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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
四章 台風の目

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風の子リノと一時帰国した師匠

 大橋の上でリノは「あっ!」と大きな声を上げた。海水を組み上げ濾過する風車が並ぶその先。初めは鳥かと思った。しかしみるみるうちに大きくなって分かった。シュナの森の上空から崖の国へ向かってくるのは大鷲凧(オルゴー)だ。鋭い飛行で青い煙を()くのに優雅な姿はとても懐かしかった。


 風の道を遮らず、むしろ操るような飛行を手本にしようとリノは目を凝らした。まだセリムがこの国を出て行ってから二週間も経過していないけれど、随分長い期間に感じられた。


 次々と他の通行者も気がついて大きく手を振った。リノは来た道を戻り風車塔に向かって走り出した。大勢の人に囲まれたら中々顔を合わせられない。しかし大鷲凧(オルゴー)はヤヤル盆地まで来ると進行方向を戻して遠ざかっていった。


「飛行機?飛行船?」


 足を止めるとシュナの森の上空に光沢のある滑らかそうな銀色の機体が現れた。サメに似ている。ペジテ大工房とかいう西の大国のお姫様と勝手に結婚して婿として崖の国を去ったセリム。ややこしい外交のせいで当分帰国出来ないと大師匠トトリが言っていた。こんなに早く帰ってきてくれるなんて。


 風車塔よりヤヤル盆地へ向かった方が早くセリムに会えそうだとリノはレストニア城塔方面へ向かって走り出した。人の群れも同じ方へ向かい始めたのでリノは全速力で駆けた。話したいことが沢山ある。


***


 ゆっくりとヤヤル盆地に着陸態勢になった機体を放置して大鷲凧(オルゴー)が大橋に向かって飛んできた。強い海風が吹いたが乱流の隙間を堂々と抜けてくる大鷲凧(オルゴー)に見惚れた。風詠セリムの弟子に選ばれたリノの未来の姿。風凧でまだ一度も空に浮かび上がれないリノには遠すぎる目標。異国の服に見慣れた兜にゴーグルとマスク姿。よく見ると兜は新品のようで、国紋が無い。


「セリム様!こっちに来るぞ!」


「セリム様だ!」


「セリム様ーーー!」


 名を呼ばれて手を振られるとセリムは片手で大鷲凧(オルゴー)を操縦しながら大きく手を振った。大橋の上空を飛ぶのかと思っていたら大橋より下へと向かっている。セリムと目が合った気がした。


「リノ!飛べ!皆、道を開けてくれ!」


 セリムが叫んで大橋へ近寄ってきた。人垣がリノに注目したがそれを無視してリノはセリムが来る方へと進んだ。自然と道が開いた。自力で登ろうとしていたリノを何人かの男達が橋の高欄(こうらん)へと持ち上げた。少し不満だったが無視して高欄(こうらん)の上に力強く立った。眼下に大鷲凧(オルゴー)が空中静止をしている。荒ぶる風が機体をすり抜けていくのに僅かに揺れるだけの見事な風支配。


「セリム兄……じゃなかった。セリム師匠!」


 飛び降りようとした時、セリムが大きく首を横に振った。


「礼は言ったか?」


 ゴーグルの奥の目は笑うように細くなっていたが厳しい光を感じた。少し背中がゾクゾクする。怖い。温厚で優しいばかりのセリムにそんな感情を抱くのは初めてだった。リノは小さく首を横に振って振り返った。


「手伝ってくれてありがとうございました!」


 精一杯大声を出してリノはセリムに向かって跳んだ。片腕で軽々とリノを抱きとめるとセリムはリノを機体に立たせた。


「あれじゃあダメだリノ。しっかり相手を見て頭を下げろ。挨拶、特に礼は基本だ」


 ポンポンと優しく頭を叩かれた。それから背中に腕を回された。大鷲凧(オルゴー)がゆっくりと進み始めて大橋の下を通る。


「はい師匠!それで師匠の挨拶は?」


「っはは!その通りだな!ただいまリノ、励んでいたかい?」


 今度は頭を撫でられた。もうそんなに子供じゃないから人前でやめて欲しいが、少し嬉しい。いやかなり嬉しい。風詠を目指す誰もがセリムの弟子になりたがる中、リノが選ばれた。帰国早々真っ先にリノに会いに来てくれて言葉だけの弟子ではないと伝わってくる。大橋を抜けて海の上へと出ると上昇し始めた。


「朝から晩まで勉強と鍛錬です!大師匠は優しいけれど、アスベル先生はちょっと怖いです!」


「いや、怒らせるとトトリ師匠の方が怖いぞ」


 もうすぐ太陽が一番高くなる。陽の光を乱反射する海はあまりにも綺麗だった。


「明日の朝には去る。やる事が山積みで殆ど共にいられない」


 えっ?と振り返るとセリムの手がリノの頭を掴んで前方へと戻した。


「一日一回は海風を見ろ。我が国の風の神に感謝を捧げよ。空で風を感じるんだ」


「もう大師匠としてます!」


 もう一度振り返るとセリムはゴーグルとマスクを外していた。柔らかく微笑んでいる。


「ああ。僕もそう教わった。だから自分の口でも伝えたかったんだ」


 綺麗に並ぶ白い歯を見せて笑ったセリムの屈託の無さにリノは目を細めた。どうやったらこんな眩しい笑顔を浮かべられる男になれるのだろう。背中を追い続けたら横に並んで、いつか追い越せるのだろうか。


「リノより先に広い世界を見てきた」


 海辺へと進んで行く。急にセリムの雰囲気が固くなった。怖くもないが背筋が伸びる不思議な感覚。


「僕も見たいです」


「リノは言ったな。風詠になるのは国の為ではなく、己が外の世界へ出るための手段だと。それでも弟子にした。その意味を考えてくれ」


 リノを見据える真剣な面持ちのセリムにリノは言葉を失った。師匠はリノが弟子に値しないと判断したらそこで終わり。そんな気がした。砂浜に大鷲凧(オルゴー)がふわりと着地してセリムがリノの手を引いて機体から降りた。リノの手を離して十歩程下がるとセリムはリノと向かい合った。


「僕が発つ前に伝えた言葉を覚えているか?」


 忘れる訳がない。リノは大きく首を縦に振った。憧れの人に弟子と認められた日、荒ぶる悪魔の風が押し寄せる前に聞いた初めての教え。


--僕の一番弟子。自由に空を飛べ。好きに生きろ。


--師匠というのは弟子を支えるんじゃない。弟子を支えに生きるんだ。


 これから先のリノを支え続けてくれるセリムの誠の言葉。絶対に忘れたりしない。澄んだ青空に白い砂浜。そして静かに優しく寄せては返す波。


 そこに異物、セリムの背後にいきなり鉛色の塊が現れた。


 リノは目を大きく開いて固まった。


 鉛色の体に黄色い細い毛の生えている顔程の大きさの蜜蜂。なのに目が三つ。黄色い瞳に青ざめたリノが映っている。


 蟲。


 これがきっと蟲だ。


***


 悲鳴を上げてもセリムは無表情でリノを見つめていた。それがあまりにも怖くてリノはセリムに助けを求められなかった。震えてその場に座り込む。声も出ない。


 三つ目の蜂蟲はセリムの周りを何周か旋回して砂浜に着地した。それからチラチラとセリムを振り返る。黄色と青色に目を点滅させながらセリムとリノを交互に見ている。鉛色の体をふるふる震わせていた。


 崖の国の子はアスベルから一度は蟲の恐ろしさと残虐さを教えられる。暴れ回る化物。近寄ってはならない。相対して逃げられないなら一撃で殺せと言われた。なのにリノには目の前の蜂蟲がそうは見えなかった。飛び掛かってくる訳でもなく、ひたすらセリムとリノを交互に見ているだけだ。


「師匠が連れてきたんですか?」


 セリムは答えなかった。身じろぎもせずにリノと蜂蟲へジッと視線を投げる。


 セリムが化物をリノに見せるか?さっきセリムは何て言った?


--僕が発つ前に伝えた言葉を覚えているか?


 セリムがあの日にリノに言い残していった言葉を思い返す。


--生きている尊さを愛せ。人を愛せ。生き物を愛でろ。


 リノの師匠セリムは空を飛べば鳥が集まり、海へ出ればイルカや魚だけでなく獰猛(どうもう)なシャチも懐くという。熊と戯れたとか鼠が恩返しにきたとか、生き物との数々の噂がある。


「あ……えっと……」


 リノはセリムを見るのを止めて蜂蟲を見つめた。まだ羽化したばかりのような薄い羽が沢山生えている。透き通って太陽の光でキラキラする羽が一枚破れていた。丸い形にふさふさした黄色い毛。牙みたいなのがあるが口を固く閉ざして震えている。


「リノ。さっき大橋で教えたことは覚えているか?」


 セリムが優しく微笑んだ。大橋で?


--挨拶、特に礼は基本だ


 化物に言葉が通じるのだろうか?セリムがこういう風にリノの前に連れてきて、そう言うのならば伝わるのだろう。ふと疑問に感じた。言葉が通じるのに化物なのか?


「リ……リノです。セリム師匠の弟子リノ……初めまして蟲さん……」


 そっと告げると蜂蟲がテテテテテっとリノの方へ歩いてきた。それから砂に脚をとられたのか転んだ。頭部が砂に突っ込んで埋もれてバタバタと脚を動かす。リノは思わず吹き出した。こんな間抜けな奴ちっとも怖くない。


「あははっ!ラステルと同じことしてるよ!」


 まるで赤ん坊に接するようにセリムが蜂蟲を両手で拾い上げてそっと抱きしめた。それからワシワシと毛を撫でると砂浜に下ろした。蜂蟲がブルブルッと体を揺らして砂を払うとまたテテテテテっとリノに向かってきた。


 また転んだ。


 リノは思わず近寄った。


「助けてやってくれ」


 セリムが腹を抱えて笑っている。リノは意を決して蜂蟲を両手で掴んで砂から引っこ抜いた。それからバッと砂浜の上に置いた。


 セリムと良く似た深い青い色の三つ目がリノを見ている。それから体を左右に揺らした。


 楽しそうに。


「ホルフル蟲森のアピスの子。それがその子の名前だ」


 アピスの子が飛行を始めてリノの回りをぐるぐるし出した。


「師匠の友達?」


「いや、家族だ」


 セリムはまだ愉快そうに体を丸めて笑っている。家族?どういう事だろう?聞いたら教えてくれるのだろうか。


「次に会うまでに考えたり調べてみろリノ。さあ、風を詠んでやれ。あの子には言葉が通じない。しかし真心は伝わる」


 セリムがリノを手招きした。それから水平線を指差した。


「沢山風が吹いている。優しいが少し荒ぶる、飛んだら楽しいだろうという風を選んで押してやって欲しい」


 セリムの手招きで蜂蟲が降りてきた。セリムが腰を落としてリノと同じ視線になった。多分リノの目線を追っている。ここか?と風を選んだ時にセリムは背中を叩いてくれた。リノはえいっ!と強くアピスを押した。


 上手く飛べないのかひゅーっと飛ばされてくるくる体を回転させたアピスがその後精一杯というように飛行を始める。それから愉快だというように飛び跳ねるように宙を舞った。


「良くやった!さすが僕の一番弟子だ」


 ぐじゃぐじゃと髪を撫でられてリノは泣きそうになった。セリムはとても嬉しそうに笑ってくれている。


「当たり前だよ!いつかオルゴーをもらうんだ!」


 風詠ではなくセリムの後を追いたいと望むリノをセリムは導いてくれるつもりだ。そこまで理解して弟子にしてくれた。何かやるべきことがあるのに、時間が限られているのにそれでも機会を設けてくれた。


 それがとても誇らしくて胸がいっぱいだった。セリムの期待に応えたい。


 アピスの毛が乱反射させる煌めきはとても美しかった。

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