お妃様の奮闘4
【崖の国 祭宴大広間】
王族の席で、ラステルは緊張しながらジークと向かい合った。まだ、セリム抜きで話した事がない。二人きりで会話をしたこともない。
ソファに登った小さき王は眠るように目を閉じている。胞病で下半身麻痺だと聞いているが、こうして座っていると、貫禄がある。王の間の寝台で横たわっているのとは、また違う。
「お、お義父様。来賓の紹介に参りました」
ジークは柔らかく微笑んでくれた。顔立ちはユパと良く似ているが、笑い方はセリムを思い出させる。
「そうか。セリムから話が無いので気にはなっていた。この宴席で話をされるとは思っていたよ。ずっとソワソワしていたからな。アシタカ殿から、後ろの二人のことは聞いて紹介もされている。先にそちらの方々とご挨拶をしよう」
ジークがフォンとマルクへ優しい笑顔を向けた。ジークの声はクワトロに似ている。話し方はクイを感じさせる。皆の親なのだな、そうしみじみと思った。
「改めましてジーク様。このような、もてなしの場、大変光栄です。ペジテ大工房、フォン・デュナンです。アシタカ様の命によりセリム様とラステル様の護衛を務めます。世話になりますので一近衛兵としても働きます。国を代表して参りましたので、粗相のないように励みます。未熟者につき、国境を越えてご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
フォンがジークに敬礼をした。軽口が多いフォンが、こんなにシッカリとした挨拶をしたことにラステルは感心した。フォンは護衛人の出世頭、期待の若手、そういう評価を受けているということを思い出した。
「突然の訪問に際し、このような歓迎は大変名誉で胸が一杯です。再度ご挨拶させて下さい。ドメキア王国、第四軍正騎士マルク・ジュネーブです。シュナ様の命によりセリム様とラステル様の護衛を務めます。シュナ様の盟友ティダ皇子に師事し、国防も担います。見習える背中は全て己の目標。何もかも励みますので、どうぞ厳しくご指導をお願い致します」
マルクは片膝をついて、剣を両手で握り、首を垂れた。パズーが、二歳差なのに自分とは違い過ぎるとマルクに対抗心を燃やしていたのを思い出した。可愛らしい顔立ちだが、マルクはかなりの実力者だという。ジュネーブ家というのも古くから続く、貴族騎士の家系とも聞いている。普段は人懐こい子犬のようなのに、今の姿もとても凛々しい。
「若者よ大志を抱け、そう言うが君達はもう大志を抱いているようだな。我が息子セリムは、君達のような者がいると張り切る。どうか切磋琢磨して、息子を偉大な男にして欲しい。大国に比べたら不自由極まりない国だろう。護衛ながら更には我が国の職場に出向扱い。私もユパ王も了承している。祖国と私達の信頼を忘れずに暮らして欲しい。王を退いた私には何も権限はない。しかし年長者にしてそれなりに経験も豊富だ。困った事があれば、相談に来ると良い。今夜は色々と忘れて楽しんでくれ」
ジークの柔らかさに、ラステルの緊張は溶けていった。ラステルの村には、このような年長者はいない。アシタカの父ヌーフともまた違う。ヌーフも親しみ易く懐大きそうだが、彼には近寄り難くて何もかも見透かすような不思議な空気がある。ジークは近寄り易くて、何もかも許してくれそうな気がする。
密偵として、厄介者扱いや疑心で探られたりするだろう。フォンがマルクと話していたのをラステルは知っている。フォンは秘密話が苦手らしい。しかし優秀な男らしいので、わざとラステルに聞こえるようにしたかもしれない。
ジークの何も疑っていません、どうぞよろしく、そういう目はセリムそっくり。フォンが見るからに安堵した様子を見せた。マルクは当然という表情をしている。マルクはやましい事が無ければ堂々とする、そういうセリムに近いところがあるらしい。シュナがそう評していた。
ジークがシッダルタを見上げた。何か言われる前にしっかりと紹介するべきだと、ラステルは慌てた。
「フォン、そしてマルク。来賓席へ我が国の要人が挨拶をしにいく。近衛兵とはもう交流があるそうなので、彼等と仲良くして欲しい」
急にジークがピリッとした空気を出した。拒絶と威圧。ラステルはドキリとして固まった。ジークは旧王。健康ならば、今も王。親しみ易いのは、そういう風に振る舞ったから。ジークの目がフォンとマルクに下がれと訴えている。
「はい。ジーク様。歓迎と期待をありがとうございます」
「旧王ジーク様。敬愛をありがとうございます」
フォンとマルクがジークに会釈して去っていった。二人共、とても堂々としていて礼儀正しかった。二人の背中を、ジークは微笑ましそうに見つめている。怖いのと、とても優しいのと、どちらが本当のジークなのだろう。真逆の態度にラステルは面食らった。
「ははは。どちらも私だラステル。お前はもう少し心境を隠す表情作りを覚えた方が良い。これより先、セリムとあちこち行くのだろう?」
「あ、あの。すみません……。頑張ります。あちこち行くとは?」
「息子は渡り鳥だ。君が現れなければ、旅人だっただろう。感謝している。だからユパやクイも君を受け入れた。セリムを連れて帰ってくれてありがとう。また出て行く時は苦労をかけるだろうが、支えてやって欲しい」
思わぬ発言に、ラステルは首を横に振った。
「あの、私は連れて帰ってきてなんてしてません。むしろ……」
「むしろ得体の知れない君の人生に巻き込んだ?あれは不思議や、妙なものばかり好む。厄介事や心配ばかりかける。君が居なくても蟲一族とは交流を持っただろう。蛇一族もそう。セリムは異文化交流どころか、異生物交流をしたいらしいな。おまけに大陸情勢が絡んだ。不自由な身なので、蟲森の民の件も含めて何もかも息子達全員に任せる予定だ。さて、一番奇妙なのはあの男だ。ティダ・ベルセルグ。話に来てくれたんだろう?」
ヌーフだけではなく、ジークも何もかも見透かしているようで、ラステルは少し怖くなった。この人に、ラステルなんかの嘘は通じない。嘘をつきに来た訳ではないが、セリム不在で余計な事を話したりしないか不安に襲われた。
今、この席の周りにはラステルとシッダルタしかいない。わざと人払いされていることに、今更思い至った。ジークはラステルではなく、シッダルタを見つめている。シッダルタが少し震えながら、胸を張った。
「初めまして旧王ジーク様。ベルセルグ皇国奴隷層、シッダルタと申します。このような場は大変畏れ多く、失礼があったらすみません。徴兵により出征後、ティダ皇子とアシタカ様の慈悲によりドメキア王国へ亡命となりました。セリム様にも大変世話になっています」
シッダルタが緊張した面持ちで会釈した。フォンやマルクと変わらぬ、品のある挨拶に感じられた。シッダルタはセリムと挨拶の練習をうんとした。その時から既に基本的な事は出来ていたが、もっと良くなった。今の挨拶ならジークはシッダルタに好感を持ってくれるだろう。
ジークが肘掛にもたれかかり、顎に手を当てた。反対側の手で小さき王を撫でたので、ラステルは目を丸めた。
「セリムの妻リシャには鳥や蛇が懐いてな。私にとって蛇は好ましいのだ。まあ、蛇ではなく蛇一族と聞いている。我が王族、そして国の守護神は大鷲と蛇。このように席を飾ってくれるとは大変光栄なことだ。シッダルタよ、奴隷層と言う割には学がありそうだな。挨拶も会釈も、付け焼き刃には見えぬ」
ラステルはしげしげと、ジークに撫でられる小さき王を見つめた。ティダとアンリ、そしてセリム以外には触られたくないと威嚇してくるのにジークになすがまま。ジークは観察するラステルには目もくれない。ジッとシッダルタを上から下まで確認している。探るような視線のジークから、シッダルタは少し震えながらも目を逸らさない。
「貧しいことは恥ずべきことではない。脱しようと努めず、安住することを恥じよ。向上心を持て。酷く疲れきって眠いのに、そう言って無理やり書物を読まされてきました。市街地に現れる皇族への挨拶も、何度もやり直させられました」
シッダルタは誰がとは言わなかった。ラステルにはすぐ分かる。ティダだ。ジークに伝えようと思ったら、ジークに目線で止められた。
「皇族とは我ら王族と同じ立場だろう。して、どういう縁があってティダ皇子からそのような手厚い扱いをされた?戦場から助け出され、亡命させてもらった。そう言っていたな」
ラステルが言わなくても、ジークはティダだと見抜いた。簡単なことなのかもしれない。ジークが横の机の上に置いてあるゴブレットを手に取った。簡易な装飾のゴブレットだったので、シッダルタへかと思ったらラステルにだった。ジークが、ユパが手にしていたゴブレットと同じ豪華な細工のゴブレットを手に取った。ラステルは迷ったが、シッダルタにジークから受け取ったゴブレットを手渡した。
「お妃様からの施しを受けても良いでしょうか?」
「自ら招いた客人よりも、先に贅を味わうような娘では無い。施しなんかでもない。言葉選びには気をつけよ。自慢の娘だ。その娘が連れてきて、とても大事そうに見守っている男。そんなに身を縮めなくとも取って食いやしない。楽にしてくれ。単にティダ皇子について知りたいだけだ。あれは気難し屋そうだからな。先程ので扱い方は何となく分かったが」
ラステルは褒められて嬉しかった。おまけにジークがゴブレットをラステルに差し出してくれたので、更に嬉しくなった。しかし、ジークのゴブレットが無い。
「お義父様のゴブレットが無くなってしまいますので、彼と二人で使います」
ジークが大きな声で笑い出した。
「それは品が無い!クイに叱責されるぞラステル。シッダルタ君が話づらそうなので、席を外せ。そういう意図だ。せめて、お義父様と二人で使いますと言いなさい。単に私が嬉しい」
豪快に笑うジークにゴブレットを渡された。ラステルは恥ずかしさで体が熱くなった。
「い、いえ、ジーク様。話づらいのではなく考えていました。昔から他の者より、手厚くされていました。気のせいか思い上がりかと思っていましたが、ティダ皇子本人から第二皇子の側近として育てていたと言われました。しかし、特に理由が思い至らないのです。寄り添ってきた訳でもなく……むしろ疑って罵声を浴びせた事も一度ではなく……」
シッダルタが複雑そうな顔で俯いた。ゴブレットの中身をジッと見つめている。
「シッダルタはセリムの大親友になる風の神様からの贈り物だもの。ティダ師匠は男を見る目があるから、シッダルタの底力をうんと昔に見抜いていたんだわ」
ラステルはそっとシッダルタの背中を撫でた。
「ラ、ラステル。セリムと二人してそういう圧力を止めてくれ。俺はそんな……。いえ、その信頼に応えたいです。ジーク様、此度セリム王子は種族を越えた交流を持てるような仕組みを一から作ろうと決意しました。私はその手伝いをしたいと考えています」
シッダルタがラステルにゴブレットを渡して床に胡座をかいた。ジークの真正面。シッダルタが床にターバンがつくくらい頭を下げた。
「ジーク様、ユパ王へ口添えをお願いします。この国で暮らし、働き、セリム王子の研究助手をしたいです。何でもします。一生セリム王子とラステル妃に尽くします。大恩あるティダ皇子の幸福にはセリム王子が必要です。セリム王子達の支えになれば、結果ティダ皇子の支えにもなれると思っています。好きに自由に生きよと助けられたので、自分の道を行きつつ恩を返したいのです」
突然の出来事に、ラステルは慌ててシッダルタの隣に並んで頭を下げた。シュナに教わった会釈とシッダルタの真似と迷ったが、胡座は行儀が悪いと言われそうなのでシュナの真似にした。
「お義父様、セリムは異種族支援機構を立ち上げます。明日にも本人から説明をする予定です。許されれば、この国で暮らしながらと考えています。セリムにはシッダルタが絶対不可欠なので、セリムと私が崖の国の民にしました。許されなければ三人で建国して去ります」
ラステルが告げると、体を起こされた。シッダルタが怒った顔でラステルを見つめた。
「待てラステル。三人で建国して去ります?」
ジークに聞こえないように、小さな声で耳打ちされた。
「そうよ。一度建国したんだもの。国の垣根を越えるのに国より非営利?団体っていうのが良いらしいけど、仕事じゃないから働いて暮らしていかないとならないわ。シッダルタが崖の国で働けないなら、蟲森で家族と暮らすの。私とセリムはシッダルタから離れないわ」
ラステルもなるだけ小さな声を出した。
「おいおいラステル。セリムがこの国を捨てるなんてする筈がない。俺は砂漠でも蟲森でも、山の中でも暮らしていける。セリムやラステルと会う時間があれば、何処でだって異種族支援機構は作っていける」
「捨てるわ。セリムって頑固だもの。巡り巡って崖の国の為になるから、大事でも、大好きでも、離れるわ。むしろ私達を置いて行こうとするから、セリムに言われる前について行くのよ!くっつき苔みたいに貼り付かないと、セリムは一人で背負ってポポの種みたいに飛んでいってしまうわ!」
ラステルは立ち上がった。シッダルタも立たせた。アシタカに誘われてペジテ大工房へ行くと決意したのと、同じ事が起きる。この国を拠点に異生物交流を始めると、崖の国が危険に巻き込まれるのではないかと懸念しているセリム。ジークやユパ、国民にも猛反対される覚悟はしてきている。声を上げてしがみつかないと、セリムに置いていかれそうな気がしていた。
「聞こえている。二人とも落ち着きなさい。ユパや要人達とシッダルタの扱いは決まりかけている。勿論前向きにだ。アシタカ殿達からきちんと頼まれているよ。セリムが真っ先に話をしないからこうなる。私の教育不足だ。叱責の材料にしたくてな。付き合わせてすまない。あれは己の力量よりも背負いたがる。手に持ち、果たせる量の責を見誤っていて困った息子だ。ユパも外交で手一杯のよう。もう一度言う、頭など下げさせてすまない」
ジークが頭を下げたので、シッダルタが慌ててまた胡座をかいて頭を下げた。
「ここまで言ったのだから、私を立てる為に立ちなさい。胸を張り、こう言うが良い。貴国の王子が祖国の皇子に大変迷惑をかけられた。祖国を代表して指導したい所存です。名をシッダルタ。祖国はベルセルグ皇国。現在はペジテ大工房の代表アシタカ・サングリアルの秘書です。そういう打ち合わせをしてきていたのだろう?視野を広げる為にパズーと一時立場を入れ替えた、そう聞いている」
立ちなさい。その後、ジークはラステルを見つめた。お前が立たせろ、そういうことだ。ラステルはそっとシッダルタを立たせた。なるべく品が良さそうに振る舞う。
「い、いえ、私にセリム王子の指導など……。しかし、共に荷を背負うことは出来ます。必ずセリム王子を支えます。死ぬまでには祖国にと思ってもいますが、セリム王子とラステル妃に尽くす所存。職を与えて頂けるならば、一日でも長くこの国で暮らせるように励みます。ですので身分を隠し、己を偽り生活したくありません」
シッダルタがまたしっかりと会釈をした。
「嘘は嘘を呼びます。後戻り出来なくなり、心が重くなるのは良くありません。私は自身が招いた事ですので、しかと国益になるようにします。しかし、シッダルタはそうではありません」
「まあ、そんな所だと思った。卑しき身分、王子に取り入って権力を傘に着て等と誹謗されるのは覚悟の上。そういう気概があり、真摯に相手と向き合おうとする姿勢は好ましい。これもセリムを叱る材料だ。相手の為だと相手を追い詰めるのは良くない。但し、この程度のことを話し合えないのはこの先溝となる。私が叱責する前に、二人ともしかとセリムに意見を述べなさい。セリムは少々聞く耳持たず、独善的。長い付き合いになるならパズーくらい自己主張すると良い」
ジークの温かくも全てを見透かしているような視線に、自然と背筋が伸びた。
「このように指導して頂けるなど大変光栄です。ありがとうございます。セリム王子とは話し合いましたが、私の力不足で上手く伝えられず……このような強行策に出ました。セリム王子には非はありません。すみません」
「そうかそうか、庇ってくれるのか。ならセリムには少し加減しよう。セリムと呼んでくれているのだろう。セリムで良い。収穫祭でセリムが君と去ってからというもの、民が煩くてならなかった。風詠が一人減ったので、その分も大忙し。死にかけたそうだし、他国の政治に首を突っ込んだとも聞いた。更には蟲の王候補なんだろう?親として、家族としてそんな息子から目を離してなるものか」
蟲の王候補?ラステルはジークの言葉に固まった。セリムが蟲の王候補?
「蟲の王候補とはどういう事ですか?」
ラステルより先にシッダルタがジークに問いかけた。
「こっちが知りたい。しかし、二人とも知らぬようだな。アシタカ殿かシュナ姫、もしくはティダ皇子から聞きなさい。そして私にも色々と教えて欲しい。セリムは時に口が固くて、困っている。ドメキア王国が蟲一族と一悶着起こし、ラステルとシッダルタの両名がセリムを支えたと聞いている。ありがとう。シッダルタよ、祖国に家族は?」
シッダルタの表情が強張った。ギクシャクした笑顔を作った瞬間、ジークが横に首を振った。そういえばセリムもラステルも、シッダルタの家族について何も知らない。
「語らなくて良い。ならばシッダルタよ。この国を第二の故郷、我等王家を第二の家族と思って欲しい。私に権限はないが、私はこう予想している。その身は王家預かり。住まいは城塔。役職はセリムの第一側近。この国では城爺と呼ばれる。今までのセリムの側近はみな年寄りで、行動的すぎるセリムの面倒を見切らないと文句を言われていてな。息子の良き友が去ったが、新たな良き友が現れて嬉しい。畏れ多いならば、頭を下げるよりも、歓迎を受けてしかと働きなさい」
ジークがシッダルタに向かって右腕を伸ばした。拳を握り、胸を軽く殴るように動かす。シッダルタが目を丸めて、涙目になった。ラステルも泣きそうになった。シッダルタはセリムを信じながらも、ずっと怯えていた。その気持ちは痛い程理解出来る。
「ねえ、シッダルタ!だから言っていたでしょう?セリムの家族はセリムの家族なの。私を受け入れてくれた人達が、シッダルタを無下になんてしないわ。シッダルタはセリムの大親友になる男だもの。まずは受け入れてくれるの。後は励むだけよ。シッダルタは勤勉で働き者だから大丈夫」
ラステルは思わずシッダルタに抱きつきそうになった。シッダルタが手を顔の前で振った。
「ラ、ラステル。だからそれは嬉しいが止めてくれ」
「ラステル、はしたない。それに余計な諍いを産む。彼の手を取って、私の方へ連れてきなさい。人払いして練習にしておいて良かった。来賓紹介にきたのに、話し方が普段に戻っているぞ。紹介方法も悪手。クイに一から教育させるからお前こそ励みなさい。来年の収穫祭で追放されたくなければな」
ジークが目配せしたのでラステルは視線の先に目を向けた。来賓席でシュナ達をもてなすクイと目が合った。一瞬、恐ろしい睨みがラステルに向けられてラステルは固まった。クイはもう笑顔に戻って、ハンナに話しかけている。
「ラステル、そしてシッダルタ。まず受け入れるのは我が国の誇りの一つ。この国は絶対王政ではなく、自己主張が強い民に監視されている。ラステルは兎も角、シッダルタは誤解もされるだろう。シッダルタ、私が見たところ己を過剰に卑下せずに自分らしくいれば問題ない。むしろ萎縮し民と距離を置くと孤立する。直ぐには難しいだろうが、のびのびと暮らして欲しい。セリムとラステルが支えになるだろう。セリムについて困った時は一人で抱えずに相談にきなさい。側近となれば、定期的に報告をさせるからな」
クイに睨まれたので、まだ胸がバクバクする。ジークがシッダルタを見た後に、ラステルを見上げて微笑んだ。
「つ、つ、追放されたくないので励みます。ラ、ラステルはレストニア王家の誇りを背負う娘となりました。大鷲一族に相応しい妃になるように努めます。素晴らしい大志を抱いたシッダルタが誤解されぬようにし、必ずや民と打ち解けるようにします。ユパ王を始め、王家の者にも働きぶりを報告します」
「はっはっは!そうか、そうか。ありがとう。是非頼む。私はこのように体が不自由だ。とても心強い。してラステル。私も客人もいつまで経っても腹を減らしたまま。気配りも覚えなさい。シッダルタよ、この幼い妃の側近も兼任かもしれない。よろしく頼む。今夜は娘達が色々と用意した。ラステルと見繕ってきてくれるか?ああ、この国の民は君よりティダ皇子の存在に夢中なので、大いに語って欲しい」
かもしれない、と言うが決定事項なのだろう。さもなければ、見繕ってきて欲しいなど客人に言わない。王位を退いてもジークにはかなりの権限があるとセリムから聞いている。次から次へと怒られて、ラステルは慌てて会釈をして下がった。シッダルタも同じように挨拶をして、ラステルについてきた。
「ラステル、俺が王家の側近だと。決定事項という様子だった。あの口振りもそうだし、目が単なる客人ではないと訴えている。それに客人の前でラステルを嗜めるのもそう。温かい雰囲気なのに、厳格そうで何もかも見抜かれている。ティダのこともお前が語れと凄い迫力。手汗がびっしょりだ」
食事を並べているテーブルの前で、シッダルタが両手を広げた。汗ばんでいる。シッダルタの言う通り、ティダの名を出したジークはとてつもない威圧感を発していた。
「私もよ。お義父様とこんな風に話すの、初めてだったの。クイお義姉様が怒っていたわ。お客様に恥をかかせてって。シッダルタの土下座を止めなかったからだわ」
ラステルもシッダルタに手を見せた。ハンカチを取り出してシッダルタの手を拭き、自分の手の汗も拭った。
「俺のせいだ。ごめんなラステル。セリムの家族は手厳しいな。この服を着させてくれたクワトロ様も、優しくて人懐こそうなのに礼儀についてチクチク遠回しに注意された。側近だから言われたんだ。シュナ姫の言葉を思い出したよ。まずは受け入れる。そう言われた時にさ。この世は因縁因果。生き様こそが全て也」
「日々の行動や態度、結果で示せってことよね。私、ひよっこ妃なの。シッダルタもひよっこ側近になるのね。一緒に励まし合って頑張りましょう。シュナから色々聞いて、ノートも貰ったのよ。タリア川ほとりの村に帰れたら、姉様からも色々教えてもらわないと」
ラステルは皿に料理を乗せた。折角なので魚の角煮や小芋の煮物も食べてもらいたいと、小皿によそった。
「俺はフォンやマルクに色々教えて貰うよ。特にマルク。貴族という身分は、俺達の国の華族のようだから。フォンも教わると言ってて、二人で教養を学ぶ予定だ。ラステルにくっついてティダにもまとわりつく。昔とは逆につきまとう」
ラステルはシッダルタとジークと自分、三人分の食事をお盆に用意し、ゴブレットも一つ増やした。葡萄酒の瓶はシッダルタに任せた。よし、戻ろうと思ったらシッダルタに肩を叩かれた。
「やはり人払いされていたんだな。ジーク様の周りに人が戻ってきている。お年寄りが多いが、城爺と呼ばれる側近達だよな?お婆さんが城婆だっけ?あと、俺がセリムと挨拶をした区画長もいるな」
ジークの周りにあっという間に人が集まっている。ラステルが知る城爺や城婆もいるが、見知らぬ者も集まっている。シッダルタの言う通り、区画長がいる。あと風車塔勤めの偉い人。帰国祝いの宴で、ラステルに挨拶に来てくれた者達だ。
「ありがとうシッダルタ。料理を増やしてパンの籠を持って行きましょう。次はシッダルタをしっかりと紹介するわ。ベルセルグの奴隷兵で我が国の捕虜となった。奴隷兵は兄のアシタカ様に慈悲を与えられて帰国。シッダルタは恩人の役に立ちたいとアシタカお兄様に嘆願して、能力を買われて秘書の一人になった。今後はこれでいくわよ」
「先のペジテ戦役はこの国ではまだ王族しか知らないと聞いている。その辺りはどうするんだ?セリムが言っていただろう?ベルセルグ皇国の奴隷。訳あってアシタカ様とティダ様に助けてもらった。二人の友人であるセリム王子とラステル妃に、身分関係なく親しくしてもらい、客として招いて頂いた。ユパ王から話しがあると思います。こんなところか?難しいな」
シッダルタがパンの入っている籠を持った。
「訳あって。それが良いわ。余計な事を言わずにお義父様様になるべく任せましょう」
「そうだな。あと機転。嘘はつかないが一旦隠す。難しいがやってみる」
ラステルは緊張しながら歩き出した。シッダルタの緊張も伝わってくる。
「皆の者。セリムが異国で親しくなったシッダルタだ。本人が告げたように元はベルセルグ皇国の奴隷層だという。今の籍はドメキア王国の準貴族でセリムとラステルが大変世話になった。中々複雑な人生らしい。聞いていると思うが、ユパ王から説明する予定だ。長旅に過酷な人生で疲れているようなので、もてなして欲しい。客として招いたのに、このように気配りしてくれるとはベルセルグ奴隷層とは私達が知る奴隷の身分とは違うのかもしれん」
さあ、話せ。そう言うようにジークがシッダルタに微笑みかけた。シッダルタが精悍な顔付きで優雅に会釈した。練習の成果が出ている。ラステルは心の中で、檄を飛ばした。
「シッダルタと申します。奴隷の身分でありながら、セリム王子とラステル妃に、身分関係なく親しくしてもらい、客として招いて頂きました。ティダ皇子が奴隷層の改革を推進していまして、その一環で多少の教養を身に付けさせて貰っています。しかし、至らなかったらすみません」
シッダルタがパンを配りながら会釈して回る。招かれたこと、温かく歓迎してもらったことを感謝していく。本心からで、少し涙目なので、誰も彼も好印象のように感じた。セリムがまだ説明していなくても、ジークやユパから根回しが済んでいるのかもしれない。
それにしても、ティダが奴隷層の改革を推進していたなんて知らなかった。これから一緒に暮らすので、ベルセルグ皇国やティダ、それにシッダルタのことをどんどん教わりたい。
「ラステル、先程聞いたが何であったか?シッダルタがティダ皇子と親しくしていた理由。来客が多くて情報が混ざってしまってな。外交の報告にティダ皇子が災害支援をしてくれた件もあり、今日は覚えることがありすぎる」
シッダルタがティダの功績を伝えたからか、ジークもさりげなくティダを持ち上げた。シッダルタがパンを配りながら会釈して回る。ティダ皇子共々よろしくお願いしますと挨拶していた。
「はい、義父様。シッダルタが勤勉家で向上心が高かったからです。それで目をかけて貰ったと聞いています。ティダ皇子からは、将棋の指南役として世話になったと」
きっとシッダルタの良いところを教えなさい、そういう意味だと思ったので正直に話した。ラステルはジークの椅子の隣の机にお盆を置きいた。
「そうだったなラステル。シッダルタよ、将棋とは何か皆に教えてくれるか?私は興味を持ったので、この中にも興味を持つものがいるかもしれん」
ラステルはついジークを眺めた。将棋の説明をラステルがする前に、さりげなくシッダルタに話を促した。シッダルタを手招きして隣に並べ、軽く背中に手を回している。
「将棋とはチェスと似た盤ゲームです。我が国の国戯で職業となる程人気があります。皇族や華族の教養の一つであり、社交の場でも利用されています。ティダ皇子は大変好まれてまして、たまたま私が将棋が得意だったので目をかけてもらいってきました。似ているので、ティダ皇子はチェスも得意です」
緊張して強張っていたシッダルタの雰囲気が、かなり丸い。自然な笑顔も出ている。
「シッダルタもチェスも指せるそうだ。明日、将棋を教わりながらチェスで対戦する予定だ。ふむ、ラステル。このベルセルグ皇国の料理は初めての味だが美味しいな。デザートはペジテ大工房のものと聞いている。それも楽しみだ」
色は違うがセリムそっくりな瞳に、会話の誘導。ラステルやシッダルタが何を話すのか見透かされているし、ある程度、信頼もされていると伝わってくる。ラステルも自然と笑えた。要人達に囲まれて、かなり緊張したが始終楽しく話せた。ジークの言うように、シッダルタはずっとティダについての質問をされていた。
ラステルがジークや城爺、城婆に異国の風景や料理について聞かれている間、シッダルタは嬉しそうにティダについて話していた。
ティダは静かに星や月を見ながら飲む酒が好き。将棋が好き。雅楽が好き。人の好き嫌いが激しいが、身分ではなく中身が自分にとって好ましいかで判断する。今日のように災害時に、崩れた岩窟をあっという間に整備した。気さくだが、手厳しく厳格。進んで嫌な役や汚れ役を担う。
ティダ不在で、崖の国でティダが好ましく思われている状況なので話したかったことをやっと話せた。そう言う風に見えた。ティダの知らぬ一面をシッダルタは多く知っている。ラステルはこの話を、セリムにも聞かせてあげたいと思った。
これから、この崖の国レストニアがラステルとシッダルタの家。ラステルとシッダルタは同じようにレストニア王族に招かれた。セリムの信頼が担保。
セリムの信頼を守る。そして誇りを穢さず、招かれた家族から誇りと呼ばれたいから励もうと、ラステルは新たに決意を固めた。王族席から来賓席へと促され、シッダルタと二人になった時に決意を語ったら、シッダルタも同意して二人で支え合い励もうと笑ってくれた。
ーー我が祖国の代表シッダルタ!もう牛飼いじゃねえんだ、学べ!
ーーこの世は生き様こそ全て也。そういうことだ。俺は頓着しない。好きに生きろ
ーーヴァナルガンド。史上最悪の男だ。劇薬至宝よりも恐ろしい。さすが破壊神。テュールに配置するはずの大駒を奪うとは……
ーー十年以上俺に虐げられ、やっと逃げるのというのにいつか帰ってくるとは、お前は変態だなシッダルタ。奇人変態過ぎる。俺の弱点をバラしやがって、やはり憎んでやがるな。まあ許すどころが気にもしない。
ティダは相当シッダルタのことを気にかけている。自分から離れたのを、憎まれていると結論付けた。何故このシッダルタの思慕が伝わらないのだろう。とても不思議な男だ。
ーー好きに生きろ?生きるさ!ティダの周りでだ。自力で生きていけるようにしてくれた男の近くでだ!テュール様?違う。ティダの役に立つために、俺はもっと上に行く。だからセリムだ。
来賓席に着く直前、シッダルタもラステルに決意を教えてくれた。
「夢は大きくセリムにラステル、ティダにはアンリさんやセリムを任されるような男。ティダの横並びだ」
燃えるような瞳。セリムがシッダルタの瞳は力強い大地の色。深い茶色は実を多く成らせる培養土の色だと言っていた。奴隷という悲しみを越えて励むシッダルタがセリムにはそう見えるらしい。
歯を見せて笑ったシッダルタの決意漲る笑顔は、ラステルが知るシッダルタの笑顔の中で一番輝いてキラキラしていた。




