聖と血の結婚式典【序】狭間
【ペジテ大工房】
クロディア大陸初の各国首脳会談まであと二日。
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【サングレ・フィデスホテル 五つ星ホテル】
各国首脳会談にてアシタカ様が協定締結を宣言している、東の大自然と共に生きるエルバ連合。宿泊先はペジテ大工房で最も歴史が古く、格式高い五つ星ホテル「サングレ・フィデス」である。
エルバ連合より最初に到着した国賓は、崖の国レストニアのユパ王。カイ王太子。そしてペジテ大工房から嫁いだラステル姫と夫であるセリム王子。メリル様が出迎えられ、関所門からサングレ・フィデスホテルまでは、歓迎パレードさながらの大歓声に包まれた。ラステル姫とセリム王子は、アシタカ様とシュナ様が自らサングレ・フィデスホテルまで出迎えに行き、偽りの庭へ案内された。
エルバ連合視察の為に、崖の国を訪問していたティダ大技師も共に帰国。歓迎パレード後、アシタカ様と共に大総統へと移動したという。アシタカ様とティダ大技師は両名並んで記者会見を予定していたが、ティダ様の体調不良の為に中止となった。
次いで来国されたのは、豊かな森を有するイグレーン国ギルノール王太子、風の谷に築かれたフェリス国のオデュッセウス副首相。元より親しい間柄だという二人は、従者と共に同じ飛行機から笑顔で登場。出迎えられたのはマール様、アンナ様。リムジンではなく、慣れた馬でとの希望があり、国民全体へ親愛を示すように手を振りながらサングレ・フィデスホテルへと移動された。この際、マール様が自身も馬にと嘆願され、オデュッセウス様が共に乗馬を快諾。しかし、大技師庁大臣に却下されるという一幕があった。
その少し後、険しき山脈で暮らす炭鉱民族ワーフ族の大首領グローイン、若頭ギムリ、若頭ドワーリンが到着された。出迎えされた三つ子姫様へ、友好の証にと装飾品を贈与していただく。贈呈していただいたのは首飾りが三種類。どれも美しい宝石があしらわれた見事な細工であり、大技師庁は送られた首飾りを今回の結婚式典にて、三つ子姫様の衣装に使用すると発表した。
ほぼ同時刻、海辺の国ヴァレスから、女王候補だというアドレア姫が到着された。ミーナ様、ヨナ様、三つ子姫様と和やかに歓談されながらリムジンで移動。窓から溌剌とした笑顔を見せてくださった。
最後に到着されたのはエルバ連合筆頭国、ボブル国のアリババ王太子とアラジン王子。アシタカ様とシュナ様が自ら出迎えされ、一度議会会館にて談話。アシタカ様とシュナ様と共に記者会見を行い、全市民へ挨拶をしてくださった。その後、お二人はアシタカ様とシュナ様達とサングレ・フィデスホテルへ移動。
エルバ連合からの国賓の方々は、サングレ・フィデスホテル最上階の、ラピスラズリレストランにて会食を予定している。
明日は大技師一族が観光案内を行い、昼はエルバ連合と大技師一族の合同会食も予定している。大技師一族とエルバ連合国賓の会食会場に選ばれたのはダンバートンレストラン。創業千年を誇る老舗で、崩御されたヌーフ様が、アシタカ様の母君メリル様に求婚されたレストランとしても有名。
明後日の結婚式典後に、ペジテ大工房とエルバ連合の協定締結、そして大陸連合機構が設立される予定である。
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【第二砦 カルケル】
夕刻、ドメキア王国より、新国王ルイ・エリニース・ドメキアと新宰相の四名、及びシュナ様と盟友ティダ様の親衛騎士団が到着。
ドメキア王国は、アシタカ様と大総統府にペジテ戦役に対する賠償を提示し最終調整中である。また、ペジテ大工房とドメキア王国それぞれで軍法会議を実施予定。計画の主犯の一人であるグスタフ国王は病にて崩御。侵略戦争の最高指揮官ジョン王子が最高責任者として法廷に立つ予定。
報復戦争への参加を拒否していた新宰相シャルル元王子、ペジテ大工房へ計画を密告し侵略戦争回避に尽力されたシュナ様は証人喚問予定。尚、シャルル元王子とシュナ様の出廷にはアシタカ様が同行すると明言している。
誠意ある対応と、賠償内容、再犯防止策の提案によりドメキア王国とは結婚式典後に協定締結予定。
結婚式典にドメキア王国新政権の面々は、末席にて参列する。市内では反対の動きもあるが、議会議員により賛成多数にて可決。デモ運動が起こるのではと懸念されており、護衛庁は厳戒態勢を敷いている。
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【第一砦 インカースレート】
二十一時過ぎ、ベルセルグ皇国から皇帝レオン、シエルバ皇太子、アレーニ皇女が到着予定。警護の都合という名目で第一砦の宿泊施設へ案内するという。
明日の午前中、アシタカ様とティダ様がそれぞれ会談を予定。両名が侵略戦争に対する賠償追求を、どのように行うのかに注目が集まっている。
明後日の結婚式典に参列させるかは、明日の会談後に議会で会議を実施し、可否を取る。尚、アシタカ様は参列させると宣言している。式典後まで賠償問題を提示せず、先に誠意を見せてもらえるかどうか猶予を与える為と大総統府も発表。議会の最終判断は明日の正午を予定しているが、十中八九、参列であろう。
アシタカ様は、結婚式典後の各国首脳会談にてペジテ戦役の賠償問題について、ベルセルグ皇国及びドメキア王国の二カ国に対して、強気で対応すると断言している。
先にペジテ大工房へ来国し、誠意ある謝罪と賠償内容を提示されている、テュール皇子はアシタカ様が保護を宣言。現在、護衛庁が身柄を拘束している。
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【第一砦 インカースレート】
二十二時半過ぎ、グルド帝国よりザリチュ帝王とタルウィ弟帝が到着予定。
到着が遅かったので、第一砦の宿泊施設へ案内。明日の午後にアシタカ様とティダ様が謁見と観光案内予定。
グルド帝国とドメキア王国は長年国境線戦線を繰り返している。グルド帝国とエルバ連合ボブル国も同様で、更に大規模戦争間近という噂があった。そういった大陸情勢を踏まえ、宿泊先や結婚式典での参列場所が決められているという。
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【偽りの庭 本邸 客間】
間も無くエルバ連合同士での会食。呼ばれるまであと少し。セリムは新聞をまためくった。
新聞というのは、興味深くてならない。情報が沢山載っている。今読んでいるところだと、各国への対応や、状況。エルバ連合への待遇がここまで手厚いとは知らなかった。
砦より内側がペジテ大工房の都市。アシタカはそう言っていた。今のところ、入国しているのはエルバ連合だけということになる。グルド帝国は到着が遅くなる予定だから、そう理由が記載されているが建前な気がする。アシタカなら、信頼寄せていればどうにか手配をする。そういう男だ。
侵略戦争を仕掛けてきたドメキア王国とベルセルグ皇国は兎も角、グルド帝国への対応が気になる。ペジテ戦役での争いのどさくさに紛れて、ラステルを誘拐しようとしたのはグルド帝国兵だった。それと、何か関係があるのだろうか。そうならセリムに話があるはずだが、特に何も聞いていない。
明日はエルバ連合からの国賓と共に観光、会食。明後日はいよいよ結婚式典と各国首脳会談。この裏には様々な者達の苦労や祈りと願いがあり、複雑に交差している。
「セリム叔父さん、僕には色々と難しいです。どうしてエルバ連合は良くしてもらっているのに、グルド帝国は違うんですか? どちらも戦争と関係ないのは同じです 」
膝の間に座るカイが振り返って、セリムの顔を覗き込んだ。
「カイは賢いな。僕も同じことを考えていた。僕達の知らない情報があるのかもしれない」
「長年ドメキア王国へ侵略行為、ボブル国へも同じく。だからか?」
ベッドサイドのテーブルで、大技師教義を読んでいたシッダルタが振り返った。
「その理屈なら、ボブル国もベルセルグ皇国と国境線争いをしてきた。そして一番最初に手を出したのは、ボブル国の遊牧民族だ。まあ、これ幸いにと言わんばかりにレオン様が国土拡大を掲げて進軍。九年前だ。国境線がズレて、以後小競り合い。交戦は半年前が最後だ」
長年、ボブル国とベルセルグ皇国の国境での争いが膠着状態だというのはセリムも知っている。崖の国も食糧や医療で支援という形で参加していた。ここ数年は、睨み合いで初期の頃のような激しい争いは少ないという。半年前は、約一年振りの戦いで、ベルセルグ皇国から仕掛けられたと聞いている。
「先に手を出した、か……。ボブル国に属する遊牧民族の土地を取り返そうとしたんじゃなかったか?」
「そうらしいな。しかし、その更に昔はベルセルグ皇国領土だった。あの辺りは、肥沃な土地だから紛争地帯なんだ。最初を探すとキリがないだろう。どこまで遡るんだ? という話になる。半年前の侵略行為も、夜に奇襲。俺、皇国兵の逃亡時間を稼げと前線に行かされたんだ。死ぬかと思った……。アリババ王子はとても良い人だったけど、正直複雑な気分だ」
セリムは一瞬、言葉を失った。
「夜に奇襲? 僕はベルセルグ皇国から仕掛けたと聞いた」
「そうか。しかしティダが前線の最前線に立ったから、半年前の抗争はボブル国からだだろう。ティダはベルセルグ皇国からの侵略行為には参加しない。俺が調べた限りだとそうだ。市民の中でも、噂になっている。セリムが聞けば、ティダは答えるかもな」
シッダルタの目に、非難は含まれていない。むしろ畏敬の念を感じる。ティダに対する感情だろう。
「いや、聞かなくてもその通りだろう。不思議だったんだ。不敗神話の大狼兵士がいるのに、ボブル国への侵略が進んでないのに違和感があった。ティダと知り合ってから、色々あり過ぎてそこまで考えが至らなかったがそういことか。ティダらしい。でもティダ、アリババに謝罪していたな……」
不意に思い出し、口にしていた。侵略された場合に出征していたなら、国を守護していただけとも言える。なのに、ティダはアリババを一目見るや即座に頭を下げた。
——私も皇子。皇帝が戦争をするというのなら身を投じなければならない。そう思っていましたが止めるべきでした
ティダが戦争を止めようとしなかったとは思えない。色々と手を回していただろう。それなのに、言い訳一つせずに謝罪を選んだ。
——国境線戦にて貴国の多くの命を奪ったことを先に詫びます。すみませんでした。正義の敵も正義。我が国も多くの命を失っています。ここは両者の友人の国ですのでどうかこれにて手打ちにして下さい
心の中で、ティダは何を思い、考えていたのだろう。ティダの謝罪に対し、アリババは何も返さなかった。アシタカが現れたからというのもあるが、それにしても何か一言あってもよかった筈。ティダがアリババを鼻高王子と呼ぶのは、こういうところなのか?
「颯爽と現れ、侵略の魔の手からベルセルグ皇国を守護するティダと大狼。軍の指揮はとらず、孤軍。帰国の度に返り血で真っ赤。誰も近寄るな、そういう雰囲気。セリム、ティダは十年前、帝位継承権を放棄したんだ。先代皇帝崩御時、誰もが皇帝に望んだ。なのに何故か俺達の皇帝になってくれなかった。それに、急に市街地にも出なくなってしまった……。今とは全然違う。でも最近のティダは昔のようだ」
シッダルタは探るような視線だった。セリムならティダから何かを聞いている。そういう眼差し。ティダがシッダルタに語っていないということを踏まえると、答えてよいのか測りかねる。
「シッダルタ、君はどう思っているんだ? 俺達の皇帝になってくれなかった、か。ドメキア王国行きの船でティダに食って掛かっていたよな」
シッダルタの瞳が戸惑いで揺れている。
「俺の一番を失った。ティダはそう言っていた。ずっと考えているんだが、ティダの一番とは何だろう。帝位継承権を放棄しても、国に奉仕してきたのは、もう疑わない。あれこれ辻褄が合う。なのに酷い態度に、恐ろしい空気。セリム、話さなくていい。ティダが俺に直接話さないから、セリムは気を遣って話さないんだろう?」
本当は聞きたいけどな。シッダルタはそういう風に苦笑いした。セリムは小さく頷いた。セリムやアシタカに語ったように、シッダルタへも話すに違いない。今のティダは心が重くて、色々と飲み込めていなくて、足踏みをしている。変わろうと、前進を始めたところ。いつか、本人が話すだろう。
かつてティダと親しかったというシッダルタが知らないとは、益々ソアレという女性とティダの関係は謎に満ちている。明日、テュールと会うのに同行しろとティダに告げられているが、その時に何か聞けるだろうか。知っておく方が、ティダの為になるような気がする。
「前の奥さんじゃないですか? ティダ師匠とチェスをした時に呟いていました。妻など許せ、ソアレって。誰ですかって聞いたら、ぼんやりしながら俺の一番だって言っていました」
「ソアレ? ソアレ様? ソアレ様はテュール様の前正妃だ。十年前、病で亡くなられた。ソアレ様がティダの一番? 名を聞き間違えたのではないですか、カイ王太子」
首を横に振ったカイと首を捻ったシッダルタ。兄、血縁的には従兄弟だというテュールの妻に横恋慕? そもそも俺に落とせない女はいないと豪語しているのに、どういうことなのか。
その時、部屋がノックされた。
扉を開くと、アシタカだった。隣には崖の国の民族衣装に身を包んだ、美しいラステルの姿。思わず見惚れそうになった。城婆の礼装に身を包んだテトがそわそわした様子でラステルの隣に立っている。
「セリム、シッダルタ、カイ君、公務車を待たせてある。行こう。事前に打ち合わせた通り、僕は挨拶をして、ラステルさんを紹介し、別件に移動する」
ニヤリ、と口角を上げたアシタカがセリムの肩を叩いた。
「僕は崖の国の王子だ。何もかもは話さない。密偵だなんて……」
アシタカが今度はシッダルタに向き合った。
「君の恩人の支援者。君の命の恩人。期待しているよシッダルタ。時間が足りな過ぎるから、誰もかれも働かせる。というわけで、アリババによろしくセリム、シッダルタ。カイ王太子、このことを話しても良いですよ」
爽やかながら、毒気のある笑顔。アシタカは少しティダの笑い方に似てきた気がする。セリムと同じように、肩を叩かれたシッダルタが首を横に振った。
「アシタカ、君には感謝してもしきれない。でも俺はセリムの側近だ」
「その通り。味方を刺すな。そういう奴が一番信用出来ない。セリム、その背後のエルバ連合に尽くしながら僕やペジテ大工房に恩を返す。更にはティダ。あいつのヘンテコ過ぎる自意識改革に、過剰な荷の簒奪。君の人生への課題は難題だな」
あはは、とアシタカがのんびりとした声を出して微笑んだ。手を伸ばして、シッダルタのターバンをポンポンポンと軽く叩くと、アシタカはくるりと背中を向けた。廊下をスタスタと歩いていく。
「なあ、セリム。崖の国で何かあったのか? アシタカとティダ、随分と関係が軟化という……。表情は兎も角、今の仕草はティダの真似だよな?」
セリムは崖の国で、アシタカとティダと三人で酒盛りをして、アシタカとティダが腹の底を少し語り合ったとシッダルタに伝えた。
「関係が軟化? お二人はとても仲良しですよね。それに、雰囲気や仕草が似ています」
カイがセリムと手を繋いだ。さあ、早くというように手を引かれる。
「最初はそうじゃなかったんだ、カイ。これから国同士でも似たようなことが起こる。いや、起こすんだ。きっと手を取り合う道がある」
セリムはカイの手を握り返して、大きく一歩を踏み出した。
早くても、遅くても、悩んで進めば何かがある。変わっていく。
威風堂々、凛々としたアシタカの背中はまさに手本。腹を括ったアシタカの歩む道から、多くを学びたい。そして必ず隣に並ぶ。
セリムは胸の中でそう、強く決意した。




