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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
八章 破滅と再生の激動大嵐

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お妃サミット1


【ペジテ大工房 偽りの庭】


 豪華なホテルという建物で、エルバ連合だけの夕食。その後はセリム達と地下の壁画の間。目まぐるしい忙しさ。ラステルはセリム達が大技師一族の本邸に戻ってきてから、小難しい話を始めて少し困っていた。疲れているのもあるし、内容がいまいち理解出来ないのが辛い。


 そこに現れたシュナ。以心伝心、流石大親友だとラステルは感激した。


 シュナに招かれたのは、以前一緒に紅茶を飲んだアシタカの家だった。ここに来るのは二度目。思えばアシタカとシュナの馴れ初めは、あの不穏な空気だったティータイムが始まり。ボサボサ頭に無精髭で、憔悴しきったアシタカ。まだ病気で皮膚症状が酷く、骨も変形していた、荒々しい言葉遣いだったシュナ。その二人が明後日には結婚する。人生とは何があるか分からない。


 玄関の扉前には小蛇蟲(セルペンス)が三匹に大蛇蟲(アングイス)が三匹いた。シュナとラステルが近くまで来ると、六匹は左右に分かれてくれた。


 シュナが呼び鈴を鳴らして、ノックをすると、黒髪の女性が扉を開いた。大きくはない丸い目に大きな黒い瞳、丸っぽい小さな鼻、丸っぽい厚くて小さな唇。全体的に丸くて小さい可愛らしい、色白の女の子。髪の半分が蝶々のように結ばれていて、残り半分は下ろしている。前合わせの淡いピンクと白の服に、裾が長くて折り目がついている赤いスカート。上に着ている服は花の刺繍があしらわれていて、袖がとても広い。見たことがない可愛らしい衣装。


 アシタカの家から愛らしい女性。


 ラステルは思わずシュナの前に出て、腰に手を当てた。


 結婚式典の二日前に、他の女を家に招くとは——それも夜に——アシタカは何を考えているのだ。


「こんばんは。初めましてラステルです。こちらの家の()()である、シュナの大親友です」


 奥様に力を入れた。戦闘準備だと思ったのに、目の前の女性が丸い目を、更に丸めた。


 睫毛が長いからか、パチパチと音が聴こえてきそうな瞬き。


「まあ、ラステル。早とちりです。こちらはアルセ様。ティダの兄、テュール様の奥方様であるアフロディテ様の侍女です。テュール様の側近リシュリ様のお妃様でもあります」


 ラステルの袖を引っ張ったシュナが、クスクスと笑った。全身が熱い。シュナの愉快そうな目が、こうなることを予測していたと物語っている。


「まあ、アルセさん。ごめんなさい。ティダ師匠のお兄様、テユルさんはテレビというので見たわ。一緒に謝りにきた偉い方々と聞いています。アシタカお兄様、保護すると言っていたけど家を貸したのね」


 ラステルはシュナを軽く睨んだ。シュナはまだ楽しそうに笑っている。反省なんてしていなさそう。


「どういう反応をするかと思って、何も説明しなかったのですが、面白かったです。アシタカ様が浮気されたら、ラステルを呼びます」


 口元に手を当てて、愉快そうに肩を揺らすシュナに、ラステルは呆れた。


「いつでも爆発苔を使うけど、先に説明してくれないと困るわ。お客様に醜態を晒してしまったもの」


 ラステルがアルセにぺこりと頭を下げると、アルセは深々とお辞儀してくれた。物腰柔らかで、優雅な礼に見惚れた。年は近そうだが、身に付いている教養がかなり違うように感じる。


「シュナ様にご紹介いただきましたが、アルセと申します。お客様などという身分ではありませんのに、温かいお言葉、ありがとうございますラステル様」


 アルセの後ろに、目鼻立ちがハッキリしていて、艶やかな唇と口元のホクロが印象的な美人が立っていた。服の形はアルセと良く似ているが、黒と灰色が基調で、なんだか暗い印象を持った。感情が読めないような、無表情と深い黒い瞳。ラステルは雰囲気がラファエに似ているなと、しげしげと眺めた。色気があって、大人びたラファエという表現がしっくりくる。顔は似ていないが、そう感じる。この女性がアフロディテだろう。


「侍女より後にご挨拶など、大変失礼致しました。ベルセルグ皇国第二皇子テュールの正妃、アフロディテと申します。シュナ様、ラステル様、何が御用でしょうか? 何なりとお申し付け下さい」


 アルセ同様、それ以上に優雅な礼だった。それも、かなり深く頭を下げている。


 アルセとアフロディテが二人して頭を下げ続けているので、ラステルはシュナへ体を向けた。


「昼間申したように、愚痴を言いたい気分です。お付き合い下さい。仕事があり過ぎて遅くなりました。頭を下げていてはお茶が飲めません。時は金なり、早くなさい」


 ほらほらと、シュナがアルセの頭を上げさせ、家の中へと彼女を押した。家に入ったシュナは今度はアフロディテの頭も上げさせた。それから手に持っていた小さな紙袋をアフロディテに手渡した。


「美味しいという、クッキーです。ベルセルグ皇国にはクッキーはございます?」


 無表情に近いアフロディテが、少し目を丸めた。アルセは大きく目を見開いて、どうみても驚いたという顔をしている。ラステルも、この状況がよく分からなくて、玄関を入ったところでボンヤリとしてしまった。シュナが台所に立ったので、慌てて隣に並ぶ。一人だと、何をしでかすか分からない。台所上の棚を開き、背伸びをして突然飛び跳ねたシュナ。


 ラステルはシュナの頭に直撃するところだったフライパンを掴んだ。


「まあ、ありがとうラステル」


「高くて届かないなら、椅子を使うべきよ。それか、シュナよりも背が高い私に頼む。危ないからシュナはソファかこの椅子に座っていて。結婚式の前に怪我をしたら、あちこちから大目玉よ。特にアシタカお兄様。青筋立てて、この家を破壊するわ」


 ラステルは台所脇の椅子を指差した。思い出して、指を揃えてやり直す。


「怪我なんてしません。それに、お茶くらい淹れられます」


 そのくらい出来る、はシュナの常套句。で、実際出来ない。手取り足取り教えれば出来るだろうが、何かあっても困る。


「知っているわ。でも、今日はダメ。明日も明後日も禁止よ。その次の日なら良いわ。結婚式が終わっているもの」


 ラステルはシュナの腕を引っ張り、ソファの方へと体を押した。シュナは不服そうなふくれっ面で、ソファに腰を下ろした。ラステルはアルセとアフロディテに椅子を示した。二人はラステルに軽く会釈をしてから、シュナの前、絨毯に座った。背筋を伸ばした律儀な座り方。


 何だかよく分からない状況。空気が重い。そして、自分がやると言ったが、この家の台所はよく分からない。前に来た時、アシタカが何をしていたのか、必死に思い出してみた。食器の位置は見れば分かる。食器棚に緑茶という缶と、変わった形のティーポットもあった。


「シュナ、緑茶で良い? アルセさん……アフロディテさんとアルセさんは緑茶は好きかしら?」


 目上の人から呼べという、ティダの指導を思い出して言い直した。口にしてから、言い直す事自体が無礼だと反省した。アフロディテも、アルセも、特に気にしていない様子。それどころか「結構です」と首を横に振られた。二人して申し訳なさそうな表情。


「来国早々、幽閉とは申し訳ありません。この場所、国内でも一番安全な場所です。まさか敵国のお妃様を聖地に滞在させるなんて、誰も思いません。慇懃無礼という言葉もありますし、ここには、(わたくし)達しかありませんので肩の力を抜いて下さい」


 ニコリともしない、不満げなシュナ。言葉と表情が全く合っていない。アルセが顔色を悪くした。アフロディテが軽く頭を下げた。シュナの目的は何だろう?


 ラステルは取り敢えず人数分の緑茶を淹れることにした。バム茶に似ているから、同じやり方で良いだろう。違っても、不味くはならない筈。アシタカの動作を思い出しながら、ラステルは台所の端にある機械のつまみを回した。ボッと火が出る。興味深かったので、この装置のことは良く覚えている。とっても便利。薬缶に水を入れて、火が出た機械の上に乗せた。


「まず一つ。勝手に危険なことをして、ちっとも反省しない夫をどう(たしな)めるか。二つ、自宅を見知らぬ女性に貸すという無神経。いくら寝具を別に用意しても、あまりにも気配りがありません。お相手にも、(わたくし)にもです。文句を言おうにも、忙しくてちっとも捕まりません。三つ、忙しい旦那様をどう捕縛するか」


 シュナが、隠してはいるが困惑してみえるアフロディテを睨みつけた。それから、アルセ。更にラステル。


「シュナをこの庭に縛り付け、アシタカ様は愛犬とその奥様とまた危ない所へ行っています。隠していてもバレバレ。目が泳いでました。帰ってきたら取っ捕まえて、意見を言いますが、何か良い方法があるかもと思いまして」


 シュナはアシタカに怒っているのか。愛犬とはティダで、その奥様とはアンリだろう。三人は何処へ行っているのだろうか?


 ラステルを睨んだ後、シュナはソファから降りて、絨毯の上に座った。目の前のテーブルを睨んで、大きなため息。


「この家を貸したのは、もう他に部屋が空いていなかったからでしょう? 私とセリム、シッダルタ、ソレイユ、ティダ師匠、シュナ、ハンナ。お客様が大勢だもの。あと、本邸には流石にって聞いたわ」


 お湯はまだ沸かない。ラステルはお茶っ葉をティーポットに入れた。茶葉もバム茶に似ている。


「分かっています。単なる愚痴です。乙女心の問題です。大体、敵国でこのような扱いをされて眠れると思います? 少々無下な扱いをされるくらいの方が気が楽でしょう。(わたくし)の時も、あまりにも良い部屋を与えられて困惑して、申し訳なくて、ちっとも眠れませんでした」


 シュナの発言をアフロディテとアルセは黙って聞いている。神妙な表情。シュナがまた、大きく息を吐いた。


「まあ、眠れなかった一番の原因は酔っ払った大狼が傍若無人だったからです。追い払えて、首輪もつけられて清々した」


 酔っ払った大狼は、ティダで間違いない。傍若無人とは何をしたのだろう? 暴力は多分違う。出会った頃から、ティダは一貫してシュナを丁寧に扱っていた。言葉は悪くても、目も手つきも優しかった。知らないところでは、酷い扱いをされていたのだろうか? ラステルは背中を膝で蹴られて、痣になったのを思い出した。あれは、単にラステルへの嫌がらせだけではなくてセリムへの威嚇でもあったらしい。パズーがそう考察していた。シュナの場合は、カールや第四軍への威嚇?


 追い払えて、といいながら、シュナはティダのことが好きだ。ティダもシュナを愛娘と呼んで可愛がっている。首輪はアンリの事だろう。シュナの言葉の意味を考えるだけで、一苦労。ラステルがこれでは、アルセやアフロディテは何がなんやら、だろう。


「あんなに喧嘩ばかりで、怒鳴り合っていたのに、アシタカ様とティダはすっかり仲良し。結託したせいで、(わたくし)は爪弾き。あの二人、最近言動や表情が似てきた気がするのよね。で、このまま(わたくし)は延々と独り言を続けないとならないのかしら? 随分と話題を提供しましたけど」


 シュナがようやく笑った。アルセに向かって花が咲いたような、柔らかい笑顔。アルセがアフロディテとシュナを交互に見つめてから、両手を握りしめた。


「寛大な措置だけではなく、このように発言を促すような場まで与えてくださってありがとうございます。それに、私達への手厚い庇護はアシタカ様とティダ様のお陰だと良く良く分かりました。あの、ティダ様の奥方様がどうしてアシタカ様とご結婚に?」


 アルセを軽く睨んだアフロディテが、シュナにまた頭を下げた。


「アフロディテ様、そのような態度を続けられると探られている、腹に一物抱えて下手(したて)に出ていると感じますよ。それが、貴女の雰囲気です。明日、公の場に連れ出される予定ですので愛嬌があると演じて下さい。何せ、夫を支えたい一心で死刑台覚悟で地位も名誉も捨ててきた麗しいお妃様。この国の民は、そう思っています」


 シュナが、今度はアフロディテに笑いかけた。


「ご進言ありがとうございます。明日はなるだけそのように努めますが……」


「その通りですシュナ様。アフロディテ様はテュール様の捨て駒にさえなる覚悟で、反対を押し切って同行されました。二度とベルセルグ皇国の地に足をつけられなくとも、テュール様と共に誠心誠意謝罪をする道を選びました。お国と、私達、国民の為です。お優しく、献身的で気配り上手。しかし、見目からは中々分かり辛いです」


 アフロディテが今度は軽くではなく、思いっきりアルセを睨みつけた。


「人の話を遮るなと、何度申せば直すのですかアルセ。それに謝ったから許せというような、傲慢な態度。おまけにこのように情けをかけて頂いているのに、何たる無礼な発言。私の自慢までして、恥を知りなさい」


 お盆に淹れたお茶を乗せて、運ぼうとしていたラステルは一瞬固まった。クイ達の爆発苔のようで怖い。アルセも身を縮めさせている。なのに、シュナは涼しい顔でアフロディテを眺めているだけ。


「いいえ、アルセ様。好きにお話下さい。その方がアフロディテ様の事が分かりそうです。澄ました顔で、冷ややかな目をしているので、どういう腹づもりかと思いましたが、裏は無いようですね。誤解されそうで、難儀そう」


 手招きされて、ラステルは足を動かした。机の上にお盆を置き、緑茶を淹れた湯呑みをシュナ、アフロディテ、アルセの順に配った。


「よく分からないけど、二人のことを探りにきたのね。初めから、誠実に話すべきよ。ティータイムとはそういうことでしょう? それに、私を揶揄ったことを謝るべきね」


「いいえ、ラステル。貴女は短絡的過ぎると、あちこちから言われているでしょう? もう少し思慮深さが必要です。ですから、謝りませんよ。誠実に話すも何も、(わたくし)は愚痴を言いにきただけです。アシタカ様のご家族は皆、お優しいですが、少々過剰で心苦しいです。テレビというものといい、偶像を崇められているようで息が詰まります」


 なんだかトゲトゲしているなと思ったら、疲れているのか。申し訳なく思っている国に、大歓迎される肩身の狭さや苦しさはラステルにも覚えがある。


「それでも謝るべきよ。基本のき、よ」


「そんなに怒ったの? ごめんなさいね、ラステル」


「そりゃあ、そうよ。シュナは私の手本になるべきなのに指導どころか、恥晒しにしたのよ。怒るわよ。でも許すわ。謝ったし、アフロディテさんとアルセさんは気にしないでくれたみたいだから」


 自然と眉毛が眉間に寄っていった。頬も膨らむ。我慢しようと思っても、なかなか難しい。表情を偽る練習がちっとも出来ていない証拠だ。ソレイユは、良くあんなにニコニコ笑える。ペジテ大工房は、ソレイユには頭痛と吐き気がする、最悪な場所らしい。偽りの庭から出たく無い。疲れた。そう言って、寝込んでしまった。


「分かったわ、ラステル。次はしないわ。友の背中は刺すものじゃないもの」


「しても良いわ。その時の私は、今より思慮深くなってるもの。経験が大事だって、ティダ師匠が言っていたわ。あら、冷めるからどうぞ。緑茶って初めて淹れたけど、中々美味しく淹れられたと思います」


 ぶすくれていても仕方ないと、ラステルは笑顔を作った。三つしか変わらないソレイユを見習う。お客様の前で痴話喧嘩している訳にはいかない。シュナが先に緑茶を飲んだ。続いてアルセ、アフロディテ。シュナと同じくらい、物腰柔らかな、素敵な飲み方だった。真似してみようとしたが、腕の角度なのか、動作の速さなのか、よく分からない。


「あの、何でございましょう?」


 アルセがラステルにおずおずと問いかけた。


「ラステルはお妃教育に備えて練習中なのです」


「私、自己紹介をきちんとしたかしら? していないわシュナ。ペジテ大工房アシタカの妹でエルバ連合、崖の国に嫁ぎましたラステルです」


 ラステルは立ち上がって、練習している会釈を披露した。自分でも中々上手く出来たと思った。なのに、シュナに手首を掴まれて引っ張られた。


「そうよ、ラステル。貴女の兄上、アシタカ様よ。隣だって言っているのに、すぐに置いていくの。また勝手に要人歓迎に出向いているので、追いかけましたが、終わったらまたこの庭に閉じ込められました。よって、(わたくし)も勝手にすることにしました。ここにお妃連合を発足します」


 また不機嫌顔のシュナ。お妃連合?


「まずはアフロディテ様。よくぞ旦那様についていらっしゃいました。是非ともその方法を学びたいです。稀代の悪女は国を滅ぼす。なら、(わたくし)達は逆を行きましょう。貴族娘や、ベルセルグ皇国の華族やら、各国には地位の高い娘がいると思いますので良い手本となるべきです。何より、夫の暴走や勝手を止めないとなりません」


 アフロディテはあまり表情を変えていないが、アルセはポカンとしている。


「あー、シュナ? それって実際何をするの?」


「決めていません。まずはこうしてお茶をします。(わたくし)はアシタカ様の真横に並んで、未来永劫輝く。太々しい大狼、肝が座ってそうな小狼、鼻高王子、師なので心苦しいですが風王子も、全員追い払うのです! さあ、先輩として皆様是非ともこのシュナにお妃とはどうあるべきなのか教えてください」


 言っていることが、支離滅裂ではないか? 酔っ払っているようには見えないが、酔っているのか? しかし、アルコールを口にするとすぐ肌が赤くなるシュナの頬は真っ白。アシタカに対して、余程怒っているらしい。シュナがアフロディテの方へ身を乗り出した。期待の眼差しを向けている。


「手本になどなれるような……」


「アフロディテ様は、お国を留守にされるテュール様の為に政治各所に手回ししました。公になると混乱をきたすので、ひっそりとです。後宮の側妃もしかと教育して、侍女を采配し、荒れないように努められてきたので、テュール様の後宮も安心。その上で、同行の強い意志をお見せになり、役に立つ方法も提供されたのです」


 尊敬の目をアフロディテに向けたアルセが、またアフロディテに睨まれた。


「アフロディテ様、発言は自由にです。素晴らしい情報を得ました。やはり、(わたくし)はアシタカ様の秘書を辞めます。誰かに目をつけて、この国の政治的地位を確保します。側室は互いに禁止なので、それは心配ないとして……。やはり今日のように、常に強行突破することにします」


「側室は禁止? そんなこと許されるのですか?」


 アルセの問いかけに、アフロディテはもう睨みをきかせなかった。


「アシタカ様が言い出しました。(わたくし)が他の方とというのが、心底嫌だと言ってくれまして」


 惚気たシュナが頬を赤らめた。


「自由にと申されたので、お尋ねさせていただきます。ティダ皇子と婚姻されたシュナ姫様が、どうしてペジテ大工房の御曹司とご結婚になられたのですか? 先程アルセを嗜めましたが、私も気になっております。追い払って首輪をつけたということは、あのティダ様をあしらったということですよね? 首輪とはアシタカ様でしょうか?」


 抑揚のないアフロディテの声に、シュナがはにかみ笑顔を引っ込めた。


「ティダの首輪は、彼の妃です。試しにつついたら、予感的中でまとまりました。ティダは妃を目に入れても痛くない程溺愛しています。ティダに文句があれば、彼女に言いつけると良いです。紹介したいのですが、仕事が忙しいようで……。まあ、ティダが見せびらかすと思います。ご存知の通り、(わたくし)とティダは政略結婚。互いにもう理由がないので離縁しました。むしろ無かったことにしました。アシタカ様とは互いに恋に落ちただけです」


 シュナが柔らかく微笑んだ。両手で口元を覆い、恥ずかしそうに笑っている。


「ティダ様にお妃様?」


 アフロディテとアルセが同時に呟いた。アフロディテは目を見開いて固まっている。隣でアルセがいきなり泣き出した。アルセが号泣という様子になり、ギョッとしたアフロディテがアルセの肩に手を回した。


「アルセ……。貴女、確かティダ様のお手……」


「朗報ですアフロディテ様! 誰も付き合わせないと言っていたディダ様に認められた方がいらっしゃる。良かった……。あのように張り詰めておられるのかと……。アフロディテ様、ティダ様のお妃様を支援しないとなりません。それからそれ程ティダ様に愛されている方なら、橋渡しを頼みましょう。テュール様やリシュリ様にはティダ様が必要ですもの」


 ラステルはシュナと顔を見合わせた。ラステルには何のことかサッパリ分からない。シュナは怪訝そうにしている。


「アルセ様とティダの関係は置いておきましょう。ティダは岩窟には帰りません。他にやりたい事があるからです。アシタカ様でさえ振られたので、テュール様では難しいかと思います。ティダのお妃様は、ティダを尊重するので橋渡しなど却下するでしょう。テュール様にはアシタカ様やこのシュナが味方しますのでご安心下さい。よく知らぬテュール様に手を伸ばしているのは、ティダの盟友だからです」


 アルセが首を横に振った。


「私はティダ様とは一度話しをしただけの仲です。ティダ様のやりたい事とは何でしょうか? きっと国の為になることです。裏で国を整備され、侵略からお国を守り、民を国へ帰れるように手配され……。民はティダ様を待っています。帰らないなど、それこそ暴動が……。それに、これ程お国に貢献されているティダ様と、ティダ様の支えにと選ばれたお妃様を支援しないなんて許されません。何故、過酷な道へと行ってしまうのでしょう……」


 目に涙を浮かべたアルセを見て、アフロディテが小さくため息を吐いた。


「アルセ、政治に首を突っ込むでない。今の話はお忘れ下さいシュナ様、ラステル様。テュール様がアシタカ様やティダ様と話をしている事だと思います。気持ちは分かりますが……」


「政治ではなく、ティダ様とお妃様の話ですアフロディテ様! 明日、屍になるような男だから妃は娶らない。ティダ様はそう言う方です。それなのにお妃様を迎えたということは、余程大切な方なのでしょう。付き合わせたくない道に巻き込んでと、きっと内心傷ついています。それを見てお妃様も……」


 コンコンコン、という音がして、全員が音の方向に顔を向けた。玄関扉が開いていて、アンリが立っていた。服はいつもの護衛人の制服ではなく、昼間も見た特殊急襲部隊用のもの。休みだと聞いているのに、アンリはずっと働いているらしい。なのに、疲労を感じさせない爽やかな笑顔だ。


「まあ、アンリ。いつからそこに居たの? それから何処に行っていたのかしら?」


 シュナが物凄く不機嫌な顔になった。


「ティダの首輪は彼の妃です、からです。これはあまりに不用心です。しかし、警護の必要もない場所なので良いでしょう。アシタカ様達に撒かれました。だから私に怒らないで下さい。それにしても、ベルセルグ皇国のお妃様と侍女をまさかアシタカ様の私邸に招くとは驚きです」


 呆れたようなアンリが、チラリとアフロディテとアルセを見た。シュナが立ち上がってアンリに近づいていった。


(わたくし)が招いたのではありませんよアンリ。アシタカ様がお二人に提供したのです。市内より偽りの庭が安心安全。しかし、本邸はということでここです。この過保護。アフロディテ様とアルセ様が肩身が狭いだろうと、ラステルとお茶をしにきました」


「それは、思いがけず国家機密を知ってしまいました。相談があったのですが、後にします」


 立ち去ろうとするアンリに、シュナが飛びついた。避けようとしたアンリが、転びそうになるシュナを支えた。


「捕まえました、アンリ。お妃連合を発足したので参加していただきますよ。丁度、貴女の話題が出ていたところですからね。アフロディテ様、アルセ様、こちらがティダのお妃様となったアンリです」


 アンリの腕の中で、シュナがウインクした。手を伸ばしても逃げられるから、わざと勢いよく飛びかかったのか。


 アンリが困ったように眉毛を下げた。


「お妃連合? それに勝手に……」


 アルセが勢い良く立ち上がった。


「お初にお目に掛かります、アンリ様。ティダ様の兄君、テュール様の側近リシュリの妻アルセと申します。こちらのテュール様の正妃アフロディテ様の側仕えでございます」


 優雅に会釈したアルセに、アンリが珍しく嫌そうな拒絶の表情を浮かべた。こんな刺々しいアンリは見たことがない。顔を上げたアルセが顔色を悪くし、眉間に少し皺を寄せた。それでもアルセは笑顔でいる。


「すみませんアルセ様。それにアフロディテ様。名乗らず立ち去ろうなどという非礼。予想外にお会いしたことと、先程されていた話の内容に動揺してしまいまして。ペジテ大工房の国防を担う兵、護衛人という職務の長官を務めるアンリです。先日、ベルセルグ皇国のティダ皇子に妻として迎えられました」


 アンリがアルセとアフロディテに頭を下げた。アフロディテがゆっくりと立ち上がり、アルセの脇を通り過ぎた。アンリと向かい合うとアフロディテが静かに頭を下げた。


「ベルセルグ皇国第二皇子テュールの正妃、アフロディテと申しますアンリ様」


 凛とした声を発すると、アフロディテがスッとしゃがんだ。床に座り、両手を床につけ、それから頭を下げた。


「どうかお願い致します。ティダ様共々、どうかベルセルグ皇国にて暮らして下さい。ティダ様へ嘆願するのに助力をお願いしたいです。必ずやテュール様とこのアフロディテ、我が一族が盾となります。アシタカ様やシュナ様が我が国を許す道を選んで下さった事には、テュール様が先頭に立って必ず恩をお返し致します。しかし、テュール様の手だけでは足りぬのです」


 慌てた様子でアンリがアフロディテの前に片膝ついて手を伸ばした。アルセがアフロディテの隣に並び、同じように頭を下げた。


「テュール様とティダ様はリシュリ様がお支えします。そしてこのアルセもリシュリ様の妻として、そしてアフロディテ様の侍女としてではありますが、微力ながらも自身の最大限を持ってお力添え致します。ベルセルグ皇国を支援され続けるなら、お国の中心でどうかその身に相応しい褒賞を得て下さい」


 アンリがアフロディテに触れるのを止めて立ち上がった。アンリがシュナを軽く睨んだ。中々迫力がある目線にラステルは身を竦めた。アンリを怒らせたら怖いだろう。シュナは涼しい表情。澄ましている。


「こうなると思ったから逃げようと思ったのよ。シュナはこの二人派ということで良いかしら?」


 シュナが首を横に振って、ラステルの隣に戻ってきた。


「ちっとも。公の場でこうなると、ティダが大暴れするかと思いまして。テュール様もグサグサ刺されるでしょう。テュール様の様子から、何となく予想しておりましたの。アシタカ様の苦労が増えてしまいます。さて、アフロディテ様とアルセ様。そしてアンリ。ここなら思う存分話が出来ます。クッキーでも食べながら話し合いますよ。これは政治ではなく単なるお茶会です。好き勝手、自由に話し、何度でもやり直しします。非公式ですからね」


 したり顔をしたシュナに、一同苦笑いを浮かべた。ラステルもシュナのこの場を支配するのは、とても真似出来ないと感心しつつ呆れた。


 いつのまにか、シュナがクッキーが入った紙袋を手に持っていた。アンリがアフロディテとアルセを立たせて、机の方に移動してきた。


「シュナ、アンリが来ることが分かっていたの?」


 耳打ちするとシュナが肩を揺らした。


「まさか。今、考えました。(わたくし)、よく嘘をつきます」


 シュナがクッキーの缶を開けた。蓋を上から引っ張らないで、何故か両手親指で押すように。ポンッと音を鳴らしたクッキーの缶の蓋が、アンリの顔を目掛けて飛んでいった。


 かなり速度があったのに、アンリはクッキー缶の蓋を右手で華麗に掴んだ。


「本当に不器用ね。そのクッキー、三時間は並ばないと買えないから食べてみたかったの」


 アンリがため息混じりにラステルの隣に腰を下ろした。シュナは恨めしげに自分の手を見つめている。


「アシタカ様が欲しいものは無いかと煩いので、ラステルと紅茶を飲む際のお茶菓子を頼みました。バルフィを作ってくれたのと、こちらのクッキーを買ってきてくださいましたの。誰に買いに行かせたのやら。三時間とは気の毒です」


「煩いって、その言い方はないんじゃないかしら? アシタカはシュナに欲が無さすぎるのは、気遣い遠慮だと思っているのよ。このクッキー、多分大技師庁が手回しして裏入手だから、誰も三時間も並んでないわよ」


 アンリが缶からクッキーを摘んで口に放り投げた。アフロディテとアルセは置いてきぼり。この状況は何なのだろう? ラステルはアンリの分の緑茶も用意しようと立ち上がった。


(わたくし)が欲しいのは、アシタカ様の隣です。死後も離れません。何度も言っているのに、アシタカ様はちっとも聞く耳を持ちません。まあ、あれこれ気にかけてくださって嬉しいので煩いとは本人には言いません。お茶菓子なら大したことないと思ったのに、大事(おおごと)だなんて何を頼めば良いのかしら?」


 シュナが困ったというように、腕を組んで頬を膨らませた。何とも可愛らしい仕草。アンリが愉快そうに肩を揺らした。


「美味しい。シュナ様々ね。こんなアシタカ、初めてよ。特にお菓子を作るなんて、天変地異が起きそう。入手困難な物が欲しくなったら、シュナに頼むことにするわ」


「良いですよ。代わりにお手伝い下さい。アシタカ様の隣に並びそうな方々は蹴落とします。わらわら、次から次へと出てくるので大変。全員、一人で頑張って貰います。お妃達が支えれば済む話です。よってアフロディテ様、アルセ様の案は却下。ティダは 今やりたい事を優先してもらいます。それでも絶対にアシタカ様と並ぶでしょうけどね。忌々しい。あと、盟友ですから背中を刺せません」


 話が戻った。和やかだった空気が急にピリッとした。


「背中を刺す? どういう事でしょうか?」


 アフロディテが静かな声を出した。シュナは答えなかった。アンリを見つめている。ラステルはアンリの前に緑茶を淹れたカップを置いた。何か迷っているのか、アンリは戸惑いで瞳を揺らしている。


 しばらく誰も、何も発しなかった。


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