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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
八章 破滅と再生の激動大嵐

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聖と血の結婚式典【急】

【グルド帝国領土内 某所】


 天候は大雨。しかし窓のない室内なので、今はどうか分からない。日も沈んでいるだろうが関係ない。地下格納庫なので太陽など見えない。もう夜になっていて、空に浮かぶのが月だとしても同様。太陽も月も星も好みではない。他人が感激するものに、タルウィが興味を示したことなど滅多にない。例外は女と酒。他はどうか? 思いつかない。

 タルウィは飲み干して空になった酒瓶を、放り投げた。飛行機械兵(ギフテッド)にぶつかり、酒瓶が割れる。材料が合成金属なので血が出ないから、つまらない。


「ふふふ、あははははは! ク、ラテール! お前はやはり天才。改造蟲笛は絶大な効果を発した。問題は俺達の娘。可愛い蟲姫ちゃんは完全支配出来なかった。しかーし、実力は最高。頂点! 傑作! あんな数の蟲を集めて、一時的にでも操れるなんて感動だった」


 いかに素晴らしい兵器を生み出したのかを教えてやっているのに、真っ青な顔で立ち尽くすクラテール。タルウィはクラテールの背中に腕を回した。少し体重をかけたので、クラテールの義足が軋む。


「取っ捕まえて教育したいが、覇王の妹だと。お前が蟲森にゴミのように捨てたっていうのに、覇王の妹だとよ! つまり、どういうことだ? サッパリ分からねえ。まあ、俺に似て大嘘つきに育ったということだ」


 クラテールから返事がない。今にも倒れそうなくらい、青白い。タルウィはクラテールの背中を押して、クラテールの義足を足払いした。よろめいたクラテールが、そのままペタンと座り込む。


 タルウィは眼前の飛行機械兵(ギフテッド)木偶人形(パストュム)を見渡した。鉛色の兵士に泥人形様の兵士。もう少しマシなデザインが良かったが、過去の遺産から掘り起こしたので仕方ない。古代人にはセンスのセの字もないのだろう。長年、数を増やして、そのうち大陸全土を掌握と思っていたが、別の目的を見つけた。共和国などという、極悪思考の政治を破壊する。さぞ、愉快だろう。この戦力数なら、十分。


「それにしても、シュナちゃんは近くで見ても極上中の極上。整形跡はなかった。蛇神の奇跡とは胡散臭いが、まあシュナちゃんが生まれたままとは朗報。二号機以降が量産出来る。ありゃあ……」


 言いかけて、タルウィは口を閉じた。シュナはあんな胸糞悪い男と寝ているのか、と苛々が込み上げてきた。


 アシタカ・サングリアル。若く、爽やかで、優しそうな青年。まさに「御曹司」の呼称に相応しい雰囲気。それだけでも最低最悪なのに、顔が割と整っている。更にはペジテ大工房、蟲、蛇神とかいう嘘臭い生物に崇められているという。まあ、演じていそうなキナ臭さを感じた。

 タルウィを観察、警戒しているような冷めた視線や蔑みの光。底が見えなそうな大狼兵士と手を組んでいるという事実。なので、単なる坊ちゃんではないのだろう。しかし、中身がタルウィと真逆なのは間違いない。だから、これ程までに嫌悪感が強い。


 あれこれ思い出して考えていたら、アシタカの隣に並ぶ、シュナの心底幸せだというような甘ったるい笑顔が脳裏によぎった。本物か、偽りか。恐らく前者だろう。極上女を手に入れて、大陸全土を手中にしようなどとは、アシタカ・サングリアルは何という強欲。それなのに、ペジテ大工房に逗留中の二日間、これでもかという程聞かされた、見せられた善人ぶり。手を組むどころか、こんな男は一番の敵。害悪。


「聖なる血脈の御曹司って奴が、大陸和平を推進して共和国化だとよ。残念だったなクラテール。ペジテ大工房に生まれていたら、家族仲良く幸せに暮らせていたぜ。アシタカって男は聖人君子らしい。吐き気がする程、いけ好かない男だった」


 新しい酒瓶を木偶人形(パストュム)から受け取る。クラテールは俯いて、さめざめと泣いているだけ。返事くらいしろと、酒瓶を頭に叩きつけそうになった。しかし、これだけ優秀な研究員は他にいないので必死に我慢した。


 今から、何をするかに思考を切り替える。各地に爆弾を落とす。混沌に陥る大陸。沈んでいく泥舟。アシタカ・サングリアルという男の何もかもを邪魔する。最後はシュナを奪い、目の前で犯すとか絶望させて、ぶっ殺す。想像しただけで、楽しい。


 餌があれば働きそうなハイエナ男は、どう誘うべきなのか。ティダ・ベルセルグ。完全にアシタカの太鼓持ちのように見えた。自らを神の遣いとは笑わせる。と、言いたいどころだが、あれはやはり人間ではなさそう。そういう勘がする。ベルセルグ皇国も蟲を操る術を有していたり、不敗という化物兵士がいたりと得体が知らない国。タルウィのように研究施設などがあるのだろう。ティダという男は普通の人間には全く思えなかった。

 結局、接触は初対面の時だけだったので利用出来るのか判断がつかない。駒としても、実験台としても便利そうだが、見極め時間が足りなかった。顔だけは心底気に食わないので、使うにしても滅茶苦茶にしてから利用したい。


 アシタカを腑抜け、心の中では手下として扱っているらしいティダ・ベルセルグ。いつ接触するか、本音が何処にあるのかは後回し。まずは盛大な花火を打ち上げる。


「俺は覇王を目指すのを止めて、死に物狂いで自称聖人と遊ぶことにした。死なない程度に腹わたを引き摺り出して、目の前でシュナちゃんと遊んでやろうとも決意した。まず俺はグルド帝国を火の海にして観光する。獄炎の大海は見物だぞ!」


 タルウィはクラテールの体を木偶人形(パストュム)に投げつけた。全く無抵抗のクラテール。妻と娘、たった二人の命のために大陸中に戦争を起こす手伝いをするとは、愚か。灰色の床に座り込み、俯いているクラテールの目から涙がポタリと落下した。男の涙など、何の琴線にも触れない。


「第一軍は第一帝国の首都を総攻撃。俺が先頭。第二軍はベルセルグ皇国。狂った(メニア)達と、帝国兵でも使う。少数部隊で崖の国を偵察。俺の蟲姫ちゃんを取り返す材料探しだ。クラテール、お前は二匹目の蟲姫とドメキア王国。しっかり、実験データを取ってこいよ! あっははははは!」


 司令役の木偶人形(パストュム)飛行機械兵(ギフテッド)命令を与えようとしたが、止めた。先にクラテールをもっと懐柔しないとならない。ここに呼びつけた理由を忘れていた。


 タルウィは指で音を鳴らした。パチン。左側の壁に取り付けてある画面(モニター)の電源がつく。実際は木偶人形(パストュム)がつけたのだが、ショーの合図のようで面白いだろう。


『あの、もう、始まってます? お父さん、お元気ですか?』


 瑞々しい女の声に、クラテールが勢いよく顔を上げた。目玉が落ちそうな程、目を見開いてタルウィを凝視してきた。画面(モニター)に映る、クラテールに良く似た若い娘。純白礼装に身を包んで、聖堂の祭壇の前に立ち満面の笑顔。中々、唆る顔立ちをしている。タルウィの口角が自然とあがった。その瞬間、クラテールがフラフラしながら立ち上がり、タルウィの方へ近寄ってきた。


「む、むす、むすめに……何……」


 虚ろな瞳に、血の気が引いている顔のクラテール。


「何を? 世は因果応報ってやつ。こ、れ、か、ら、何かしようってやつだ」


 信じられない、そうクラテールの顔に描いてある。監視つきで定期的に自宅に帰していたクラテール。今日、娘の晴れ舞台にも列席予定だった。そのぐらいの情報は仕入れてある。熱発して欠席。そう、返事をさせていた。この時のためだ。


「お前、実験台にするはずだったドメキア女を逃しただろう」


 タルウィの指摘に、クラテールがブンブンと首を横に振った。


『このような素晴らしい技術の開発に携わっていると、教えてもらいました。熱だなんて心配でしたけど、回復に向かっていると聞いて安心しています。動画というのですよね? 本当に声まで記録されるのかしら。お父さん、一緒に……っきゃああああああ!』


 クラテールの娘の、まるで子守唄のような悲鳴にうっとりした。引きつった美しい顔——シュナと比べるとドブス——が恐怖に歪むのに、体の底から一気に興奮が込み上げてきた。画面が引き絵になり、聖堂全体が見渡せるようになる。出入り口に、右手に斧、左手に血が滴る生首を持つ木偶人形(パストュム)が立っている。開け放たれた聖堂の大きな扉の向こうに、何人かの死体と鮮血か見えた。大雨に降られて、まるで血の池のよう。聖堂に赤黒い水が流れてくる。素晴らしい光景だ。


「ちが、ちがい、違います! 逃げた? いつ逃げたんですか? わ、私はずっと人形人間(プーパ)作成とその、そのドメ、ドメキア人の遺伝子検査を……。おね、お願いしま……」


 号泣しながらタルウィに縋り付いてきたクラテール。涙に鼻水が混じり、汚すぎる顔。長年役に立ってきた研究員、その筆頭でなければ速殺している。タルウィは首を横に傾けて、これでもないというくらい優しい笑顔——のつもり——をクラテールに投げた。嘘は無さそう。では、ドメキア女と逃亡した、ドメキア王国にいる青目の木偶人形(パストュム)に細工をしたのは誰だ? そもそもクラテールは基本的に従順。この反応は、予想通りといえば予想通り。大切なのは、定期的に脅迫しておくこと。それから飴。


『下がっていろマリア! 裏から逃げろ!』


 画面の向こうの聖堂内で、花婿が背中に花嫁を庇っている。割と顔立ちが良い上に好青年らしい花婿。この危機的状況で、花嫁を置いて逃げたりしないとは殊勝。クラテールの娘が花婿の腕にしがみついた。


「実に勇敢な男だなあ、ク、ラ、テール! 俺が嫌いなものは、なーんだ? う、ら、ぎ、り。恩を仇で返すとこうなる」


 クラテールが壊れた人形のように、首を横に振る。逃していない。違います。その言葉を繰り返す。木偶人形(パストュム)がドスドスと進み、花婿と花嫁に向かって斧を振り上げた。


「やめろおおおおお!」


 格納庫内にクラテールの絶叫が轟いた。画面が真っ赤に染まる。花嫁と花婿の頭上から鮮血が注がれていた。木偶人形(パストュム)の手から斧は無くなり、左手に持っていた生首を新郎新婦の頭の上で潰している。


「ああ、新鮮なジュースは美味しいだろうなあ」


 画面の向こうの光景に、つい見惚れた。純白の婚礼衣装が血に染まっていて美しい。クラテールの娘の顔、恐怖が作った美麗さといったら、達しそう。理解不能な状況に恐怖と絶望を感じているという表情に、とても唆られる。

 花婿惨殺も加えて、より顔を歪めたいが我慢。木偶人形(パストュム)が生首を潰したものを、床に放り投げた。正確には、神経伝達物質でタルウィと繋げてある木偶人形(パストュム)なので、全部タルウィの仕業。クラテールはそのぐらい分かっているだろう。


「そんなに違うと言うなら、お前じゃないんだろう」


 木偶人形(パストュム)を聖堂から出してから、タルウィは画面を消した。


「血の結婚式ってな。二匹目の蟲姫を作ったから、これで済んだ。二匹目を連れて、ドメキア王国で実験データを取るように。自我が残っているような木偶人形(パストュム)を捕獲して、改造すること。ドメキア王国、それに胸糞御曹司に取り入れ。命令違反をすると、どうなるかは良く知っているな?」


 床に蹲り、嗚咽するクラテール。足を引き千切った時より酷い顔色。タルウィはしゃがんでクラテールの頭を、なるだけ優しく撫でた。


「世の中は不平等だなあ、クラテール。南西ではとても神聖な結婚式。神が現れた。なのに、同じ日にお前の娘は血塗れ。なーんにも悪いことなんてしていない女なのになあ。この俺がのさばるような世界、神なんていると思うか?」


 睨んできたら、耳でも千切ってやろうかと思ったがクラテールは大人しかった。体を丸めて泣くだけ。タルウィの性格をよく理解している。


「よく裏切らないなクラテール! ここまですると、大抵反抗する。何人も死んでいったのになあ! お、ま、え、は賢い。世の中っていうのは優勝劣敗。俺という強者に従うのが最善策。可愛い娘の命と幸福を保証してやる。俺の気が済めば、家族仲良く暮らせる」


 まあ、クラテールはその前に精神崩壊だろう。既に色々と感覚が麻痺している。割と善良なのに、タルウィに人生を破壊され、全身血で汚されたクラテールが、家族とのほほんと団欒出来る訳がない。それにしても、対男だと全然興奮しない。クラテールのような頭脳明晰な女が欲しかった。


「どうせザリチュは俺を胸糞御曹司に売る。よって、とっととズラかる。俺は今、とても気分が良いから遊んでくる。あと、他の奴らに指示を出す。二匹目の蟲姫とか、こいつらとか、支度しろ。四十分にするか。一分でも遅れたら、可愛い花嫁とパストュムの鬼ごっこだ」


 タルウィはもう一度クラテールの頭を軽く撫でた。クラテールは小さく頷いただけ。無反応でつまらないが、血染めの花嫁により起こった興奮と悦喜が、クラテールへの苛立ちより優っている。自然と鼻歌が溢れた。


「待ってろよ〜シュッナちゃん。右腕に〜、なっらないなら、半永久的に可愛がってやるからな。やりたいことが山程ある。狂った先を見てみてえ〜。娘だから蟲姫二匹と遊ばねえとな」


 クラテールが何か呟いたが、言葉として耳に入ってこない。どうせ、また死にたいとでも呟いたのだろう。娘と妻を残して死ぬ勇気が無いのは、タルウィが一番知っている。残された妻子のその後、タルウィにどう扱われるかクラテールは理解している。命に優劣つけるから、非道な実験を行える男。

 人間なんてそんな生物。簡単に他人を蹴落とせる。傷つけられる。殺せる。タルウィのように、楽しむものも多い。


 嗜虐的なのは、タルウィだけではない。タルウィの研究施設に、兵に、同類が集まっているのがその証拠。自分のような男が野放しなので、この世に神などいないとハッキリと分かる。それか、神は人になど興味が無いのだろう。もしくはタルウィの味方。人を救わない存在なのかもしれない。神が人を救うなど、誰が決めた。人間の都合の良い妄想でしかない。


 タルウィは研究員と施設にいる兵の面々を思い浮かべながら、誰を連れていくのか脳内で決定していった。それから、司令が終わって出発するまでの時間で、どの女と何をして遊ぶか考える。


「最後のデザート、シュナちゃん。待ってろよ〜」


 シュナを手中にして食らうまでは、他の全部は食前酒。死体の山。燃え盛る大陸。侵略や金などではない、目的不明な殺戮行為に苦悩し、奔走する御曹司。軽快なステップを踏めない踊りの完成。不恰好なダンス。さぞ滑稽で楽しいだろう。その挙句に、妻を奪われて目の前で凌辱される。アシタカ・サングリアルはタルウィでは想像もつかないような表情や言動を見せるだろう。何せ正反対な男。予測不能。

 初めて男で興奮する——下手すると達する——かもしれない。シュナはそういう意味でも極上。御曹司の野望をぶっ壊し、シュナを手中にするというのには、己の命を賭けるのに、相応しい価値がある。そう判断したから、覇権を握るよりも混沌への道を選んだ。


「生きてるっていうのは、こういうことだな。あははははははは!」


 薄明かりの廊下に、笑い声が木霊した。

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