予感
青年の容姿にラファエは釘付けになった。
指どおりが良さそうな光り輝く黄金色の髪。
意志の強そうな真っ直な眉毛。
澄んだ真っ青な瞳。
褐色の肌。
どれをとっても珍しい。ヤツの実の形をしたややつりあがった瞳はラファエを無視して部屋中を観察している。
なので無礼だと分かっていながらじろじろと見つめてしまう。目が離せない。
やはりどこの村でも見た事がない。こんな者がいたらすぐに目に付くだろう整った容姿をした男。
ふいに青年がラステルを見て不思議そうに首を傾げた。ラステルはぼんやりとした瞳で青年を見ていた。まるで知らない人を見るような視線だった。
「何かついてる?」
「あの、その、初めて見たから……」
きょとんと目を丸めてそれから青年は口を大きく開けて笑った。白い歯が眩しい。
「そういえばそうだ。全身防護服。目元ぐらいしか見えないもんな」
「うん」
はにかむラステル。優しく微笑む青年。
余所者は青年のはずなのにラファエがのけ者のような雰囲気。
居心地が悪いので自分から声をかけるか悩んでいたら、青年がラファエに視線を向けた。
「すみません。自己紹介も無しに。僕はセリム。もう気分は大丈夫ですか?」
眉を顰めると青年はラファエに一歩近寄った。心底案じているような顔つきだった。真っ直ぐな視線にどぎまぎしてしまう。
「大丈夫です。先程はどうもありがとうございました。私はラファエと申します」
「姉だと聞いています。見事な織物を織るとラステルが自慢していました」
セリムは屈託のない笑顔を見せた。あまりに無邪気な表情に辟易する。
それからセリムは急に真面目な表情をしてラファエの瞳をじっと見据えた。まるで別人のような大人びた雰囲気を纏う。
「ラステルの事は、何一つ誰にも話していません。これからも話しません」
蟲との遭遇に奇妙な見知らぬ青年との対面ですっかり頭から抜けていた事柄。
あっと声が漏れそうになるのをなんとか堪える。ラステルは蟲森で生身であった。セリムは知っているのだ。こんな大事なことに気が付かなかったなんて。族長の娘だというのに何と不甲斐ない。
「彼女に出会ったのは半年以上前です。その間何もなかったことで信用してもらえないでしょうか」
信じましょうと言える訳がない。それに信頼するしないの問題ではない。危険の芽は摘んでしまわなければならない。それが村の、そしてラステルの為である。
元はと言えばラステルが言いつけを守らずに蟲服を纏わずに蟲森へ出かけていたのが原因だ。それが今回だけではないとセリムの存在が証明している。ラファエはラステルを軽く睨んだ。軽く身を竦めたがラステルに反省の色は見られなかった。
ラステルが無頓着すぎるのは、己の姿を自分では見れないからだ。父や婆様達がその危険性を話さないのも拍車をかけている。
何度も口を酸っぱく言いつけているのだから守って欲しい。
そして結果がこれだ。
「セリムさん、まずは族長に報告します。さあ中へ」
「姉様、セリムはね」
「貴方は黙っていなさい!」
縋るような目をしたラステルを怒鳴るとラファエは大きく深呼吸した。
セリムを村へ通そうと近寄ろうとした。だがそれより早くセリムが口を開き、ラファエの足を止める台詞を吐いた。
「僕は蟲森の外の者です。それでも構いませんか?」
言葉を失いラファエは息をのんだ。彼は何と言った?
「ドドリア砂漠より東方にある崖の国レストニア。それが僕の住む場所です。毒胞子による病や作物への被害を受けながら懸命に暮らす小国です」
益々セリムを族長に会わせなければならないと決意した。立場を悪くしているのがこの男は分かっているのだろうか。
黙っていれば嘘のつきようもあったというのに浅はかにも程がある。
恐らく惨殺されるだろうセリムを憐れむ。愚かさを恨めばいい。
「彼女を利用するならとっくにしている。彼女単体だけでも新薬開発の研究材料になるし何より軍事利用できる。ラステルを手掛かりにこの村を搾取することだってできた。畏怖している蟲森を克服する程、僕らに魅力的なものは無い」
真摯な瞳がラファエを突き刺した。誠実さが滲んでいる。
何もなかったことで信用して欲しい。先ほどの言葉の重みが変わる。セリムにその気があればとっくに現実になっていた。
「姉様、セリムは何もしないわ。約束も守ってくれる。そういう人よ」
ラステルの言葉も表情も無視してセリムへ一歩詰め寄った。
「黙って去ればと思わなかったのですか」
答えなど予想がついていたがラファエは口にしていた。
「折角だから村を案内しましょう。助けてくれたお礼に」
「黙りなさいラステル!」
「どうして?セリムは私を受け入れてくれたわ」
「私は彼に問うているの!」
セリムがラファエとラステルの間に立った。それから軽くラステルの頭を撫でた。愛おしそうなその仕草と表情に、腹の底から唸りが突き上げる。
「嘘を重ねれば巨大になって手に余るようになる。それに、いつか共存の道が開けるかもしれない民に対して不誠実でいるべきではないでしょう」
「我ら蟲森の民は決して外界とは相いれません」
「何故?」
「それが掟」
「掟の理由は?」
問い掛けの答えに窮する。
「かつて蟲森へ追い立てた外界人とどうして手を取り合えるか」
「僕はラステルと仲良くなった。偉大なる一歩ではないか?貴方達が望むのならば、墓まで秘密を持っていく」
話せば話すほど、引力に逆らえ無くなりそうで、ラファエは向き合う事を放棄した。
「助けていただいた御礼として見逃します。2度と会うことは無いでしょう。ラステルにも私にも」
まっすぐな目に微かな迷いが浮かんでいた。けれども決意に満ちた光が滲んでいる。
ラファエは視線を逸らした。ラステルが今にも泣きそうな表情で目を見開いて、瞬き一つせずにセリムを見つめている。
「ラステル、彼を信じる代わりに2度と会うことは許しません。彼を蟲森の外へ連れてマスクを回収すること。それで最後です。一刻で戻りなさい。村から出る事を禁じます。破れば彼がどうなるか考えなさい」
きつく睨むとラステルは俯いて小さく頷いた。今にも消えそうなその姿に胸が痛んだけれど、別の気持ちも湧いてくる。
ラファエの精一杯の決断。せめて蟲森の民であったなら引き離さなくても済んだだろう。誇りも守られる。
2人が着替え直して清浄室を後にするまでラファエは背中を向けていた。
「いつか必ず会いに来ます。ラステルには誓いは破らせません。僕自身の力で必ず。その時は僕と本音でぶつかりましょう」
言い残した台詞が耳の奥にこびりついて響いた。
残像が消えてなくならない。
その約束の日はけっして遠くない、そんな予感がした。




