表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
六章 途絶神話の再生露呈

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

196/316

覇王と蛇の女王2

 シュナの森、その前に並ぶ蟲の群れ。様々な種類の蟲がいるが一様に瞳が真紅。アシタカは総司令室から見たノアグレス平野の光景を思い出した。


 この世の終わり。国の滅亡(めつぼう)の時。そう(おび)えていたのに、救いが現れ、今アシタカは異国の土地にしかと二の足を踏みしめて立っている。


 黄金(たてがみ)蟲の王(レークス)と名乗る大蝿蟲(ヴォラン)が大地に降りると、アシタカはシュナを横抱きにしたまま地面に降りた。


〈リーマークスが軟膏用意してくれている。その手足に顔の傷は治るだろう。しかし少々辛いかもしれん〉


 蛞蝓(なめくじ)のような形だが、蟲と同じ硬そうな殻を有している生物がこちらに這ってくる。触覚のような二本の角に葉を乗せていた。


「シュナ姫。その手と顔の傷を治してくれるそうですが辛いとも言っている。どうします?」


 シュナの顔は真っ青で体も震えている。紫色の唇は乾いていて、アシタカは思わずシュナを抱いている腕に力を込めた。


「降ろして下さいアシタカ様。会談ということは安全でしょう。このように守られるという不信は失礼です。傷を治してもらうことが、疑心ないという提示になるでしょう」


 シュナの声は小さくも落ち着いていた。下ろせと目で訴えられて、アシタカは素直にシュナを湿原に下ろした。途端にシュナはスカートの裾を両手で摘んで優雅に歩き出した。リーマークスという生物がピタリと止まった。小さな無数の目は黄色。警戒(けいかい)されている。しかしシュナはリーマークスに向かって歩いていく。


「こちらの言葉が届くのか存じませんが、(わたくし)はシュナと申します。何度も死を覚悟した身。それにもう背に負うものもありません。アシタカ様と語り、セリム様を慕うという蟲ならば人よりも安心でしょう。友と父よりどうすべきなのか学んでありますので少々お待ちください」


 シュナが突然真紅のドレスを脱いだ。手袋も外した。純白の薄いドレスのような肌着だけになったのて、アシタカはあられのない姿に思わず目を背けそうになった。シュナが足に巻きつけているベルトと短剣を外して蟲の王(レークス)の方へ投げた。非力なのかあまり遠くには飛ばなかった。手首からも何か外した。見覚えがあるそれはラファエが身に付けていた毒針と同じに見えた。ラステルから貰ったのだろう。シュナとラステルがそこまで親しくなっていたというのに改めて驚く。


 シュナが両手を挙げて湿原に横坐りした。この気温、寒くてならないだろう。そばかす混じりの白い肌に鳥肌が立ち、シュナの体はかじかむように震えている。


 ここまでする必要があるのか?


 リーマークスがシュナに向かって再び這いはじめた。シュナが怖いのか目を(つむ)った。


〈覇王よ。お前は特殊な人の王だ。セリムやシュナ・エリニュスとは違う。見習うべき背中を学ばねば、いつか我らの民がお前を刺すだろう。あそこまでして、ようやく疑いながらも近寄る。それが我ら蟲と人の軋轢(あつれき)である。勿論、あそこまでしたのに突然(おそ)ってくる人は極悪非道。それでも我が民は先に手を出さない。逃げはするがな。それが掟である。決して先に手を出さないという気高き一族。人よりも優ると自負している。だからいざという時に人を殺すのを躊躇(ためら)わない。慈悲など必要ない下等生物。二千年かけて我らは人をそう判断した〉


 二千年かけて。途方もない大きな壁が形成されているだろう。


「人よりも優るですか……」


 リーマークスがシュナの前までくると、頭部を下げて触覚から葉を湿原に置いた。葉には緑色の硬度ありそうな液体が乗っている。父ヌーフが持っている傷薬に似ていた。


〈害虫や獣を全て殺し尽くそうとするか?しないだろう?だから侵略しない限り放置する〉


 思考を読まれているとはっきりする。考えたことが筒抜けだ。それでもアシタカは自分の声に出した言葉こそが、意志だと口を開いた。迷いに迷い、決意した言葉が自らの決断。己でも複雑な心境、決めつけられたくない。


〈ふむ。では覗くのは止めよう。というかだだ漏れなのはお前の方なのだがな。言葉だけ聞こうではないか覇王アシタカよ〉


 アシタカは苦笑いを浮かべた。顔を見ずに話すのは失礼だが、シュナから目が離せない。リーマークスの触覚が軟膏(なんこう)だという緑色の液体をシュナの手と顔に塗った。リーマークスの触覚も震えているように見える。シュナの顔が苦悶に歪んだ。リーマークスがさっと葉を触覚に乗せて脱兎のごとく蟲の群れへと戻っていく。


 シュナが辛そうに目を開いて(うずくま)った。


「シュナ!」


 名を呼ぶと同時に、シュナがゆっくりと立ち上がった。ふらふらしていて今にも倒れそうだ。


「そんな顔しなくとも、問題ありません。アシタカ様は過保護ですよね。この程度の苦痛、それも治ると分かっている痛みなど大したことありません」


 シュナがあまりに可憐に笑うので胸が痛んだ。シュナに向かって今度は(さそり)のような蟲が歩いてくる。家程もある立派な蟲だ。後ろから大蜂蟲(アピス)がついてくる。


〈覇王よ行くな。我が民が何をするのか見ておけ。人の王に近寄るものはこの寒い中、海水で毒洗いまでしてきている。この意味分かるな?〉


 アシタカは堪えて立ち止まったままでいた。大蜂蟲(アピス)が脚に何か持っている。白い何か。布のように見える。


 大蜂蟲(アピス)が恭しいというようにシュナを脚で持ち上げた。総司令室から去ったラステルの姿と重なった。(さそり)蟲の背中にシュナが乗せられて、大蜂蟲(アピス)が次々とシュナに物を落とした。シュナが手に持って確認している。服だ。それも純白のドレス。毛皮のような上着、靴、手袋とシュナが身に(まと)っていく。


 遠目で分かりにくいがまだ辛そうだ。しかしシュナは(さそり)蟲の上でゆっくりと一回転した。シュナの頭の上に大蜂蟲(アピス)がティアラを乗せた。


 まるで花嫁のようなシュナ。


(わたくし)の服、わざわざ持ってきて下さったのね。城は破壊されたのかしら?それともラステルと親しい小さな幼い者達でしょうか。きっとそちらでしょうね。偉い子だと聞いていますもの。しかし、偽りの婚姻時の衣装とは少々不満です。このお礼は何が良いでしょう?歌が好きと聞いていますが、それでどうでしょう?」


 シュナに紅の塩が振りまかれる。シュナが座って歌い出した。あまりに美しい歌声と、この世のものとは思えない美麗(びれい)な光景にアシタカは茫然と立ち尽くした。


〈あのような娘を(みにく)い化物とは人とは(おろ)か過ぎる。病治って(てのひら)返し。我が民はかつて人の手で自然に放たれた。恩人がこう言った。人よりも幸福に自由に生きよ。共に生きて欲しい。故に人の王とは共に生きる。シュナ・エリニュスをバジリスコスとココトリスが迎えにくる。アングイスとセルペンスが海辺に城を作ると言っている〉


 ため息混じりという声にアシタカは眉根を寄せた。


「バジリスコスとココトリスとは?アングイスとセルペンスとはなんでしょう?それから貴方の懸念(けねん)は?」


〈覇王アシタカの祖先テルム。我らの恩人の義理の息子。そのテルムを慕っていた一族が大蛇蟲(アングイス)小蛇蟲(セルペンス)。別々に生まれたが我らとよく似た造られた生物。まあ二千年かけて全く違う文明と進化を遂げもはや別種族。このアシタバの土地を蟲の王(レークス)大蛇蟲の王(バジリスコス)小蛇蟲(ココトリス)で治めてきた。ドメキア王族はテルムとアモレの双子の子孫である。シュナとエリニース。シュナは我らと生き、エリニースは近海の民と生きた。テルムは我らと子らの為に敵であるペジテ人の中心となる人生を歩んだ〉


 セリムが毒消しが流星のように降ってきた時に興奮していたのはこのことかもしれない。(みにく)い姫と流れ星のおとぎ話は、似たような事実から生まれたのだろう。ドメキア王族は蛇と蟲の加護を受けて守られてきた。空から降ってきた海産物、シュナに届けられた毒消し。


「共に生きて欲しい。そのような古い時代の願いをずっと守ってきてくれたんですね。なのに人は忘れている」


 セリムが怒っている理由が何となく分かってきた。


--人は蟲を無視すればいいのに傷つけ殺し続けてきた!人よりも優しいのに、化物だと責めて殺してきた!


--もう人には十分提供した。十分過ぎるくらい手厚く譲歩した。


 セリムは蟲達から、蟲の王(レークス)から多くを学んでいる。古き時代の人の悪しき行為を知った。いや二千年もの間延々と続いていると知っている。その一方で、蟲の人への行いも知った。


 ()()()()()()()()()


 そう評価した。


 シュナの人生と蟲を重ねたのかもしれない。だからセリムは身の内側にある怒りに耐えきれなくなった。


〈人好き一族は最早大蜂蟲(アピス)のみ。アモレが大蜂蟲(アピス)の蟲人間だったからだ。アモレの記憶と願いが脈々と残っている、我らは基本的に人など憎悪し嫌いなので巣にこもっている。侵略、虐殺(ぎゃくさつ)しようとすると人は手をつけられないことがあるからだ。小さいのに知恵と発明品の次元が違う。無視するのが一番。特にペジテ大工房。テルムの子孫である大技師と密約交わし、なんだかんだ二千年均衡を保ってきた。小競り合い、時に伝承になる程の衝突があるがまあ何とか共存してきた〉


 冷ややかな声にアシタカの背中に汗が流れた。父ヌーフが背負っているものの大きさに驚愕(きょうがく)する。


「父ヌーフとの密約とは何ですか?」


〈勿論、かつて我らを滅しようとした技術を外に出さないこと。そしてペジテ人が再び同じ過ちを繰り返さないこと。掟は色々あるぞ。大自然を破壊し、罪を重ね続け、我らを道具としてあらゆる苦難を与えた。しかし我らを作り自由を与えた父に免じて許した。テルムとも誓いを交わしたしな。さてこの仮初めの均衡を破壊する者が現れた〉


 蟲の王(レークス)が冷ややかなのが分かった。


「僕ですね。大技師が何たるかも知らずに、ペジテ大工房に残る伝承や教義に背を向けて掟破り外の世界に踏み出した」


 アシタカは胸を張った。やましいことは無い。


「風と共に生き、大地を踏みしめて暮らそう。我等ペジテ大工房は二千年もの間ずっと掟を守り存続してきた。同じ過ちを侵さないと自負している」


〈まあその辺りは信頼している。二千年かけて大技師一族は信頼を築いた。長い年月をかけて築いたこの信頼は固いぞ。我が民はペジテ人が嫌いでならないので、怒りに飲まれると滅ぼしかけるが先の戦役。大技師の存在で我が民は踏み止まっただろう?〉


 アシタカは目を丸めた。父ヌーフが民を率いて蟲の前に立ったのが蟲の怒りを抑える助力になったというのは知っている。それならセリムとラステルは?


〈二千年の信頼を盾に掟を破り、新たな共存を示したいという覇王アシタカ。これだけでも驚きなのだが、更にいる。単身蟲に好かれ、愛され、それ以上に我らを心底愛するが故に本物の共存が欲しいという者。蟲を妻にして人よりも蟲さえ選びそうなのに、人をも心底愛する。蟲人間であるアモレを愛し、今のペジテ大工房を築いたテルムと同じような道を辿りそうな人間〉


 セリムだ。他に居ない。蟲を妻にまでして。ラステルは蟲だということだ。蟲に蟲だと誤解されていると聞いている。


「セリムの事ですね」


〈もう一人そこにいるではないか。(しいた)げられ続けても自分の幸福など捨てて他者へ奉仕し続ける人の王。ついには覇王に感化されて人の世ばかりではなく、こちらの世も導こうと決意した。我が民は自分達に重ねて大変気に入っている。姫が心底慕っているから、それが流れてきているのもある。セリムとは違い蟲を嫌うのに我らの姫を愛し、信じ、蟲を庇った。先程も強い不信抱き死を覚悟してもお前の為に、そして姫を信じているからリーマークスの軟膏(なんこう)受け入れた。長年ドメキア王族とこの領土を守護してきた近海の民が女王に望むので譲ったが、我が民も民に欲している。特に人好き大蜂蟲(アピス)。人里では殺されると心配している〉


 シュナはまだ歌っている。ラステルがシュナに教えたという、大蜂蟲(アピス)が好きだという歌。蟲の紅の瞳がいつの間にか若草色に変化していた。


 夕焼けに光る紅色の塩。


 紅の宝石。


 まさに人の宝石。


 これを見ている者がいたら、シュナの存在は神話として残るだろう。涙が込み上げてきた。蟲の王(レークス)によれば、シュナは恐怖を押し殺してリーマークスという蟲の前に無防備に座ったということだ。


 アシタカの為。いやラステルを信じるから裏切りよりも信頼を選んだ。そういう生き方をすると決意したから。


「セリムとラステルさん、それにシュナを通せば新しい時代が幕を開ける。僕はその道を最大限に助力します。貴方もそう思って会談をと言ってくれたのですよね〉


 蟲の王(レークス)が頭部を盾に振ったあとに、横にも振った。


〈幕を上げるのか、緞帳(どんちょう)が完全に降りるのか。激動の時代は二千年前の神話の再生に思える。人と異生物の共存。途中で絶たれた。そして二千年絶たれ続けてきた。何度か再生しようとしたらしいがな。我も全ては知らん。というより多くを知らん。人よりは過去を知っているというだけ。これは推測だ。シュナ・エリニュスは大蛇蟲(アングイス)小蛇蟲(セルペンス)が大々的に守護すると言いだした。人里になど恐ろしくて置いておけないと。さて、人は下等すぎていつかこう言うだろう。海蛇を使役する蛇の女王が侵略しにくる〉


 アシタカは蟲の王(レークス)に視線を移動した。全身に恐怖が込み上げてくる。


「蟲の女王……。我が祖先の民が侵略した結果絶滅させたという蟲の民。シュナがその道を辿ると?」


〈さあな。我らの姫とセリムもだな。崖の国丸ごと(ほろ)ぶかもしれない。セリムは故に出身国も身分も隠そうとしている。セリムはかつて何が起こったか、我よりも知っている節がある。不思議な人の王は我ら一族の記憶の輪へ、我達よりも深く侵入出来るようだ。おまけにセリムが知ったことを覗こうにも強い拒絶。あのような人間を我は知らん。巣に閉じこもらずもっと自由になろうというセリムを我が民は大変信頼している。蟲の王(レークス)の座さえ危うい。なのでセリムの支援をすることにした〉


 人間が蟲の王(レークス)の座につく?セリムは何をしようとしている?


「セリムが蟲の王となる。人が?そんなこと出来るのですか?本人にその気が?」


〈蟲人間、人形人間(プーパ)アモレは人間なのにかつて女王の座についた。姫がその道を歩むと思いもしたが、まさか夫がその道を行こうとは。あれは妙な生物だ。後天的人形人間(プーパ)のようなのだが、何でそんなのが出来上がったのか?セリムはやりたい放題で訳が分からない。アモレの血を引くからもあるだろうし、大狼に今度は海蛇一族の血も取り込んだ。あのような立派で慈悲深い生物、我が民にもいない〉


 突然目眩がした。胸に響いてくる明るく光り輝くような温かさを感じた。


--残ってる。光の粒みたいに人と生きた楽しかった思い出。嬉しかったこと。幸福だった時間。それに今よりも自由に生きていた。今よりも、人に殺されると怯えていなかった。空も大地も好きなだけ楽しんでいた


 セリムの声だ。


--そうね大陸和平っていうと、そのアグスとセルスとアラネヤと大狼、それから孤高ロトワとも仲良くしないとならないものね。それに人と蟲。これで全部かしら


 これはラステルの声。


--そうだ、書物にも残そう。蟲から話が聞けるなんて貴重だからな。互いにとって害がないことだけ残すというのはかなりの難題だな。死ぬまで時間が足りないかもしれない


 この声はシッダルタ。やる気に満ち満ちている。


--人と蟲にそれぞれのことを教える。人と蟲の間に法律を作る。本にもする!そうだ、中途半端な理解不能な伝承も撤廃(てっぱい)しよう


 キラキラとしたようなセリムの声。


〈蟲の民の国だそうだ。これを我は無下に出来ない。そこにお前だ覇王。そしてまもなく蛇の女王に戴冠(たいかん)するシュナ・エリニュス。人とは時にとんでもないな。我らの一族からこんな者は生まれない。人とは異なり多くの思考を共有しているからだ。こんな突然変異は起きない。知っている中では起きたことがない。人の世で蟲の民の国と蛇の女王を守れ。元々そのつもりだっただろうがどれ程重要なのか知るべきだろうと思ってな〉


 会談とはこの件か。セリムは怒り狂って大蛇の間から去ったと思ったら、何と壮大な理想を掲げたのだ。いや、元々考えていたのだろう。ラステルだけでなくシッダルタという支援者を得て大張り切りというところか。アシタカもティダも既に背負っているから自らの理想は語らなかった。パズーはどうだ?あれだけ蟲に怯えている。それに比べて、シッダルタの台詞と熱意。セリムが心底嬉しそうな声なのに後ろめたさを感じた。一人で抱えて辛かっただろう。気づいてやれなかった。なのに色々と背負わせていた。


「教えてくれてありがとうございます。セリムは僕には語らなかったでしょう。こちらから聞きます。同じ考えを持ったということも教えます。人の世は僕が矢面に立つ。セリムが思う存分蟲の世で(はげ)めるように」


 蟲の王(レークス)が羽を動かし始めた。


〈我が民から古い時代に決別した人嫌い一族がいる。名を大蜘蛛(アラーネア)。我がしばし交渉する。いずれはセリムに話す。セリムは何をしだすかさっぱり予想出来ない。死なぬようにだけ精一杯援護する。我が民に害なすなら止める。歴代の王同様に繋ぎの王のはずが、このような大役負うとは思ってもいなかった。さてもう一人。いや人なのか?あれが一番分からん〉


--俺はこれからこの蛇達バジリスコスとココトリスと会談する


 ティダだ。何をしている?


「ティダが蛇一族と会談とはどういうことですか?」


〈さあ?大蜘蛛(アラーネア)より千年後、ロトワの巣が誕生に際してあそこに住まう蟲は我らから離脱した。人や大狼も住まう森。孤高ロトワ。我らと互いに不干渉を貫く蟲一族。よって孤高ロトワとは断絶し続けてあそこにどんな文明が築かれたか知らん。その孤高ロトワが人の王ティダを孤高ロトワ龍の皇子、手を出したら殺すと脅迫してきている。本人は何も知らないようだが、何だあの生物。我が民の意志疎通の輪を荒らし、セリム同様やりたい放題。蟲が嫌いだというので蛇一族の味方につけておこうと思ってな。我が民と蛇一族は協定結んだ盟友。それも(いにしえ)からのな。第一境界線へ移動するぞ。閉ざしていて状況がさっぱり読めん。大狼人間め、今のはわざとこちらに開いたな〉


 ドメキア王国と蟲との交渉はどうした?ティダは何をしようとしている?


「ルイ国王との会談はどうするつもりなんです?どう見ても貴方達はもう許しを選んでいる」


〈乗れ。状況が変わり過ぎて分からない。しかも拒絶されていて直接見聞きしに行くしかない〉


 アシタカは素直に蟲の王(レークス)の背によじ登った。こんな人生が待っているとは幼い頃に想像すらしたことがない。不安で押し潰されそうだ。


〈途絶していた神話が再生するとはとんでもない時代だ。しかも答えは死して年月が経過しないと分からない。我等が築くものが良いのか悪いのか見ることが出来ない。テルムとアモレの残した希望という火は二千年も経ってお前達人の王を生んだ。我等もなるべく許すという高潔でこの時代まで人を滅ぼさない道を何とか歩いてきた〉


 蟲の王(レークス)が飛び始めた。後ろからシュナを乗せた(さそり)蟲が一匹だけついてくる。


〈ルイとかいう王と会談するのはセリムだ。あれは激昂(げっこう)している。今は忘れているみたいだが、怒り狂っているのを感じる。我等のためにそこまで怒りを(あら)わにし人を裁くと言い出しただけで民の胸がすいた。覇王の言うようにもう許している。でなければアシタバ半島の人間の多くはもう死んでいた。蟲の民の国が何とかするらしいので、何を成してくれるのか見届ける。セリムをここに連れてきて話すはずだったのだが、大蜂蟲(アピス)の子らが勝手に連れて行ってしまった。大蜂蟲(アピス)の子らはセリムの民になっている。親も止めたり支援したり我が民は分裂して滅茶苦茶だ。意志疎通の輪がこんなに乱されるなんて聞いたことがない〉


 大きな溜め息が響いてきた。荘厳(そうごん)で偉大なる王だと思っていたが、多くを知り遠くを見るが故に不安が強いと伝わってくる。


「貴方がいて良かった。僕はセリムとティダに振り回されている。それが死ぬまで続きそうだという予感がしていて大変恐ろしかった。しかし同じような方がいて心強い。今よりも鮮やかな世を目指している者がこんなにも多くいる。武力ではなく言葉で伝えようとしていて、異種間なのに交流可能。不安多くもやり甲斐は多いです」


〈人の世は爆発寸前だろう?他の文明もそうだ。人嫌いの大蜘蛛(アラーネア)が何やら動いていて我等にペジテ大工房を襲撃させようと画策した。証拠はないがそんな気がする。蛇一族は守護してきた国を見限るか悩んでいる。シュナ・エリニュスと新たな国を作り人を選別するつもりだ。目的不明の孤高ロトワが皇子と呼ぶ人間で何かしようとしている。下手すると火の海だ。覇王よ、手を結ぶのは利害の一致。我は必要があれば手を切る。今より人との関係悪化させる訳にはいかない。民を滅ぼす愚王(ぐおう)にはならない〉


 下手すると火の海。自然と体が震えた。グルド帝国やベルセルグ皇国に大蜘蛛(アラーネア)が関与している?蟲の王(レークス)の推測でしかないようだが、アシタカも胸騒ぎがしてならない。そして人を選別するという蛇一族。


 知らぬ間に大陸の情勢は、人も異種生物も巻き込んで激動の大嵐に突入していたということだ。それぞれの一族だけでなく、複雑に糸が(から)んでいる。


 蟲の王(レークス)が空中静止した。


「どうしました?」


〈孤高ロトワの気配。それに大蜘蛛(アラーネア)だな〉


〈我等に通じる人から外れたセリムはこちらがもらう。あれがあれば下等生物を選別出来る。強欲中の強欲、龍の皇子ごともらう。下等生物が絶滅(ぜつめつ)する時がきた。蛇一族も似たような思想のようなので手を組むうもりだ。蟲の王(レークス)よ、これまでの屈辱を返す。そして諸悪の根源ペジテ大工房もペジテ人も今度こそ破壊する。覇王?ペジテ人が混じっているそんな奴必ず裏切る〉


 かなり低い声。


 諸悪の根源ペジテ大工房、ペジテ人。


 アシタカの全身から血の気が引いた。


〈もう居なくなった。名も名乗らない無礼者め〉


「我が国と民は相当恨まれている。前途多難のようですね」


〈正直あんなのと話したくない。しかし何百年も続く我が民との停戦を壊す訳にはいかない。蛇一族との盟友関係も終わらせたくない。覇王アシタカ、お前を支援する苦難これで伝わったな〉


「はい。僕としても二千年続いた国を滅ぼしたくありません」


 大人しく外界との接触を断つ。それにはもう後戻り出来ない程進んでしまった。ドメキア王国に高らかに踏み込んだ時点で、アシタカはもう進むしかない。そこに人以外の問題も降りかかってきただけだ。やるしかない。誰よりも輝きたいと熱望するなら、成すしかない。


〈覇王よ、その座は最も気高き一族一同がもらう地位。小せえ器では成せん。何もかもが足りん。それにしてもどいつもこいつも小せえな。その点、飾り用に準備してた我等の駒は今や皇太子。嬉しい誤算だ。さらには身の内に巨大な器のセリムを手に入れている。何だあの突然変異の化物人間。まあ我等の皇子もだな。ふははははは!逆らうなら全面戦争だとよく覚えておけよ!〉


 重低音という声。笑い方がティダに似ている。全面戦争という脅迫の言葉の嵐に(おそ)われた。


〈もう去った。しばらく話したくない。龍の皇子も酷いが何なんだ孤高ロトワの連中は。今のは大蜂蟲(アピス)のようだが、大狼の気配もした。龍の皇子とは何なのだ。近々、各一族の王や代表を招いて会談しようと考えているが、気が重い。まず呼びかけに集まるのか?ドメキア王には侵略されるし、セリムはこの問題を好き勝手。そこに近海の民が人を女王にするなどというし孤高ロトワ龍の皇子と接触〉


 蟲の王(レークス)が徐々に高度を下げた。


〈ホルフルの民が会談要求している。しかも巣に来いと。輪外れもここまでくると、孤高ロトワのようになるのか?今度は何だ?覇王よ、セリムを任せた。この案件、もうセリムに任せてあり傍観予定だった。戴冠(たいかん)式に参加したら民と巣に撤収する筈が次から次へと何なんだ。どの一族も人の王も好き勝手放題。我も信念貫き進む〉


 アシタカは(さそり)蟲の背に移動した。蟲の王(レークス)の飛行は力強くあっという間に遠ざかっていった。


「アシタカ様?何を話したのでしょうか?」


 シュナが手を繋いでくれた。アシタカは腰が抜けてへたり込んだ。


「風詠と蟲姫が出会い恋に落ちた結果、二千年振りの壮大な神話が生まれそう。いや続きらしい。そういう話さ。そして二人と知り合った僕も君もティダも巻き込まれた。いや、いつかは収束したのだろう。運命というのを、初めて信じそうだ。僕は時代の先頭に立とうとした瞬間、とんでもないものを背負ったらしい。シュナ姫、僕は君を幸せにしたい。君は幸福になるべき人だ。セリムとラステルさんもだ。蟲の女王はどうなってしまったのだろう……。僕は何を残せるのだろうか……」


 アシタカは何も知らないシュナを引き寄せて抱きしめた。蟲の頂点に君臨し、蟲との共存目指した結果民を絶滅させられたというアモレという女性。本人はどうなった?子は生きて幸せになったようだ。夫は敵国で生きるという決意をしたらしい。蟲の女王アモレはどうなった?


 蟲の民は絶滅した。虐殺(ぎゃくさつ)された。女王は生き残ったとは思えない。


 シュナとセリムはその道をなぞる。おそらくティダも。今の時代を考えると、良い予感は全然しない。勘が悪いというのを信じると、彼等が辿り着く未来は美しいのか?


「何だか壮大な話をされたんですね。しかし人などちっぽけ。出来ることなど限られています。目の前の問題を解決するしかありませんよ。(わたくし)、割と頼りになりますよ。見ててくれましたよね?」


 アシタカはシュナの体を押して離れた。守れるのだろうか?守ってあげられるのだろうか?


「シュナ、貴方に降りかかる火の粉は僕が払います。なるべく大人しくしていて下さい。僕の前に出ないように」


 シュナが切なそうに微笑んだ。


(わたくし)、アシタカ様がとても大切ですのできっと無理です」


 燃え盛るような思慕の激情宿る美しい空色の瞳にアシタカは言葉を失った。夕日を背にしたシュナの表情は分かりにくかった。


 シュナが立ち上がってアシタカに左手を差し出した。薬指に指輪が()められている。ルビーだろう赤い宝石が薔薇(ばら)を作っている。その中心は七色に輝く宝石。恐らくオパール。


 至宝を飾る紅の宝石。


 いつの間に作ったのだろうか。


「ちっとも気づいて下さらないので見せました。この意味分かります?」


--仕事が何より好き。恋より仕事。だから貴方の手を掴んだ。


「僕は相当励まないとならないな。シュナに余裕が出来て仕事第一ではなくなるまでの期間を短くする。僕は嬉しいが、そんな仕事に生きるなどという宣言の指輪。それにそのような指輪と身につける位置。あちこちで誤解をされますよ。いちいち説明するのは大変でしょう?まあ、その指は指輪が美しく見える位置だが特別な場所でもある。ああ、虫除けか。そうか虫除けにはうってつけだ。親しい者にはきちんと説明出来るしな」


 シュナに背中を思いっきり叩かれた。鼓舞されたのかと思ったら、シュナは唇を尖らせて座ってしまった。


蟲の王(レークス)とのお話、教えて下さい」


 拗ねたような声色に困惑した。突然どうした?自分は蟲の王(レークス)と話せないということが嫌だったのか。


「早く!時は金なりと申しますでしょう?早くして下さい」


 呆れたような様子のシュナ。アシタカは頭を掻きながら腰を下ろした。突然怒り出したり、()ねたり、子供っぽさが意外にある。まだまだ理解出来ない。付き合いが浅すぎるせいだろう。可能な限り長く共に過ごすには、やはり守らねばならない。短時間睡眠と健康が取り柄で良かったとアシタカは話をしながら沈む夕日を眺め続けた。


 折角美しい装いをしているのに、シュナはどうしてだか始終機嫌が悪かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ