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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
六章 途絶神話の再生露呈

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蟲の民の国初会議と出発

 セリムは動悸を抑えながら語った。


「ドメキア王国の王族とアシタバの民には不可侵の掟が存在する。国王となった者に伝承されてきていると蟲の王(レークス)は言っていた。今回、グスタフが蟲を操れる者がいないかとアシタバ蟲森に調査兵を送った。その兵が巣を荒らし、民を殺したから蟲は報復行為に出た。最も重い、子蟲殺しをしたのでドメキア王国を滅ぼしそうだった。僕と蟲の王(レークス)が過剰行為だと止めた。止まってくれた」


 それは分かっているとシッダルタとラステルがセリムに話を(うなが)した。


「蟲達が過剰に怒り、暴れ、破壊に及ぶのは本能だ。誕生から今日まで人との関係が悪過ぎた。下等生物として見下して、何とか無視している。シュナ姫のように信じても良い人間は特別。人の王ならば蟲とも同等に近いから信じても良い。この人の王の定義が僕には分からない。大蜂蟲(アピス)は命を差別せずに尊重する者と言っていた。僕が知っている限りだとルルちゃん達、僕の甥のカイ。それからシュナ姫」


 セリムは人の王から人の王子に格下げされたことを話すか迷った。


「俺とラステルが蟲の王(レークス)から聞いた人の王はこういう者達を示すらしい。蟲の為に激昂(げっこう)し、人さえ裁く。清濁(せいだく)飲み込み、自分の幸福など捨てて他者へ奉仕し続ける。確固たる信念持って種族の垣根を越えて生きる。大きな器の人の王が四人も育ったと言っていた」


「セリムのことよ。人の王の中でも特別中の特別だって言ってたわ。あとアシタカさんの名前を聞いたわ。蛇の女王?と孤高ロトワの龍の皇子?もだって」


 セリムは驚きで言葉を失った。


「聞き間違いじゃないか?僕は人の王子に格下げされた。特別中の特別?僕が?蛇の女王?シュナ姫か?彼女は人の王と呼ばれていた。孤高ロトワの龍の皇子?アピがロトワの匂いがすると言っていたからティダか?」


 シッダルタとラステルが顔を見合わせて首を傾げた。


「もしそうならこの地に四人勢揃いだな。単なる人の王じゃない。人の王の中でも大きな器。セリム同様特別なんだろう。人の王子に格下げ?それならセリムが意思疎通の輪とやらに大蜂蟲(アピス)の子らの王子という、勝手な地位を作ったという方じゃないか?変だ、妙ちくりんな生物、奇天烈人間と言われていたが心当たりあるか?」

 

 セリムは首を横に振った。大蜂蟲(アピス)に問いかけてみても、何故か弾き飛ばされていて話が出来ない。


「全然。大蜂蟲(アピス)の子らの王子?何のことだ?ダメだ、聞いてみようにも話が出来ない。蟲の意識から追い出されてる。奇天烈人間?何故なんだ。僕は励んでいるのに、どうして人も蟲も大狼も妙だ変だと寄ってたかって……」


 個性とかそういう次元ではない気がしてきた。


「あー、セリム。そのままで良いと思うわ。セリムは特別中の特別なんですもの!だから蟲達はセリムが好きなのよ」


 ラステルの羨望(せんぼう)の眼差しに、背筋に冷や汗が流れた。


「破壊神とはそういうことか……」


「そういうこと?話せ、セリム」


 シッダルタがセリムを射抜いた。自信なさげでおどおどしている男だったのに、まるで別人のようだ。セリムはグッと胸を張った。三人で頑張ると決めた。


「蟲は基本的に右に(なら)えで行動する。ラステルがよく知っているな。人のように個人個人でバラバラというのが理解し難い。それで人を大きく分けている。人の王を信じる。あとは下等生物。僕達から見た蚊とか(はえ)みたいな存在。人の王さえ殺そうとする人間が下等中の下等。蟲に害なすから絶滅(ぜつめつ)させたい存在。嫌な匂いがするらしい。淘汰(とうた)を繰り返せば、人の王だけが残る。それが蟲の考え方だ……」


 シッダルタが大きく目を丸めた。ラステルがいまいち理解出来ないのかキョトンとしている。


「セリム、ラステルが俺に全幅の信頼を寄せてくれたのはそれだと思うか?」


「多分そうだ。ラステル、テルムが死んだ時に人が裁かれるという話があったな。あれは嘘だ。たった一人なんて選ばない。人の王が死ぬたびに人を選んで殺してきた。人は蟲と違って性質や性格を受け継がない。人の王から下等生物も生まれる。逆もだ。だから争いが終わらない。蟲の王(レークス)は僕が殺されたら、大陸中の人が死ぬだろうとまで評してくれた。そんなの変えたい。そうすると危険な道を歩む。だから破壊神と呼ばれたんだ」


 ラステルは今度は分かったのか悲しそうに眉毛を下げた。


「きっと違うわ。蟲はそのくらいセリムが大切なのよ。だって蟲じゃないのに凄く怒って何でもしてくれる!そんな人が殺されたら悲しくって、辛くて、怒りで我を忘れるわ!それで、ハッと気がついてもっと辛くなるのよ。好きにならなきゃ良かったって思うわよ……。みんな、そんな難しいこと考えてないわ。多分そうよ」


 その采配をするのが蟲の王(レークス)。自然とそういう考えが浮かんできた。


「ラステル、正しいと思う。そんな気がする。憎悪の本能に抗えるのが蟲の王(レークス)だ。牙には牙。民のために過剰を防止し、過小なら放置する。誰よりも民のために広い視野で生きている。だから王なんだ」


 シッダルタが唸った。


「俺は思いっきり見下された。人はすぐ恩を仇で返すからセリムを裏切ると断言された。それから人は個体差激しくて面倒で判断に迷うとも。人の王ではないし、そこまで下等だと思っているのに蟲を守るなら守ろうと言ってくれた。ティダが言っていた。蟲は先に手を出してこないと。人の王が何なのか少し分かった……俺には遠すぎる……」


 シッダルタが俯くとラステルが肩を叩いた。


「シッダルタはセリムの大親友になる男よ。先にお祝いがきたから決定事項なの。だから大丈夫よ!崖の国で学ぶのよ。セリムを育てた家族と国がシッダルタを成長させるわ」


 ラステルの笑顔に、シッダルタが胸を張り「絶対にセリムに追いつく」と言ってくれた。シッダルタも自己評価が低過ぎるらしい。やる気に水を差すのも悪いので、セリムは黙っておいた。ラステルとシッダルタがセリムを見て何故か苦笑いした。


「この件を平和的に解決したらホルフル蟲森と蟲森の民の仲立ちをしたいと思っているんだ。アシタバ蟲森に人は住んでいない。ホルフル蟲森の蟲や民からきっと大切なことが学べると思うんだ。ホルフルの家族も早く帰って来いと、主に遊べなんだが、毎日騒いでいる。大陸和平はアシタカ達がいるし僕達の出番はないだろう」


 シッダルタが首を横に振った。それから首を斜めに倒した。


「それが分からないんだよな。ホルフル蟲森とやらに行くのも、セリムの考えも止めない。むしろついていく。セリム、大陸には人以外も文明があると言われた。聞いてなさそうだから話しておく。俺には分からない名称ばかりだ。アングイスとセルペンスが治める近海の民。アラーネア。大狼。それから孤高ロトワ。蟲の王(レークス)は大きな器の人の王が四人も育ったから大陸中の文明が激変していると言っていた。全部、全員巻き込まれるんじゃないか?」


「そうね大陸和平っていうと、そのアグスとセルスとアラネヤと大狼、それから孤高ロトワとも仲良くしないとならないものね。それに人と蟲。これで全部かしら?」


 ラステルは名前を覚えるのが苦手らしい。しかし数はきちんと合っている。シッダルタと目が合った。巻き込まれると言ったシッダルタに対して、全員まとめて仲良くしないとと告げたラステル。シッダルタは悔しいと思ったようで、苦笑いしている。セリムもラステルがあまりにもサラリと告げたことに驚いた。


「大狼と孤高ロトワ。孤高ロトワの龍の皇子がティダなら、何か知っているか?シッダルタは思い当たらないようだし、本人に聞くしかないな。全部の文明と和平か。僕達はまず蟲からだな。あとエルバ連合の各国に伝承とか何かあるかもしれない。同盟国だし崖の国を拠点に調べやすいだろう。父上や兄上はきっと協力してくれる」


「セリム、俺もそれが良いと思う。それに君が育った国を見てみたい。ティダは知らないらしい。沈黙不気味なロトワが龍の皇子を殺したら全面戦だと蟲の王(レークス)脅迫(きょうはく)したらしいんだ。蟲の王(レークス)が本人は何も知らないようだと言っていた。ティダのことを蟲の輪?にズカズカ出入りする太々しい大狼人間。奇天烈で人間ではないかもとまで言っていたよ」


 なんだが分からないが妙に納得してしまった。大狼人間というのが実にしっくりくる。それから同じ奇天烈と言われたのがティダで嬉しかった。それなら悪い意味ではない。


「孤高ロトワって何だろうな。調べるべきなのか?ラステル、近海の民とは船で見た蛇のような蟲ではないかと思うんだ。シッダルタは見てないんだよな。アングイスとセルペンスとやらがあの蛇のような蟲なら、その蛇の女王?シュナ姫が?蛇の女王とは何なのだろう。これも分からない」


「アラネヤも分からないわよ。名前しか分からない」


「いや、ラステル。アラーネアはセリムに敵意剥き出しだと言っていただろう?」


「僕に敵意?会ったこともないのに?会っているのか?」

 

 アラーネア。どんな生物なのだろうか。分からないの袋小路にはまりそうなので、三人とも一旦考えることを放棄した。まずはアシタバの民とドメキア王国の仲裁。次はホルフル蟲森と蟲森の民の仲立ち。


「それでセリム。今回の件はどうするつもりなんだ?蟲の王(レークス)は我も民も許している。怒っているのは最早セリムだけだと言っていた」


「そうだシッダルタ。蟲達はすぐに許しを選ぶ。僕が蟲達の為に怒った。それで冷静になった。下等生物を殺したって何にもならない。失われたものは戻らない。(おど)せば向こう何年、何十年は侵略してこないだろう。教えてくれないがそんなところだ。ノアグレス平野の時も似たようなものだ。大蜂蟲(アピス)の子達が僕と遊びたいと騒ぐから蟲は冷静になった。あと蟲の王(レークス)が何か采配した。しかし僕はこんなの嫌だ。嫌なものは嫌だ」


 セリムはシッダルタをジッと見つめた。シッダルタもラステルも何も言わない。


「僕がルイに話したことを覚えているな?人間が下等と呼ばれるのには理由がある。誕生してから二千年もの間酷い事ばかりしてきたからだ。人への憎悪の本能を知らない子蟲。親から守られてて何も知らない子蟲達。次は中蟲(なかむし)だ。少しずつ親の庇護から外れていく。彼等は己を制御出来ないんだ。その苦痛を受け入れて成蟲(せいちゅう)となる。とても達観する。あと人を(あきら)める。僕は蟲じゃないし教えてもくれないから、深く理解出来てないんだがそんなところだ」


 セリムはラステルの手をシッダルタの手へ触れさせた。


「でも残ってる。光の粒みたいに人と生きた楽しかった思い出。嬉しかったこと。幸福だった時間。それに今よりも自由に生きていた。今よりも、人に殺されると怯えていなかった。空も大地も好きなだけ楽しんでいた」


 ラステルがハッとして立ち上がった。手を繋がれているシッダルタも自然と立ち上がった。


「私分かったわセリム!その粒を増やすのね!シッダルタ!セリムはアシタカさんの真似をするのよ!報復ではなく長く険しいけれど、難しいけれど、平和な道を考えなさいってことよ!人と人以上にお互いのことが理解出来ないから私達の出番なのよ!そうよ、セリムは蟲の本能に怒ってるのよ。それを作った人にも怒ってる。人の王がいた時にもっと歩み寄らなかった蟲にも怒ってる。いつまで経っても憎しみ合っていることに怒ってる。セリム、そういうこと?」


 怒っているという表現は違うと思うのだが、大体合っているのでセリムは大きく頷いた。蟲がセリムが怒っていると判断しているなら、怒っているというのも間違いではないのだろう。シッダルタがあんぐりと口を開けた。


「俺は本当にセリムのことを何も知らないな。ラステルは(すご)いよ」


 ラステルが「妻ですもの」と胸を張った。満面の可憐な笑みについ頬が緩んだ。あまりにもだらしがなかったのか、ラステルに赤い顔で睨まれた。シッダルタが噴き出した。それから悪びれたような表情になった。情けない姿を見せてしまった。


「あー、違うよシッダルタ。話さないから伝わらないんだ。僕は蟲と通じるようになって、つい忘れていた。話しても理解されにくいのに話さないともっとだ。蟲の根底、奥底には人と共に生きたいという祈りがある。蟲を兵器ではなく、命だと世界に放ったのが人だからだ。アモレが許さなかったもの。蟲の悲しい本能と軋轢(あつれき)、そして憎悪と諦め。僕も死ぬまで許さない。絶対に許さない」


 セリムも立ち上がった。


「そうか。なら俺は常に聞く。そうだ、書物にも残そう。蟲から話が聞けるなんて貴重だからな。互いにとって害がないことだけ残すというのはかなりの難題だな。死ぬまで時間が足りないかもしれない」


 シッダルタが使命感に燃えるような強い光を目に宿らせてくれた。


「僕はラステルと二人でテルムとアモレ以上の祈りを残す。立場が同じだからきっと残せる。二千年経っても消えない命を尊ぶ炎。テルムとアモレは双子の子供を残して、ペジテ大工房やドメキア王国を残した。それで人の王、アシタカとシュナ姫が生まれた。僕とラステルもそういう風に生きるんだ!テルムとアモレには居なかったかもしれないシッダルタがいる!だから僕達はもっと壮大な祈りを残すんだよ!具体案がなかったけどシッダルタが提案してくれた。人と蟲にそれぞれのことを教える。人と蟲の間に法律を作る。本にもする!そうだ、中途半端な理解不能な伝承も撤廃(てっぱい)しよう。やり甲斐しかない人生だ!」


 セリムは思わずシッダルタに飛びついた。肩を抱いて兜を軽く揺らした。ずっと隔たりのある世界との折り合いのつけ方を探していた。国のために、民のために。探し続けていたら巨大な夢を見つけられた。更に仲間も見つかった。世界はなんて広い。


 家族に頼んだらシッダルタもこの森で生きれるのだろうか?


〈子らに全面的に受け入れられたらな〉


 大蜂蟲(アピス)の返事にセリムは一瞬固まった。


「シッダルタ!励め!たくさん励め!僕と同じく、ラステルと同じくこの美しい蟲森で生身でいられるようになる素質があるって!大陸中のどこまでも自由な服で行けるなんて素晴らしいだろう?風凧も作ろう。飛べるまで頑張らせるからな!大蜂蟲(アピス)は風が大好きなんだ!僕が書いてた、ラステルも助けてくれてた蟲の研究書も読め!僕と共に何でもしろ!」


 シッダルタがセリムを突き飛ばした。それから飛びかかってきた。思わず避けた。シッダルタが腹を抱えて笑い出した。


「なんだよ!逆はさせてくれないのかよ!その身のこなしも教えろ!何もかも教えてくれ!体も鍛えるし風凧?セリムの機体のことだろう?その歳で何も成していない。潜在能力も、励み方も何もかもが足りんなどと言われた屈辱を返す!セリムとラステル、蟲まで出来るというならとことんやる!」


 シッダルタがセリムの肩を叩こうとしてくれたが、遅いのでまた避けた。ムキになったシッダルタと組手のようになる。船であっさり勝ったが、崖の国の同年代の男よりもうんと手応えがある。シッダルタが努力してきた男だとヒシヒシと伝わってくる。


「はしゃがないの!方向性は決まったけど、交渉は具体的にどうするの?セリムにだけ任せるのは嫌よ!日が暮れるわよ!子供みたいに遊ばないで座りなさい!」


 ラステルが叫んだのでセリムとシッダルタは止まった。セリムはシッダルタの肩を抱いてラステルに背を向けた。


「シッダルタ、僕より年上だろう?背中を見せてくれ。僕はラステルの尻に敷かれたくない。そんな情けない男でありたくない。しかしラステルがあんな顔をすると、いつも即座に返事をしてしまう」


「あんな顔?それに、この状況は尻に敷かれるのとは違くないか?ラステルの指摘が正しい。ティダの真似なら出来るが……」


 セリムはシッダルタの背中を押した。見たい。シッダルタがセリムの腕を肩からどかしてラステルに向き合った。


「体を動かして考えを(まと)めていただけだよラステル。脳が活性化するんだ。俺が、ましてやセリムが今の状況で単に遊びはじめると思われるなんて悲しいよ」


 シッダルタが悲しそうな表情で肩を揺らした。ティダの真似?そうは見えない。


「まあ、ごめんなさい。そうよね、セリムはすぐにはしゃぐけどシッダルタは違うものね。それでセリム、交渉って具体的にどうするの?」


 ()()()()()()()()()()()。セリムはすぐにはしゃぐ。シッダルタは違う。思わず項垂れそうになった。シッダルタが苦笑いしている。


「見抜かれているから無理だったな。セリム関連はラステルに芝居しても無理そうだな。まあ、それが分かったというのは収穫か」


 シッダルタに耳打ちされて、なんとも言えない微妙な気持ちになった。芝居というのがティダの真似なのか。ラステルがセリムをとても理解してくれているので嬉しくてならない。その分尻に敷かれて、操縦される。背中がゾゾゾっとした。嫌だ。絶対に嫌だ。


「僕はもう思案材料を残してきた。ルイ国王にはアシタカ、シュナ、それにティダをはじめとして僕を知る者が多くついている。それなりの答えを出すはずだ。蟲の王(レークス)はもう許しているから何でも受け入れるだろう。僕は回答によっては許さない。とことん質疑応答する。蟲のことも教える。国代表になったのだから、今後もアシタバの民との交渉相手なのだから考えさせる。人の王に近づくように成長してもらう」


 シッダルタの顔が強張った。


「セリム、いや。何でもない。ラステル、俺がセリムの言葉に口を挟みそうになったら止めてくれ。今回もだし、今後ずっとだ。それからセリムとラステル以外には何か言えと背中を叩いてくれ。いざとなると声が出ないのが俺の大きな欠点なんだ」


「分かったわ!私にもそうしてね。三人でルイさんを人の王にするのねセリム」


 通じ合った二人が力強く握手した。意図がよく分からず、仲間外れのような気がして嫌だったのでセリムも手を重ねてみた。


「いや、二人には中蟲(なかむし)を任せたい。自分達のせいで巣を侵略されたと思ってる。子らを守れなかったと悲しんでいる。人を激しく憎むのに、僕の教えを守らないと子蟲達に背中を見せられないと止まっている。しかし許したくなくて、辛くてならないんだ。ティダと話したがってる。船で話したのが何か響いたらしい。蟲の王(レークス)が僕ではダメでティダ、アシタカ、シュナ姫が必要だと言う。三人に僕達の考えを伝えて欲しいし、僕の代わりに見届けてきて欲しい」


 セリムは迷ったが情けなさを隠さないことにした。背伸びしても意味がない。


「僕では足りないと言われた。情けないだろう?大蜂蟲(アピス)の子達も何故かティダと遊ぶと去っていったし、ティダに荷を増やして申し訳ない。二人に軽くしてきて欲しいんだ。しかし交渉の場には僕だけが許されるという。共に判断しろと言われた。僕には僕の役割があって、何か成せるんだ。僕は絶対に鮮やかな未来への道を作る。信じて待ってて欲しい。僕もラステルとシッダルタ、それに三人の偉大な友人を信じて任せる」


 ラステルが空いている手をセリムの手の上に乗せた。シッダルタも同じように手を重ねてくれた。


「任せて!そして任されたわ。セリムは絶対に大丈夫よ!セリムが私を任せるんだからシッダルタも大丈夫!セリムはうんと心配症なのに任されるのはシッダルタだからよ!ティダ師匠は大丈夫ね。無敗神話って言ってたもの。早速行きましょうシッダルタ!」


 ラステルが意気揚々とシッダルタの手を引いて歩き出した。しかし方向は境界線と逆、蟲森の奥だ。


「ラステル、行くなら向こうじゃないか?それに徒歩でどうする?大蜂蟲(アピス)に乗せてもらって半日かかったんだぞ」


 セリムが(たしな)める前にシッダルタが注意してくれてホッとした。シッダルタがセリムの賛同者になってくれて本当に良かった。ラステルだけだと目を離せない。


「あら、そうね。どうしましょう?」


 せき止められていた意思疎通がふいに流れたのを感じたので、セリムは大蜂蟲(アピス)に頼んでみた。


「頼んでみるがどうだろう?」


 返事なし。子供達にも問いかけてみた。


〈姫とシッダルタがおこりんぼセリムの代わりに中蟲(なかむし)と遊ぶと言っている。連れて行ってくれるかい?〉


 途端に「セリムがまだ怒ってる!」「頑固!」「早く遊べ、ヘトム!」「話せヘトム!」「今はセリムとお話ししてはいけないとレークスが言うから従う」「ヘトム!遊べ、ヘトム!返事をしてくれヘトム!」と頭が痛くなるほど子供達の声がした。


〈姫とシッダルタが中蟲(なかむし)と遊ぶと言っている。迎えに来てくれるかい?〉


 セリムは丸無視されている。子供達はティダに無視されて躍起(やっき)になっているようだ。


〈姫とシッダルタを連れて行くとヘトムが遊んでくれるぞ。姫とシッダルタに頼んでおく。姫とシッダルタを迎えに来てヘトムの所に連れて行ってくれないか?ヘトムと遊べるぞ〉


 後でティダに怒られそうだなと思ったが、効果覿面(てきめん)


末蟲(すえむし)も遊びたいのか。出来損ないだから気づかなかった〉


末蟲(すえむし)はいつになったら輪に入れるのか。飛べないし雌雄同体にもならないし、人もどきになっちゃって困ったものだ〉


〈セリムの(つがい)だから仕方ない。末蟲(すえむし)だから一番にヘトムと遊ばせてやろう〉


〈遠い。親に頼もう。ヘトムと中蟲(なかむし)に消えない星になる方法を聞くんだ。流れ星や花火よりも良いんだって〉


〈男なら死んでも消えない暗闇照らす巨大な星を目指せ。アピスは男で女。ヘトムは分かってない。バヘトム。中蟲(なかむし)と仲良しだから一緒に遊んでもらう〉


 どんどん聞こえてきて、遊ぶばかりになったのでセリムは意思疎通の輪から離れた。声を出して喋るのと違ってとても疲れる。それにしてもティダは大蜂蟲(アピス)の子蟲達に何を教えたんだ?


 いつの間にかラステルとシッダルタの前に立派な大蜂蟲(アピス)成蟲(せいちゅう)が現れていた。


〈セリムの代理シッダルタ。人の王でもないがセリムの代理に指名されて姫が親愛寄せるから仕方ない。人の王が三人も集まるなら大丈夫なのか?乗れ〉


「大丈夫だ。ラステル、シッダルタ、乗れって」


 ラステルとシッダルタが大蜂蟲(アピス)にしっかりと会釈して、声に出してお願いしますと告げた。それからシッダルタが大蜂蟲(アピス)によじ登り、ラステルを引き上げた。

 

 蟲森中に蟲の鳴き声が響いた。拒絶のような嫌な雰囲気。しかし誰も止めにはこない。セリム達が手を出していないから、嫌でも耐えてくれているのだろう。


 互いの声が聞こえないので、セリムは思いっきり大きく腕を振って二人と大蜂蟲(アピス)を見送った。


 次に会える時は、世界が大きく変化しているだろう。それも鮮やかな未来へ。そう、目一杯の祈りを込めて手を振り続けた。

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