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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
八章 破滅と再生の激動大嵐

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聖と血の結婚式典【序】1

【ペジテ大工房の飛行機内】


 崖の国を発って数時間。広がるドドリア砂漠に段々と岩が混じっていく。セリムは窓から眺める景色に没頭した。初めて西へ向かった際は気が張っていて、このような余裕は無かった。


「なあ、ラステル。見ろよあれ……」


 振り返るとセリムの隣席にラステルは居なかった。通路に月狼(スコール)が寝そべっている。


「それでね、シュナがね……」


 通路を挟んで反対側の席に移動していたラステルが、テトとソレイユと話し込んでいる。外を見るのに夢中で気がつかなかった。座席がドンと揺らされたので、後部席に顔を向けた。


〈ほぼ最初から不在だった。注意力散漫だ阿呆〉


 座席から顔を覗かせると、ティダに呆れ顔を向けられた。


〈指摘をありがとうティダ。気をつける〉


〈わざわざ伝心術にしているのに、こっちを見るな。お前の気をつけるは当てにならん。指摘した俺こそが阿呆だな。まあ、目付監視役なので仕方ない。意味がなくても忠告せねばならん。で、ホルフルアピスから返事はあったか?〉


 そんなにボロクソに言わなくても。セリムは前を向いて、座席に深く座った。自然と唇が尖る。


〈いや。家族会議は中止。呼ぶまで巣に近寄るな。近いうちに必ず呼ぶ。そう言われてから未だに沈黙。子蟲達でさえ黙っている〉


 アシタカ達が崖の国を去った日の夜、セリムに告げられた「ホルフルの巣への接近禁止令」の理由を知りたい。見えないところで、確実に何かが起こっている。


〈バジリスコスとココトリスのおかげで、遠かろうが近かろうがアングイスやセルペンスの扉は自在に出入り出来る。しかし、蟲関連はサッパリ。固く閉ざされていてこじ開けられん。特にソレイユ。時折情報をこぼすが基本的に口が固く厄介娘。まあ、なるようにしかならんから待つしかねえな〉


 ホルフル蟲森近くの研究塔にも、念の為近寄らないでいる。クワトロに同行してイブンやラファエ、ラステルの父ヴァルと会う予定だったのも無しにするしかなかった。セリムが望む異種族との外交には、まずホルフル蟲森の蟲達とホルフル蟲森の民と共にと考えているのに、道のりは遠そう。


〈にしても、逃亡頑固男の女は愉快だな。庶民の小娘なのに当然という顔でこの飛行機に乗船。聞けば勝手に手配して蟲森の村に乗り込んだというし、あんな豪胆なのを囲うのは、逃亡頑固男では役不足だな〉


 ティダがテトの事を話したので、セリムはテトに目を向けた。テトの隣でラステルが楽しそうにしている。パズーが帰らないと聞いて、崖の国に一時帰国し、パズーに会いに行くとセリムに詰め寄ってきた。クワトロから聞いたところによると、タリア川ほとりの村でラファエの側仕え状態。更には若者達を束ね始めているらしい。ティダが言う通り、まさに豪胆。


〈寝てれば良いのに起きるのか……〉


 小さな声が、徐々に消えていく。ティダとの伝心を切られたと感じた。少しづつ、伝心術の使い方が分かってきたような気がするし、そうでもない気もする。セリムからティダへは中々話しかけられない。逆は自在のようなのに。


「……はっ! 寝ていました叔父上! ティダ師匠! ペジテ大工房はもう見れますか⁈」


 後ろを見ると、ティダの隣に座るカイが目を擦り、身を乗り出して窓の外を見ようとした。


「見えん。寝てろスヴィティ。見えたら起こす」


「もう眠くありません師匠。このような機会、学ばないとなりません」


 セリムはカイの隣に座るユパと目が合わないように前を向いて、小さくなった。飛行機に密航しようとした、弟子のリノを追い出したまでは良かった。安心してしまったが、カイが潜り込んでいた。身に覚えがあるので、口を出すとユパから火の粉が飛んできそう。


「左様。来てしまったのなら仕方がない。目付から離れず、よくよく学びなさい」


 静かな声のユパ。いつものように涼しい、貫禄ある表情をしているに違いない。かつてセリムが同じようなことをした時は、後からジークに大叱責された。カイはどうなるのだろう。少なくともユパは怒らなかった。叱るのはジークやクワトロに任せるということなのか? しかし、ティダとユパに挟まれて学べるカイは羨ましい。


「覚えていやがれアクイラ二世。アクイラが王に戻るようなので思う存分、至宝の犬にしてやる」


 アクイラ? 耳慣れない単語なので、セリムはまた振り返った。ティダがしたり顔でカイの首根っこを掴んで持ち上げ、ユパの膝にカイを乗せた。


「アクイラ?」


 腕を組んで目を瞑っていたユパが、ゆっくりと目を開いた。


「我が国の古い言葉で大鷲です。ユパ王」


 ユパ達と通路向こうに座るシッダルタがユパに告げた。隣に座るアスベルと何やら話を始める。セリムもあそこに移動したい。立とうとしたらアスベルに手で払われて拒否された。お前は話の腰を折るし、いちいち煩い、とは乗船した際のアスベルの言葉。シッダルタが申し訳なさそうにセリムに笑いかけてくれた。後でアスベルとの話を教えてくれるだろう。


「ティダ、なら僕はアクイラのむす……」


「お前はヴァナルガンドだ。この破壊神。ったく俺は酒を飲んで寝たいってのに、酒がねえ」


 鼻を鳴らすと、ティダが窓の外に視線をずらした。カイがティダの隣に移動する。


「お酒に強くなるには飲む練習が必要ですか? 父上も母上もお酒が強いので、僕も強いかもしれません。十五になったら一緒に飲めます。あの山がカドゥル、いやナルガ山脈ですか⁈ 森は見当たりません。カドュルの森は移動したりしませんよね?」


 ティダに膝を乗り越えて窓に手をつくカイ。鬱陶しいという顔をしたのにティダがカイを膝に座らせた。セリムは噴き出しそうになったが堪えて前方に顔を戻した。


「あれはユルルングル山脈。あの裏手に岩窟ベルセルグ皇国がある。その向こうがナルガ山脈。雲があるし、そもそもユルルングルは大陸最高峰。ナルガ山脈もカドゥルの森もこの位置からでは見えん。我らの守護神ユルルングルには龍神一族が住まうという」


 これはセリムにも聞こえるように語ってくれるつもりだろう。声が少しだけ大きい。


「我が国あたりに文明が興ったのは千年程前だという。まあ、それより前も集落はあっただろう。ある程度大きな国、という意味だ。戦国乱世。かの地には数多の国が存在した。色々あって今のベルセルグ皇国となった。岩窟龍王が現れたからだ。以上。知りたきゃ歴史書でも読め」


「「えー」」


 セリムとカイの不満の声が重なった。セリムはまた後ろに顔を向けた。


「ベルセルグ皇国の歴史書なんて手に入りません師匠」


「ベルセルグ皇国の歴史書を入手したいティダ」


 面倒という表情のティダが、鼻を鳴らした。


「崖の国の歴史を語れるか? スヴィティ」


 問いかけにカイが曖昧な返事をして、ティダの方へ顔の向きを変えた。


「第二皇子の従者が妻を伴ってくる予定。使わなくなったので、シュナやラステルと、あと三つ子姫とでも遊ばせる。聡く知識豊かな娘だ。三つ子姫達はお前とそう変わらない年頃だが、やはり聡明で(たお)やか」


 無表情でカイを見つめるティダ。聡く知識豊かな娘とは「胡蝶蘭(アマビリス)」とティダが呼んでいた女性のことだろう。


「崖の国について教えたら、ベルセルグ皇国の歴史を話してくれるということですね。三つ子姫とは、アシタカ様の妹君でしたよね?」


 セリムからはカイの後頭部しか見えない。ティダが微笑を浮かべたのは分かった。


「その通り。三つ子姫からペジテ大工房についても聞けるかもしれんな。しかしスヴィティよ、お前は崖の国についてしかと話せるのか? 崖の国レストニアの王太子として恥をかかないように振る舞えるか? 自国の事くらい語れなければ外交など無理。先程、歯切れの悪い返事であったな」


 勢い良くカイが顔を動かした。セリムと目が合う。意味が分かって、セリムが何かいう前にカイがセリムの隣に移動してきた。ティダにカイのお守りを押しつけられた。カイが崖の国の歴史について、セリムに確認を始める。


「聞いておきたい。ベルセルグ皇国をどうするつもりだ」


 ユパが小さな声を出した。セリムはカイの台詞に相槌を打ちながら、後方の会話に耳を澄ました。


「さあ? それを決めるのは西の至宝となったアシタカ・サングリアルだ。語らなくても味方になると信頼されている。アリババと打ち合わせはしているようだがな。アシタカという男は、目に入れても痛くないシュナの結婚式典に相応しい話をする。あれはそういう男だ。よって裏切り者が蹴落とされる。誰が裏切り者になるか、予想はついているが蓋を開けてみなければ分からん」


「裏切り者? 何を仕掛けている。まあ、その話ぶりだと語らんか。どう動くのか見定めて判断するということだろう」


「王とは国の礎。国とは民。それを忘れれば葬られる。それが世の常。十年教えてやり、側近も揃えてやったのだから、三人の中から一人くらいまともなのが出るだろう」


 それきり、ティダは口を閉ざした。ユパも更に何か問いかけたりしなかった。


 ベルセルグ皇国から招待されたのは皇帝レオン、第一皇子シエルバ、第一皇女アレーニ、第二皇子テュール。側近数名。ベルセルグ皇国兵の精鋭。ティダがアシタカに指示を出している。ティダが押し上げるのは、確実にテュールだろう。彼の名ばかり聞いている。


 エルバ連合からは、筆頭国であるボブル国からアリババ王子とアラジン王子と側近数名。エルバ連合の他国はどうだろうか。連絡を取り合い、打ち合わせるまでの期間はなかった。ボブル国のジャルーシャ王から、エルバ連合各国へ「ボブル国はアリババ王太子にペジテ大工房との外交を任せる」と、そう伝わっているので、他国も王ではなく王太子が出席するかもしれない。


 ドメキア王国は新国王ルイと新宰相全員が参加。和平協定締結とベルセルグ皇国との停戦協定破棄が宣言される予定。ドメキア王国はまだまだ不安定。前国王グスタフの忠臣、ペジテ大工房へ隷属化のような状態を許さないという声。ドメキア王国に巣食う貴族の派閥は複雑らしい。そのような中、新政権の中心が全員不在で問題ないのだろうか。セリムが心配しなくても、シュナが手配をしているだろう。


 グルド帝国だけは、セリムは何の情報も知らない。ノアグレス平野でラステルを拉致しようとした兵はグルド帝国兵だった。グルド帝国領にある蟲森、ゴヤ蟲森の子蟲だというラステル。誰がラステルを生み出したのだろう。何故、ラステルはグルド帝国から離れたホルフル蟲森に落下してきて助かったのか。


「セリム叔父さん、僕の話を聞いていませんね」


 カイに腕を軽く叩かれた。


「すまない。考え事をしていて。しかし、聞いていた。概ね合っていたので、ラステルやシッダルタへ説明の練習をするのはどうだい?」


「はあい、セリム叔父さん。邪魔をしてすみませんでした」


 拗ねたように唇を尖らせ、カイが席を立った。ラステルの方へと移動していく。目が合ったラステルが、セリムを咎めるような視線を投げる。心臓が嫌な音を立てた。ラステルからあんな目で見られたくない。


 テトがカイと入れ替わるように、セリムの隣にきた。


「自分は人にあれこれ聞くのに、逆は興味無い、おざなりって良くないわ。だって、セリム」


 愉快そうに笑うと、テトに腕を殴られた。結構力が入っていて痛い。


「つい考え込んでしまったんだ。悪かったと思って反省していたところ」


「へえ、昔から誰に何を言われても素知らぬ顔だったのにやっと反省するんだ」


 セリムが驚くと、テトが歯を見せて笑った。


「僕は広い世界に出て、驕っていたと気がついたんだ。チヤホヤされて、甘やかされていたのに、それに不満を抱いて自分勝手とやりたい放題。しかし、変わる。僕は絶対に穢してはいけない誇り(オルゴー)を見つけた」


 チラリとラステルを見ると、カイと真剣な表情で話をしている。あれはセリムがやるべきだったことだ。考え事をしたいと、カイを追い払うべきではなかった。しかし、ティダもカイをセリムに押し付けた。先にあしらい方を見せてもらったから真似してみたのに失敗。カイはティダには嫌な顔をしないどころかやる気を出したのに、セリムに対しては反対。全くもって未熟な自分。


「ふーん、ラステルは幸せ者ね。セリムがラステルを連れてきた時からゾッコンって感じだったけど、今の方がより強そう。ラステルね、村の人から何を考えているか分からない、静かな女って聞いたの。あんなによく喋って、素直で単純って感じなのに不思議。ラステルもセリムに会ったから変わったんでしょうね」


 良かったね、というようにテトが肘でセリムを小突いた。


「蟲森で会った時から、ラステルは今と同じようだった。あー、いや、最近の方が確かに明るくてお喋りかもしれない。それは僕じゃない。大親友のテト、パズー、シュナさん、アンリさん、シッダルタ。あと見習いたいという姉上達。そこにソレイユが増えた。ラステルは村で孤立していたせいか、友達が好きで好きで嬉しくてならないんだ。その次は尊敬する女性達。正直僕は寂しい」


「それは私も感じる。二日、少し観光案内をしただけなのにこんなに慕ってくれるなんて嬉しいわ。色々気も合うし。だから、ちょっと言い難いのよね……」


 テトが俯いて、膝の上で組んだ手を見つめる。


「代わりに言ってくれってことか。ラステルに何かあるのか?」


「ラステルじゃなくて……。パズーに……」


 少し頬を赤らめてから、テトが苦笑いを浮かべた。


「私、イブンと……そういうことにかるかも……」


「何だって⁈」


 思わず大きな声が出て、テトに手で口を塞がれた。注目されている。テトがセリムの口から手を離した。


「蟲森の村って面白いでしょう?」


「あ、ああ。ラステルからも聞いているけど……まだまだ全然知らないから面白いな」


 口裏合わせはこれで良いのか? もう、各々自分達の会話に戻っているので誤魔化せたようだ。


「イブンはラファエさんの婚約者だろう? 何でまた……」


 今度はなるべく小さな声を出して、テトに問いかけた。


「ラファエはアシタカさんとラステルの事が気掛かりで上の空。あとアシタカさん自体のことも気にしている風なの。まあ、二度と会わないだろうって思っているみたいだから、そんなに強くじゃないけど。で、イブンに色々相談されているうちに何か、こう、そう……。お互い……。ラファエも後押ししてくれて……。アシタカさんの結婚式に出席してきたなんて、ラファエにどう伝えよう。でもラステルのあの様子ならウキウキと話すわよね。シュナって元お姫様が大好きでならないみたいだもの」


 テトはパズーについてはあまり気掛かりではないらしい。セリムはパズーに同情した。まあ、離れていたから仕方ないのか? ラファエがアシタカを気にするとは、まあ予想はつく。崖の国でのやり取りでのアシタカの包容力。切羽詰まったような、張り詰めたラファエが軟化したのはアシタカが接触してから。ラステルのこと、父親のこと、未知の世界との外交問題。ラファエの肩の重圧を今なら察してやれる。セリムはラステルに夢中で気がついてあげられなかった。瞬時に寄り添ったのはアシタカだ。


「ラステルが話す前に、僕が素知らぬ振りで話そう。で、テトやラステルが慰める。頼まれたよ。しかし本音としては、話辛くてもラステルに相談して欲しいかな。テトの事、ラファエさんの事をラステルは無下にしたりしない」


「……。ええ。卑怯者になりたくないから話すわ。セリムならそう言うと思った。ありがとう。本当はパズーにも会いたくない。色々頑張っているんでしょう? 会って気持ちが揺れるのが怖い。でも、逃げない。逃げたくなんかない。そんな女は最低よ。はあ、人生って何があるのか分からないものね。崖の国で、母や父のような一生を終えるんだと思っていたのに」


 テトが両手を握りしめ、険しい顔つきになった。


「そうだなテト。僕もそう思う。世界は広くて人もうんと沢山いる。良くも悪くも人は変わる。そして、何度でも変われる」


 微笑んでくれたテトにセリムはほっとした。少しは元気になってくれただろうか。セリムの背中に振動がした。思わず振り返りそうになったが、伝心術で声を掛けられたので、動かないでいた。またどやされる。


〈そりゃあアシタカの言葉だろ。借り物の言動などというハリボテはすぐに破れるぞ〉


「ふはははは。男二人を手玉に取るとは愉快な娘だ。豪胆にして強欲。しかし性根は真っ直ぐ。成る程、聞いていたように可愛ゆい娘だ。俺に食ってかかりそうな目も愉快だったしな。揺れるなど、どちらも大して思い入れが無いということと同意義。どうだ、俺の側妃になるか? 三番手以下だが良い夢を見させてやるぞ」


 バッと振り返ると、ティダが立ち上がってテトを見下ろしていた。何とも言えない色気ある笑みを浮かべている。ティダがテトの顎を指で持ち上げた。それで終わりかと思ったらティダはテトの唇を指でなぞった。テトはみるみる真っ赤。


「ティダ師匠! パズーに(かじ)られるわよ! アンリにも言いつけるわ!」


 叫んだラステルにティダが肩を揺らした。


「こういう遊びも許さんとは聞いていない。して、豪胆娘よ、丁度何か話せそうだがどうする? 俺の遊びに付き合うか?」


 ティダがラステルを顎で示した。勢い良く立ち上がったテトが、ニヤリと笑うティダの手を払った。テトが手を振り上げる。


「無抵抗な者を殴るのは恥。友と自国の誇りを穢すな。それに力量見誤ると死ぬぞ」


 鋭い視線でテトを突き刺すティダ。何ていう殺気を放つんだと、セリムはティダを睨みつけた。驚いたことにテトは震えながらも、しっかりと立っている。セリムは感心した。腰を抜かすかと思ってテトの腕を掴もうとしていた手が宙を彷徨う。


「ティダ、だからこういうのは止めてくれ。普通にラステルと話してきたらどうかと話せば良かっただろう? 確かにテトは正しく無いと思えば誰彼構わず、声を上げられる。しかし、これから訪れるペジテ大工房ではそれが許されない。テトの立場ではよりそうだ。しかし教えるにしても、このように脅さなくても……」


 ティダの腕が伸びてきて、セリムの頭を掴んだ。席と席の間隔が狭くて逃げられなかった。


「アクイラ二世が豪胆娘に話をした筈だ。それなのにこれ。おまけに世話になっている者の弱点を披露。傷を負わない経験など、大して実にならん。お前はそれを知っていると思うが学んでないようだな。自国の民をしかと庇ったことは褒めよう。しかし、アクイラ二世は沈黙しているぞ。理由を推しはからぬとは短絡。では豪胆娘、どういう態度を取れば良かったか分かるか?」


 セリムの髪をぐしゃぐしゃにすると、ティダがテトに笑いかけた。優しい、諭すような笑み。こういう顔が出来るなら、最初からそうするべきだ。しかし、ユパは不干渉を貫いている。テトは青ざめていたが、少し顔色をよ良くした。しかし、声が出せないらしく黙っている。そりゃあそうだ。ティダにあのように睨まれれば、大抵の者は何も言えなくなる。


「奥様をとても大事にされていると聞いています。お戯れなどご勘弁下さい。ご配慮ありがとうございました。友にしっかりと相談します。まあ、そんな所だな。あしらいというものを覚えておくと良い。女は基本的に弱い。手練手管と愛嬌を覚えるべきだ。腹わた煮えくりかえろうと爪は隠す。それかとっとと逃げる。特に得体の知れない相手、力量読めない者に対してはな」


 後半の台詞の時、ティダはテトを見ていなかった。ユパを見下ろしている。関心した、そういう目つき。ユパは感情を殺したような無表情でティダを見ている。


「世話焼きが好きなのは良く良く分かった。そこらの娘に対してまで心砕くとは、荷が多いと自ら言うのも頷ける」


 静かな声を出したユパ。ユパの目が観察するような視線に変わった。


「そこらの娘、それに世話焼きが好きとは、 皮肉かどうか分かり辛いな。思ったよりも器小さいのならお前も蹴り上げんとならないか。手一杯なので勝手に伸びろ。駒はまず見抜くところから始める。根性がある男一人の生き様変える女の価値は高い。俺に気圧されないというのも肝が据わっている。そういうことだ。采配と配置がお前の仕事だろう。常に遠くを見ろ」


 ティダが呆れ顔で着席し、まるで何も無かったというように窓の外を見つめた。ユパに関心を失くしたというような雰囲気。ユパが珍しく悔しそうな表情になり、セリムは驚いた。ティダという男はユパさえ引っ張り上げるのか。


 ラステルが複雑な表情をティダに向けてから、テトを自分の隣へと連れて行った。ティダは一切無視、話しかけるなというような雰囲気。セリムはしげしげとティダを見つめた。


「ティダ、君は疲れないのか?」


〈この世の何もかもを掌に乗せるのに疲れるか。俺は相手にどう思われようが、何をされようが頓着せんから、語ることこそ面倒だ〉


 一瞬、ティダがセリムを見た。すぐに窓の向こう側に視線が戻る。


 お前が言うから仕方なく理由を話した。語った。そう訴えられたような気がした。


——矜持に目的、命。何を壊されてもお前ならば文句を言わん。俺は俺にそう誓って人里に降りた


〈ティダ、悪かった。しかし、話してくれないと分からないことが多い。またきっと君に突っかかるし、色々と聞くと思う〉


〈好きにしろ。何もかも許す〉


 抑揚のない声。ティダは少しだけ微笑んでいる。


——俺はアシタカに荷を分ける。よって、お前も俺にのしかかれ。お前は俺もアシタカをも支えるだろう


 セリムは腰を下ろして目を瞑った。ティダからの信頼は、そこらの男からのものとは比にならない。彼を裏切ることだけはしたくない。頼り頼られるというには、セリムとティダの落差は激しい。何から始めるべきなのか。


〈アシタカは相変わらず真っ向勝負のようだヴァナルガンド。ったく。勝算高くとも危ない橋を渡ってよい立場では無くなったのに誰も進言しないのか? まあ、有無を言わせないのか。パズーごときじゃ使えん。それに流石にこの距離と多方向へだと、自由自在にいかんか……〉


 ティダのぼやきに、セリムは思い至った。ソレイユはよく寝る。輪繋がりと匂い感知のし過ぎで眠くなる。そう言っていた。ティダに疲れないのか、そう尋ねるなんてあまりにもバカだった。大蛇蟲の王(バジリスコス)やアシタカと打ち合わせしている様子なのに、この場の全員に気を配っている。王狼(ヴィトニル)誠狼(ウールヴ)とも何か語っているかもしれない。


「カイ、すまなかった。考えがまとまったから今度はしっかり君に教える。ティダもユパ兄上も会談に向けて色々と想定するのに忙しい。特にティダは遠くにいるアシタカとまで、色々と確認をしている。シッダルタ、僕とカイの練習相手になってくれないか?」


 呼ぶと、カイは直ぐにセリムの隣に移動してきた。ティダに押し付けられたのではなく、頼られた。ティダのあしらい方を学びたいではなく、何故ティダがカイをセリムに誘導したのかを考えるべきだった。シッダルタがアスベルの隣からカイの横に来てくれた。


「ティダ師匠、それでピリピリしているのね。お酒はないけど紅茶は持ってきたわ。ティータイムが必要よ」


「ティダ師匠が忙しいなら、僕はシッダルタさんからベルセルグ皇国の事を教えてもらいます。シッダルタさん、崖の国のことを是非沢山聞いて下さい」


 ラステルが立ち上がり、荷物がある隣室の方へと歩き出す。手伝うと言ってソレイユとテトもついていった。ほぼ同時に口を開いたカイは、好奇心旺盛な目でシッダルタを見上げていた。


〈采配ご苦労ヴァナルガンド。砂糖は絶対に入れるなと伝えてくれ〉


 自分で言えばと思ったが、立ち上がってティダを見ると険しい表情をしていた。窓の外の青空を見つめているが、そこではない何かを見ているような様子。


「ラステル、ありがとう。砂糖は各自入れたいから別に用意して欲しい」


「ええ。この間は間違ってしまったの。気をつけるわ」


 ラステルの笑顔にセリムは少し和んだ。ティダの雰囲気に胸がザワザワとする。ペジテ大工房で、既に何か動き出している。勝算は高いと言っていたが、アシタカが危ない橋を渡っている。ここにいて何も出来ないティダの心中は、今のセリムと似ているかそれ以上に不安と心配を抱えているに違いない。アンリがこの場にいれば、そう思ってしまった。しかし、そのアンリはティダの為にアシタカとシュナの護衛に回っている。


〈ティダ、アシタカは……〉


〈なるようにしかならん。いよいよ至宝の特大の火種がばら撒かれる。消す側に回りそうなら俺はお前を(なぶ)り半殺しにせねばならんから肝に命じろ。あと、俺もアシタカも庇うなよ〉


 なるようにしかならん。その後にこう聞こえた気がした。


——この世は因縁因果。生き様こそ全て也



***



 時同じくして、ノアグレス平野でアシタカ・サングリアルとテュール・ベルセルグが遭逢(そうほう)した。

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