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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
五章 毒蛇との抗争

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蟲の民と毒蛇の巣2

 天気が良い空の下、のんびり待っていると小型飛行船が近づいて来るのが見えた。


「純白国旗はドメキア王直下。中身はどうだろうな。まあ想定通りだ」


 左腕を中心に体をほぐしていたティダが直立した。顔付きが今までとはまるで違う。笑顔の仮面を貼り付けている。


「では蟲の民ヴァナルガンド殿。ドメキア王グスタフ様と謁見する機会を(たまわ)った。よく観察し、粗相のないように」


 セリムもティダの隣に直立した。


ーードメキア王国ではそれなりの姿を見せてやろう。ベルセルグ皇国の犬皇子。その名は伊達じゃねえぜ


 これか。やりにくそうだ。ティダの目が練習だと言っている。


 飛行船がセリム達の数十歩先に着陸した。銀鎧の兵士が数人下りてきた。そのうちの一人、純白に銀刺繍が施された外套翻す壮年が一歩前で槍を天に掲げた。


「我等がグスタフ王の愛娘シュナ姫の伴侶ティダ様、お迎えにあがりました。王がお待ちです」


 丸い目をした犬のような兵士だが、目つきは鋭い。気取られないようにだが、ティダとセリムを上から下まで観察している。


「僕はヴァナルガンドと申します」


 ティダがセリムの右腕を後ろに軽く捻り上げた。


「お迎えご苦労、カイン。約束通りにシュナ姫の偽りの仮面を剥がし、ペジテ大工房と縁を結びました。怪我の功名ですが大技師の座も得ました。そして手土産に蟲を操る蟲の民」


「おい、ティダ。僕は蟲の民だが、蟲を操るなど……」


 ティダがセリムをカインへ放り投げた。打ち合わせくらいして欲しい。勘繰られた時に、嘘が綻ぶという判断なのだろう。それからセリムへの絶対的な信頼。ティダの目を確認して、セリムは大人しくカインに捕まった。


 隣にいる兵士に身体を渡されたので、セリムは鉈長銃(なたちょうじゅう)を渡した。それから軽く会釈した。兵士達がどよめいたので、真心伝わったのかもしれない。


「これはどういう事でしょう。ティダ様、シュナ姫様と凱旋帰国とうかがっていました。それが蟲の民と二人で謁見したいなど、王は大変心配しております」


 カインが目を細めてティダを見据えている。


「蟲の民は武器を持っていますが、本来武器などいらない男です。今、それを証明した。蟲と繋がりいつでも身を守れるからです」


 ティダは爽やかな笑顔でカインを見つめている。それからセリムに視線を移した。思った通りに話せと目が訴えている。


「僕が武器を渡したのはそのような理由ではない。話し合いを快諾してくれたグスタフ王への信頼の証。仲立ちをするティダ、そして何よりシュナ姫が王と話が出来ると言ってくれたからだ」


「我が愛しき姫は紅の忠臣と大狼に託してあります。蜂の巣になりたくないのでね。手土産はこの蟲の民です」


 セリムに突然鉈長銃(なたちょうじゅう)が返却された。殆ど同時にカインの槍が彼の右側の兵士を払った。ティダが高く跳ねて、セリムの後方の兵士に蹴りかかっていた。あっという間に乱戦。


 倒れた兵士がおよそ十人程度。残ったのはセリムを掴んでいる兵士、セリムに鉈長銃(なたちょうじゅう)を返した兵士、そしてカイン。


「カイン、これで私を少しは信じたかな?私は妻により、紅の薔薇の意味を知りました。それにしても、敵だらけとは少々困ったものだ」


 セリムは目の前の光景を茫然と眺めた。倒された兵士は全員息がないように見える。


「蟲の民ヴァナルガンド殿。先に殺そうとしてきたのは彼らです」


 ティダが土埃を優雅な手つきで払っていた。


「驚かせてすみませんヴァナルガンド殿。彼等は貴方を横取りせよと命じられていたようです」


 カインがセリムに手を差し出しが、セリムは倒れている兵士が呻いたので駆け寄った。死んでない者もいるようだ。ティダが殴りつけていた者達だ。セリムはティダを見上げた。ティダは貼り付けたような笑顔をしているだけだった。それでも、好きにしろと目が訴えている。


「息がある者の手当てをしましょう。それから僕は蟲を操れません。蟲と共に生きるだけ。もう一度言います。蟲を操れません。彼等を介抱しながらその話をします」


 全くなんて言う国だ。勝手に誤解して争うとはとんでもない。カインがティダを見つめていた。


「シュナ姫が味方につけてきました。私は隣でお命を守ったまでです。もちろん、褒賞として祖国へ攻め入る誉をいただく為。忠犬は餌があるから働くのです。一番権力を得るのは、覇王の血筋を引く親思いのシュナ姫」


 言いながらティダが一番近くで倒れている兵士に片膝ついた。


「つく相手を間違えたら死ぬ。シャルル王子の情報を教えてくれるのならば歓迎しよう。私は敗北知らずで有名だ」


 カインが兵士に突然槍を突き立てた。セリムは絶句して動けなかった。


「このように隙だらけの方だとは知りませんでした。その者、先祖代々続くムスエルバン家の貴族騎士。シュナ姫様の派閥とは決して相入れません」


 ティダの右手、人差し指と中指に剣な刃が挟まっていた。


「これのどこが隙だらけか教えてもらおう。まあ良い。ヴァナルガンド、良く考えて物を言え。止めろ!あーあ……」


 ティダの指が剣の刃を砕いた。それからセリムの隣まで来て髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。ティダに目が奪われていた間に、カインと彼の部下が倒れている兵士に次々と槍や剣を突き立てていた。


「蟲の民が蟲を操れないなど、そのような情報を与えられません。ティダ様、このような方を王に会わせてどうするつもりですか?貴方様もどうにかしている」


 セリムはカインに飛びかかっていた。二人の兵士が切りかかってきたのでティダに向かって突き飛ばした。


「全員止めろ!ここに何しに来たヴァナルガンド。死んだら戻らねえ。次は己の言動に気をつけろ。ここは仲良しこよしの田舎小国じゃねえんだ」


 手にしていた鞭をセリムは下ろした。カインの槍がセリムの喉先に触れそうだったが止まっている。


「カイン!派閥などと小せえこと言ってんじゃねえ。シュナはこの国全てを掌に乗せる女だ。だから忠誠を誓ってるんだろう?主の矜持に背くな。次に生き様間違えればその頭噛み砕くからな。この件はシュナに報告しない。危険な密偵(スパイ)という矜持はそれに値する」


 何の話だろうか。セリムはカインの立場を考えた。迎えに来たのは王直属の部隊。そこに第一王子の兵士。僅か三人だけのシュナ姫派。


「カインは敵対派閥に何年も潜伏しているんだよ。常に死が隣にある。ヴァナルガンド、無知は時に罪だ」


 ティダがセリムの肩に手を置いた。体が震えているのを察し、ティダが労わるように微笑んでくれた。カインが目を丸めている。


「その話をどこで?」


「さあ?私は耳が良い」


 セリムはカインの真ん前に立った。


「カインさん。僕の愚かな発言で手を血に染めさせたことを謝ります。すみませんでした。しかし無抵抗の者に手を挙げるのは我が民の中では大恥です。こちらの手の内を知らないのに、勝手に勘違いしたことは謝って下さい」

 

 血が(ざわ)めく。許せ、許せ、許せ。己も相手も許せ。失ったものは戻らない。大切なのは残ったものを巡らせて、過ちを繰り返さずにより鮮やかな未来を作ること。


 カインの目に驚愕と怯みが浮かんだ。


「ヴァナルガンド殿、貴方の手の内とは?」


「僕は蟲を操れません。しかしとても愛されています。僕を殺せばこの大陸は滅ぶ。この国ではありません。()()です」


 こんな脅しをしたくないのにとセリムは自分の体を抱きしめて俯いた。その時、大地が大きく揺れた。微かに地下の蟲だと感じた。大陸の地下には蟲が巣食うのか。記者会見の時、ペジテ大工房が地震に襲われたのはこれだ。これでは嘘が本当だと信憑性が増してしまう。いや、いいのか?正解が分からない。


「すまないヴァナルガンド。俺が足りな過ぎるからだ。自省はあとでにしろ。カイン、王の元へ案内してもらおう」


 違う。ティダは今までの方法ではなくセリムに合わせようとしてくれた。なのにセリムは自身を過信し、(おご)っていた。ティダが言ってくれた"好きに生きろ"は自分が代わりに背負うという意味だ。ここはセリムの我儘(わがまま)を苦笑いしながら許してくれる崖の国ではない。


「おいヴァナルガンド!カイン、待機だ」


 セリムはティダの肩に手を乗せて首を振った。ティダがまたセリムの髪を撫でてくれた。何が隣に立つだ、これでは役立たずどころか足手まといだ。


「パズーとスコールを呼ぶ。その船ならタダンと部下を呼ぶか。カイン、三人じゃ不安だろう?ついでだ、残りの二人の名は何だ?」


「マリオットです」


「へ、ヘンリーです」


 ティダが何故か一瞬頬を引きつらせた。それからまたセリムの髪をぐしゃぐしゃにした。

 

「酷い面だ。悪かった。俺の手落ちだ。俺を責めろ。お前のせいでもあるが、一番は俺が足りなかったせいだ」


 頬をぶつような突風が吹いた。風の神が怒っている。ティダを守るように取り囲む柔風。ティダが人里で生きたくないと言っていた理由。この男は優し過ぎるし、気がつき過ぎる。横並び一列なら妥協点を見つけられるのに、セリムのように懐に入れた者はとても大切にしてしまう。それで面倒や重い荷を増やす。難しい道を選んでしまう。それを自覚しているから嫌がっていたのか。


「違う!君は僕に合わせようと努めてくれた。それなのに僕が見誤った。もちろん君も先に忠告をしなかったのは悪い。僕のことを多少は理解してくれている筈だ。しかし嘆いても時間は戻らない。カインさん、彼等の名前をご存知で?」


 自分の頬を拳で殴った。こんな情けなくては崖の国の王子だと知られた時に大恥かく。セリムは死体全部を並べて胸の上で手を組ませた。目が開いている者は目を閉じさせた。ティダは手伝いはしなかったが、黙って見守ってくれた。カインは名前を教えてくれなかった。


 カインはセリムを不思議そうに眺めているだけだった。マリオットとヘンリーに至っては半笑いしている。ティダの偉大さに感化されたのかもしれない。恐れ多すぎると表情が上手く発現できないものだ。


「我が名はヴァナルガンド!蟲と生きる民。全ての命を慈しむ誇りを背負う一族だ!死者に冥福の祈りを捧げる!ドメキア王国兵カイン殿!彼等の名は?」


 花はないし食べ物もない。何もないなとセリムはポーチから発煙筒を取り出した。青い煙が大空高く伸びていく。カインの返事は無い。名前を知らないのだろう。セリムは両膝ついて名もない死者に祈った。


「ヴァナルガンド、何を祈る?俺も祈ろう」


 ティダがまた髪をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。隣とは、友とはおこがましい。兄が一人増えた。早く隣に並び、共に背負いたい。アンリが現れたのは亡きソアレの愛が巡らせたのだろう。王狼(ヴィトニル)が長い年月かけて人里に下ろした結果、ティダの人生は過酷を極める。隣に絶対的な支えが必要だ。


 セリムにはラステルがいてくれる。


「命は巡る。土に還り木になって実をつける。芽吹いて大地を育み巡り巡る。命は永遠に残る」


 ティダは「そうか」とだけ短く告げた。目を閉じていると風の音が荒ぶっていたのが、穏やかになるのを感じた。風の神に見張られている。誇りを失えば、二度と空を飛べなくなる。そう言われているような気がした。


「時間の浪費に付き合ってくれてありがとう。カインさん、王の元への案内よろしくお願いします」


 目を開けるとカインが槍を地面に突き刺し、目を閉じていた。マリオットとヘンリーも剣を天高く掲げていた。本当は彼等も心を痛めていたのかとセリムは恥ずかしくなった。礼節がなってないという兄のユパの叱責が耳の奥で響いた。


「すみません。当たり前のことなのに取り乱してこのような大事(おおごと)。改めまして、蟲の民ヴァナルガンドです。故郷は口に出来ません。怪しい者で申し訳ありません。どうかシュナ姫とティダ皇子の友だということで信じていただきたい」


 挨拶は基本中の基本。セリムはカインに右手を差し出した。しかしカインは応えてくれなかった。怒りなのかわなわなと震えている。故郷は口に出来ないと、不審者丸出しだからだろう。言葉選びを間違えた。


「ティダ様。この方はもしやベルセルグ皇国第二皇子テュール様ですか?見た目はドメキア人のようですが……」


 カインが片膝ついてセリムに(こうべ)を垂れた。何か勘違いさせたらしい。これでは握手出来ない。仕方ないので次だとマリオットに手を差し出した。手を伸ばした瞬間にマリオットも片膝ついた。


「僕は蟲の民ヴァナルガンドです。よろしくお願いしますヘンリーさん」


 何なのだ。ドメキア王国はこんなにも不信感の強い国なのか。それで毒蛇の巣なのか。それともセリムの礼節がなってなかったしっぺ返しか?ヘンリーは握手してくれたが、ガタガタと震えている。何故だろう?考えないとならないと思っていたら、ティダがセリムの手首を掴んだ。


「可哀想な真似をするな」


 ティダがセリムから手を離して、肩を竦めて腕を組んだ。


「可哀想?そうか、先程のが脅しのようになってしまって誤解させました。僕は……」


「違う違う。ヴァナルガンド、余程厳しく育てられたんだな。胸を張れ。偉大すぎて触れるのも恐れ多いってよ」


 ティダの言葉をセリムは咀嚼(そしゃく)してみたが、答えは出なかった、


「まさか。僕の何かに尊敬を感じてくれたのならば握手に応えてくれる。常日頃から礼節がなってないと言われているが、兄上は厳しくない。当たり前の……」


 途中なのにカインがセリムの右手を握った。話を遮るとは礼節がなってない。目が合ったカインが固まった。


「すみません。敬意を示してくれたのについ睨んでしまって。嬉しいのですが、僕はティダ皇子と話している途中です」


 ティダが高笑いしはじめた。


「勘弁してやれ。やはりパズーとスコールを呼ぶ。ヴァナルガンドには従者がいないと不自然過ぎる。兄と口にしたのは口が滑ったのか?ったく、王と謁見する前に自分の設定を固めておけ。ついでにタダンと部下を呼ぼう。このまま三人では可哀想過ぎる」


 セリムが反対する前にティダが上着の内ポケットから連絡用の機械を出していた。


「非礼をお許しください。マ、マリオットです。ヴァナルガンド様」


 パズーのような上擦った声を出してマリオットが右手を差し出してくれた。得体の知れない蟲の民に勇気を出して敬意を示してくれる。マリオットも誇り高いのだろう。良かった。セリムは笑顔で応えた。


「ヴァナルガンド、もしくはヴァルで構いません。僕はシュナ姫とティダ皇子、それからアシタカ殿のただの友人です。先程は武器を守り、返してくれてありがとうございます」


 マリオットがブンブンと首を横に振った。


「おいヴァナルガンド!弱い者いじめはいい加減にしろ!」


 ティダが機械を抑えながら怒鳴ってきた。


「弱い者いじめとは何だ!僕は何もしていない!」


「本当に珍妙だ。兄と酒を飲む日を楽しみにしている。一体どうやってお前のような訳が分からない男が育った」


 セリムはマリオットを振り返った。


「僕の挨拶は変でした?メキア王国流とは違い過ぎました?それなら是非、御指南いただきたい」


「い、いえ!ヴァナルガンド様は大変ご立派なご挨拶をして下さいました」


 カインがマリオットの隣に立って叫んだ。セリムが質問したのはマリオットなのに。しかし得体の知れない蟲の民に怯える部下を、即座に庇うのは見習うべきか。


 ティダが機械に向かって何やら話しているが声が小さくて聞こえない。呆れ顔で肩を竦められた。最後に一瞬だけ途轍(とてつ)もなく優しい笑みを浮かべていた。


「四人追加だ。あとスコール」


「僕が未熟ですまない」


 ティダが大きくため息を吐いた。


「その件はもう終わっただろう。追加するのはお前に従者がいないと不自然過ぎるからだ。さっき言っただろう?賢いのか頭が悪いのかはっきりしてくれ」


「だから、僕が未熟過ぎるから従者が必要なんだろう?」


 ティダが口をへの字にしてから、またため息を吐いた。先程よりも大きい。


「どういう思考回路をしているんだお前は。立ち振る舞いに言動。それにその目。この三人は完全にお前を敬うべき者だと感じている。お前はもう蟲の民ではなく、蟲の民の王子と名乗れ」


 勝手に身分をバラすなと言いたかったが、カイン達の様子を確認するとティダの方が的を得ているように思われた。


「その目とは真心こもった目のことか?ありがとう。よく分からないが敬ってもらえたのは嬉しい」


「それもあるが別だ別。何度も何度も相手を諭すような目をしている。無自覚なのか、タチが悪いな。カイン、ヘンリー、マリオット。今よりこの男は蟲の民の王子ヴァナルガンド様だ。生存本能に従え」


 セリムはパズーの助言を思い出した。


「ティダ、僕は人を見る目がある。僕の長所は本人よりもその人の良いところを見つけられることだ。諭すような目ではなくこのことだろう。三人とも死者を悼み、気味が悪い男に敬意を示してくれた。王子は言い過ぎだが、君の助言に従う。僕はまだまだ未熟だ」


 ティダがセリムの髪をまたぐしゃぐしゃにした。割と乱暴だった。


「まあ良い。好きに生きろ。俺の手にはおえんから隣なのだしな。ヘンリー、マリオット、お前らの名は気に食わないから名を与える。ヘムとマットムだ。大変誉れ高い名だから感謝しろ」


 ヘンリーとマリオットが目を丸めた。セリムは少し考えてみた。認めたから名前を与えるではなく、気に食わない。それから連絡最後の笑顔。アンリと関連しそうだがどうなのだろうか。リ、しか共通がない。


 セリムはティダに近寄って肩を組んだ。それから小声で訪ねてみた。


「僕の名はセムになってしまうのか?僕が言うのも何だが、ここまで妬くのはやり過ぎだ」


 一瞬驚いたように少し目を開いたティダが、セリムを振り払って逆に首に腕を回してきた。


(うるせ)え。それに違う。(つづ)りが同じで別読みなのが腹立つ。マリオットは道連れだ。お前の名前を付けてやったんだから感謝しろ」


(つづ)り?母音が違うじゃないか。違くない。そもそも僕も妻と話をしたい。君だけずるい」


 ティダが口角を上げてセリムの腹に拳を打ち込もうとしてきたので逃げた。ティダが何か投げてきたので受け取る。連絡用の機械だった。


「少しは元気が出たな。充電?とかいうのがあるらしい。手短にな」


 わざとかと有り難さが込み上げた。しかし思い直す。多分、(つづ)りが同じで別読みなのが腹立つは本心だ。


「セリム?良かった。急に切られたから話せないのかと思ったの。酷いわよティダ師匠!アンリとだけ話して弟子には何かないの⁉︎娘には⁈」


 ラステルに呼ばれた当の本人はカインと何やら話をしている。地獄耳だから聞こえていそうだが、素知らぬ顔をしていた。


「ラステル。僕は故郷に国、何より家族を誇りに思う。新たな家族の君もだ。僕の誇り(オルゴー)が僕を支えて歩ませる。愛してる」


 ラステルなら察して心配してくれるだろう。後で話を聞いてもらいたい。その為には生きるしかない。


「歯が浮くような台詞だな」


「君も使うと良い。兄の教えだ」


 セリムは移動して並べた兵士の死体の前にもう一度立ち膝をついて目を閉じた。追加と言われた四人とスコールが来るまでこの場所で待機。ならば尊き命へ祈りを捧げたい。


 この先の道が少しでも穏やかになれるように歩むと名も分からぬ兵士に誓った。


 ほんの僅かに温かになった風が、セリムの髪を撫でるように吹き抜けていった。

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