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第六話 殴りたいだけなんだから!



 夢を見ていた。

 昔の夢だ。


 俺の平凡で退屈な人生が、おかしな方向に変わってしまったあの日の夢。


 真っ暗な夜空に煌々と浮かぶ月。

 そして大地には綺羅星のごとく光る街灯。


 高層ビルの屋上。

 そこが決着の場所だった。


 槍を構えた壮年の武人。

 それに対する、今よりも少しだけ若い俺。


 顔を合わせるのは、そのときで二度目だった。

 しかし、立場はまるっきり逆だった。


 一度目に会ったとき、少女の側に寄り添うのは武人の方だった。

 しかし、今、少女の側にいるのは俺だった。


 戦いは苛烈だった。

 どちらも死力を尽くした。


 どちらも望むのは一人の少女。

 ただし、向こうはその命を望み、俺は無事を願った。


 幾度の激突の果て、俺の剣が武人の腹部を刺し貫き、武人の槍が俺の肩を貫いた。

 しかし、腹部を貫かれた武人は笑う。


 楽しいな、と笑っていた。

 強敵との戦い。

 それこそが望みだと。


 武人のその考えが恐ろしかった。

 自分とはまったく違う生命体なのかと思えた。


 だが、武人も人だった。

 腹部を深く貫かれた武人は、ゆっくりと体を倒していき、綺羅星のような街灯の中に落ちて行った。


 結果的に俺は勝った。

 だが、代償として日常を失った。


 武人を倒すために力を求め、そしてその力ゆえに俺は日常には居られなくなった。


 しかし、守りたいと思った少女は守れた。

 そして、今も少女とは奇妙な関係が続いている。


 騎士と姫という、まるでお伽話のような関係性が。



◇◇◇



 4月16日。

 金曜日。




 日が沈み、夜が過ぎ、そして朝が来る。


 世界の常識。

 それは地球だろうが、レーヴェだろうが変わらない。


 しかし、朝というのは人間の天敵だ。

 これほど無防備になる瞬間というのは、ほかにはないだろう。


 電子音を鳴らす時計を止めながら、俺はベッドから起き上がる。

 本来、いるはずのルームメイトはいない。


 男子寮で僅かしかない個室を割り当てられているからだ。


 周りには人数調整の関係上としているが、そこにエリシアの思惑が絡んでいることは否定できない。


「ま、楽だからいいけど」


 そんなことを呟きながら、室内にあるシャワーを浴び、身支度を整える。


 男子寮とはいえ、それなりに良家の息子たちもくる。

 金が掛けられて作られているわけだ。


 ホテル並みとはいかないが、それに近いレベルの部屋であることは間違いない。

 少なくとも、一般の学校にある寮とは天と地ほどの差がある。


 そんな部屋で制服に着替えた俺は、寝ぼけ眼をこすりながら部屋を出た。


 朝食は寮専用のカフェテリアで取る。

 一応、昼食も取れるが、味という根本的な問題のため、カフェテリアに行く人間がほとんどだ。

 別に寮の飯がまずいわけじゃない。


 単純にカフェテリアのほうがおいしいのだ。

 寮がファミリーレストランなら、カフェテリアは高級レストランだろう。

 しかも、それなりに安い。


 だが、そんなカフェテリアも朝はやっていない。


 一人で食事を取り、ほぼ寝ぼけたまま登校する。

 大した距離も歩かずに、校舎に入り、そろそろ慣れてきた通路を通って、一年C組へと向かう。


 翡翠学園はとにかくデカい。

 まぁ中高一貫で寮と各種訓練施設まで完備となれば、それも仕方ないかもしれないが。


 ただ、自分のクラスまで遠いというのは不便だ。

 歩いている間に眠気も覚めるし、早めに登校しなければいけない。


 健全な高校生としてはそれでいいのかもしれないが、朝の惰眠が好きな俺としてはいささか不満だ。


 欠伸を噛み殺しつつ、クラスへ一歩ずつ近寄る。

 目の前まで来たところで、唐突にアルスが脳内に語り掛けてきた。


 アルスと俺だけに通じる念話のようなものだ。


『気を付けろ。来るぞ』


 咄嗟に開いたドアから距離を取る。

 瞬間。


 蹴りが飛んできた。

 しかも飛び蹴りだ。


 ふんわりとスカートが浮いて、白い下着が見えたような気がしたが、それを気にしている余裕は俺にはない。

 アルミュールを展開しているわけでも、アルスと融合しているわけでもない俺は、本当にどこにでもいる十代の子供だ。


 咄嗟ではできることには限りがある。


 どうにか転ばずに距離を取ることに成功した俺は、飛び蹴りの主。

 美郷を睨む。


「なにすんだ!? いきなり!」

「へぇ~、避けたんだ。やるわね」


 感心したように美郷は呟くが、その目は笑っていない。

 どうやら、昨日の続きがお望みのようだ。


 だが、今は人が大勢いる。

 その目の前で女子と喧嘩する気はない。


 それに一晩経てば、怒りも収まる。

 よくよく考えれば俺に非がないこともない。


「落ち着け。昨日のことは悪かった。避けれない俺にも非があった。謝るよ」

「殊勝じゃない。けど、あたしが怒ってるのは別のことだぁ!!」


 俺に指を突きつけ、美郷は叫ぶ。

 おかげで注目をさらに浴びてしまった。


 なんだなんだ、とクラスメイトが様子を見に来る。

 

 教室の目の前で高校入学組同士が揉めているというのは、格好の話題だろう。


「烏丸のヤツ、なにかしたのか?」

「相手は東峰のお嬢様だぞ?」

「東峰さん、なんだか鬼気迫る様子だけど……」

「烏丸が変なことしたんじゃないか?」


 あちこちから声が聞こえてくる。

 全体的に俺が悪いという風潮なのは納得できない。


 だが、美郷も想定外なのか、ちょっと動揺している。


「おい、大事になってるぞ」

「し、知らないわよ! あたしはただあんたを一発殴りたいだけなんだから!」


 だけなんだから、という言葉がここまで暴力的にできる女もそうはいまい。

 日本語とは面白いものだ。


 しかし、感心している場合でもない。


 外野の出現で美郷の勢いは削がれたが、問題はまったくもって解決されていない。

 特に美郷は別のことで怒っていると言った。

 それについては、まったく心当たりがない。


 心当たりがない以上、謝りようもない。


 さて、どうするかと思われたとき、教室からひょっこりと俊が顔を出した。


「いやいや、朝から熱い展開だねぇ。どうしたね。晃君」

「昨日話しただろ? トラブったんだよ。それで攻撃された」

「おやおや、昨日言ってた女の子は東峰さんだったのか。しかし、有名人に縁があるなぁ、晃は」


 俊はニヤニヤと笑いながらも、場を収めようとしてくれる気はあるのか、俺と美郷の間に立つ。


 俊はこれでも顔が広い。

 美郷と仲がよくなくても、周りをどうにかすることはできるだろう。


「東峰さん。東峰さんは晃をどうしたいの?」

「一発殴りたいだけ」

「だってさ。殴られればいいじゃん。美少女の打撃なんてご褒美だろ?」

「いきなり俺を売るんじゃねぇ! 嫌に決まってんだろ!」


 えー、っと俊は不満の声をあげる。

 こいつ、本当に場を収める気があるのか。


「じゃあ、二人は平行線だねぇ。殴りたいし、殴られたくない。他の方法じゃ腹の虫が収まらないだろうし」

「そうよ。だから退きなさい!」

「退いてもいいんだけどねぇ。多分、晃は逃げるよ? 捕まえられる? 晃の逃げ足は証明済みだよ?」


 昨日の実習のことを思い出して、美郷が口ごもる。

 あのゴーレムのしつこさは美郷も経験したのだろう。

 あれから逃げ切った俺を捕まえるのは、無理じゃないにしろ、面倒なのは間違いない。


「それに暴力沙汰として教師が止めるだろうし、何があったか知らないけど、このままだと東峰さんが悪者になるよ?」

「うっ……けど、そいつのせいであたしは!」

「わかってる、わかってるよ。不利益を被ったんだよね? なら、こうしよう。二人で模擬戦をやろう。そうすれば遠慮なく殴れるよ」

「ちょ、ちょっと待て! 何言ってるんだ!?」


 俺は俊の胸倉をつかみ、問いただす。

 事態をややこしい方向に持って行きやがって。


「まぁまぁ。この勢いだと東峰さんは晃を追ってくるぞ? ずっと狙われるのはさすがに嫌だろ?」

「それは……」

「どうせなら一度でけりを付けたほうが早いと思うけど? それに模擬戦ならアルミュールもある。殴られても問題ないだろ?」

「いや、確かにアルミュールを展開してれば痛みは感じないけど……」


 アルミュールは一種の防御フィールドだ。

 それが展開されている間は、生身に傷がつくことはない。

 ただし、攻撃を受け続ければ消滅も早くなる。


 許容量を超える一撃を受ければ、アルミュールが破壊された余波が突き抜けてくる場合もある。

 ま、そんな一撃を放てる相手は珍しいが。


「ならいいじゃないか。高校入学組同士だし、ちょうどいいだろ? 授業じゃ測れない実力ってのもあるわけだし」

「俺にそんな実力はない」

「まぁ、それならそれで。一撃食らって終わりでいいだろ? 向こうは東峰のお嬢様だけど、実力は未知数。強いだろうけど、どれくらい強いのか、みんな気になってるのさ。できれば力を引き出してから負けてほしいねぇ」

「俺を当て馬にしようって腹か。お前になんの旨みがあるんだよ?」

「いやぁ、オレってギアの設計士を目指してるからさ。色んなギアを見ておきたいんだよね。アティスラント王国の貴族の血を引くお嬢様だぞ? さぞやすごいギアを持っているんだろうさ」


 そう言って俊はニヤリと軽薄な笑みを浮かべる。

 こいつの提案に乗るのは癪だけど、今はそれしかないか。


「わかったよ。お前の口車に乗ってやる」

「はい、決まり! 東峰さん、晃は模擬戦してもいいってさ。どうする?」

「……わかったわよ。放課後、訓練場で模擬戦よ! 手続きはそっちがしなさいよね!」

「なんで、吹っ掛けられた俺が手続きをしなくちゃならんのだ……」

「まぁまぁ。そこらへんはオレが何とかするからさ。ま、昼休みに済ませちゃおう。ってわけで、みんな解散!」


 そう言って俊は場を収めた。

 俺が望んだ形ではないし、模擬戦とか大事になってるけど。


 ちょっとは感謝しておこう。


「しかし、あいつ何に怒ってるんだ?」

「知らない間に何かしたんじゃないか?」

「そんなことないと思うけど……」


 そう言いつつ、俺は教室の中に戻った。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 朝食は寮専用のカフェテリアで取る。 > 一応、昼食も取れるが、味という根本的な問題のため、カフェテリアに行く人間がほとんどだ。 > 別に寮の飯がまずいわけじゃない。 > 単純にカフ…
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