捜索と目撃
滅多に村の外へ出ないラファエはかなり緊張していた。そして恐れていた。
そこは既に蟲森の一部と同化し、村が存在していたなど嘘のように思えた。
蟲除けに張り巡らされた鳴子。土を重ねたり大木をくりぬいて造られた住居。木と木を繋ぐいくつもの箱型の橋。
積み上げられた枯木の山から溢れるいくつもの滝。蟲森にありながら、地下空洞だけてまはなく地上も利用しているのは滝の村ぐらいのものだった。
近隣の村を束ねる中心にして、唄子の発祥の地。
いま眼前に広がるのは蟲の亡骸を苗床に成長した立派な植物群。ところどころに蟲の体の一部を確認できるのみで、胞子植物に飲み込まれて美しかった滝の村の名残は何一つない。
蟲森に生きる者の定め。
ラファエは拳を固く握って周囲を見渡した。村からたどり着くとしたらこの辺りであろう。
歩きやすいキヒラタの群生を抜けるのが一番楽な道のりだから恐らく道は合っている。
父親に連れられて何度か通った道も一人だととても心細かった。それにラファエは蟲が苦手だった。村の大半の者がそうであるように彼女も例外ではない。
獰猛で、強い森の支配者。今回の件がなくとも怖かった。今では更に。
些細な事で急に激昂する不気味な生物。その恩恵に与ってはいるが受け入れ難い存在。ここまで来るのに、強大な蟲に遭遇しなくて心底安堵していた。
けれども小さい蟲達でさえ見たくもないら、程気味が悪くいうえに、蟲に少しでも触れれば何が起こるか分からない。足元にいるリアにさえ神経を尖がされて避けなければならない。ただ歩くのさえ苦労し、神経は磨り減る。
慣れないマスク越しの狭い視界から、懸命にラステルの姿を探した。
蟲に出くわすのが恐ろしくてキヒラタの群生から出れなかった。遠くに見える宙を舞うガンを見るだけで足が竦むのだから、近くに居たらどうなるか目に見えている。
それでもラステルが心配だった。
この一月、毎日朝早く森に出かけ夜遅くに帰ってくる。人と会うのを避けているようで、対面しても悲しげな表情に虚ろな瞳。
父や婆達に言われたように様子を見ていたがラステルは一向に元気にならない。むしろ日に日に憔悴していっているように感じていた。
だからこうして意を決してラステルを探しにきた。会えるかどうか怪しいが駄目ならまた明日、明後日と来れば良い。
ここまでして向き合えばラステルは心を開いてくれるかもしれない。この様子だと村の中では絶対にラステルは本音を漏らさない。
滝の村を救えなかった事を悔いているのだろう。責めているに違いない。
彼女の力を発揮できれば滝の村は今なお蟲森に人の文明を築いていた。
蟲に憑かれ邪魔さえされなければラステルが傷つくことはなかった。村に蔓延するラステルの陰口。交錯する非難の視線。悪いのは蟲である筈だがぶつけられない怒りが身近な所へ向かうのは自然なことだ。
こうでもしないとラファエもまたラステルに対する冷徹な感情に飲み込まれそうだった。偽物でも、続ければ本当になるかも知れない。ラステルに寄り添い歩み寄るならこれは最後の機会だろう。
数十歩先を人影が横切った。
{滝の村のマスクだわ}
見たこともない森服を纏っている。ラファエより頭一つ分は背が高そうだ。体格からして男だろう。帽子の襟首の代わりなのか厚手の布を首に巻いている。
腰に挟んであるのは鞭と先がコの字にまがった長い棒。真っ黒い手袋に握られているのは蟲殻が材料なのか、黄土色の硬そうな帽子。
奇妙なことに頭には密着しなさそうな形の上に額に当たる所には模様がついている。蛇が2匹、いや頭は2つなのに身体は繋がって1つ。己の背中を食らっている。
どれもこれも滝の村だけでなく、ラファエの知る村では見覚えのない物。
その珍妙な人物は何かを探すようにきょろきょろしながらゆっくりと滝の村の跡地へと向かっていた。壊滅した村から貴重品でも漁るつもりなのかもしれない。遠い村の下賤な人物か。
ラファエが無視しようとした時その不審人物に近づく者が瞳に映った。羊毛で作った真白のワンピース。それに負けない程白く透き通った肌。普段より無造作に纏めた長い落ち葉色の髪。
二人は親しげに見えた。
人見知りで村人からは避けられている、人付き合いが少ないラステルが余所者と何故?
それにどうしてラステルは蟲服を脱いでいるのだ。あれほど父や婆様に秘密にしろ、蟲服を脱ぐなときつく言われているのに。
呆然としているとラステルが顔を両手で覆った。泣いているのだろうか。
余所者がラステルに手を伸ばした。身を竦めて少し後ずさったラステルを確認するとラファエはキヒラタの群生から飛び出した。
「ラステ……」
ラファエは足を止めて絶句した。
男の腕にすっぽりと包まれてもラステルは逃げたりしなかった。むしろ身をゆだねているように見えた。




