きい。ドメキア王国の市街地にある、平均的な家一軒分くらいある。


 蟲と同じような殻のような体だが、色は鉛ではなく消炭色。瞳は紫で九つ。上から四つ、三つ、二つという配置の目が、セリムとティダを映している。


 ティダがセリムを後方に投げ飛ばした。そんな素ぶりはなくて突然で、体調も悪いので着地に不安があると思ったら、セリムの体をふわりと何かが包んだ。


「ヴィトニル! いや、少し小さいか?」


 セリムを受け止めてくれたのは、大狼の尾だった。殆ど音を出さずに、岩の上に着地した大狼。瞳の色も少し違う黄金色に見える。王狼(ヴィトニル)と違って、尾が三本ある。そのうちの一本がセリムの体を包んでくれていた。


 大狼の会話法で話かけようとしたら、セリムは意識を失いかけた。


——大丈夫だ。必ず守る。死後もずっと……


 少し嗄れた男の声が頭の中に響いた。聞いたことがある声。誰だ?


「あいつを渡すくらいなら、国も里も捨てる。まあ、若手大狼は軟弱ではないので自力で生き残る。岩窟龍国なんて知らんがベルセルグ皇国のことならあれはもう俺の群ではない。好きにしろ。ギル! 俺の背後に来い!」


 ティダが叫ぶと、セリムを尻尾で掴む大狼がティダの真後ろへとトントントンと岩を飛び降りていった。ギルという名前の大狼なのか。


「ティダ、あの蜘蛛とまで話せるのか?」


「今はだ。前は違った。つうか、俺があいつらと意識を共有出来るのはお前経由だぞ。本当に珍妙な男だなお前は」


 セリムがこの蜘蛛達と繋がっている? 珍妙な男はティダだ。


「ティダ、僕は蜘蛛に噛まれたり、蜘蛛から何かを贈られた記憶はない」


「煩え! 孤高ロトワも岩窟龍国も知らん! 本山の老狼への脅迫人質行為、聖遺跡や大狼の共同意識に入ろうと画策して気に食わねえんだよ! 冷戦終了なら容赦しねえ。こっちこそ全面戦争だ!」


 セリムの台詞は、ティダの怒号に掻き消された。


 ティダが叫んだ瞬間、大狼の咆哮があちこちから上がった。ティダの背後側に、大狼が一、二、三……八頭現れた。全員、もれなく毛を逆立てて蜘蛛を威嚇し出す。


 目の前の大蜘蛛はジッとしているが、他の蜘蛛は瞳を真っ赤に染めて体を揺らし始めた。


 蟲の王(レークス)がペジテ大工房の飛行機の輸送を許したのはベルセルグ皇国手前まで。なので、ティダはベルセルグ皇国にて馬に乗り換えてグルド帝国へ向かうと言っていた。それなのに、予想外の事態。


 何処だか分からない岩場で、大狼と蜘蛛が戦い出しそう。


「ティダ! 話せるなら話し合い……」


「あ"あ"? 生存本能は自然の摂理だ! 食うか食われるか、俺は敵に容赦しねえ。お前と若手大狼は俺の最たる群。害そうというなら、叩き潰して粉砕するだけだ」


 ティダのそこそこ長い髪の毛が炎のように広がり、大狼のように逆立った。

 

 やはり、ティダは人間では無いのではないか? 普通の人の男女から生まれたというが、こんな子は生まれないだろう。


 ティダは右手に鉈長銃(なたちょうじゅう)、左手には長剣を持ち、恐ろしい程の殺気を放った。


「あ、あ、あ、あ、あに、兄上! 兄上! アラーネアと抗争は止めて、止め、ひっ、ひいいいい!」


 震えながらも大きな声は、崖の国にソレイユと共に現れたアデスのものだった。ティダ、大狼、蜘蛛が一斉に同じ方角を見た。やはり、アデスがいた。蜻蛉蟲——ラステルはトントンと呼んでいる——の背中で、自分の体を抱きしめるように立っている。


「軟弱偽弟よ、この蜘蛛がアラーネアなのは何となく察している。お前が出て来たってことは、孤高ロトワが俺に会いに来たって事で良いか? 接触内容次第では滅ぼすぞ」


 今すぐにでもアデルに襲いかかりそうな雰囲気のティダ。大狼の半分はアデス、もう半分は蜘蛛——あれがアラーネアらしい——を睨み、唸っている。蜘蛛も似たようなもの。


 孤高ロトワ、大狼、蜘蛛の三竦み?


〈アラーネアの王アトラナートに告げる! 岩窟龍国皇太子フェンリスから離れよ。大蜂蟲(アピス)の王もどきは、会談にて交渉相手として呼ぶという話のはず。協定破棄にて戦争なら、総出で討って出る!〉


 アデスとよく似ているが、真逆の凛とした声が轟いた。頭に直接響いてくるので、蜘蛛か大狼か蟲、どれかの意思疎通の輪を利用しているのだろう。


 岩場の向こうから、鉛銀の太い縄のようなものが現れた。トカゲに似た頭部で、鹿のような角が生えている。頭の上に、アデスに良く似た青年が仁王立ち。アデスよりもティダに似ているが、ティダより優しげな顔立ち。今の表情は冷ややかで、それがティダとよく似ている。


〈我らの巣へ入り、アシタバやホルフルのように破壊しようとしていたからだ。これより先、我らの巣に入らないのなら考えよう。この皇太子もいい加減目障りだった〉


 蜘蛛の王アトラナートとは、目の前にいる大きな蜘蛛だろう。くるりと方向を変えて、他の蜘蛛達を引き連れて去っていく。


「龍……龍だティダ! 本当にいた! それで、彼は君の弟じゃないか? アデスとソレイユと三つ子だという……」


「この状況でそういう目をするなヴァナルガンド! アデス! 岩窟龍国皇太子とはどういう事だ!」


 そういう目? 単にアデスに質問をしようとしただけだ。ティダに怒鳴られて悲鳴を上げたアデス。三つ子の兄だか弟が代わりに答えた。


「王達に頼まれて迎えに来ました兄上。大事な奥様を死なせたくなかったら、大人しく付いてきて下さい。アシタバからの解毒薬だけでは時期に死にます。リュカントロプルと人は普通には(つがい)になれません」


「お、怪物(オーガ)を妃になんて許され難いですが、あに、あに、兄上なので特例だそうです。あの優しい怪物(オーガ)には思えない義姉が兄上のせいで死ぬのは見たくないです」


 ティダが急に態度を変えた。激怒をおさめ、静かになった。冷え冷えとした空気が流れる。大狼達が岩場から去っていった。セリムの身体を尻尾で掴むギルだけが残る。


「その餌なら従おう。迎えというなら、あれこれ説明する気があるんだろう?」


 ニコリと笑ったティダは、突然発砲した。鉈長銃(なたちょうじゅう)から飛び出した銃弾が、ティダの弟だろう人物の頬を掠めた。


「ぎ、ぎゃああああ! し、し、死んでない?」


「へ、ヘリオスーーーー!」


 龍の上で頬を抑えて悲鳴を上げたヘリオス。蜻蛉蟲(トントン)から飛び降りたアデスがヘリオスへと駆け寄っていく。


「おい、ティダ! いきなり……」


 走り出したティダが、岩場を跳ねるように進み、龍を蹴り飛ばした。大狼並みの体格がある龍が吹き飛んび、岩にめり込んだ。鉈長銃(なたちょうじゅう)はもう肩からかけていて、剣は腰に下げた鞘におさまっている。なんていう速さ。


 これがティダの全力……。いや、余裕がありそう。巨大な大蛇蟲の王(バジリスコス)を投げ飛ばした異次元怪力人間。いや、リュカントロプルと呼ばれていた。


「こんな奴らが弟とは最悪。この軟弱偽弟共は、あのソレイユより何倍も弱過ぎる。男で愛嬌もないので可愛くもないしな」

 

 ティダはヘリオスを足で踏み潰している。背中に足を乗せられているヘリオスがジタバタもがく。


「アデス! 孤高ロトワの代表を呼んで来い。さもなきゃ殺す。俺を脅迫するとはいい度胸だヘリオス。生存本能が無い。死んでも文句は言えないぞ。ヘリオス、リュカントロプルとは何だ?」


「おと、弟に何て真似をするんですかフェンリス兄上!」


 手足をバタバタさせるヘリオスが叫んだ。


「そうだそうだ兄上! 酷い真似はやめて下さい!」


 アデスが叫ぶと、ティダはヘリオスの背中の上に胡座をかいた。


「ふむ。嘘の殺気では騙せんのか。多少は面倒な奴らだな」


 ティダの腕がヘリオスの後頭部を掴んだ。


「い、痛あああああ! ア、アデス! ロロン! ほ、ほ、本気だ! 今のは本気だから誰か呼んで来い!」


 痛い、痛いと泣き出したヘリオス。アデスが脱兎のごとく走り出した。ティダとヘリオスから遠ざかっていく。ロロンとはヘリオスが乗っていた龍のことらしく、アデスの後をついていく。飛ぶのかと思ったら飛ばない。前後の足四本で走っている。


 セリムは少し、いやかなりガッカリした。シッダルタから聞いた岩窟龍伝説では、龍は颯爽と空を飛んでいた。


「な、な、なんで兄弟で、本当だって分かっているのに敵意剥き出しなんだよフェンリス兄上! ロロン、いざというときは盾になれよ! 嫌だ? 俺だって蜂の巣は嫌だ! ロロンの鱗なら銃弾なんてきかないだろう!」


 セリムの位置からはもうアデスの姿は見えない。声も遠ざかって小さくなっている。アデスに続けて聞こえてきたオォ、オォという低い唸り声が龍のものだろう。


「こんな軟弱を迎えに寄越すとは気に食わん。ヘリオス、もう一度聞こう。リュカントロプルとは何だ?」


「ひっ! っ痛! 痛い兄上! ず、ずが、頭蓋骨粉砕なんて止めてくれ!」


「伝心術を叩き込む方が脅迫になるとは愉快だが便利だな。ヘリオス、ヘリオス。()()()()()()だ。質問に答えろ。リュカントロプルとは何だ? 死ぬか?」


 迫力満点のティダの怒声に激怒という表情。気の毒な程真っ青になっているヘリオス。


「何、何ってリュカントロプルはリュカントロプルです」


 ぎゃああああ! とヘリオスが大絶叫した。理由は不明。ティダが何かしたのは明白。


「ティダ、ヘリオス君の言う通りだ。兄弟で、助けに来てくれたようなのに、そのようなことは……」


 止めようと思って言葉を発したが、ティダの睨みで声が出てこなくなった。怖い。怖過ぎる。こんなティダは……大蛇蟲の王(バジリスコス)を投げ飛ばした時に見た。あれだ、アンリを交渉材料に使ったからだ。それでティダは分別を失くしている。


「いいか? ヘリオス。二本目が嫌なら答えろ。俺に分かるようにだ」


「リュカントロプルはリュカントロプルです! 龍人!」


「王が3匹。そんな存在知らんと言っている」


「い、いた、痛いーーーー! 殆ど人だからです! それに岩窟龍国以外には血の濃いリュカントロプルはいないらしいです!」


 泣きながら、ヘリオスが孤高ロトワや岩窟龍国について、ティダが何者なのか語り出した。


 クロディア大陸はセリムの予想を遥かに超えて、謎に満ちている。



***



 孤高ロトワ。正式名称、岩窟龍国。ロトワ蟲森を中心として、ナルガ山脈からユルルングル山脈までを牛耳る異種族連合国。


 少数民族、龍人(リュカントロプル)は人に似て人有らざる種族。自分達のことだが、ヘリオスは良く分からないと口にした。


 類稀な身体能力、他種族との意思疎通能力の高さ。それが特徴。


 ティダ・ベルセルグの真の名前はフェンリス・レグルス・ウォーデン。


 龍人王(ウォーデン)の孫。人との混血児だったので、慣例に従いロトワ蟲森の村で人として育てられた。


 大狼と生き、人里を導かんとし、聖人一族を味方につけ、蛇の女王をも味方につけ、蟲一族や蛇一族と意思疎通を果たし、珍妙怪奇な大蜂蟲(アピス)の王もどきに懐かれている。そのようにして、ティダは自身の知らないところで、皇太子の座を与えられたという。


 セリムはこれを聞いて文句を言いたかった。珍妙怪奇とは何だ! セリムはティダに一方的に懐いているのではない! 互いに唯一無二の親友だ!しかし、口を挟む雰囲気ではないので黙っておいた。


「ふむ、サッパリ分からん。また新しい名が増えた。母を問いただしたいが、もう死人か? 久しく会っていない。まあ、良い。俺は使える駒が欲しい。俺の群れを害さないなら手を組む。アンリとそこの奇天烈人間とその妻の保護を保証するなら従おう。俺は餌があれば犬になる」


「母上は今も前の夫や兄上を人里で待っています……。俺達の父上が迎えにいっても拒否しています……。なので俺達は母上にたまにしか会えません……」


「異父兄弟ねえ。俺は血の繋がりなんざ興味ねえ。とりあえず、母に会っておくか。何かに使えるかもしれん」


 セリムは呻きそうになった。自分の母親になんたる態度。母親の命と引き換えのように生まれたセリムとしては腹立たしい。


「うへええええ。王達まで兄上に従えって……最初から俺やアデスに兄上を連れて来させるつもりなんて無かったのか……」


「アデスから俺の事を聞いて何故自分の手に余ると判断がつかなかった。弱いくせに頭も悪いとは、お前達のような阿呆兄弟など要らん。何一つ気に食わねえ。誰も助けに来ないから駒としても使えなさそう」


 ヘリオスはポイッとギルに向かって投げられた。ギルの尾がヘリオスを掴んだ。


「あー、よろしくヘリオス。僕はセリムだ。名前で呼んでくれ」


 返事が無い。


「よろしくヘリオス。僕はセリム。ヴァナルガンドとも呼ばれている」


 もう一度挨拶をしたのに、また無視された。こんなこと初めて。衝撃的。


「ヘリオス、僕は割と誰とでも仲良くなれる。きっとそのうち僕の良いところを見つけてくれると思うから、よろしく頼む。君の兄上フェンリスととても親しいから、兄弟の君とも親友になれるかもしれない。年が近そうだ。今、いくつだい? ソレイユとは二歳違いだった。三つ子なら同い年か?」


怪物(オーガ)と話したくありません……。いっ、へ? ぎゃあああああ! バリオス、バリオス煩い! バピス! ソレイユのがうつった! 最悪! 何だよ大蜂蟲(アピス)の王もどきって! 煩い、煩い、煩い! こんな珍妙で怖そうなのとは遊ばない! ふごっ。むむむ。んー!」


 ヘリオスの口がギルの尾で塞がれた。


「お前が喧しい! 変な扉で侵入出来んし役立たずめ。懐かしきリングヴィと、ついでに村に寄るか。問い詰めたい者達がいるしな。ギル、ヴァナルガンドを下ろせ。ヴィトニルと合流して、ベルセルグ皇国にチラッと顔を出すつもりだったが予定変更」


 飛行機に向かってスタスタと歩き出したティダ。セリムも後を追う。


 とりあえずヘリオスと仲良くなりたいので、セリムは歩きながらヘリオスに自己紹介をする事にした。

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