思い
ニア率いる魔族軍は、全速力で王都を目指し移動していた。
勿論、B.Cと救出した猫族の猫王ケレスとその娘の王女クレハも同行している。
まさか、まだ鬼の生き残りがあれほどの数がいたとは…。
猫族がかばっていた…か、気付かぬはずだ。 猫はノーマークだったからな。
今はその様なことよりも、一刻も早く王都へ帰らねば。
猫族王都アイルーロス
鬼が優勢を飾り終末は、結果が誰もが分かっている。
これは鬼の勝利間違い無し。
大半の人間兵士は息絶え、残すは城とアドリアンヌのみ。
「アドリアンヌ女王様。 ここにいるのは危険です。 すぐに本国への撤退を……ッ!」
報告をしにきた兵士は右横腹にありえぬ痛みを感じた。
何故か、分からない、痛みが、込み上げる、痛い…痛い…痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
兵士は倒れた。
「お前は黙っていろ… ニンゲン」
アドリアンヌが魔法を放ち殺したらしい。
「くっ…。 鬼如きが、妾に反抗するとは…! おいそこのニンゲン!」
「ハッ!」
「妾の杖を!」
「承知いたしました」
護衛の兵士がアドリアンヌに杖を丁寧に渡した。
「“いいもん見せてやる”か…、ならば妾も…見せてやろう。 300年も生き長らえ、蓄えた妾の魔法を…叡智と技術の結晶を…! 妾がわざわざ、ディフィーレの家の者に取り憑き、呪いを撒き幾つもの肉体に乗り移り、世界を清めてきた! あの方の再びのご降臨を夢に見て世界に蔓延るあの方にとって、不必要な存在を消してきたこの妾のこの崇高なる目的の為の行いを、無碍になどさせぬ!!! あの方の望むとおりの世界に清めなければならない!!! そのためにあの時、あの時代、あの場所、あの者等を、消した、筈なのにいぃぃぃぃ!!!!!」
アドリアンヌの体から黒い黒い黒い靄が溢れ出し城と王都の上に黒雲として止まる。
黒雲は太陽を隠してしまった。
「鬼には効かぬが人間にはよく効く…、あの方が、おられた、あの時に、あの場所で、直接、学んだ、この、魔法を…」
突如、黒雲から黒い雨が、真っ黒な雨が大地に打ち付けた。
「さぁ、人間のその魂を妾の糧となれ…」
アドリアンヌの肌が黒く染まりゆきそして、肌だけでなく目も、爪も、歯も、髪も、服も、杖も、全てが黒く黒く黒く黒く黒く黒く染まりゆく…。
黒い雨に打たれた人間から白い弱く輝く光がアドリアンヌのもとへと移動していった。
「アド…アンヌ…さ…ま…?」
人間は次々とその場の大地に床にその身体を委ねる。 意識は遠のき帰らぬままの人間が全て。
「なんだこれは?」
イグレッドは黒く染まりゆく空と大地と人に驚きを隠せずその手は震えが止まらなかった。
倒れてゆく人間…敵のはずなのに不意に可哀想とまで思い始めた。 それほどまでに悲惨。
ただ、怖かった。 物凄く、怖かった。 止まらぬ震えは、ただその一つの真実を知らせた。
だが、部下に恐れるところをみられるわけにはゆかないと恐れを捨てた。
イグレッドの心には恐怖の代わりに怒りが居座り、その恐怖の意識と取って代わってイグレッドを操った。
「………」
自らを守ってくれた国の大地を汚してくれた者へのとてつもなき怒りだ。
赦さない、赦せない、赦してはならない!!!
短いこの思いと感情は、ただ「殺せ」という脳からの指示をただそのままに実行した。
「殺せぇぇぇぇ!!!!! 魔女をぉぉぉ!!!!!!」
戦場に鬼の声が響き渡る、派手に、壮大に、轟音と、響き渡る。
守られなかった大地と空に代わり魔女を殺せ。
イグレッドは無意識が意識を無力化し無意識が支配者となり何も考えずにただ、怒りを背負って、魔女のみを標的とし剣を振るう。
人間と物と鬼と全ての区別が付かぬ状態になりながらも、ただ目指す、魔女を。
行く手を塞ぐ全てを壊し突き進む。
“あの方のご降臨なされるこの世界を清める”、その単純で、複雑で、分かりやすくて、分かりにくい思いを胸に縛り付け前へ前へと彼女をはやし立てる。
生き長らえた彼女の真実の姿は“聖霊”である。
ただの堕落した聖霊。
“邪聖霊”
ー怒りの鬼と愛の邪聖霊ー
二人は今 ぶつかって 片方が 壊れて 散った




