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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
三章 ペジテ変動と蟲の民の復活

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ティダとパズーの交流

 パズーが家から出たティダの後ろに立とうとした瞬間蹴りが飛んできた。あまりにも速度が速くて避けられずにいたが、顔面寸前でティダの足は止まった。


「俺の後ろに立つな」


「な、な、な、何だよ!ここには僕かアシタカかシュナ姫様しかいないじゃないか!何で蹴りなんて」


 フンッと鼻を鳴らしてティダが歩き出した。小石で舗装された道ではなく草むらを突き進んでいく。


「何処に行くんだよ。セリムを連れ戻すって言ってた……」


 パズーの声は無視されてティダが遠ざかっていくので思わず追いかけた。


「あんなの邪魔したらヘソ曲げるだろあいつ」


 反対側にいるセリムとラステルをティダが顎で示した。仲良く手を繋いで談笑している。二人きりの世界という感じで見てはいけないものを見たとパズーは顔を背けた。ティダは素知らぬ顔で歩いている。


「良く分かるな、セリムのこと」


 風が全然ない室内の自然は何とも奇妙だ。訪れるのは二度目だが"偽りの庭"が何故その名称なのかもう理解出来る。大自然の猛威の中を生きるパズーにはこの庭は物凄く違和感で、嫌な感じさえしてしまう。ティダはそんな事感じないだろうか。


「あのさ……」


「分かりやすい男だ。しかし根元が分からん。パズー、 崖の国というのはどんな所だ?」


 質問を遮られてパズーは行き場のない開いた口をどうすれば良いのか迷った。


「何だ?先に言え」


 意外にも促されて逆に困った。


「いや全然大した事じゃないからいい。崖の国のことが気になるのか?」


 ティダが腕を頭の上へ伸ばしながら頷いた。それからいきなり屈伸しはじめた。


「あんな男はどうやって育ったのかと思ってな」


 ティダは上着を脱いで草むらに投げると逆立ちした。それからそのまま腕立てする。半袖から覗く太く逞しいしなやかな筋肉は屈強な崖の国の大男よりも優れている。機械技師でロクに鍛えてないパズーは思わず見惚れた。鋼の肉体は憧れる。しかしどうして突然こんな行動に出たのかさっぱり分からない。


「いや、それはお前の方だろう」


 口は悪いし暴力的。ラステルへの態度など最悪で嫌いだ何だと言っているのにラステルを助けた。初対面の時、パズーにすぐさま大丈夫かと問いかけてきた。パズーとラステルの命の恩人。物凄い変な奴。ティダは自分語りはするつもりがないと言うように腕立てを続ける。パズーは隣に腰を下ろした。


「あ"あ"ん?」


「いい奴なのになんでそんな横柄なんだよ。セリムなんて見れば分かるだろう。一体どんな風に育てられたらお前みたいな男が出来上がるんだ?」


 怒り出すかと思って身構えたがティダは涼しい顔をして腕立てを続けた。


「三つ質問に答えてやる」


「え?」


 ティダの言葉に目を丸めると、ティダはニヤリと口角を上げた。


「一つ、お前は俺をペジテ大工房に招く幇助(ほうじょ)をした。二つ、さっき俺をセリムより格上に評価した。三つ、戦闘機の操縦が見事だった。よって三つだ」


 ティダは腕立てを指だけで行いはじめた。聞いてみたいことは山程ある。体に蟲の殻がついてる大狼を従えるベルセルグの皇子。奥さんはドメキア王国で反乱しようとしている姫。祖国を討つという男は何から何まで謎だらけだ。


「無いようだな」


「あるよ。それも沢山。でも……。一つ、お前はペジテ大工房に警告をした。これは崖の国の為にもなっている。二つ、僕とラステルを助けた。三つ、(さら)われかけたラステルを助けた。相殺だ」


 思わず口から出た言葉にパズーは自分でも驚いた。でも自分だけ根掘り葉掘り聞くというのは卑怯な気がする。相殺といったがもっと助けてもらっているがそれは無視した。一瞬目を丸めたティダもその事を指摘しなかった。


「なら好きに聞け。俺も聞く」


 ティダが腕をバネのようにして跳んだ。それからパズーの隣に腰掛けた。愉快そうだ。


「何でラステルの事嫌いなんだ?」


 ギロリと睨まれたがティダは手は出してこなかった。


「むしろ聞きたい。蟲()()に同情して俺に飛びかかってきた基地外。口では違うというが蟲を操る化物。あれは破壊神になる。理想ばかり掲げて何の提案も出来ない愚かな女。どこを好めというんだよ」


「何だよそれ。全然違う。ラステルは僕達を救った。セリムが死んだと思っても憎しみより平和を願った。自分を化物って呼んで、人に嫌われると怯えてた可哀想な女の子がだ!お前はラステルの良いところを知っている筈なのに変だよ」


 大きくため息を吐くとティダはパズーの背中を叩いた。今までと違って軽くで痛くなかった。


「分かってる。ヴィトニルが気に入った女だからな。ただ最初のあの屈辱、顔も声も虫酸が走るんだよ」


 屈辱?初対面のラステルが殴りかかった事か?こいつは頭を下げた。


「何言ってるんだ?殴ろうとしたお前が何にも抵抗しないからラステルはお前のことを認めた。殴りかかるなんて悪いことだって自分を抑えた。お前が頼めば協力してくれる男だって信じた。これのどこが屈辱なんだよ」


「俺の道を即座に否定して軽蔑した。お前が選んだ方法は愚かだ、最低だ、極悪非道だと訴えてきたあの目、俺は忘れねえ」


 静かな怒りだった。これがティダという男の本心だとパズーは感じた。


「つまり図星だったから苛々した訳?今も根に持って苛々してるのか?」


「はあ⁈」


「お前はセリムとラステルを助けた。道を変えた。嫌いな女を二度も助けた。軽蔑どころか今は尊敬されてる。だからこれ以上ラステルを侮辱するのは女々しい八つ当たりだと僕は思う。そういう男じゃないだろう?」


 殴りかかかってくるかと想定していたがティダは動かなかった。パズーはこれ以上ラステルに不憫(ふびん)な目にあって欲しくない。セリムが見たら絶対激怒する。セリムは本気で怒ると物凄く手がつけられないから今のうちにティダとラステルの溝は埋めておきたかった。


「ッチ!セリムよりお前の方が妙ちくりんだな。崖の国ってのはどうなってるんだよ。そこまで言うならあの女にそれなりの対応くらいしてやるよ」


 舌打ちしたがやはり凶暴さはない。むしろ穏やかにさえ感じる。なんだ、普通に話せるんじゃないか。パズーは"こいつ自尊心を刺激されるの弱いんじゃないか?"と口元が綻んだ。狼はおだてたら犬になって腹を見せてくれるかもしれない。強くて豪胆なティダをパズーは気に入っている。どうせなら腹を割って話したい。見習いたいところが沢山ある。怖くて暴力的だが全力ではないのは身にしみている。怪力男が本気だったらパズーはこの世にいないはずだ。


「成り行きでこの国へ来たと言っていたなパズー。帰らねえのか?」


 セリムや崖の国について尋ねられると思っていたのに違った。


「帰りたいよ。でもセリムとラステルを置いて帰ったらテトに殺される」


「テト?お前の女か」


 あけすけに言われてパズーの体は熱くなった。


「いや、まだ。まだというか多分そうなるというか……」


 自信が持てなくて声が小さくなった。


「そんなナヨナヨした男は俺なら願い下げだな」


 キッパリと断言されてパズーは呻いた。


「やっぱり?」


「で?何で殺されるんだよ」


 この話にティダが食いつくのは予想外だった。もしかしたら的確なアドバイスとかくれるかもしれない。


「テトは崖の国から友好を示す使者としてラステルの故郷に行ったらしいんだ。多分歓迎されてない。僕がいないうちに何があったのか知らないけどラステルが"テトに恥じない女でいる"って言ってた。崖の国の女の友情は固い。テトなんて特に。あいつ単なる羊飼いの娘なのに豪胆なんだよ」


 ティダがゲラゲラ笑い出した。


「そりゃあ手ぶらで帰ったら殺されるな。いいなその女。気に入った。絶対会わせろ」


「嫌だよ!崖の国の女はお前みたいな奴が大好きだからな。でもテトはお前のこと引っ叩いて説教しそう」


「どんな理由で?」


 ティダは興味津々といった様子でニヤニヤしている。


「女に手を上げるなんて崖の国じゃあり得ない。ラステルへの仕打ちをみたら鬼みたいになるぜ」


 想像しただけで身震いした。そのテトを嫁に望むのは考え直した方が良いかもしれない。しかし弱虫の自分にはテトのような男勝りな女が必要だ。


「もうぞんざいには扱わねえから問題ないな。むしろ余所行きの態度をしてやろう。目の前で()(さら)ってやるよ」


 高笑いするティダに血の気が引いた。こいつなら本気でやりそうだ。テトはティダにどんな反応をするだろう。二人は何処と無く似ている。体の中心に太い芯が貫いていて曲がらない。


「僕に必要な女だ。やめてくれよ。いやさせないからな。邪魔してやる。そういえばティダはシュナ姫の事はどう思ってるんだ?政略結婚なんだろう?」


 素朴な疑問だった。好いてもいない女を妻にするというのは想像がつかない。ティダはシュナを気に入っているようにも感じられるが、シュナは断固拒否という様子。


「使える女」


 即答だった。ティダを毛嫌いしているのを微塵も隠さないシュナは正しいようだ。


「家族や仲間を蔑ろにするのは万死に値する。謀略と陰謀で結ばれた伴侶とはいえ正妻。賢く人望がある。声は綺麗だ。努力するには十分。誓いを立てたからには従う」


 ラステルへの非礼とは打って変わってシュナに対しては口は悪くても丁重だと感じていたがそういう理由なのか。


「へえ。お前こそ妙ちくりんな男だな。それ、ちゃんと伝えたらあんなに険悪にならないんじゃないか?」


「全く信じて無いあの女。まあ別にシュナにどう思われたっていい。興味ねえ。俺は婿入りした身。ベルセルグ皇帝を討つがあの国にもう居場所はねえ。毒蛇の巣で生きるのに見返りなんて求めてない。俺は誓いを破り裏切るのが一番嫌いだ。自分だけはそうならねえ」


 ティダの高潔であろうとする姿勢は強迫観念にも感じられる。そうしないと自分じゃないとでもいうように。


「心根の醜い女が渦巻く後宮や側室には虫酸が走る。遊ぶのに女を用立てても必ずシュナの下に置く。何の地位も権力も与えねえ。国が荒れるからな。まあ側室にしてまで手元に置きたい女なんて()()いるとは思えねえが。女なんてそこらで遊べば充分だ」


 ティダの顔付きが変わった。豪快で自信(みなぎ)る姿ばかり見てきたのに、今はどことなく哀愁漂う雰囲気を漂わせている。


「もうって?」


 ティダが勢いよくパズーへ顔を向けた。心底驚いたように切れ長の目が大きくなる。


「ははっ……つい口が滑った。お前はするする懐に入ってくる。それ以上は聞くな」


 ティダがあまりにも寂しそうに微笑んだのでパズーは面食らった。ティダが立ち上がってパズーに背中を向ける。


「僕は嫌な事を無理に話せなんて言わない」


 返事をしないティダが見つめているのは、アピを抱きかかえて何故か頬を膨らませて怒っている雰囲気のラステル。そしてラステルの隣で彼女を愛おしそうに眺めているセリムだった。セリムの締まりがないだらしない惚けた表情に呆れてパズーはティダに視線を戻した。


 黒曜石のような瞳が揺らめいている。


 見覚えがある視線。祖母を亡くした祖父が時折見せる孤独とよく似ていた。


「そろそろ充分だろ。あの骨抜き王子を連れ戻すか」


 先程までのは幻というようにティダはいつもの雰囲気に戻っていた。

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