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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
六章 途絶神話の再生露呈

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帰国前の交流4

 昼間っから酒盛り。パズーはティダの隣に座らされて何杯も酒を勧められていた。


「本当に帰国しないとはお前は良く分からんな。約束もしてない女に逃げられるぞ」


 ティダが将棋の駒をパチリと音を鳴らして盤上に置いた。オルゴーが腕を組んで前後に体を揺らす。


「いや。まだ無理。帰れない。それに約束してないからお互い自由だし……むしろティダはアンリさんと離れ離れで良いのか?」


 ティダがもう何杯めか分からないワインを口にした。水のように飲んでいる。


「良い訳あるか。アンリにはアンリのやることがある。俺は俺でやることがある。この地にはヴィトニルがいるから問題ない。生きててたまに会えれば死別よりかなりマシだ。放って焦らしておけばそのうち近くにくるだろう。グルド帝国に探り入れるにも邪魔だ」


 ティダが王狼(ヴィトニル)にもたれかかり、首に腕を回した。


「グルド帝国に探り入れる?お前って本当に分からない奴だな。グルド帝国に探り入れるのに何で崖の国に行くんだ?ベルセルグ皇国は?」


「あの国はもう王手。思惑(おもわく)と随分違ったが俺はもういらねえ。エルバ連合により崖の国からも出征要請が出てるというなら俺が出てやる。で、適当にグルド帝国に潜り込む。時間があるなら崖の国の防衛を底上げしておく。まあウールヴ、スコールを置くので滅びはしないだろう」


 パズーはあっけにとられた。崖の国が滅ぶ?ティダの脇で大蛇蟲(アングイス)が伸び上がった。


〈俺もいる〉


〈小さき王、バシレウスよ。俺はまだ群には入れていない。生き様見るまで知らん。勝手にしろ〉


 ティダが大蛇蟲(アングイス)の首を掴んで放り投げた。人の体くらい太く、体長も五メートルはありそうな大蛇蟲(アングイス)がかなり遠くに飛んでいった。華麗に着地した大蛇蟲(アングイス)誠狼(ウールヴ)が争い始めた。


 両者牙は使わない体術勝負のようだが、化物対決に騎士達が沸いて輪を作っていく。


「待て、まて、待て。崖の国が滅ぶ?どういうことだよ」


「グルド帝国兵がラステルを連れ去ろうとしていただろう。いつ、何があってどう転ぶか分からん。小国なら吹き飛ぶ。防衛機能を確認し整備しておく」


 ティダが赤ワインを注げとグラスを持った腕をパズーの前で揺らした。視線はずっと将棋盤。オルゴーが玉の駒を動かした。パズーはワインボトルを掴んでティダのワイングラスに赤ワインを注いだ。


「そんな好き勝手ユパ王が許すか。セリムは何て……」


「帰国しないのなら放っておけ。己の鍛錬(たんれん)を優先したならとっととバシレウスとウールヴの間に入ってこい。中途半端な男だな。俺は好かん」


 突然ティダに襟首(えりくび)掴まれて投げ飛ばされた。


 落下したのはバシレウスとティダが勝手に呼んでいる大蛇蟲(アングイス)誠狼(ウールヴ)の中間地点。しかも二匹が飛びかかってくるところだった。


「ひいいいいいい!」


 頭上で大蛇蟲(アングイス)誠狼(ウールヴ)が激突し、パズーは地面に転がった。受け身と思っても体は上手く動かずかなり痛い。パズーの背中から離れた子蟲アピが、パズーの頭に乗っかった。


〈何だ軟弱。別れの前に俺と一勝負とは感心だ〉


 誠狼(ウールヴ)の発言にパズーは勢い良く立ち上がって走った。


〈違う!あと早く大狼から解放してくれ!〉


 パズーは輪を作る騎士からゼロースを見つけて背中に回り込んだ。


「子蟲君もどうして俺にひっついているんだ!セリムやラステルは?」


 子蟲アピとは話せない。子蟲アピはパズーの頭から移動してまた背中に移動して張り付いた。


「ヴァナルガンドは子蟲達にへそを曲げられている。あと、お前はラステルよりも末蟲だってよ。パズー、いつの間に大蜂蟲(アピス)になったんだ?変な奴め」


 ティダの声が届いてきて、パズーは(うめ)いた。


「俺が大蜂蟲(アピス)?蛇や大狼と違って喋れないし何なんだよ。ッハ!っていうかアシタカが話せない蛇や大狼と話せるなら通訳になれるのか?王国騎士にはなれないみたいだし……あー、ゼロースさん。本当に王国騎士にはなれないんです?」


 本日三度目の問いかけに、ゼロースが首を大きく縦に振った。


「無理だ。というかシュナからそう頼まれている。ラステル様たっての希望だ。崖の国に立派な男になって帰国したいのならば、最短距離。つまり、アンリ長官の部下かカールか俺の弟子」


 ()()()()()()()()()()()だ。()()()()


「ラステルの奴、何て女だ!大親友とか言ってたのに!自分のペースで少しずつの予定だったのに!でもセリムとティダの二人掛かりよりはマシか?」


 わっと騎士達が集まった。それにベルセルグ皇国兵もだ。


「弟子なら俺をお願いしますゼロース様!」


「カール様の弟子に推薦して下さいゼロース様!」


「ティダ皇子の奥方の部下になるにはどうしたらいいんだ?ティダ皇子が連れて行ってくれないなら奥方の下につく!」


「ズルいぞパズー!権力振りかざして何て(うらや)ましい面子だ!」


 酔いもあるのかパズーは()みくちゃにされた。(うらや)ましいと言ってパズーのこめかみを小突いたビアーこそ、パズーは信じられない。


「あら、私の下につきたいって方がいるのならば挙手して下さい。当分、アシタカ様とシュナ様の警護が最たる任務となります。現在カール、パズー君、小蛇蟲(セルペンス)三匹は決定。希望としてはドメキア王国からあと一名、ベルセルグ皇国から二名、それから本国から護衛人二名。あと何処の国でも良いので一名。派遣者三名も決まっているので仮称名誉護衛人は計十五名から始める予定です」


 いつの間にかアンリがパズーの後ろに立っていた。隣にはヤン長官。


 王狼(ヴィトニル)が立ち上がって三回大咆哮した。それからアンリに駆け寄ってきて彼女の体に寄り添った。


「副長官が決まりました。ベルセルグ皇国の枠はあと一つです」


 アンリがサラリと告げた。ヤン長官が王狼(ヴィトニル)の尾でティダに向かって投げ飛ばされた。ティダがヤン長官を羽交い締めにした。


「一族郎党覚えていろよヤン。やり方が気に食わねえが残念ながら無駄な抵抗だ。あと酒が足りねえ。なんでアラックを船に少ししか積んでねえんだよ」


「何の話ですか⁈それにアラックを少ししか?あれだけ積んだのにもう無いのですか⁈」


 ヤンが誠狼(ウールヴ)に投げ飛ばされた。可哀想なヤン長官は誠狼(ウールヴ)の尾ではたかれて地面に叩きつけられた。大狼としては軽くだろうが、相当痛そうだった。どうしてこんなにやりたい放題で我が物顔なのか。しかも何か許されている。おかしい。なのについ近くに寄ってしまう。


「派遣者はあとラステル様たっての希望で祖国にいる私の部下の予定です。本人にやる気があればですが」


 アンリが再び発言すると、将棋盤を見つめていたオルゴーがいきなり手を挙げた。人の言葉が分かっているのか?


「特別枠も消滅しました」


 アンリがまたサラリと告げた。早い者勝ちなのか?次々と騎士やベルセルグ皇国兵も手を挙げた。この場にいる約半数。意外なことにビアーも手を挙げている。騎馬隊隊長なのに。


「私は他の方々はまだまだ存じあげないのでドメキア王国からはシュナ様、ベルセルグ皇国からはティダ皇子、本国からはアシタカ様に選考してもらいます。我こそはと熱望し、しかと実力がある者は直訴すると通るかもしれません。派遣者三名のうち二名、マルク騎士はシュナ様とルイ国王、フォン副長官はアシタカ様に直訴がありました」


 パズーはそろそろと手を挙げた。脱兎の如く騎士が十数名走り出した。()()()()()がある者は、の言葉のせいでかなり人数が減っている。ビアーとベルマーレが体当たりしながら先頭を走っている。


「あのー、俺はゼロースさんの弟子になるのでその仮称護衛人というのは遠慮します」


 アンリの部下だとカールもついてくる。王狼(ヴィトニル)も増えた。二人と一匹掛かりで鍛えられ、そしてアシタカにこき使われるのは想像に容易い。


 急に体が持ち上げられたと思ったらオルゴーがパズーを肩に乗せた。


「ひいいいいいい!何なんだよ!っていうかこいつが騎士というのも驚きなのに、その仮称護衛人?」


 オルゴーがパズーを肩に乗せたたまグルグルと回った。酒が入っているので気持ち悪くなった。


「カールとオルゴーは一緒です。それがカールが私の部下になる条件。将棋を指せる生物は賢い。人の言葉や文字などすぐ覚えるでしょう。そして彼は強い。アシタカ様を助けたカールとオルゴーは名誉枠でもあるのです」


 オルゴーがパズーを下ろしてアンリの前に差し出した。脇を持たれて足が浮いているのと気分不快で成すすべなし。カールとオルゴーはアシタカを助けていないので、また嘘が作られるのだろう。こんなの知られたらペジテ大工房の国民は激怒だろう。世の中って中々汚い。


「鍛え甲斐があるわねパズー君。性根は申し分ないので、実力をつけて軽率さを減らすだけ。きっとあっという間だわ。私も立ち上げ後は部下に長官の座を譲ります」


 アンリが背伸びしてパズーの頭を撫でた。軽く化粧しているので、少年のようだった顔はもう女性そのもの。屈託無い笑顔は可愛いかったが目の奥の光が怖い。パズーの頬が痙攣(けいれん)した。


 アンリが真っ直ぐにティダを見つめた。それから駆け寄っていった。ティダがゆっくりと立ち上がった。


「ったく。ベルセルグ皇国兵からはなし。全員バースに任せた。君は何もしなくて良い。ベルセルグ皇国の枠はドメキア王国へ移行。ドメキア王国からはベルマーレだ。もう一人は今飛び出した中で今日一番強い奴。ゼロース、戦わせろ。おい、誰か連れ戻してこい。休み中のシュナに男を近寄らせるとアシタカが激怒するぞ。アンリ、ベルマーレの性根をカールに叩き直させろ。ビアーはお前がどうにかしろゼロース。カールとどちらの部下が上になるのか競え」


 ティダがアンリを抱きしめようとすると、アンリが避けた。ティダは涼しい顔をしている。


「ベルセルグ皇国からは選ばないと思ったわ。彼等は兵ではないもの。貴方がアシタカ様やルイ国王やバースさんに後ろ盾を頼んでいるのを聞いたの。ねえティダ、今日の夜崖の国には発つし滞在日時は二日。話し合いの時間が足りないと思うのだけどどうかしら?」


「ふむ。その通りだ。お前ら、王狼(ヴィトニル)とゼロース、オルゴー以外は二度と会わんかもしれんが自由に、好きに、そして眩しく生きよ。人生は短い。あばよ」


 ティダがひらひらと手を振って去っていく。アンリが隣を歩きながらティダを肘で小突いた。何やら苦言を呈しているようだが、ティダは知らん顔をしている。


「俺達の後ろ盾を頼んでくれた?」


 ベルセルグ皇国兵達が騒めく中、パズーは飛び出した。


「待てティダ!俺は?」


 ティダが振り返った。思いっきり嫌そうな顔をされた。


「弱い、弱過ぎる。直接囲うなど御免(ごめん)だ。目的を成したので部下は解散。全員、劇薬覇王の群れだ。死ぬなよ」


 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。


 アシタカの庇護(ひご)下に置いたからもう大丈夫だろう。さあ、好きにそして自由に生きろ。そういうことだ。


「待てよ!そうじゃない。他の奴はどうか知らないけど俺はアシタカじゃなくてティダの背中を追うと……」


 ティダに無視された。スタスタと去っていく。アンリがパズーの前に立った。


「気(むずか)しいのよ。守れなかった時が怖過ぎるの。それに別に負けてないのにアシタカに負けたと傷ついている。シッダルタ君に嫌われたと思い込んで落ち込んでいる。懐いていてくれているパズー君が自分の隣ではなくこの国で(はげ)むと決めたことも寂しい。ヴィトニルさんと離れ離れが心底辛い。他にもあるけどまあ、そんなところ。本当にへそ曲がりよね。だから嫌われるのよ。まあ、私は可愛いと思うけど」


 アンリの衝撃的(しょうげきてき)な解説にパズーは固まった。それに、()()()()()()()()?知り合ってから日に日にアンリは変だと思うようになったが、やはり変だ。


「好きに自由になのだから、ティダに好きに自由に会いに行ってあげて。あと殺されない、(かば)わない。とても難しいことよ。まずは私が(きた)えてあげる。将棋に付き合えるようになると内心とても喜ぶと思うわ」


 背の低いアンリは背伸びをしてパズーの髪の毛をぐしゃぐしゃにした。それからアンリはパズーに背中を向けてティダの所へと走っていった。


 ティダの腕がアンリの腰に回ったが、アンリは避けた。髪を掻き上げティダの後ろ姿をパズーは見つめ続けた。余裕たっぷりそうな大きな背なのに、アンリの言葉のせいかとても寂しそうにも見えた。


〈まだ人里は遠いか。アシタカに任せられるからこれ幸いだと逃げるのか。フェンリスは相変わらず不器用な男だな〉


 いつの間にか王狼(ヴィトニル)がパズーの隣にいた。まるで気配が無かった。


〈どういうこと?〉


〈囲うなら全て守りたいという強欲だ。一匹残らず天寿全うさせたい。囲ってない奴も目に入ると放置出来ない。好んだ奴を守れないと辛いから、そもそも好まないように必死に遠ざけているんだ。弱きは囲わないと言いながら、心配でならないからドメキア王国にもペジテ大工房にも乗り込んだ〉


 王狼(ヴィトニル)はジッとティダの背中を見つめている。太陽のような瞳は寂しそうに見えた。


〈ドメキア王国にもペジテ大工房にも乗り込んだ?〉


〈さあな。推測だ。俺にも中々語らんからな。フェンリスが部下だと告げた兵士達。余程気に入ったからそう言ったんだろう。なのにヴァナルガンドを選んで背を向けるから自分を責めている。アンリエッタはフェンリスから引き裂かれる気持ちで離れてフェンリスの為に彼等を守る手筈(てはず)を整える。俺はフェンリスが本当は支えたいアシタカとシュナを代わりに守る。パズー、弱いままフェンリスに近寄るな〉


 王狼(ヴィトニル)が体の向きを変えて、パズーに小さく(うな)り声を上げた。


〈俺はゆっくり、自分なりにだけどセリムやティダ、アシタカみたいな奴を支えられるような男になりたい。そういう奴が増えればいいと思うし、いつか増やせるような奴になりたい。今は無理そうだけどティダ本人からも色々教わりたい〉


 全身が震えるが胸を張った。第一歩を踏み出したつもりだ。退いたら嘘になる。


〈これならいい。曲げぬ程フェンリスを気に入って並ぼうとまで思っているなら、無闇矢鱈(むやみやたら)に背に乗らんだろう。フェンリスは元々好き嫌い激しく中身も捻くれ者。(こじ)れに(こじ)れている。しかし俺は昔からあいつが好きだ。あいつは懐に入れば決して裏切らん。全部犠牲(ぎせい)にしてくる。まあ好まれている度合いによるがな〉


 王狼(ヴィトニル)が唸るのを止めた。誠狼(ウールヴ)が隣にいた。また気配がしなかった。


〈矜持なく、弱き者は死ね。どうせ死ぬ。お前もフェンリスも掟破りだ。人なんぞ必死で囲ってどうするんだか。まあ弱くも中々愉快な者がいるからだというのは分かったが、しかし(おろ)かで弱過ぎる。次は東の頭を押さえるんだろう?ったくどれだけ群を大きくしたいんだか。守れぬと落ち込むのに群を増やす正反対。相変わらず変で阿呆な大狼だ。しかし強い。何もかも強い。勝って訳の分からん矜持、いつか止めてやる〉


 誠狼(ウールヴ)が走り出してティダに飛びかかった。しかしティダは誠狼(ウールヴ)をかわしつつ掴んで投げ飛ばした。華麗に着地した誠狼(ウールヴ)がまたティダに襲いかかる。


 巨大な獣に小さな人なのに、迫力ある争いなのに(じゃ)れているようにも見えた。


〈ウールヴは本当にフェンリスが好きだな。この地に来た時は軒並み人を殺すかとも思ったが、フェンリスを優先してやるとは。まあ、元々弟分。上にいかれても心配なのだろう。フェンリスはいつまで経っても俺達の心配の種だ〉


 王狼(ヴィトニル)の声はとても優しげだった。会話出来なければ、単なる大きな獣にしか見えない。それも獰猛(どうもう)で怖い存在にしか思えない。


〈やっぱりこのまま大狼でいい。子狼は十年なんだろう?殺さなきゃならないくらい成長しなかったら子狼のうちに追放してくれ。死にたくない。結局、俺って子狼だと誰の群れなんだ?〉


 王狼(ヴィトニル)の尾がパズーの背中を襲撃(しゅうげき)した。とてつもなく手加減されているのに痛かった。


〈その覚悟のなさ気に食わん。だからお前はやはりアンリエッタの群れだな。お前をアシタカとフェンリスの二人の隣に配置する気でいるようだ。崖の国に帰らんのなら逃げられん。アンリエッタはフェンリスを人の方法で守ろうとしている。自分の戦闘力もあげてだ。甘やかして家守りさせてくれる古臭い大狼の妻なのに、それは要らないという。アンリエッタはグレイプニルやヘズナルのようになってくれるな。若手大狼は次時代を開くので、痛快なり!〉


 王狼(ヴィトニル)が走り出した。ティダと誠狼(ウールヴ)を尾で払おうとして避けられた。尾で起きた突風が近隣地帯に吹いた。


 甘やかして家守りさせてくれる古臭い大狼。どういうことだ?大狼の生態がさっぱり分からない。グレイプニルやヘズナルとは誰だ?話の内容的には女のアンリと同じで(メス)の大狼か?


〈おいパズー!こいつらの相手をしろ!俺は残り少ない時間は妻と過ごす!邪魔するんじゃねえヴィトニル、ウールヴ!同じようなことがあった時にグレイプニルやヘズナルを掻っ攫(かっさら)うぞ!俺の方が魅力的な大狼だからどうなるか分かっているよな⁈〉


 パズーは背中を見せずにそのまま後退りした。


〈相手なんて出来る訳無いだろう⁉︎見る目が無いのか!〉


〈嬉しいから相手をしてるのに照れ隠しをしない!それに他の女に手を出さないと言ってくれたじゃない!嘘でも浮気するみたいな言葉を使わないで欲しいわ。待ってるから満足するまでヴィトニルさんとウールヴさんと遊んできなさい〉


 アンリの発言にピタリ、と三頭大狼が止まった。


〈くはははははは!最も子孫残すべき、伴侶を最も多く抱えるべきフェンリスの唯一の妻を要求するとは欲深すぎるぞアンリエッタ!しかも言わせたとは!なんて骨抜きで軟弱夫なんだ!そういえばフェンリス、お前の子はそろそろ十になるか?子狼にする歳になったのに本山に連れて行かないのか?〉


 誠狼(ウールヴ)の九つ尾がティダの後頭部を直撃した。ボンヤリしているのかティダは避けなかった。そしてビクともしなかった。本当にどんな体の構造をしているんだ?ティダはそもそも人では無いのかもしれない。大狼人間。じゃなきゃ怪力も堅牢(けんろう)さも説明がつかない。


 アンリがツカツカと誠狼(ウールヴ)の前に移動した。顔が怒っている。


〈骨抜き軟弱じゃなくて私の国は一夫一婦制でそれを尊重してくれたの。我儘(わがまま)を許してくれたのよ。それから子はいないと聞いているから嘘で引っ掻き回そうとしないで頂戴(ちょうだい)。信じているけど離れると色々やきもきする。だから更にやきもきする事があるのは困るわ〉


 誠狼(ウールヴ)がまた高笑いした。ティダがえらく機嫌が良さそうな顔付きになった。


〈言っておくけどバレないだろうと遊ぶのは禁止。大狼のような鼻になるように鍛えるし元々勘も良いの。特に女の勘は当たるわよ。本気ならば良いだろう?とか正妻を一番に扱うって屁理屈()ねて側室を作るのも禁止。一番じゃなくて、唯一無二。でないと即捨てるからね。私は割り切り上手で、終わった恋を糧に出来る人間の女だからそれを忘れないで〉


 何を言い出すかと思ったら、アンリがティダに背中を向けて去っていく。


〈何て女だアンリエッタ。最悪だ、最悪な猛毒妻め。先手先手と小賢しい。だからその終わった恋とは何なんだ。意味が分からん。しかし許そう。そんなに俺を手放したくないというなら仕方ない〉


 アンリが振り返った。先程までの激しさは何処へやら、可愛らしくて少し恥ずかしそうな表情だった。


〈そうよ。必死なの。ねえ、時間が足りないと思わない?〉


 アンリが話した瞬間にティダがパズーへ視線をずらした。鬼のような形相で(にら)まれた。アンリは頬を赤らめて軽く(うつむ)いている。こんな女性らしい態度を取る人だとは予想外。つい見惚(みと)れた。テトも怒ってばかりいないで、この顔をしてくれればいい。


「パズーよ、背中を向けた方が得策だと思うがどうする?あと将棋を覚えろ。そこまで言うなら()()()()()()遊んでやろう。オルゴーの眼帯を外すなよ」


 あまりにも怖い顔だったのでパズーはすぐにティダに背中を向けた。


 ()()()()()()


 しかし、そこまで言うならとは何だ。何も言っていない。


 少し離れたところで騎士達が素知らぬ顔をして酒盛りを続けている。パズーはそのままティダとは正反対の方向へと走った。ライトとガビに手招きされて隣に腰を下ろした。


「何の話をしていたんだよ?大狼と話せるとかズルいよな。俺達は頼み込んでも拒否だぜ?」


「お前が弟分の目付だから仕方なくだとティダ皇子が言うのでヴァル様に頼んだんだ。それでなりたい人は全員大狼になろうとヴァル様は言ってくれたのにやはり拒否。ティダ皇子の思考回路はさっぱり分からない」


 白ワインが入ったワイングラスをライトが渡してくれた。皆がそんな嘆願をしていたとは知らなかった。


「大狼になると十年子狼。その後他の大狼に認められなきゃ、弱いと殺されるんだ。他の大人の大狼に勝たなきゃならないって聞いてる。俺は死にたくないから追放してくれと頼んでる。それも覚悟無しで(おろ)かだから殺されるって。俺、あと十年しか生きれないかも。だからティダは他の奴を大狼に招かない。俺はスコールに嫌われて図られた」


 嘘でもあるし本当でもある。ライトとガビが顔を見合わせた。それから気の毒そうにパズーを見て肩を抱いた。


「十八だっけか?ということはティダ皇子の歳まで生きれるってことだ。思う存分人生楽しもう。おいパズー、女はもう知っているか?」


「さっきのアンリさんの顔見たか?ティダ皇子を誘うような目。あれはいいな」


 酒が入っているからか話題がすぐこういう話になる。後ろに人の気配がして寒気がしたのでパズーは勢いよく振り返った。ティダかと思ったらヤン長官だった。今にも怒鳴りそうな顔をしている。


「我が国の長官にそのような下衆な考察をしないでくれ。彼女は仕事でティダ皇子と打ち合わせ……」


 パズーは吹き出してから、しまったと手で口を覆った。ライトとガビがヤン長官を座らせた。ヤン長官は怪訝(けげん)そうな顔をしている。


「残念ながらアンリさんはティダ皇子が手を付けた。というかティダ皇子が陥落して骨抜き」


「妻だと公言しているのを聞いていないのか?未練がましいのは男が(すた)るぞヤン長官」


 ほら飲め、とガビが赤ワインのボトルをヤン長官に渡した。ヤン長官が茫然とした顔で視線を彷徨(さまよ)わせた。


「あー、ペジテ人の男って人の話を聞かないところあります?こういう話の場合。ヤン長官、本気で気がついてなかったなら変ですよ」


 パズーの肩をライトが叩いた。


「アシタカ様があんなんだからきっとそうなんろ。しかし、シュナ様があれ程美しくなるとはまだ信じられない。しかもあの体。アシタカ様が(うらや)ましい。ティダ皇子がシュナ様と結婚したままなら良かったよな。王がティダ皇子の方が余程良い。それかアシタカ様。いっそ王になりに来てくれても良かったのに。あの美女になったシュナ様を好き放題とはなあ。ズルイが格が違うし仕方ないか」


「待て、待て、待て!ティダ皇子がアンリ長官を口説いているのは知っているか。妻だと公言しているのもその一環……」


 ヤン長官の頭をライトが叩いた。


「現実を認めろ!それにティダ皇子の妻に手を出したらそれこそ殺される。しかし俺にはアンリさんの良さはよく分からないな。ここのところ女性らしくなったが初めて会った時なんて少年だと思った」


「単にティダ皇子って幼い顔が好きなんだろう。ラステル様にも随分甘いし。俺はカール様みたいな方がいいな」


 ほら飲めとライトがヤン長官の口にワインボトルを突っ込んだ。礼節正しい王国騎士の(はず)なのにこの無礼講。というか乱暴。崖の国の男達のようで苦手だ。


 しかし、パズーは除け者ではない。この地では「臆病軟弱」以外の評価も貰えている。必要以上に馬鹿にされないし、自分も萎縮(いしゅく)しないで済む。全くない自信をつけるなら崖の国ではなくこの地でだ。一歩、一歩。


「酒は好かん!少年だと思った?当たり前だ!勤務中にも関わらず言い寄る男が多いからアンリ長官は自ら気を配……」


 今度はガビがヤン長官の口にワインボトルを突っ込んだ。


「未練がましい男はモテないぞヤン長官。もう三十七だっただろう?こんなんじゃ一生独身だぞ」


「俺の姉を紹介してやろう。これからの時代、ツテは貴族同士ではなくペジテ大工房との方が(はく)がつく。しかしなあ、ヤン長官と義兄弟とは何だか嫌なのでライトの妹に譲ろう。ヤン長官、人柄が良い他の長官を姉に紹介してくれ」


「俺も嫌だぜ。こんな歳まで独り身とは何かあるんだろう」


「我が国では適齢期だ!それにたまたま縁がなく結婚とまではならなかっただけだ!アシタカ様と同じだ!」


 ヤン長官がワインボトルをライトの口に突っ込んだ。やるのか!とライトが立ち上がるとヤン長官も立ち上がった。


「同じな訳がないだろう?アシタカ様に釣り合うなんざ大陸中探しても……それでシュナ様か。しかも前の姿の時から絶世の美女だと見透かしていた目。とんでもないな」


「ペジテ大工房で一目見たときかららしいぜ。俺達は見る目が無かったな。しかし四軍に忠義尽くすというのは正解だった。一番良い王国軍だったから根回しして良かった」


 立ち上がったヤン長官をライトとガビが羽交い締めにした。二人掛かりは卑怯じゃないのか?


「ヤン長官!」


 遠くからファンの声がしてパズーは振り返った。


「ヤン長官!」


 全速力というようにフォンが近づいてくる。ヤン長官がフォンを見つめた。助けるのかと思ったのに、フォンは到着するなりすぐにヤン長官に掴みかかった。


「アシタカ様の秘書の件はなしです!仮称護衛人へ異動として下さい。というかそうなりました!アシタカ様の推薦(すいせん)でさっきアンリ長官にも最終許可を得ました!俺はセリム様と並びます!アシタカ様がセリム様に託したものを共に成します!貴方の副長官よりも、アシタカ様の秘書よりもセリム様の同士になりたい!崖の国に行きます!」


 体を揺らされるヤン長官は目を丸めている。フォンと目が合った。


「パズー。崖の国の話を教えてくれ。文化の違いで礼儀知らずと思われたら困る。ヤン長官、勤務中に酒とは何ですか!異文化交流は見習いますし素晴らしい騎士の方々と打ち解けているのも尊敬しますが、仕事中です!(わきま)えて下さい!会議があるし、本国に俺のことを連絡してもらうので行きますよ!アンリ長官はティダ皇子との時間を取るのに手配をきちんとしました!見習って下さい!」


 フォンがヤン長官に詰め寄った。それからパズーとヤン長官の腕を掴むと歩き出した。


「おいおいフォン!上官に向かってそのような……」


「副長官とは上官の監査監視役でもあります!これが俺の仕事です!それにヤン長官は部下に甘い。だから副長官を辞める前にその辺りも指摘せねばならない!長官統括者を目指しているなら本国で励むブラフマー長官より優秀にならないといけないんですからしっかりして下さい!」


 ヤン長官がフォンの腕から脱出した。


「その通りだフォン副長官。ブラフマー長官にいつまでたっても君臨されるとは名折れ。エンリヒ長官がアシタカ様に贔屓(ひいき)されつつある。遅れを取るわけにはいかない。しかしフォン、アンリ長官の部下になるなら降格だぞ。仮称護衛人の副長官は……」


「ヴィトニル様でしょう?アンリ長官ならそう言う。俺は支部長です。崖の国支部の長官。出世です。そういう風に手配しましょう。部下は二名かぁ。一気に少ないが背に腹は変えられない」


 またフォンがヤン長官の腕を掴んだ。今度はがっつりと腕を組んだ。それから引きずるように歩き出した。パズーも引きずられていく。


「あー?フォン?俺は必要?」


「当たり前だろうパズー!アシタカ様は休暇(きゅうか)。途中まで進んでいる仮称護衛人はアシタカ様が勤務開始するまではヤン長官が取り(まと)め役。アンリ長官からの議題で支部のあり方について議論しないとならない。本部はドメキア王国、初の支部は崖の国。王子のセリム様とお妃様がアシタカ様の接待をしているのだから、今この地にいる唯一の国民である君が会議に出る役だろう。至極当然だ!」


 ()()()()はアシタカの口癖ではなかっただろうか。この決めつける感じ、アシタカに似ている。


 パズーは結局、ヤン長官、フォン、護衛人数名に初めて名を知る長官二名に囲まれながら延々と崖の国の説明をさせられた。それからいくつもの意見を提出させられた。


 小馬鹿にされる機械技師だった自分の人生が大きな(うね)りに巻き込まれている。そう感じた。


 災難なのか幸運なのか?


ーー命短し、されど尊い。死後も輝く星となろう。


ーー怯まず臆さず常に声を上げて欲しい。俺の生き様、ここにいる群れの生き様からも学んで守って欲しい。俺の手はもう手一杯だ


 自分勝手、怖い、乱暴、何を考えているか読めない。そして人外な能力。


 それなのに()かれてやまない。


 あまりにも高いところにいるのに一人では無理だと、助けてと口にした尊敬するべき男。ティダにもっと認められたら自信になる。アシタカのせいで崖の国から出ることになり災難続きだったと思うのはやめて、生まれ変われる幸運の扉が開いたと思うことにしよう。


 まだない自分の矜持を見つけたら崖の国に胸を張って帰る。その時、きっともう嫌な思いはしない。そんなことに頓着(とんちゃく)しなくなる。


 次へと続く命の灯火(ともしび)、パズーの胸の中には今小さな火種がある。

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