それぞれの思惑
グルド帝国、生物研究所
グルド帝国帝弟タルウィは空の酒瓶を壁に投げつけた。木偶人形と繋げた視覚管理用の全面兜の映像をモニターに映し出す。
艶やかな金髪の美女。
数百年生きているが、生きた宝石と呼んでも良いような女は滅多にいなかった。見た目が良いだけではなく体も申し分ない。胸のない女など興味無い。鶏ガラだと触り心地が悪い。最後に刺すのにも味気ない。細過ぎず胸は豊満。肌の白さに鮮血が映えるだろう。
絶望なんて知らないと言わんばかりの甘ったるい顔に妙に唆られる。この顔をぐちゃぐちゃに歪めるのはさぞ楽しいだろう。最初は持ち上げて最後に突き落とす。二度美味しい。殺して三度。バラバラにして四度。
子を産ませておけば二号機も手に入る。しかし、赤子のうちに殺してしまいそうだ。母親の目の前で子を殺すというのは楽しくてならない。ましてやこの極上女。さぞ快感だろう。想像しただけでゾクゾクする。
「何と魅力的だ……ドメキア王国に侵略成功したら手に入れねえとな。侍女か?しかし何だあ?ドメキア王国で大狼兵士がのさばっている。それに、ノアグレス平野で大狼兵士と仲良く俺を撃ち殺そうとしてきた男じゃねえか」
視覚盗聴機能をつけてスパイにと新たな木偶人形を逃したが、実験失敗で自我が残っているような上に鼻が良いのか盗聴機能の目を一つ潰された。
かねてより噂を聞いて手に入れたいと思っていた鎧義手義足のドメキア兵士。ドメキア王国第四軍元帥カールという実験体も盗まれた。検査途中だった上にこれから遊ぶ予定だったのに最悪だ。
しばらくスパイとして利用するが、青目の木偶人形はそのうちぶっ壊してやる。どれだけ拷問しても口を閉ざしていた大男。結局自らがスパイで主が見つかったと絶望させてから殺そう。
大狼兵士ティダ。いつだったかベルセルグ皇国現皇帝がグルド帝国に帝位就任の挨拶に来た際に見たので顔を知っている。ドメキア王国で何をしているのか。
それにしても、極上女はカールと親しげだ。どういう立場なんだ?貴族か?それなら捕まえる難易度は下がるか?カールも美女だったがこっちの方が美しく魅惑的。華奢で反抗出来ないだろうから捕らえたら何でもやりたい放題。もう、今すぐにでも欲しい。偵察がてら攫うにしても、城の侍女だと難しいか?早くぶち込んで泣き叫ぶところを眺めたい。
「欲に負けると天下が遠のく。あーあ、欲しいなあ。見に行くだけ行くか?まあ、他ので発散しておくか。勘がそう言っている。勘は大事だ。ハイエナは内部からドメキア王国を簒奪ね。しかも順調そうだ。あの侵略戦争、二重計画なら大した度胸だな、ティダ・ベルセルグという奴は。それに木偶人形を軽くあしらうとは化物人間め」
ハイエナを中々陥落させられないのは地理的問題もあるが、このティダ・ベルセルグのせいだ。他国からの侵略行為の際にしか現れず、おまけに軍とは別に突然登場する。先陣切って堂々と中央突破。敵国の指揮系統を破壊して、強制終戦に持ち込む圧倒的実力。巨大狼に乗り、手にはトンファーか剣。戦場では無双。傷一つつかないという。そういう噂。
ティダ・ベルセルグ、その名はドメキア王国、グルド帝国、ボブル国など隣接国家に不敗神話の大狼兵士ティダとして轟いている。戦闘を見たことはなく噂でしかないが、ザリチュが化物と呼んでいたのは耳にしたことがある。
自国が国境線戦を仕掛ける際は不在。その際は大敗でも姿を現さないという。自軍を持たない、第二皇子の犬だという訳が分からない皇子。ハイエナレオン、もしくは第二皇子テュールはどうやってあんな化物を飼い慣らしているのか。餌さえ見つければ利用出来るのか?確保しようと出張ったこともあるが、その時に限って不在という空振り。
実際に木偶人形と争ったのを目の当たりにしたが、用意した兵力と木偶人形だと返り討ちだっただろう。木偶人形というどう見ても化物の登場だったのに、ティダはやけに手加減していた。頭がイカれていてネジが無いのだろう。
「おいおいおいおい。天が味方している!極上女に続いてこっちまで!見いつけた!」
タルウィはモニターに映った娘を見て、前のめりになった。
ノアグレス平野で確保しそびれた謎の人形人間か、人形人間もどき。極上女には劣るが見た目も良い。愛玩物は幾つあってもいい。しかも百年以上改良しても完成品にならない人形人間とは違い、この女は本物のようだった。製造品を確認したが行方不明体はない。何処で作られた?勝手に生まれたのか?ペジテ大工房か?
自我がありそうなのがまた奇妙。
蟲を操る殺戮兵器、古代の戦争で使用された人形人間。この女が手に入れば天下統一も見えてくる。極上女の足元にも及ばないが、遊ぶのにはまあまあ満足しそうだ。兵器なのに遊べるとは何て良い女。総合点では極上女と引けを取らない。
「人形人間と親しげな男はドメキア人。隣はベルセルグ人かペジテ人だな」
しばらく何の情報も得られなかった。本棚が並ぶ部屋から木偶人形と人形人間、それから極上女と騎士が共に移動した。極上女と人形人間は親しげ。
のんびり眺めていると、今度はカールと騎士と木偶人形の三人。声が無いのでさっぱり分からない。退屈でうとうとしていると、いつの間にかティダ・ベルセルグがいた。指示を出したのか、騎士と木偶人形が連れ立って歩き出した。
「大狼兵士は木偶人形をペットにするつもりか?自我があると見抜いたか。騎士なんかと……」
しかし騎士達は化物の登場なのにあっさり受け入れている様子。あっという間に木偶人形が騎士達に囲まれている。騎士の中に、人形人間を奪還にきた男が混じっていた。飛行機を操縦していたひょろひょろしたそばかす男。邪魔した報いとして、あいつも木偶人形に出来るか試してみよう。
顔立ちはグルド人。しかしやけに白い。極上女よりも更に白かった。今ドメキア王国で呑気に過ごしているということは、あの人形人間はドメキア産か?ドメキア王国にはそんな技術はない。作れるとしたらペジテ大工房かグルド帝国くらい。ベルセルグ皇国は少し読めない。蟲を操る術を持っていた。
ペジテ大工房に進軍して自滅したドメキア王国が人形人間を持っている。ベルセルグ皇国が与えたのか?大狼兵士が絶対に何か噛んでいる。勘がそう告げている。
それにしても音声が無いので情報が少な過ぎる。
木偶人形の目にティダ・ベルセルグの顔が大きく映った。当然、モニター上にも現れる。男のドアップなんてつまらなくて吐き気がした。特にこの男、中々の色男で腹立たしい。黄色人種というのも生理的に嫌いだ。
「こいつ、勘が冴えてるのか?何でか知らねえがバレたな」
ティダ・ベルセルグが木偶人形の右目を隠したので視覚伝達機能が途絶えた。木偶人形の視力自体は目の下の小さな穴の方。見抜かれるとは予想外。しかも視覚伝達機能を繋いである右目を潰す訳でもなく隠しただけ。神経を断ってある飾りの左目には触れもしない。研究情報を持っているのか?
クソ野郎め。
こちらにわざと情報提供したのならばとんだ策士。
これは誘いか罠か。
ティダ・ベルセルグは木偶人形により顔に怪我をしたので、木偶人形兵団で引き千切ってやろう。しかし使えそうなら使わなければならない。強力な道具になるだろう。体を調べてもみたい。しかし、殺すにも捕らえるにしても木偶人形が足りない。普通の兵士や武器ではまず無理そう。特にまだ武力が足りない。大狼は銃弾さえ跳ね返すという。木偶人形量産には適合者が足りない。材料も不足。
「ザリチュを蹴落とすのが先だよなあ。まあ、俺は気が長いので時代の波を読むか。また祭りが始まるかもしれん。ああいう混乱が役に立つ。天下統一はいつかでいいが、地獄絵図は何度でも作りてえ。それにしてもあの極上女が欲しいなあ。やりてえ」
久々に素面だなと、タルウィは新しい酒瓶に手を伸ばした。
なんだかんだ百年かかった体のメンテナンスが粗方終わり、久々に自由を謳歌する。楽しい祭りに参加してみせる。そして面白おかしく引っ掻き回す。
あわよくば天下統一。
そうしたら地獄のようなショーも開催出来るというものだ。
「まーずはどっかに火に油を注ぐのが愉快だろう。ザリチュとロトワの民とハイエナレオンにボブル。それとも大狼兵士に擦り寄りにドメキア王国に乗り込んでみるか。極上女もいるしな。しかし警告を感じるのでやはりドメキア王国は後回しだな。どっから遊んでやろうかな!」
タルウィは酒を一気にあおった。灼熱感が生きていると証明している。痛快だった。
***
ボブル国、王の間。
国王ジャルーシャはエルバ連合同盟国崖の国レストニアからの書簡に目を見張った。
中に覇王ペジテ大工房の国旗と正円十字、そしてアシタカ・サングリアルの名が刻まれた金属製の平たいケースが入っていた。宛名は親愛なるジャルーシャ王様となっている。
本人とは謁見したことは無いが時折贈られてきた、大技師ヌーフの親書と同じ形式。これが何故崖の国を介してもたらされた。
「ジャルーシャ王、それはペジテ大工房からの親書ですよね。何故崖の国から……」
大臣が驚愕した顔付きで書簡内を見つめた。ジャルーシャは慌てて崖の国レストニア王からの手紙を開いた。
出だしは収穫祭での第三王子セリムの駆け落ち騒動および出征拒否に対する無礼の詫び。騒動の後から崖の国出国まで再三謝罪をされたので不快よりも気の毒だった。第三王子セリムは好奇心旺盛で他者を質問責めにするが、礼儀正しく人当たりも良い。昨年ユパ王とボブル国を訪問した際なんて、いつの間にか慈善活動に参加していた。そんな息子が親に反旗。収穫祭での光景は、正直信じられなかった。
謝罪の後に続く内容は、旅医師アスベルが宰相となったので出征者としてどうかという提案。旅医師アスベルにはボブル国も世話になった。死神剣士と呼ばれるその強さは良く良く知っている。第三王子セリムよりもアスベルの方が指揮官、兵力として申し分ない。
崖の国レストニアはエルバ連合の中で最も同盟が遅い小国。しかし古くから侵略されることも、することもなくひっそりと生き残っていたらしい。崖の国の歴史は中々古いらしいが開示されていないので年数は不明。王族教育がしっかりとしていて、年々連合内での信頼は強まる一方。しかし表へは出てこようとしない。海辺の国フェリスは第二王子を教育の為に崖の国へ預けようか迷っているという。不思議な国だ。
前王ジークも新国王ユパも、日々の生活で手一杯で他を考えられないとしか言わない。確かに過酷な環境だが、文献によると昔より随分発展したらしい。それでもかなり苦しそうな生活。エルバ連合の中でも貧乏小国と呼ばれているが、他国に見劣りしない王族に生き生きとした国民は尊敬も集めている。
ジャルーシャ王はペジテ大工房の話はまだかと読み進めた。
「あった。あのセリム王子が……」
収穫祭で駆け落ちした第三王子セリムの相手。儚げな娘だった。
ーータリア川の守護を受ける娘ラステル。祖国は西の終わり。大都市ペジテの大工房
あの娘が西方ペジテ大工房の深窓の姫。国の信仰の象徴である大技師一族の一人。娘が何人もいるとは知っていたが、その一人がラステルという少女か。
旅医師アスベルを通じてペジテ大工房御曹司アシタカと兄弟弟子になったセリム。アシタカの妹ラステルと懇意になり恋人になっていた。セリムとラステルはペジテ大工房から駆け落ちしたが、御曹司アシタカがラステルを連れ戻しにきた。御曹司アシタカを説き伏せて婿入りを要求しに今度は崖の国から駆け落ち同然に出て行った。全部、セリムが帰国するまで知らなかったと書いてある。
信じられない話だ。しかしセリムならやりかねない気もした。突拍子もないことをする子なのは見聞きして知っている。
「ジャルーシャ王、ペジテ大工房のことは何と?」
「ジークの息子セリムがペジテ大工房の姫と結婚。おまけにペジテ大工房御曹司アシタカ殿と友人となり和平協定を結べるかもしれないと」
大臣に手紙を回した。
「この内容、ペジテ大工房は崖の国だけではなくエルバ連合との和平協定を望んでいると……。沈黙貫き外界とはほぼ断絶していたペジテ大工房がついに植民化に手を出すつもりですかね?」
「それなら圧倒的軍事力で捩じ伏せに来るだろう。かつて同盟国が報復の名の下に消し炭にされたらしい。故に覇王だ。突かなければ出てこない。それが和平協定の要求。宗教の頂点だという大技師ヌーフ殿とは文通する仲。今年はまだ親書が無かったが、息子から届くとは。しかも崖の国経由」
大陸情勢が大きく変わろうとしている。大臣達がユパ王からの手紙を読んで回していく。一番最後は息子、第一王子アリババ。
「一ヶ月以内に御曹司アシタカ殿が崖の国に来国するのでジャルーシャ王と非公式会談を望んでいる、か。話を聞く価値がある青年です。信頼して、信頼されて貴国への親書を預かりました。ふむ、ジークもユパ王も人を見る目がある。どんな内容なのか」
ジャルーシャが金属製のケースを開くと、ごく普通の封筒が入っていた。正円十字の印付きの蝋で封をしてある。宛名はやはり親愛なるジャルーシャ王様。
***
親愛なるボブル国王様。
初めましてペジテ大工房大技師名代アシタカ・サングリアルと申します。父ヌーフが貴国と僅かながらに交流があったようですので先にご報告します。
此度、敬愛する父ヌーフ・サングリアルが病で急逝しました。既にご存知と思いますが、我が国は民主主義という王を持たぬ国です。私アシタカ・サングリアルは亡き父の意思を継ぎ国の良心の象徴である「大技師」の名代となりましたので父の跡継ぎとしてジャルーシャ王様と良好な関係を持てればと考えております。
名代の理由をお話ししておきます。新たな大技師はベルセルグ皇国第三王子ティダ・ベルセルグという方です。貴国に度々国境線戦役や侵略行為を行っているあのベルセルグ皇国の皇子です。
先日我が国はベルセルグ皇国とドメキア王国の連合国に侵略戦争を仕掛けられました。ティダ皇子はベルセルグ皇国を裏切り我が国に侵略戦争の計画と内容を密告。私はそのティダ皇子と知り合い、手を結び、結果我が国はほぼ被害を受けませんでした。
ティダ皇子はこう申しました。裏切って巨大国家に庇護してもらうのが生きる為の最善と考えた、と。正直、不信感で思い悩みましたが手を組みました。要求は眼前で内乱が起こるので傍観せよ。こちらに損が見当たらなかったのです。
操れない蟲を操ろうとして両軍は自滅しました。この混乱に際して囮先陣役だったドメキア王国の姫が生き延びるために自国に反旗翻し内乱。一方で戦争の道具にされかけたと蟲は激怒。ベルセルグ皇国は逃亡し奴隷兵を置き去り。我が国の前に広がる豊かで美しいノアグレス平野は地獄絵図でした。
蟲に襲われる、侵略されると疑心と恐怖でペジテ大工房の国民は危うく全てを焼き払おうとする事態でした。何とか止めましたが、最悪の場合ペジテ大工房は大量虐殺を行ってしまうところでした。
ペジテ大工房大技師一族は二千年前に蟲の女王なる人物と誓い交わしているので、蟲と交渉する力を持っています。国の良心の象徴と呼ばれている大技師一族の本来の役目は国を正しく導くことです。正しくある限り、蟲はペジテ大工房がかつて行った虐殺を許してくれます。深くは語れませんが不可侵の誓いを交わしています。
父ヌーフを筆頭に私や家族は何とか激怒した蟲に許しを乞い、巣に帰ってもらいました。蟲は我が国を含め争い合う人自体に怒り狂っていましたが許してくれました。ペジテ大工房は巨大な力を有するのに過ちを止めようともしない、そう非難を受けました。
痛烈な批判は的を得ていて、今回、先陣切って尽力したのは敵国に売られた後ろ盾が全くないティダ皇子です。
彼は私の命を救いました。妹の命も救いました。結果ペジテ大工房は蟲の暴走を無事に止めることが出来ました。ベルセルグ皇国は本来操れない、巣からも出ない穏やかな蟲を狂わせる何かを持っているようです。大混乱だったので蟲の激怒の理由は現在調査中です。ティダ皇子は敵国に売られる程皇帝に嫌われているそうで、情報が少ないです。しかし多くを語ってくれています。
今回の騒動に際して友であり、妹の夫である崖の国の王子セリムと目付パズーが支えになってくれました。両名ともティダ皇子に協力してノアグレス平野で人命救助に尽力。彼等の善行こそが人に激怒した蟲を許しへと導きました。今回、大技師一族は彼等の手助けしか出来ていません。
御礼を聞くとセリム王子と目付パズーは、飢饉と流行病で苦しむエルバ連合への助力を嘆願しました。同盟国への慈悲、そして故郷の崖の国に胸を張って帰郷したいという理由です。
北方のグルド帝国がエルバ連合に戦争を仕掛けようとしているとも聞きました。我が国は恩人の国を守りたいので、所属するエルバ連合が戦争に巻き込まれないように尽力するべきだという声が国民から上がっています。私もそう思います。
ティダ皇子はベルセルグ皇国奴隷兵の捕虜解放を嘆願しました。その辺りを本人は語りませんが、密告や祖国に対する裏切り行為も奴隷兵救助の為だったようです。又聞きではありますが国とは民である、そう聞きました。
それから妃シュナ姫に対する減刑。捕虜であり敵国の姫。しかし話を聞くと彼女は噂とは違い、聡明で慈悲深い方でした。悲しいことに王位継承問題により何度も暗殺されかけついには囮役。無関係のペジテ大工房を巻き込まない、そして自軍を守るために反乱を画策。そのまま自国の王を討ち、悪政を終結させる計画だったそうです。確保した敵国の人物の中で真っ先に謝罪したのは彼女です。なお、他の者からは謝罪のしゃの字もありません。
国や人種関係なく、そして蟲さえも救助した御礼として我が国民はティダ皇子に名誉国民と大技師の座を与え、ティダ皇子を妃共々庇護すると決定しました。両者とも自国の裏切り者で国に返せば殺される可能性が高い。恩には恩を返さなければなりません。
現在ペジテ大工房はドメキア王国、ベルセルグ皇国、侵略戦争のどさくさに我が国の大技師一族を誘拐しようとしたグルド帝国、その三ヶ国へ賠償要求を準備しています。会議では報復戦争という提案まで出ています。
しかし、私は国民に憎しみの連鎖に加わって欲しくありません。自国の民を優先し皇帝を裏切ったベルセルグ皇国ティダ皇子。自国に囮として利用された為に我が国の眼前で祖国に反乱を起こすしかなかったドメキア王国の姫。両者と通じて侵略戦争を止めようと尽力した、我が友人でありエルバ連合崖の国の王子セリムと目付パズー。
外界には、敵国には、つい最近まで知らなかった辺境の国には、そういう素晴らしい者がいました。恩人達には家族がいて、守りたい者達がいて、そして思い悩み苦しんでいます。
彼等には力が足りない。それなのに必死で見知らぬ他者の為に尽くしている。一方、私はどうだろうか。二千年も続く覇王ペジテ大工房の良心の象徴。御曹司とちやほやされていたのに、蓋を開けてみれば大した者ではなかった。かつて戦争を止めて二千年も国を存続させる教義を作り上げた祖先テルムにとても顔向け出来ません。
私は悩みに悩みに一つの結論に至りました。
争わないようにと考えるのが何が悪い。
血が流れないようにと願う事が悪い筈がない。
二千年続く蟲という異種族とも語らう聖人一族、後ろ盾は覇王とまで呼ばれる大陸最大武力を有するペジテ大工房。アシタカ・サングリアルには誰にも手に入れられない力がある。
最も平和に尽力するべきなのは私です。友、そして恩人の盾となります。
大陸全土の各国と和平交渉を行い、協定締結。国境線の明確化、不可侵条約締結、国際法制定、異文化交流、そうやって全ての国を今よりも豊かにする。戦争に至る原因を未然に防ぎ、今よりもより良い世界を作ろうと決意しました。
我が国は独裁統治法というものがあり、独裁を行うと死刑です。しかし二千年続く聖人一族の代表である大技師、議会議員の統括者である大総統代理の地位の両方を手に入れたので、私はこれまでの信頼を盾に独裁を行う決意を固めました。
私は幼少からこう思っていました。居住区から出ることは公務以外では許されず、豊かな科学技術も使用制限されている。憧れの大自然に飛び出すことは絶対禁忌。好きな仕事も出来ない。何て不平等だ。命は等しい、人は皆平等だと全部破りました。聖人の顔に泥を塗る男だと殺されかけたので、聖人の子孫らしく振る舞えば自由だと考え自分なりに働きました。それで、そこそこ賛辞を貰っていました。
この生き方を国民は見てました。大国の御曹司。ぬくぬく守られ何もせずとも賛辞を受けていたのに欲張っている。富も権力も、名誉も、何もかも持っている。もっと持たない皇子や姫が人命救助に尽力したなら、自国の御曹司ならばもっと働ける。非難するよりも見張り、監視し、過ちを犯しそうならば止める。大国ペジテ大工房が武力ではなく、平和尽力という誇りにより覇王と呼ばれるようになろう。そうすれば祖先が犯した大量虐殺の罪が洗われ、大陸一誇り高い一族となれる。
やる気に満ちた国民に後押しされ、おだてられ、私は大陸平和を決意しました。我が国の民は手厳しいです。そして恐ろしいです。特例的に独裁を許されましたが、常に国民に監視され死刑と背中合わせ。まあ、安心して大陸和平という巨大な願いを求められると考えることにします。
手始めにドメキア王国に侵略戦争に対する損害賠償を要求します。但し、平和的に解決してみせます。それを足掛かりに各国代表と会談をと思っております。エルバ連合は我が国の救世主の一人、セリム王子が属しているので信頼寄せました。また彼から各国の王がいかに信頼出来るのか、我らが持たぬ素晴らしい大自然と共存するという能力を持ち、そして長い歴史を刻んできたということを窺っています。ペジテ大工房は満足出来る領土も技術も医療も有していますが、美しい大自然に焦がれています。教義に従い閉じこもっていましたが、一歩踏み出したいと思っています。
平和と豊かさを追求することは悪ではない。道を踏み外せば国民が私を裁き、止めてくれます。親しくなった友人達も殴ってでも止まるように進言してくれる者。そして死刑の足枷。
信じることは難しいが先に信じなさい、父の言葉を胸に抱いて己の信念を信じ、自分を信じ、国民を信じ、賛同者を信じ、こうして手紙を認めました。
蟲に批判されたのもありますが、不幸を見て見ぬ振りなど、各国に密かに平和を説く親書を送っていた亡き父ヌーフの顔に泥を塗ります。恥晒しの息子にはなりたくありません。父ヌーフの祈り虚しく大陸情勢は悪化しました。父よりも偉大になりたいです。二千年間続く平和的教義を説いた祖先テルムの願いと祈りのその先を見たいです。
新たな時代、鮮やかな未来、輝く美しい世界を作る一人になろうと思います。
一月以内に崖の国レストニアへ再度訪問しますので、その際に一度直接顔を合わせて話を出来ればと思っています。代理の方、特に次世代担う王子アリババ様、何人でも歓迎です。壮大な夢を抱き、奮い立ち、国民に後押しされ、こうして手紙を書きましたが権力に対して器小さき身なので不安でなりません。多くの支援者が必要です。一人では何も成せません。どうかお力添え下さい。
不躾に呼びつけるような提案を先に詫びます。申し訳ございません。しかし一度顔を合わせて話をしたいです。直接訪問も検討しましたが、ユパ王が橋渡しを買って出てくれたので甘えました。
ペジテ大工房大技師名代兼大総統代理アシタカ・サングリアル
追伸:我が妹が崖の国にてエルバ連合各国の王の前で醜態を晒しました。申し訳ございません。
***
ジャルーシャはペジテ大工房アシタカ・サングリアルからの親書を読み終わった。大臣達にも読み回させた。日付は十日以上前。崖の国で話し合ってから届けることに決めたのだろう。
西方の戦に関しては少し耳にしている。ベルセルグ皇国がペジテ大工房に一矢報いた。真相はこれか。いや、真実ではないだろう。色々と隠されていそうだ。
「名指しされたなアリババ。アシタカ殿とセリム王子が友というのは真実であろう。この内容はどうだろうな。アリババよ、どうした?」
息子である第一王子アリババが眉根を寄せて唇を噛んでいた。
「ジャルーシャ国王、セリム王子は駆け落ちではなくペジテ大工房を援助する為に崖の国を去ったのだと思います。彼はそういう男です。西で争いが起これば東にも火の粉が飛んでくる。ペジテ大工房に恩を与えれば崖の国ならずエルバ連合に有益。あのセリム王子が国の為の出征を拒否するなどおかしいと思っていました。これで合点がいった。彼は国の為に出征したのですよ。このアシタカ殿に密告について相談されて、国を飛び出した」
ジャルーシャ王はアリババの言葉に胸を擽られた。面白い意見だ。そして崖の国第三王子セリムの人物像からも納得しやすい。エルバ連合各国の王の前から堂々と駆け落ち。腑に落ちなかったのはアリババだけではない。ユパ王はそのあたりを手紙には書いていない。愚弟と罵っていたが、弁明しなくとも信頼される弟だと自信があるのだろう。ユパ王の思惑通り、アリババはあっさりとセリムの味方をした。
ーー我が友アシタカ。そして我が国民にして親友パズーの元へ行きます!我儘を許してくれなくて構いません!必ずや真の平和をこの手に掴み帰ります!
ーーエルバの賢王方しばし耐え忍び矜持を忘れるなかれ!風の神は誇り高きエルバの民に微笑む!
セリムは決意に満ちた顔付きだった。ジーク自慢の息子が身勝手な人生を選ぶとは思えなかった。我が友アシタカ。誰のことかと思っていたら大陸一の大国の御曹司。何か頼まれたのだろう。そして国益になると国を飛び出した。先に親友パズーという者が出ていったようなので、それも関係あるのかもしれない。
親書の内容が大体真実ならばセリムの友アシタカは今やペジテ大工房の代表。セリムとアリババは旧知の友。名指しされたのはセリムの口添えがあったからというのは推測に容易い。宛名こそジャルーシャ王だが、アリババこそが共に壮大な道を歩こうと誘われた。これはそういう手紙だ。
「そうか。そう考えるお前ならばこの手紙が何のために、誰に向けて送られたのか分かるだろう。なのにアリババよ、何故そのような複雑な顔をしている」
「セリム王子は争いを好まない。喧嘩を見れば仲裁に入り、代わりに殴られるような男です。あれ程強いのに。天候予報士と植物研究という好きな事に明け暮れていたのに、アシタカ殿はそのセリムに出征させるなど……。先を見据えてセリム王子をエルバ連合と関係を築く道具にした。もしそうならこのアシタカという男を信じられません」
ジャルーシャ王はアリババの言葉の続きを待った。不信と疑心、これをどうするのかでこの国の未来を託せるか変わる。大技師ヌーフの親書には必ず息子の話が添えられていた。掟破りで自由を目指すと思っていたら、国中を駆けずり回り嫁も取らない。そんな息子の自慢と愚痴の混在。
一昨年の親書の最後の文を思い出した。
【我が息子は一国では満足出来ずに遠い未来、貴国も訪れるでしょう。不幸や不平等から目を背けられない優しさを持った自慢の息子です。しかし視野が狭く、何もかもが足りない。理想ばかりが先行していて聞く耳も持たず手を焼いています。勝手に飛び出すだろうと予測してこうして毎年手紙を認めています。どうか貴国に現れた際は御指導の程よろしくお願いします。迷惑をかけると思いますので殺さなければ何をしても構いません。性根を鍛えて大国の後ろ盾ごと利用して下さい。役に立つと思います】
とんでもない父親だと思っていたら、本当に息子は外界に飛び出してきた。大技師ヌーフは亡くなったのか。一度で良いので直接会って話をしてみたかった。実権なく、何も支援が出来ないがと言いながら「盗んだ」「内緒」と行って時折機械や自国の植物の種を送ってくれていた。
残念だ。しかし息子には会えそうだ。親書の丁寧で綺麗な文字。筆圧は強めで意思の強さを感じさせる。国民におだてられ決意したというのは大嘘だろう。猛反対押し切って独裁に躍り出た。そして、許されるだけの何かを持っている。
ジャルーシャ王はアリババを見つめた。アリババの表情は険しい。
「争わないようにと考えるのが何が悪い。血が流れないようにと願う事が悪い筈がない。アシタカ殿のこの言葉、本心ならば私はいち早く支援者となりたいです。後からしぶしぶ乗るなど、真実だった場合、この国と父上に恥をかかせます。見る目は養ってもらったつもりです。私よりも人を見定められる従者も選んで下さい。このアリババ、名指しされたので崖の国へと行ってきます。国益になるのか直接この目で確かめます。セリム王子からの手紙がないのが、逆にアシタカ殿に試されているようにも感じます」
ジャルーシャ王の口元はつい緩んだ。アリババがまた唇を噛んだ。アシタカの決意への嫉妬。それにセリムの決意とその結果も相当悔しいのだろう。誰よりも立派な王となりたいです、アリババの口癖。セリムが真似ているのに、そのセリムが先に進んだ。アリババの瞳に燃えるような闘争心の火が揺らめいているように見える。
大臣達は後継のアリババが国を背負っていく決意強く、そして民を優先すると分かっているので頷くだけで反対する者はいなかった。
「話をするだけは無料。私はジークをそこそこ信頼している。セリム王子も、あれは良い心根持っている。この件はアリババ、お前に全て任せる。私は崖の国へは行かん。グルド帝国がいつ攻めてくるか分からないから指揮官が必要だ。アシタカ・サングリアルという男が本気なのか、成す能力があるのか、腹に何を抱えているのか、その全てを次期王として見定めてこい。手を組んでも組まなくてもその後を任せるからな」
ジャルーシャは立ち上がってアリババの隣に移動した。アリババも立ち上がった。背丈はとっくに抜かされた。見上げた息子の顔の精悍さに嬉しさが込み上げる。息子を立派に育てようとしてきたのはジークや大技師ヌーフだけではない。ジャルーシャ王はアリババの背中を強く叩いた。
「この件、アラジンにも話します!次期王は私とアラジンの二人。兄弟結束して担う予定なので街から連れ戻してきます!何が王族は豪遊して民の暮らしを知らないだ。あの愚弟にこの壮大な志を見せつけねばなりません!人の上に立つ者にしか出来ぬことがある!アラジンの勘当は停止してもらいますからね!」
見定めると言いながら、アリババの中ではもうアシタカは信頼出来る人物になっているらしい。思い込みの激しさは直してもらわないと困る。三つ違いの弟と上手く互いの欠点を補ってくれることを願うばかりだ。
大臣達がアリババの広い背中を熱い視線で見送っていた。ジャルーシャも見えなくなるまで眺めた。
新しい時代が幕を開けようとしている。そう感じた。
***
ベルセルグ皇国、皇居。第二皇子テュールの屋敷。
テュールはペジテ大工房への侵略戦争が終わった数日後に、小柄な大狼がテュールに目掛けて投げ込んできた手紙を広げた。つい何度も読んでしまう。
【軟弱臆病テュールよ、阿呆な義父を踊らせておけ。お前のソアレを殺した分は終わり。ベルセルグ皇国の犬は大狼に戻る。これ以上働いて欲しけりゃ餌を寄越しな。俺はこの世の全てを掌に乗せないとならない。よってお前のお守りは終わり。むしろ嬲り殺されたくなければ働け。ソアレの夫に相応しくない生き様を見せたら頭蓋骨を粉砕する。自ら考えて激動の時代を生きぬけ。ちっぽけな国などくれてやる。しっかり囲え。気が向いたら顔を出すので常に白酒を用意しておけよ。あと手頃で遊ぶだけの女もだ。痩せ細った女は好かんからな。あばよ】
密書だったのでどんな内容かと思ったら、これだ。十年振りに素顔を見れて嬉しい反面、最後の「あばよ」がどうしょうもなく寂しい。はっきりしたのは、十年間ソアレの死に対して、この国に心血注いだということ。やはりわざとテュールを押し上げていたということ。
ティダはついに出て行った。初めて会った時、ソアレが死ぬまではよく言っていた。
ーー強きが群れの頂点に立ち、更に強きが群れの長を纏める。帝狼となり全てを囲う。まずはこの国。
なのに祭り上げられそうになると拒否。皇帝にはならない。相応しき男がいると現皇帝に膝をつく掌返しに、ティダの軍や信奉者は失望した。あっさりと捨てられたと憎んでいる。
しかしこの十年を振り返れば、内乱が起こらなかったお陰なのか国内情勢は割と平和だった。ティダの信奉者、奴隷達の地位も少しばかり向上している。いつの間にか役割が分けられている皇子達。なのでまだ次期皇帝争いもない。誰がどう導いたのか、気づくものは気づく。しかし本人は誰ともかつてのようには親しく交流しない。人間関係を拒否している。
「気が向いたら顔を出すか。そんな時があるのかね。阿呆な義父というからには戻ってくるか。食い殺しに。俺に何をさせるつもりなのか……」
醜く阿呆な姫に婿入りとは最悪。皇帝レオンにしてやられた。などとぼやいていたが恐らく根回しして自分で手配したのだろう。自分で仕掛けておいて、相手のせいだと話すのも、不本意そうに語るのもティダの十八番。
「ちっぽけな国などくれてやる、か。自分がやれ。会ったらそう言ってやるか。どうして人にやらせるのか」
手紙が届いてから、もう十日は経過している。皇帝レオンはティダが宣言通りペジテ大工房に潜入し、さらには「大技師」の地位を手に入れたことにご満悦。悪魔の炎の存在は確認出来たが、蟲の操縦はそれ程上手くいかなかった。ペジテ大工房を内部から食い散らかすというティダの案を、皇帝レオンは様子見するつもりのようだ。
ベルセルグ皇国としては、この度の侵略戦争の罪をドメキア王国になすりつける算段だろう。捕虜となったドメキア兵や軍を指揮していた姫が、計画の発案がドメキア王国国王グスタフだと話したという。ベルセルグ皇国を脅迫して、参戦させたというのも暴露したらしい。
そんな事実は無いのでティダの工作。皇帝レオンや臣下はこの内部工作にほくそ笑んでいる。
テュールとしては逆だ。
皇帝レオンは罠にかけられている。
内容が無いような密書だが、ティダがペジテ大工房に嘘をつかせてこの国を潰すつもりなのは読める。
テュールよ、自ら上手く立ち回り頂点に君臨しろ。そういう手紙だ。そしてティダに食い殺されないような皇帝になれという押し付け。
「あばよ、か。昔のようにはもうなれないのだろうな……」
この国はいつ道を誤ったのだろう。一つだけ分かるのはソアレが死んだ瞬間だ。テュールは指す相手のいない将棋盤の向こうへため息を吐いた。毎日のように相手がいたのはもう十年以上も昔。
盤上に並べた十個の磨かれていない宝石。テュールの亡き妻の墓へ毎年贈られる宝石の原石はティダの涙の代わりのように思えてならない。




