表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
八章 破滅と再生の激動大嵐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

271/316

お妃サミット2

【偽りの庭 アシタカ私邸】


 アンリが沈黙を破ったのは、数分経ってからだった。決意したというように、顔を上げて、アンリがアフロディテを見つめた。次はアルセ。


「ソアレという方をご存知ですか?」


 全く知らない名前に、ラステルは首を傾げそうになった。てっきり、ティダをベルセルグ皇国に帰させる、帰させない、そういう話をすると思っていた。アフロディテが息を飲んだ。無表情に近いが、段々慣れてきて、驚いているというのが分かった。アルセは不思議そうな顔でアンリを見ている。アンリはアフロディテをジッと見据え出した。また沈黙。


 アフロディテがキツく唇を結んでから、口を開いた。


「テュール様の前正妃です。十年前、殺されました」


 アルセが驚愕という表情でアフロディテに顔を向けた。


「ソアレ様が殺された? 内乱の頃に病で若くして亡くなられたと……」


 アルセの言葉に対し、アフロディテが力強く首を横に振った。


「十年前に我がベルセルグ皇国で内乱が起きかけました。前皇帝が急逝し、正当継承者はレオン様。ティダ様は皇太子でしたが、出自不明でしたので、皇居内で皇帝継承に疑問の声が多かったのです。それでティダ様が我こそが龍王だと蜂起。しかし、これはティダ様を疎ましく思う者達の策略でした。首謀者達が扇動したそうです。皇太子ティダ様を絞首台へ。前皇帝は病死ではなく暗殺。犯人はティダ様。国家転覆罪と皇帝殺害の罪で死刑。そういう計画です」


 その際にソアレという人が殺された。これはそういう話なのだろう。何故アンリがティダの兄——確か義理の兄で本当は従兄弟というややこしい相手——の奥さんを気にしているのだろう? アルセが茫然としている。


「そんなことが皇居で起こっていたのですか? アフロディテ様はその頃まだ……」


「ええ、アルセ。先日テュール様から教わったのでこれは又聞きです。予想よりも民の声は大きかった。国内最大の求心力があったティダ様を皇帝にという声は、国内のあらゆるところから噴出。ティダ様が民衆の先頭に立てば皇国兵は負ける程。皇居内や皇国兵のティダ様派も想定より多かった。ティダ様を絞首台へどころか、この計画は皇帝への花道となった」


 でも、ティダは皇帝ではない。どういうことなのだろう? アフロディテが続ける様子なので、ラステルは質問しないで待った。アンリやシュナ、アルセも同様のようで誰も口を挟まない。


「前皇帝の敵はそのままティダ様の敵でしたが、ティダ様が皇帝よりも求心力を集めているなど子供でも知っていました。それに、あの頃は知られていませんでしたが、そもそもティダ様なら一人ででも皇国兵を制圧できる程の実力があります。国家転覆罪の首謀者に仕立て上げて死刑台へなど、実に浅はか」


 キッパリと言い切ったアフロディテ。シュナが小さく唸った。


「帝位継承権を放棄とは、何故かと思えばそれか。首謀者をひっ捕まえ、皇帝拒否を提示し、正統継承者のレオンを祭り上げた。血が多く流れる前に内乱を鎮めた。そんなところか。これなら犬と呼ばれていたのも、奴隷達に恨まれている様子も頷ける」


 そうなのか? シュナの推測がラステルにはどういう理屈で出てきたのか分からなかった。アンリは悲しそうな顔で、黙って聞いている。視線は落ち、机の中央あたりを見つめている。アフロディテが少し目を見開いた。しげしげとシュナを眺める。


「その通りです。私は当時まだ嫁入り前の身。突然民の蜂起があり、首都から避難するところでした。聖龍の塔に火が焚かれ、闇夜に浮かび上がった、唐紅の皇帝装束を纏ったレオン様のお姿をよく覚えております。隣に皇帝側近を示す白装束を着たティダ様がおりました」


 苦い物を食べたような表情をしたアフロディテ。その隣でアルセが両手を胸の前で握り締めた。


「私、その頃は斎女(いつきめ)仕えとして、学んでいましたので、そのような事があったとは知りませんでした。何となく皇帝即位や内乱未遂の話は禁句のようになっておりますし……」


 いつきめ? いつきめとは何だろう? アフロディテが泣き出したアルセの背中を軽く撫でた。とても質問出来るような状況ではない。アフロディテがシュナからアンリに視線を移した。察したのか、アンリもアフロディテを見据えた。


「正統なる皇帝レオン様に敬意を示せ。勝手に名を騙り、私を皇帝へという名目の元、ベルセルグ一族を抹殺しようとした兵や民は滅ぼす。岩窟龍王の血筋を絶やそうとする者とは全面戦争。しかし、ごく一部だと聞いている。皇帝レオン様に平伏せ。利用された事と父上暗殺などという不名誉を払拭する為に、ティダ・ベルセルグは本日よりレオン様の養子となり帝位継承権を放棄する。聖龍の塔と対をなす聖岩の塔がティダ様の拳で破壊されました」


 淡々と語るアフロディテ。アルセがギュッと目を瞑った。握りしめた手を口元に持っていって、身を小さくしていく。ポロポロと涙を流して、心底悲しそうにしている。


「聖龍の塔から、ティダ様の手でベルセルグ皇族暗殺を企てた者が投げ捨てられました。正確には、地面に向かって叩きつけられた、です。罪状と名を告げられた後にです。あの日より、市中ではティダ様の罵詈雑言。私も幼心に何故と思いました。あれ程国内整備をされ、お国に尽くし、皆に慕われていたのに皇帝拒否という裏切り。以後、ティダ様は側近も兵も全て放棄。ふらふら出掛ける事もなくなり皇居で過ごすようになりました。レオン様の忠実な側近。それから年功序列だと、直近のテュール様の隣。昼間は誰も近寄るなという雰囲気でまるで別人」


 アフロディテの声がどんどん小さくなっている。アルセが涙を流し始めた。両手で顔を覆い肩を震わせる。


 話がややこしくて、難しくて、ラステルは一生懸命考えた。とりあえず、ティダが国民から愛されていたというのだけは分かった。それなのに皇帝——確かベルセルグ皇国の王様——にはならないとは何故なのか。それから、ソアレという人はどこにいった?


「聖龍の塔での高らかな宣誓後、ティダ様は皇国軍の先頭に立ったそうです。内乱軍は投降、撤退。この辺りは話していただいておりませんので、詳細は存じあげません。少し調べた事がありまして、内乱軍の中心人物達は幽閉、更迭、追放など処分。但し、死刑者はおりません。年月が経ち、皇居に返り咲いた者もおります。他にも色々。ティダ様が誰の味方をしたのか、知る者は知っています。しかし何故、自らが皇帝にではないのか、それが誰にも分からないのです」


 つまり、どういうこと? ラステルはチラリとシュナを見た。シュナがまた唸った。この話を良く理解している様子。


「レオンの息子、テュールの為だろう。前皇帝暗殺の首謀もティダを蹴落とそうとしたのもどうせレオンだろう。なりたくない皇帝になって弟分も死ぬ。最悪、と言うだろうな。ティダが未然に防げなかったなら、水面下で動いていた策略だろう? それなのに、それ程早く首謀者を一網打尽というのは不思議。その辺りにテュール皇子や妃ソアレが絡んでいるのか?」


 先程もだが、口調が知り合った時に戻っているシュナ。表情も凛々しく、そして何処と無く怖い。


「なりたくもない皇帝? ソアレ様の件はその通りで……。先程もですが、まるでご存知のようで驚きです。シュナ様はこの件は知らぬのですよね?」


「ああ、何も聞いてない。アンリもみたいだな。それで、ソアレという人物はどこのタイミングで何故殺された? テュール皇子の正妃がティダとどう関係がある?」


 チラリとアンリの様子を確認したシュナが、アフロディテを促した。


「テュール様によれば、ティダ様は不在がちで内乱が起こるまで皇居内の動きも、民衆の期待も知らなかったそうです。しかし、気がついている者がいました。いいえ、いつか何か起こるとずっと懸念していた方です」


 アンリがグッと胸を張り、大きく息を吸った。


「その人がソアレさんなんですね?」


「だそうです。テュール様の正妃ですから皇居内で色々と情報を得ていたようです。ソアレ様はテュール様の母君の第一側近の娘様。幼少より親しかったそうです。彼女はティダ様の性格も良く存じていた。もしもの際の布石を用意し、ティダ様を守ろうと動かれていた。テュール様の名の下にです。ティダ様とテュール様はとても親しくしていましたから……」


 言い辛そうにした後、アフロディテが続けた。


「ティダ様が蜂起したというのは、偽者が演じたのですがこの囮役、ティダ様本人が捕らえて手にかけました。本来ならティダ様と遭遇、ましてや相対してはならないのに、運悪く見つかった。……内乱勃発時は情報が伝わりきっていませんでしたが、今では国民中が知っています。実際は運悪くではなく、囮役を殺してすり替わった者がいました」


 アンリが大きく目を見開いた。ラステルも何となくアフロディテが誰だと言っているのか分かった。


「アフロディテ様、まさかそれがソアレ様だと?」


 信じられない、というように目を大きく開いたアルセが大粒の涙を流した。


「顔を焼き、喉を潰し、反乱首謀者を殺し、囮役を殺してすり替わり、ティダ様に殺させた。皇居内やテュール様の元に内乱計画に関与した者達の証拠が用意されていました。ベルセルグ皇族に対する反乱、そう記された文なども残されていたそうです。ソアレ様、ティダ様ならどうするか想定して動かれていたようです。テュール様の正妃がこのようなこと、彼女の本心の推測や憶測は私には出来ません。死に際、ティダ様と何かしら話したかもしれませんが、テュール様は知りません」


 重たい空気が横たわる。アルセが啜り泣きをしている。ソアレとティダは元々親しかったのだろうか? でなければそんな行動しない。


「俺の人生は全てソアレに捧げる。絶対曲げん……。庇うな……。そういうこと……」


 ポツリとアンリが呟いた。それからアンリは額に手を当てて大きくため息を吐いた。


「死人に口なし。真実は永遠に分からないわね。なんであんなに拘っていて、縛られているのか良く分かりました。彼女のこと、それ以上は知りたくないです。話辛いことを教えてくれて、ありがとうございます。それで、貴女はティダの何かしら?」


 アンリが探るようにアルセを見つめた。当のアルセは泣きながら嬉しそうに笑った。


「私は妃がねでしたので、ティダ様のお后候補として一度だけお会いしました。役不足と手酷く振られました。ティダ様、一度きりならばお手をつけるのをお止め下さいと拒否した私を笑って許して下さいました。一族郎党打ち首ものですのに、懐広い方です。更には人生の先輩として、役に立つ話をして頂き、良い縁談まで手配してくれたのです。ティダ様にとっては名も覚えてない華族の娘の一人でしょう。私にとっては、尊敬する恩人様です」


 アルセがまた泣き出した。戸惑うアンリ。アルセを咎めるような目をしているアフロディテ。シュナは少し楽しそう。楽しい?


「私のような華族の娘は政略結婚をします。惚れた相手と燃え上がるような恋をして、短くも眩しく生きてみたい。そう、つい話したらティダ様はこうおっしゃいました。過酷な昼を照らす、太陽のように長く生きなさい。命は短いけれ尊い。大切にしなさい。ソアレ様の事があったからこそ、なのでしょう。アンリ様はティダ様が見つけた太陽。どうかご自愛して、ティダ様を癒して差し上げて下さい。ベルセルグ皇国の民、ティダ様がお守りしてくださった者達も同じことを祈ると思います」


 アルセが握っていた手を離し、拳を握った。気合十分という様子。いきなりどうしたのだろう?


「私はリシュリ様をお支えし、癒します。リシュリ様はテュール様とティダ様に尽くす方。リシュリ様に助力することこそ、お国の為になると信じております。アフロディテ様から学んできましたが、これよりアンリ様からも教わりとうございます。あのティダ様に認められるなど、見習うべきところがうんとありましょう。シュナ様とラステル様もどうぞ御指南宜しくお願いします。お妃連合とは、そういうことでございましょう?」


 ラステルはアルセがティダの何なのかピンときた。思わず立ち上がった。


「アルセさんは私の姉弟子よアンリ! ティダ師匠はアンリがとっても大事なのよアルセさん。アンリが素敵な上に強いからよ。ティダ師匠が誰よりも優先して、最大限善処して、真心を込める相手よ」


 アンリに手を引っ張られた。首を横に振られたので、間違えたらしいが、何を間違えたのか検討がつかない。


「燃え上がり続けて星になる程熱く、長い、永遠にも似た唯一無二の愛。でしたっけ?」


 シュナがニヤニヤしながらアンリに軽く体当たりした。アルセが羨望の目をアンリに向ける。コホンとアフロディテが咳払いしたので一同が注目した。


「私を道具にして他の男に魂捧げた女に正妃の座はやらん。テュール様はそう口にしましたが、ソアレ様はテュール様とティダ様の重たい鎖です。病死ならいつか追い抜けると思っておりましたが、そうではなかった。私は他の妃と同列になりません。絶対に。たとえ死者であろうと。必ずやテュール様の中からソアレ様を追い出し、中央に君臨します。遊ぶくらいは男の甲斐性ですが、他は許しません。アンリ様、頑ななティダ様を動かした貴女様から是非学ばせて下さい」


 表情は乏しいのに、火がついたような、激しい目をしだしたアフロディテ。アンリを燃え上がるような瞳で見つめ、ゆっくりと頭を下げた。アンリは困り果てている。


 ラステルはとりあえず立つのを止めて、腰を下ろした。


「それで、ペジテ大工房へ帯同されたのかしら? ティダが用意した招待リストには貴女のお名前はありませんでした」


 元の丁寧でゆったりとした話し方に戻ったシュナ。アフロディテが面をあげて、大きく頷いた。


「役に立てるように励んで参りました。それにティダ様はテュール様をけしかけるための駒にしようと、良く私とお戯れをしようとしておられました。侍女達と遊ぶのと、私に近寄るのは全く違う表情、雰囲気。己に相応しい態度をと、何度ご忠告、ご進言したことか。ティダ様がテュール様をまた殴り、脅迫するのをお止めするのは、このアフロディテの責務です。ティダ様の天邪鬼さと人間嫌いを直さねば。役不足でしたが、これよりアンリ様がいらっしゃいます」


「あー……。ティダがあれこれ女性達と遊んでいたのは知っているのだけど……」


 引きつったような表情のアンリに、アフロディテが首を横に振った。


「私は手つきではありません。毎度毎度、追い払うのに一苦労。屈辱的な事も何度言われたことか。顔と体だけの女なのだから等です。このアフロディテは必ずやティダ様にテュール様の正妃だと認めさせます。堂々と側妃も蹴散らす。それこそ誉れ。財も贅も霞む。祖国の地を二度と踏めなくとも、テュール様に地獄の果てまでついていきます」


 アフロディテの言葉にアンリは唖然という様子。ラステルもビックリした。シュナが噴き出した。


「あははははは! 岩窟から逃げたのはアフロディテ様やアルセ様のような方がいたからか! 男女問わず、他にもいたのでしょう! 失う恐怖に怯えて人付き合い自体を拒んでいても、あれだけ過保護な男。見抜く者は見抜く。それにしてもアンリ、貴女は本当にティダの本能にピッタリ嵌まったようね。逃亡より全身血塗れ覚悟で捕まえたいと揺り動かすとは、女冥利に尽きます。ティダに何をしたんです? アフロディテ様が興味津々です」


 クッキーを口にしながら、シュナが真剣な目でアンリに問いかけた。アフロディテも同じ。ラステルも知りたい。ティダはアンリに首ったけだが、堂々とアンリの手を引く。遊んでいたというから、女誑しだったのだろう。なのに今は余所見をしなそう。何せ誰もが目を奪われる今のシュナに見惚れたりしないし、繁殖期の臭いが皆無とソレイユが言っていた。


「な、何もしていないわよ。少し話をしただけ。嫌がっていた人付き合いを拒めない程の人物に会って、葛藤で弱ってた時だったらだと思うわ」


 アンリが大きなため息を吐いて、シュナを複雑そうな表情で見つめた。つまり、シュナのことだろう。ラステルもクッキーを食べてみた。ほろほろと口の中で溶けて、絶妙な甘さで、とてつもなく美味しかった。


「セリム様、するするティダの懐に入りましたものね」


「へひむ? ゲホッ、ゲホッ……」


 頬張ったクッキーが引っかかって、咳き込んだ。これはみっともない。全身が一気に熱くなって、自然と背中が丸々。


「食べながら話さないラステル。セリム様とアンリの眼差しが似ていたので、ちょっと背中を押してみましたの。一夜で落下するとは思いませんでしたけど。セリム様がティダに破壊と呼ばれているのは、とても納得。最初からまるで別人みたいに接していましたもの」


 そうなのか? ラステルはセリムと知り合ったティダしか知らない。ラステルは急いで口の中のクッキーを飲み込み、緑茶を飲んでから咳払いした。アフロディテを真似したのに、音が違う。


「失礼しました。ティダ師匠、シュナの夫なのにアンリにうっかりした、誓い破りで死ぬって大騒ぎしてたものね。シュナとは嘘の夫婦だったのに、誓いは誓いだって。添い寝だけでそれって、一生浮気しないわ。このクッキーはとても美味しいので、どうぞ」


 ラステルはアフロディテとアルセにクッキーの缶を差し出した。凛とした無表情でクッキーを口にしたアフロディテ。嬉しいという様子で、クッキーを手にしたアルセ。


 アンリが羨ましいと心底思う。ティダが他の女性にデレデレしたところなど、一度も見ていない。何故かアンリは益々複雑そうな顔になった。ラステルも考え直した。セリムが昔、色々な女性と交流があったら、そう考えたら物凄く不快だ。


「アンリ様、それ程愛されるなど素晴らしいですわ。まあ、このクッキーというお菓子はなんと美味でございましょう」


 屈託無く笑うアルセは愛らしかった。一方、アフロディテ。柔らかく微笑んでいる。冷徹そうな無表情からのこの笑顔。とてつもない破壊力だ。


「アンリ、アシタカ様がこう申しておりました。過去は消せない。人はその上に立っている。難儀な方を選び、選ばれたので仕方ありません。過去は兎も角、これからのことなら味方しますよ。(わたくし)、ティダより貴女が好きですもの。アフロディテ様、そういう武器もありますのね。シュナも真似しようかしら」


 シュナがアフロディテに笑いかけた。当の本人、アフロディテが怪訝そうに首を傾ける。アンリは考えるように俯いている。


「まあ、一旦話を戻します。お妃連合ですが、活動内容は慈善事業です。奉仕活動。一先ずは国境を越えた医療支援の後援をします。夫の名声を高めるのです。素晴らしい妃に相応な夫であれという脅迫でもあります。旦那様に裏切られても、宝石のようなお妃には新しい素敵な恋が訪れます。お妃連合では、情報共有をして人を見る目も養いますよ。始めるのに相応しい人材が揃って良かったわ」


 シュナの発言に、ラステルは固まった。一、二……五人しかいない。


「一人足りないわシュナ!」


 シュナがゆっくりと立ち上がった。それからラステルに向かって首を横に振った。


「創設は(わたくし)。提案はアフロディテ様。誘うのはアリババ様の正妃マリハム様。三人です。アフロディテ様、矢面に立ちにいらっしゃったのですから働いていただきますよ」


 鋭い目でアフロディテに流し目をすると、シュナはアルセに視線を移した。


「罪をどう償うのか悩みに悩む主の為に、(わたくし)の妹ラステルに手打ち覚悟で相談したのがアルセ様。ラステルが兄やペジテ大工房が推進しようとしている、医療支援について話をした。ラステルは夫に相談。アシタカ様の親友で、支援の話を色々知っていますからね。まあ、そんなところでしょうか。明日か明後日かマリハム様に接触しておきます。アフロディテ様、公の場で隙を見て、必死の形相で(わたくし)に会いに来てくださいませ。死ぬ気でいらしたのだから、簡単でしょう」


 決定事項というように、シュナが微笑んだ。口を挟む余地がない。シュナがアンリに腕を伸ばした。


「その際の護衛は誰かしら? 美しく献身的なお妃様のド派手なパフォーマンス。多くの方の胸に響くでしょう。ではアフロディテ様、材料は差し上げましたので、計画を練ったら本邸に乗り込んで来てくださいませ。聡そうなのでご自分で出来るでしょう。ラステル、頼みましたよ。怯えているだろうとアフロディテ様とアルセ様に会いに行った。貴女はそういうことで」


 会釈をすると、シュナが肩を揺らした。急な展開に、理解が追いつかない。


「では小蛇蟲(セルペンス)様、アシタカ様を探しに行きますよ。砦にいる護衛人をまた捕まえます。この庭、ティダは盗み聞き出来ないようですのでアシタカ様の私邸を貸しましたの。そして、出歩いてもとても安全な場所です。基本的に聖人一族と招かれた特別なお客様しか入れません。では、良い案を練って下さいませ。アシタカ様にティダ、このシュナを隣から追い出そうなど許しません! 身勝手には勝手を返します! 良い妻を得た? 蔑ろにするならポポの種になります!」


 澄ましたように体の向きを変え、シュナが歩き出した。アシタカ様の私邸を貸しましたの。文句を言っていたのに、違うらしい。シュナはいつから、お妃連合の事を考えていたのだろう? 嘘をつくというが、何が嘘で本当なのか? シュナの愚痴は? 怯えているだろうと、アフロディテとアルセに会いにきたのは分かる。アンリが来て、何か変わった? 全然、理解が追いつかない。ただ、シュナはかなり辛そうだなと感じた。


「ちょっとシュナ。アシタカとの喧嘩に、火に油を注ぐの? あんなに心配されているのだから大人しくしなさい。医療支援、というよりアフロディテ様達の支援は素晴らしいことだけど、ドメキア王国のこともあるのにまた増やして……。アシタカ達は私が見張っておく。悶々としてるかと思って一旦様子を見にきたら、これ。なのに自分を優先して逃げようとして、ごめんなさい。で、ポポの種? ポポの種とは何?」


 アンリがスッと立ち上がり、シュナの腕を掴もうとした。振り返ったシュナはぶすくれて、泣きそうだった。胸元から飛び出した子蛇蟲(セルペンス)がアンリを威嚇する。


「ポポの種はふわふわ飛んでいく、可愛らしい種です。見たことはありません。そのうち見ます。その台詞、ティダが丸々貴女に返しますよアンリ。(わたくし)が大人しくしたら、誰がアシタカ様を止めるのですか! 前とは違う? そもそも基準がおかしくなっているのです。よってアシタカ様が望む、隣か少し後ろは却下。アシタカ様がご自愛されるのと、シュナを隣にするまで続けます。同じだけ荷物を増やします。全然、足りません」


 シュナが涙を拭って、アンリに背中を向けた。ラステルは立ち上がった。この家に来てから、シュナが繰り返したのは、アシタカの隣は自分だという主張。これか、シュナが辛そうな理由。


「シュナ、アシタカお兄様と話し合いが必要よ。セリムから聞いたけど、アシタカお兄様はうんと自分を大事にしながら働く方法を考えているの。シュナの為よ? アフロディテさんが前に出るだろうから、安全な方法を考えたんでしょう? 私は頭が良くないの。一から十まで説明して。アシタカお兄様にもきちんと話すのよ」


 振り向いたシュナは、膨れっ面だった。分かっているけど、納得いかない。そういう顔つき。


「アシタカ様に話す必要はありません。アシタカ様と話す時間もありません。あの方は(わたくし)の為にと、更に荷を増やした。しかし、シュナは重荷ではいません。ラステル、貴女の頭は悪くありません。政治分野に特化してないだけです。普通のことです。アルセ様も分かっていらっしゃらないではないですか」


 澄ました顔のシュナがまた全員に背を向けた。アルセが申し訳なさそうにしている。アフロディテは相変わらず、ほぼ無表情。しかし、シュナへの心配が伝わってくる。


「全く、前途多難な夫婦ね。まあ、私達もだけど」


 アンリが腰に巻いてあるベルトから、四角くて黒い機械を手に取った。機械は半分に分かれた。半分になった機械をアンリが口元まで運んだ。


「ブラフマー長官。アンリです。アシタカ様と連絡が取れたら伝えて下さい。シュナ様が熱を出して倒れました。アシタカ様を呼んでいます。以上」


 アンリが同じ内容の言葉をどんどん機械に告げた。相手の名前だけが変わっていく。


 シュナがパチパチと瞬きをした。ラステルもビックリして固まった。


「はい、これで飛んで帰ってくる。ラステル、シュナとアシタカ様の間に立ってあげて」


 アンリがラステルの隣に立って、ラステルの背中を押した。


「我等の至宝の奥方様は、お二人をとても気に入ったようです。信頼には応えるべきでしょう。このアンリ、ラステル様の旦那様とは懇意です。ラステル様はこのアンリに相談し、セリム様へ相談することを勧められた。と、いうことにしましょう。ラステル様、アフロディテ様はシュナ様のお気持ちを察しているようなので、ご自分で考えると思います。アフロディテ様が提案、というのが大事なようです」


 アンリが腰に手を当てて、シュナを睨んだ。


「シュナ様、この国では部下が大勢いる長官です。何なりとお申し付け下さい。但し、我等の至宝を悲しませたり泣かせないように。仕事で死んだり、過労死はしませんが、シュナ様が飛んでいくと孤独死します。シュナ、一人で思い悩むのは禁止。ラステルでも、私でも、誰でもいいから相談なさい。カールにも言いつけるからね。提案と根回しはもう終わり。アフロディテさん本人と、ティダやセリムに頼みなさい。ティダなら上手くあれこれ人材を確保するわ」


 シュナ様にシュナ。どうして口調を変えたのだろう? アンリはシュナをとても心配して叱ったというのは理解出来た。ラステルは勢いよくシュナの横に並んで、腕を組んだ。


「そうよ。勝手に駒にしないで。喜んで協力するのに、これだと気分が悪いわ。アフロディテさんは、頭が良さそうで頑張り屋さんみたいだから大丈夫そうよ。シュナは今ある仕事と、結婚式の準備と、アシタカお兄様と向き合うのが優先ね。私も、ここにいる皆も、操り人形じゃないの」


 ラステルが告げると、シュナがすまなそうに俯いた。アンリが今度はアフロディテを睨んだ。


「絶対に地獄を一緒に歩かない。愛する私と一緒にいたいなら、地獄以外を歩きなさい。でないと離れる。さようなら。そう、旦那様の横っ面を叩いてください。それから、貴方なら絶対に私を離さないと強い信頼を提示。あの兄弟、何処と無く似てるからこの手は使えると思うわ」


 アンリはそんなことをティダに言ったのか。アフロディテは無表情で頷いた。この二人こそ見た目や表情は全く似てないが、負けず嫌いそうな中身は似ていそう。アンリがぐるりと全員を見渡した。


「この場の全員、危険な真似をしないように。ティダが嫌がるから。危険が伴う場合は、私を呼びなさい。最強の護衛が出てくるし、優秀な部下を手配するわ。私も前に立つ。呼ばないと銃弾の嵐の中でも現れるから。なので、他に安全策はないか、常に考えるように」


 言葉とは裏腹に、花が咲いたように笑うアンリ。アンリがシュナに近寄り、ポンポンポンと優しく頭を撫でた。もう、小蛇蟲(セルペンス)はアンリに怒りはしなかった。アルセは茫然としているが、アフロディテは感情が読めない無表情。クッキーを食べた時の、可愛くも美しい笑顔は苦手なのかもしれない。アルセが誤解されやすい、そう言っていた。


「銃弾の嵐の中でもお呼び下さい?」


 アルセがポツリと呟いた。


 アフロディテが立ち上がった。急な動きなのに、とても上品な立ち方だった。


「ではアンリ様、夜分遅くに申し訳ありませんがラステル様の旦那様と謁見をお願いしとうございます。このように庇護されに来たのではありません。ここまで手厚くされ、何もせぬなどベルセルグ皇妃の恥晒しです」


 お願い致します。確かにそう口にしたのに、アフロディテは勝手に歩き出した。アンリの隣に並ぶとアフロディテが振り返った。


「アルセ。貴女はここでシュナ様からよくよく話を伺いなさい。話についていけないという顔で来られては困ります。ラステル様と二人でシュナ様の看病をなさい。アシタカ様がいらっしゃったら、謝罪です。奥様に心労をかけて具合を悪くさせたと平謝りしなさい。何もかもにも謝りなさい。決して私やテュール様を持ち上げたりしないように。ティダ様のことは良いです」


 どうやらアフロディテは賢いらしい。ラステルはイマイチ何だかんだよく分かっていないが、シュナと通じ合っているように見つめ合うアフロディテ。


「熱? 照れ臭くて真っ赤になっていただけなのにアンリが勘違いした。そう言っておきます。ラステル、アルセさん、シュナの本当の愚痴にお付き合い下さいます?」


 シュナがソファの方へと歩き出した。隣を通り過ぎる時、シュナはアンリの肩を叩いた。次はアフロディテ。回数は三回。


 アフロディテとアンリが二人で並んでアシタカの家から出て行った。


 座り直したシュナは、ラステルとアルセに延々と「アシタカの秘書なのに蚊帳の外」なのが不満だという話をした。延々とその話だった。


 それから、シュナが考えているお妃連合が何なのか教えてもらった。


 今までは姉がいてくれたので耐えられた。なのに一度甘えることを知ったら、潰れそう。シュナは少し泣きながら、過剰な扱いが怖いと零した。同じ立場なら、いつか愚痴を言い合える。その為にあれこれ考えたらしい。


——さあ、先輩として皆様是非ともこのシュナにお妃とはどうあるべきなのか教えてください


 それが真実かとラステルはやっと分かった。美味しいクッキーでまた笑おうと思ったら、見当たらなかった。


 そういえば、と思い出す。


 アンリの手にはクッキーの缶があった。抜け目ない。シュナとアルセにアンリへの文句を言うと、三人で笑顔になれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ