表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
七章 大嵐の前の静けさ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

234/316

王子の帰国と異国からの来訪者5

【崖の国 大橋】


 大橋の人だかりから歌が聞こえてくる。それに民が踊っていた。中心はラステルとソレイユ。本当に気が合うのか楽しそうに踊って歌っている。二人の声はよく通る。セリムはシッダルタと笑い合った。赤鹿の上を見るとアデスはうんうんと唸っている。


「ソレイユはいつも自分勝手。何がバデスだ。バカなアデス。バカという言葉を使うなと何度言ったら治すんだ……しかし本当にすぐに誰とでも仲良くなるのは偉いよな……」


 ぶつぶつ小さな声でソレイユへの文句を言いつづけているアデス。時折褒め言葉も混じる。きっと仲が良い兄妹なのだろう。


 民がセリムに気がつくとワッと歓声が上がった。毎度のことながら、慕ってくれていてありがたい。


「ラステル様と友人のソレイユ様が帰国祝いに歌と踊りを披露(ひろう)してくれてます!」


 オットーが大きく手を振ったのでセリムも振り返した。他の皆もニコニコと手を振ってくれる。


「僕の友シッダルタとアデスだ!アデスはソレイユの兄なんだ!シッダルタはユパ王が許してくれたら崖の国で僕の研究の手伝いをしてくれる!もちろん働きながら研究だ!」


 セリムはシッダルタの背中を軽く押した。とてつもなく緊張しているシッダルタはガチガチで、噛みながら名前を告げた。それから深く頭を下げた。急に静かになったので、セリムはシッダルタの肩に手を回し、されから腹に拳を当てた。


「緊張癖は治さないとなシッダルタ。ほら、手を振れ!いつもの笑顔だ!」


 シッダルタが強張った笑顔ながら大きく手を振った。弾けるように歓迎の声が上がった。シッダルタが涙ぐんだのでセリムは驚いてしまった。セリムは改めて自分はとても恵まれた環境で育ったのだと実感した。セリムの当たり前は、シッダルタが感激するくらいのもの。


 アシタカやシュナが目指している世界。それはきっと崖の国の延長線。国が大きくなればなるほど、王の目は届かない。全員が豊かに、から遠ざかる。


「行こうシッダルタ。僕はチヤホヤ育った王子だから、僕の相棒は徳をする!アシタカが言っていただろう?豊かさは余裕を生むって!アデス、行こう!」


 セリムは赤鹿からアデスを下ろした。それから「競争だ!」と走り出した。アデスは予想外に早かった。シッダルタを抜かし、先に全速力で走り出したセリムも抜かした。


「アデース!オーガの大地だけどオーガの里ではなかったわ!とても親切で優しいわよ!匂いも好きだわ!」


 ソレイユがラステルを持ち上げてくるくると回した。


「こ、こ、怖いわソレイユ!海?川?に落ちたら大変よ!」


 ラステルがバタバタと暴れた。ソレイユがラステルの位置を下げるとラステルがソレイユにしがみついた。


「どこからが海なのかしら?」


 ラステルが首を伸ばすとソレイユが大橋の端へと移動した。


「海?海とは何?それにしても川も泉も巨大ね。泉なんてどこが果てかしら」


「泉じゃなくて海というのよ。ずーっと続く大き過ぎる泉のことよ。しょっぱいの。珊瑚(さんご)という植物が生えていたり美しいのよ。ドメキア王国の海は違ったけど。海は海でも何種類かあるみたい。泉と同じ」


珊瑚(さんご)?聞いたこともないわ」


「私も知らなかったわ。セリムが教え上手だから沢山教えてくれるわ。シッダルタも頭が良いの」


 ソレイユとラステルの物知らずの発言で民が騒ぎ出した。ソレイユは海がないところに住んでいるのか。ソレイユがラステルを抱っこしたまま駆け寄ってきた。


「セリム!シッダルタ様!ソレイユはラステルと海に入るわ!でもラステルは弱々だから危ないかしら。ちょっと見てくるわ。アデス、服を見ててね」


 ソレイユがラステルをセリムに渡して、突然(よろい)を脱ぎ始めた。靴下も脱ぎ、半袖のワンピースも脱いだ。あっという間に肩紐がついている薄い肌着とかなら丈が短い半ズボン姿。半ズボンの紐を外すとスカートの形になり、ソレイユはズボンの下の肌着らしき白い布も脱いだ。アデスが「はしたない」と怒りながらソレイユが脱いで放り投げたものを集めていく。


 全員が驚いているとソレイユがトンッと跳ねて大橋から飛び降りた。


「嘘だろ!」


 シッダルタが叫んだ。他の者も叫び、ラステルがソレイユの名を呼んだ。セリムは大橋から身を乗り出した。セリムだけではなく皆がソレイユの姿を追った。


 くるくると回転しながら落下していくソレイユ。途中で水面に対して体を垂直にした。


 足が消えていた。魚の尾ようになっている。大蛇蟲(アングイス)の体に良く似ていた。太陽が滑らかな尾を輝かせる。


「人魚?」


 シッダルタが呟いた。民が次々と「人魚」の連呼。


 高い水飛沫が上がった。水面が静かになるとイルカのようにソレイユが飛び出してきた。しかもイルカよりも遥かに高い。


「シッダルタ!なんていうことだ!アデス!アデス!君も泳ぐなら僕も連れて行ってくれ!僕は泳ぐのが得意だ!」


 セリムはアデスの両肩を掴んで揺らした。


「俺は無理!ソレイユが珍しいだけ。人魚って何です?」


「人魚は半分人で半分魚なんだ!今のソレイユのような姿だ!」


 孤高ロトワの龍の民は人魚だったのか。セリムはティダの足が尾になるのを想像してみた。止めておけばよかった。あまり嬉しい姿には思えない。それにしても蛇一族の次は人魚。世界はなんと謎に満ちている。孤高ロトワの龍の民ともオルゴー国は交渉することにしよう。ラステルやシッダルタも賛成してくれる筈だ。


「おいセリム。こんなの大勢が見ても良いのか?」


 シッダルタに耳打ちされてセリムは我に返った。


「セリム様!人魚と知り合いなんですか?」


「ユパ王から蟲と親しくなったと聞きました!蟲は話すんですよね?次は人魚なんて外国は知らないことばかりです!教えてください!」


 次々と質問責め。人がセリムに近寄ってきそうなので両手を出して静止した。蟲が話すことをユパは民に伝えてくれていたらしい。


「セリム!私も泳ぐわ!泳ぎは得意なのよ!」


 ラステルが服を脱ぎそうな気がして、セリムはラステルの腕を引っ張った。


「あー、ラステル。君が泳ぐところは見てみたい。後でシュナさんやソレイユを連れて海岸に連れて行こう。色々終わったら」


 ラステルは話を聞かずにセリムから離れ、橋から身を乗り出して眼下を熱心に見つめた。水面を出たり潜ったり、跳ねたりしていたソレイユが大橋の柱にしがみついた。しかも登ってきた。尾はもうない。細身なのに、しなる筋肉。


「アデス!アデス!ソレイユの身体能力はどうなっているんだ?素晴らしくて美しい肉体だ!」


 場の全員、ソレイユに釘付け。アデスだけソレイユの文句と少しだけ褒め言葉を呟きながら、呻く。


「バステル!しょっぱくなかったわ!でも、うんっと深い。オーガの大地の川はなんて広くて深いのしかしら」


 大橋の上まで戻ってきたソレイユがラステルの胸を指を突き立てた。ソレイユが犬のように体を振り、水滴がそこらじゅうに散った。目の前のラステルはびしょびしょ。


「バステル?ラステルよ。しょっぱくないならあそこは川なんだわ。セリムが後で海に連れて行ってくれるそうよ。そんなに深いのね。オーガの大地って何かしら?」


 ラステルは文句も言わずに濡れた顔を服の袖で拭った。


「あらごめんなさい。川はしょっぱくないのね。ソレイユはつい自分勝手になってしまうの。皆さんを濡らしてしまったわね。アデス、拭いて差し上げて」


 ソレイユが人垣から離れてまた体をブルブルと振った。


「バデス!早く拭きなさい!特にラステルよ!それにソレイユの服も持ってきて!」


 アデスがソレイユの服を抱えて走っていくとソレイユが腰に手を当ててアデスを睨んだ。


「服は後に決まっているでしょう?バデス!ソレイユのせいでこの方達が風邪をひいたらどうするの?まあ、シッダルタ様。ソレイユの美しい肢体に見惚(みほ)れてくれるのね。これ以上の肌は他の殿方には見せないので安心してください。ソレイユは淑女(しゅくじょ)です」


 ソレイユがシッダルタに向かって、さあ見てというような姿勢をとった。片手は胸元。片手は髪。可愛いには可愛いが全くもって色っぽくない。そして淑女(しゅくじょ)でもない。アデスは自分の外套(マント)で民を拭いて回っている。


「あー、風邪をひくから服を着た方が良いと思う……」


 シッダルタが斜め下を見ながら呟いた。頬は赤いが困った、面倒だなという様子。ラステルがソレイユに服を持っていった。ハンカチも差し出してた。


「気がきくのねラステル。シッダルタ様ったらあんなに照れなくてもよいのに。紳士なのね!素晴らしいことだわ」


 ソレイユが服を着ながらうっとりというように、シッダルタを見つめた。ラステルがワクワクしたような表情でシッダルタを見たが、シッダルタが困った様子なのでつまらなそうに口をへの字に曲げた。


「下の川、弱々ラステルには危険そうだったわ。また歌って踊りましょう。それから、あのグルグル回転している建物を見たいわラステル!あれは何⁈」


 ソレイユがくるりんと回転してから風車塔を指差した。それからシッダルタに駆け寄って腕を組んだ。


「ソレイユさん、その、あー、こういうのはあんまり……」


「あれは風車っていうのよ。風でくるくるしているの。グルグル回るのを車っていうの」


 シッダルタがさり気なくソレイユを引き離そうとした。ラステルがにこにこと(てのひら)で風車を示した。


「セリム様、俺もあの風車というのを近くで見たいです」


 フォンが人垣から出てきてセリムの隣に並んだ。途端にシッダルタにひっついているソレイユがしかめっ面になった。


「嫌な匂い!オーガもどき!ソレイユに近寄らないで!べーっ」


 ソレイユがフォンに舌を出して、心底嫌そうな顔を向けた。フォンが大きくため息を吐いた。ソレイユがプイッと顔を逸らしてシッダルタを引っ張って風車塔へ向かって歩いていく。ソレイユに手招きされたラステルがハンナを呼んでから、パタパタと追いかけていった。月狼(スコール)がラステルを追って横に並んだ。慌てたようにアデスも追いかけていった。


「セリム様。客と言っていましたが何処の国の者なんです?何もしていないのに初対面でいきなりあれで、失礼にも程がある」


 フォンがむすっとした顔になった。


「それが秘密らしい。ついさっき会ったばかりなんだ」


 セリムが告げると、フォンが大きく目を見開いた。


「セリム様!どうしてそんな安易な判断を?」


「安易?人となりはきちんと見た。共通の知人も複数いる。むしろ何がどう安易な判断なんだ?」


 大橋の中央らへんでソレイユが振り返って、もう一度フォンに舌を出した。嫌な匂い、それは気になるがソレイユがフォンへの態度が悪いのはしっぺ返しだ。あからさまなソレイユも良くないが、フォンにも悪いところがある。フォンが(うつむ)いて唇を噛んだ。


「ソレイユは単なるお客様なので僕がとやかく言う必要はないが、フォンさんは僕と励むと言ってくれているので僕の意見を述べよう。相手を失礼だと非難する前にどうしてあのような態度を取られたのか考えるべきだ。分からないなら相手に、第三者に聞く。俯いている場合じゃない。僕はそう思う」


 ゆっくりと顔を上げたフォンは苛立った表情だった。迷ったがセリムはフォンの正面に向き合った。


「僕は君のためを思って話したが、違うというなら声を上げて反論してくれ。自分を誇る。誇れないなら励む。崖の国はそういう国、文化。この件、君が反論しない限りは僕が正しいと判断する。見ろ、ソレイユもアデスもこの国を害すか?何か陰謀めいているか?僕は人を見る目がある方だ。あとフォンと呼ぶから、セリムと呼んでくれ。横に並ぼうという話だったからそうしたい」


 どういう態度と返答があるだろうか。フォンが胸を張ってから眉毛を少し釣り上げた。


「俺はセリムと彼女に共通の知人がいるとは知らない。名前しか分からない余所者。おまけに人魚?人ではないということは何か事件が起こるかもしれない。それに俺は要人警護の名目でこの国に来た。セリムの目的を共に成すつもりだが、立場上は大陸連合護衛官。まず疑うのが仕事だ」


 反論されてみると、セリムの方が反省すべきだった。フォンが何故か大きく口を開いた。


「そうだ。その通りだフォン。君から見たらソレイユもアデスも単なる不審者だ。ドメキア王国を訪れた僕と同じ。先に信じて与えろというが、フォンの仕事には事件を未然に防ぐことも含まれている。また兄上や父上に怒られるな。そうだ、僕がするべきなのは君を責めることじゃない!ソレイユの誤解を解くこと。嫌な匂いは分からないが、君はあんなに嫌われてよい男じゃない」


 善は急げとセリムは駆け出した。シッダルタと腕を組んでいるソレイユが、こちらを振り返って立ち止まっていた。


「嫌な匂いだから嫌なの。本人の中身なんて関係ないわ。セリムには嫌いなものはないの?ゴミの匂いを好きになれる?お互い近寄らなかったら平和よ。他にも嫌な匂いはいるけど我慢出来る程度よ。あのオーガもどきは嫌ったら嫌。ニコニコしてたら近寄ってくるかもしれないじゃない。ソレイユは可愛いんだもの」


 ()()()()()()()()()()()()?予想外の言葉にセリムは固まった。


「それを言われた相手は傷つく。もう少し言い方があると思うけど」


 シッダルタが顔をしかめた。ソレイユが考えるように首を捻り、それから頬を膨らませた。アデスがオロオロとしている。


「教えてシッダルタ様。ソレイユには思いつかないわ」


 ソレイユがシッダルタから離れて、シッダルタの前に立った。それからお願いしますというように軽く頭を下げた。シッダルタが驚いたように目を丸めた。その後困ったように眉根を寄せた。


「相手が逆上したらどうする?それらしい態度を取って近寄らなければいい。ある程度の建前は必要だと思う」


 ソレイユが腰に手を当てて、ますますふくれっ面になった。


「殴られそうになった瞬間に殴るわ。ソレイユは強いの。先に攻撃しようとした方が悪い。建前も使ったわ。ゴミの匂いがして耐えられないとは言わなかった。本能で嫌い。最悪最低な相性。そうも言わなかった。一刻も早く離れたい。二度と近寄って欲しくない。ニコニコなんてする必要がある?」


 シッダルタが両腕を組んで悩ましいというように唸った。セリムも困惑した。


「それ程嫌なのか。どうした方が良かったのか何とも言えないな……。離れたのに嫌な態度を取ったのもこの距離でも匂いが嫌だったのかい?」


 ソレイユが首を横に振った。


「気分が悪いところに、不審者のように言われたから嫌だったの。ソレイユはセリムのお客様として招かれた。王子のお客様なんだから、もう不審者じゃないわ。でもそうね。見る目がないって小馬鹿にして澄ましてれば良かった。ソレイユはお姫様だもの。謝ってくるわ」


 二度と近寄って欲しくないと言ったばかりなのに、ソレイユがフォンに向かって駆け出した。セリムとシッダルタは追いかけた。ラステルとハンナは唖然としている。


「セリムが言っても殴らない中身だと評価していたからきちんと伝えに来たわ。匂いがゴミみたいで最悪。大嫌いな匂いだから三メル以内に近寄らないで。あとソレイユは王子のお客様なんだから不審者じゃないの。貴方が先に嫌な目をしたから、ソレイユも嫌な態度を取ったのよ。お互い嫌いだから今後はお互いを無視しましょう。嫌な態度を取ってすみませんでした」


 ソレイユがぺこりと頭を下げてから満面の笑みをフォンに投げた。フォンは固まっている。ソレイユが軽やかな身のこなしでシッダルタに抱きついた。おまけに頬にキスした。突然抱きしめられたシッダルタは真っ赤。


「素晴らしいわシッダルタ様。ソレイユをもっと良い女にしてくれようとするなんて大人な紳士ね。ソレイユはまだまた子供なので励まないと。ゴミに顔を突っ込んでも笑顔を作る練習をするわ」


 ソレイユがシッダルタと手を繋いで元来た道を戻り始めた。手を繋いだというより掴まれて引っ張られている。


「ゴミ?俺ってそんなに体臭が酷かったのか?」


 フォンが周りの民に目配せしてから、(すが)るようにセリムを見つめた。周りの者は首を横に振ってソレイユを変な女というように眺めたり、フォンに気の毒そうな顔を向けた。


「全然しない。しかしソレイユの鼻はそう感じるらしい」


 セリムはフォンの肩に手を置いた。


 ソレイユの足が変化した時の尾は大蛇蟲(アングイス)のようで、彼女は大蜂蟲(アピス)とも話せていた。蟲や蛇一族と同じようにペジテ人を嗅ぎ分けて嫌っているのかもしれない。ティダの鼻が良いのは大狼として励んだからではなく、生まれつきなのかもしれない。


「フォン。ソレイユは相当嗅覚が優れているか、人とは違う嗅覚なのかもしれない。多分そうだ。人魚みたいだから人とは違うのだろう。気にするだろうが近寄らないで無視した方がいい。お互い嫌な思いをする」


 フォンがセリムに掴みかかろうとしたので避けた。突然どうした?


「セリム!異文化交流だ!こんなにも理解し合えない!大陸協力機構の立ち上げの前に各種族の価値観の確認と言っていたが、まさしくこれだ。俺は匂わないのにゴミのようだって?さっぱり分からない。三メルとは三メートルのことか?」


 フォンが両手で頭を抑えた。困り笑いだがやる気に満ちた様子にも見える。


「そうだ。ついいつもの通りになってしまった。多種族の価値観の確認。質問事項の紙はまだ荷物の中だ。ソレイユとアデスが帰国する前に質問しないとならない。法律とか掟とか……」


 周囲が(ざわ)めいたのでセリムは振り返った。人が左右に分かれて道を作った。城塔の方からティダが両脇に誠狼(ウールヴ)小さき王(バシレウス)を連れて歩いてきていた。


 ゆったりとして堂々たる姿。強くなった風に(ひるがえ)る黒い外套(マント)。乱れる髪を抑える手つき。いつもよりも丸い雰囲気でアシタカと少し似た穏やかな微笑。眼光は鋭いが敵意や殺気は消してある。全員がティダに注目している。圧倒的な存在感が(うらや)ましかった。十年経ったらセリムもこのような立派な雰囲気になれるのだろうか。なりたい。


 大橋前でティダが止まった。よく見たら小さき王(バシレウス)の後ろにアシタカがいる。セリムは十年経ってもティダのようになれないかもしれない。アシタカ程偉大でもティダとは違うということは、励むだけではなれない姿かもしれない。ティダに教えてもらうしかない。大陸覇王、人類の至宝になるならアシタカも教わるべきだ。ティダに食われる。


「崖の国の民よ。我が名はティダ・エリニュス。エリニースでも構わん。好きに呼べ。そのうち正式に発表されるが、縁あって偉大なる王ユパの指導者である偉大な旧王ジークの側仕えとなった。近衛兵の頂点、つまり国防担う。俺はセリム王子を親しみ込めてヴァナルガンドと呼ぶ。目付監視役を請け負った。隣は大狼ウールヴ、蛇一族バシレウス。両者とも俺の群れなので常に敬意を払って欲しい。それなりの対応にはそれなりの対応をするが、人を殺しはせん」


 セリムは愕然(がくぜん)とした。ジークの側仕え。国防担う。そしてセリムの()()()()()。ラステルがパズーに最短距離で励むようにして欲しいとアシタカに頼んだように、誰かがジークに同じことを頼んだのだろう。状況的にアシタカかシュナ。それか二人揃ってジークに頼んでティダを推薦(すいせん)した。


〈ヴァナルガンドの国というが人間はやはり大したことがなさそうだな。まあ仕方ない。フェンリスに勝てぬうちは従う〉


〈アングイス!バシレウスではない。それから蛇の子アンリの護衛なのに何故エリニースの近くにいさせる。バジリスコスからエリニースに従えと言われているから仕方ない。ドメキア王国より嫌な匂いのする国だな〉


 セリムは驚愕(きょうがく)した。崖の国はあまり良い評価をもらえなかった。自信があったので驚きが強い。同時に悔しいし悲しくなった。


 誰も何も言わずにティダを見つめている。不信でも、疑心でもなく、単に皆もセリムと同じように驚いているように見える。


「ティ、ティダ……。側仕え?国防担う?僕の目付監視役?僕を手伝ってくれると言っていた……」


 アシタカとシュナ、それに父ジークからの期待の大きさが巨大過ぎてセリムは上手く(しゃべ)れなかった。いきなりティダは無理だ。遠過ぎる。


「手伝うがお前は普通に仕事もするのだろう?なら俺も仕事をせねばならん。働かざる者食うべからず。衣食の代わりに職をくれと言ったらこうなった。してアリババ王子とアラジン王子の所へ案内しろ。両名とアシタカとの仲介役をしかと果たせ」


 セリムはティダに詰めよった。ティダの愉快(ゆかい)そうな目が怖い。


「いいかティダ。君は僕から見ると遠過ぎる。まず生きてきた時間が十年も違う。目付監視役なら僕を過信しないでくれ。僕は懸命(けんめい)に励むが、君の速度が速くて追いつけない。置いて行かないで欲しい。僕がいきなりアシタカになれるか?シュナさんになれるか?なれない。君にもなれない」


 思いっきり殴りつけるような風がセリムの頬をぶった。風の神が偉大な男に引っ張り上げてもらえる幸運なのに、怯えるとは情けないと言っている。セリムは項垂れそうなのを必死に(こら)えて胸を張った。ティダは何も言わずに微笑んだままセリムを見つめている。


「しかし僕は必ず横に並ぶ。父上やアシタカ、シュナさんの期待に応える。友であるティダの顔に泥を()らない。よろしく頼む」


 セリムはティダに右手を差し出した。しかしすぐに左手に変えた。利き腕が右手なのでつい右手を出したが、大事なことなので心臓側の左手にしようと思った。


「俺は余所者。この国に関することは右も左も分からない。色々と世話になるヴァナルガンド」


 ティダが眩しそうな笑顔を向けてくれた。これまでのようにセリムがティダを勝手に追いかけるのではなく、ティダはセリムをしかと見てくれるという意思表示。誇らしくてならない。


 拍手が巻き起こったのがさらに(うれ)しかった。遠巻きにしてティダに話しかけるものはいないが皆歓迎の目線を向けている。


 ティダの視線がズレた。セリムの背後を見つめている。振り返ると全速力という様子でソレイユが走ってきていた。


〈あの女が俺の妹とかいう奴か?まあ、顔は似てるな。それにあの娘、相当強そうだな。孤高ロトワというからにはロトワ蟲森から来たのだろう。あんなに必死そうで、どんな面倒を持ってきたんたろうな?〉


 険しい表情で走ってくるソレイユ。ティダは誠狼(ウールヴ)に腕を置いてもたれかかって、のんびりとした様子でソレイユを観察している。どんな面倒もなにも、ソレイユはさっきまで歌ったり踊ったり泳いだりと崖の国を満喫(まんきつ)していた。それにシッダルタにベタベタ。何故、今は険しい表情なのかは分からないが厄介ごとを持ち込んだようには思えない。


 あっという間にソレイユがセリムの横に並んだ。両手を胸の前で握りしめて、泣きそうな顔で震えて出したのでびっくりした。


「き……」


 ソレイユが震える声を出した。ティダが無表情でソレイユを上から下まで(なが)めた。


「きゃあああああ!」


 ソレイユの悲鳴が響き渡った。甲高い嬌声(きょうせい)。耳が痛かった。しかしティダは涼しい顔をしている。


「古きテルムの子ね!伝説のテルムの子孫!ソレイユの運命の王子様はシッダルタ様ではなくてこの方ねセリム!格好良くて、堂々としていて、素敵な匂いで、しかもソレイユよりも強そう!大狼と大蛇蟲(アングイス)の尊敬を集めているなんて素晴らしいわ!こんな方生まれて初めてよ!ソレイユはこの日を待っていました。運命の王子様、お名前を教えてくださる?」


 ソレイユが体を左右に揺らした。ティダが()き出した。


「ふはははははは!開口一番何を語るかと思えば運命の王子様?可愛らしい娘よ。名はソレイユか。太陽とは良い名だ。名は体を表す」


 ティダがソレイユに優しく微笑みかけたのが意外だった。ソレイユがうっとりした熱視線をティダに投げている。ティダがセリムに目配せした。


「ソレイユ。彼がティダだ」


 ソレイユが固まった。次に瞬きを繰り返した。それから花が咲きほこるように満面の笑みを浮かべ、ティダに飛びついた。避けるかと思ったらティダは黙って抱きつかれた。ソレイユは子供が親に抱きつくようにティダの首に腕を回して両足を浮かしている。


「フェンリス兄様(あにさま)!想像以上の皇子様だわ!運命で当たっていたわ!セリムに会いにきたらフェンリス兄様(あにさま)が本当にいたわ!ソレイユは会える日をずーーーーーーっと待ちわびていました!貴方がフェンリス兄様(あにさま)なのね!素敵だわ!」


 ソレイユが思いっきりティダに抱きついた後、体を少し離してティダの頬にキスした。なすがままのティダには驚きしかない。


「ふむ。俺は妹の存在すら知らなかった。両者共に本当に兄妹か分からんので色々と話を聞こう。少々やる事があるので後でで構わんか?」


 ティダがソレイユを横抱きにした。ソレイユがまたうっとりとした顔付きに変わった。


兄様(あにさま)よ!違ってもそうするわ!こんなに素敵で(たくま)しいなんてティダ様はソレイユの兄様(あにさま)よ。本物のフェンリス兄様(あにさま)が出てきてもティダ様以上じゃないとダメだわ。それに比べてヘリオスにアデスは弱々中の弱々。バリオスにバデス!」


 ソレイユが遠くにいるアデスを睨んでからプイッと顔を背けた。


「あれがアデスか。後で話そう。してソレイユ。後ろに古きテルムの子がいる」


 ティダが体の向きを変えた。その瞬間ソレイユがティダの腕から飛び降りて走り出した。ソレイユがアシタカに飛びかかった。ティダが関心したような顔をした後、少し不機嫌そうになった。ソレイユが黄色い悲鳴を上げてアシタカに抱きつき、頬ずりしだした。アシタカは驚いてはいるが照れたり恥ずかしがったりはしていない。


「素敵だわ!素敵だわ!素敵過ぎるわ!なんて素晴らしい匂いよ!ソレイユの運命の王子様は星姫物語の王子様だったのね!優しくて、穏やかで、爽さわやかで、慈愛に(あふれ)ていて、髪はサラサラ。髪を伸ばして束ねたらなお素敵よ。格好良さがセリムやティダ様以下なのは残念。ティダ兄様(あにさま)と違って弱そうなのも残念だけどソレイユが(きた)えるわ」


 ソレイユがアシタカの頬にキスしようとすると、アシタカがやんわりとソレイユの動作を止めた。


「初対面で賞賛(しょうさん)をありがとうソレイユさん。大変嬉しいのだがまず自己紹介をさせてもらいたい。それから僕の国ではみだりに女性に触れるのが好ましくない。僕の名誉を守るために離れてもらえるかな?可愛らしいお嬢さんにこのようにされるのは嬉しいのだが、僕は世間体を気にしないとならない身分なんだ」


 アシタカの穏やかな笑みにソレイユが頬を赤らめた。シッダルタやティダに対してはこのような態度はしなかったので驚いた。アシタカが告げた「可愛らしいお嬢さん」に相応しい姿に見える。


「改めましてソレイユさん。僕はアシタカ。ペジテ大工房の大技師名代にして大総統代理。こんなに可愛らしいお嬢さんに運命と言ってもらえて果報者なのですが、僕はつい先日自ら運命の女性を選んで誓いを立てた。あまりにも素敵なお嬢さんなので残念だが、僕は生涯一人だけに誓いを立てると決めている」


 ソレイユが眉間に皺を寄せた。アシタカがハッキリと拒否の姿勢を示すとは思わなかった。穏やかで優しい笑顔だが、目がソレイユを拒絶している。


 ソレイユがまた悲鳴を上げた。また嬌声。何故嬌声?


「素敵よ素敵!素晴らしいわアシタカ様!本当に星姫物語の王子様よ!こんなに一途(いちず)に想われるお姫様に会わないとならないわ!こんなに可愛いソレイユより誓いを選ぶなんて素晴らしいことよ!お姫様に会わせてくださる?ソレイユのお手本にするの!ソレイユはもっと素敵な女になって運命の王子様と結ばれるの。やはりシッダルタ様なのかしら?それならアシタカ様のようになってもらわないと。で、ティダ兄様(あにさま)。伝説のテルムの子孫はどなた?」


 ティダがアシタカを指差してゲラゲラと笑いだした。ソレイユが「だからこんなに素晴らしいのだわ!」とまた悲鳴を上げた。セリムも噴き出した。つられるようにこの場にいる者達も笑い出した。


 ソレイユの思考回路がさっぱり分からない。孤高ロトワ龍の民の考え方なのか、ソレイユ個人の考えなのかが知りたい。多分後者だろうが根幹があるはずだ。


 ソレイユが戻ってきてティダと腕を組んでもたれかかった。


「今日は素晴らしい一日だわ。胸がいっぱいになる幸福な日よ。オーガの大地でこんなに素晴らしいことがあるなんて人生は楽しいわねティダ兄様(あにさま)。分け与えないとならないわ」


 ソレイユが目を(つむ)って小声で歌い始めた。


 失われても何度も巡ってくる。


 廻る廻るくるくる廻る。


 未来永劫命は続く。


〈ホルフルアピスの子はソレイユが歌うからセリムが遊ばなくてもお話しすることにした。ソレイユはセリムに素晴らしい日をもらった〉


 急に大蜂蟲(アピス)の子がセリムに「話す」の大合唱をしてきた。それから「歌えセリム」という言葉が怒涛(どとう)のように押し寄せてきた。


 感化されたのかラステルが高らかに歌い始めた。ソレイユがティダから離れていってラステルと両手を繋いだ。


 ラステルとソレイユがくるくると回りながら歌う。


 くるくる、くるくる


 くるくる


 くるくる……。



***



【ホルフル蟲森】


大蜘蛛(アラーネア)一族は父の意思を最も継ぐ。ホルフルの民が人を王とするなら不可侵は破棄(はき)だ。しかし蟲の民セリムは人と蟲の中間。よって一月後に会談を要求する。我等の父の命日に捧ぐ〉


【孤高ロトワ地下国家】


〈ゴヤに住む我等の一族を救出する!しかし抗争となると問題も多発する。我等の皇太子を迎えに行き古きテルムの子とも接触する。丁度良くソレイユ姫が接触したのでしばらく交流させ、こちら側につくようにしよう。そろそろ時が満ちる〉


【グルド帝国】


「ラズス遊牧民の遺伝子分析結果は面白いな。エルバの民も気になる。しかしサンプル数が足りねえ足りねえ。そろそろザリチュに顔を見せて、ボブル国に侵攻させっか。戦争っていうのは死体の山だ。捕虜も手に入る。楽しみ、楽しみ。楽しみだなあ!木偶人形(パストュム)増やして、極上女と殺戮(さつりく)兵器蟲の女王を手に入れねえとな!」


【ベルセルグ皇国】


「蟲が操れなくなった⁈作戦はどうなる⁈その者、嘘くさい態度が気に食わん。何を企てているか吐かせよ。何をしても構わん。テュールを呼べ!テュールにティダと接触させる!またティダに蟲森の民をどうにかさせないとならん。あんな死の森にこちらから出向くか!」



***


 

 間も無く新しい、そして激しい大嵐がやって来る



***



--必ず復讐(ふくしゅう)する。永遠に続ける。(おろか)な人など死ぬがよい。決して許さない。俺の子供達に近寄らせない


 人工的に造られた命は意識を共有する


 希望と絶望は表裏一体


 本能に残る希望と絶望は離せない


 救いと破壊は一心同体


 誰かを救えば何かが壊れる


 ()()()()()()()何度でも発症する


 謝っても許さない


 謝らないのも許さない


 決して許さない


 くるくる、狂狂、何度も巡る


 くるくる、狂狂、くるくる……

 

 狂狂……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ