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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
八章 破滅と再生の激動大嵐

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各国首脳会談3

【ペジテ大工房 議会会館 円形会議室】


 ユパはゆっくりとした足取りで、演壇まで降りた。グルド帝国帝王ザリチュの前に立ち、見据える。すっかり怯えきった顔。自力でどうにかしようとする気概は無さそう。こいつは流されるままだな。そう結論付ける。


 ユパは無言でザリチュから顔を晒し、アリババへ視線を向けた。


「崖の国は筆頭国ボブル国へ従います。と、本来ならそう言うべきですが私はアシタカ様の案に1票を投じます。もしも……」


「その先は言うなユパ王。状況を飲み込めない、と言っている場合ではないようです。元々、グルド帝国とは開戦するだろうと予想していました。エルバ連合各国に召集、支援要請をしていましたからね」


 もしも、支援を断るならエルバ連合からは抜ける。そう言うつもりだったが、アリババはさすがに聡い。ティダやアシタカに気圧され、潰されなければ、立派な王太子。心配が杞憂で安心した。


「共に大陸連合を旗揚げする。エルバ連合はそう、約束を交わしてこの地へ訪れました。特に私。私はアシタカ様の理想を追求したいという気持ちに胸打たれた。規模は違えど国を背負うという立場は同じ。背中を刺すのではなく横に並びたい。それぞ、風の神の加護を受けるに相応しい男。そう、思ってくれないだろうか?」


 ユパは素直に後退した。軽く頭を下げる。これだけで、どういう意味かは通じるだろう。


「議題はエルバ連合は孤軍奮闘するか、大陸連合の支援を受けるか。アシタカ様はそう告げましたが、議題は戦争回避の方法、最低限の被害で済ませる方法、この二つについて考える事です。それも、早急に。エルバ連合は、現王ではなく次期王候補ばかりですがそれで決めるべきことを躊躇していると、後手に回ることになる。元々、アシタカ様からある程度の支援内容は提示されていた。それに増やしてもらうことになるが、甘える訳にはいかない。アシタカ様がこの国に刺され失墜する」


 議長席に向かい、立ち、胸を張ったアリババ。ユパはまた少し後ろに下がった。エルバ連合からこの地に招かれたのは、アリババと面識がある者ばかり。エルバ連合の次世代を担う者達で、連合会議で場慣れもしている。そういう事も含めて、シュナは早々に煽るだけ煽って退席したのかもしれない。豹変ぶりに、あの演技力。何とも食えない女。


 こうなると、問題はアシタカの方か。冷静さを保とうと努めていても、全然隠すことが出来ないというような様子だった。アリババに目配せされたので、ユパは全体に会釈をして階段を登りはじめた。


 こんな首脳会議があるか? ティダに始まり、言いたい放題、やりたい放題。ユパは大きなため息を吐きそうなのを堪えた。足取りが重い。西の戦争は東に飛び火する。そう予想されていたのに、争いは東から開始するらしい。いや、化物だという男を呼び覚ましたのは西の国か。


 あのタルウィという男、確かに良い印象は無かったがここまで慌てふためく程か?


 ティダの態度が気になる。タルウィの体が溶けてなくなった時から、ベルセルグ皇国皇帝交代までそんなに慌てた様子はなかった。


——化物を飼ってたとは知らなかった。


 あの辺りか、と思案する。ティダの態度の急な変化。激怒、あっという間だった決断。本当に謎な男。どこまで、何を見ているのか頭の中を覗いてみたい。


 ユパは会議室の外に出てから頭を掻いた。我慢していた、ため息が出る。この地に現れ、全裸で白旗降って戦争の密告をした男。ドメキア王国に革命を起こし、更には神の遣いを名乗って新国王戴冠をさせたという。アシタカとシュナの結婚式典でも堂々と偽りの姿を演じていた。崖の国の近衛兵長になって国防担うと言い出したのに、今度はグルド帝国へ消えていった。訳が分からないとは、まさにティダ・ベルセルグのこと。


 セリムはどうやって、何をしてあの男に心底気に入られたのか。むしろ、疫病神ではないか? しかし何とも抗い難い吸引力に嫌悪しきれない魅力。崖の国の災害支援にて、つい憧れを抱いてしまったのもある。年下の男に対して「こうなりたい」と思う日が来るとは思ってもいなかった。自尊心が削れたのは成人してから初。小国の王だからこそ、誰より励んできた。中身だけは大国の賢王の如くありたい。そう、歩んできた。


 確か、ペジテ大工房のもう一つの大会議室は左。アシタカの様子を窺うなら、その前で待機するのが一番だろう。もしくは、アシタカはまだペジテ大工房の議会とやらには参加していないかもしれない。あの、追い詰められたような様子。


——いっそ、一個人として東に行きたいです。安全な場所で采配など、最低最悪でしかありません。


 あれがアシタカの本音の全てだろう。背伸びをしても、短期間でそうは変われない。変わるものだと感心もしたが、本質は中々変えられないものだ。非情な決断を苦手にして、嫌悪さえしていそうなのは丸分かり。自国の民を戦争支援に出す。そう、決断出来る男だとは思えない。采配の嫌悪を飲み込むとした、妥協のために自ら指揮を執りに行くと言い出すだろう。


「会いにくると思いましたよユパ様」


 廊下の角を曲がった所に、シュナが立っていた。まるで自分こそが王だというように、ルイ国王と従者に囲まれている。


「いいえ。貴女様には用事はありません」


「辛辣ですこと。アシタカ様なら問題ありません。このシュナがいます」


 油断すれば見惚れるほど美しい笑顔なのに、目が笑っていない。戻れ、近寄るな、そういう敵対心をヒシヒシと感じる。


 突然、シュナはムスッとしたしかめっ面になり唇を尖らせた。次はユパを追い払うというように、手を動かす。


「アシタカ様の真横は(わたくし)。次から次へと出てくるな。アシタカ様の足元に飾るアリババの横にでも居ろ。鬱陶しい」


 会議室でもアレだったのに、更に豹変したのでユパは言葉を詰まらせた。


「シュナ様、先程もそうですが各国の要人の前でそのような……」


 ルイがシュナへ苦言を告げると、シュナはツンとそっぽを向いた。


「自国の事なのに他人任せ。支援しようというアシタカ様への不信。さっさと飛んでいったティダへの不信。ご自分の弟は即座に決断して東の地を背負ってついて行ったというのにねえ? ユ、パ、()。敬愛するセリム様の兄上だというのを差し引いても、別にこの方に媚を売りたくありません。利益なし」


 蛙? 井の中の蛙の意味か。この女。苛立ちを隠そうとしたのに、シュナに軽蔑の眼差しを投げられて、隠せなかったと悟った。口角を上げて、ユパに近寄ってくるシュナに背筋が凍る。微かに手が震える程の威圧感。圧倒的な嫌悪と蔑みの眼差しに目眩がした。


 今、エルバ連合はドメキア王国には逆らえない。特にシュナ。背後に蛇一族とアシタカという剣にして盾を有している。それを、ユパはシュナの横柄な態度で一瞬見失った。今のシュナの視線は、それに対するもの。


 アシタカに庇護された、弱く悲しい人生を歩んできた乙女。シュナはそんな女ではない。壮絶だっただろう人生は、彼女をユパよりも大きな者に育てている。良くも悪くも。


「化物男らしい男に潰されそうなエルバ連合。まあ、それがなくてもグルド帝国とエルバ連合は衝突間近でしたよね? ご自分の立場が分かっていらして?」


 妖しい笑みに、中身のドス黒さを嫌だと思うのに、美貌と惹きつけられる引力が拒否を邪魔する。シュナの手が伸びてきて、どうするか迷った。吸い込まれそうな瞳に射竦められて、動けない。


 急にシュナがほろりと涙を流した。両手で顔を覆い、ゆっくりと座り込む。華奢な肩が小さく小さく震える。


「良いのです。何をしようと手を差し出したいという気持ちは、あのような態度では伝わらないでしょう」


 思わず、違いますと言いそうになる程に真に迫る泣き姿。それに弱々しさ。抱き締めたい衝動を必死で堪える。


 シュナはパッと両手を顔から離した。愉快そうな泣き笑いにゾッとする。頭で分かっているのに、惑わされる。


「このくらいはお手の物。よって、ペジテ大工房の議会へ乗り込みます。良かったですね。アシタカ様、勝手にエルバ連合を支援することにしたみたいなので(わたくし)もその後押しをします。この世で一番優先したい方ですから」


 すっと立ち上がったシュナ。よしよし、というようにシュナはユパの頭を撫でてきた。背伸びをして、あどけない無邪気な笑みを浮かべて。十歳以上離れている筈なのに、これではまるで赤子扱い。


「お待ちくださいシュナ姫」


 ユパの声掛けに、シュナが首を横に振った。非礼を謝っておくか、というのも見抜かれている。シュナが無理矢理ユパの頭を下げさせた。


「姫は辞めました。そんな地位、なーんの魅力もありませんからポイっと捨てたのです。ねえ? ルイ。シャルル兄上、リチャード、ヴラド」


 冷ややかな目線でルイを見上げたシュナ。名を呼んだ者達へはもっと冷めた目を向けている。


「かつて、姉がこう申してくれました。死ぬまで貴女から離れない。世界を焼き尽くせというのなら滅ぼし、世界を救えというなら英雄にもなる。ふふふ。あははははは! そういうことです。アシタカ様に跪け。傅け。拒否する相手にも真心込めて手を伸ばす方なので、邪魔する者はこのシュナが薙ぎ払う! 邪魔するなら全権力で叩き潰してくれる! 民が潤うぞ! この愚王共! 真横の簒奪は許さんからな!」


 まるでティダのような高笑い。ユパに背を向けたシュナは、廊下を歩き出した。従者は置いきぼり。シュナの頭から飛び降りた蛇が、威嚇したので誰もついて行かなかった。


「あははははは! 人など必ず死ぬ! いざという時に秤にもかけん! アシタカ様の敵は全員敵! 逆なら嫌でも囲ってやる! それだけだ!」


 何ていう女。崖の国でラステルときゃっきゃと遊んでいた姿は大嘘か。それにしても、ここまで言われて、あんな態度をされたのに、何故だか憎めない。あの見目麗しく愛らしい容姿のせいだ。何ていう武器を持っている。それにしても、ここまで惚れ込まれるとは、アシタカは彼女に何をしたんだ?


「ルイ国王……難儀な立場なようですね」


 複雑そうな表情でシュナの背中を見つめているルイに声を掛けた。


「いいえ。我が国の宰相が失礼致しましたユパ王。ああ言っていましたが、シュナ様は結局中央の太陽の下しか歩めません。そして、傷だらけの血塗れに……」


「アシタカ様が甘やかすので良いのですルイ国王。それか先程の決断を私達がするべきでした」


 シャルル王子——元王子と聞いている——がルイの隣に並び複雑そうな顔をした。ユパはルイの横に立ち、アシタカとシュナが戻るのを待った。


 半刻を過ぎた辺りで、アシタカとシュナは戻ってきた。何となくだが予想していた通り、アシタカはシュナを横抱きにしていた。


「どうして、貴女はああやって前に出るのですか。貴女に出来ることは僕がやります。ルイも居るし、もう帰ってもらいますからね」


 アシタカの問いかけにシュナは軽く肩を竦めただけだった。アシタカは大国ドメキア王国の新国王を()()と呼び捨てか。


 歩いてきたアシタカがユパ達に気がついた。少しだけ気まずそうな表情を浮かべたが、すぐに穏やかな笑顔を作った。しかし、アシタカの顔色は悪い。


「ユパ様。(わたくし)、帰れと言われたので貴方様に護衛をお願いしたいです」


 ねえ、抱っこ。というようにシュナの手が伸びてきた。一気にアシタカの表情が嫉妬に様変わり。シュナがユパに可愛らしいウインクを飛ばしてきた。


 ()()()!!!


 何の恨みがあってここまで敵視してくる。


「敬愛するラステルとセリム様の兄上ですし、家族の縁が結ばれましたもの。エルバ連合には先頭に立つアリババ様がいらっしゃいます」


 有無を言わさずというように、ユパの首に手を回して、抱きついて移動してきたシュナ。この状況で落とす訳にもいかないので、ユパは仕方なくシュナを抱えた。あまりに軽く、小さく、庇護欲が駆り立てられる。


「家族。ああ、家族ですね。よろしくお願いしますユパ王。すぐそこに護衛人がいるので案内させます。兄ならシャルルが……」


「子豚は好みません」


 ツンっと澄ましたシュナは、シャルルに笑顔とウインクを投げた。悪態にこの美貌と可愛らしさの組み合わせは何とも酷い使い方。つい、苛立ちが消えてしまう。シャルルも同じ気持ちなのか呆れた顔の後に、仕方ないなと優しい笑みを浮かべただけだった。


 ますますユパの首に回す腕に力を入れてきた。またアシタカの顔が歪む。


「シュナはアシタカ様を待ってますね」


 ユパの胸にもたれかかったシュナ。寂しそうで悲しそうな微笑み。それに何とも言えない誘い声。


「早急に最善策を提示します」


 アシタカは表情をキリリと変え、背筋を伸ばし、歩き出した。目配せされたルイ達がアシタカに続く。


 全部演技なのか、それとも何かは本物なのか。ユパへの敵対心は何なのか?


 廊下の向こうでアシタカに声を掛けられた護衛人と共に、ユパはシュナと共に偽りの庭へ向かわされた。


 シュナは始終無言で、話しかけるなというオーラを纏っていた。


「アシタカ様の横に並ばなければ仲良くします。(わたくし)、ラステルと同じ思い出の場所に行きたいです」


 自動荷車(オートカー)の中でポツリ、と呟いたシュナに、ユパは心臓をバクバク言わせた。儚げで、あまりにも悲しそうな姿に、どうにも無反応でいられない。


 両手を広げて、目線を落として自らの掌を眺めると、シュナは小さなため息を吐いた。


「まるで流星のように儚い夢でした……」


 拳を握り、険しい顔になるとシュナは窓の外へと視線を向けた。


 男よりも凛々しいその横顔に、ユパはどうにも目が離せなくて見つめ続けた。


 空気がティダに似ている。そう、感じた。

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