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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
八章 破滅と再生の激動大嵐

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聖と血の結婚式典【破】2 Rebirth


【ペジテ大工房 サングリアル大聖堂】


 轟々と燃え盛るサングリアル大聖堂。アシタカとシュナの結婚式典が執り行われる予定だった場所。セリムは茫然とドームに映し出された、古代の映像を眺めた。ペジテ大工房の屋根にこのような機能があったなんて知らなかった。そして、あまりにも酷かった。


 (はりつけ)にされ炎に焼かれるテルムであろう、アシタカに良く似た男。一瞬映った、悪魔の炎が外界を蹂躙(じゅうりん)する映像と死屍累々や炭、紫色の霧に包まれた世界。


「ドームの屋根は蟲の瞳の殻が材料だとよ。それで記憶が映せるのか。レークスの野郎、こんな切り札を持っていたのか……」


 セリムにティダが囁いた。それからサングリアル大聖堂を見上げる。


 燃え上がる唐紅の火柱。望遠鏡で確認したが、やはり最上階のベランダにアシタカがいる。口元をハンカチで押さえて、苦悶の表情。


 地震直前。テロリストとかいう、大技師一族——というよりアシタカ——に不満を持つ集団が議会会館を襲撃。議員を人質にとって議会会館とサングリアル大聖堂に籠城。誰より早く説得に向かったアシタカが、サングリアル大聖堂に護衛人と共に突入。そして、放火されたのか火事だという。


 しかし、妙。アシタカは地震の際に偽りの庭にいた筈。フォンの自宅から偽りの庭に帰ってきて、セリムと別れて、そんなに時間が経ってなかった。


「クソッ。思いっきり撥ね付けられている。ヴァナルガンドが追い出されたのと、同じようだ。この火の勢い、この距離じゃ何も出来ねえ。仕組まれてるなら死なねえのか? アシタカの奴、今にも死にそうだが……」


 セリムの隣でティダが呻いた。


「何でこんなことに……」


 セリムもつい、そう口にしていた。サングリアル大聖堂の周りを飛行蟲が飛び回っている。


「アシ……アシタカ様が……決して蟲に手を出すなと……」


 ティダの隣にいたブラフマー長官が震え声を出した。


「アシタカと連絡が取れるのですか⁈」


 セリムはブラフマー長官に詰め寄った。ヤン長官、エンリヒ長官、アンリと次々と長官達がブラフマー長官に詰め寄る。ハンネル副大総統や、他の要人だろう背広姿の者達も同様。ブラフマー長官が首を横に振った。


「接続が切れて……」


「あれ程単独行動を控えるようにと嘆願していたのに……」


 ヤン長官が号泣して崩れ落ちそうになった。アンリがヤン長官を殴りつけた。


「泣く暇があれば全軍抑制だヤン長官! 私じゃ役不足! ラジープ長官とマーヴェル長官を取っ捕まえて指揮を取れ! アシタカ様はこちらでどうにかする! 絶対に死なせるか!」


 激怒のアンリは身震いする程怖かった。ヤン長官が一瞬固まり、それから慌てたように走り出した。


「大聖堂を占拠したテロリストを一人で説得など、アシタカ様はまた無茶を……」


 ハンネル副大総統が震えた涙声で呟く。


 セリムはティダと顔を見合わせた。


 アシタカはシュナの為に己を変えると、危険な真似は極力控える、策を練ると励んでいた。


「どう思う? ヴァナルガンド」


「あの形相、嘘には見えない。しかし、アシタカがあの中にいるのも、色々な人がアシタカが説得に向かったというのも事実。だけど今のアシタカは危険な真似は……。レークスが何か……」


 ティダの耳打ちに、セリムは小声で答えかけて、思案した。


 アシタバ蟲森で蟲の王(レークス)に体を貸した。もしや……。


「耐熱装備はまだか!」


 アンリが近くの護衛人に、苛々したように詰め寄った。


 蟲や蛇蟲達に追い出されたセリムにティダ。真っ赤な瞳なのに、怒りで我を忘れているようには見えない蟲達。何より、セリムが巻き込まれていない。そこに、ドームに映し出された古代の映像。どう考えても不自然で、策略にしか思えない。


「もうすぐだそうですアンリ長官!」


 一番近くの護衛人の自動荷車(オートカー)——まだ名を聞いてない——から人が出てきた。崖の国に一時帰国した際に、アンリと共に飛行機を運転してくれたダンだった。


「ブラフマー長官! アンリ長官! 議会会館に突入したエファ護部官と連絡が取れました!」


 アンリがダンに近寄っていった。ブラフマー長官がアンリの隣に並ぶ。サングリアル大聖堂と向かい合わせの議会会館には、もう特殊急襲部隊という護衛人と、実働特殊部三十班が突入したという。


「何⁉︎ 全員蛇に捕まっていた⁉︎ 全員その蛇に手を出すな!」


 振り返ったアンリがティダを見たが、ティダは肩を竦めて首を横に振った。蛇とは大蛇蟲(アングイス)小蛇蟲(セルペンス)だろう。


「やはり陰謀めいているな。死にはしないか。しかし、まあ……本人も知らぬようだし、肝が冷えるな……」


 ティダがアンリからアシタカへと視線を移した。サングリアル大聖堂の最上階のベランダは、この辺りで一番高いが、ティダには良く見えるらしい。やはり、かなり視力が良い。セリムも望遠鏡でまたアシタカの様子を確認しようとした。


 突然、悪魔の遣い、基地外、などという罵倒が木霊した。ドームの映像に音声がついている。こんなことまで出来るのか。罵声の中に聞こえる、穏やかな優しい声にセリムは胸が苦しくなった。


〈——に許せ〉


〈命の尊さを愛せ〉


〈人も愛でろ〉


 ドームに映っていた男が全身、炎に包まれた。高笑いが響き渡る。炎が消え、炭になった死体が正十字から下ろされた。全身黒い法衣の者が群衆から飛び出し、白っぽい布を遺体に掛けた。次々と人が駆け寄っていく。次の瞬間、土柱が上がった。


 次々と地面が割れ、空から煌めきが落ちてくる。割れたドームの破片だ。土や空から蟲の大群。激怒を示す真紅の瞳。


〈争うな!〉


〈血を流すな!〉


〈必ずやこのテルムが誓いを果たす!〉


 全身煤だらけの、先程まで遺体だった男がよろよろと立ち上がった。


 爛々と輝く深紅の瞳。


 男が繰り返し叫ぶ。争うな、血を流すな。無意味な殺生をするな。叫び続ける。


〈テルム・サングリアルが告げる! 誓いを守る限り仲立ちし続ける! 両者手を出すな!〉


 号泣しながら、テルムが、いや古代アシタカが地に膝をついた。祈るような姿勢。絶叫が悲痛な呟きに変わっていく。


 全身真っ黒で目は真っ赤。父親に似ているかなんて分からない。これが、蘇った振りをして父親の意志を継いだ古代アシタカ。セリムはこのような状況だったなんて知らなかった。苦悶の様子からして断腸の思いなのがヒシヒシと伝わってくる。それでも彼は許しを選んだ。この後、外界の者達の為にペジテ大工房を背負った。復讐ではない道を模索した。


 次々と蟲がペジテ大工房から去っていった。古代アシタカの姿が遠くなっていく。二千年前のペジテ大工房は、一重の要塞だったらしい。ノアグレス平野は紫色に染まっている。鉛色の壁が見えた。ペジテ大工房から離れた蟲が、そこに向かっていく。


 暗くなったと思ったら、別の映像に変わった。


「これ、記者会見じゃないか?」


 映し出されたのは第一都市の大演説場と群衆。


「こんな上の方からの視点。レークスだな」


 無音の映像。大演説場の中央で、アシタカの左肩から鮮血が吹き出した。この日、アシタカが何を叫んだか、セリムはありありと思い出せる。


——争わないようにと考えるのが何が悪い! 血が流れないようにと願う事が悪い筈がない!


『頼む! 僕が裁かれよう! 彼等を追い詰めたのは僕だ! 彼等から離れろ! 市民を守ろうとするのも止めろ! この国には国防担う者がきちんといる! 誤解される!』


 人の視線が一斉にアシタカがいる、サングリアル大聖堂へ移動した。セリムもつられた。


 四方八方から、アシタカの声がして、木霊する。ドームに映るのは記者会見の様。サングリアル大聖堂で何が起こっているのか分からない。


『ゲホッゲホッ……。貴様等! そんなところにいると死ぬぞ! ゴチャゴチャ言ってないで出てこい! 彼等もだ! このままじゃ死ぬ!』


 旋回する蟲の数が増えている。アシタカがいる周囲をグルグルと飛行している。


「そういうことか……」


 ティダが安堵というように、大きく息を吐いた。


「そういうこと?」


 セリムが首を傾げると、ティダがセリムの耳元に顔を近づけた。


「見りゃあ分かるだろう。聖人再来って奴だ。ドメキア王国の時より、ド派手になるぞ。しかしまあ、アシタカの野郎はとことん清々しいな。ありゃあ、踊らされてるのにも気がついてない」


 ドームの映像が記者会見から、煙の中にいるアシタカへと変わった。部屋だ。かなり広く、美しい装飾品で飾られた部屋。煙が増えてきた部屋の中に、護衛人と縄で縛られた武装した者達がいる。


『従わないなら貴様等全員外に出ろ! 外の方がまだ煙を吸わない! 僕が見張るから、外で救助を待ってろ! アングイスとセルペンスも向こうだ! 危ないから早く蟲達に脱出させてもらえ! 彼等は君達と同じ護衛だから連れて行ってくれ!』


 有無を言わせないというように、アシタカが護衛人達をベランダに追い出していく。


「何をやっている貴様等! 素直に従う奴があるか!」


「落ち着いて下さいアンリ長官! ここで叫んでも聞こえません!」


 青筋立てて、炎に飛び込みそうな勢いのアンリを取り押さえようとした部下達が突き飛ばされる。


「耐熱装備は⁈」


「もう間も無くと……」


 アンリが部下から連絡機を引ったくった。


「正確な位置情報を伝えろ! 間も無くなど抽象的な表現をするな!」


 アンリの怒声が轟く。セリムの隣からティダがアンリを困ったというように見つめた。


「気づかないとは動転しているなアンリ。まあ、放っておくか」


「いいのか?」


「あの格好のまま突撃しようとしたら止めるがな」


 ティダがまた視線をドームへ移した。記者会見の映像は終わり、燃えるサングリアル大聖堂に変わった。アシタカの姿は相変わらず見えない。


『君達が真実を受け入れられず、このような手段に出たのは僕の提示方法が間違ったからだ。いや、これまでの僕の行いに対する批判が届かなかったからか。すまない』


 蟲がサングリアル大聖堂のベランダに近づき、離れる。


「背に護衛人が乗っている、というかアングイスとセルペンスに縛られているな。バジリスコスの野郎、俺を使いっ走りにするとは……まあ従者だから仕方ねえな」


 ティダがセリムの肩を叩き、そっと離れた。あちこちと連絡を取っているアンリは気がついていない。セリムはティダを追わなかった。


『器物損壊と組織犯罪法違反。侮辱罪は、まあ誰も見てないから適応外だ。こんなことをしても糾弾されるだけ。然るべき手順を踏んで抗議しろ。嫌ならこの国から出て行く。手段があるのに選ばなかった事を悔い、反省しなさい。時間はたっぷりある。僕がここに居れば助けが来るだろう。君達も共にではないと嫌だとゴネておく。誰も来なくて燃え死ぬのは困るな……。まあ、何も出来ないから信じて待つか』


 リイイイン。


 急に鈴のような音が聴こえてきた。


 鈴じゃない。声だ。


 ドームにシュナが現れた。黄金稲穂髪の美女。シュナではない。少し顔立ちが違い、胸もシュナより小ぶり。何より、豊かな巻き髪だ。深紅の瞳をして、両手を握りしめて、祈るように天を見上げている。アモレ? 夢で見たアモレとは少し違う。


〈争うな!〉


〈血を流すな!〉


〈必ずやこのテルムが誓いを果たす!〉


 全身煤だらけの、先程まで遺体だった男が映し出された。またこの映像。上空から見ているようで、まるで蟲の視界。グルリと移動した視界が、鉛色の壁に変わった。蟲だ。蟲の壁。その中でアモレらしき女性と、大勢の民衆が大地に膝をついて祈りを捧げている。彼女の背後には暴れるティダに良く似た男。


〈エリニースお兄様、許しましょう。お父様やお母様の死を尊きものにしなければなりません〉


〈ああシュナ。このような非道で邪悪な者達と同じ穴の(むじな)にはならねえ! しかし、アシタカ一人にと背負わせるか!〉


〈エリニースお兄様には民がいます! シュナがこのまま皆と盾になります。皆と北へ逃げてください。深い雪に閉ざされた氷の大地。しかし、ここよりは生きていけるはずです〉


 シュナ。彼女が三つ子の末っ子か。決意秘めたる、力強い眼差し。澄んだ青空を閉じ込めたような瞳に、涙目のエリニースが写っている。


 バジリスコス程ある大蛇蟲(アングイス)が地から現れた。エリニースに行こうというように、頭部を揺らす。周りに更に大狼、小蛇蟲(セルペンス)大蠍蟲(アラクラン)、武装した人間などが集まる。


 エリニースが闘争心露わにした、燃え上がるような瞳で蟲の壁を見つめた。


〈一匹でも残れば続く? 意志を共有し記憶も繋ぐお前達にはその痛みや苦悶さえ残り続ける。盾になるなど……。ああ、分かった。お前等の子は子々孫々、俺が守ろう! 決して絶やさん!〉


 目を見開いたエリニースの、黒真珠(ブラックパール)のような瞳から、涙が風で飛び散った。


〈お兄様、シュナはお母様と同じ道を生きます。死して尚、永遠に生きるのです。止められるのはきっと(わたくし)だけです〉


 その古代シュナの背後から小さな大蜂蟲(アピス)が抱きついた。エリニースと向き合った古代シュナは、正面から見るとまるで天使のよう。背中の大蜂蟲(アピス)の羽と、美貌でそう見える。


永劫(えいごう)守ろう! お前が守るもの、残すもの、愛するこの世の美しいものを死して尚守る! すまないシュナ……〉


 エリニースが大蛇蟲(アングイス)に飛び乗った。


〈どんな命も尊い! 一人、一匹でも多く残り命の灯火(ともしび)を残せ! 俺の背から離れるな!〉


 去っていくエリニースや多種族の群。大蜂蟲(アピス)をはじめとした蟲の壁と古代シュナが残された。


〈大丈夫。最後まで共にいます。抗い難い憎悪や復讐心は(わたくし)が引き受けます。エリニースお兄様が皆の明日を切り開く。アシタカお兄様は悪魔の国さえ許して導こうとしている。シュナも敬愛する家族と同じように、未来への架け橋になります〉


 響き渡る蟲の断末魔に、古代シュナが泣きながら身を強張らせていく。目は閉じず、真っ直ぐに眼前の蟲の壁を見つめ続けている。大粒の涙が溢れ、風に散らされていく。


〈ええ。ええ。(わたくし)達は一度だって侵略なんてしなかった。懸命に生きようとしていただけです……。その尊さと誇りを途絶えさせてはなりません。それを憎しみで穢してはいけません。子供達にそのような姿を見せてはなりません〉


 バラバラと崩れてくる、蟲の死骸。古代シュナの周りにまだ生きている蟲達が集まっていく。


〈もっと遠くへ、遠くへ逃げて……〉


 古代シュナが目をつむり、両膝を地につけた。


〈アシタカお兄様が蛮行を止めてくれます。散っていった皆やお父様やお母様の命を無駄にはしません……。(わたくし)達が参加したら永遠に憎しみは終わらない……。きっと、いつか正しかったと証明されます。エリニースお兄様が絶対に皆に寄り添い続けます……〉


 徐々にドームが透明に戻っていった。都市が夜のように暗くなった。空いた穴からサングリアル大聖堂だけが照らされた。


 そこに黄金(たてがみ)を靡かせる蟲の王(レークス)が現れた。


〈我が民は怒りで自制が効かなくなる。民の抑制が遅くなったのと、民の過剰を詫びよう協王サングリアルの後継者アシタカ。我等の協王に度重なる非礼、この国は目に余る。貴方が会談要求などするから仕方なく受けたが、またも殺されかけている。護衛強化、承知してもらうからな。久々にこの監視の目を使って疲れた。こんな生物を助けろとは理解不能〉


 サングリアル大聖堂の頂上付近に蟲が集まり、破壊した。瓦礫は落下してこなかった。蟲に壊され、解体されていくサングリアル大聖堂。先に蟲に連れ出された護衛人達が、安全そうな建造物の上に置いていかれていく。


〈協王が許そうと我等一族は許さん。死罪案件だが、当の本人が殺すなと言うので海岸にでも捨てておけ。回収するかは協王に任せるしかない。まあ、連れ戻すのだろうな。公に会談しようなどといい、妙な協王だ〉


 蟲の王(レークス)が告げた通り、飛行蟲が人を脚で掴んで、去っていった。ほかの蟲も次々と去っていく。いつの間にか目が青い。


 アシタカは?


 蟲がサングリアル大聖堂の上の方からセリム達の方へ並び始めた。まるで階段。人影が降りてくるのでアシタカだろう。


 ペジテ大工房に落ちてきた二つの巨大な影。大蛇蟲の王(バジリスコス)小蛇蟲の王(ココトリス)


〈久し振りに人里だなレークス! 永劫続く罪を忘れるとは記憶も継げない下等生物め。記録改竄までして好き放題。しかし、お前の民は過保護でやり過ぎだレークス。だがペジテ人も人柱の協王になんたる蛮行。護衛と支持者が多そうなのと、我等の姫に免じて仲立ちしたが蟲一族との誓いをすっかり忘れているな〉


 大蜂蟲の王(バジリスコス)の声ではなく、ティダだ。少し声色を変えてあるがそうだ。蟲の王(レークス)は本人。人ではなく本蟲と言うのか?


 セリムが周りを見渡すと、誰も彼もが愕然としている。アンリでさえ驚いている。


 アシタカは蟲の階段を自力で降りてきているのでは無かった。大蛇蟲(アングイス)が二匹、アシタカの脇の下に体をくぐらして引きずってきている。


〈外界一族、全ての救世主の処刑地を聖地とは片腹痛い。このような場所、我等の姫の祝典には相応しくない。郷に入っては郷に従えといくので、渋々認めたが……壊れたので使えんな! ふははははは! ずっと気に食わない建造物だったので小気味良いわ。すまない姫、協王がゴネるので助けるのが遅くなった〉


 蟲の王(レークス)とティダの声は、監視の目だというドーム経由なのだろうか? 古代ペジテ大工房は一重砦だったので、二重砦のどちらかはこういう時に利用出来るように造られたのかもしれない。アシタカとティダがこの騒動の計画について知らないということは、ヌーフが絡んでいそう。


 シュナはアンリに指示された護衛人達に避難——もとい無茶しないように監視——させられた。それが、セリムの向かって右手から現れた。小蛇蟲(セルペンス)に囲まれて、アシタカの方へと走っていく。


「アシタカ様!」


 真紅のドレスと美しい金髪が風に揺れる。地上まで連れてこられたアシタカから、大蛇蟲(アングイス)が離れた。アシタカがよろめきながら立つ。アシタカがシュナに向かって大きく腕を広げた。


「アシタカ様! シュナに相談もなく何故また勝手な真似を! 今度という今度は許しません! 護衛人の皆様も大激怒してます!」


 アシタカの腕に飛び込むと思ったシュナは、走りながら腕をアシタカに向かって伸ばした。小蛇蟲(セルペンス)が次々とアシタカに飛びかかった。


「え? おい。違うシュナ。っ痛い。つつくなセルペンス! 止めろ。痛いって。心配させたのは悪かった」


 わりと大きめの小蛇蟲(セルペンス)が十数匹。押し倒したアシタカを囲んで、(くちばし)のような頭部で胸やら足をつついている。


「悪かった? 全然そんな顔をしてません! アシタカ様が殺されると、この国を巻き込むので自粛すると言っていたばかりなのにどういうことですか! セルペンス様! アシタカ様を取り囲んでおいて下さい!」


 両腕を腰に当てて、アシタカを睨みつけるシュナ。


〈今日は帰る。明日の会談にて協王の護衛を再度編成しようではないか。祝典は聖地であるノアグレスにて実施。サングリアル大聖堂が壊れたのだから仕方ない。我等の姫に相応しい舞台を用意する。それ以外は従おう。エリニース、従者として手配するように〉


〈バジリスコス、ココトリス、明日話そう。ペジテ大工房の民よ、我等蟲一族は誓い通り常に監視している。理由もなく許される罪などない。不可侵をはじめ、誓いを守り続けろ。先代ヌーフ急逝で引き継ぎ不足と、忘れているようなので明日二千年振りに協王と会談を執り行う。予定通り、祝典の後だ〉


 三者が去っていった。小蛇蟲の王(ココトリス)が喋らなかったのは、代役が不在だったから? それならセリムを呼んでくれれば良いのに。


 セリムは小蛇蟲(セルペンス)からアシタカを助けようと駆け出した。


「セリム様! アシタカ様をお叱り下さい! 義弟で友人なら少しは話を聞いてくれるはずです!」


 泣きながら、シュナがこちらに向かって駆け寄ってきた。途中でシュナがつんのめったので、慌てて支えようと速度を上げる。どうにか間に合って、セリムはシュナを上手く支えられた。軽くシュナを抱いた瞬間、シュナがきつくセリムに抱きついてきた。見上げたシュナの泣き顔の寄る辺なさと、美しさに全身がカッと熱くなる。


 シュナが妖しげに微笑んだので、セリムの背筋に冷たい汗が流れた。


「まさか……シュナさん……」


「さあ? 誰の案で誰が乗ったのでしょう? 吉人天相と申します。これでアシタカ様の監視と護衛は強化。古代の歴史も掘り起こした。不穏因子も大人しくなるでしょう。そして、会談への布石。あと、ティダはしばらくアシタカ様の下。また横に来そうなら蹴落としますよ。シュナを追い出すからです」


 シュナがそっとセリムに抱きついた、震えている。これも演技? アシタカはとんでもない妻を手に入れた。


 アシタカとセリムが気心知れていると見せつけろということか? エルバ連合の為にはどうしておくのが正解か?


 セリムはシュナを抱き上げて歩き出した。


 殺されかけても、すぐに許しを選ぶ男が大陸を火の海にはしない。エルバ連合にアシタカを信じるように伝え続けることこそ、セリムの役目だ。お前はどこの国の何者だと、兄ユパにコンコンと説教されたが仕方がない。アシタカをエルバ連合の誰より、父よりも尊敬してしまった。


 記者会見で撃たれても、平和を訴えたあの瞬間から、アシタカはセリムの目標だ。


——憎しみで殺すより許して刺されろ


 それだけでは駄目で、アシタカはその先へいく。許しても損しかないと言わせないような道を切り開いていく。セリムもそのような男になりたい。父ジークと横並びではなく、前に出たい。追い越したい。


「秘密です。これが本当で、アシタカ様が燃やされたら、次はシュナと言いたいですが多分、ティダです。で、アンリ。その次はセリム様。押し退けられてやっとシュナ。そんな見送るばかりの人生は最悪。回避するなら何でもしますよ。歴史的建造物くらい、壊します。あと、あんな場所で式など嫌だ嫌だとゴネられました」


 ん? とセリムは首を捻りそうになった。シュナは蛇一族とも蟲一族とも話せない。蟲の王(レークス)とでさえ、語れない筈。先程のドーム経由の声は聞こえていただろうが、何か応用があるのか?


「シュナ様!」


 背中にアンリの悲痛そうな声がぶつかった。セリムはシュナを下ろした。アシタカがずっと鬼のような形相でセリムを睨んできていて、怖い。小蛇蟲(セルペンス)はもうアシタカをつついていなかった。護衛人達がアシタカを取り囲んでいる。ブラフマー長官とハンネル副大総統、それに要人らしき背広姿の男達。老人も多い。アシタカが叱責され始めた。


「アンリは良いのですか?」


「ええ。はあ、緊張した……。急な暴動にこんなのを乗せるなんて……。それによくそんな涼しい顔をしていられるわね……」


 アンリの台詞に、セリムは目を丸めた。シュナと蟲の王(レークス)達を仲介したのはアンリか。


(わたくし)、策士です。いつでも色々考えていますよ。地下にいるお義父様(とうさま)とも仲良しです。あれこれ相談しています」


 シュナが可憐に笑った。やはりヌーフか。アシタカはまだまだ父親の掌で転がされているらしい。そこにシュナが増え、王達も増えた。


 アシタカの前に移動すると、シュナはわんわんと子供のように泣いた。次第にすすり泣きになり、アシタカの腕の中におさまった。


 意識を失い、一日入院となったアシタカは、中々目を覚まさなかった。


 政府関係各所は事後処理、会見に追われ、各国の要人もそれをテレビを通して見届けた。



***



 この日、ペジテ大工房の国民は震え上がった。ノアグレス平野に広がった蟲と蛇の大群。


 中継されたのは、ノアグレス平野に形成された正円十字(ペジテクロス)。蟲が作り上げたその形は、テルム一族の象徴。


 蟲達は真っ赤な瞳でペジテ大工房を見据えていた。


 ドームに映し出されたものが何なのか、分かるものは少なかった。しかし、正円十字(ペジテクロス)を背負って炭になっても死の淵から蘇った男を見て、思い至る。


 ペジテ大工房の信仰の象徴、テルム。


 しかし、彼は「アシタカ」と呼ばれた。


 そして——……。


 サングリアル大聖堂から蟲に救出されたアシタカ・サングリアル。角度によるが、民は見た。


 蟲の階段を降りてくるアシタカの背後、壊されたサングリアル大聖堂の後ろに、大きな虹。


 奇しくも破壊されたサングリアル大聖堂は十字のような形に変化していた。


 ノアグレス平野の蟲達の瞳が、若草色に変わり、彼等は去っていった。


 言うまでもなく、アシタカの聖人じみた姿はその日の号外新聞と一面記事を飾り、配布された。各国首脳会談において公開される予定だった、蟲一族と蛇一族についても公表されて、大技師庁と護衛庁から国民に向けて資料が配られた。


 テレビではアシタカ・サングリアルのこれまでの軌跡の特集が続いた。


 アシタカが入院した病院前には、多くの国民が集まり、祈りを捧げた。


 目を覚ましたアシタカの第一発言は 「この世の何もかも、全ての命が愛おしい。この血に継がれてきた神聖さを、必ずや鮮やかな未来への礎とする。皆、どうか力添えを頼む。多くの助けが必要だ」であった。


 穏やかな微笑みの写真と共に載せられたその言葉に、大勢の者が感銘を受けた。


 しかし——……


 実際は「明日、正式に妻を娶る。友も多くこの国も好きだ。長生きしたい。こんな血脈恐ろしい。なんていうものを背負わされた。助けてくれ」だった。


 歴史や伝承には多くの嘘が隠されている。

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