王子の帰国と異国からの来訪者2
ヤヤル盆地から降りてくる男をユパは観察した。隣には白く巨大な狼のような獣。一目で誰だか分かった。
ベルセルグ皇国第三皇子ティダ・ベルセルグ。セリムから聞いた男でまず間違いない。
ティダはざっと近衛兵とユパ、アスベル、クワトロを確認した後、こいつが王だと目星をつけたのだろう。ユパだけを見つめてきている。眼光は鋭く、アスベルのように暗い。背は高くはないが決して低くもない。想像よりは細身だったが服の上からでも分かるかなり鍛られた体付き。隙がまるでない。
「あれが不敗神話の大狼兵士か」
アスベルがユパに囁くとティダが口角を上げて顔を縦に揺らした。
「この距離、この声の大きさで聞こえたのか?どう思うアスベル」
ユパがアスベルに囁やき返すと、ティダが風で乱れる髪を手で掻き上げて、また頷くように首を縦に動かした。立ち振る舞いの堂々さ、隣の大狼。無地で安そうな布の黒い外套が特別に見える程、圧倒的な雰囲気を放っている。
「崖の国の王ユパ殿とお見受けします。我が名はティダ・エリニュス・ベルセルグ!ベルセルグ皇国第三皇子にして裏切り者。貴国の王子セリム殿に頼んで亡命の嘆願に参りました」
ティダはユパの前に胡座をかいて座り、拳を握って両手とも地面に突き立てると深く頭を下げた。九つ尾の大狼がティダの隣に伏せた。大狼はジッとユパを見つめている。太陽のような色の瞳はユパを見定めるような視線。単なる獣ではないと伝わってくる。
ティダのあまりにも嘘くさい態度に腹が立った。試されているとヒシヒシと伝わってくる。
「面を上げよティダ皇子。我が弟セリムから少々話を聞いている。セリム抜きで私を見定めようとは不快だ。その、嘘くさい態度も止めよ。亡命ということはこの国で暮らすつもりだろう。腹を見せない、権力や武力を持つ男を受け入れる懐の深さは私にもこの小国にも無い」
ティダがゆっくりと顔を上げた。同時に豪快な笑い声を上げた。急に隙だらけになったことに面食らった。
「ふははははは!気に入った!やはりヴァナルガンドの兄。目がそっくりだ。俺はその目に弱い。まず詫びよう。試してすみませんでした。それから貴国の妃に手荒な扱いをしたことがある。申し訳ありませんでした。今は非礼の償いとして護身術などを教えている」
ティダはまた深く頭を下げた。しばらくそのまま動かなかった。話しかける隙がない。アスベルもクワトロも近衛兵も無言。場を支配するような空気を発している。恐らく、自覚している。
ティダがゆっくりと顔を上げた。精悍な顔付きで、目にはもう探るような色は消えている。あまりの豹変ぶりをどう評価してよいのか判断しかねる。
「では改めてユパ王。我が名はティダ・エリニュス・ベルセルグ。隣は我が友、大狼のウールヴ。貴国の王子セリムに大層世話になり、そして彼を気に入ったので国を捨て、傭兵として参った。可能なら近衛兵として雇ってもらいたい。実力が不安なら披露しよう。あと許されるならセリム王子の目付にもなる。この国のパズーから頼まれた。拒否なら、まあそこらに勝手に居座る」
ティダがスッと立ち上がった。ユパは赤鹿から降りた。アスベルも赤鹿から降りてユパの隣に並んだ。クワトロも並んだ。ティダは本当に隙だらけ。丘を下りてきた時とはまるで別人。
「崖の国を統べるユパだ。隣は弟のクワトロ。そして我が宰相アスベル。噂や話はかねがね。まずはセリムと共に詳しく話を聞こう。突然の来訪だけでなく、大国の皇子が近衛兵になりたいなどとは全く話についていけない」
「いや、何と無く想像がついた筈だ。貴方は聡い。貴方の弟を俺はヴァナルガンドと呼んでいる。ヴァナルガンドが話す時に俺の目的が何たるか察して欲しくて先に挨拶にきた。貴方達の弟は真っ直ぐで良い男だが、愉快な程に思考が捻じ曲がっている」
ティダがクワトロにも目線を移した。クワトロは完全に気圧されている様子。
「クワトロです。セリムの兄、この国の第二王子です」
「ふむ。やはり目がそっくりだな。とんでもなく恐ろしい国だ。最悪だ。父親はよくもこれ程の息子達を育て上げた。親になる日があるかもしれんので許されるなら話をしてみたいな。クワトロ殿よ、ヴァナルガンドより蟒蛇だと聞いている。手土産に美酒を持ってきたので是非共に飲みたい。チェスも得意と聞いているので指そう。腕には自信がある」
ティダが背中を向けた。完全に無防備な様子にユパはまたしても面食らった。ウールヴと呼ばれた大狼がティダの背中に回った。
「兄上!帰りました!その者は僕の友人のティダ皇子です!以前話したラステルとパズーの命の恩人、大狼と生きる皇子です!」
セリムが駆け下りてきた。後ろに見知らぬ男とアシタカが走っている。
「ユパ王!その者我がペジテ大工房の恩人にして僕とセリム王子の友人です!非常に世話になってます!」
アシタカが叫ぶとティダが肩を揺らした。
「人前でそういう話をするんじゃねえ!俺はお前に大した事をしてねえんだから黙ってろ!」
ウールヴが体の向きを変え、ティダが大狼に跨った。
「後でヴァナルガンド抜きで話をしたい。アシタカとこれから挨拶にくるだろうシュナの同席についてはユパ王、貴方の裁断に従う。揃うと面倒な者たちばかりなので、少々国土と周辺を視察させてもらいます」
ユパが返事をする前にウールヴがヤヤル盆地へ向かって駆け出した。降りてくるセリムの手前で右側に逸れてボブ山脈の方へ向かっていく。大狼はほぼ垂直の崖を颯爽と駆け登っていった。セリムが見惚れている。大狼の姿が見えなくなるとセリムが大声で叫んだ。
「なんていう事だ!大狼はなんて器用なんだ!あれ程強い脚力があるのか!雄大な姿だ!見たかアシタカ!なんて素晴らしい種族なんだ!知っていたか?シッダルタ!僕は全然大狼の素晴らしさを知らなかった!きっともっと沢山ある!」
セリムがシッダルタと呼んだ男に飛びかかった。シッダルタはサッとセリムを避けた。セリムを避けれるということは身のこなしが中々軽い。
「何度注意すれば治るセリム!礼節がなっておらん!それに外交なら何たる不手際!」
セリムの顔が一気に強張った。それからキリッとした表情になってユパに駆け寄ってきた。セリムは到着するなり深く頭を下げた。毎度のことだがこの急な変化、思わず苦笑いが出そうになった。
「すみませんでした兄上。夢中になると周りが見えなくなるのは僕の悪癖です」
「さよう。してセリム、また急な帰国に新たな招待者。外交なら何故彼に勝手を許した。それからラステルはどうした?」
「すみません、つい。ラステルは上で他の客人を世話しています。上で兄上に客人全員を紹介しようと思っていたんですがすみま……」
頭を下げようとしたセリムの肩にアシタカが手を置いた。息が切れているがアシタカは穏やかな笑顔を浮かべた。
「謝るなセリム。お久しぶりですユパ王。来国早々、このような姿をお見せしてすみません。色々と大事な話があり参りました。ティダ皇子は何処でも我が物顔の男でして非礼があれば代わりに謝ります。彼はセリムをとても大事に思っていますのでどうか信じて欲しいです」
穏やかな笑顔だが自信があるような堂々とした空気。そして余裕。何があったか知らないがこの短期間で一皮向けたなとユパは感心した。
「息災のようで良かったアシタカ殿。予想よりも早く、そして書簡や代理の者ではなく直接来訪されるとは驚いた。ティダ皇子、あの者国を捨て傭兵として参ったと申した。あと我が妹ラステルへの謝罪」
「傭兵?ティダ皇子は僕の理想を手伝ってくれると言ってくれています。僕を何よりも優先するべき弟分だと!だからこの国で暮らしてくれます。ティダ皇子は国を捨てたりなんてしてません。だから多分しばらく僕に付き合ってくれるだけだけです。あと僕の目付になってくれるそうです。しかし兄上、大変なことにティダ皇子では背中が遠過ぎる。彼が目付だと僕には酷です。兄上ならすぐに分かると思います」
アシタカがセリムの前に出た。目で訴えてくるのが何なのかユパは察して小さく頷いた。
「止めてくれアシタカ。ティダを僕の目付にと後押ししないでくれ。君のせいで兄上が決心してしまったじゃないか。励んでいるのに、どんどん離れていくから大変なんだ。アシタカもティダも僕に横並びになって欲しいと期待してくれるのは誇らしいが過度な期待は止めてくれ。潰れそうだ」
セリムがアシタカを振り向かせて不機嫌そうに唇を尖らせた。相当自尊心が傷ついている様子に驚いた。セリムが無理だと言うのは相当辛くて本当に無理だという時。アシタカがユパとアスベルに呆れたような、困ったというような表情を向けた。色々と話を聞くべきなのはセリムではないなとユパは悟った。
「アシタカ殿、先に貴方から話を聞こう。クワトロ、任せる。セリム、客人やラステルは長旅で疲れただろうから労いなさい。後ろで困っている者も含めてな。後でゆっくりと挨拶しよう」
セリムにシッダルタと呼ばれていた青年が丘の途中で立ち尽くしている。
「はい兄上!クワトロ兄さんよろしくお願いします!」
ユパは目配せしてクワトロと近衛兵達を進めさせた。セリムが走り出した。
「セリム、シュナを連れてきて欲しい。それから呼び戻せそうならティダに戻ってくるように伝えて欲しい。僕とシュナが仕事で呼んでいると言えば来るだろう」
アシタカが告げるとセリムが振り返って戻ってきた。
「そうか。僕のことよりも先に和平交渉の件か。ふむ、至極当然」
アシタカが何故か苦笑いした。少しぼんやりと遠くを見つめてからセリムがアシタカを見た。
「頼んだからシュナさんはスコール君が連れてきてくれる。ティダはすぐ戻るそうだ」
どうやって頼んだのだろうか。ユパがそれよりも気になったのはシュナの名だった。シュナとはドメキア王国のシュナ姫のことだろう。ティダの妻。ドメキア王国に帰国する話はセリムから聞いていたが、一月も経ってないが何があったのか。ティダが「亡命」という単語を使用したが夫婦揃って崖の国に来訪したのは亡命なのか?
ヤヤル盆地からウールヴより随分と小さい大狼が降りてきた。尾は二つだけ。小さいといっても普通の犬の二、三倍は大きい。背中に横座りしているのは真紅のドレスを纏う女性。状況からして彼女がシュナだろうが、病だと聞いていたのにどこからどう見ても健康そのもの。
アスベルから重度の胞病で「ドメキア王国の醜姫」と呼ばれていると聞いていたのに、大狼の背に乗るのは真逆の美女だった。近衛兵が道を作るように左右に分かれ、次々と放心したように脱力した。クワトロも見惚れている。ユパも絶句した。見目麗しいだけでなく、澄んだ瞳と醸し出す気品も素晴らしい。
これが外界一の大国の姫。ドメキア王が彼女を出征させただけでなく囮先陣役にしたなど、にわかには信じられない。こんな娘を持っていたら、絶対に国から出さない。
「兄上、アスベル先生、シュナさんには奇跡が起こって胞病が治ったんです!後でまた話します!シュナさん、兄上のユパ王、宰相になったアスベル先生、向こうがクワトロ兄上です。話していた通りクワトロ兄上にはなるべく近寄らないで下さい。和平交渉の件が先なので僕はクワトロ兄上と他の皆の世話をします」
セリムがシュナに声をかけると、シュナが大狼から降りた。上手く降りれなくてつんのめったシュナをセリムが支えると、シュナが可憐な笑顔を浮かべた。ラステルに夢中なセリムが頬を赤らめて、照れたようにはにかんだ。クワトロと近衛兵達がますますぼうっとしている。
スコール君と呼ばれた大狼がサッと丘を駆け上がっていった。
シュナがセリムに向けた親しげな笑顔のままユパに体を向けたのでドキリとした。単に美女というだけではなく、人を惹きつける魅力に溢れている。
「初めましてユパ王。私、シュナ・エリニュスと申します。ドメキア王国から参りました。セリム様やアシタカ様から賢王だというお噂をかねがね伺っております。突然の来訪という非礼を詫びます。申し訳ありません」
柔らかな話し方と鈴の音のような美しい声にこの場にいる全員が息を飲んだ。ユパも危うく飲まれるところだった。
「初めましてシュナ・エリニュス殿。ドメキア王国の姫君だと伺っています。このような小国ですが一応統括者として王を名乗っています。ユパ・レストニアです」
「いいえ。説明致しますがもう違います。気軽にシュナと呼んで下さいませ。セリム様の奥方ラステル様と親しくさせていただいております。私、セリム様を大変尊敬しておりましてラステルもとても好きです。そのご家族も同じような方だったのでとても嬉しいです」
強い親愛こもった目と笑顔に目眩すらした。近衛兵達が次々とセリムを見つめた。ユパもセリムに視線を動かしていた。
「シュナさんは人の良いところを見つけて尊敬してくれます!ラステルを好きと言ってくれてますが、ラステルがとても懐いていて付き合ってくれてるんです!ではクワトロ兄上、兵達よ、客人を迎えに行きます。シュナさんは僕とラステルの大事な友人で、しかもアシタカの奥様だから不埒な目で見てはいけない。ユパ王を見習うように!」
セリムが背中を押しても、微動だにせずにシュナを見つめるクワトロ。近衛兵達はアシタカに釘付け。顔に羨ましいと描いてある。アスベルが驚愕したのかアシタカを見つめて固まっている。アシタカがシュナの横に並んで照れ笑いをアスベルに投げた。シュナも同じような表情になった。全体的に甘い顔付きが余計に甘ったるくなったように感じた。
セリムがシュナから全く視線を動かさないクワトロの耳を引っ張り叫んだ。
「シュナさんは大変素敵な女性で僕もつい見惚れる時があるけど、ユパ王を見習えクワトロ兄さん!兵達に示しがつかない!ほら行くぞ!」
セリムがプンプンと怒りながらクワトロを引きずるように歩き出した。さりげなくクワトロの赤鹿をアシタカの為に置いていった。動かない兵達をセリムが睨んだ。シュナが楽しそうにクスクスと笑ったので、セリムに「客人の前で兄に気さくな態度を取るな」と怒る気が引っ込んだ。
自分を見習えと言われたが、ユパもシュナに目を奪われていたので何とも言えない気持ちになった。
「ユパ王、アスベル宰相。セリムは一時帰国ではなく帰国しました。僕とシュナは和平交渉の件で話をしにきました」
ユパはクワトロの赤鹿の手綱をアシタカへ渡した。決意漲るアシタカが胸を張った。シュナがドレスを指でつまんでユパに会釈した。
「アシタカ殿、シュナ殿、王の間で話そう」
突然、シュナの姿が見えなくなった。何の気配もしなかったが大狼とティダが戻っていて、ティダがシュナを横抱きにしていた。
「アシタカ、俺は必要無いと思うのだが何故呼んだ?」
言葉とは裏腹に、ティダは呼ばれて当然という顔をしている。
「必要に決まっているだろう。他国で好き勝手するな!」
アシタカが赤鹿にサッと跨った。
「無駄ですアシタカ様。ユパ王、我が父が無礼な粗忽者で申し訳ありません。しかし根はとても……」
父?ユパはアスベルと顔を見合わせた。
「嘴でつつくなシュナ!黙ってろ。あの橋から放り投げるぞ」
ティダが乗る大狼ウールヴが勝手に城塔へと向かいはじめた。シュナが振り返ってユパにすまなそうな顔を向けた。
「私のお父様、捻くれ者の照れ屋なんです」
ティダがシュナの髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「だから止めろと言っている。ただでさえ恐ろしい国だ。盟友の背中を爪で引っ掻くな。毒を食らわすな。この蛇鷲娘め。ほら行くぞユパ王とアシタカ。時は金なりとは我が愛娘の口癖。ボサッとするな」
アシタカがティダに「己に相応しい言動をしろ」と怒った。ティダは素知らぬ顔で「これが俺に相応しい言動。偽り暴き犬を否定する王族に文句を言え」と告げた。
犬皇子の噂やセリムからの話とは大きく違う人物像。不愉快な態度なのに、飲み込まれそうな雰囲気。ユパの頭が痛くなった。この男が崖の国で暮らすとなると中々骨が折れる。間違いなく国が荒れる。圧倒的に人を惹きつけて場の中心になる、まさに王だ。王たる男。無自覚なら非常に厄介だが、自覚はあるだろう。
ティダが振り返った。
「ふむ。ユパ王よ、推測通りであり自覚はある。故に態度を使い分けられる。必要なら犬のように大人しく振る舞おう。しかし他ならぬ貴方や弟ヴァナルガンドの目がそれを許してくれん。俺にどうしろと言う。国は荒さん。王族ではなく余所者だからだ。何とかのらくら避ける。偉大な男の家族に常に敬意を払い、それを伝える。明け透けなく生きたくないが仕方ない。ヴァナルガンドの国だ。何もかも許す」
許すと言いながら、ティダが思いっきり不機嫌そうな顔をした。今の態度が素なのだろう。暗い瞳に別の光が宿っていると分かった。
ーー明け透けなく生きたくない
偽りない本心だろう。だから目の奥にアスベルのような絶望を抱えている。複雑で難儀そうな男。しかし、セリムへの思慕だけは強く感じる。
「何だ、やれば出来るじゃないかティダ。明け透けなく生きたくない?君は人に自由に、好きに生きろと言うのだから己がまず見本を見せるのは至極当然。そしてもっと己に相応しい言動を伴わせろ。僕の沽券に関わる」
アシタカが穏やかで爽やかな笑みをティダに投げた。視線は挑発的。ティダが呆れたように肩を竦めた。ユパを口元を綻ばせた。前回会った時のアシタカは気負っていて余裕のよの字も見当たらなかった。今はとても丸い雰囲気で、これが本来のアシタカなのだろう。
「その目を止めろユパ王。シュナに鼻の下を伸ばしていたクワトロ殿も目が恐ろしかった。姉までいるのだろう?城とは離れて生活しなくてはな」
「ユパ王、ティダ皇子は捻くれているのでわざと己に相応しくない態度を取る。改めてもらいたいので是非城に住まわせて下さい。アスベル先生は性根を叩き直して下さい」
ユパに満面の笑顔を向けた後、アシタカがティダにしたり顔を向けた。アシタカの赤鹿が大狼より少し前に出た。ティダは澄ました顔でアシタカを横目で見ると口角を上げた。
「俺は常に己と場に相応しい言動を取っている。三つ子の魂百まで。変わらん。大鷲だらけの巣にハイエナは住まん」
大狼が赤鹿の一歩前に出た。ティダが前に座らせているシュナを優しく抱きしめた。それから額にキスした。アシタカが一瞬頬を引きつらせた。しかしすぐに気にしていません、という顔を作った。アシタカの顔が少し赤らんで額に血管が浮き出している。
「最悪な男め」
「最悪な男だな」
アシタカとティダが睨み合った。
「ヴァナルガンドの兄の前で醜態晒させるな」
「セリムの兄の前で醜態を晒させようとするな」
しばらく沈黙が流れ、再度アシタカとティダが口を開いた。
「真似をするなアシタカ」
「真似するなティダ・ベルセルグ」
大狼から身を乗り出したシュナがユパとアスベルに困り笑いを向けた。それから嬉しそうな表情になった。ユパはアスベルと二人で肩を揺らした。セリムはまた面白い客人を連れてきた。アシタカに関しても、前回よりも本質が見れそうだ。
「落ちるだろう阿呆娘!」
「落ちるから止めなさいシュナ」
ティダがシュナを身を乗り出さないように抑えつけた。これだけの美女にまるで興味がないという様子。シュナの「お父様」発言といい、三人の関係性は見えてこないが絆強そうというのはヒシヒシと伝わってくる。
「だから真似をするな」
「だから真似しないでくれ」
競うようにティダとアシタカが大狼と赤鹿をそれぞれ前に進め、遠ざかって行く。
「王を置いて城に行ってどうするつもりだあの二人は」
アスベルが呆れたように呟いた。
「前回は蟲。今度は大狼と思ったが、セリムはもっと変な生き物を連れてきたなアスベルよ。アリババ王子も来訪しているし、しばらく忙しくなるな」
「平穏はしばらくお預けだなユパよ。セリムのあの懐きよう。相当ティダ皇子を気に入っているようだ。それにアシタカに向ける目の尊敬の強さも増している。いつもの無意識だろうが言葉や仕草、ティダ皇子とアシタカの二人の真似をしていた。それにしてもアシタカのあんな姿は初めて見た。半月あまりで何があったのか」
ユパは赤鹿の速度を一気に上げた。アスベルもほぼ同時に赤鹿の腹を足で蹴った。
奇想天外な弟セリムが持ってくる珍事件は今に始まったことではない。大きく成長して持ち込む問題が年々大きくなるが、見る目はある。ユパはセリムの新しい友がセリムの尊敬に値する者達で安心した。
崖の国に新しい風が吹く予感がした。




