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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
八章 破滅と再生の激動大嵐

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至宝と三つ子の兄妹喧嘩

【偽りの庭 アシタカの私邸】


 非常に美味しいクッキーを、こっそりアンリが持っていってしまったので、ラステルとシュナ、アルセはアシタカ私邸に置いてあった「チョコレート」というお菓子をつまんでいた。


 シュナの愚痴には、月狼(スコール)小蛇蟲(セルペンス)大蛇蟲(アングイス)も付き合ってくれた。それからアシタカの三つ子の妹。アフロディテとアルセが居心地悪くないか確認に来た彼女達の母レレンと三つ子。レレンはラステルとシュナの姿を見ると、三つ子を残して去っていった。敵国の捕虜扱いでもおかしくないのに、次から次へと親切にされて、とアルセがとても驚いていた。


 そんなことがあり、シュナの愚痴も終わり、話題はそれぞれの国のお菓子についてだった。楽しく喋っていた時、突然玄関扉が開いた。


「シュナ!」


 飛び込んできたのは、顔色真っ青なアシタカ。真っ先に立ったのは三つ子の長女ララだった。


「まあ、お兄様! 淑女しかいない家にノックもなしに入ってくるなんて、いつからそんな礼儀知らずになってしまわれたのですか?」


 次に立ったのは三つ子の次女リリ。


「公私共に両立させると言いながら、休暇に働き、奥様まで一人で働かせる甲斐性無し。大技師代理の大奥様に頼んで庭に監禁させますわよ。シュナ様をさっそく蔑ろにしている件、メリル様に報告しますからね」


 最後に立ち上がったのは末っ子のルル。


「リザリオ菓子店のクッキーを入手してきたら、考えますわ」


 三つ子は全員腰に手を当てて、アシタカを睨み、その後三人揃って目を合わせて「ねーっ」とクスクス笑いだした。


「あー、そのクッキーならもう手元にある。今すぐ部屋から取ってこよう」


 ラステルも三つ子を真似して立った。今後はアシタカの妹として生きるラステル。妹達を見習うべきだろう。同じようにアシタカに向かって、仁王立ちした。


「そのクッキーなら、アンリが持っていきましたアシタカお兄様。今度は休日に三時間並んで買ってきて下さい」


 ラステルは腰に手を当てるのを止めて、チラリとシュナを見た。それからまたアシタカに目線を戻す。


「奥様と一緒になら、きっと楽しいでしょう」


 アシタカが思いっきり顔をしかめた。


「僕が()()開店前から並んでおくから問題ない。シュナは寝ないとダメだ」


 思わぬ発言にラステルは面食らった。


「アシタカ様、アンリは大技師庁に入手して貰ったのだろうと申していましたが……」


 シュナが心配そうにアシタカを見上げた。アシタカは治ったと思ったのに、また目の下に隈が出来ている。仕事に加えて、シュナの心配や世話も増えたから、らしい。あらためてよく見ると、やはり疲労が溜まっているように見える。シュナの心配と愚痴は当然のように思えた。


「大技師庁は暇じゃない。私的な事に使用するなんて以ての外。鍛錬と書類作成のついでだ。片手で持てるノートパソコンを入手したのだが、とても役に立つ。三つのことが同時に出来て実に効率的だ。きちんと、シュナの起床にも間に合ったし、有意義な時間配分だ」


 満足そうに、嬉しそうに笑ったアシタカ。シュナが目を丸めて、その後しかめっ面になった。


「鍛錬は医師からしばらく禁止されていますよね? 来賓への手土産に指定して、ついでに多く購入。それで済む話です。書類作成は他の者に託す。それが効率化というものです」


 明らかに怒っている様子のシュナに対し、アシタカはハッとしたように目を丸めた。


「思いつかなかったがその通りだ。そうすると、紅茶を買いに行ける。ハンネル夫人おすすめの店が第二ドームにあるんだ。一度頂いたがとても良い品だ。君に飲んで欲しい。あそこなら一時間も待たないだろう。シュナ、君の意見には目が覚め……」


「「「お兄様!」」」


 三つ子の絶叫が部屋中に轟く。ラステルはズイッと前に出た。


「アシタカお兄様! そこに座りなさい!」


 床を指差してから、またやらかしたと指を全部伸ばして揃えた。習慣というのは中々改善が難しい。アシタカが不思議そうに腰を下ろした。ドメキア王国で知ったが、アシタカはセリム同等の変人。人の話を聞いているようで、聞いていない。あと、シュナに夢中。


「アシタカお兄様、その目の下の隈の理由を説明して、改善策を考えてください。そんな様子で結婚式典だなんて許しませんよ。働き過ぎ、休まな過ぎ、そうあちこちから文句を言われています! 鍛錬禁止の話はわざと無視しました?」


 ラステルの発言に、アシタカが頬を引きつらせた。シュナの悩みの種の一つは、方々からアシタカへの苦言が届いていること。アシタカに伝える暇もなく、シュナは困り果てている。言うか迷ったが、シュナは言うなというように首を横に振ったが、ラステルは話した。


 ラステルが「アシタカお兄様が働き過ぎで、休まないからシュナにも文句がいく」と口にしたら、アシタカが苛々し出した。


「僕に告げず、シュナを介するのは言い易いからか。リストアップして注意しないとならない。息がつまるだの、休みにくいだの、昔からそうだが、何度言えば分かるんだ。人にはそれぞれの力量、体力の限界がある。自己管理をしろ。休みたければ休め」


 ラステルの爆弾苔は不発らしい。三つ子がアシタカを取り囲み、次々と文句を言った。そういうことだけではなく、沢山の人が心配をしている。鏡を見なさい。大事な結婚式に疲労困憊の姿だなんて、大恥。延期にする、庭に閉じ込めると口々に告げる。実際、そういう話が出ているとララが言うと、アシタカが青白くなった。


 ラステルは心中でもっと言え、と応援した。


「僕は自己管理をしている。睡眠不足は……。あー……延期? そんなことになると……益々……」


 言いにくそうにアシタカが口を閉ざした。一瞬、シュナを見たアシタカ。すっかり生え揃って、綺麗な眉になったシュナの眉毛が悲しそうに下がった。


「頼りにしてますが、過保護にしていただかなくて結構です。結婚式典はアシタカ様が休まれて、元気になられてから。そういう話にしましょう。大陸連合の件と同時並行ということに、そもそも無理があったのです。結婚式典という餌はもう役目を果たしたので、延期でも大丈夫です」


「過保護? 全く足りていなくて申し訳なく思っているくらいだ。ご自愛も何も仕事は減らしている。暇があるから君のお茶菓子を買いに行った。あー……シュナ。君の晴れ舞台に酷い姿では、確かに許されない。しかし、シュナが愛くるしいので手を出さないようにと悶えてちっとも眠れない……。結婚式典が延期だと、僕は不眠で死ぬかもしれない」


 何だって⁈ ララ達がポカンと放心した。アシタカは冗談でも軽口でもなく、本気な様子。振り返ると、シュナが真っ赤になって、固まっていた。


「あー……。それならドメキア王国の時のように、このラステルがシュナと寝るわ」


 アシタカが嫌そうに顔を歪めた。


「隣にシュナがいないと、眠れない自信がある。余計に睡眠効率が下がる。可愛い寝顔も見れない」


 不機嫌そうにラステルを睨んできたアシタカ。まあ、とララ、リリ、ルルの呆れ声が揃った。シュナが更に赤くなった。


「人が隣にいると快眠の妨げになる。だから私達とも寝ないと言っていたのに、アシタカお兄様は大嘘つきですね! 」


「なら私もアシタカお兄様と寝ます!」


「妹と言えど、未婚の女性の寝顔を見るものではないというのも嘘ですね! アシタカ様お兄様のバカ! 嘘つき! 極悪非道!」


 ララ、リリ、ルルが順番に怒り、ララとルルがアシタカをボコボコ殴り始めた。リリはアシタカのネクタイを掴んで前後に揺らす。


「嘘ではない。こんなことした事はない。シュナが僕の理性を破壊するからだ。しかし、極悪非道の手前で踏みとどまっている。シュナの快眠を助けるという、理由があるからだ。お前達は単に僕と遊びたいだけだろう。たまに構ってもペチャクチャ喋ってばかり。今もだが、夜はさっさと寝なさい。成長しないぞ」


「アシタカお兄様が立派に育ったから、育ちます!」


「ペチャクチャではなく、アシタカお兄様と私達の団欒(だんらん)です!」


「リリが頼んでも、人気の菓子や他のものも絶対買ってきてくれないのに! 妹孝行をしてください! ロロラン店のチーズタルト! いつになったら買ってきてくれるのですか! 二年も経ちます!」


 三つ子の勢いに、ラステルは気圧されて参加出来ない。やいやい、文句を言い続ける三つ子達。アシタカはあからさまに面倒だという顔付き。


 寝不足はもう仕方ないのかと、ラステルはシュナの顔を覗き込んだ。あと、シュナが心配するよりもアシタカは元気そう。こんなの、絶対に倒れない。


「結婚式典の延期は無理ね」


 赤い顔のシュナが首を小さく縦に振った。


「アシタカお兄様。会話時間が少ないから、シュナがあれこれ誤解をして心配するんだわ」


 ラステルはララ達をアシタカから離した。


「そのようだから、話をしにきた。シュナ、すまない。僕は察しが悪い」


 心底申し訳無さそうなアシタカに、シュナが首を横に振って微笑む。二人できちんと解決出来そうで良かった。アシタカはシュナを大事にすると、ヒシヒシと伝わってくる。


 ララがアシタカの耳を引っ張った。


「私達の時は絶対に帰ってこないのに!」


「ルルが熱を出しても、姉上がいる。しかも、電話は二日、三日後。危篤ならどうするのですか!」


「危篤じゃないからと、心配しないなんて酷いですアシタカお兄様!」


 わーわー、バシバシ、ボコボコ。そんな擬音が聞こえてきそうな光景。


「ふふっ」


 小さな笑い声に、三つ子が止まった。


「も、申し訳ございません。笑うなど……」


 注目を浴びたアルセが、すまなそうに眉尻を下げた。


「とんだ醜態を晒しました」


「お客様の前ですのに」


「こちらこそ、騒がしくしてすみませんでした」


 三つ子が次々と頭を下げた。アシタカがホッとしたように胸を撫で下ろす。三つ子が一斉にアシタカへ体の向きを変え、睨みつけた。


「アシタカお兄様のせいです」


「お兄様のせいです」


「お客様に笑われました。お兄様のせいですよ」


 アシタカが三つ子を無視して、爽やかな笑顔をアルセに投げた。


「まだまだ未熟な妹ですみません。お客様に痴話喧嘩を見せるなど、失礼しました」


 アルセは目を丸めている。


「何度も何度も、お客様など……」


 三つ子がアルセの傍へと移動した。


「申し訳ありませんが、お兄様には奥様のシュナ様との時間が必要です」


「私達、お世話係になります」


「空き部屋を作りますので、あの美しいお妃様と共に私達の家へ移動しましょう」


 ララがアルセに手を差し出すと、アシタカが立ち上がり、三つ子の前に並んだ。


「そんなことをすると、気を遣って寛げないだろう。二人きりの方が気が楽だと、本邸も止めたのにお前達の家だなんて、よくない」


 目を細めたアシタカに、三つ子は断固拒否というように整列して、アシタカを見上げた。ラステルもルルの隣に並んだ。


「自宅を見知らぬ女性に貸すという無神経。いくら寝具を別に用意しても、あまりにも気配りがありません。お相手にも、シュナにもですアシタカお兄様」


 さあ、話せというようにラステルはシュナに目配せした。


(わたくし)は納得の上ですので、気にしないように努めてます。良いのです。それよりアフロディテ様とアルセ様です。敵国で過剰に庇護されると、申し訳ない気持ちで眠れなくなると思います。特にアフロディテ様は、そういう様子でした。決して口にはしないでしょうけど」

 

 シュナがアシタカへ困り笑いを向けた。


「過剰? 過剰とはサングレ・フィデスホテルを用意するようなことだ。君の時なんて、あんな場所だった」


 アシタカが三つ子の背後にいる、アルセを見た。アルセは固く唇を結んで俯いている。


「アルセ様は嘘が下手です。内緒にしておきますので、アフロディテ様が何と申していたか……。話さなそうですね」


 アルセが黙って頭を下げたので、シュナが小さくため息を吐いた。


「アシタカ様、カール姉上と共に護衛庁に一時幽閉か、第二砦の方が良さそうです。そこらの護衛人が万が一にでも狼藉したらと心配されたんでしょうから、カール姉上かティダの部下に任せるのが得策かと。アフロディテ様、心底思いつめていらっしゃるようでした。シュナも一杯一杯でアンリに任せてしまったので、アンリが手配してくれると思いますが……」


 アシタカが悲しそうな表情になった。血の気が引いたように青い。


「僕こそ自分のことばかりで……」


「違いますアシタカ様。きっとアシタカ様の真心は届いています。それとこれとは別なのです。眩しすぎると目が痛くなる。それだけの事です」


 アルセがゆっくりと立ち上がった。


「アフロディテ様も、私も、何から何まで用意していただき、責めもされずに守られて、大変感謝しております。未熟者で、そのようなお顔をさせてしまい申し訳ありません」


 頭を下げたアルセを三つ子が取り囲んだ。


「お顔をあげて下さい。アシタカお兄様がシュナ様に相談しないからです」


「捕虜ですから、質問責めにされたって言ってくださいね。私達、尋問係です」


「ティダ様のお話や、お国のことを教えて欲しいです。私達、この庭の外に出ることが少なく、ましてや外界なんて一度も見たことがありません。少しの写真でしか知りません」


 アルセの背中を押して、三つ子が歩き出した。


「お兄様が言う通り、この狭いドーム内だけが平和だなんて許されませんの」


「うんと知識が必要です」


「異文化や異なる価値観を受け入れる深い懐を持つ淑女になります」


 戸惑うアルセを、笑い合う三つ子が連れて行く。止めようとするアシタカの腕を、シュナがそっと掴んだ。


——信じることは難しい。それでも先に心を開きなさい。お父様の教えよ


 不安だったシュナを、救ったのは三つ子達だ。シュナは口癖のようにまた会いたいと言っていたし、義理の妹になることをとても喜んでいる。ラステルも、サンドイッチを持ってきてくれたララ、リリ、ルルの優しさは一生忘れない。


「信じることは難しい。それでも先に心を開きなさい。アルセさん、私達家族に伝わる教えです。アシタカお兄様、お客様のおもてなしをしてきます。シュナとちゃんと話をしてくださいね」


 ラステルはララ達に駆け寄った。ルルが手を繋いでくれた。


 間も無く、各国首脳会談という歴史的な日が訪れる。小さな絆が集まって、大きくなることが大切な筈だ。ラステルはそう思いながら、ルルの手を強く握りしめた。この手もきっと、アシタカの言う鮮やかな未来へ繋がっている。

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