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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
四章 台風の目

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憧れの人

 突然帰国した師匠セリムは蟲を連れてきた。リノはパズーにその事を聞きたかった。なのにパズーはペジテ大工房とかいう国から来たアンリとダンと談笑している。それが優先と分かっているがリノは少し不満だった。


「リノ、どうした?」


 クワトロがリノの肩を抱いた。リノは首を横に振った。お客様をもてなすのは大切な事だから仕方ない。


「いいかリノ。我慢するより考えてみろ。諦める前に手段はないのか。自分にも相手にも良い方法を探してみろ。とても大事なことだ」


 クワトロの笑い方はセリムに似ていた。母親が違くて年も離れているがセリムの兄弟。むしろ10歳も離れていて父親である彼の方が包容力を強く感じる。初めて二人で話したけれどリノは親近感を抱いた。


「えーっと。パズーと一緒にお客様と話す?」


 コラッとクワトロがリノの頭を小突いた。


「パズーさん、だろう」


 拳は軽くて全然痛くなかったが結構怖い視線だった。強面のヴァルボッサまでジロリとリノを見下ろしたので体が竦んだ。


「毛長牛飼いの息子リノ。セリムは王子だ。それも大国と絆を結び、異形とも何かしらある。お前はその弟子だ。かなり厳しい目で見られお前の行いはセリムにまで返る」


 振り返ってセリムを見つめるクワトロは複雑そうだった。リノに目線を戻すと鋭い眼光を放つ。優しさと厳しさが詰まっている。


「僕、励みます」


「セリムのようにある程度のびのびするといい。大いに励み我が国の新たな誇りとなってくれたまえ。しかし無理したり我慢し過ぎることもない。師の自由さを見習え。あの弟には誰もなれん。リノにも誰にもなれない。それを忘れるな」


 何を伝えたいのかよく分からないが心配されているというのは感じた。


「気負い過ぎるなということだ風の子リノ。セリム様は厄介事を抱えてきたんでしょうね。顔付きがグッと大人になっていました」


 ヴァルボッサがリノの頭をくしゃくしゃと撫でてからクワトロへ微笑みかけた。


「難儀な奴だ。自由を求めているのに不自由ばかり選ぶ。ほらリノ、師匠のためにパズーから話を聞いてきてくれ。密偵(スパイ)だ」


 クワトロが悪戯っぽい表情でリノの背中を押した。強面で髭まみれのヴァルボッサも茶目っ気たっぷりに破顔した。リノは返事をしてパズーに向かって走り出した。


***


 パズーの背中に衝撃がしたので振り返るとリノだった。


「パズーさん!僕も師匠の代わりにお客様を案内します!」


 パズーは結構驚いた。溌剌(はつらつ)として小生意気な毛長牛飼いの息子リノが礼儀正しい。そもそもリノを弟子にしたというのも知らなかった。思えばそんな話をする暇も無かった。


「いつの間に弟子になったんだ?」


「収穫祭の日です!逆突風が吹いたあの日です!」


 セリムが風の子としてトトリに弟子入りしたのも逆突風が吹き荒れた日だった。しかも大嵐の中。リノはセリム同様に押しかけ弟子かもしれない。崖の国の子の中で一番セリムにくっついて回っていたのはリノだ。


「急にパズーさんってゾワゾワして嫌だな」


「師匠が礼節は大事にって。それにクワトロ王子にも叱られます」


 ニッと歯を見せてパズーの脇を拳で殴るリノはいつもの悪戯坊主だった。


「少年リノ君、風詠とは何か教えてくれるかい?王子の弟子とは何だい?」


 ダンがずいっと前に出た。三白眼で表情がないと怖いがダンは人生初の大自然だからかセリムみたいに大はしゃぎしている。多分パズーより少し年上だが人懐こくて話しやすい。リノがパズーを見上げた。元気一杯なリノは意外にも人見知りだ。セリムやパズーにくっついて回っていても周りの大人と中々話せないのを何度も見てきた。


「えっと……風詠は風を詠みます……。セリム王子は風詠なのでその弟子です」


 懸命に胸を張ったリノの説明は全く意味が伝わらないものだった。ダンとアンリ長官が顔を見合わせた。


「ははっ!もっと言葉の勉強をしろよリノ。風詠は平たく言えば天候予報士です。かなり難しくて師弟制度により未来の風詠を育ててます。我が国の王族も国民と同じように働いていてセリムは風詠なんです。大鷲凧(オルゴー)は風詠に与えられる仕事道具の一つです」


 我ながらすらすらと説明してみせたとパズーはリノにしたり顔を向けた。見習え少年。伊達に異国に一人で連れていかれた訳じゃない。リノがパズーに眩しい尊敬の眼差しを向けた。セリムの隣にいてもリノはパズーを友達のように扱ってきたので嬉しい。


「天候予報。そうか、これだけの自然には猛威も伴う。セリム様の飛行は大胆かつ自由で羨ましい限りです」


「風を詠む……」


 ダンが空を見上げた。アンリ長官は小さく呟いた。


「僕はこれからですけど風詠の天気予報は凄いんですよ!雲の流れ、風の道、湿気や空気の匂いの変化。あらゆる感覚と知識を得て予報する。それに風支配をして鳥のように空を舞う!僕絶対に師匠の大鷲凧(オルゴー)を貰うんだ!どこまでも飛んでみたい!」


 意気込んだリノをアンリ長官とダンが微笑ましそうに見つめた。パズーの頬が痙攣した。リノの発言は風詠だけでなくセリムの何もかもを追いたいというように聞こえる。


「なら僕も誰かに教えないとな。整備士がいないと困るだろ」


 誰かいたっけかな?とパズーは機械技師を志願する子達の顔を思い浮かべた。まあ全員に教えれば良いかと考えるのを止めた。さっさと教えて風詠以外も引き継ぎそうな雰囲気のリノの世話役を回避しようと決意した。


「アシタカもこの国へ来たのか。共に来られれば良かったのだがな」


 独り言だったようでアンリ長官がハッと口を閉ざした。


()()()()?」


「あれが城ですか⁉︎こじんまりとしているが風格があって趣がある!」


 ダンがわざとらしく叫んでパズーとリノを引っ張った。


「アンリ長官とアシタカ様は護衛人学校の同期らしいんですよ。アシタカ様が崖の国へ行くと決まった時もアンリ長官を連れていくとかいかないとか噂になってて。なんか付き合ってたけど破局したって」


 ダンがパズーに耳打ちした。振り返ってアンリ長官を見ようとしたパズーをダンが肩を抱いて止めた。


「それって本当?」


「さあ?聞いてみてくださいよ!アシタカ様ってコロコロ恋人変わるけど誰も聞かないですよ!だってペジテの至宝ですよ!」


 セリムと同じタイプだと思っていたアシタカの意外な一面にパズーは驚いた。


「よしリノ。お前が聞け。子供なら許される。セリムもきっと知りたがる」


 嫌がるかと思ったらリノは素直にアンリ長官へと寄っていった。


「お姉さんアシタカ王子の奥さん?パズーさんが気になってるんだけど」


 おいこら!とパズーはリノを羽交い締めにして持ち上げた。ギロリとアンリ長官がパズーに冷ややかな視線を投げた。


「あの、ほら!ペジテの至宝って結婚とかしてるのかな?って!そんな話、忙しくて出来なかったし!」


 あたふたと告げるとアンリ長官が大きくため息をついた。


「ペジテの至宝?それって何?」


 ジタバタするのでパズーはリノを下ろした。リノの何?はセリムの何だ?によく似た響きだった。回答したら次々と質問責めに合いそうでパズーは唇を結んだ。


「便宜上王子や姫と使うこともありますが、アシタカ様達テルム一族は我が国の象徴です。式典祭礼や慰問など福祉活動でしか都市へ出ません。しかしアシタカ様は掟を破った。人を導きより良い生活をもたらすには俗を知らなければと険しい道を選んだ。一般市民と同じように機械技師という普通の仕事に就き、夜は護衛人として学んだ。猛反対に暗殺未遂を跳ね除けて、遂には大衆に選ばれて望まぬ議会議員となった。しかし選出されたからと昼夜問わずに身を粉にして働いている。故にペジテの至宝」


 まるで演説みたいにアンリ長官が長々とした台詞を言い切った。リノがポカンとしている。


「つまりどういうこと?」


 リノがさっぱり分からないというようにパズーとダンを見上げる。耳慣れない単語ばかりでそりゃあ理解出来ないだろう。パズーが説明し直す前に苦笑したアンリ長官が口を開いた。


「国を代表する立派な男だと言うことだ」


 アンリ長官の笑顔に何故か寒気がした。リノは気がついていないようだ。


「それで奥さんなんですか?」


 ここで爆弾を再び投下か!子供は恐ろしいな。


「いや。女は皆ついていけない。蔑ろにされて放置され忘れられる。そんな男の妻には誰もならない」


 刺々しい発言にパズーは察した。ダンが聞いた噂は多分当たってる。それかアンリ長官の片想い。


「ふーん。変なの。セリム兄……じゃなくて師匠はもの凄く忙しいけどラステルさんと結婚したのに」


 不思議そうにしているリノ。


「僕が何だって?」


 セリムが赤鹿に跨って駆けてきていた。前にラステルを乗せている。後ろにアスベルが赤鹿でゆっくりとついてきている。パズーはギョッとした。アスベルの頭上に赤い瞳をしたアピが旋回している。


「おいセリ……」


「師匠!アシタカ兄ちゃんって王子だったんですね!ラステルさんのお兄さんってことですよね?忙しくても結婚できる方法を教えてあげないと結婚出来ないみたいですよ!」


 アスベルとアピについて聞こうと思ったがリノに遮られた。おまけにパズーと目が合ったアピがパズーを注視した。赤い瞳が青くなったのは良いが嫌な予感がする。


「ひいいいいっ!子蟲君!なんでまた僕の方へ来るんだよ!」


 やっぱり来た!パズーは走り出した。慣れてきたが怖いものは怖い。


「遊んでくれってさ!君のことが大好きなんだよ!」


 セリムが愉快そうに叫んだけど無視した。


「僕が遊んであげるよ!待てよパズー!小さい蟲一匹とも遊べないなんて情けないぞ!」


 敬語はどこにいったんだよ!パズーはリノの台詞に言い返そうとして振り返った。眼前にアピの脚があって顔にべちゃっと張り付いた。


 最悪。


 ヤヤル盆地下の丘にパズーの悲鳴が木霊した。



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