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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
序章

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緊急事態の知らせ

 ふわふわヒラヒラした真白の髪飾りをラステルが身に着けるようになったのはいつからだっただろうか。キヒラタの襞に似ている小さなそれは、村人の中でもより色白なラステルに良く似合っている。


 確か1週ぐらい前からではなかっただろうか。ぼんやりしたり、急に一人で微笑んだりすることが増えたのも同じ頃からだ。


 けれども村にそういう相手がいるという話は無い。そのうち相談してくるか、報告があるかと思っていたがいっこうにその気配はなない。


 勘違いなのか、秘密にされているのか、やきもきしてならない。


「姉様、なあに?さっきからずっと何か言いたそうな顔をしているけど」


 蟲笛を拭いていた手を止めてラステルが首を傾げた。


「それ、気に入っているの?」


 ラファエは自分の髪を指さして見せた。ラステルが自分の髪に付けている飾りをそっと触った。


「ええとっても」


 はにかむように笑うとラステルは再び首を傾けた。


「姉様も欲しいなら、作ってみるけど」


「何だ、自分で作ったの?」


 がっかりした、というのが正直な気持ちだ。一人で考えていたのは全くの見当違いだったということだ。


「てっきり誰かに貰ったのばかり思っていたわ」


「誰か?」


 ラステルは少し頬を赤らめて俯いた。それから首を横に振った。その時、部屋の扉を叩く音がした。ラステルが椅子から立ち上がり扉を開けた。


 ラファエも寝台から腰を上げて一歩近寄った。


 立っていたのはアリア婆だった。べべズの苔のように蒼白な皺だらけの顔。嫌な予感がぞわりと体を襲う。


「ホルフル大滝の村が蟲に襲撃された」


 タリア川周辺では一番歴史があり最も大きな村。地下空洞だけではなく枯木に作られた美しい住居地。ラファエはアリアに近寄った。事態は生半可なものではないのだろう。冷静で感情をあまり表に出さないアリア婆の体が小刻みに震えていた。


「いつ、どうして。被害はどのくらいなの?」


「避難民からの話だとこのままだと村は全滅すると。混乱していて詳細は分からない今から緊急会議だ。ラステルにも唄子連が……」


 アリア婆の言葉を最後まで聞かずにラステルは部屋を飛び出していった。目が真っ赤だった。


「アリア婆。あの子にも召集がかかったの?」


「ああ、人手は足りぬしあの子なら止められるかもしれぬと、グリーク様や緑連がな。逆だと思うのだがな」


 恐らくその通りだとラファエはそれ以上何も言わなかった。深紅に変化したあの目。ラファエの知らないラステルの姿。


 アリア婆と共に会議室へと向かった。僅か数十歩の廊下がとても長く感じられた。


「揃ったか」


 長の座の前に立っているグリークはいつも通りの表情だった。会議室には既に他の婆様と三役が集まっていた。


 誰一人座っている者はいなかった。当然だ。グリーク以外は皆険しい顔をしていた。


「父上、何故ラステルを」


「我らの使いとして行かせることに意義がある。その意味、お前なら分かるだろう」


「蟲姫ならあの悍ましい目をして行ってしまいましたよ。逆撫でするかも知れん」


「緑連がどうにか宥めて利用するだろう。いつもの事だ」


 冷ややかな口調だった。ラファエは黙って俯いた。握ったこぶしに自然と力が入る。これがラステルの心にどれほどの傷をつけるかを考えれば止めるべきなのだ。


 村に閉じ込めて見せなければいい。貴重な道具なのだが、だからといって蔑ろにして言い訳ではない。ラステルは生きている血の通った人間だ。


 だが滝の村も、下手すればこのタリア川ほとりの村も蟲に飲まれる危険を考慮すればそれは出来ない。


「滝の村への蟲の襲撃だが、避難してきた者は話せるような状態ではないので詳細が分からない。とりあえず村人は合流の広間へ集合させ、ヴァルと緑連の半分を滝の村へ応援に行かせた」


「では私たちは広間で皆に説明と避難対策をしましょうかの」


 ポーラ婆が口にするとアリア婆とベルル婆も頷いた。ラファエは唇を噛んだ。ラステルの事など誰も気にしないのが腹立たしくてならなかった。いつだって都合の良いように利用するにに、傷つけてばかりだ。反対する程は心配していない自分に侮蔑が湧き上がる。大切な乳兄弟だか、村人と同じようにラファエもラステルが不気味でならないのが本心という事か。


「婆様達、頼む」


「避難民対策は私がしましょう」


 ベルーガが短く告げる。彼はちらりとラファエを見て太い眉を下げた。皺の多い眉間に更に深い溝ができる。ラステルの件を心配してくれているのだと思うと嬉しかった。だがラファエは首を横に振った。仮にも次期族長、彼も自分も村にとって何が最善なのか重々承知している。


「私もベルーガと対策にあたります」


「いや、ラファエには女たちと炊き出しの準備を任せる。コトリは残りの緑連の指揮を。それからエッダは私と自警団の対応を。」


 次々に指示が出て、緊急時の連絡や対応が打ち合わせされていく。


「父上」


 エッダと部屋を出て行こうとするグリークを呼び止める。ラファエは大きく深呼吸した。グリークは相変わらず険しい表情だった。


「ラステルが帰ったらすぐに教えてください」


 まっすぐグリークの漆黒の瞳を見据えた。父は少し眉を顰めて真一文字に結ばれた唇に力を入れた。


「当然だ。あの子には辛すぎる。お前が支えになってあげなさい」


 そこには族長ではなく父親の顔があった。ラファエはやっと安堵した。肩を叩かれラファエは素直に頷くことが出来た。それからラファエは合流の広間へとベルーガと共に向かった。


 長い一日が始まる。


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