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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
七章 大嵐の前の静けさ

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祝いの宴

【崖の国 祭宴大広間】


 収穫祭のように、人だかりの大広間。ラステルはセリムに案内されて、レストニア王家の席へと移動した。舞台上にはユパとアスベルが立っている。丁度反対側、来賓席にクワトロとドーラの姿が見えた。シュナと談笑しているように見える。


「ラステル達が来ない間、兄さんが軽く来賓紹介をしたんだ。ラステル達を迎えに行っている間も、似たような感じだったと思う」


「私、上手く出来なくてごめんなさいセリム……」


 セリムが軽く首を横に振った。ラステルにピタリと寄り添う月狼(スコール)が、セリムと顔を見合わせている。何か話しているのだろう。


「そもそもティダをラステルだけに任せるという判断が間違いだったんだ。ずっと静かだったからと油断した。ラステルではなく僕でも同じだったと思う」


 渋い顔になったセリムが大橋中通路から繋がる扉を見つめた。


「大陸中央……」


 舞台上でユパが大きな声を出した時、大広間正面の扉の向こうから咆哮が聞こえた。声色は誠狼(ウールヴ)。ラステルは驚いてセリムにしがみついた。ティダはまた何かするつもりらしい。


 扉が開け放たれて、凛然(りんぜん)と立つティダと誠狼(ウールヴ)が現れた。小さき王(バシレウス)がティダの体に巻きついている。大広間中がざわめいた。ティダの入場は大橋中通路からの扉で、さり気なく来賓席へで……ラステルはポカンと口を開いた。


「ティダ・ベルセルグ。崖の国の王族と全ての民よ、亡命受け入れに感謝します」


 昂然(こうぜん)としたティダの声が大広間中に響き渡った。ティダが発言した途端、大広間内が静まり返った。ラステルも息を飲んで、固まってしまった。あまりにも立ち姿が絵になっている。


「崖の国第三王子セリム殿の盟友、大陸覇王ペジテ大工房大技師にして大総統アシタカ様。その筆頭従者ティダ・エリニュスです。アシタカ様の命により、以後アシタカ様の妹君ラステル姫とその伴侶セリム様の護衛を務めます。セリム様とラステル姫が此度崖の国で暮らすと決意され、本国に許可を得た為に世話になります」


 ティダが優雅に会釈した。誠狼(ウールヴ)も同様に頭部を下げた。


「ティダおう……」


 ユパの声を遮るように、ティダが右手を挙げた。さらに拳を握った。


「旧王ジーク様計らいで、しばし側仕えと国防担う責を預かりました。蛇一族大蛇蟲アングイスの次期王バシレウスと部下、我が友のウールヴと弟分スコールも世話になります。崖の国の民よ、誇りを持ち生存本能に従って欲しい。この世は因縁因果、生き様こそが全て也。私は身内に手を出されたら容赦しない。以後、よろしくどうぞ」


 ティダがまた華麗に会釈をした。ユパの目が鋭い。ティダが妖しい笑みをアリババに投げている。セリムが「また、勝手な……」と小さくこぼした。


 誠狼(ウールヴ)月狼(スコール)が高らかに、三度吠えた。さっと身を翻して、ティダが横にどいた。中央にアシタカの姿が現れる。タキシード姿のアシタカは、他の誰とも違って見える。遠目だが、アシタカの笑顔は怒っているように感じた。ティダに対する怒りだろう。


「今晩は、崖の国の民の皆さん。突然の来訪にも関わらず、ユパ王をはじめ王家の方々にこのように大勢の方まで。歓迎をありがどうございます」


 ゆっくりと歩き出したアシタカが、穏やかで優しい声を出した。


「彼は僕の友人。大陸の中央、岩窟に居を構えるベルセルグ皇国第三皇子ティダ・ベルセルグ殿です。外交問題で我が国に亡命となりました。しかしセリム王子ととても親しくなって、離れたくないそうで……。崖の国ユパ王と旧王ジーク殿が快く受け入れてくれました。明朗闊達(めいろうかったつ)なのに少々照れ屋です。誤解されやすいので、なるべく話しかけてみてください」


 アシタカと目が合った。セリムもラステルに目配せした。ラステルは手を添えているセリムの腕に力を込めた。セリムが「アシタカのようにティダを抑えよう」と囁いた。ラステルはコクリと頷いた。


「崖の国の民よ!」


 意外な人物の声に、ラステルは視線を彷徨(さまよ)わせた。王家の席、その中のゆったりとしたソファに座るジークだ。両足が不自由なので、立ち上がることが出来なくて座ったままなのに、強い存在感がある。


「大陸全土で不穏な気配がある。しかし各国、誇り抱きし代表が嵐を吹き飛ばす!我が国は地位も名誉も、財も何もかも捨てて、国を背負った皇子を預かった!この判断過ちならば、私が責任を取り追放されよう!彼の友人、蛇一族なる賢き者と大狼なる気高き者が何たるか学べ!惜しまれながらも隠居した私が自ら背負った。その意味を考えて欲しい!」


 ジークがユパを見上げて、見据えている。セリムの目線に良く似ている。お前なら出来る、さあ頑張れ。そういう励ましの瞳。親しみこもった、温かい目。


「ティダ殿は本日、自らの判断で災害支援に乗り出した!更には指揮系統を混乱させたと、詫びにきた。そういう男だ。わざとらしく態度を変えるような、少々人を食った男だが見誤るな、誇りを抱く民よ!老若男女、見る目を養え!そして目が届かぬ我ら王家に教えて欲しい!彼を見張るのも、守るのも、民の仕事だ!」


 コツコツ、という靴音が鳴った。それから拍手。アシタカが笑顔で拍手をしている。その奥で、ティダは頭を下げたまま動かない。どんな表情をしているのだろう。好き勝手出来なくて、悔しいはずだ。ラステルだけだった、大橋中通路とここでは大きく違う。


「国とは家です。安全で心落ち着かせる場所。そうであって欲しい。嵐の中に出るのは、訓練された者。それ以外の者は自らを守る為に家の中。怯える家族の手を取り、家が無くなる者がいれば招き、助ける準備をする。そうやって、我らが帰る場所をしかと守って欲しいです。嵐に備えてきた者が、今宵は多く集まった。鮮やかな未来へ続く、歴史の節目。大嵐の先には必ず晴天がある。どうか、私達に祝福をお願いします」


 思わずラステルは拍手をした。他の者達も同じようで、割れんばかりの拍手が起きる。セリムが羨望の目でジーク、ユパ、アシタカと視線を移動させていた。アシタカがゆっくりと、体を回転させて四方の民へ会釈していく。それからユパの方へと体を向けた。


「この国に我が妹ラステルと、友セリム、そしてティダ皇子の三人が居る限り、私は崖の国へ親愛寄せる。今の所はです。ゆくゆくは、この国自体が理由になるでしょう。国とは民である。そういう王がいて、国柄に相応しい民がいる。しかし、負けません。西の地も、何もかもが豊かに栄えます。共に栄えましょう」


 アシタカが靴音を立てて、ユパの方へと歩いていく。視線は通路下の民へ向けられていた。穏やかで親しみやすい笑顔で、手を振っていくアシタカ。物腰柔らかなアシタカはとても品がある。威風堂々としたユパやアリババとは真逆。ラステルがアシタカからセリムへと視線を移動させると、案の定セリムは燃えるような目付きだった。


「セリム、アシタカさんのようになりたいの?」


 ラステルが小声で問いかけると、セリムが小さく頷いた。


「父上とアシタカを混ぜたような偉大な男になるよ」


 セリムの発言に、ラステルは目を丸めた。真逆を混ぜるとはどういうことなのか。


「来賓の祝いだけではなく、これより我らが民を支援するというティダ皇子を祝う。先日婚姻したが、ペジテ大工房のしきたりである調印がまだだという。民よ、この場を借りて私とアシタカ殿が証人となる」


 拍手と歓声が更に大きくなった。今夜の宴は、セリムとラステルの定住祝い、エルバ連合とペジテ大工房の初外交祝い、そして新たな民であるティダへの結婚祝いが名目。全部まとめて、祝いの宴。ユパから各班長へ説明がされ、民にも伝達されている。セリム自身もあちこちに話して回ったという。根回しは十分。気掛かりは、ティダの勝手な振る舞いだけ。


「否!」


 ティダの声で、大広間がまた静かになった。ティダは無表情。


「大変名誉だが、証人には無二の親友セリム王子にお願いしたい。それからこの身を預かってくれた恩人、アシタカ殿。しかしユパ王を断るならば、残念ながらアシタカ殿も断らねばなりません。よって我が盟友にしてラステル妃の無二の親友、シュナ姫に頼みます。誓い破れば心臓を貫いて欲しい」


 ティダが扉の向こうへ手を伸ばすと、暗闇からアンリが現れた。俯いているのと、頭に被せたオダニで表情は見えない。ティダが差し出した手に、アンリが手を重ねた。


「ことごとく打ち合わせを無視する男だな。ラステル、シュナさんを連れてきて欲しい」


 セリムは呆れながらも、嬉しそうな表情だった。ティダに無二の親友と呼ばれたのが嬉しいのだろう。ラステルがユパ達の背中側を通って移動すると、ドーラに案内されたシュナが舞台へと登ってきた。


「ことごとく打ち合わせを無視する男ね。腹立たしいので、何もかもに誓わせてやるわよラステル。これより、嫌がらせをします」


 シュナが小さく告げて、目を細めた。装飾で隠れているが、布の向こうには妖艶な笑顔があるだろう。ラステルらシュナの手を引きながら、かなり緊張した。こう言う時のシュナはどこか怖い。有無を言わせない、そういう風で抗いがたい。


「君ならそう言うと思ったティダ・ベルセルグ。私とユパ王は宣誓相手。そう言ってくれていたからな。ユパ王、是非共に並んで下さい」


 アシタカが胸を張って、歩いてくる。ユパは黙って待っていた。アシタカは舞台まで来ると、アリババへ会釈して彼の背中を押した。中央に設けてある、調印用の台座へアシタカ、アリババ、ユパの三人が移動した。アシタカが中央。アシタカがシュナに微笑みかけたので、以心伝心かもしれない。これでティダは三国の要人にアンリへの誓いを立てることになる。


「崖の国の民よ。ベルセルグ皇国では三という数字が神聖だそうです。私の国では意味を持たぬ数でも、国が変わればとても大きな意味を持つ。それが異文化というものです。平和を祈り、異文化交流を深めたいと願い語り合った私とアリババ王子、ユパ王で丁度三人です」


 アシタカがシュナを見た。やはり、以心伝心かもしれない。少し羨ましい。ラステルがシュナの手を引いていたはずなのに、いつの間にか舞台と通路の間に立っていた。シュナがアシタカ達に優雅に会釈したので、ラステルも慌てて真似をした。


「アシタカ殿の伴侶となる、ドメキア王国シュナ姫である。ティダ皇子とは盟友。セリムの妃となってくれた、ラステルとも懇意である。此度、セリムとラステルの帰国はシュナ姫の後押しがあったからである。国民を代表して感謝します」


 ユパが告げると、頭を上げたシュナが法衣を脱いだ。とても美人になったシュナは、着飾ると益々美しく、アリババとユパの目がシュナに釘付けになったのが分かった。アシタカが一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。シュナがクスリと笑ったのをラステルは聞き逃さなかった。


「いいえユパ王様。そして崖の国の皆様」


 鈴を転がすようなシュナの声が響くと感嘆の声が漏れた。シュナがラステルの手を掲げて、ゆっくりと国民の方へと体の向きを変えた。その瞬間、更に感嘆の声が増した。大広間中の人物がシュナに見惚れたような気がした。


「シュナ・エリニュス・ベルセルグです。先日まではドメキア王国の姫でしたが、王族の地位は捨てました。もっと素晴らしい居場所を見つけましたの。(わたくし)の家は一国では狭すぎます。足るを知らぬ、欲深い娘です。家族がいるドメキア王国、愛するアシタカ様のペジテ大工房。敬愛するラステル様とセリム様が暮らす崖の国も家と呼んでも良いでしょうか。本日、クイ様をはじめ姫君方から観光案内、料理のご教授。そしてこのような宴席。帰りたくないです」


 シュナが心の底からというような、満面の笑みを浮かべた。ラステルにも笑いかけてくれた。もてなしに疲れるけど、楽しくて嬉しいと言ってくれていたので、帰りたくないというのは喜ばしくてならない。


 拍手喝采に混じって、帰らないで下さいという声がした。


「ティダ。身を呈して我が命と、部下の命を背負ってくれた。貴方には背負いたい物が多過ぎる。よって貴方の故郷、岩窟の龍の民は(わたくし)が守ります。誓った通りです。死が二人を別つまで私と貴方は盟友。その証に互いに名を冠した。しかし、(わたくし)はもう嫁に行きますのでベルセルグ姓とさよならしないとなりません。よって本日より互いにエリニースの名を冠しましょう。ティダ・エリニース。己と矜持にしか従わない男よ、盟友シュナ・エリニースが証人となります」


 シュナが目配せする前に、セリムがシュナの隣に並んだ。こんなにグチャグチャなのにみんな揃って堂々と自分の仕事をこなしていくと、ラステルは感心した。ラステルも何か励みたいが、どこで口を挟んで良いのか分からない。


「崖の国、旧王ジークの息子にして現王ユパの弟セリム。常に背中を見せ、迷えば連れ戻し、身を呈して前に立ってくれる我が友よ。必ず隣に並ぶ!ティダ・エリニースよ、このセリムも無二の親友の呼称の名誉に感謝し、証人となる」


 三人だ。宣誓相手が三人なら、証人も三人。シュナに軽く背中を押された。


「大陸中央、ハイエナの岩窟と呼ばれるベルセルグ皇国奴隷層シッダルタ!」


 ラステルが言葉を考えている時、震える声が漏れた。シッダルタが舞台へ上がってきた。


「強制出征後、戦場から助け出され、更にはもう奴隷層でも牛飼いでもなく側近だと庇護し続けてもらってきました!大恩ある貴方の荷を分けてもらおうにも、力が足りない。見習うべき背中を見つけたので励みます。必ずセリム王子のような男になって、荷を分けてもらいます!今唯一いるベルセルグ皇国の国民。畏れ多くもこのシッダルタが国民を代表して証人となります。常に他者に与えてばかりのティダ皇子の幸福を願います」


 セリムの隣に並んだシッダルタは、格好良かった。船の上で、怯えて暗い顔をした男とは結びつかない。セリムがシッダルタの肩を抱いた。シッダルタが泣きだした。泣かない方が様になるのだが、仕方ない。ラステルもシッダルタの気持ちを考えると、少し泣きそうだった。


 ティダが無表情でアンリの手を引いて歩いてくる。


「病めるときも」


 アンリの静かな声がした。


「辛いときも」


 立ち止まろうとするティダの手を、アンリが引っ張るように歩いてくる。


「悲しみのときも、貧しいときも、苦しいときも、恐怖に襲われても、例え幸福を与えられないと言われても、地獄に落ちると脅されようと、最悪だと嘆かれても」


 アンリの頭からオダニが落ちた。わざとかもしれない。後ろを歩いてくる誠狼(ウールヴ)の前脚がアンリのオダニを踏んでいる。こんな間抜けなこと、誠狼(ウールヴ)はしないだろう。


「心臓に刃を突き立てられ、刺されようと……。いえ、刺される前に逃げます。戦場では死にません。貴方の背中に庇われます。信念を曲げます。その価値がある方です」


 セリムと似たような、燃え上がるような気合いに満ちたアンリの目。アンリがラステルとシュナにニコリと笑いかけた。とても可憐で、愛くるしい笑顔。しかし、目は鋭い。負けるものかと伝わってくる。何に負けたく無いのだろう?


「地獄の底から連れ出し、愛し、敬い、慰め、助け、真心を与え続けます。貴方の隣にいれば、貴方が何もしなくとも私は三国一の果報者になるでしょう。証人が三人も居ます。ティダ・エリニース・ベルセルグ。貴方を幸せにすると誓います。しかし、己に相応しい言動を忘れた際と、私に対する真心や善処を忘れれば離れます」


 アンリがティダと向かい合って、凛々しい顔でキッパリと言い放った。ティダの無表情が少し崩れた。怪訝そうに、理解出来ないというように、眉間に少し皺を刻んでいる。


「アンリ。厚い信頼に感謝する。しかし、この世で最も不幸になるだろう。だが、君を大事にしないのが一番矜持に反する。未熟なので最大限善処し、真心を込める。命だけは守る。全身全霊で守ろう。逃げても許す。裏切りも許す。何もかも全て許そう。それしかない。すまない」


 それしかない、すまない?


 祝いの場、結婚式代わりなのにティダが物凄く嫌そうな落ち込んだ顔に変わった。大橋中通路での高らかな宣誓とは、真逆の姿。


「多過ぎるので妻の座以外、何もいりません。私こそが貴方の為に励みます。普通の女ではないのと、励むので、この世で最も不幸な女にはなりません。貴方が与えられないと言っても、幸福になります。見返りは自分で見つけます。自分の身を自分で守れるように努めます。貴方には三国一の、大陸一の果報者を目指してもらいます。裏切ったら捨てます。私は逃亡と裏切りを許しません。絶対に」


 アンリが嫌そうな顔のティダを、アシタカ達の所へ、台座の所へと引っ張っていく。


 ラステル達は左右に分かれて、ティダとアンリに道を作った。ラステルはシュナと並んだ。すれ違いざまにアンリがラステルとシュナに小さく笑いかけた。やはり、やる気と闘争心に満ちている。


 ラステルが想像していた結婚式とは全然違う。大広間もざわめき出している。ティダがやりたい放題は兎も角、アンリが好き勝手話し出すとは思わなかった。


「ペジテ大工房アシタカ様。エルバ連合筆頭ボブル国アリババ様。崖の国ユパ様。()()彼に忠誠と真心と愛を誓います。破れば大狼の掟に従い心臓を止めます。大陸中の富と平和に善処される、貴方様達へ奉仕し続けます。なので、どうか()()、幸福の祈りと願いを与えて下さい」


 アンリが腰を落として、深くお辞儀した。アンリの純白ドレスの裾がフワリと広がった。ラステルにはアンリが何を言いたいのか分かった。アンリはティダに大事にされるのも幸せにしてもらえるのも分かっているから、代わりに幸せにする。努力してティダを幸せにする。そういうことだろう。


 分からないのは、ティダが嫌そうな事。


「ペジテ大工房護衛官アンリ・スペス。望み通り与えよう。長年国に奉仕してきた貴方へ、超法規的に婚姻の手配をした。彼の立場は不安定だが、私が彼の行動に全ての責任を負うことになっている。最後はこの書類に貴方の調印のみです。結婚式の調印の代わりとして用意しました」


 アシタカが告げると、アンリがゆっくり立ち上がった。ティダはまるで棒立ち。ペジテ大工房では結婚式で、結婚届けというものに名前と印鑑というものを押すと聞いている。アシタカは二人に調印させるというのは、止めたらしい。おまけにアシタカはいつの間にかティダの目付けのような存在になっていたらしい。確かに、ティダに苦言を呈して行動を止めるのはいつもアシタカだ。


「あらあら、お父様。やっぱりあの目に弱いのね。セリム様と似ているわよね。相手をとても信じているという、優しい目。お父様ったら、引きつってる。良い気味だわ。死ぬまでアンリに縛られろ。けしかけて正解だったわ。一生仕返ししてやる。アシタカ様も(わたくし)の為にやる気満々ね」


 笑顔で毒を吐いたシュナに、ラステルはギョッとした。それに、けしかけた?目が合うと、シュナは肩を楽しそうに揺らした。ティダが振り返って、シュナを睨んだ。一瞬だった。ティダは耳が良いので聞こえていたのだろう。シュナも分かっていて、わざと嫌味を口にした。


「道具にしようと、(わたくし)の純情と純潔を奪った罰です。怖くてならない人里で生きよ。大事な友人なのでアンリには内緒にしてあげます。アンリを裏切ったら王狼(ヴィトニル)様のおやつ。後、セリム様に全部話します。有る事無い事も話しますからね」


 背中から言葉で攻撃。ティダの全てを許した訳ではないのは薄々気づいていたが、道具にしようと純情と()()()()()()、それがシュナの中のシコリとは知らなかった。ラステルはつい、ティダの背中を睨んだ。ラステルと知り合う前に、知り合ったシュナとティダ。シュナに何をしたのか。


 ラステルは険悪だった頃の二人を思い出した。シュナはティダに触られるのを、心底嫌がっていた。なのに、結局シュナはティダがアンリと幸せになることを祈っている。シュナは心の底からは人を憎めない。見習いたいなと、ラステルはついシュナの手を握った。シュナも握り返してくれた。


 アンリが台座に近寄った。腕が動いているので、書類に名前を書いているのだろう。


「セリムとラステルと同じく、国や価値観を超えた婚姻に幸あらんことを!我が民を救い、怪我まで負ったティダ皇子に風の神が祝福を与えるだろう!」


 ユパが叫んだのとほぼ同時に、セリムとシッダルタが拍手し、それと大差ない時に他の場所からも拍手が起きた。徐々に大きな音になっていく。


「私も背中に大きな青痣が出来るまで蹴られたわ。兜の上から頭も叩かれたし、頬も殴られ、服もひっぺがされた。あと王狼(ヴィトニル)さんをけしかけられたし、化物娘と沢山怒鳴られた。でもセリムやアシタカさん、お義姉様(ねえさま)達に秘密にしておくわ。アンリの為よ。アンリに酷いことをしたら、崖の国で爆発苔を爆発させるからね」


 怒ってないのだが、ラステルもシュナの真似をしてみた。ティダがアンリを横抱きにして、チラリとラステルに向かって目を細めた。睨むのとは違うが、不機嫌そうな目付きだった。


 ティダがセリムに向かって歩いていく。嘘臭い微笑を浮かべていた。アンリを渡されたセリムが、目を丸めた。ティダはセリムとシッダルタのターバンを上から押した。


「セリム、下ろして。それから連れ出してあげて。嫌なら嫌で良いのに……」


 アンリを下ろしたセリムが首を傾げた。


「私に善処するっていう理由がなかったら、台座を蹴ったり、ウールヴさんをけしかけたりしていたでしょうね」


 アンリが肩を竦めて、悲しそうにに笑った。どういうことだろうか。


 無言のティダが外套(マント)を翻して国民の方へと向かい合った。拍手は続いている。


「このような席に感謝します」


 軽く会釈をしたティダが堂々とした歩き姿で、通路を進んでいく。いつの間にか扉前に移動していた誠狼(ウールヴ)が扉を開いた。階段の向こうは、外に繋がっている。外は大雨でティダは何処に行こうと言うのか。


「少々熱気で暑くなっていたので、ありがとうございますウールヴ様。アシタカ様方やティダ皇子から、友好の証にと食材やお酒を頂きました。この良き日に、レストニア王族からも用意しました。急な予定ですのに、しかと来賓を歓迎し、初めて会った者の祝福を祈れる崖の国の民を我が一族は誇りに思います」


 いつ移動したのか、クイが誠狼(ウールヴ)の隣に立った。手にゴブレットを二つ持っている。クイが向かってくるティダへ近づき、正面に立った。ゴブレットを手渡して、ティダの腕に手を添えるとクイが高々とゴブレットを掲げた。


「我が弟セリムに、新妻のもてなしを任せたいという程の親愛。そして、人命救助へ感謝をします」


「思い思いに楽しんで欲しい!新たな時代の幕開けが近い!レストニア王族は険しき崖で、逆境に負けずに強く逞しく生きる民の為に生きる!」


 ユパが高らかに告げた。振り返るとユパが見事な銀細工のゴブレットを手にし、高く掲げていた。


 クワトロとバルボッサ、それにドーラが舞台上のラステル達に葡萄酒が入ったゴブレットを配っていく。来賓席ではケチャとカイが同じようにゴブレットを配っていた。


「真心持つ崖の国、その国を守るエルバ連合に幸あらんことを!」


 アシタカがゴブレットを掲げながら叫び、シュナの隣に移動してきた。


「自国のみではなく、各国への支援をすると語り始めたアリババ王太子とユパ王へ賞賛を捧げましょう」


 シュナがアシタカと腕を組んで、軽くゴブレットを上げた。シュナの声は大きくないし、叫んでもいないのによく通る。


「親愛を寄せてくれる方々に、西の全ての民に幸あらんことを!エルバ連合は我ら王族が必ずや照らす!どうか支えて欲しい!」


 アリババがユパと同様に、堂々たる声を出した。


「自国のみならず、ドメキア王国に無血革命をもたらし、我が国で虐げられてきた姫君を幸福にし、更には大陸中に平和の炎を燃やすというアシタカ・サングリアル様に賞賛を捧げよ!」


 来賓席から舞台上へと、カールが飛び乗った。マルクを抱えている。舞台に立った瞬間、カールがマルクを担ぎ上げた。マルクはゴブレットではなく、ドメキア王国の剣を天井に向けて高々と突き上げた。


「見返りなくとも国に奉仕してきたシュナ様!戦場からシュナ様を傷一つない姿で連れ戻してくれたティダ皇子!シュナ様の重病を治してくださったアシタカ様とセリム様、そしてラステル様へ忠誠を!シュナ様!このマルク、必ずや貴方様の代わりに貴方様が守りたいものを守ります!」


 慌てたようにフォンが舞台へと上がってきた。


「このフォンもアシタカ様の代わりにアシタカ様が守りたいものを守ります!更には手が届かぬ仕事を代わりに請け負います!ペジテ大工房の至宝アシタカ様を支えてくれる、シュナ・エリニース様へ賞賛を捧げて下さい!東と西が共に平和にならんことを!」


 フォンは何も手にせず、敬礼をアシタカとシュナの方へ向けた。


 フォンを追いかけてきたアラジンも舞台へ上がってきた。


「エルバ連合筆頭ボブル国の王太子アリババが必ずやエルバ連合にやり良い未来を与える!私はその支えとなる!どうか我が国の民と共に、崖の国も支えてください!」


 今こそ励む時だ。緊張するが、ラステルも参加しない訳にはいかない。ラステルはセリムとシッダルタの側へと移動しながら、ドーラに渡されたゴブレットを天井へと持ち上げた。


「優しさも、真心も、愛も、巡り巡ってあらゆる命を照らします!先に与えられる者達へ感謝と捧げ、幸福を祈りましょう!」


 珍しくぼんやりしているセリム。ラステルと目が合って、ハッとしたような顔になったセリムが口を開こうとした時、今度はソレイユが通路の上へと飛び乗った。ティダとクイの真正面。カールとは違い、かなりの距離なのに軽やかな身のこなしだった。ソレイユの脚力はどうなっているのだろうか。ソレイユが両手を広げて、くるりと可愛らしく回った。


「突然訪問したのに、お客様として温かく扱って下さる皆様。ソレイユは生き別れていたティダ兄様の祝いの場に参加も出来て、とても幸福です!幸せは分かち合うもの。兄様と新しい姉様だけではなく、この国の民へ祖国に伝わる星の祈り歌を捧げます。皆様、どうか幸せになって下さい」


 すうっと大きく息を吸ったソレイユが、歌い出した。その歌の歌詞にラステルはセリムと顔を見合わせた。


「巡り巡る。土に還り木になって家になろう。実になって食べられよう」


 セリムから聞いたアモレの祈り歌。ラステルがつけた旋律とは違う。軽やかで、楽しいリズム。ラステルはとても懐かしいと感じた。


「芽吹いて大地を育み、風に乗って種を()く」


 この歌を、ラステルは知っている。今の今まで忘れていただけだ。胸の奥が熱い。見知らぬステップを踏むソレイユは、飛んで跳ね回る大蜂蟲(アピス)の子のようだ。


「蝶みたいだな」


 シッダルタが楽しそうにソレイユを眺めて、呟いた。

 

「孤高ロトワ……。ラステル、シッダルタ、ソレイユの故郷はシュナの一族が辿り着いた地かもしれない……」


 セリムがポツリと零した。


「シュナって、シュナさんではなくて古代の三つ子の末っ子のことか?」


 セリムが小さく首を縦に振った。


「ああ。侵略されない土地を探して、シュナはオルゴーという夫と蟲の民と蟲達と西の地を去った。毒の大地で生きれば安全だと、蟲森で生きる道を探した……」


 セリムがティダとソレイユを熱心に見つめている。


「ベルセルグ皇国はアシタカの血を引く。それだけじゃなかったんだ。ティダはシュナの血を引く。むしろそっちが濃いのか……」


 突然始まった話に、ラステルはポカンと口を開いた。蟲達が何か教えてくれているのだろうか?


「セリム、誰かが何か教えてくれているのか?」


 セリムが首を横に振った。それから縦にも振った。


「アシタカの血を引く正統なる後継アシタカ、エリニースの血を引く正統なる後継シュナさん。シュナの血を引く正統なる後継ティダ。蟲の王(レークス)はアシタカを選んだ。蟲一族は大技師一族へ誓いを立てている。大蛇蟲の王(バジリスコス)小蛇蟲の王(ココトリス)はシュナさんを選んだ。蛇一族はドメキア王族と守護の誓いを立ている」


「逆から考えて孤高ロトワに龍の皇子と呼ばれているティダは、シュナの血を引くってことか。協王(きょうおう)とかいう地位の候補のソレイユさん、孤高ロトワ龍の皇子ティダ。どんな国なんだろうな」


 セリムがシッダルタの肩に手を回した。


「よしシッダルタ、君はソレイユから聞き出せ。ラステル、シッダルタを頼んだ。僕はティダから出自とか聞き出してみる。さっきから、もう無理。うんざり。俺を殺す気かとティダが呻いている。アシタカも呼べって言ってるから、風車塔で孤高ロトワの件を相談してみる」


 セリムがゴブレットを高く、高くあげてティダの方へと歩いていった。殺す気とは、どういうことなのか?ティダはアンリに激甘だが、意味の分からないティダの妻とはアンリは苦労するだろう。


 知らない間に、月狼(スコール)がアシタカを迎えに行っていた。セリムとアシタカが並んで通路を歩いていく。


「美しい祈り歌に感謝を!ティダ、アシタカ、僕達は義理の兄弟になった!僕の妻ラステルはアシタカの妹。アシタカの妻シュナ姫はティダの娘。東と西、そして大陸中央。国の垣根を越えた三兄弟だ!祝いに三人で飲もう!祝言挙げた三人で語らうという約束だった!」


 ティダがセリムとアシタカのゴブレットに自分のゴブレットを乾杯させた。次々と乾杯の音が鳴り渡る。ソレイユも歌と踊りをやめてクイと乾杯した。


「さあ、食らえ!酔え!歌え!険しき時代にも負けぬように、尽きぬ欲に負けぬ心を持てるように、今を全力で生きようではないか!命は短し、されど尊い!命短し眩く生きよう無二の友にして兄弟よ!本能に従い、剣にして盾となる!」


 ゴブレットに口をつけ、葡萄酒を一気飲みするとティダがゴブレットを放り投げた。


「本日一番の幸運者のゴブレット。手にした者へ運が移るだろう!」


 自分がと手を挙げる民の頭上を越えて、ティダが投げたゴブレットが弧を描いて王族の席へと落ちていった。回転するゴブレットに光苔が反射して煌めく。


 ゴブレットを手にしたのはジークだった。狙ったように、いやティダのことなので狙ったのだろう、ゴブレットは見事ジークの手元へと落ちた。


 ティダがセリムのゴブレットも奪って、酒を飲んだ。荒々しいのに、何故か品がある。どうしたらあんな風な空気を身につけられるのだろう。ティダがゴブレットを二つ共放り投げた。


「大陸一の果報者のゴブレット。手にした者は更に大きな幸運を掴むであろう!ラステル・レストニア!シュナ・エリニース!見る目のなさで誤解し、侮辱し、そして非礼であった。詫びよう!すまなかった!生涯刺されようが許す!妻と妹への親愛、感謝する!語らい、歌い、踊り、楽しませてやって欲しい!」


 ラステルとシュナの足元に、ゴブレットが二つ着地した。落ちたのではなく、きちんと着陸。ジークにゴブレットを投げたのも驚いたが、狙ってこんなことが出来る事に驚く。ドメキア王国新国王ルイに王冠を投げた距離より短いので、当然なのか?


 セリムが持っていたゴブレットはラステルの足元、アシタカが持っていたゴブレットはシュナの足元。ラステルはシュナと目を合わせて笑い合った。


 ティダがクイのゴブレットを手にして、腕を上げたので割れんばかりの歓声が起きている。自分に頼む、そういう熱気。


「鬼の居ぬ間に心身共に美しい女に手を出すが良い!振り向かせられれば大陸一の果報者だ!無理だろうがな!ふははははははは!」


 ティダは手を挙げる民を無視して、ゴブレットをソレイユへと手渡した。セリムとアシタカの肩に手を回していて、二人を引きずるように去っていく。ソレイユがポーッとした顔でその背中を見つめていた。


 ティダは扉をくぐるとセリムとアシタカの肩から腕を離し、(うやうや)しいというように会釈をしてから扉を閉めた。


 いつの間にかティダから離れていた小さき王(バシレウス)が王族席へ降りていた。ジークのソファを飾るように登っている。月狼(スコール)が戻ってきて、ラステルにお辞儀をして、体を囲ってくれた。


 誠狼(ウールヴ)も移動してきて、アンリに軽く三回吠えると舞台端に座った。少し不満げなので、アンリに何か言われたのかもしれない。


「結局ティダが乾杯したな。他国なのに」


 お祭り騒ぎになっている大広間を眺めながら、シッダルタが呟いた。シッダルタはもう泣いていなかった。


「シッダルタも向こう側に行きたい?」


 向こう側。ティダの真横。セリムとアシタカだけが呼ばれた酒の席。シッダルタの顔に行きたい、そう描いてあるが、ラステルは一応問いかけてみた。


「ああ、勿論だラステル。セリムがユパ王に紹介してくれると言っていたが、出自を隠すとも言っていてさ。嘘は気が重かったんだ。ユパ王はアリババ王子達の接待がありそうだから、俺をジーク様に紹介して欲しい。ティダの事も合わせて包み隠さず話したい。きちんと自分の口から頼みごとをしたいんだ。セリムが居ないうちだ!」


「ラステル、フォンとマルクも頼むわ。フォンなら説明上手よ。咄嗟にティダを助けてくれたクイ様にお礼を言ってくる。それにソレイユさんから話を聞いてみる役を先にしておくわ。義理の妹みたいだから、単純に話してみたいし」


 アンリがシュナに近寄っていって、シュナの手を引いた。


「ソレイユさん!」


 アンリがソレイユを呼んで、シュナと来賓席へと向かっていった。シュナの後ろにカールが付いていく。シュナに声を掛けられたマルクとフォンがこちらへと歩いてきた。


 情けなくても胸を張る。失敗しても前を向く。セリムの励む姿を、ラステルも見習う。ラステルとシッダルタは、セリムの地位や信頼に押しつぶされながらも頑張る同盟。そう告げたら、シッダルタが嬉しそうに笑ってくれた。


 ラステルは胸を張って、シッダルタ達を背に連れて王族席へ向かって足を踏み出した。

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