表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
八章 破滅と再生の激動大嵐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

268/316

大蜘蛛狂人と大狼兵士1

【ノアグレス平野】


 死屍累々の地獄は、すっかり純白の美しき世界。つまらないと、タルウィは肩を落とした。血の匂いが全くしない。


「常に愛想よく、中身を隠せ」


 白髪老人のザリチュに、また同じことを言われた。雪景色に同化しそうな白髪と、白い法衣。さっさと鮮血に染めて、屠ってやりたいが、スペアの体がいくつあるのか情報を仕入れ切れていない。タルウィは舌を出してザリチュを睨んだ。


「何度も言うな」


 吐き捨てるように告げて、タルウィは久々のペジテ大工房を眺めた。ザリチュは家臣や帝国兵に囲まれて縮こまってみえる。眼前の要塞を前にすれば、帝国兵など何の役にも立たない。来国するなら、腹をくくれば良いのに、残念な兄だ。


 何十年、百年以上も変わらない、巨大要塞。初めて見たのが何歳の時で幾つめの体だったか記憶が無い。少なくとも三百年は前だ。空から見ると、ガラス細工のスノードームのような国。二千年続くという怪物国家。


 ペジテ大工房に続いて、文明が発達しているのはグルド帝国だ。外に持ち出さないようにしている、医療技術や科学技術の数々。ザリチュがここ百年程、領土を拡大してきたが、それまでペジテ大工房のように鎖国してきた。グルド帝国もまた、怪物国家である。


 始祖である祖父は寿命で死んだが父親は長生きした。ザリチュやタルウィが延命方法を強奪して殺したが、それが無ければ今も帝王だっただろう。ペジテ大工房も似たような国だろうと推測している。何せ、グルド帝国約五百年の歴史で、ペジテ大工房の中に入った者はいない。記録によれば、だが。


「遠くに着陸させ過ぎなんだよ。門の真ん前に降ろせっつうんだよ。ったく、歩くのはダルいが……。おうおう、迎えに来てくれるようだな。偉い数だ」


 ペジテ大工房の出入り口、関所門からワラワラと黒い人影が現れた。踏み潰して、一気に殺戮(さつりく)したくなるような、巣穴から出てきた蟻の群れのよう。おそらく、兵士だろう。左右に整列し、道を形成していく。中央に赤い絨毯が引かれた。全面兜(フルヘルメット)無しなので、見えにくい。タルウィは取り敢えず歩き出した。


「おい、勝手に進むなタルウィ」


 ザリチュが慌てて追いかけてきた。仕方ないので、歩く速度を落として横に並ぶ。


「しおらしくしてりゃあいいんだろう? 俺はタルウィjr。親父は死にました。母親も死にました。叔父上から色々学んでいますが、病弱で困っていまーす。って事だったっけか? ほれ、行くぞ。褒美があるから、従うってことを忘れんなよ」


「そうだ。大人しく、静かにしていろ」


 自然と鼻が鳴る。数十歩進むと、黒と赤が絨毯の上に現れた。その後ろに黒と白。前方の赤は女だ。金色が風に揺れている。と、すると隣は大きさも赤より大きいので、男だろう。グルド帝国の要人を迎えにくる男女。誰なのか、その予感にタルウィは震えた。早々に極上女と、非道な御曹司を拝めるなんて、ツイている。


 その後ろの白はこの距離でも何だか分かった。


「大狼。俺が長年、実験してみてえと思っている生物じゃねえか。獰猛、凶暴で、おまけに蟲森の中の岩山に生息しているから、ちっとも手に入らねえ。なんていう幸運」


 どうにかして、手に入れたい。しかし、タルウィはふと思い出した。ペジテ大工房と関連ありそうな大狼……。


「何を言っているんだタルウィ。ペジテ大工房の新大技師は、ベルセルグ皇国を裏切ったという大狼兵士。あの大狼は不敗神話の化物の連れに違いない」


 ザリチュが嫌そうに目を細めた。タルウィはティダ・ベルセルグだとザリチュが推測した人物に視線を移した。木偶人形(パストゥム)の視覚越しで見た容姿まんまの男。黒いゆったりめの装束、たなびく黒い外套(マント)。歩き方、姿勢、髪を抑えているのか片腕を上げている仕草。何もかもが目を惹く。


 いけ好かない。


「あれが化物兵士。調べて見てえ素材だが、やはり気に食わねえ雰囲気だな。にしても、欲しいものが勢揃いだな」


 高揚で胸が高鳴る。血が逆流するような感覚。なのに、一方で寒気もしてきた。気温が低いからではない。本能からの警鐘。進め、戻れ、両方の勘がする。即ち、混沌。


「お、お、お、お、生きてるって感じがするねえ。楽しい祭りの始まりが近いな。俺がぶち上げる前にまた何か起こるか?」


「だから、それを止めろと言っている。黙って病弱なフリをし続けろ」


 嘲り笑い、高笑い、下卑た笑いなどは禁止だと、顔筋に筋肉抑制薬を注射されているので顔には出ていない。タルウィはザリチュを睨みつけた。そろそろ本気で殺害してやろうと思っているが、益々その気持ちが強くなる。表情が乏しいからか、ザリチュはタルウィの怒りに気がつかない様子。


「そうだ、今みたいに大人しくしていろ」


 タルウィは黙って頷いておいた。徐々に向こうの人物達と距離が近づいているので、よく観察しておきたい。そろそろ良く見える。


 まずは極上女と位置付けているシュナもどき。ドメキア王国の醜姫。基地外だという噂。シュナ姫と会った事があるザリチュによれば、骨格からして違うという。ペジテ大工房の御曹司がドメキア王国を植民地化するのに殺して、目の前にいる替え玉とすり替えたらしい。何処から掘り起こしてきたのかという程、美しい女だ。それだけではない。付け焼き刃では決して無理な、雅さがある。


「替え玉とは、何をしたんだか……」


「沈黙の覇王を止めて植民活動。不要なら殺して、堂々と偽物を祭り上げる。おまけに結婚だと。俺と御曹司は仲良く出来そうだと思えねえか? ザリチュ」


 返事は無かった。そして、また睨まれる。タルウィはまた鼻を鳴らした。


 甘ったるく、愛くるしい顔立ち。鮮血が映えそうな白い肌。今、身にまとっている真紅のドレスがそれを象徴している。写真で見たよりも、色気を感じさせる顔の作りだ。痩せこけていなくて、程よい肉付きで、特に豊満な胸にはことさら唆られる。優雅に歩くたびに揺れる胸。その胸元には、赤い血のような点が見える。刺したらあのように滲むのか。タルウィは危うく、ナイフを投げようとした。が、今日は武器を一切持っていない。取り上げられている。


「あれの何処がお前と仲良くなれるんだ? このイカレ男」


 ザリチュが微かに顎を動かした。タルウィは極上女から隣の男に視線を動かした。目が合った瞬間、吐くかと思った。それに、銃殺しようと懐に手を入れて、何も持っていないので嘆きそうになる。


「何だ、ありゃあ」


 極上女と仲良さそうに腕を組んで来るのは、どう見ても好青年だった。


「ペジテ大工房の御曹司アシタカ・サングリアル。あの青年がそうか」


 感情が読めない声のザリチュを、殴りつけたかった。そうか、ではない。最悪最低、史上稀に見る落胆。


 共感出来ない。嫌な気分しかしない。その勘は正しかった。写真では分からなかった雰囲気。育ちが良さそうな品の良さ、柔らかかな微笑に、温かみのある瞳。


「ありゃあ植民活動を取り仕切るような男じゃねえな。なら、目的は何だ? 読めねえ。裏切り者のハイエナ皇子のが、まだ食えそうだ」


 殺気を込めた鋭い眼光で、ずっとタルウィだけを見据え続けているティダ・ベルセルグ。笑みも狡猾そう。前を歩くアシタカがいるので、より冷酷そうなのが目立っている。こいつの目的は何だ? 人の良さそうなアシタカに上手く取り入って、ペジテ大工房を手中にしたとかか? そのくらい出来そうな空気を持っている。極上女で御曹司を骨抜きにさせたとか、そういう推測が浮かんでくる。


「ザリチュ、俺はあの極上女が欲しい。遊んで、二号機を作って、最後に絶頂の為にぶっ壊そうと思っていたんだが……。中身がドス黒い可能性が出てきた。それなら、俺こそあの女を隣に置きてえ。あんな人畜無害そうな女が、残虐非道な悪行の限りを尽くしたら、自ら殺しをするよりも余程楽しそうじゃねえか?」


 今度のザリチュはタルウィを睨まなかった。完全無視。


 目が合っているティダ・ベルセルグに、タルウィは笑いかけてみた。筋肉抑制薬の影響で上手く表情筋が動かないが、微笑んでいるくらいにはなっただろう。ティダは同じようにタルウィを威圧するように見つめている。


 もう声が聞かれてしまうだろうという距離になったので、タルウィはザリチュに話しかけるのを止めた。それからしばらくして、タルウィ達とアシタカ達は向かい合った。



***



 ティダはひたすらタルウィを威圧し続けた。ぼんやりした、無表情に近い顔で、だらしない笑みを浮かべているのは薄気味悪いが、それは大した問題ではない。タルウィは血の匂いが強過ぎる。それも、全身。


 ボソボソと、殆ど空気のような声を出しているので、聞き取り辛いがとんでもない台詞を盗み聞き出来た。


「俺はあの極上女が欲しい。遊んで、二号機を作って、最後に絶頂の為にぶっ壊そうと……」


 瞬間、ティダは雪を軽く蹴り上げて、アシタカのズボンの裾に当てた。


「前を向いていろアシタカ。シュナも聞いておけ」


 二人とも何か察したのか、振り向いたりしない。何もありませんというように談笑しながら、赤い絨毯の上を歩き続けている。


「不老帝王は腰が引けているし、潰されたく無い一心で来たようだ。だが、隣のは危険だ。政治なんて関係なく、単にシュナに興味があるらしい。関心出来ない趣味がありそうだ。よってアシタカ、相手にするな。今回以降、近寄るなシュナ」


 返事は無い。しかし、アシタカの空気が変わった。元々、緊張感はあるようだったが腕を組むシュナより少し前に出た。人を見る目はあるから、ティダが言わなくても何か察しているだろう。同じく人を見抜くかと思っていたシュナからは「過保護ね」というのんびりとした声。ティダの背筋がゾワリとした。


〈あんな男を見て、過保護とは危機を察する能力不足だな。まあ、幼少より命を狙われ続けて、勘が麻痺しているんだろう。フェンリス、戦場より血生臭い匂いだ〉


〈ああヴィトニル。ありゃあ、事故死にでも見せかけて殺しておくべき人種。しかし、不老帝王同様に単なる人間じゃねえんだろう。下手に動くと、後が怖い。やはりグルド帝国は乗り込むべき所だ。血と腐敗臭と女の体液の匂いがする。子供の芳香もするとは……。不老帝王は何つう化物を飼っていやがる〉


 鼻がもげそうで、顔をしかめたくなる。この場でどうこうという状況ではないが、これからこの二人をペジテ大工房に入れないとならない。流石に「帰れ」と告げるには、グルド帝国の情報が少な過ぎる。


〈アシタカを相当嫌っていそうな雰囲気だなフェンリス。その分、お前のことは好ましそう。アンリエッタとヴァナルガンドに言い聞かせておくから、懐に入るっていうのはどうだ?〉


〈そうしてえが、アンリがな……。絶対に近寄るなと言い聞かせて、聞く女じゃねえ。何か勘付いたのか、前に出て来やがった〉


 シュナの護衛を買って出ている小蛇蟲(セルペンス)が無言なのが気になる。問いかけても「危険は感じない」の返答。妙な反応だ。大蛇蟲の王(バジリスコス)と伝心術で繋がろうにも、朝から方々と連絡を取るのに使い続けて、扉を探せなかった。蛇一族や蟲まで身の内に入れたら、便利なようで、不便になっている。


 気配がして、脇を通り過ぎようとしたアンリに、ティダは手を伸ばしかけた。しかし、アンリの隙の無さとザリチュとタルウィの手前、止めた。特殊急襲部隊の衣装のアンリがシュナの隣に並ぶ。アンリは手に厚手の白いショールを持っていた。


「シュナ様、寒くはありませんか?」


 アンリがシュナの肩にふんわりとショールを掛ける。


「裏地が羊毛だから大丈夫です。でも、ありがとう」


 アンリはピリピリしているが、シュナが可愛らしい笑顔をアンリに向けた。シュナの笑みに、タルウィが恍惚と欲情の光を暗い瞳に浮かべる。ぼんやりとした表情をしているので、眼光との落差が激しい。


「グルド帝国から遠路遥々、ようこそいらっしゃいました。帝王ザリチュ様と、弟君タルウィ様とお見受けします。ペジテ大工房大総統アシタカ・サングリアルです」


 アシタカが軽く右手を挙げて、爽やかな声を出した。途端にタルウィが軽蔑と嫌悪を滲ませた。ザリチュの方はぎこちない笑顔を作っている。


「初めましてアシタカ様。此度はおめでとうございます。グルド帝国が王、ザリチュ・アヴェスタです。隣は()のタルウィ。亡き弟の息子です」


 シュナが自己紹介をしようとしたのをアシタカがやんわりと静止した。シュナの腕を自分から離させ、アシタカが一歩前に進み出る。アシタカが右手で握手を求めた。ザリチュとタルウィが順に応える。ザリチュは丁寧にだったが、タルウィはアシタカとおざなりな握手をした。タルウィと手を離した瞬間、アシタカが振り返った。シュナに手を伸ばし、腰に手を回し、隣に並べる。さり気なくシュナの手を抑えて、握手を禁止している。


「隣は妻となるシュナ・エリニュスです。甥ですか? それでしたら、少々厄介です。招待客と異なるので入国許可が出るかどうか……。この国は独裁国家ではないので色々としがらみが多いです」


 アシタカの発言にザリチュは探るような目線。タルウィは感心したような、愉快そうな瞳。訳が分からない男だなと、ティダはタルウィを見つめた。ザリチュは放置して構わなそう。タルウィとどう接触するべきか測りかねる。普通の感覚では、近寄れなさそうだ。ぼんやりとして締まりのない顔をしているのに、隙は無い。


 ティダはアシタカとザリチュ、タルウィの間に入った。アシタカを軽く睨む。


「アシタカ様、またそのような独断を。招待客、国賓になんたる無礼。お久しぶりですザリチュ様。それから初めましてタルウィ様。ペジテ大工房大技師に就任したティダです。タルウィ様の事は何か行き違いがあったようですね。何せ、ペジテ大工房は閉鎖的な国。他国の情報が殆ど入ってきません。明日、正式にご挨拶となります。皆様を宿泊先へご案内致します。では皆、頼む」


 一先ず、第一砦(インカースレート)に幽閉。監視をつけて、見張り続け、様子見。それしかない。


「君はいつも手厳しいな。信頼しているので、何もかも全て任せるよ。ありがとうティダ」


 最近、思考が似ているからかアシタカはティダの思惑を察したらしい。御曹司は大狼兵士の犬だというような態度を、アシタカが見せた。シュナに首ったけだというようにペジテ大工房へ戻っていく。王狼(ヴィトニル)が二人の背中を庇うように背後に移動した。シュナの隣にいるアンリも、尻尾で守護してくれている。


「へえ、本当のトップはどっちだ? 俺のパストュムと仲良くしてくれているようだが、他にも欲しいか?」


 タルウィに問いかけられて、ティダは肩を揺らした。予想外の真っ向勝負。どういう理由だ? ザリチュがタルウィをこっそり肘で小突いたのを、ティダは見逃さなかった。


「あんな世間知らずの腑抜け、ハイエナが簒奪(さんだつ)するのも、蜘蛛の糸をつけるのも簡単です。仲良く? まあ、あのような偵察機はもっと欲しい。しかし、調べようにもあの機械の中身をどこから見て良いのかサッパリでした」


 お前は嘘つきだな。そういう視線をタルウィが投げてきた。薄ら笑いを浮かべている。


「醜い妻を殺して、替え玉を用意し、大嘘ついて御曹司を骨抜きの傀儡(かいらい)とは気が合いそうだ。酒も女も、他の悦楽も、全部禁止されてるんで退屈で仕方ない。暇なら会いに来い。餌について話し合おう。俺は何でも与えてやる。不老長寿とかな」


 はあ?


 タルウィが唇薄いが大きな口を、ニヤリと歪めて歩き出した。ザリチュが憤怒という様子で追いかけていく。慌てた様子で家臣たちが二人に駆け寄っていった。


「勝手にペラペラと……。黙っていろと言っただろう? 恩賞を無しにするぞ」


「お前のせいだ、ザリチュ。全部取り上げやがって、何も出来ねえ。あの嘔吐しそうな爽やか好青年を即銃殺したかったのに……。はあ……俺のシュナちゃんと遊びてえなあ。直接見たら我慢出来ねえ。可愛い娘の蟲姫ちゃんにも会いてえが、何処にいっるのかな」


 鼻歌交じりというようなタルウィの声に、ティダの体が自然と震えた。全身に鳥肌が立っている。ヴァナルガンドとの初対面と同じ身体反応だが、原因が真逆。これ程嫌悪感抱くのは本能が嫌がる蟲に対してと似ている。グルド帝国の帝王の弟という地位でなければ、取っ捕まえて拷問しているところだ。


〈スコール、常にラステルから離れるな。タルウィの野郎、予想よりタチが悪そうだ〉


〈言われなくても、命令されなくても、俺は俺の自由にして、フェンリスとヴァナルガンドの背を追う。しかし、ラステル達は煩い〉


 疲れているせいか、それ以上月狼(スコール)と繋がり続けられなかった。後は直接会いに行くしかない。しかし、煩いとは面倒臭そう。


——可愛い娘の蟲姫ちゃん。


 気持ち悪い響きの声が脳内に再生される。ロトワ蟲森に伝わる擬似人形人間(プーパ)とは違い、本物らしいラステル。蟲の王(レークス)とヴァナルガンドが意思疎通から追い出していて、もう利用出来ない筈らしいが、違うという予感がする。


 ヴァナルガンドがドメキア王国で激怒し、蟲の意思疎通の輪に飲み込まれた際、ラステルは子蟲と子蛇の女王のように君臨した。


——蟲愛づる姫の瞳は深紅に染まり蟲遣わす。王は裁きを与え大地を真紅で埋める


 アシタカとシュナと三人で少し話しをして、シュナはこう口にした。蟲愛づる姫は蟲の女王アモレではなく、蟲人間アモレを愛したテルムの事ではないか? と。


 アシタカに告げられた、伝承に隠された、偽りと欺瞞を見抜けという、蟲の王(レークス)からの進言。


——我等の父は下等な人間と生きるなど許さない。偽りと欺瞞を見破れ。見定めよ。さもなければ裁かれる


 我等の父とは、蟲の女王や蟲を作ったというサングリアルなる科学者。彼は蟲だけではなく、大狼や蛇一族など他の生物も作ったのではないか? 伝心術という能力がその証拠。今まで、疑問に思ったことがそんなに無かったが、特殊で奇異な力の原理は何なのか。繋がっているからこそ、根が深い、人への憎悪。蟲の本能の深淵。それこそが「下等な人間と生きるなど許さない」ということなのではないだろうか?


 現代の蟲愛づる姫はヴァナルガンド。蟲の王(レークス)の座を奪い、大陸中の蟲を統率するかもしれない人物。しかし、彼は人だ。


——下等な人間と生きるなど許さない


——必ず復讐する。永遠に続ける。愚かな人など死ぬがよい。決して許さない。俺の子供達に近寄らせない


 ドメキア王国で触れた、蟲の憎悪の本能にあるサングリアルの意志。二千年消えずに、むしろ熱さを増しているかもしれない憎しみの炎。嫌な予感しかしない。


——テルムは若草の祈り歌を捧げよ


 古代、許しを選んだのは、人と蟲人間から生まれた三つ子だった。


——三つ子がまた生まれたんだ! 新しい世界が待ってる! 僕達も参加するんだ! みんなだ! 大陸中、手を取り合える!


 セリムは明るい未来を信じ、そう評した。しかし、ティダは真逆。悲痛な程の許しを選び、過酷な贖罪の道を与える程の出来事がこれから起きる。ペジテ戦役はキッカケ。起爆剤。


 ドメキア王国での一幕。


——賠償を提示せよ。このセリムが裁く!


 そして、伝承。


——王は裁きを与え大地を真紅で埋める


 再び、ヴァナルガンドが人と蟲の中央に立とうとした時、クロディア大陸はどうなるのだろうか?


 ティダはゆっくりと歩き出した。冷え切った風が強くなっている。粉雪が舞い上がる。激しくなれば視界を奪うだろう。まるで、これからの歴史を示すような、一寸先が見えない世界が現れるに違いない。


——破壊神と呼ばれたって構わない


 不意に、聞いていないような気がする、ヴァナルガンドの言葉が耳の奥に燻った。


「セリムって呼び直すのもありか? 破壊(ヴァナルガンド)とは本質を突き過ぎたのかもしれん……」


 風で煽られる髪を抑えながら、ボソりと呟いた。本人が聞いたら、大狼から追放か? 嫌だ、励む、と大騒ぐに違いない。我ながら、妙な男を気に入ってしまったものだ。


 今まで大嵐だと思っていたが、これから極大の嵐がクロディア大陸を包む気がしてならない。


〈我等の息子よ、大蜘蛛の王(アトラナート)をもうしばらく怒らせるな。あしらえ。あれらはゴヤを牛耳る大蜘蛛一族の民。まあ、本人達に自覚はないがな。レークスやバジリスコス、ココトリスが根回しし、覇王が花火を打ち上げるんだろう? もうしばし自由を許そう。怪物(オーガ)にソレイユ姫を近づけるな〉


 ティダは足を止めた。突然押し寄せてきて、あっという間に去っていった何者か。それも、複数だった。


「孤高ロトワか。何がしばし自由を許そうだ。俺は何にも縛られねえ」


 探っても見つからないので、ティダば舌打ちをして、再び歩き出した。


 何があろうと、もがいて進むしかない。全裸で白旗とベルセルグ皇国黒国旗を手に持って、このノアグレス平野に立った時から気持ちは変わっていない。


 必ず、矜持の大輪を咲かして、託された命を繋ぐ。ティダの永遠の太陽、ソアレの誉と名を残す。


 それだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ