お妃様の奮闘7
【飛行機内】
あちこちに軽く挨拶をして、あれよあれよ、という間にラステルはアンリ達と飛行機の上。窓の外には、キラキラと光る雪原。今回の飛行機は、飛行船の方が正しい名称。旧式だから外界に持ち出しても良い、らしい。とは蛇一族と話が出来るアンリ談。
今、目の前でソファに座らされ、ひざ掛けを掛けられ、蛇一族に囲まれている、アンリからの説明。アンリの背後にカールが仁王立ちしている
「あの、落ち着かないのだけどカール」
「これが定位置だ」
呆れたようなアンリと、涼しい顔のカール。
それで、ラステル。アンリと向かい合わせにしたソファにシッダルタと並んで腰掛けている。隣にちょこん、とテトも座る。背後にはゼロース。チラリと確認すると、こちらも仁王立ち。
「あのー、俺も落ち着かないですゼロースさん。場所、交換しません?」
「却下。家臣は主を守護する。隣に並んで座ったりしない」
シッダルタが困ったというように、頭を掻く。
「あの、いいえ。貴方の主はシュナさんとティダですから……」
「否。任されたのでシュナの大親友であり、我が王の弟子であるラステル様が主です。まあ、連携問題などあるから、部下として扱おうシッダルタ。そんなオドオドされてはやり辛い」
ソファとソファの間に置いてあるローテーブルの前にゼロースは移動した。ラステルから見ると左手横。
「一旦、崖の国へ行く。ラステル様からジーク王へ説明。我が王、シュナ様、アシタカ様、セリム様から託されている手紙を渡す。で、俺とラステル様にウールヴとシッダルタでホルフル蟲森へ向かう。崖の国に到着した日の翌日とする」
ゼロースがローテーブル上の地図を指差しながら、淡々と告げた。
「それなんだけど、私も……」
「「却下!」」
アンリが言いかけたのを、ゼロースとカールが即座に否定した。
「それなんですけど……本当におめでたならホルフル蟲森の村の方が良いかもしれま……せ……ん……」
口を開いたテトは、鬼のような形相のカールに睨まれて語尾を小さくした。カールは怖い、怖過ぎる。シュナの姉だなんて信じられない。
「小娘! ハキハキ喋れ。あんな死の森の方が良いとはどういうことだ?」
低い怒声に、度胸があるテトは身を縮めた。ラステルもシッダルタにしがみつく。義姉達の爆発苔より、何倍も恐ろしい。シュナはカールとどうやって育ってきたのだろう? その時、隣室からガヤガヤ、ザワザワという喧騒が聞こえてきた。カールがギョロリと隣室の扉を睨みつける。そして、歩き出す。止めてくれるのだろう。アンリも立って、タタッと駆ける。アンリは扉を軽くノックした。騒がしいまま。むしろ、大きな笑い声が聞こえた。
アンリはゆっくりと扉を開いた。
「弛んでいる! 作戦会議をするという話は伝えている筈だ! それを隣室でケラケラ、ケラケラと邪魔するとは何事か! 挨拶の練習でもせんか!」
大迫力という、アンリの怒鳴り声にラステルは茫然とした。カールがアンリの隣に立ち、アンリをそっと脇へと移動させた。
「貴様ら! 足手まといや生き様によっては、全員首を刎ね……いや。約束したので刎ねない。生き地獄に突き落としてくれる! 死よりも恐ろしい目に合わせるからな! ゼロース! 大体貴様の統率力が無いからだ! こんなのが我が王の少数精鋭とは片腹痛い!」
振り返ったカールは、ツカツカとゼロースに近寄り、ナイフをゼロースの首に突きつけた。
「外界に浮かれるのは分かるが大総統直々の任務だということを忘れるな! 大体、鬼軍曹も人の子、女とはどういうことだ? 聞こえないと思ったら大間違い。ふははははは! 地獄耳を手に入れたのでこれまで以上に鍛えてやる。特務三十班は全員腕立て二百回! その後スクワット! 私が良いと言うまでだ!」
ティダそっくりの高笑いに、ラステルは更にポカンとした。
「だから大人しくしようって言ったんだ」
「怖え……」
「カール様が二人に増えた……」
「いや、カール様よりは……」
「アンリ長官の恐ろしさは……」
扉から見える、床に座る護衛人と騎士達——装備を脱いでいる——のヒソヒソ声が聞こえてくる。カールがゼロースの頬を拳で殴りつけてから、アンリの隣へと戻ってきた。ゼロースはカールではなく、扉向こうの騎士達を睨みつけた。これも怖い。ラステルはますますシッダルタの腕を強く握った。
「つまり、我が騎士団が原因。この恥晒しが! 貴様ら全員腕立て三百回!」
「あら、騎士団は解散と言われたでしょう? この場の全員大陸連合護衛官よ。私の部下。給与もペジテ大工房の税金から支払われる。勝手に命令しないで部隊長。でも貴女なら任せられるわね。見張っておいて。鍛錬、追加しても良いわ」
「そうだ。大声を出したりせずに大人しくしていろ。体に障る」
ニコリと笑うアンリ。しかめっ面のカール。何故かシッダルタが立ち上がった。強張って手が離れなくて、ラステルも引っ張られる。
「お、俺も参加、参加します! 俺とラステルの目的は決まっています。大方、話もしましたし……。残り、アンリさんの事はアンリさんと皆さんで決めて下さい」
軽く会釈をすると、シッダルタは隣室へと駆け込んだ。シッダルタは頑張る男なので、自主的に鍛錬するらしい。
「わ、私も参加するわシッダルタ! でも、腕立て二百回は無理ね。出来るところまで励むわ。スクワットってなあに?」
扉付近まで近寄って、アンリに問いかける。カールが無言で隣室に入り、扉を閉めた。
「貴女の師匠はゼロースさんが引き継ぎしたらしいわラステル。テトさんの話を聞きましょう」
アンリがラステルの背中を押して、ソファへと戻す。
「貴様ら! この大恥晒しの愚か者が! 異国で粗相をしてみろ! 首を刎ね……耳を削ぎ落とすからな! そこの軟弱で臆病、おまけに貧乏そうな男を見習え!」
カールの罵声に、ラステルはアンリにしがみついた。そうしてから、アンリも怖い事を思い出してバッと離れる。ラステルはゼロースに駆け寄り、ゼロースの背中に隠れた。
「部下じゃないから、あんなこと言わないわよラステル」
「い、い、いえアンリ。言って良いのよ。私はセリムに相応しいお妃になるから強くなるべきだもの。怖いのに慣れないといけないわ」
それにしても、カールのシッダルタへの評価には頭にきた。ラステルはゼロースから離れて隣室へと向かう。扉を開き、仁王立ちした。義姉様を見習い、爆発苔を……。
カールと目が合う。
シュナの姉なのに鋭すぎる眼光。
ラステルは固まった。蛇に睨まれた蛙蟲とはこのこと。
「か弱い娘でも友を庇うというのに、何だ貴様らは! 性根から叩き直してくれる! いいか! シュナの友を裏切れば容赦なく首を刎ねる! 地獄の底まで追うからな!」
バァァァァン、とカールが扉を閉めた。扉が閉じる直前、カールはそれはもう優しい微笑みを浮かべていた。それも、ラステルにだけというような向きで。顔立ちは似てないがどこか、シュナに似ている笑い方。
「極端な人よね。カールさん」
呆れたような声を出したアンリ。
「ええ。カールはよくシュナから離れました。余程アシタカ様を信頼したのでしょう。まあ、シュナ様に何かあればアシタカ様はカールに殺されます。手足もげ、蜂の巣にされようとも殺しに行きます。今までも、それはもう大勢の者が死にました」
はあ、とゼロースが息を吐く。
「戦場の先頭で返り血浴びて敵を容赦なく薙ぎ払う血塗れの戦乙女。カールの異名です。しかし、真の乙女はシュナのこと。シュナは敵に刺され、味方に刺され、全身を血染めにして屍の上に立ってきた。今後も続けるでしょう。これから先の世で頂点に立つなど、あの生真面目で慈愛強そうなアシタカ様が潰れないか心配です」
アンリが複雑そうな顔をして、ソファに腰を下ろした。ラステルも元の位置に戻る。何だか、急にしんみりしている。
「共倒れにならないと良いんだけど。いいえ。共倒れでも構わないと決意したみたいだから良いんじゃない? ドメキア王国に来た時にアシタカは殻を破った。良いのか、悪いのかは別としてね。元々、アシタカは取捨選択をする非情な面は持っている。今回もそう。近いうちに争いが起こって、死ぬ者が出る。そう分かっているのに遠い未来の大勢の命を選んだ。どうして、こう、世界って上手く回らないのかしら」
これも、ピンとこない。今の状況もいまいち把握していないが、北東で争いが起ころうとしているらしい。それをティダとセリムは止めに行った。アシタカとシュナは、大勢の偉い人と遠くから支援する。なら、あの滅茶苦茶で悲惨だったノアグレス平野よりは良い結果になる筈。
「残酷無慈悲なのが世の常です。それに理不尽でもある。例えば我が王。シュナと添い遂げて、我が国の王に君臨して欲しかった。我等騎士団、それに第四軍の多くはそう思っております。まあ同等の男がシュナを囲ったので良しとしています。ではテトさん。鬼を追い払ったので、続きをどうぞ。まあ、アンリ様。我が王は森より崖、そうおっしゃっていました」
促されたテトは、ぼんやりとしていた。アンリはゼロースに冷ややかな笑みを投げた。ゼロースとアンリは、もしかしたら親しくないのかもしれない。今のは、ティダにはシュナ。アンリではない。そういう発言に聞こえた。
「テト?」
「え? あ、はい。あの……。私? 私、何でここにいるのかしら」
「いいえ、テトさん。私、ホルフル蟲森へは行かないわ。分かりましたゼロースさん。この世は生き様こそ全て。でしたっけ? 見ていなさい。必ず認めさせる。ティダではなくて、私の為に死にたいって思わせてあげる。ティダの為に、出産を諦めるつもりはないから崖の国で教育係りをするわ。言っておくけど、この年で長官なのはそれなりに励んできたからよ」
鼻を鳴らすアンリ。ゼロースは狡猾そうな笑み。またしても、何だこれは。アンリが蟲森の村へ来るのか来ないのか、そういう話では無かったか?
「どこからが誘導かしらね。私、シュナには負けない。初恋の相手を掻っ攫われ、夫も奪われて最低最悪。あの女、絶対に越えてやる」
不機嫌そうにぶすくれると、アンリは再び立ち上がって隣室へと向かった。ラステルはゼロースを見上げた。さっぱり分からない。
「互いに切磋琢磨して下さいお妃様。ということですラステル様」
益々、分からない。ラステルは視線をテトに戻した。テトは目を大きく見開いて、眉間に皺を寄せている。
「ラステルって、とんでもない知り合いばかりね」
ポツリ、とテトが呟いた。
「セリムの妻だもの。これからも、うんと沢山増えるわ。ティダ師匠とセリムは、多分ベルサラガコ国とかグドテ国で知り合いを増やすもの」
「ラステル様。ベルセルグ皇国にグルド帝国です」
ラステルはゼロースをもう一度見上げ、歯を見せて思いっきり笑った。大蜂蟲がセリムとラステルを繋いでくれている。多分、酷く怯えているセリムにラステルが元気を与えないといけない。ラステルは勢い良く立ち上がった。
「ベルセグコ国にグルドテ国ね師匠! まずはティダ師匠に教わった護身術と、私の針術を見てください! ティダ師匠、筋が良いって言っていたの」
拳を握り、前に突き出す。離れ離れはラステルとセリムだけではない。きっと、必ずまた会える。それぞれの道は交差する。そう信じて、前を向いて歩く。足を進めなければ何処にも辿り着けない。
ラステルは大きく息を吸って、また目一杯笑った。




