各国首脳会談1
【ペジテ大工房 議会会館 円形会議室】
議会会館の円形会議室の議長席まで進み、アシタカは大きく息を吸った。婚礼衣装から黒の背広に着替え、ネクタイを締めると気合が入る。はっきり言って、昨日からずっと何が何だか分からない。計画も全部パァ。
各国からの呼び寄せた国賓も同じだろう。共に平和を築こうと提示し、勝手に恩を売って強制的にこの地に集めたエルバ連合各国。無茶苦茶な要求を突きつけた挙句、最終的には内乱と政治改革に深く関わったドメキア王国。侵略戦争はドメキア王国の発案かつ主導で貴国は利用されたと知っている。さあ、ドメキア王国を討とうと手招きしたベルセルグ皇国。言うことを聞かないと、国を圧倒的軍事力で滅ぼす。単にそう脅したグルド帝国。
脅迫に対して、蟲使いでペジテ大工房を襲撃とは腹立たしい。そう思ったら、グルド帝国帝王ザリチュは真っ青になって震えて「助けて下さい」とアシタカに縋り付いてきた。ティダに伴われて、もとい連れて行かれたザリチュ。ティダが早急に首脳会談を行い、花火を上げろと命令してきた。蟲一族や蛇一に協王に祭り上げられ、ティダにも使いっ走りとは、情けない。しかし、この感情を他国の要人達に見抜かれてはならない。アシタカは深く、ゆっくりと呼吸しようと心掛けた。
円形に配置されている議員席に、各要人が国同士で固まって着席している。議長席から見て時計回りに、グルド帝国、エルバ連合、ベルセルグ皇国、ペジテ大工房、ドメキア王国の並び。議長席左手、上段の端にセリムがシッダルタと二人で並んで座っている。各国で、護衛兵を許可したのはドメキア王国とエルバ連合だけ。その二カ国も、少数のみ。最上段に護衛人長官が全体を囲うように並ぶ。まあ、どう考えても「監禁」に等しいよなと自虐の笑みが込み上げてくる。奥歯を噛んで出さないようにした。
テュールはアリババの隣。ベルセルグ皇国とペジテ大工房副大総統ハンネル達の中間辺りの場所にティダが一人で座っている。シュナはルイの真横の席。
「異常事態が重なり、混乱しているでしょう。監禁紛いの行動を取ったことを詫びるべきですが、謝罪するつもりはありません。はっきり言って、私が行動しなかったら大陸は火の海。故に、こうして強制的に集まっていただきました」
ザッと全体を見渡す。流石国を背負って得体が知れない呼び出しに応じた要人達。大半は静かにアシタカを観察している。
「話し合いたいことがあり、各国要人を誠実にあるいは騙したり脅迫して集めました。目的の為ならば、少々手段を選びません。さて、まずは各自紹介し合いましょう。私から反時計回りとします。提案があれば一緒にどうぞ。但し、質疑応答は後回しです」
アシタカはエルバ連合筆頭ボブル国王太子アリババ、ドメキア王国新国王ルイ、ベルセルグ皇国皇帝レオン、グルド帝国帝王ザリチュと順番に見据えた。ルイは胸を張って精悍な顔。レオンは神妙そう。ザリチュだけ真っ青な表情で俯いている。
「本日は祝いに駆けつけてくださり、ありがとうございます。ペジテ大工房大総統にして大技師アシタカ・サングリアルです。昨日、協王という地位も得ました。強制招集の目的は三つ。一つ、この大陸に存在する文明社会に明確な境界線を引き、国境を確定させるたいです。二つ、他国への侵略行為の禁止など、国際法の制定を提案致します。三つ、この公の場にて我が国への侵略戦争を行った三ヶ国に対する謝罪と賠償要求を行います。非人道的行為は行いたくありませんので、客観的意見が欲しいのです」
全く何も知らないのは、ザリチュだけ。三つ目の件以外知らないベルセルグ皇国の面々は、誰も動じていないように見える。皇帝レオンに容姿がそっくりな第一皇子シエルバに至っては退屈そうな顔付き。青ざめているアレーニ皇女は可愛げがあるのに、シエルバは太々しい男。ティダはアシタカをこの二人と決して会わせなかった。ティダはアシタカに対して明け透けになり、かなり信頼を寄せているが、未だ多くを隠してもいる。
アシタカは「次はお前」だと、ルイを見据えた。ゼロースをはじめ、ティダの部下が数名ルイの背後に直立している。ルイが立ち上がり、全体に向かって会釈をした。
「先日、グスタフ国王が病にて崩御しドメキア王国新国王に戴冠致しましたルイ・エリニース・ドメキアと申します。我がドメキア王国は侵略戦争に対するペジテ大工房の恩情に感謝し、賠償提示を行いました。先代国王が心疾患により急逝し、不明点が多くありますが、可能な限り侵略戦争に関する情報も提供しております。国境確定及び大陸法制定には同意致します。私が国王である限り、全面支援。新たな宰相、シュナ・エリニースもアシタカ様の秘書として助力します」
ルイの隣に座るシュナも立った。
「ルイ新国王の宰相を務めますシュナ・エリニースです。皆様、私とアシタカ様への数々のお祝い、ありがとうございます。此度、ドメキア王国は侵略反対者であり、国民に望まれるこのルイ・エリニースを新たな王と致しました。旧王家、国軍、反乱軍、全てを背負うと決意した我が国王はペジテ大工房と協定を締結する予定です。私、アシタカ様の秘書とルイ新国王の宰相を兼任し、大陸西部の平和へ尽力致します。四人の新宰相共々、以後お見知りおきを」
立ち上がり、華麗に会釈したシュナ。ウェディングドレスから真紅のドレスに戻っている。挨拶しなさい、というようにシュナが四人の宰相を優雅な手つきで促した。リチャード、ヴラド、カイン、シャルルが名を告げるだけの自己紹介を行った。全員が名乗ると、シュナはルイと共に着席した。
続いてハンネル。ペジテ大工房副大総統であり、国内統治を担うことと、外界との外交はアシタカに全任するとこを告げた。大総統府大臣やハンネルの秘書は不在。ハンネルのみ傍聴者として呼んだ。外交はアシタカに全任と決定しているので、傍聴参加者零でも良いが一応招いた。
次はベルセルグ皇国。アシタカがレオンを見る前に、コンコンコンという音がした。ティダが指で机を叩いた音。ゆっくりとした動作で立ち上がると、ティダは先を離れて階段を降りていった。ティダは会議室中央、演壇に立つとグルリと全員を見渡した。嘘っぽい愛想笑いを浮かべている。
「ティダ・エリニース。肩書きが多いので割愛します。知っている者は、私が何者なのか知っているでしょう。役職の一つが異種族との通訳です。本日は頼まれたので蟲一族、蛇一族からの代弁を行います」
ティダがいきなり何を話し始めるのか興味があるので、アシタカは口を固く閉ざした。
「まず蟲一族より。蟲森一族とは、クロディア大陸のうち王であるレークスに従う蟲である。レークスとは蟲の王の意味。現在、ヴォランという種族の一匹がその座についている。黄金の鬣を有する、巨大な蝿のような蟲です。レークスの領土はアシタバ蟲森、アシタバ半島の地下、ゴヤ蟲森の一部。ロトワ蟲森、ゴヤ蟲森には別の王が存在しています。それからつい最近、ホルフル蟲森を別の王に明け渡したそうです。他の王はアシタカ様に接触してきていないので、代弁、通訳できません」
一度言葉を切り、ティダがルイに向き直った。
「続いて蛇一族です。蛇一族とは、大蛇蟲と小蛇蟲というアシタバ半島近海を巣にする一族の総称です。この世に神など存在しない。いたとしても個々を守護しない。ならば、己こそが神となって一族と友を守り通す。そう主張し、アシタバ半島の守護神と名乗る蛇一族の王バジリスコス様とココトリス様。アシタバ半島、その近海を領土としています。但しアシタバ蟲森と地下は蟲一族、地表はドメキア一族との共同領域だそうです」
蛇神だといつまで続けるのかと思ったら、ここで終わらせてきた。ティダがルイから視線を離し、副大総統ハンネルを見た。その後はアシタカ。
「これより先はレークス、バジリスコス、ココトリスの三者共通の主張です。まずペジテ人。巨大要塞とその内側、地表のみが領土。二千年前にそう取り決めている。大技師が存在するので忘れたとは言わせない。大技師一族に従え。外界に出てきても構わないが、我等に対する犯罪には罰を与える。基本的には軽犯罪でも死刑。我等はペジテ人を信用していない」
空気がより重たくなった。鉛を飲んだように、苦しい。アシタカは大技師一族だが、ペジテ人でもある。こんなことを言われて、平気ではいられない。必死に顔が歪まないように力を入れた。副大総統ハンネルや、上段にいる護衛人長官達も苦虫を噛み潰したような表情。知っても、理解しても、納得出来るかはまた別の話だ。
「続いてドメキア王国。アシタバ半島の地表、アシタバ蟲森以外が領土。先日会談した通り、此度、シュナ・エリニースを蛇神同等と認めた。蛇の女王である。彼女を王に選ばず、ましてや殺そうとしたので守護に値しない。長年に及ぶ協定破りもあり、そろそろ滅ぼすと思ったが、他ならぬ蛇の女王がルイを王にと推薦した。一先ず十年見定める。近年そうであったように、ドメキア王国が他国に領土侵害されても、相手がペジテ人以外なら関与しない。蛇の女王など、守護に相応しい者だけは守る」
「そう脅して、守ってくださるのが二千年続く盟友である蛇一族様です。十年後、こう仰るでしょう。国王ルイと蛇の王とする。私、生まれてから最近まで守護に値しない娘でしたが変わりました。人は変わる。良くも悪くも、何度でも変われる。国王ルイは無血革命という偉業を成し遂げた。人を見る目に、非道に対して命懸けで反対出来る勇敢さ、優秀な宰相に、蛇神様の監視もあるので、安心して立派な王になれます」
シュナが愛くるしい、親愛こもった笑顔をルイに向けた。ルイが大きく頷く。これじゃあ、まるでルイとシュナが夫婦のようで面白くない。ティダが一瞬、アシタカを咎める目を向けた。慌ててシュナとルイから目を離した。極力、シュナを視界に入れないようにしておこう。ティダが今度はエルバ連合へと向き合った。
「エルバ連合。東南の地はかつての盟友が開拓した土地。ホルフル蟲森は共通領土だが、それ以外は人の領域。領主が変わっても、何があろうと侵略、傷害に対する報復以外では決して侵害しない。人が一人でも残る限り移住しない。二千年守ってきたので信頼して欲しい。今後しばらく必要な場合入国するが、犯罪はしないし謝礼も払う。先日分は災害支援と食糧にて支払った。守護の誓いの希望があれば検討する。問題、交渉等があれば協王アシタカに申し出て欲しい」
各国の要人達が、少し騒めいた。ペジテ大工房やドメキア王国と、まるで待遇が違う。ティダが素知らぬ顔で続ける。
「ベルセルグ皇国。孤高ロトワが領土だと主張している。ロトワ蟲森だけかと思っていたが、ナルガ山脈とユルルングル山脈及びその山間も孤高ロトワだという。千年、ほぼ沈黙しているので我等も知らぬ世界。ペジテ戦役に際して、蟲一族を巻き込んだ事に対しては様々な理由により不問にきしている。山間部辺りはかつての盟友が移住した土地。よってエルバ連合と同様の対応をする」
思わず、アシタカは目を丸めそうになった。ペジテ大工房は侵略された挙句、蟲に非難されて滅ぼされかけたのに、当事者の蟲使いをしたベルセルグ皇国は不問。水面下で何か動いているのかと思っていたのに、何もなし。これは予想外だ。
祭り上げられ、隠し事をされ、矢面に立たされるのに蚊帳の外。完全に駒にされている。しかし、信頼して背中を預けると腹を括っているのだから諦める。悪いようにはされない。そう、信じる事にしている。一瞬、蟲の王の声がした。「逆も同じだ」という単語に、アシタカは小さく頷いた。アシタカは人里で蟲一族の地位を確立するのを任されている。
ティダがザリチュに体を向けた。
「グルド帝国。ゴヤ半島、グルド半島は我等以外の王の領域。関与しない。残りの東の土地はエルバ連合と好きにしろ。話し合って境界線を引くのも、殺し合って奪い合うのにも関与しない。但し、蟲一族や蛇一族を巻き込まない限りだ。先程の蟲使いは後で糾弾し、断罪する。しかし、他ならぬペジテ大工房への侵略なので、かなり減刑する。むしろ、攻撃される理由があるペジテ大工房こそ罪を贖え」
かなり減刑する。罪を贖え。その発言にアシタカは思わず「は?」と声を零しそうになった。会議室内が騒然となりそうなのを、ティダが手で静止した。
「以上が、レークス、バジリスコス、ココトリスからの自己紹介と領土の主張、人の領域の認識です。このように、かなりペジテ大工房は敵視されています。これについては、ペジテ大工房と外界全種族による全面戦争。古代戦争の結果です。大技師一族が二千年、仲裁に入ってきていますが溝は深まるばかり。大技師一族は悪魔であるペジテ人にさえ慈悲を与える、我等を守る人柱。いつか、必ず帰ってきてもらうだそうです」
悪魔であるペジテ人。何度聞いても不愉快。知っているハンネルや護衛人長官も、侮辱に対する怒りを隠しきれてない。アシタカはハンネルと護衛人長官を見渡して、首を小さく横に振っておいた。
ティダは自席へ戻らず、ベルセルグ皇国レオンに向き合った。レオンが口を開く前に、第一皇子シエルバがすっと席を立った。優雅に階段を降りてくる。後ろにアレーニがついていく。皇女アレーニは着飾るのが大好きな女性と聞いていたが、質素な服に飾り一つない。改めてよく見ると、顔立ちはテュールに似ている。さも当然というようにアリババの隣に座っていたテュールも、演壇へと降りてきた。全員が全体に会釈をし、アシタカの方へ体の向きを変えた。
「ベルセルグ皇国皇帝シエルバ・ユルルングル・ベルセルグです。大政務官に着任した第二皇子テュールと共に国内統治に尽力致します。外交は特別顧問に就任したティダ・エリニースと大政務官テュールに一任致します。隣は皇女アレーニ。我が国は女性は政治に関与しません。しかし、祭事などは皇女や皇妃、女官達が筆頭です。いずれ、皆様をもてなすことがあるでしょう。どうぞお見知りおきください」
ベルセルグ皇国の席で、シエルバの皇妃三名——忙し過ぎて名を覚えてない——やテュールの皇妃アフロディテ、彼女の侍女アルセが立ち上がり、他の側近一同も続き、全員が深々と頭を下げた。
「私は新政権にて国内統治を盤石にすることで手一杯です。我が国への要求、交渉は外交担当者である特別顧問と大政務官へお願い致します」
淡々とした声を出し、シエルバは全体を見渡した。
「此度は前皇帝の暴走で、各国に、特にペジテ大工房に多大なご迷惑をおかけ致しました。しかし、ペジテ戦役は外部圧力、ベルセルグ皇国侵略という脅迫の末に行われた。脅迫者は孤高ロトワの反逆者。この辺り、未だ調査中です。元皇帝レオンは、ペジテ大工房護衛庁に身柄を預け、ペジテ戦役に関する全ての情報提供を行います。人道的裁断をお願い致します」
各国要人に頭を深く下げた後、シエルバは面をあげてアシタカを見た。ほら、これで良いだろうという視線にムカムカした。ティダから聞いているので、アシタカは苛立ちを我慢して微笑みを返した。
シエルバは自己保身が第一。狩り、女、酒、祭宴が優先で政務など面倒だと思っている。その癖、崇められたいという承認欲求が強く、人身掌握に長けていて味方の官吏は多い。ティダ曰く、レオンより厄介な所もあるがレオンと違って裸の王様でも満足するので御し易い、らしい。
皇居内整備を行い、テュールの成長を待って、厄介者のレオンを皇帝から引き摺り下ろすのがティダの長年の計画だったという。テュールにシエルバを操縦する力量つけさせてきたというが、何故、テュールが皇帝でないのか? アシタカの問いかけにティダは何も答えなかった。まだまだ、気を許されていないということだろう。
放心状態のレオンを、ティダが顎で示した。
「では、叔父上をよろしくお願い致します。ブラフマー長官」
会議室入り口に待機していたブラフマー長官、エンリヒ長官がレオンの方へ移動する。
「これはどういうことっ——……」
一足飛びにレオンの所へ跳ねたティダが、レオンの前の机に乗った。ティダがレオンの口を手で覆う。
「私は進言しましたよ叔父上。アシタカ様に即謝罪し、誠意を見せなさい。兄上、姉上は即座に行動しました。もちろん、ペジテ大工房への謝罪と賠償提示です。当事者を皇帝に据えて置くなんて誠意がない。よって政権交代致しました。一等皇族が満場一致で叔父上を罷免し、シエルバ兄上を皇帝に承認。これは正当な方法。孤高ロトワとやらがバジリスコス様とココトリス様経由でアシタカ様を説得してくださったので、叔父上は手厚い待遇の捕虜で済みます」
レオンの体を持ち上げたティダが、机の上に立った。そんな話、全く聞いてない。しかし、想定の範囲内というか予想通り。特別顧問とは、ティダは結局ベルセルグ皇国から離れないらしい。ティダはどれだけ背中に荷を増やして行くのだろうか?
「十年、貴方は賢王だった。国内を整備し、民の生活を安定させた。このこと、我等子供達がしかとペジテ大工房や各国に伝えます。長年に及ぶ外部からの脅迫に気がつかず、追い詰められていた叔父上を支えられなかった。一国の問題ではないから当然です。今後は他国の協力を得て、最善手を選んでいきます。賢王だった貴方様ならば監禁は徐々に軟禁に変わり、祖国の地を踏める日もあるでしょう。叔父上、お元気で」
ティダがレオンをブラフマー長官に投げた。瞬間、いきなり白い影がレオンを襲う。
月狼。
レオンの体が月狼の尾に担がれた。月狼がサッとブラフマー長官の隣に並ぶ。レオンは気絶していた。
「ベルセルグ皇国の守護神、大狼は叔父上の体調不良と心神喪失を見抜いてくれたようです。黒大狼からも再三忠告されていたのに、私は叔父上を過信し過ぎていました。何せ、これまでが素晴らしい皇帝でしたから……」
心底申し訳ないというように、ティダが肩を竦めて苦笑い。そのまま、何もなかったというように着席しだした。場所はアシタカの真正面。
「外交には関与しないと取り決めたので、私は退席させていただきます。テュール、ティダ、任せた。各国の要人方、我が国訪問の際は歓談致しましょう。皇族不在で国が荒れては困るので、私は一足先に帰国します」
シエルバがブラフマー長官の方へと歩き出した。去り際、シエルバはアシタカに向かって鼻を鳴らしたように見えた。
「我が国はドメキア王国同様にしばらくペジテ大工房に隷属化。アシタカ様が存命の限り、仲介者である限りです。領土外であるアシタバ半島からは撤退。先代皇帝が建設した大橋も同盟国であるドメキア王国に贈与。東側もユルルングル山脈東部、プルケル川より西まで領土を縮小。アシタカ様の掲げる理想を全面支持。賠償金、皇帝罷免権など色々と提示しています。これでも報復をされる場合、協定を結んだ蛇一族と蟲一族と共にペジテ大工房へ反撃します」
淡々としながらも、僅かに威嚇が残るティダの声。アレーニがいつの間にか、ティダの隣に並んで着席している。中央にはテュールだけが残されていた。
「第二皇子テュールです。ペジテ大工房でいう副大総統、ドメキア王国では宰相に相当する地位、大政務官に就任致しました。ベルセルグ皇国はアシタカ様とエルバ連合アリババ様が設立する大陸連合に加盟し、今後は定められた領土から出ません。アリババ様、アシタカ様やペジテ大工房への取次、賠償問題の相談など感謝致します。アシタカ様と大陸平和に尽力する、元皇子ディダ・エリニースを特別顧問とし、外交に関しては常に相談致します」
テュールが颯爽と階段を登り、ティダの前席に腰掛けた。入れ替わりで、アリババが階段を降りてくる。
「エルバ連合筆頭国ボブル国の王太子、アリババ・ジャルーシャ・ジャガンナートです。殆どの方とはお会いした事があると思います。エルバ連合は、此度のペジテ戦役において戦争の火消しに奔走されたアシタカ様とディダ皇子から、大陸連合について相談され、設立支援と加盟することを決定しております。領土を明確にし、加盟国と不可侵条約締結。我等エルバ連合は隣国からの侵略に怯えていたので、渡りに舟」
アリババが恭しいというように、アシタカに頭を下げた。隣国からの侵略、という単語を発した際はグルド帝国を横目で確認。アリババもだが、他のエルバ連合要人も、突然ベルセルグ皇国の政権交代が起きたのにも動じていない様子。アシタカと違って、テュールやティダが事前に根回ししているのだらう。
「エルバ連合は長年、加盟国同士で協力して生活してきました。連合内での紛争も皆無。互いの国と行き来が難しいという地理的条件の上に成り立っているとも言われていますが、信頼関係を築いてきたからです。よって、アシタカ様が提案し推進する大陸連合は十分実現可能と思っております。特に百年以上紛争し合ってきた、ベルセルグ皇国との停戦と領土問題についての話し合いを行えるというのは大きい。新政権の方々は、実に話が通じるのでこちらも賠償提示や譲歩をするつもりです」
アリババがエルバ連合各国の要人、そのうち国の代表者を簡単に紹介した。
「エルバ連合は蟲一族や蛇一族という文明をこれまで知りませんでした。ホルフル蟲森は禁足地。しかし、近年は薬の開発や生活向上の為に踏み込む事もありました。何も知らぬまま、蟲一族と抗争に発展していた可能性があったと分かり慄いております。しかし、アシタカ様の仲介で大陸連合に蟲一族、蛇一族も参加されるという。元々、伝承などにより各々の領域を保ってはいましたがこれで確実に境界線を引けます。また、異種生物からかなり友好的に思われていると知れたのは朗報。エルバ連合はこの信頼に応えるべきでしょう」
アリババがアシタカの方を向いた。少し、緊張しているように見える。アシタカの足も、ずっと震えていたがアリババの緊張を感じて少し気が楽になった。
「蟲一族、蛇一族以外にもこの大陸には文明社会があると耳にしています。情報過多で、まだ理解しきれておりませんので、アシタカ様と会談を重ねていきたいと思っております」
アシタカはアリババに軽く会釈をした。
「大陸連合。元々はエルバ連合より発想を得ています。武力行使は傷を残しいつか膿み憎しみが憎しみを呼ぶので、会談にて他国との問題を解決したい。各国の問題を解決し、戦争しようとする原因を潰したい。私が貴方なら、巨大権力で各国の要人を集めて提唱するのに。妹の嫁入り先へ訪問した際に遭逢したアリババ王子に、そう言われました。私を支援し、協力してくれるというので勇気を貰った。夜が明けるまで語り合って、実に有意義で楽しかったです」
アリババへ笑顔を投げた後、アシタカはペジテ大工房の面々を軽く睨んでおいた。
「一方、我が祖国。つい昨日もですが何度も殺されかけてきた。父上は銃弾に貫かれた。我が一族は人柱として、蟲一族からこの国を二千年守ってきたというのにだ。父は密かに各国と交流を図っていた。いつか私が他国と友好的な外交をすると思ってくれていたからだ。私は議員としても国を導いてきた自負がある。国民の嘆願にて大総統となったが、過剰監視に暗殺未遂の数々。国内で暮らすのはもう、うんざり」
副大総統ハンネルが、大きなため息を吐いた。
「私を過労死させるつもりですねアシタカ様。議会はどうにかするので、好きにして下さい。蟲一族、蛇一族、ドメキア王国、ベルセルグ皇国の権力を乗せた貴方様を誰にも止められません。アシタカ様がこの国を導くだけでは足りないのはこのハンネル、十年ずっと見てきました。外交、医療支援、留学機関など、ずっと提案されていましたからね。ドメキア王国に続いて、ベルセルグ皇国にも政権交代させるとは……」
議会で槍玉に挙げられるのはハンネル。説得に応じなかったり、決定が遅いのでアシタカは議会から逃亡することにした。
「あら、ハンネル副大総統様。ドメキア王国は政権交代させられたのではありません。国民が新たな王を望み、歴史通りに血塗れの内乱にて政権交代のところをアシタカ様が取り持って下さっただけです。旧王家の処刑なく、新王家に移行など史上初。父上は、病が無ければレオン様のように命だけは……圧力強い政治家や、他国からの侵略に、荒れる国内と……。娘の私を蝕む病の原因である蟲森を憎み……父上は憔悴しておられ……」
ハンネルに向かって発言したシュナが、徐々に震え声になった。ほろりと涙を流し、両手で顔を覆い、ルイに体を預けた。ルイがシュナの肩に手を回したのが、面白くない。シュナのすすり泣きが会議室内に響く。
「保護してくれる強者に従うのは至極当然。よってベルセルグ皇国はペジテ大工房にひれ伏す。操れないのに、操れると謳って蟲の秘術をレオンに与えた謎の外部勢力に潰されそうだからだ。ペジテ大工房に進軍しないと滅するという脅迫。ペジテ大工房を激怒させて岩窟ベルセルグを破壊させる為だと推測している。尻尾が掴みきれてないが、今日の騒動で何処の国が関与しているか見当がついた」
不信感たっぷりの顔で、ティダがザリチュを見据えた。
「グ、グルド帝国だと? そ、それに先程から蟲やら蛇、大陸連合などとこれはどういう……」
説明、個人的な会談、根回ししてないのはグルド帝国だけだ。
「どういう? 事前に会談内容を通知され、資料も提供していただいてましたよね? 少なくともエルバ連合はそうでした。ペジテ戦役に無関係で客観的な立場であるので、ドメキア王国やベルセルグ皇国の方々とも事前会談しておきましたが同様でした。私は一旦、自席に戻りますので宜しければこちらへかどうぞ。初めましての方が多そうなので、自己紹介は全員の顔が見渡せる場所が宜しいかと」
アリババが澄ました顔で席に戻っていく。この四面楚歌の状況で、ザリチュがどう出るのか興味がある。タルウィの事も問い詰めたい。アシタカは不信感をたっぷりと加えた笑顔を作った。ザリチュに、目で前に出て来いと促す。
「茶番に付き合わせおったのか、この世間知らずの青二才! タルウィが暴走するのは、お前が私を除け者にしたからだからな! あの化物を怒らせやがって、どうしてくれる!」
勢いよく立ち上がって、怒声を吐いたザリチュをグルド帝国の要人が掴んだ。
「ザリチュ様、落ち着いて下さい。助力を求めるのにこのような態度……」
「助力⁈ 何を聞いていたお前ら! この御曹司はペジテ戦役とやらの原因が我が国だと決めつけて、潰しに掛かってきてるんだぞ! グルド帝国崩壊を放置するに決まっているじゃないか!」
家臣達に無理矢理座らされたザリチュが、アシタカを睨みつけた。
「騙し討ちで強制招集したのは謝ります。国境制定に不可侵条約締結など、貴国に損がない提供をするので、嘘を許して貰おうという浅はかな考えでした。崩壊とはどういうことです? 何か問題があるなら、支援します。弟帝タルウィ殿、蟲を操ろうとし、突然溶けた事について心当たりがあるなら話して下さい。このような手を使ったので、信じて欲しいと言っても……」
「そ、そ、その目に態度に性格……。顔も……。それにシュナ姫……」
ザリチュに名前を呼ばれたシュナが、目を丸めた。ザリチュは頭が痛いというように、両手で頭を抱えて俯いてしまった。
「私? 私が何か致しました? 第四軍関係でしたら……」
「あまりにもお美しく、タルウィの心を鷲掴みにしたんですよ!」
ザリチュの叫びに、シュナが首を傾げた。
「ザリチュ様は混乱していますので、大臣の一人であるマナフが話をさせていただきます」
青白い顔で、階段を降りてきた中年男性が演壇で語った内容に、アシタカは自分の常識では考えも及ばない者が存在することを思い知らされた。




