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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
六章 途絶神話の再生露呈

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202/316

覇王アシタカの宣誓

 大陸北西の地、アシタバ半島ドメキア王国。


 その晩、国民は王国騎士から衝撃的な話を聞かされた。


 ドメキア王国守護神の双頭竜は二匹の海蛇であり、この地を救う為に現れた。賛辞(さんじ)を捧げ祈れ。この国の夜明けを神が祝福しにきた。新国王ルイ戴冠(たいかん)と、神に並ぶと認められたシュナ姫が蛇神の女王に選ばれたという話が、国中を駆け巡った。


 国民は強制的に高い位置にある丘へと誘導された。


 深夜近く、ドメキア王国天空城程ありそうな巨大蛇が背後に小型海蛇の大群を連れて、シュナの森方面から現れた。


 二匹の巨大蛇は伝承そのままの姿であった。


 一匹は竜の如し姿、一匹は大鷲(おおわし)の如し姿。竜は大鷲(おおわし)よりも大きいというのも言い伝え通り。


 ゆっくりと進んでくる二匹の巨大蛇と、小型といっても人の倍はある蛇の大群。小型蛇は進行早くドメキア城に向かう道を作っていった。


 空には羽のある蟲が現れ、小型蛇と同様にドメキア城へ続く道を作るように整列していった。


 それだけではない。


 風に乗って七色の光が空から降り注いだ。


『アシタバ半島守護神バジリスコス様とココトリス様である!ドメキア王国の民よ祈りを捧げよ!敬意払い近くに参れ!ドメキア城へと続け!その目と耳でしかと神の啓示(けいじ)を受けるが良い!ベルセルグ皇国第三皇子とは仮の姿。蛇一族の遣い、エリニースである!』


 天から丘に響く声。


 何度も何度も繰り返されるその言葉に国民は言葉を失った。


 飢餓(きが)(うるお)すように雨と共に降ってきた海産物。


 流星のように降ってきた謎の金平糖のような塊。その翌日、病治り美しくなった姫。


 反乱軍がドメキア城に進軍しようとすれば地が揺れ、無血革命起きれば祝いのように本物の流星と彗星が現れた。


 (みにく)く愚鈍な姫の、聡明さと国への奉仕行為が次々と明るみに出た。


 連日の奇跡の正体だと、多くの国民は蛇と蟲の道に近寄り膝をついて祈った。


『二千年、この地へ慈悲を与えてきたバジリスコス様とココトリス様は大変お怒りだった!恩を忘れ、争い合う(おろ)かな民!愚王(ぐおう)選び続けて神聖な大蛇の国を、毒蛇の巣などという不名誉な名に変えた!故にベルセルグ皇国第三皇子の体を借り、蛇神の遣いエリニースが最後の審判を行いにきた!』


 聖騎士エリニースの神話は国民に広く知られている。終焉(しゅうえん)の炎からアシタバ半島を守り抜いた女神シュナ。そのシュナを地獄の業火切り裂いて救出した双子の兄、男神エリニース。エリニースは豪気を蛇神に気に入られて神の遣いとなり、アシタバ半島を守護する使命をあたえられた。シュナは人と恋に落ち子を産んだ。


 その神の遣い、エリニースを語る男。


 二匹の蛇神の間、少し前方を歩いている。脇に九つ尾の大きな狼を従えるのは、宿敵ベルセルグ皇国から婿入りしてきたティダ・ベルセルグ。シュナ姫を戦地から連れ帰り、盟友と呼ばれている皇子。


『国民に(あざけ)られ、殺されかけ続けても慈愛と真心を与え続けたシュナ姫をバジリスコス様とココトリス様は蛇神の一族として認めていた!この度地位が与えられる!バジリスコス様とココトリス様により与えらるのは蛇の女王の位である!シュナ姫の深い真心に免じてこの国は猶予(ゆうよ)を得られる予定だ!蛇神の慈悲とシュナ姫の慈愛に感謝せよ!ドメキア王国は大蛇の国として復活せよ!さもなくば加護を失い滅ぶ!』


 滅ぶ。


 エリニースがその言葉を発した瞬間、地が大きく揺れた。バジリスコスとココトリスの大きな咆哮(ほうこう)が空の雲を貫いた。空いた隙間から月の明かりが柱のように落ちてきた。


 バジリスコスとココトリスが止まり、エリニースの前に二本の尾を持つ大きな狼が現れた。


 背に乗るのは、ドメキア王国に会談にきたペジテ大工房御曹司アシタカ。シュナ姫を宝物のように抱きかかえて座っている。


 純白礼装のアシタカと、純白ドレスのシュナ姫。シュナ姫の頭上に輝くティアラが闇夜を照らす。


『蛇の女王を庇護(ひご)し、この地に和平申し出にきたペジテ大工房聖人一族アシタカ・サングリアル様。無血革命で毒蛇の巣を大蛇の国へ変えようと立ち上がったアシタカ様をバジリスコス様とココトリス様は大変気に入られた!覇王アシタカ様と蛇の女王シュナ様は本日祝言挙げる!かつて蟲の女王へ不可侵誓ったテルム・サングリアルの子孫アシタカ様は二千年続く不可侵の象徴(しょうちょう)である!蛇神の盟友である蟲の王も祝福しにきた!祝いの光は蟲一族と蟲の王からの贈り物である!(たた)えて感謝せよ!』


 アシタカの胸に頬を寄せて、手を振るシュナに国民は目を(うば)われた。あまりの美しさに至福の笑み。


 虹色がドメキア王国を包んでいく。空を飛び回る蟲に人々は恐怖を覚えるよりも、感嘆した。空高く、自由に飛び回り七色の光を降らす姿に涙ぐむものもいた。


『ドメキア王国の民よ、神々からの恩を(あだ)で返し続けてきた罪を悔い改めよ!蛇の女王に対する優しさがあったからこそ、この地の民は猶予(ゆうよ)を得られる予定である!慈愛と真心を(たた)えよ!()めよ!学んで次は自らが行え!この世は善因善果である!優しき者には見返りがある!シュナ姫は蟲一族により病を治された!殺されそうな蟲を(かば)い死を選ぼうとしたからである!』


 ドメキア城へ直接向かう民も大勢いた。国民へ告げられたシュナの演説時に感謝された者は手を引かれ、拍手され、囲われる。


三界皆苦吾(さんがいかいくが)当安之(とうあんし)。三つの迷界にある民は苦悩する。私はこの苦の民を安んずる為にバジリスコス様とココトリス様により使命を与えられ、国民を見定めにきた!シュナ姫を筆頭に真心持つ民がいるからこそ猶予(ゆうよ)されるだろう!変わる者は多い!己を省みる機会を与えよ!(ののしる)な!石を投げるな!弓を引くな!火を飛ばすな!言葉で批難し正しく導け!命は尊い!悪因悪果、神こそが裁く!死後も裁きは続く!変われ!ドメキア王国は大蛇の国として(よみがえ)れ!』


 悪行身に覚えあるものは(うつむ)き、冷ややかな視線から逃げ出し、隠れた。


 再び大地が大きく揺れた。


 そして蛇神の大咆哮(だいほうこう)も響き渡った。


 死を感じたものは祈る。祈った。覚えのある罪に(おのの)き、懺悔(ざんげ)する。


 恐怖から蛇神に手を出そうとした者は気絶し、逃げようとした飛行船が二機、蟲に覆われ海上へ連れていかれた。


『領土の民をしかと守り、首を()ねられる覚悟で侵略戦争反対を高らかに発言したルイ・メルダエルダが王に選ばれた!蛇の女王に支えられ賢王となるだろう!我が名を与え、ルイ・エリニース・ドメキアの名を(かん)す!民よ、しかと監視せよ!賢く慈悲と真心溢れる王ならば守り通せ!人などに大国治めきれない!助力せよ!国とは民である!常に声をあげよ!自ら考えよ!神といえど人間一人一人には目が届かぬ!この世に生きる命、そこ全てを愛し、守っているからだ!世界に害なす生物ならば人という種こそ絶える!』


 蛇神の行進と繰り返される天からの啓示(けいじ)。人々は一心不乱に祈りと感謝を捧げた。


 ドメキア城に蛇神一行が辿り着いたのは明け方だった。


 四重砦の上に蛇神二匹が登った。いつの間にか他の蛇神一行は去っていた。空にずらりと整列する蟲。分厚い雲が太陽を隠しているが、蟲が雲を貫くように次々と飛び、隙間を作った。


 光の柱が地に注がれる。


 光の柱は三箇所。


 大蛇神バジリスコス。


 大鷲神(おおわしがみ)ココトリス。


 そして、城で最も高い位置。


 大広間、大蛇の間の壁が消え失せ、台座のようになっている。そこに人が立っていた。暗い国で唯一朝日を浴びる場所。


 遠目で分かる、そこに立つのは三名。


 見えるものは見えた。アシタカとシュナ姫、そして新国王だというルイ。


『ペジテ大工房アシタカ・サングリアル。国教大技師教義を最も貫く一族。故に国の象徴(しょうちょう)とあれ。そう育てられた。しかし、他国の戦に関与するべからず。私はその大掟を破った。私は祖国の眼前で繰り広げられたドメキア王国内乱に関与した。絞首台(こうしゅだい)に登る覚悟があった!そして国民に裁かれた!』


 突然の発言で水をうったような静寂(せいじゃく)が訪れた。


『夜も眠れぬ私に国民は私にこう言った。争わないようにと考えるのが何が悪い!血が流れないようにと願う事が悪い筈がない!アシタカ・サングリアルは国を背負って守るために大掟を破った!裁こう!掟とは悪しき行いを止める為にある!内乱止めた結果が出るまで猶予(ゆうよ)である!』


 この地でアシタカが何をしようとしたか、知らぬ者は少ない。皆無と言って良いほどである。


ーー内乱という愚行を行なった、いや行なわされてしまった勇気あり悲しき民よ。僕は君達こそ救いに来た。


 蘇る言葉。


ーー大人しくしていてくださいアシタカ様。独裁だと言う者に暗殺されかけたばかりなのに


 蘇る言葉。


ーー脅迫ですよ。僕は自分の信念に権力を振りかざすことにしたんです。手段は問わない。僕は正しい。しかし、間違いならば国民が僕を裁いてくれると信じています。国民に新たな王を選ばせる。現国王が最適であれば望まれる。


 侵略でも、植民でもなく、全く別の方法を持ってやってきた他国の御曹司。


 会談と同時に反乱起これば、反乱停止を後押しした彼の言葉に高揚感(こうようかん)が募る。


『私は死にたくないので平和の使者を目指す!誇り高き民の見本である!かつて蟲一族と共に生きた人間を一方的に虐殺(ぎゃくさつ)したペジテ大工房を二千年も浄化へ導き続けている聖人テルムの血を引く私は、聖人に泥を塗る大恥を許されない!許せない!故に私はこの地へ参った!平和願う国民の後押しを勇気にして、この地へ降り立った!大掟破りは追放、独裁は死刑!それが我が国の法律である!許されるために死ぬまで善行貫く!私は賞賛(しょうさん)され、国民は(たた)えられる!』


 (りん)としていた声が急に柔らかく変化した。


『つまり、僕は国民に(はか)られたのです。死にたくなければ身を粉にして働きなさい。大掟破りを無罪にするのは子孫に示しがつかない。特に僕は聖人の血を引く、国の良心の象徴(しょうちょう)です。そして僕は祖国も民も大好きだ。死にたくないし、国民に非国民と言われたくない。だから僕は逃げられない。監視され続ける』


 あっけらかんと優しい笑い声を立てたアシタカに国民は虚を突かれた。


『僕は幼少からこう思っていた。居住区から出ることは公務以外では許されず、豊かな科学技術も使用制限されている。憧れの大自然に飛び出すことは絶対禁忌(きんき)。好きな仕事も出来ない。何て不平等だ。命は等しい、人は皆平等だと全部破った。聖人の顔に泥を塗る男だと殺されかけた。なら、聖人の子孫らしく振る舞えば自由だ。元々あまり寝なくても良い体質なので好きに働き、奉仕活動もした。この頃から違和感を感じていた。しかし僕は気づかなかった』


 あはははは、とまた呑気な笑い声。気づくものは気づいた。彼が何を言いたいのか。


『この生き方を国民は見てました。大国の御曹司。ぬくぬく守られ何もせずとも賛辞を受けていたのに欲張っている。富も権力も、名誉も、ついでにそこそこ整った容姿も持っている。最後はどうでしょう?人の好みは千差万別。まあ自惚れなので笑ってください。アシタカは欲張りだが、つつけば働く。中々良い働きをするぞ。おだてて働かせよう。僕はまんまと乗せられた。そしてついに大掟を破った。さあ、欲張りで自由を求めるのを許そう。代わりにどんどん働きなさい。貴方は豊かなのに足るを知らない。そして今日ここに立っている』


 清々しい笑いに国民もつい笑った。


『このように僕は打算だらけです。そして今回のドメキア王国から我が国ペジテ大工房への侵略行為。国民の意見は大きく割れた。報復か、許しか。僕を許すような民、許しが多かったが二千年繰り返されてきた他国からの侵略行為。許し続けてきたがまただ』


 急にアシタカの声が冷たくなった。


『私はこう提案した。高らかに宣言しドメキア王国は焼け野原。宣言し逃亡の時間を与える。焼かれるのは国という名の建造物。歴史。国とは民である。焼け野原になっても生きてはいける。生きていくので精一杯で向こう何十年、下手すると百年以上は侵略なんて不可能』


 発言に緊張感が走った。


『父や一部の民に諭されました。そして友が私を叱りつけた。各国の問題を解決し戦争しようとする原因を潰せ。お前には権力も武力もある。あらゆる策を練れる。武力行使は傷を残し、いつかか()み憎しみが憎しみを呼ぶ。国を焼け野原にされれば、復讐(ふくしゅう)心がドメキア王国の民に根付く。今は良くても、ペジテ大工房の子孫が必ず被害を受ける』


 苦しげにアシタカが告げた。


『そんな簡単なこと分かっている。ならばどうすればよい⁈罪に相応しい罰とは何だ⁈争いは決してこの世から消えない!殴ってはならない。当然のことなのに出来ない者が何て多い。侮辱、軽蔑、陰謀、暗殺、人の世から消えていない!僕は断言する。人の世から悪は消えない!この度の我が国に対する罰、それが分からないので私はドメキア王国の民に問いにきたのです。目一杯の真心込めて会談にくれば、目が冴えるような鮮やかな答えをくれると信じて』


 沈黙が続いた。


『シュナ・エリニュスが証言します。アシタカ様は大嘘つきです。今までの発言にも多くの嘘が含まれています。誰よりも先にこの国を救おうとしたのはアシタカ様です。ベルセルグ皇国の奴隷(どれい)兵を解放したのもアシタカ様。独裁となれば死刑になるのに止めなかった。アシタカ様は誰よりも人は善だと信じていらっしゃる。国民を信じている。この国の民も信じた。これから交渉を開始するベルセルグ皇国の民も信じています。恩には恩を返すのが人間だとそう信じているのです。(わたくし)にはあまりにも輝いて見えます』


 シュナの声が春風のように響き渡った。


『シュナ姫、また打ち合わせと違うことを。貴方という人は本当に……。僕は大した人間ではありません。聖人君子と言われると違和感が強いので避けたい。なのに……。この血脈に似合う男になりたいとは思っています。一人では困難です。国民の支えがあってこそ、家族や友の支えがあってこそ、そしてこの国からもきっと僕を支援してくれる方がいると思います。シュナ姫、貴方が僕と同じ生き方をしたいと言ってくれたように』


『ええアシタカ様、誰よりもこのシュナ・エリニュスが貴方様の支えになりたいです。アシタカ様に思いつかない案を考え、働き過ぎて手が回らない案件へも手を出せるように、アシタカ様と同じくらい働きます。(わたくし)、貴方と横並びの立派な者になりたい。(わたくし)を守ってくれていた者、特に散っていった者に(はじ)ぬ生き様残さねばなりません。その為には祖国の平和では足りません』


 シュナがアシタカに向かって首を垂れた。


『アシタカ様、ルイ・エルメラルダはシュナ姫様により王を任せられると言ってもらえました。しかし、しかし、私にはまだ無理です。シュナ姫様が自由を求めていることは重々承知です。アシタカ様にだけ尽力したいと分かっています。国民に王に望まれればシュナ姫様は断れない。それも知っています。裏切られ続けても決して国を捨てず、反乱されようと許し、長年この国を守ってきたシュナ姫様こそが王に相応しい。蛇神様まで現れ告げました。この国で唯一守護に値するのはシュナ・エリニュスであると。彼女がこの国を見捨てればこの地を蛇神様は見捨てると』


 ルイの発言で蛇神二匹が巨大な雄叫びを上げた。シュナの名前が沸き起こった。


『反乱を起こすような王族、長年民を救えなかった(おろ)かな姫。(わたくし)シュナ・エリニュス姫は王位継承権を放棄することを全国民に誓いました。真の誓いです。心臓を貫かれようと、脅されても従いません。(わたくし)は買いかぶられているだけです。決して、決して王にはなりません』


 最大蛇神の叫びが響き渡った。天に向けられた吠えが雲を蹴散(けち)らす。


 そして大地が激しく揺れた。


 民は(おのの)き泣き出した。


『ふむ。王戴冠(たいかん)と生き神である聖女就任の宣言をどうするのかと傍観(ぼうかん)していれば蛇の女王拒否とは。本音はこうだ。尽力してきてやったのに、平和掲げて帰ってきたのに、反乱なんぞしおってさあ殺してみるが良い!私の姿を見抜けなかった事を呪うが良い!平伏(ひれふ)愚民(ぐみん)共!それでも許さん!シュナ・エリニュスよ、蛇の女王に、この国の王に戴冠(たいかん)しなければればバジリスコス様とココトリス様はこの地を守る理由は最早ない。しかしこのような娘、聖女とは言わない。この国、この地と共に(めっ)するか』


 揺れがピタリと止み、エリニースの静かな声が木霊した。


『相変わらず辛辣(しんらつ)な方。今はティダ様なのか、神の遣いエリニース様なんでしょうか。今の他人を試すような発言、ティダ様ですね。お身体を借りられているとは難儀(なんぎ)ですこと。しかし神の遣いエリニース様を(かた)り、人外の力で民を(おど)すなどしないでください。(わたくし)、既に蛇の女王の地位を(たまわ)りました。生き神の地位ならば、(わたくし)は天寿全う出来るだろうという慈悲です。バジリスコス様もココトリス様もそう簡単にこの国を見捨てません。神は変わろうとする者に機会を与える。そう聞きました。(わたくし)は王にならなくとも、国に奉仕します』


 シュナはアシタカの腕に守られるように抱えられている。


『その疑心、侮辱である!大嘘つきの娘め!私はエリニース也!王の器ないものが王に君臨すれば同じ罪を犯す!王にならずに国に奉仕?責任逃れの位置とはなんと卑怯者。(おど)しに屈しないのは評価しよう。ふはははははは!蛇の女王、王にならないのならば、国と共に死ぬがよい!それほどこの国が憎いとひしひし伝わってくるわ!』


 また小さく大地が揺れた。


『また嘘ばかりつかないでください。バジリスコス様とココトリス様はルイが国王でも構わないと言って下さいました。(わたくし)、憎悪などとうに捨てました。捨てきれない分は口にしません。名前負けしない人生を歩みます。王とは単なる仕事です。城に住まう価値がある程に働くべき仕事。信仰の柱、国の中心となろうと代替えがきく存在でなければなりません。(わたくし)が死んだその先も、未来は続いていきます。今、神に認められた姫を王にすればこの国はいつか崩壊(ほうかい)する。ドメキア王国はドメキア王族のものではない!この地に暮らす民のものである!エリニース様、(わたくし)を、民を試すのはお止め下さい!』


〈審判の時である。(なんじ)、シュナ・エリニュスは蛇の女王に戴冠(たいかん)するか?〉


 初めて聞く声が胸に直接届いた。


 神だ。


 バジリスコスとココトリスのどちらか。


『いいえ。蛇の女王、この国の王にはなりません。国民を選別し小国からやり直せ。そのような選択しとうございません。バジリスコス様、ココトリス様、どうか慈悲をお恵み下さい。この国はこれから変わります。ルイが新国王というのは民に王を選ばせた結果です』


〈笑止。千年かけて審判してきた。なのに蛇の女王、蛇の王に値する人間は一体何人だったと思う?因縁因果。教義、信仰を裏切り続けてきた民の何を信じろと?〉


『バジリスコス様、ココトリス様、まずは(わたくし)を信じて下さい。蛇の女王の地位を与えようと思ってもらえるような娘です。神を飾る宝石のような魂になります。約束したようにこれまでの己の罪、そして王族の罪、民の不信仰、この国の罪の何もかも(わたくし)の魂を持って罰を軽くしてください。(わたくし)、必ずや後続する新たな美しい心と平和築く者を生様で作ります。人は(おろ)かですが変わります。神に直接(さと)され変化しない民などおりません』


〈否。死して罪の浄化に魂捧げるとは、聖女の座を捨てるということ。私達はそなたの魂が欲しい。認めん。しかしここまでの国への信頼。やはり我等の側仕えに相応しい娘である。褒美(ほうび)として猶予(ゆうよ)を与えよう。ドメキア王国がこのまま我が領地として相応しくなければ改めて迎えに来る。十年。世界中を視察して戻る。その(わず)かな時間を与えよう。エリニース、体を借りているティダ皇子からは離れよ。神をも抑える豪気。仕事をするのに厄介であろう?この国の民の体を借りよ。そして視察に出る我等の代わりに見定めよ〉


 四重砦の上から蛇神の二匹が下り、海の方へと移動していった。シュナの森からドメキア城への行進とは違って速かった。小型蛇と蟲たちも次々とドメキア城から離れていった。


『シュナ姫様……何故あのような……。聖女となれば……』


 座り込んだシュナにルイが近寄り膝をついた。ルイが伸ばした手をアシタカが払った。


『ルイ……バジリスコス様とココトリス様の偽りと欺瞞(ぎまん)を破れという問題だったのですよ。きっとそうです。聖女となれば殺されない?(わたくし)を取り合い殺し合う。盾になろうとする者が敵を討てと拳を振り上げ命を(うば)い、刺され、死ぬ。それが人です。助け合いなさい。王を孤独にせず、裏切らず、道を誤れば正し、導き、手に手を取って国民全員でバジリスコス様とココトリス様の加護に値する国を再建せよ。それこそが神託(しんたく)です。そう思ったからこそ、(わたくし)は先程のように口にしました』


 シュナがアシタカに(すが)りついた。


『アシタカ様……先に貴方がこの国に問うたからです。これが(わたくし)が出した答えです。ペジテ大工房への賠償(ばいしょう)も同じような案です。しかし、(わたくし)は王ではありませんので口にはしません。(わたくし)以外で国民に望まれ、本人も王たる決意した者が王として貴方へ返答します。(もう)けていただいた期間はまだあります。もう少々お待ちください』


 ルイが立ち上がった。


『シュナ姫様は私にこう言いました。十年見定めてきて、側近にしようとした貴方ならいつか反乱軍の頂点に立つだろうと思っていました。争い望まず、人を殴ることを忌み嫌う貴方が反乱軍の長など止めてやりたかった。力が足りず申し訳ありません……。私は、私は、何も知らなかった!我が領地を父と私で守っていると勘違いしていた!謀反者として逃亡した際も、貴方の息がかかっていた!民よ……シュナ姫様の慈悲の数々を知らな過ぎる……神が現れ死なすな、と示す程愛されているのに(みにく)く阿呆だとっ』


(みにく)いとは何だ!このような至極の声の女性に神まで現れたのに女神と呼べんとは、目が腐っているのか!』


 アシタカがルイに食ってかかった。胸倉掴んで詰め寄る。


『アシタカ様?』


 シュナが慌てたように二人の間に入ろうとした。


『そもそも、どいつもこいつも恥を知れ!このような澄んだ美麗な瞳に決意(みなぎ)る鋭い視線で聡明(そうめい)だと気づかない!重病の為に変形した辛き苦しき者を侮蔑、しかも骨格見れば完治した姿など簡単に分かるのに何たる恥知らず!そもそも数日経っても誰も提案にこない!誰でも、自由にと言っているのに何故行動しない!ルイ、貴様も何だ!荷が重過ぎて辛いと眠れぬシュナにまだ押し付けるのか!名乗り上げたのだからとっとと王になれ!不安なら王など一人だけでなく五人でも十人でも構わないん!しかし一人だけ飛び抜けたシュナだけは許さん!神までやってきてシュナを追い立てる!蛇神などっ』


 エリニースがアシタカを後ろから羽交い締めにした。


『その続きを口にすると聖人といえど罰しなければなりません。(なんじ)、より己に相応しい言動を伴わせろ。怒りを制御すれば更に魂磨かれる。バジリスコス様とココトリス様からの有難いお言葉お忘れか』


『アシタカ!いや、アシタカ様!また思いつきました!ルイさんが踏み出せないのは見本がいなくて不安で(たま)らないからです!蛇神様が与えた十年、アシタカ様が王目付として背中を見せるのはどうでしょう?その間、ペジテ大工房の民は侵略に怯えなくて済みます!そしてアシタカ様が育てた者ならばその後もペジテ大工房の民に信用してもらえると思います!』


 知らぬ声に国民は息を飲んだ。エリニースがアシタカを離した。


『ああ、またありがとう。しかし僕ではなくドメキア王国の民に教えるといい。僕が滞在するテントに来て物見遊山や、駆け引きや打算に探りではなく本気で提案にくるのは君ばかりだ()()()。流石我が友。どんな案でも口にして議論するのが大切だ。僕は属国や植民地は望んでいないので却下するだろう』


『パズー?ああ、パズーです。名乗らずにすみません。属国や植民地は望んでいないと知っているからです。でも却下か……。なら逆ではどうですか?王に定期的にペジテ大工房へ行ってもらう。そこでアシタカ様やペジテ大工房の民から学ぶ。人柄も知ってもらえま……っふご。何をするティダ!ティダ?エリニース?どちらにしても僕はまだ提案途中です!』


『それはこちらの台詞(セリフ)である平民よ。まだ話途中である。下がれ。神々に聖人再来とまで呼ばれはじめているアシタカ・サングリアル。このシュナ・エリニュスが愛おしいか』


『何故そのような当然のことを?この世で最も幸福になるべき女性。敬愛するのは当然です』


 シュナがぺたりと座り込んだ。


『シュナ?大丈夫か?度重なる心労(たた)ったのかもしれない。シュナ、僕を助けて欲しいので常にご自愛を忘れないように。そう伝えたのに、先程のようにすぐに誰よりも(はげ)もうとする。困った方だ』


 アシタカがシュナを抱き上げた。


『まて聖人アシタカ・サングリアル。まだ話は終わっていない。バジリスコス様とココトリス様からの進言忘れたか?』


『そんなことよりもシュナだ。彼女を一番に守らねばならない。それに忙しい。祖国から山のように仕事を持ってきている。テントに寝台を用意しよう。見張ってないとすぐに働こうとする。それに君の提案はいつも有益だ。だから常に近くにいて欲しい。離れないで同じ道を歩んでもらいたい』


 その時、シュナがアシタカの首に腕を回して抱きついた。


(なんじ)、アシタカ・サングリアル。生涯シュナ・エリニュスに真心(ささ)げると誓うか?』


『真心ではなく何もかもだ。彼女を守り、一つでも多くの幸福を与える為に今までよりも身を粉にして働く。平穏も休憩もなくて構わない。その時間分、その労力分、与え続ける。僕は忙しいのでより(はげ)まなければならないが、それ程の価値がある方だ』


(なんじ)、シュナ・エリニュス。アシタカ・サングリアルの(ちか)いに何を与える?』


『何もかも。流星落ちてきた夜、あの日限りの命となりたいとまで思いました。偽りの流星が降り、まだ病に苦しんでいた夜です。アシタカ様、貴方が駆けつけて(わたくし)の手を握ったあの瞬間だけでもう良いのです。他には何も望んでおりません。幸い、中々賢く生まれました。自惚れかもしれませんね。しかし良いのです。貴方が有益だと思ってくれる間はアシタカ様よりも働きます。真横に並んで時に盾となる』


 しばらく沈黙が続き、そっと深く口付けしたシュナとアシタカに爆発するような拍手喝采が巻き起こった。


 長々と続く祝福に、いつのまにか止んでいた虹色の光が再び現れた。今度は吹きさらしになっている大蛇の間、その上に立つ二人だけに七色の光が注ぐ。


 ドメキア王国は新たな時代を迎えた。


 この日の出来事や発言は歴史に飲み込まれて、変形し、歪み、それでも伝わっていく。


 巨大蛇と蛇の大群が現れ、蟲が現れ、神の遣いを名乗るものが国中に語りかけ、神のような声が心に直接言葉を伝え、聖人と聖女が高らかに永遠の愛を誓った。


 ドメキア王国を奇跡のような虹色の雪が降った。


 そのような歴史上類をみない大事件で、この後ドメキア王国の体制が激変していったからである。


***


 伝承には偽りと欺瞞(ぎまん)が隠されている


***


「貴方が有益だと思ってくれる間はアシタカ様よりも働きます。真横に並んで時に盾となる」


 アシタカは言葉を失った。


 美しい瞳と涙ぐむ柔らかな笑顔に目の前がチカチカしてよろめきかけた。倒れては怪我をさせると両足を踏ん張った。


「やめてくれ……」


 思わず口から(こぼ)れていた。シュナは何も言わず、動かず、ジッとアシタカを見上げている。


「アシタカ様、貴方こそ打ち合わせをお忘れですか?」


 ()()()()()


 色々と脱線させられたのですっかり頭から抜けていた。シュナが目を(つむ)った。


(わたくし)、恋などいりません。何度でも捨てます。そうするしかなさそうです……。苦しいだけですもの……。アシタカ様、共に鮮やかな未来作りましょう。欲深く心狭いので王への賛辞(さんじ)などでは憎悪消えず許しを選べません。どうか背中を追いかけさせて下さい。その為ならば何でもします」


 何よりも大切なのが仕事や時間。女は必ず逃げていく。仕事と私、どちらが大切なのかと試し、批難して去っていく。仕事の先に愛する女の幸福もあるのに、寂しいと背を向ける。


 短い時間を全て与え、睡眠時間や効率無視して与えても足りないと言われた。言わなくてもそういう圧力を感じてきた。


 それか信頼して家を任せれば、家財道具一切がない。金を浪費し、己の肩書きではないのに権力を傘にやりたい放題。兎に角、恋などもう無駄だ。


 温かな食卓の灯りは、浴びるものではなくて灯すもの。


 それも同じ気持ちなのかと悲しくも嬉しかった。シュナがたった一度の恋で同じ結論に至ったのならば、変えよう。世界は広い。彼女を変える男がきっといる。それまで守ろう。大事に、大事に、誰よりも大切に守ろう。


 アシタカはシュナの唇にそっと唇を寄せた。


 ティダと同じ、偽りの夫婦。ティダとシュナが盟友と呼び合うようになったように、シュナとアシタカにも本物の絆が生まれる。利害の一致、打算だけではないと、そう信じよう。


 あまりにも胸が苦しく、一刻も早く検査が必要だと思った。

 

 それから、どうしようもない隔絶感(かくぜつかん)が消えるような錯覚を感じた。


 

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