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第五話 エリシアからの電話


 翡翠学園の職員室は、ほかの高校とさして変わらない。

 ギアやらラピスといった貴重なモノはそれぞれ管理室があり、この職員室はほんとうに職員のための部屋なのだ。


 乱雑に置かれた紙媒体やらディスク。

 付けっぱなしのPCに、疲れた表情の教師。


 どこの学校でも教師というのは大変な職業なのだ。

 ましてや、ここは魔導師養成のための学園だ。


 基礎教養に加えて、魔導師に必要なあらゆることを教えなければいけない。

 生徒も大変だが、教師はもっと大変なのは想像に難くない。


 そんな職員室の一番端。

 そこが松岡の机だった。


 翡翠学園の教師には必要とされるスキルが多い。

 そのため、机も大きめのが用意されているのだが、松岡の机は隙間が見当たらないほど記録用ディスクや書類で一杯だった。


「ちょっとは片づけたらどうです?」

「俺はわかってるからいいんだよ。だいたい、整理したところでまた散らかる。生徒を正しい方向に教え導くのも楽じゃねぇんだよ」


 さきほど、生徒の胸の感想を聞いてきた教師とは思えない発言だ。

 明らかに間違った方向に教え導こうとしていた気がする。


 だが、優秀なのは間違いないはずだ。

 翡翠学園の教師の半分くらいは、アティスラント王国が派遣している者だ。


 松岡もその一人。

 たしか日本人とのクォーターだったはずだ。


 彼らはアティスラント王国が自信を持って派遣している教師だ。

 日本という国を強くするために。


 そして万が一の際に、生徒を守るために。


「えーっと……ああ、あったあった。これだ」


 松岡は箱に入った何かを俺に押し付ける。

 箱を開けてみると、薄型の携帯端末が入っていた。


「これは?」

「汎用型の携帯端末だ。今風に言うとADアシスタント・デバイスだな」


 そんな言われるまでもない。

 見ればわかる。


 俺に渡されたのは黒いADだ。

 だが、ADなら俺も個人用を持っている。


 わざわざ学校の教師に渡されても困る。


「必要ありません」

「それは送り主に言え。俺は繋ぎ役をやっただけだ」

「繋ぎ役?」

「さるお方からのありがたい贈り物だ。こう言えばわかるか?」


 なるほど。

 その言い方ですべてを察することができた。


 松岡は俺が騎士だということを知っている数少ない教師だ。


 その松岡がさるお方なんて言葉を使うのは、一人しかいない。

 エリシアだ。


 しかし、なんでADなんだ?


 そんな疑問を抱きつつ、俺は職員室から出る。

 とりあえず、電源を入れて操作してみると、今、俺が持っているADとほとんど一緒だった。

 データもすべて。


「どこで手に入れたんだよ……」


 フォルダー内にある画像まで一緒とは。

 なんだか怖いわ。


 しかし、一つだけ違うことがあった。

 電話番号だ。


 登録されていないはずの人間の番号が登録されていた。


「わざわざ自分の電話番号を登録されているADを寄越すとか、何考えてるんだ? 普通に番号教えればいいだろ……」


 呆れながら、俺は寮の帰路につく。


 そろそろいい時間だし、俊も連絡してくる頃だろう。


 そんなことを思っていると、いきなり電話がかかってきた。

 表示された名前は、エリシア。


 さっそくか。


「……出なきゃダメかなぁ」


 しばらく放置していると、着信が止む。

 気付かなかったということにしよう。


 ここでエリシアの電話に出ると長くなりそうだし。


 そんなことを思っていると、再度着信があった。

 それも無視すると、今度はメールが来た。


「えーっと……次で出なければ全世界にサー・レイヴンの正体を公表します……」


 嫌な汗が流れてくる。

 体中から。


 脅しかよ。

 どんだけ電話に出させたいんだよ。


 しかも、公表したら公表したでアティスラントにもデメリットがあるとおもうんだが。

 けど、エリシアはやると言ったら、必ずやる。

 それくらいはこれまでの付き合いでわかる。


 覚悟を決めたと同時に着信がきた。

 しかも着信は音声通信ではなく、映像通信だ。


 これは空間にディスプレイを転写して、映像と音声を送ってくる通信なのだけど、場所が悪い。

 すでに放課後で、生徒の姿はほとんど見受けられないが、王女と通信しているところなんて見られた日には、学園生活が終わる。


 エリシアは日本でも有名なのだ。


 俺はすぐさま物陰に隠れて、応答ボタンを押す。


 すると、不機嫌そうな顔をしたエリシアが目の前に映った。

 

『なぜ一度目で出ないんですか?』

「……取り込み中だったんだ」


 そう言うと、エリシアの目が冷たくなる。

 こういうときは怒っているときだ。

 よほど、一度目で出なかったことが気に食わなかったらしい。


 いや、まぁ俺がやられたとしても気に食わないけれど。

 ただ、こっちにも事情があるんだ。


『私の電話に出るよりも優先されることとは一体、なんです?』


 冷たい目のまま、エリシアは聞いてきた。

 いつも知性的だと感じる緑色の綺麗な瞳が、こちらを見透かしてきているようで怖い。


 一体、どう言ったら許してもらえるんだろうか。

 確かに、アティスラント王国の第一王女からの電話より優先されることって何だろう。


 遊びに行きたかったと言えば、怒られるんだろうか。

 いや、でも嘘ついても仕方ないし。


 追い詰められた俺は、正直に言うことにした。


「友達と遊びに行く約束があって」

『お友達? できたんですか?』


 意外そうな表情をエリシアは見せる。

 口に手をあてて、驚きました、と付け加えて。


「失礼だな……。友達くらいできるに決まってるだろ?」

『どれくらいですか?』

「……七、八人くらい」


 一人というのもあれだったので、ちょっと盛った。

 しかし。


『そんなにですか? それなら今度挨拶に伺いますね。晃がお世話になっています、と』

「あんたは俺の親かっ!? あんたが来たら騒ぎになるわ!」

『そうですね。なら、代理の者を送ります。どうしましょうか? お土産は何がいいんでしょうか? 七、八人分、しっかりと持たせますから』


 安心してくださいね、とエリシアは笑う。

 だが、その笑みは俺をからかっているときの笑みだ。


 俺の嘘に気付いているんだろう。


「わかった! 出来てない! 一人しか出来てません! 満足か!? これで!」

『ええ、知っています。学園で孤立気味だと報告が上がって来ていますから』


 そう言ってエリシアはコロコロと笑う。

 くそっ。

 嘘に気付いたんじゃなくて、元々把握してたのか。


 どうもエリシアと喋るとペースをつかめない。

 年は一つしか変わらないのに、もっと大人と喋っているような気分だ。


 それだけエリシアが場数を踏み、精神的に成熟しているということなんだろうが。

 こうも上手く手の平で転がされると面白くない。


 そう思うこと自体、俺はまだガキなんだろうけど。


「それでご用件は? お姫様?」

『ええ、今日、話そうと思いましたが、また今度にしましょう。晃が大事なお友達を無くしてはしょうがないですから』

「え、なに……その程度の用件なら電話するなよ……」

『あら? 大事な用件ですよ? ただ、あなたの用事を優先させてあげるだけです。お友達が少ないですからね、晃は』

「そりゃあ、お気遣いどうも。誰かさんが基礎知識もないまま、専門的な学園に入れてくれたおかげで、欠陥品呼ばわれされて、友達が出来てないわけですけど、それでもありがとうございます」

『授業中に寝ているからですよ。それと予習復習をしないからです。やる気を出して、しっかりと学んでください。私は晃のお友達が増えるのを楽しみにしていますから。それと、これからはこのADを使うようにしてくださいね』


 そう言ってエリシアは笑顔で手を振り、通話が切れる。

 本当に保護者気分らしいな。


 まぁ、確かに保護者ではあるんだけど。


「しかし、何でも知ってるんだな……。はっ! まさか監視がついているのか!?」


 周囲を警戒しながら、俺は男子寮へと戻る。

 その様子が挙動不審で、結構、寮生たちに怪しまれたけど、気にしてはいられない。


 俺のプライベートがかかっているのだ。

 とりあえず、遊びに行く前に部屋の中をチェックせねば。


 ドタバタと部屋の中で監視カメラや盗聴器を探しつつ、俺は遊びに行く準備を始めた。




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