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ひび割れた空間で最後の統合を


 それから、数日がたった。

 晃が家でニュースを見ていると、見覚えのある顔を発見したのである。


 とても綺麗で、艶やかで、この世の者とは思えぬ女神のような佇まいに胸を踊らせた。

 しかしその直後、困惑が起こる。


「…………由紀ちゃん?」

 ギャップダイナミクスに、ちょんと座る少女の胸から回りの空間にかけて、ひび割れが起きているのだ。


 どういう意味か、それは少女の体に傷がついているとか、けがをしているとかではなくて、彼女の胸からその周りの空間にかけて(・・・・・・・・・)文字通り「ひび割れ」が生じているのである。


 未だかつて、一度として巻き起こった事のない、得体のしれない正体不明のこの現象は、全ての人々の注目と興味を引き付けるのに十分であった。


 科学とか、物理とか、そういう数式では表す事のできない、恐ろしい「空間へのひび割れ」はあまりの実感のなさに、多くの人々の思考を混乱させた。


 彼は思った。彼女の胸から空間にかけて生じるひび割れは、決して幻想的なものなんかではなく、禍々(まがまが)しさ溢れる出来事であると。


 その出来事はまるで、少女の胸の内を空間が表現しているかのような、そんな悲しさがあったのだ。


 あまりにも珍しすぎるその現象にメディアは大々的に登城由紀という可憐な少女を取り上げたのだ。


 由紀は、自分の胸から広がるひび割れにより、身動きが取れなくなっていた。

 ひび割れが、空間に根を張るかのように、びっしりと、しっかりと伸びていた。


 幻想的な空間に幻想的な少女と、ひび割れ。


 この得体の知れない現象に、科学者や物理学者は手も足もでなかった。

「…………由紀ちゃん?」

 晃は混乱にうちひしがれた。


 なぜ、この前出会ったばかりの美少女に限って、こんな科学では説明のつかない現象が巻き起こっているのだろうか、と。


 よく見ると、由紀の胸からほとばしる、その痛々しげなひび割れは、空間に根付き、空を裂き、可憐な少女の身動きを封じているようでもあった。


 その光景を見たとき、晃の心はすさまじい熱に襲われた。

 熱い、空間が、熱い。


「わかった。今行く、由紀ちゃん」

 そう、独り言を発して、晃の体ははギャップダイナミクスに向かって走って行った。


 地面を走り、晃は由紀のいるギャップダイナミクスに近付こうとする度に、晃の蹴るアスファルトは発熱を始めた。


 だが、晃にはそんなことは関係無かった。

 ただ、自分が出会う、最初で最後の絶世の美女。


 そんな由紀をほおっておくことが出来なかったのだ。

 そしてとうとう、いつもの中央公園へ足を踏み入れた。


 その時晃の回りにある落ち葉が発火した。

 めらめらと、燃え盛っていた。


 そう、由紀の胸から発せられるひび割れが近づく度にだ。


 走る度に、木の葉が発火するという現象も、科学では説明できない、ありえない現象であると彼は冷静に考えた。


 地面を踏みしめるたびに、アスファルトが発熱するなんていう馬鹿げた現象も、常識では考えられない事態だった。


 けれども、彼はそんな異常事態に心を傾けている余裕なんて一切存在しなかった。

 いち早く、ユキに会って、そのひび割れた心と空間を抱きしめてあげたかったのだ。


 自分の力でひび割れを粉々にして、すぐにあの美しかったユキの瞳に、希望を与えてあげたかったのである。


 だから、今、自分に巻き起こっている「発熱」なんていう現象に心を囚われている余裕なんて無かった。 




「由紀ちゃん!!」

 晃はマスコミをかき分け、渾身の叫び声を発した。


「晃くん!!」

 由紀も、その動けぬ体で、渾身の叫び声をあげた。


 直後、少女のひび割れと、少年の炎はより一層、爆発的な動きを見せた。

 その動きは、流動的に、根本的に、空間に揺るぎを生じさせた。


 ギャップダイナミクスに一筋の光あり。

 衝撃派が彼らの肌をかすめる。


 マスコミの連中はその衝撃にのけ反った。


 あまりに大量に、降りしきった光に一同は目を眩ませた。




 その後、どうなったのかを知る人は一人もいない。

 ただ、ギャップダイナミクスには今日も敬愛の花束が添えられる。


 男女の愛に、乾杯と。




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