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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
七章 大嵐の前の静けさ

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お妃様の奮闘2

【崖の国 衣装部屋】


 本日の主役はアンリ。誰が何と言おうと言おうとアンリだと、ラステルはウンウンと髪飾り選びを悩んでいた。


「あー、ラステル。これとかどう?」


 アンリが手にした真珠の一連髪飾りを、ラステルは即座に却下した。アンリがうんざりという顔をしたが、無視した。祝言を挙げるのだからもっと派手な方が良い。


「ケチャ様、こちらをお借りしても良いでしょうか?」


 おずおずとケチャに声をかけたハンナが、帰国祝いの宴の際に仕立てられたラステルのオダニを手に取っていた。


「白い無地のドレスだから、このオダニの柄や装飾は映えそうね」


 ケチャがアンリの頭にオダニをかけた。


「肝心のヴェールを忘れてどうしようかと思っていましたが機転が利きますねハンナ。ヴェールのようですけど、この国ではオダニと呼ぶんですね。それに快く了承していただいてありがとうございますケチャ様」


「このオダニはラステルの私物です。ヴェール、その単語は初めて聞きました。うん、似合いますよアンリさん」


 一番に支度が終わったシュナがのんびりとした声を出した。ケチャが満足そうな顔でアンリを眺める。


 シュナが着ているサリーは、白地に赤い柄や刺繍が入った豪華。ラステルが以前譲り受けたものとは違い肌が殆ど出てない。おまけにシュナは目元以外、顔が隠れている。法衣仕立てだとアシタカが言っていた。余程シュナを隠したいらしい。


「私もシュナぐらい隠してもらおうかしら。でも暑そう。アシタカはシュナに本当に古典的な形のサリーを用意したのね。ここまで大技師教義に従ったサリーなんて、近代の大技師一族でも着てないのに。人目に触れさせたくないって強い意志を感じるわ」


 アンリが呆れたようにシュナを見つめた。同じ台詞は本日二度目だ。


「他国の者というだけで注目されて疲れるシュナを、アシタカ様は気遣ってくださったのよ」


「アンリは主役だからこのまま、ふんわりとオダニをかけていてね。顔まで隠したら、全身ぐるぐる巻きになりそう。シュナは自分とアシタカさんの為に隠れた方が良いわ」


 ラステルはアンリに台所での一件を耳打ちした。シュナが「アシタカ様は関係ないわ」と不思議そうに首を傾けた。ラステルはアンリと目を合わせて苦笑いを浮かべた。


「アンリさん、また揉みくちゃかもしれませんが、気にせず楽しんでくださいね。ラステルの私物ですから汚れたら本人が洗います。それにしても手触りが良くて、ラインも綺麗に見える素敵なドレスね」


 ケチャがアンリの純白ドレスをまた褒めた。ラステルも着てみたいと、密かに思っている。ドレスと言っても寝巻きらしい。派手なのは嫌だというアンリが、シュナの私物の中から選んで借りてきた。寝巻きだと聞いて耳を疑った。おまけに一度も袖を通したことがないという、驚きの事実。シルクというとても肌触りの良い、どうみてもドレスとしか言えない代物。


 ドメキア王国の城には、使い切れないほどの高級品があるらしい。シュナは勝手に贈られてきたという私物に興味が無く、財政確保の為に売ってしまうという。シュナの婚礼衣装なんて、繊細な刺繍だらけで宝飾も沢山付いていた。売る前に着て良いなら、着てみたい。シュナと背と体格が違うので叶わない夢だ。


「うんうん。似合うわアンリ!お祝いでこの間よりもぐしゃぐしゃにされるかもしれないから、これが良いわ。私、お洗濯は得意よ。うんとお祝いしましょう!」


 ラステルは申し訳なさそうなアンリの手を取った。


「嫌がらせは失敗のようですねケチャ様」


「まったく、本当に愛嬌(あいきょう)たっぷりね」


 城婆のミミがケチャを肘で小突いていた。ケチャは愉快そうに笑っている。嫌がらせ?


「ソレイユはこの衣装が良いわ!」


 淡い青色のドレスをソレイユが手に取っていた。


「ごめんなさいねソレイユちゃん。それは母の形見なの」


 ケチャが別のドレスを持ってソレイユに当てた。淡いピンク色がソレイユの肌によく似合っている。ケチャは見立て上手だ。


「まあ、それは手に取るのも良くなかったわ。代わりにこんなにソレイユに似合う衣装を選んでくれるなんて、セリムのお姉様はやっぱり親切ね」


 ケチャがクスクスと笑った。愛嬌とはソレイユのことを言うとラステルは感心した。城婆ミミがソレイユに衣装を着させていく。


「貴方は青が似合うから、結婚式前にあれを仕立て直して使いますからね」


 ケチャの発言にラステルは固まった。


「仕立て直す?」


「私は同じくらいの体格だったけど、貴方は少し背が高いですからね。娘が着なくて誰が着るんです」


 ケチャに手招きされて、おずおずと近寄るとラステルは(クシ)を渡された。ハンナがケチャに呼ばれて椅子に座らされた。


「ぼんやりしてないで早くなさい。セリムと来賓案内をするのでしょう?お客様の支度が終わらないと自分も支度出来ないじゃない。セリムの迎えが来てしまいますよ」


 セリムのお母さんの形見の衣装をラステルが着る。着ても良い。その事についてケチャに聞きたかったが、ケチャはアンリの化粧を確認しにいってしまった。ラステルはとりあえずハンナの髪を編み込むことにした。早くしないと時間が足りなくなる。


「ラステルは本当に器用ね。ハンナの髪型があっという間に華やかで可愛らしくなっていくわ」


「祭事で姉様(あねさま)の支度をするのは私の仕事だったもの」


 今日、何度目かの器用だという褒めにラステルは内心鼻高々だった。


「カールさんも……」


 ラステルが言いかけるとカールに強く睨まれた。


(よろい)が正装だなんて(わたくし)の顔に泥を塗るの?カール姉上」


 真紅の鎧は正直カールにとても似合っている。カールは眉毛一本動かさずにシュナを無視した。シュナがしばらくカールを細めた目で見つめていたが、カールはツンと澄ましてシュナを無視した。


 ハンナの髪を仕上げると、ラステルは自分の髪を軽く纏めた。横流しにして、髪飾りをつけただけだが、それなりには見える。衣装部屋の扉がノックされたので、城婆ミミが扉を開いた。支度を済ませたセリムが立っていた。セリムは何処と無く気落ちしているように見えた。


「任せたわよセリム、ラステル」


 ケチャに声を掛けられて、ラステルは軽く会釈をして部屋の外に出た。


「綺麗だラステル」


「何かあった?セリム。私はあったわ。沢山聞いて欲しいの。だからセリムからも聞きたいわ」


 そっと腕を組むと、セリムが複雑そうな表情で口を開いた。


「アシタカはずっとアリババとユパ兄上と話し込んでいる。僕はまるで役に立たなかった。何故兄上のように出来ないのだろう?ティダはクワトロ兄上とアラジンとチェスを指している。シッダルタとマルクとフォンも一緒だ。シッダルタが大陸協力機構の話をクワトロ兄上に色々話してくれたんだ。聞かれたって言っていたけど、ユパ兄上に話す前に手回ししてくれていた」


 セリムが深くため息を吐いた。その後に「全然思ったようにいかない」と小さく呟いた。


「今日ね、台所で褒められたの。でも魚を捌く下の部屋?はまだ出入り禁止だって。ひよっこだからよ。シュナは小芋を何度も床に落としたしパンも変な形にしたの。私もシュナも今日、明日では変わらないわ。セリムもよ。だってアシタカさんもティダ王子も、お兄様達も少なくとも十年はセリムより長生きなのよ」


 しょんぼりとした顔をしたセリムの背中をラステルは軽く叩いた。そうだ、と思って三回叩いておいた。


「ありがとうラステル。でも僕がこんなに情けないのは……」


「セリムは今日人を助けたわ。リノ君がきっとセリムの背中を見た。それにアシタカさんにありがとうって言われたでしょう?少しづつよ!今までのセリムは崖の国の人達の背中だけ見てたけど、増えたの。増えたから追いかけるのが大変なんだわ。一番を決めた方が良いと思う。私はクイお義姉様(ねえさま)よ。いつかお母さんになるんだもの」


 ラステルはセリムの手を引いた。しかしセリムに引っ張り返された。


「行くのは向こうだラステル。ユパ兄上達やティダ達に支度するように声はかけてある。祭宴(さいえん)大広間と中通路は大体準備し終わっている。集まってきている民に最終説明するのが、これからの僕とラステルの仕事」


「セリムはお仕事が早いのね。自分がきちんと出来ていることを評価しないのはセリムの悪いところだわ。私は分からない事だらけだから、うんと沢山教えてね。崖の国での初の共同作業。頑張りましょう!」


 中通路へ向かうなら、とラステルは方向を変えてセリムの手を引いた。しかしセリムは複雑そうな顔をして動かない。ラステルはセリムの顔を覗き込んだ。セリムが胸を張って、歯を見せて笑った。


「いやラステル、僕は全員を全力で追いかける。空回っても皆が助けてくれるし、落ち込んだら励ましてもらえるから大丈夫だ!何より君がいる。側に居てくれてありがとう」


 不意打ちのキスにラステルは固まった。廊下を見渡して、誰も居なかったのでホッとした。咎めようと思ったが、セリムが急に元気を出したようなので何も言わないことにした。しかし、まだ何処と無く落ち込んでいるような、寂しそうな感じがする。セリムは目標が高くていつも励みたがる。


「ねえセリム。シッダルタにも手伝って貰わない?ユパ王や崖の国の皆にシッダルタがセリムと仲良しで役に立つってことを伝えられるわ」


 今のセリムに足りないのはきっとパズーだ。パズーはセリムの我儘に付き合わされていたらしいが、裏を返せばセリムはいつもパズーを頼っていたということ。パズーもそれが嬉しかったから、周りの評価に押し潰されそうでも、セリムと一緒にいた。パズーは、今の自分では役に立たないとセリムと離れてしまったが、そんなことはない。セリムに軽口を叩いて、本気で怒って、楽しく笑い合うのはパズーでないといけない。妻と普通の友だとやっぱり違う。そんな気がする。


「気が合って嬉しいよラステル。さっき声を掛けてあって、上で待ってる(はず)だ。一緒にラステルを迎えに行くと、ソレイユとどう話して良いか分からないからとシッダルタは逃げたんだ」


「ソレイユはすっかりシッダルタに嫌われたと落ち込んでいるの。なのに大張り切り。とっても変な子。でも愛嬌たっぷりで可愛いわ」


 セリムが呑気そうに笑った。穏やかなアシタカの笑い方に似ている。ごくごく自然なので、無意識だろう。それか元々だ。二人きりで会っていた時のセリムは、今より落ち着いて大人びて見えた。世界が狭くて、まだセリムの一部分しか見えていなかった頃。


「シッダルタがあんなに訳が分からない娘に会った事がないって。流石ティダの妹だってさ」


「ティダ師匠、いつになったらソレイユと話すのかしら?」


 セリムが肩を竦めた。


「遠路はるばる会いにきた妹なのにな。優劣が下だって。ティダの優先は僕にはサッパリだ」


 セリムと手を繋いで歩き、城塔と中通路を繋ぐ場所まで移動した。シッダルタの姿が見えて、セリムと手を離すか迷っていたらセリムがラステルの手を自分の腕に誘導した。


「これが崖の国流。よし行こうラステル、シッダルタ。似合ってるなシッダルタ。パズーはクワトロ兄さんの服に着られていたのに」


 シッダルタはパズーが帰国祝いの宴で着させてもらった紫色の礼服を着ていた。落ち着いた雰囲気のシッダルタにとても似合っている。


「とっても素敵よシッダルタ。王子様のように見えるわ」


 ラステルが褒めるとシッダルタが目を泳がせて頬を掻いた。クワトロの服にサラサラの長い髪を横流しにしているシッダルタは、どこからどうみても王子のように見える。ソレイユは間違いなく見惚れる。


「俺に似合う?お世辞でも嬉しいな。こんな豪華な服、落ち着かないよ」


 シッダルタが苦笑いを浮かべると、セリムが楽しそうにシッダルタの背中を押した。


「この服を着るってことは、その分働けってことだからな!僕の側近になるだろうってクワトロ兄さんが言っていた。この国で暮らす予定の者に王族の衣装を貸したってことは期待の表れだ。祭宴中に父上とユパ兄上にしかと紹介するから、気合い入れておけよ」


「クワトロ様にもそう聞いている。挨拶の練習をしたんだ。ティダがもう俺には構わないと言っただろう?練習してても完全無視なんだ。むしろ教えて欲しいのにさ。声を掛けたらヴァナルガンドに聞け、俺はお前に関与せん、だって。将棋は打ってくれたけど」


 シッダルタがティダの口真似をして、肩を竦めた。それから両腕を組んで困ったというようにため息を吐いた。


「ティダは頭のネジが足りないんだ。シッダルタがティダを兄貴分のように慕っているのに、嫌われたと勘違い。僕とシッダルタはティダに振り回されるな。ったく、何なんだ。聞いてくれよシッダルタ」


 セリムがティダの態度の愚痴を言い始めた。その後、セリムとシッダルタはティダのことで軽口を言い合った。パズーとはまた違うが、シッダルタはやはりセリムと仲良くなるだろう。随分気心知れたような、もう長いこと友達のような雰囲気がある。


 中通路へ続く階段の扉をセリムが開いた。階段を下り、廊下を歩くとまた扉。その向こう、大橋内部の中通路は昼間とは違い光苔(ひかりごけ)で飾られていた。帰国祝いの宴の時と同じだ。今回は高台はない。左右に食事を乗せる台が並んでいる。中通路の真ん中を挟んで左右には貝殻が並ぶ。これは帰国祝いの宴の時とは違った。


「晴れてたら大橋の上なんだけどな。僕とラステルの結婚式の日は晴れになるように祈ろう」


 ラステルがセリムを見上げると、セリムが照れ臭そうにはにかんだ。


「もしかして、セリムが頼んでくれたの?」


 セリムが大きく頷いて優しく微笑んでくれた。


「勿論だ。僕が提案しなかったらクイ姉上達に大叱責されていたな。撤回されないように、うんと働こう」


 ラステルが頷き返すと、セリムがシッダルタを肘で小突いた。


「今日はティダとアンリさんのお祝い。アシタカとシュナさんはペジテ大工房で大祝い。次はシッダルタだな」


「あはは!こんな事を考えられる日が来るとはな。パズーより前だ。うん、そうしよう。しかし、この国は気が強そうな方が多そうだからなあ」


 シッダルタがチラリと中通路を見渡してから苦笑いを浮かべた。


「女なんて皆、なんだかんだ気が強いと思うよシッダルタ」


「あら?それって私のこと?」


 ラステルは周囲の人に見えないようにセリムの腕を軽く(つね)った。セリムがラステルへ苦笑いを投げてきた。


「ラステルやハンナさんみたいなら怖くないよ。こんなに色々な準備、俺も何か手伝うべきだったな」


 シッダルタがハンナの名前をあげたのが少し驚いた。これは大事なことだ。ソレイユは?と聞こうかと思ったが、宴の時にしようとラステルは唇を結んだ。お酒を飲めばシッダルタはもっと自分の事を話すかもしれない。セリムがシッダルタに向かって首を横に振った。


「今のシッダルタは単なるお客様だ。もてなされる側。兄上達にも姉上様にも友人としか話してない」


「服だけでも気後れしているんだけどな。もてなされるって想像がつかない」


 シッダルタのぼやきにセリムが「されるがままで大丈夫だ」と楽しそうに笑った。


 セリムが準備してくれている者達に声を掛けていく。ラステルもセリムの真似をして皆を労った。セリムは民への労いの後に、相手に必ずシッダルタを友人だと紹介した。 


「貧乏小国っていうセリムの話から想像していたのと随分違う。とても活気があるな」


「この国は災害が多いし、移動も不便。助け合わないと生きていけない。文句を言いながら働いてくれる民には感謝しかない。今年は豊作でおまけに大蜂蟲(アピス)や動物とかが色々持ってきてくれたから、こう理由をつけて民に還元するんだ。じゃないと来年の収穫祭で追放されるかも」


 収穫祭は王と王族が国に奉仕したのかを評価する日でもある。セリムがシッダルタにそう軽く説明した。国中の民が普段から王家に文句を言い、改善をさせ、結果を判定する。そんなこと、ちっとも知らなかった。


「大人から子供まで国政に参加しているようなものか」


「小さな国だからだ。王族じゃなかったら楽なのにと思うこともある。だって普通の仕事に王家の公務。普通の勉学に、王家の勉強。でも国中の大人の息子で、同じくらいの歳の者は弟としてみてくれて、年下からは兄と慕われる。大家族みたいで楽しいよ」


 セリムはシッダルタといると、ラステルには話さないような事も話す。王族じゃなかったら、そんなことをセリムが考えることがあるなんて思ってもみなかった。セリムが崖の国の政治の話をシッダルタへ語って、シッダルタも質問していく。難しい話でついていけなさそうなので、ラステルは単語だけは覚えようと頑張って耳を傾けた。しかし、その単語の意味が分からないので興味が持てない。必死に聞いても、つい周りの飾り付けに視線がいってしまった。


 中通路の半ばで区画長という老人や初老の人達とセリムが色々と確認し合う間、ラステルとシッダルタは壁際で崖の国とセリムについての考察をした。


 中通路の様子を確認していくセリムには挨拶だけではなく叱咤激励(しったげきれい)が飛びかっていた。セリムは強く、ラステルよりもうんと物知りなのに、常に励むのはこのせいかと理解してきた。褒められて、更に上のことを要求されていくセリム。自信があるのに未熟だと嘆くのは、こういう風に育ったからだとラステルとシッダルタは結論付けた。


「励まないと追放されるなんて怖い国だ。大丈夫かな、俺」


「私もよシッダルタ。私達、二人で助け合っていきましょう。もし万が一追放されることになったら、シッダルタは私のお父さんに弟子入りすると良いわ。村の娘もどちらかというと大人しい子ばかりよ。あー、姉様(あねさま)は気が強いけど」


 シッダルタが首を横に振った。気合十分というような表情をしたので、ラステルも見習おうと思った。興味が持てない話に集中出来なかったのは反省しないとならない。


「追放されるってなっても、しがみつくさ。自分が頑張れば良いだけだ。自分が情けなくて追放だなんて、色々な人に顔向け出来ない。ラステルの乳姉妹、確かラファエさんだっけ?」


「よく覚えていたわねシッダルタ。そうよ、ラファエ姉様(あねさま)。近いうちにきっと会えるわ」


 ラステルもラファエに会いたかった。聞いて欲しいことが山程ある。


「俺にも姉がいたんだ……」


 少し遠い目をしたシッダルタに、姉のことを聞いて良いのか迷っているとセリムが戻ってきた。


「どうした?後は大広間なんだけど、何かあった?」


 セリムの問いかけに、返答しかねているとシッダルタが先に口を開いた。


「追放されないように、二人とも頑張ろうって話をしていたんだ」


「追放?私利私欲に走らなければ、泥団子を投げられたりはしないさ!つまり二人ともあり得ない」


 セリムが穏やかな微笑みを浮かべた。それからセリムはシッダルタの肩に手を回した。


「今夜は大変だぞシッダルタ。僕の友人はしっちゃかめっにされる。なあ?ラステル。君の時と同じだ」


「帰国祝いの宴、とても楽しかったわ!今日の私はおもてなし側よ!頑張るわ!」


 セリムはラステルに微笑みかけてくれたが、すぐにシッダルタに楽しげに崖の国の話を披露し始めた。やはりパズーがいなくて寂しいのだろう。それからシッダルタをもう相当慕っている。セリムの研究を手伝いたいと言ってくれたのはシッダルタが初めてだと、セリムは口癖のように言葉にする。もうすぐ国中にシッダルタが研究の相方だと伝えるので、それが余程嬉しいのだろう。


 大広間も収穫祭の時のように飾り付けられていた。料理やお酒などの準備もあらかた済んでいるように見える。帰国祝いの宴ではこの大広間は使わなかった。セリムがまた区画長だという人達と、色々と確認していく。今度はラステルとシッダルタも一緒に話を聞かされた。内容はこれから行われる宴の進行内容。段取りはセリムから聞いているが、最終確認としてもう一度ということなのだろう。


「では皆さん、よろしくお願いします。今は当番で働く側だが、交代して君達も楽しんで欲しい」


 立ち話の小さな会議が解散するとセリムはラステルとシッダルタに向き合った。


「聞いていた通り、話した通りだ。最初は退屈だけど、大切なことだ。後半は楽しもう」


 ラステルは大きく深呼吸して、胸を張った。


「早起きして片付けと朝食作りがあるから、帰国祝いの時みたいに酔っ払い過ぎないように気をつけるわ。折角入れた台所から追い出される訳にはいかないもの!」


「頼りにしているよ。ではまず崖内通路からこの大広間への扉を開く。シッダルタ、疲れるだろうが僕の隣だ」

 

 ラステルとシッダルタはセリムについて行った。収穫祭の時に使った扉は今日は外が雨なので使わないそう。セリムが扉の前に立つと、待機していた初老の男二人が会釈した。


「ワギャン、キルヒ、準備をありがとう。よろしく頼む。彼はシッダルタ。今日の客人の中でも特に親しい僕の友人だ」


 セリムが会釈すると、シッダルタも真似した。ラステルも頭を下げた。


「遠いところからようこそお越しくださいました」


「今日色々としてくださったティダ皇子様の従者だと聞いています。あまり大層なおもてなしは出来ませんが、楽しんでもらえると嬉しいです」


 シッダルタが目を丸めて口を開き掛けたのを、セリムがシッダルタを肘で小突いて止めた。


「ユパ王から全員の紹介がある。では扉を頼む」


 声を掛けると二人が扉の取っ手に手を掛けた。背筋を伸ばして堂々としているセリムは、かなり大人っぽく見える。


 扉が開かれると、扉の向こうの廊下には人がぎっしりと並んでいた。かなり騒めいていたが、静かになっていった。


「押さないでゆっくりと中へ入るように!急な事なのに来賓もてなしに駆けつけてくれて感謝する!」


 セリムの凜とした声が大広間に響いた。セリムはワギャンとキルヒに民の入場を任せて、ラステルとシッダルタを連れて移動した。今度は中通路へ人を入れに行く。


「緊張するな。あんな大勢の前で紹介されるのか……」


「そうよ。挨拶の練習を思い出してねシッダルタ」


「男は度胸だシッダルタ」


 強張った顔のシッダルタの肩をセリムが軽く殴った。ラステルはシッダルタにパズーも挨拶がしっかり出来ていた話をした。セリムも自分も緊張しているから、一緒に頑張ろうとシッダルタを激励した。大広間と同じように中通路にも民を通すと、三人で城塔の王の間へ向かった。途中、シッダルタはティダ達の部屋に戻っていった。


 王の間で支度が済んでいるユパ達が待っていた。


「兄上、滞りなく準備は終わり民も招きました」


「御苦労セリム。続けて来賓案内もしかと頼む。アスベルがアリババ王子達と応接室一の間で待機している。隣室の二の間にはクワトロ。その隣の三の間にはケチャ。セリムはクワトロと交代し、ラステルはケチャと交代し時間を見て客人を誘導してくれ」


 ラステルとセリムが返事をするとユパがジークを抱えて王の間を出て行った。真横にはクイ。後ろにドーラとカイが続いた。ドーラが部屋を出るときにウインクをしてくれた。


「よしラステル、行こう」


 ラステルはセリムと腕を組んで応接室へと向かった。予定通りセリムはクワトロと交代し、ラステルもケチャと代わった。シュナ達は和やかに談笑していたようでホッとした。カールだけは壁にもたれかかっていた。やはり鎧を着たままだった。ラステルは皆にもうすぐ案内すると伝えて、応接室三の間から出た。


「考え抜いたんだが、ここはエルバ連合崖の国。筆頭国のボブル国の方々から案内されるべきだ」


 廊下に出ると、一番最初に案内される筈のアシタカがセリムと向かい合っていた。


「アシタカ、クワトロ兄上がいなくなってから言い出すとはわざとだな」


「まあね。さあ、どういう反応をしてくれるか楽しみだ」


 アシタカが応接室一の間へ進もうとするのをセリムが慌てて止めた。ラステルも慌てて応接室三の間の扉を開いてシュナとカール、ハンナを呼んだ。


「ラステル、(わたくし)考えたのだけどここはエルバ連合崖の国。ボブル国の方々がやはり先ではないでしょうか?ご挨拶をしてお先にどうぞと伝えたいです」


 こっちもか。二人の主張の理由は分からないが、いきなり予定外だときっとセリムが困る。ラステルは頷いてから部屋を出た。


「アシタカさん、シュナが呼んでます。緊張しているからお顔が見たいそうです。顔色があまり良くないからアシタカさんが必要です」


 嘘がバレないかドキドキする。アシタカに助けてというような顔をした。自分ではそういう顔を作ったつもり。アシタカが心配そうに近寄ってきた。セリムがこの隙に何か考えてくれるに違いない。セリムが応接室一の間へそっと入っていった。


 一呼吸おいてから、ラステルは応接室三の間を開いてシュナを呼んだ。シュナがのんびりとした動作で部屋から出てきた。


「似合っているよシュナ。元気そうで安心した。アリババ王子と遊ぼうと思ったが、ラステルさんに(だま)されてセリムに先回りされた」


 アシタカがチラリと応接室一の間の扉を見てから、ラステルに向かって柔らかく微笑んだ。背中に変な汗が出てきた。全く怒っている様子はないが、威圧感がある。


「あら、そうなのラステル。(わたくし)にも嘘をついたのね。カール姉上、ハンナ、ソレイユ様。参りましょう」


 シュナの妖しげな笑みで更に汗が増えた。ラステルは応接室一の間をノックして、セリムを呼んだ。アシタカとシュナが腕を組み、カールがシュナの隣で鞘に納めたままの剣を構えた。ハンナ、ソレイユが後ろに並んだ。セリムとアスベルが応接室一の間から出てきた。


「アシタカ。予定通り……」


「僕の妹は気配り上手のようだ。ラステルさんに頼まれたので、予定通り僕達が先に行くよセリム。宜しく頼む」


 セリムが驚いた顔をした後、慌てて応接室二の間からシッダルタとフォン、そしてマルクを呼んだ。マルクはアシタカの真横に並ぼうとして、フォンに先を越された。フォンが得意げにアシタカの隣でカールと同じように鞘ごと剣を構えた。仕方がないという顔でマルクが一番後ろに行き、剣を構えた。


 アシタカがシッダルタに何か告げた。シッダルタがハンナとソレイユの間に立ち、二人に手を差し出した。ハンナは慣れた手つきでシッダルタの手を取り優雅に会釈した。ソレイユが目をまん丸にしてから、はにかんでハンナの真似をした。


「お待たせ致しましたお客様方。宰相アスベルが祭宴(さいへん)大広間へ案内させていただきます」


 セリムが案内役だったが、アスベルがサッとアシタカの隣に移動して笑顔で会釈した。一行が遠ざかって行くとセリムが大きくため息を吐いた。


「ありがとうラステル」


「シュナもアシタカさんと同じことを言い出したのよ。何でか分からないけどセリムが慌ててたから時間を稼いだわ。私、何も頼んでないわ。アシタカさんもシュナも勝手に引っ込んだの」


「いや助かったよラステル。油断も隙もあったもんじゃない。アシタカはアリババを色々と試すんだ。止めろと言っているんだけどな。シュナさんまで……。アスベル先生が代わってくれたから、アリババ達に油断するなと話しながら行くよ」


 セリムが応接室一の間からアリババ王子達を呼んで、去っていった。


 ラステルは応接室二の間をノックして中に入った。ティダは着替えていなかった。目元の痣と頭の包帯を隠すような装飾だけは身につけている。それだけでまるで豪華な衣装を着ているような錯覚がした。そういう特別な雰囲気がある。


 ソファに腰掛けるティダがゆっくりとラステルに視線を移した。落ち着いていて静かなティダはどこまでも深いような黒い瞳。吸い込まれそうでドキリとした。話しかけられるような空気じゃない。


「どうした。行くぞ」


 立ち上がったティダの体にバシレウスが登り、胴体に巻きついた。バシレウスは頭部をティダの右肩から伸ばした。ティダの懐から小蛇蟲(セルペンス)が現れて左肩に乗った。ラステルはおずおずと声を掛けた。


「ティダ師匠、お祝いをするの嬉しくなかった?」


 ティダは返事をせずに笑みを浮かべた。完全に愛想笑い。ラステルが案内役なのに、ラステルの腰に手を回したティダに誘導されるように応接室三の間へ移動した。ティダが静かに扉をノックして、アンリの名前を呼び、扉を開いた。


 今日のアンリは一際綺麗だ。純白ドレスに深い緑色のオダニ。ティダがどういう反応をするかとワクワクしていたのに、重たい空気でそんな気持ちは(しぼ)んでしまった。ティダは無表情で無言。アンリも俯いて、ティダを見ない。オダニが影になって表情が見えない。アンリの真横にいる月狼(スコール)が凛々しくも嬉しそうな顔なのが救いだ。


「変かしら……」


「いや。美しい。このまま扉を閉めて閉じ込めておきたいくらいだ」


 ティダの小さくて静かな声に、アンリがゆっくりと顔を上げた。アンリは恥ずかしそうに微笑んでいて、瞳が涙で潤んでいる。ティダが僅かに微笑んで、とても優しい眼差しをアンリに向けたので、ラステルの胸がじんわりと温かくなった。今のティダは愛想笑いでは無い。ラステルはティダは祝いが嫌ではなかったと分かり安堵した。


「ありがとう。ティダはいつも通りの服なのね。残念。でも頭と、バシレウス君にセルペンス君はとても良いわ」


「君が飾らないと思ってな。案の定だ。妻より飾る阿呆がいるか。俺がそれなりの態度をすると女が寄ってくる。そして相当飲む予定で、そうすると俺は適当に遊ぶかもしれん。よってバシレウスとセルペンスが俺なりの善処。止めろと言ってある。月狼(スコール)誠狼(ウールヴ)にもだ。気に入らんか?」


 アンリが目を丸めてから小さく首を横に振った。アンリが嬉しそうに笑うと、ティダが満足そうに笑い返した。アシタカがよくティダの文句を言っているが、どっからどう見てもティダはアンリを大事にしている。ティダがアンリの手を取って自分の腕へと招いた。


「では案内を頼むラステル妃」


 頼むと言いながら、ティダは先に歩き出した。ラステルは慌てて駆け出した。二人を抜かして前に出ると、ラステルのスカートの裾から小蛇蟲(セルペンス)が現れた。かなり小型で、スカートにくっついているのに気がついていなかった。小蛇蟲(セルペンス)はシュルシュルと移動して、ティダの外套(マント)の裏に隠れてしまった。


 月狼(スコール)がラステルの横に並んだ。護衛交代ということなのだろうか?聞きたくても、ティダとアンリが無言であまりにも静かなので質問しにくかった。


 緊張するな、とラステルは前だけを見つめて廊下を進んだ。大橋下の中通路に入る前に、民に挨拶をする。後は祭宴(さいえん)大広間の舞台まで歩くだけ。ラステルは簡単だが、重要な仕事だと、ドキドキしながら歩き続けた。


 

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