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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
七章 大嵐の前の静けさ

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忍び寄る不吉な予感2【悪魔と逃亡者】

歴史から学ばぬ者は歴史を繰り返す


【グルド帝国 生物研究所 】


 互いの首を食らう双頭竜だか蛇の紋様。タルウィは酒を飲みながら、手元の写真を眺めた。蟲姫の左手薬指に(はま)っている指輪の紋様。これが引っかかっている。


「何処で見たんだっけなあ。ドメキア王国は嫌な予感がするからなあ……。大狼兵士がいる。覇王ペジテ大工房の御曹司がドメキア王国を植民地化。祭りに参加しようにも、材料が足りねえ」


 酒を飲んで、研究結果の報告書に目を通したが気になるのは紋様のこと。


「タルウィ様、ザリチュ様の側近マナフ様がお見えです」」


 敬礼した兵にタルウィは酒瓶を投げた。珍しく微動だにしない兵だった。


 名前を聞いたこともないマナフとやらが、タルウィの私室に足を踏み入れた。グルリと兵に囲まれているこいつだろう。背は高い。しかし頬はこけていて、目は落ちくぼんでいて、鉤鼻が特徴的。広い額が、汗でか脂でなのか分からないが、テカテカしている。タルウィは即、銃殺は止めておいた。中々の不細工なので、悪い気はしない。


「俺を縛るなら戦争に関することだとザリチュから聞いているだろうな?要件は?」


「昨日、覇王ペジテ大工房の御曹司、アシタカ・サングリアルから結婚式典への招待状が届きました。場所はペジテ大工房で、招待状はザリチュ様とタルウィ様宛です。それからエルバ連合に対する停戦要求がありました。ザリチュ様が共に外交をとのことです」

 

 マナフの発言にタルウィは飛び上がった。結婚式典に招待。ペジテ大工房に異国の要人を招待するなど、そのような話、前代未聞だ。


「巨大要塞に招かれた⁈それに停戦要求だと⁈まだ起こってもねえ戦にどういうことだ?そもそも覇王がエルバ連合と何の繋がりがある?」


「それが……ベルセルグ皇国、ドメキア王国に対しても停戦せよと」


 タルウィは一瞬言葉に詰まった。


「結婚式典に国の代表が参加しない場合、要求を飲まない場合、高らかに宣誓して我が国を滅するそうです」


 マナフの声が少し震えている。


「おいおいおい。本国は何をされた」


 タルウィは木偶人形(パストュム)に周りを囲わせてからマナフに少し近寄った。かなり嫌な予感がする。


「いえ、まだ何も……。招待状をザリチュ様から預かってきました」


「まだ、何もお?あ"あ"?ふざけてるのか⁈何に怯える必要があるってんだよ!」


 木偶人形(パストュム)にマナフが差し出してきた、金属製の平たいケースを受け取らせた。マナフは少し震えている。何か恐怖を感じる理由があるようだが、語らないつもりのようだ。全くもって気に食わない。


 金属のケースの表面、宛名はタルウィ。それだけだった。


 裏返すと、中央に()()ペジテ大工房アシタカ・サングリアル、それからその下に蛇の女王シュナ・エリニュスと刻まれていた。向かって右手側に向かい合う男女の彫刻、左手側には円に十字を重ねた模様が彫られている。上下には螺旋状に配置された蛇。周りに大蜂蟲(アピス)に酷似した紋様も彫られている。

 

「タルウィ様、そのケース自体が招待状だそうですので壊さないで下さい。中身は一旦ザリチュ様が預かっています」


 あまりにも馬鹿にされていると、思わずケースを破壊しそうになったがマナフの言葉で止めた。


「ペジテ大工房の御曹司は随分と趣味が悪いじゃねえか。おい、ザリチュ宛も同じか?」


 マナフが言い淀んだので、タルウィは酒瓶を投げつけた。護衛兵が盾でマナフを庇った。苛々したが、兵の行動は読んでいたので無視した。マナフを囲う兵はあまり隙がない。マナフ本人もそうだ。あまり揶揄(からか)うと痛い目に合うと本能が告げている。


「宛名はグルド帝国帝王ザリチュ様。周りには我が国の国紋と国花があしらわれていました。裏面もそのように豪華ではありません。新郎ペジテ大工房アシタカ・サングリアル、新婦ドメキア王国シュナ・エリニュス、そう刻まれていました。蛇や蟲のような彫刻はありませんでした」


 つまり、タルウィだけが挑発されているということだ。


 青目の木偶人形(パストュム)から、何かしらの情報が漏れている。そういう気がした。()()ペジテ大工房とは随分挑発的。そして蛇の女王。何の事だ?大狼兵士も何か噛んでいるだろう。キナ臭くてならない。


 タルウィは椅子に腰を下ろした。


「御曹司は大陸全土を植民地にしたいのか?訳が分からねえな。しかし、バァカな男がいたもんだ。なあマナフ?俺の事をザリチュに聞いているだろう?結婚式典に不参加で、グルド帝国が滅する。停戦拒否でも同様。俺はどうすると思う?」


 マナフは青ざめているが、堂々と立っている。中々、骨がありそうな男だ。血縁関係を探らせて、利用手段を手に入れないとならない。


「式典には参加しない。我が国が停戦の要求を飲んだと返事をしたら、タルウィ様が各国へ進軍。そうしてペジテ大工房にこの国を攻撃してもらう。貴方様が選ぶのはそういう道です」


 不正解。そうしたくても、そこまで自由には出来ない。


 タルウィは木偶人形(パストュム)から新しい酒瓶を受け取った。優秀な下僕、木偶人形(パストュム)はキチンと酒瓶のコルクを抜いている。タルウィは酒瓶に直接口を付けて酒を飲んだ。


「そ、の、通り!で?お前らは俺を止められないよなあ?どうする?」


 木偶人形(パストュム)にマナフの周りの兵を何人か捕らえさせた。ついでなので、一番顔が良い男を引き千切らせた。突然の出来事と、飛び散った血に動揺するかと思ったら、マナフは顔をしかめただけだった。流石、タルウィの所に来るザリチュの側近は肝が座っている。捨て駒ではないのは久々だ。多分。あまり覚えていないが、そうだったはずだ。


「ザリチュ様も、家臣も、貴方様の望みを想像出来ません。なので命令を受けに来ました」


 返り血をマナフは自分の服で拭った。妙に落ち着いているので、兵士上がりかもしれない。眼光の鋭さがそう物語っている。茶色い排泄物のような色の瞳に、タルウィを見下すような嫌悪が(にじ)んでいる。


 気に食わないので殺しとくかと、木偶人形(パストュム)に命じようとしたら、マナフが首を横に振った。


「私は移植検査に通っているので、いつか使えると思いますがどうでしょう?それに私が帰らないとザリチュ様がどう判断すると思いますか?」


「そういう手は好きだぜ。まっ、ザリチュが教えたんだろうがな。良い度胸だ。ついでに言うと、異次元大国に焼け野原にされるのは困る。流石に俺も死ぬだろう。さっきのは単なる願望。嘘だ。フンッ。それも分かっているって顔しやがって、腹立たしい」


 飲んでいた酒が無くなったので、床に投げつけた。血溜まりから血が跳ねた。鮮血の花火というのも乙だ。しかし、小さい花火でつまらない。


「でしょうね。結婚式典へ参加して頂きます。停戦の邪魔も禁止。代償として、二つ命令を聞きます」


 タルウィは鼻を鳴らした。全部計算づくか。弱味を握られているので、あまり逆らうとザリチュに殺される。本気でこられたら、死ぬだろう。しかしザリチュもタルウィの研究や軍、能力を捨てたくないから邪魔してこない。数百年、裏に隠れて程々にする代わりにそうやってのらくら生きてきた。逆も然り。ザリチュも手を汚したいときは、タルウィを頼ってきた。

 

「武力チラつかせて大陸中を植民地にするつもりらしい、極悪非道な御曹司を生で見たいので結婚式典には参加する。俺の研究とかで、手を組めるかもしれんぞ?停戦の邪魔は保証しねえ。つーか、停戦なんて何かの罠だろう。どうせ、そのうち戦になる。敵国から仕掛けてくるようにするさ」


 マナフは無表情で、首を縦にも横にも振らなかった。こんな男、どうでもいい。捨て駒ではないが、捨て駒に近い側近。最悪死んでも良いと思われているような男。利用価値があるとは思えない。弱点は見つけておくが、急ぐ必要は無いだろう。


 タルウィはアシタカの相手、シュナの姿を思い浮かべて興奮した。どう手に入れようと考えていたら、向こうから誘ってくれた。


 あの極上女を近くで見れる。近寄れれば入手するのも可能な筈。


「結婚式典に参加するとザリチュ様に報告します」


「それだけが目的ってことか。俺も理解されない男だねえ。いいか、マナフ。放っておけば、大陸覇王が大陸をしっちゃかめっちゃかにしてくれる。俺が苦労する必要なんてない。火がくすぶったら油を注ぐが、楽しい時間は長い方がいい。一気に爆発させたら、眺める時間が少ねえじゃねえか」


 理解不能。マナフの顔にそう描いてある。タルウィは大きくため息を吐いた。阿呆め。


「ザリチュに伝えろ。俺に特別な命をする期間、実験体は倍。それからこの女を探して連れてこい」


 タルウィは木偶人形(パストュム)に蟲姫の写真を運ばせた。写真を受け取ったマナフが写真をジッと見つめた。


「国中を探させます」


「多分ドメキア王国だ。誰か潜入させて連れてこい。俺の部下は音沙汰ねえ。ついでにシュナ姫も連れてきても良いぞ。花嫁が不在なら結婚式典は中止。御曹司が次はどういう手を使うか楽しみじゃねえか」


 マナフが首を横に振った。タルウィが舌打ちしても、マナフは顔色一つ変えなかった。相対して時間が経ち、慣れてきたのだろう。舐められている。コケにすると後で後悔するぞと、タルウィは胸の中でほくそ笑んだ。


「まあ、拒否すると思った。大事な外交前に……」


「ドメキア王国には蛇神の加護がついているそうです。密偵が次々と手や足を失って返却されています」


 マナフの発言に、タルウィは腰を浮かせた。


「蛇神?神って何だ⁈どういうことだ?」


「分かりません。訳が分からない状況です。結婚式典へ参加するとザリチュ様に伝えます。代償は実験体を倍にする。音声記録しましたので、従ってもらいます。利害関係のバランスをしかと考えて下さい」


 報告書の内容を思い出そうとしたが、くだらない噂ばかり仕入れてきてと写真以外に興味を持たなかったので思い出せなかった。マナフが無言で後退りしていく。もう用は無いという態度が気に食わない。


木偶人形(パストュム)()れ」


 その前に煙幕が焚かれた。木偶人形(パストュム)には暗視能力があるので問題ないと思っていたが、結局マナフは捕まえられなかった。少しくらい拷問して、しおらしくさせようと考えていたのに残念だった。護衛兵が何人か死んだだけ。予想通りだったので、つまらない。


「退屈だったが、まあこの結婚式典とやらが楽しみちゃあ楽しみか。潜入不可能、破壊不可能の巨大要塞に大手を振って入れる。んでもって、手を組めそうな極悪人疑惑の御曹司。俺の可愛いシュナちゃんにも会える。しかし殺戮(さつりく)兵器の蟲姫ちゃんは何処にいるんだか」


 タルウィは結婚式典の招待状だという、銀色のケースを眺めた。空かと思ったら中にザリチュからの手紙が入っていた。迎えに来る日付と時間が書いてあるだけ。


 木偶人形(パストュム)に実験体を何人か連れてこさせ、掃除をさせた。別の木偶人形(パストュム)には報告書を持ってこさせたら、血塗れだった。自分のせいだが、内容も思い出せないし苛立った。


「ザリチュは守りが固えから、俺の弱点も奪い返せないしムカつくがある程度は従うしかねえ。ドメキア王国へ送った偵察兵が音沙汰ねえのは、蛇神とかいう得体の知れない何かのせい。ペジテ大工房に入れるなら、作戦を色々と変更するか」


 それにしても、おさまらない、タルウィは立ち上がって、掃除をさせていた実験体の女の髪を掴んだ。悲鳴が響き渡ったが、あまり良い声でなくて気に食わないので殴りつけた。


「こんな女殴っても、全然だな。まあ、無いよりマシか。遊んでもらうぜ。良かったな、俺と遊べて。快楽に溺れさせてやるよ。俺を満足させたら、生かしておいてやろう。何をすれば良いか分かるな?」


 泣きじゃくっていた女がブンブンと首を縦に振った。勝手に想像して動き出す。口も舌も、全くもって下手くそ。調教する気にもなれない顔、体。そして声。何も心に引っかからない。


 クラテールに開発させている、新型麻薬の効果を試す前に好機(チャンス)を与えてやったのに全く必死さが無い。可愛げのない女。


 タルウィは大きくため息を吐いた。今手にしている女では、新型麻薬を使っても全く満たされなさそう。まだ新型麻薬は人体実験前だが勘がそう告げている。


 甘い顔に、至極そうな体のシュナが何故ここにいない。


「おお!姿を思い出しただけでゾクゾクした」


 シュナを思い浮かべた瞬間、タルウィの琴線に触れた。女が咳き込んで、えづいた。思わず女の顔面を床に叩きつけていた。腹に蹴りも入れてしまった。


「危ねえ。壊さない練習が必要だったんだ。あの極上品は滅多にいねえから大事にしないとならねえ」


 髪を引っ張って引きずった。地下の堅固な私室へ向かう。


「幸運に感謝しろ!一つ、これから死なせない練習をするからだ。二つ、新型麻薬を使うので絶頂を味わえる。三つ、俺を満足させられたら生きてこの施設から出られる」


 泣きじゃくって、懇願する女から特に返事は無いがタルウィは無視して歩いた。つまらない容姿に体に声なので、懸命にシュナの姿を重ねてみた。全く重なる所が無いので無理だった。


「難しいな。まあ、死なせない練習は出来るか。つまらんから、後何人か連れて行こう。今日は調子が良いから、うんと遊べそうだ。あはははははは!」


 狂った男に捧げられたと絶望しろ。タルウィは女を木偶人形(パストュム)に担がせた。好みではない声で(やかま)しいので、喉を潰すかと考えながら廃棄実験体の隔離部屋へ向かった。どれを選ぶか考えていたら楽しくなっていった。



***



 同時刻、同施設、第一研究室書斎



 クラテールは大きくため息を吐いた。


「地獄だ。誰か助けてくれ……」


 盗撮したのだろう写真に、愛娘が満面の笑顔。手を繋いでいるのは、やはりはち切れんばかりの笑顔を浮かべた愛妻。


 二枚目の写真は、並べられた男と女の死体。撲殺体に刺殺体。共に頭を切り落とされて、腹の上に置かれている。


【母親と娘になるかも?なーんてな。サボるなよクラテール】


 死体写真の裏に、妙に達筆な文字で書かれた言葉に、クラテールはまた大きく息を吐いた。妻と娘の写真を白衣のポケットにしまい、死体写真はビリビリに破ってゴミ箱に捨てた。


 逃げたくても逃げられない。自分だけなら、もういっそ自殺してしまいたい。しかし、妻と娘に指一本手を出させたくない。単に殺されるなら兎も角、タルウィという異常者はそんな生温くない。クラテールが死んだら妻も娘も殺される。それも非道な仕打ちをされて。


 天秤にかけて、見ず知らずの他人を見捨てているという罪悪感。


 悪夢の方が余程マシな毎日。


 クラテールが逃げても、また別の者が働かされる。ならば同じだと、言い聞かせてクラテールは立ち上がってフラフラと歩き出した。


 鼻が効くタルウィは、同種を多く集めている。科学者が手を組まないように孤立させ、兵や木偶人形(パストュム)に見張らせている。


 次だ。次の面会で妻と娘と逃げる。このまま死ぬまで利用され続け、不幸を撒き散らし、極悪人でいたくない。逃げるには下準備が必要だ。失敗したら、家族で無理心中するしかない。妻や娘が生きて捕まれば、地獄が待っている。自分なら諦めもつくが、何も知らない二人を奈落の底に落としたくない。


「同じことを何度考えたか……」


 クラテールは涙を白衣の袖で拭った。考えはしても実行出来た事はない。


 今日も明日も、明後日も、今まで通りに生きていく。


 いっそ狂ってしまいたい。


 クラテールは白衣のポケットから、一枚の写真を取り出した。タルウィに渡された、かつてクラテールが造り出した、人形人間(プーパ)の一体。いや、一人。どうやって生き抜いたのか知らないが、幸せそうに笑っている。愛くるしい笑顔の少女。


 タルウィは蟲姫と呼んでいた。今、何と呼ばれているのだろう?


 似せて作れと言われたが、もう使用した卵子や精子の在庫が無いので無理だろう。タルウィが気にいるような、なるだけ美しい容姿になるような材料を使うしかない。


 タルウィが望んでいるという、伝説上の人形人間(プーパ)。理論上の遺伝子配列に近かった蟲姫が、タルウィにどう使われるか考えただけで不憫(ふびん)で、失敗作として殺そうとした。無垢な未熟児に手を掛けるのが忍びなくて、実験と称してゴヤ蟲森に捨てた。結果、写真の中の蟲姫は幸福そうに笑っている。


「どうか見つからないでくれ……」


 左手の薬指に指輪。隣に並ぶ、蟲姫と同年代の好青年。蟲姫へ向けられる親愛のこもった青い瞳。どこからどう見ても、似合いの恋人同士。二人の幸せそうな笑顔は何度見ても安心感が湧いてくる。この様子だと蟲姫はほぼ蟲の遺伝子だが、ごく普通の人間のように育ったのかもしれない。タルウィは殺戮(さつりく)兵器などと呼んだが、そうに違いない。


 遺伝子配列と発現内容が乖離(かいり)しているのだろう。もっと人寄りの遺伝子の人形人間(プーパ)でさえアレなのに、違い過ぎる。こんな笑顔を振り()人形人間(プーパ)はいない。


 出来損ないの人形人間(プーパ)は実験で死亡。もしくはタルウィの玩具(おもちゃ)。名前の通り、人形のように自我のない彼女達にも申し訳なくて堪らないが、この蟲姫がタルウィの手の内で育たなくて心底安堵している。タルウィがあまり興味を示さない、出来損ないの人形人間(プーパ)とは全く別の扱いをされただろう。


 (もてあそ)ばれる為の命を造らされているクラテール。そうではない命も造ったと知って、喜ぶような身分ではないが喜ばしかった。


「どうか幸せでいてくれ……見つからないでくれ……」


 この施設に連れてこられたら、何をされるか分かったものじゃない。タルウィが求める本物の人形人間(プーパ)であった場合、更に恐ろし過ぎる。


 クラテールはまた涙を白衣の袖で拭った。


 妻との間に生まれた娘とは別の、もう一人の娘。会いたくない。クラテールと蟲姫が再会するということは、蟲姫がタルウィの手に落ちた時。絶対に会いたくない。


「やはり人形人間(プーパ)や蟲姫なんて呼びたくないな……」


 存在を知ってから、ずっと考えているが中々良い名前が思い浮かばない。心の中で名を呼び、幸福を祈る。その為の名前。


 クラテールはまた考えるのを止めた。たった二人、愛する家族の為だけに死体の山を増やし続ける男に祈られる方が不幸になりそうだ。


 写真をポケットにしまい、クラテールは研究室へと向かった。


【サボるなよクラテール】


 死体は無くならないが、減らすことは出来る。そう、思い込むしかない。クラテールは奥歯を噛み締めて、拳を握り、地獄へ続く廊下を進んだ。



***



 全ての命は愛に燃える。


 時に身を焦がして破滅する。



***


 人工的に造られた命は意識を共有する。


 意識に残る憎悪は時に増殖し、侵食し、転移する。


--必ず復讐(ふくしゅう)する。永遠に続ける。(おろ)かな人など死ぬがよい。決して許さない。俺の子供達に近寄らせない。


***



 同時刻、同施設、人形人間(プーパ)格納庫


 ???は盗んだ鍵で格納庫の一つを開けた。


「俺は罪を悔い改める。例え造られた命といえど同じ命。自由を得る権利がある。共に行こう。俺と共に人として生きよう。このまま殺されるのを待つなら、死ぬ気で逃げるのも同じだ」


 細工した木偶人形(パストュム)を通して、庇護してくれそうな人物を見つけた。隙をついて、たった一体、いや一人だけしか連れ出せなさそうだが仕方ない。格納庫の鍵を一つしか盗めなかった。


「俺は罪に耐えられない。両親に恨まれても、憎まれても、逃げる。この施設を止めないとならない。君も人にする。他の君達にはすまないが力が無さすぎる。(つぐな)いにならなくとも、何もしないよりはマシだ」


 涙が(あふ)れて止まらない。泣いても、喚いても、神に祈っても救いはない。自ら切り開くしかない。


 ???は無表情で無反応の人形人間(プーパ)を抱きかかえた。体重は知っていたが、想像よりも軽かった。そして温かい。


 生きている。


 人形だなんて、なんて酷い名称なのか。おまけに彼女には名前などなく、番号しかない。


「すまない。戻ってくるまで生きていてくれ……。君達は本当の命だ。自由に生きる権利がある。生き延びれれば必ず戻る」


 ???は格納庫に背中を向けた。

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