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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
三章 ペジテ変動と蟲の民の復活

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大技師一族と蟲の民5

 どういう仕組みか分からないがヌーフが立っただけで開いた鉛色の扉。その先は広い部屋だった。一面壁に絵が描かれている。物語のような絵は人と蟲を題材にしているようだが、どれも悲惨な場面ばかりだ。高い天井にまでびっしりと絵が描かれている。色鮮やかで生々しい絵が怖くてラステルはセリムにしがみついた。


「誰かが招かれない客に、アシタカへこれを教えた。息子が君達に見せようとしたのはこの絵の写真だろう。知っているぞ」


 ヌーフの視線がルルに注がれたがルルは知らんぷりしている。しかし彼女の横顔は強張っていた。誰かはルルに違いない。


「大技師一族でも差があるのですか?今もルルさんだけが共にいる」


 セリムの問いかけにヌーフが頷いた。


「かつてテルムという男が罪と奇跡をもたらした。子孫は許されなかった罪を背負っている。いや背負わされているというのが正しい。人の世で色々しきたりが増えていったが

本当の意味での掟は一族のうち蟲と繋がる者が誓いを守ること。誓いの者が大技師じゃ。八人の子供のうち蟲と繋がるのはルルだけだった。わしの後を継ぐのはルルだった。アシタカは色々と知りたがっておったがの」


 ルルがキリッと眉尻を上げてヌーフと向き合った。蟲との誓い。ラステルは会見の時に大きく立派な蟲が現れた事を思い出した。


「ルルはこのような業はただただ恐ろしいだけです。しかしお兄様はいつも過去から学び未来を照らさなければと前を見据えていました。お兄様は変わり、蟲と繋がるようになりました。多分ルルよりも強いです。お兄様こそが大技師を継ぐ者です」


 力強く言い放ったルルの台詞が部屋に木霊した。


「その通りじゃ。異国から医師と名乗る者が現れた時に視えた。アシタカが大自然の中で青年と笑う所、それから蟲に運ばれている所。アスベル医師と交流すればアシタカは導かれる。蟲の王(レークス)が俗にまみれるアシタカを望んでおる」


 ヌーフがニコリと笑ってからセリムとラステルを手招きした。


 壁に近寄ると色鮮やかな絵がより恐ろしく感じられる。セリムがラステルの体を包んでいてくれなければ震えて動けなくなってしまいそうだ。この部屋には嫌な空気が溢れている。


「さっきのエレベーターの道のりにも飾ってあった光景ですね」


 見たこともない灰色の建築物の群れ、それに空に浮かぶ都市、自然など一粒もない世界。鳥も獣もいなさそうだ。蟲森も無いに違いない。


「これが古代……?」


「大地一面がこのドームの中をより高度にしたような都じゃった」


 壁沿いにヌーフが進む。都の間にペジテ大工房と同じドームが現れた。その中には緑豊かな自然に見たことない動物が描かれている。点々と散財する中身の違うドームの一つの前でヌーフが足を止めた。中に蟲のような生物が沢山いる。


「宝石と同じで希少だと惜しくなる。自然は失われつつあり代わりに様々な種類の偽りの庭を作った。娯楽じゃな」


 娯楽。ラステルにはよく分からなかった。


「蟲森をドームに閉じ込めて見世物にするようなことだ。安全なところから未知を見る。楽しむ場所。そんなところだろう」


 セリムが耳元で囁いた。セリムはラステルよりも頭が良いといつも思う。相応しくある為にはどうしたらそうなれるのか、どう努めるべきなか聞くべきだ。しかし今のセリムが壁を見る視線には嫌悪が滲んでいて、その珍しい様子にラステルはたじろいだ。今はその時ではない。


「その通り。それならばまだ良いが人はより過激なものを望む。動物と動物を戦わせ、人とも戦わせた。より迫力があり刺激の強いものをと。そして古き世の恐竜という生物を蘇らせ、合成生物も作り、蟲も作られた。巨大な迫力ある生物。それをショーにして楽しむ」


 隣の絵へ進むと人よりもうんと大きな生物がドームの中で戦っていた。血を流す生き物を大勢の人がぐるりと囲っている。歓声が聞こえてきそうな楽しそうな人間。隣に行くと人が中心となって生き物が動いているような絵。何だか気持ち悪くなってきた。ふいにセリムの腕に更に力が入った。見上げるとセリムの横顔がより険しくなっていた。


「暴慢な振る舞い。恥ずべき行為だ……」


 ラステルも嫌な事だと感じるがセリムはそんなものではない様子だ。こんな風にセリムが何かを拒絶するというのを初めて目の当たりにした。


「当然君のような者が現れる。そして争いに発展していった」


 壊されたドーム、そこから溢れていく生物。飛び交う妙な形の飛行機や人の形をした塊。そして殺されていく生き物や破壊された機械類の山。ラステルはこれ以上古い事など知りたくなかった。ノアグレス平野での争いなど小規模だ。文明が発達して巨大な戦争が巻き起こるなら便利など欲しくない。日々の生活に苦しんで他の悩みが思いつかないくらいが丁度良い。


「目を背けてはいけない。ラステル、これが人だ。僕達は身の内にこのような悪しきものを有している。律する為には人の性質を己を良く知るべきなんだ。争いなど大小が違えど本質は同じだ」


 セリムの体が小刻みに震えていた。恐怖ではなく嫌悪と怒り。そして侮蔑。しかし青々とした瞳は絵から目を離さない。ラステルも背けた顔を壁に戻した。気持ち悪さは消えないがセリムが受け止めるなら自分も同じように向き合うべきだ。


「人々は手段を誤った。利権が絡み争いが大きくなれば目的など忘れてしまい止まらない。戦争は勝者に富をもたらす。そして争いまでも創作物に代行させて安全な場所にいる人間は気づくのが遅くなった。やり過ぎた、と。世界はすっかり暮らしにくくなり今度は人間が安全に暮らす為にドームを作った」


 崩壊した世界に締め出された人々は苦悶を浮かべてドームを指差している。しかしドームの中は幸福そうな人々で溢れていた。


 雰囲気が変わって一人の悲しそうな男が女の人の前に立っていた。無表情の女性の後ろには仕切られた扉のない無数の小部屋から真っ赤な三つ目が覗いている。大量の赤い目が男を見ている。


「僕はこの光景を知っています」


 セリムが一歩前に出た。剣が取れ興味深そうにしている。ラステルは少しホッとした。いつものセリムだ。いや、どちらもセリム本人なのだろうが穏やかで優しすぎる人の意外な激しさが飲み込めていない。


「テルム。偽りの庭の巨大生物のうち蟲を作った科学者の一人。戦争が激しくなり蟲は兵器として応用製作されたという。ショーの為に指示を与える人形人間(プーパ)は司令塔として兵器を使役した」


 セリムはジッと壁の絵の男を見つめている。再びわなわなと震え始めた。ヌーフは気がつかずに壁の絵を眺めている。


「テルムは罪を悔い蟲と人形人間(プーパ)を解放した。作られたが同じ命、自然と共に生きようとする集団へと手を取り合って逃げた。この時テルムは蟲を作り変えたという。そして研究施設を破壊した」


 尊敬するような声だったヌーフの背中をセリムは睨みつけた。剥き出しの憎悪にラステルはセリムの体にしがみついていた手に力を込めた。


「この男は人形人間(プーパ)を逃した。しかし蟲を殺した」


 突然セリムが怒鳴った。それから振り返ったヌーフを激しく睨んだ。色変わりした丸苔のように真っ赤な瞳をしている。青と赤が混じってゆらゆらと蝋燭(ろうそく)の火のように揺らめく。ヌーフが大きく目を見開いた。


「セリム?」


「新しく産まれる君達は本当の命となる。そして自由に生きるんだ……。否定されて奪われたのも"本物の命"だ。生きていた!だから決して許さない。人の形をしていたというだけで人形人間(プーパ)だけを逃した!同じ命だったのに皆殺しにされた!新しく作った蟲だけを肯定して連れていった!」


 噛みつきそうなほどセリムが大きく口を開けて叫んだ。静寂で大きな部屋に"皆殺しにされた"という台詞が反響していく。部屋の中央でアピを抱きしめていたルルの小さな悲鳴がした。視線を向けると彼女はしゃがみ込んでいた。腕の中のアピは真っ赤な目をしているが震えていた。それを見てセリムが恐怖の表情に変わった。


「驚かせてすまない。大丈夫だ。もう済んだ話だ。怒ってももう戻らない。共に生きようと言ってくれたテルム、そして過酷な自然の中で苦しくも逞しく生きている人や生物達と新しい蟲は手を取り合った。持てる力で壊したものを蘇らせようとしたんだ」


 ポロポロとセリムが泣き始めた。ラステルの肩を強く抱きしめてゆっくりと絵を辿っていく。雰囲気が変わり崩壊していた世界が緑に満ちていった。ラステル達が暮らす今と似ている。綺麗な空に森や川、美しい雪原に荘厳な山々、昼間は夜に変わり星が流れる。


 しかしそれが突然途切れた。兵器を作るドームの人間達。外の世界はすっかり蹂躙(じゅうりん)されている。


「ドームの外を人々は羨ましがった。そして外界にいる兵器、蟲も恐れた。いつか報復されるとな。ドームの人間は侵略という暴挙(ぼうきょ)を犯した。そして蟲がドームの周りに現れた」


 ドームから外の世界へ向けられた無数の大砲。それを取り囲む蟲の大群。


「父であるテルムの祈りと願い。肯定されて与えられた"本物の命だから蟲は人と共に生きる。受け入れてくれた人を守らねばならない。強いから壁になる。蟲は繋がっていて体は死んでも残る。一匹でも残れば死なない。人間とは違うから盾になれる」


 セリムの発言にラステルは驚いた。てっきり殺されそうだから抗おうとしたのだと思った。ヌーフも驚愕している。


 自然の中で里を作っていた人々が苦しみ悶え、燃やされている。逃げ惑う人々の前に蟲がいた。ドームの周りも火柱が上がり紫色の霧に覆われている。その中に直立する人々も混じっていた。何だか妙だ。


「悪魔の炎。対蟲用の毒殺兵器。炎と毒で蟲だけでなく外界の人々も虐殺されてしまった。神はそれを悪としたのだろう。同時期に大災害が巻き起こり大陸は割れて大津波が世界を襲ったという。ばら撒いた毒も大地を侵食して世界はすっかり変わってしまった。他の大陸は知らないがこの大陸にはドームが一つ残った。後のペジテじゃ」


 ラステルがよく知る蟲森の絵が続いている。隙間の大地に人の里がある。蟲に守られた人々が再び平穏な生活を始めていた。


「守っても守っても殺される。どんどん暮らせる場所が無くなっていく。共に生きようとしてくれてる蟲の家族ばかり滅ぼされてしまう。逃げて欲しいのに逃げない」


「この人達のこと?」


 ラステルはセリムとともに壁画に近寄ってドームの周りで燃やされる人々にそっと触れた。


「これが蟲の民だよ。共に学び、生き、蟲と意思疎通を果たした家族。僕もこの炎に身を投じる。こんなに優しい家族を置いていったりしない」


 テルムが人形人間(プーパ)と相対していた。色白で金色の巻き髪の赤い目をした女性と向かい合うテルム。

 

「蟲の女王となった人形人間(プーパ)はついに怒った。蟲と共にドームに牙を剥いた。しかしテルムに諭されてドームの人々と蟲の女王は不可侵の誓いを立てた」


 ヌーフの台詞をセリムが遮った。


「違う。絶望の中で蟲は戦う道を選んだ。例えこの先もう二度と人と生きれなくても、絶滅してもこの諸悪の根源だけは許さない。絶対に許さない」


 再びセリムの瞳に赤が混ざった。


「セリム君、教えてくれ。真実は何なのか。蟲の王(レークス)は大技師の元へいつか蟲の民が現れて罪を裁くと伝えてきた」


 セリムの体がゆっくりと床へ下がっていった。ラステルはしゃがみこんだセリムの肩へ手を回した。ヌーフがセリムの前に膝をついた。


「セリム君……」


 セリムはヌーフの手を払いのけた。それから嗚咽して泣き崩れた。ラステルをキツく抱きしめて。

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