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風詠と蟲姫  作者: 彩ぺん
三章 ペジテ変動と蟲の民の復活

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偽りの庭での討論2

 俯いていたセリムがグッと顔を上げた。決意に満ちた勇ましい表情だ。


「戦争しようという愚か者共を全部潰すと言ったなティダ・ベルセルグ!」


 セリムがティダに向かって大声で叫んだ。それからセリムが腰に手を当てて胸を張った。


「僕はティダの作戦には乗らない。各国の問題を解決し戦争しようとする原因を潰す。武力行使は傷を残しいつか膿み憎しみが憎しみを呼ぶ」


 潔くてセリムらしいとアシタカは眩しさに目を細めた。どうしてセリムは難しい決断を出来るのだろう。セリムは必ず行動に移す。なのにアシタカは決められずにグルグルと考えて立ち止まっている。シュナと握手を交わしてもやはり悩んでいる。正しい道が皆目見当もつかないし、成せるという自信も持てない。気概(きがい)だけが空回る。


「生きている尊さを愛し、人を愛し、生き物を愛でよ。僕はそう弟子に教えた」


 自分に言い聞かせるようにセリムは一言一言力強く発する。ティダは無表情で黙って耳を傾けていた。


「心臓に剣を突きつけられても真心を忘れず、憎しみで殺すよりも許して刺されろ。憎悪では人は従わない。それがレストニア王族の矜持」


 セリムがパズーへ視線を投げた。


「師に"一人で死ぬのは勝手だが、叶わぬ理想に他者を巻き込むな"と言われた。だから理想を追って一人で死ぬ!いや僕とラステルの二人だ。人と蟲を繋いで憎しみを溶かした僕の誇り(オルゴー)に相応しくない男にはならない」


 パズーは諦めているといった表情だが首を横に振った。


「何でそう無茶な事を考えるんだよセリム。絶対崖の国のみんながセリムとラステルの帰りを待ってるのに。うへぇ……そもそも僕はアシタカを送りにきただけなんだからな……」


 パズーの言葉にセリムが悲しそうに微笑んだ。アシタカはセリムに賛同したかった。パズーからの"セリムの尻に乗るな"という批判が蘇った。もう安易に人の意見に左右されたくない。シュナがアシタカに考える時間をくれたということに今更思い至った。


 戦争をしようとする原因を潰す、か。シュナへの支援はまさにそれではないだろうか。気がかりはベルセルグ皇国へティダが挑むのを止めない事。本人が望んでいるとはいえ、報復戦争を代理させようとしている。


 ティダがわなわなと震えはじめた。何故なのか。セリムの発言はそこまで彼を怒らせることなのか?


「てめえ!俺が間違っているっていうのか⁈ふざけるな!現実を見ろ!理想じゃなくて夢だ!手に入らねえ虚構!具体的に何をするつもりなんだよ!阿呆か!」


 摑みかかろうとしたティダをセリムはさっと避けた。


「知らん!嫌なものは嫌だ!エルバ連合に必要なのは食糧だ!蟲森の民と通じたからその辺りからどうにかする!ドメキア王国は王家の腐敗!それならシュナ姫を全面支援する!とにかく戦争は起こさせないからな!ベルセルグは何だ?教えろ!」


 戦争は起こさせないからな、その言葉がアシタカを激しく揺さぶった。高すぎる理想はティダへの痛烈な批判だ。だからティダは激昂したのか。


 セリムがティダに向かって仁王立ちした。拳を振り下ろしたティダに対してセリムは避けずに目を瞑った。しかし殴られたのはセリムを突き飛ばして庇ったパズーだった。

 

「殴られようとする者にそのまま手を挙げるなんて恥だ!お前はそんな男じゃないだろう!」


 ティダの顔が急に真っ青になった。ラステルに似たような台詞を吐かれた時よりも動揺している。パズーが吠えた。


「セリムはな、そもそもペジテとかドメキアとかベルセルグとか全然っ関係ないのに西の果てまで飛んできたんだぞ!()()()セリムを動かしたんだ!決意させたんだ!大元の奴が小さいこと言ってるんじゃねえよ!」


 殴られて真っ赤になった左頬を抑えて泣いて情けないぐしゃぐしゃな顔をしているパズー。なのにパズーはティダの目の前にズイっと出た。痛くて怖くて仕方ないという表情なのに胸を張ってティダを見下ろす。ティダは引きつった青ざめた顔で絶句していた。


「セリムなんかアシタカに引っ張り出されて、奥さんの付き添いがないとこうなれなかったんだぞ!ラステルに釣り合いたいだけのお花畑だ!お前はたった一人でしかも素っ裸でペジテ大工房に支援に来たんだろ!セリムとは違うじゃないか!」


 セリムの目が点になった。ティダに血色が戻って来たが呆然と立ち尽くしている。


「だいたいなあ!セリムはこんなんだから危ないんだよ!お前とかアシタカが賛同してくれないとすぐ死ぬ!明日にでも死ぬ!言う事聞かない強情者で無鉄砲で甘っちょろいから!」


 パズーが泣くのを止めて眉毛を釣り上げて苛々しはじめた。


「ティダ程しっかりした兵士じゃないのに力があるって自信があるんだ。油断して大怪我するのに!」


 セリムが気まずそうにパズーを見つめている。パズーは無視しているのか、気がつかないのか話を続けた。


「見ろよティダは戦場にいたのにピンピンしてる!崖の国は小さいし、セリムにはアシタカみたいに支援者とか物資とか無いんだ!何が出来るんだよ!本当だよ!ティダが言う通り現実を見ろよ!」


 セリム擁護から段々と非難に変わっている。パズーが尚も続けた。


「おいセリム!ちゃんと頭下げろよ!お前が死んだらラステルが可哀想だろ!ラステルは巻き込んでいいのかよ!男としてダメだろ!お前は頼りないんだから頼り甲斐のあるこの2人にちゃんと頼めよ!ほらっ!」


 パズーがポカンとしていたセリムの腕を引っ張ってティダに向かって押した。


「ティダは僕に謝れ!毎回毎回、痛いんだよ馬鹿力!根はそんな男じゃ無いんだから威張り散らすな!」


 地団駄を踏むとパズーはアシタカを睨んだ。


「目の前に殴られようとしてる奴がいるのに眺めてるんじゃねえアシタカ!たまに卑怯なんだよお前は!」


 何だって?アシタカがパズーに詰め寄ろうとした時セリムがパズーを後ろから抑えた。ティダがパズーの口を塞いだ。


「悪かったパズー。ここまで言われたら我慢ならねえ。おいセリム、話くらいは聞いてやる」


「君を侮辱したティダ。すまない。どうか僕を助けてくれないか」


 歯を見せて笑うセリムと鼻を鳴らしてから穏やかに微笑んだティダ。二人から手を離されたパズーはソファに座り込んでまだブツブツと全員の文句を言っている。アシタカは深呼吸してからパズーの前にしゃがみ込んだ。


「見捨ててすまない」


「いや……そういうつもりじゃ……」


 アシタカはパズーを引っ張って立たせた。


「君の批難は痛烈で目が()める。ドメキア王国にはシュナ姫がいる。ベルゼルグ皇国にはティダ。エルバ連合にはセリム。ペジテ大工房には僕がいる。ラステルさんが蟲と人を繋ぐ」


 アシタカは全員を見渡した。


「皆で話をしよう。腹を割って嘘偽りなくだ」


 とても晴れやかな気分だった。


「争わないようにと考えるのが何が悪い。血が流れないようにと願う事が悪い筈がない。ずっと一人だった。だがどうだ?今こんなに居る。世界にはもっといる。皆で考えよう。それから僕らは同じ気持ちだということを忘れないようにしなくてはな」


 アシタカは自然と笑っていた。ガラス細工の中の街、人工的な自然でしかない偽りの庭、嘘で塗り固められた信仰、真実を歪め過去を擬飾した国。だから何だ?変えようとすれば変えられる筈だ。


 アシタカがペジテ大工房を一歩踏み出させるには一人では無理だが、一人ではない。


「お前はまた身の丈に合わない事を望むなアシタカ。おいパズー。お前はこれから俺についてこい。俺を叩ける地位をやろう」


 ティダが椅子に座って頬杖ついた。それからパズーに向かってニヤニヤ笑いを浮かべる。


「げっ、何だよそれ。絶対いらない」


 そう言いながらパズーは何故かティダの隣の椅子に座った。


 大狼がいなくなって閉じていた玄関の扉が勢いよく開いた。三つ子の妹がなだれ込んできた。


「お兄様!やっと元気になりましたね!」


「皆さまお兄様をよろしくお願いします!私達ずっとお兄様に本当のお友達が欲しかったのです!」


「ご挨拶が遅れましたララとリリです。私はルルです」


 セリムがすぐさま三人に右手を差し出した。


「初めまして。崖の国のセリムです。アシタカにこんなに可愛らしい妹さん達が居たとは知らなかった。本でしか知らない三つ子に会えるなんて僕は幸運だ」


 屈託無い笑顔にリリとルルが真っ赤になった。ララは僅かに頬を赤らめた。それからララだけがティダを見つめてニコニコと微笑んだ。


「これはお嬢様方。我が……」


 見たことがないほど穏やかな微笑みでティダが一歩前に出た。それをララが遮った。


「私達お世話係ですの!湯浴みが終わったお妃様方を案内にきました!」


 アピがブーンと部屋に入ってきてセリムの頭の上に乗った。リリとルルが外へ出てからシュナとラステルを連れて戻ってきた。


「ちっとも湯の匂いなんて……」


 穏やかだが目に棘があるティダを今度はラステルが遮った。


「セリム!体は大丈夫なの?」


 心配するラステルに近寄るとセリムが柔らかく微笑んで彼女の頭を撫でた。


「ああ。少し痛むが元気だよ。アシタカは疲れているようだから話はまた後にして散策しよう。可憐な乙女達よ僕と妃を案内してくれないか?素敵な庭だ。三つ子がどんななのかも是非教えて欲しい」


 セリムがラステルの腰を抱いた。それからララ、リリ、ルルと順番に頭をポンポンと優しく叩いた。三つ子達がはにかんで「もちろんです」と声を揃える。セリムはどうしても偽りの庭を散策したいらしい。パズーがティダに向かって「ああなるとセリムはもう止められない」と囁いていた。


「全部聞いていた。とんでもない妹達だなアシタカ殿」


 ラステルに誘われたシュナは断ってアシタカの前まできた。


「聞いていた?」


「盗聴という技術は便利だな」


 シュナの発言を聞いてアシタカは三人娘を問い詰めたかったがもう姿が無かった。


「皆で話し合うのならば私も参加しよう」


 シュナがティダを軽く睨んでから意味深に微笑んだ。アシタカはこの自分こそ正しいと考えている者達をまとめあげられるのか不安だった。しかしやるしかない。


「ったく時間が惜しいってのに何なんだあいつは。腹に何か隠していやがるし。ようシュナ、コソコソ動き回って何のつもりだか知らんが……」


 今度はシュナがティダの台詞を遮った。


「邪魔するつもりはない。むしろこれからは援護してやろう。お前にドメキア王国をくれてやる。私が第一軍含めて好き勝手に使えるようにしてやろう」


 ティダがアシタカを眺めて「ふーん」と言いながら首を揺らした。


「腹を割ってでそれか。その手で崖の国の王子が納得するなら大人しく乗ってやろう。あいつにヘソを曲げられると色々困りそうだからな。ったく怒りで暴れそうになった」


 ティダが高笑いしはじめた。この口振りだとセリムの意見を受け入れたのではなく、自分のために引いてみせたが正しそうだ。しかしティダがセリムをそこまで買っているというのも伝わってきた。


「温室育ちのお坊ちゃんに田舎王子のお手並み拝見してやるよ。俺は目的も生き方も変えるつもりはない!俺の邪魔をしないなら何でもしてやろう」


 この男は腹を見せたりしないだろうなとアシタカはティダの本心の見えなさを不気味に感じた。一方で羨ましくてたまらなかった。シュナがティダの向かいの椅子に腰掛けた。


「おいシュナ覚えておけ。俺が好むのは矜持。それだけだ。銃弾飛び交う誓いの道で見つけたものもその一つだ」


 シュナが猜疑心しかない瞳をティダに向けた。


「戯言を。腹の底を見せぬ狼などさっさと岩窟へ去ってもらうからな」


 大口開けて笑うティダに彼を睨むシュナ。アシタカとパズーは顔を見合わせて同時に溜め息をついた。


 前途多難。


 アシタカはますます悩まされそうだ。


 しかしそれでもとても清々しかった。


 もう一人で気負う必要はない。それだけでとてつもなく肩が軽かった。

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