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第四話 階段でボディプレス!?

 その日の放課後。

 俺は帰り支度をしていた。


 帰るといっても、学園内にある男子寮に戻るだけだが。


 そんなとき、俺の首に後ろから腕を絡めてくる奴がいた。


「よう! 晃! 昼休みに天海さんと同じ席で食事してたって本当か!?」


 テンション高めで俺に絡んでくるこいつは、矢上俊やがみしゅん

 茶色の髪に眼鏡が特徴のクラスメイトだ。

 非常に残念ながら、俺がまともに会話する唯一の生徒でもある。


「耳が早いことで。言っておくが、俺から相席したんじゃないぞ?」

「なんと!? 向こうから相席を!? ……なぁ、晃。明日から一緒に飯食おうぜ」


 だらしのない笑みを浮かべながら、俊がそう言ってきた。

 まったく、こいつは。


 俊はクラスでも五本の指に入るくらい成績がいい。

 学年でも上位にいる。

 加えて、顔も整ってるし、それなりに背も高い。


 社交的で話も上手いし、聞くのも得意だ。

 俺と話しているように、コミュニケーション能力も高く、友達も多い。


 だが、モテない。

 致命的にモテない。


 理由は簡単だ。

 大の女好きだからだ。


「分かりやすい奴め……。別に友達になったわけじゃないし、今日はたまたまだ。次なんてないぞ? だいたい、お前は弁当をいつも教室で食べてるだろうが!」

「食べる場所なんていくらでも変えられるって。それにオレは次もあると思うけど?」

「根拠は?」


 適当なことを言う俊に根拠を尋ねる。

 これで根拠がなかったら、一発くらい殴ってやろうぐらいの気持ちで。


 しかし。


「簡単さ。天海さんが男子と食事をするなんて、今までなかったから。つまり、晃は天海さんと初めて食事をした男子生徒ってわけだ」

「……マジ? 普通に相席をお願いしてきたぞ?」

「まぁ、噂の問題児が気になったってところだろうけどさ。相席をしてもいいくらいには気に入られたんじゃないか?」

「そんなもんかねぇ」


 意外な事実に驚きつつ、俺はため息を吐く。

 そうだとしても、興味は今日で失せたはずだ。


 そこで俺は綺佳の最後の言葉を思い出す。


 また席がなかったらお願いね。


 そう綺佳は言った。

 ただ別れ際のあいさつにそう言っただけかもしれないし、本当にお願いしたのかもしれない。


 後者だった場合、面倒だ。

 主に俊が。


「学年のアイドル様が、そうそう俺なんかを気に入らないさ。お前の願望がそう思わせるだけだよ」

「えー、そんなことないと思うけどなぁ。まぁ、その話は置いておいて、今日の御予定は?」

「予定? とりあえず寮に戻ろうかと思ってるけど……」


 その後の予定はとくにない。

 補習も回避したし、宿題があるわけでもない。


 せいぜい、ギアや魔法に関することを勉強するだけだろう。

 それだって、そこまで真剣にやるほどの集中力はない。


 正直、授業だけでお腹いっぱいだ。

 結構、寝ているけど。


「じゃあ、街に繰り出そうぜ。オレはちょこっと研究会に顔を出したら、あがりだからさ。たまには高校生らしいことしないとな!」


 俊はニヤリと笑う。

 男二人で遊びに行ってもあまり楽しくはないだろうに。


 まぁ、誘ってくれたのはありがたい。

 ここ最近、ストレスが溜まってたし。


「わかった。じゃあ、適当に校内ぶらついてるから、終わったら連絡くれ」

「オーケー」



◇◇◇




 この学園にも普通の高校のように部活はある。

 ギアを使わない部活だ。


 ただ、人気があるのはそういう部活ではない。

 俊も所属している研究会だ。


 研究会はそのまんま、研究がメインの部活だ。

 ギアやら魔法やら、レーヴェやら。

 様々なことをテーマにしている研究会がいくつもある。


 そのうちの一つ、術式研究会というところに俊は所属している。

 魔法に使われる術式を研究しているらしい。

 意外に緩く、参加は各自の自由だという話だ。


 だから、顔を出して上がりなんてことが言えるのだろう。


 そんなわけで、俊を待つために俺は校舎を歩いていた。


 時間つぶしなら、授業についていけないのだから、普通に勉強するべきなんだろう。

 けど、元々、勉強は得意じゃないうえに、興味がないことは頑張れないのだ。性格的に。


 俺のギア、コルディスとアルスはオリジン・ギアに分類される。

 しかも同時運用が想定されている奇妙なギアだ。


 ただし、その能力は証明済みだ。

 アルスには古今東西の技能が宿っており、融合すればそれを使える。


 つまるところ、俺はギアを扱う練習をする必要がないのだ。

 技術を体得する訓練も必要ない。なにせ、アルスがすべて覚えているのだから。


 むしろ、余計な癖を身に着けると、アルスが持っている洗練された技能を生かしきれない。

 そのため、アルス自身から余計な訓練は禁止されている。


 付け加えるなら戦闘に必要な知識もアルスが持っている。

 この学園で教わるようなことは、アルスには必要ないわけだ。


 それが俺が知識を身につけない理由にはならないことくらいわかっている。

 ただ、アルスと別行動する機会なんてほとんどないし、どうせアルスが知っているんだよな、と思うと勉強にもやる気は出ない。


 やはり、どう考えてもこの学園にいる意味がない。


 将来なりたい職業があるわけでもないし、そもそも人が目指しそうなところには到達してしまっている。


「はぁ……」


 何かを頑張るにはモチベーションが必要だ。

 これが必要だと思えれば、まだ頑張れるのだけど。


 それがない。


 成績が悪かろうが、態度が悪かろうが、どうせ退学にはならないだろうし。

 せいぜい補習があるかどうかくらいだ。


 補習は嫌だが、嫌なだけだ。

 

 頑張っている生徒たちには悪いけど、とてもじゃないが頑張れない。

 俺は彼らと違うから。


 ま、俺に向上心が足りてないだけだけど。


「一度、寮に戻るか」


 戻ったところでやることなんてないけれど。

 そう思いながら、階段を下りていたとき、俺は激しい足音を聞いた。


 それは上から聞こえてきた。

 どんどん近づいてくる。


 よほど急いで走っているのだろう。

 多分、足音の主も階段を下りている。


 何か用事があるのだろう。

 そんなに急げる用事があるとは、羨ましいことだ。


 そんな感想を抱いていた俺は、ふと足音の主に興味が湧いた。

 階段の中腹で足を止め、足音の主を待つ。


 そして一つ上の階段あたりまで足音が迫ったとき、突如、足音が止んだ。

 不思議に思い、上を見上げると。


 手すりに手をかけ、こちらにジャンプしてくる少女がいた。

 身長は百六十センチを少し超えているくらいだろうか。


「ショートカッ……と!?」


 ポニーテールに纏めた長い金髪が空中に広がる。

 ややつり目がかったスカイブルーの目が、俺を見て、驚きで見開かれた。


 スラリと長い脚は見事に手すりを越えている。まるで体操選手のような動きだ。

 つまり、もう止まることはできない。


 どこかで見たことあるような顔だが、そんなことよりも大切なのは、少女が俺に向かって落下しているということだ。


 言葉通りなら、この少女は急ぐあまり、手すりを越えるというとんでもないショートカットを敢行したようだ。

 それをしようと思う頭に馬鹿という言葉と、それができる身体能力に称賛を贈りたい。


 この少女を階段の真ん中で受け止めて、まだ俺が無事だったらの話だが。


「ぐうぇ!?」


 避けるだけの時間もなく、ボディプレスを受ける形になった俺は、少女と一緒に階段を転がり落ちる。

 といっても、長い階段じゃない。


 体中が痛むが、それよりも落ちてきた少女だ。

 どうにか下敷きにすることは避けたが、落ちたことは事実だ。


 目を開ければ、モデルのような綺麗な顔がすぐ傍にあった。

 しかし、やっぱりどこかで見たような気が。


「ん?」

 

 そこで気付く。

 俺の右手に何か柔らかいものがあることに気付く。


 感触的にはマシュマロに近い。大きさは程よく手の平に収まるくらい。

 不思議だ。指がどこまでも埋まってしまいそうな柔らかさと、それでいって、押し返そうとする弾力をも持ち合わせている。


 そう、これは。


 男が触ってるとヤバいやつだ。


 気付いたと同時に、少女が目を開ける。


 そして、自分の胸に視線をやり、顔を真っ赤に染め上げる。

 それはもう見事な真っ赤だ。 


「い、い、い……」

「ちょ、待って! これは! 誤解であって!」

「いやぁぁぁぁ!!!!」


 少女は俺を思いっきり、突き飛ばし、俺から距離を取った。

 頭を床に打った俺は、痛みのあまり悶絶しつつ、少女に手を伸ばす。


「誤解なんだ……」

「何が誤解よ! しっかり揉んでたじゃない! この変態!」


 うっ。

 事実なので何も言えない。

 不可抗力とはいえ、胸を揉んだことは事実だ。


 その状況に陥ったのは、この子のせいだけど。


「いや、待って! 不可抗力だから!」

「わぁぁぁ! 近づかないで! 女の敵!」

「そこまで言うか!? そもそもそっちが落ちてきたんだろうが! 受け止めたことに感謝くらいしろ!」

「なによ! あんたがいなければ、しっかり着地できてたんだから! このセクハラ男!!」


 売り言葉に買い言葉。

 互いにヒートアップして、立ち上がる。


 だが、警戒しているのか、少女は手で自分の体を隠しているし、こちらに近づく素振りも見せない。


「だれがセクハラ男だ! そっちこそ男に飛びかかってきただろうが! 不注意にもほどがあるだろ! 間抜け!」

「間抜け!? 言うに事欠いてあたしが!?」

「ああ、そうだ! 怪我しててもおかしくなかったぞ!」

「避けないあんたが悪いんでしょ! この学園に通ってるんだから、それくらいやりなさいよ! 鈍男!」

「なにぃ!? この暴力女! お前みたいに誰しも脳筋じゃないんだよ!」

「言ったわねぇ……」

「そっちが先だろう?」


 バチバチと視線がぶつかり合う。

 そこで、少女は何かに気付いたように、目を見開く。


「あんた……授業中、よく寝てる烏丸晃!」


 そこで俺も気付く。

 この少女は俺と同じクラスだ。


 俺と同じ高校入学組で、席も近い。

 しかも、俺とは違った方向で有名人でもある。


 日本には五大名家と呼ばれる家がある。

 これは単純に昔から続く家という意味ではなく、ゲートが出現してから、率先してレーヴェの血を取り込んだ家という意味だ。


 彼らはアティスラントの貴族や優秀な魔法師、魔導師たちと縁を結び、その血を取り入れてきた。

 そのため、多くの魔法師や魔導師を輩出している。


 そんな五大名家の一つが、東峰家。


 この女、東峰とうみね・フレア・美郷みさとはそんな東峰家の娘だ。


 出自のせいで、俺とは違った意味で浮いていたが、この分じゃ性格も関係しているな。


「そういうそちらは、東峰家の御令嬢だな? お嬢様のくせにお転婆すぎるんじゃないか?」

「うっさい! あたしがどう振舞おうが、あんたには関係ないでしょ! この変質者!」

「お前……言いすぎだろ。本当にお嬢様か?」

「何よ! あたしは正真正銘、東峰の娘だし、エンフィールド家の血も引いてるわよ!」

「エンフィールド家?」


 少し聞き覚えがある家だ。

 アティスラント王国の貴族であることは間違いないが、どんな家だっけ。


「知らないの!? アティスラント王国の伯爵で、武門の名家よ!」

「ああ、伯爵か。どうりで印象が薄いわけだ」


 事実だった。

 俺はアティスラント王国の騎士として、高位の貴族と会うことはあるが、伯爵クラスと会うことはあまりない。


 当たり前といえば当たり前で、騎士の任務は大抵、少数で行われる。

 それ以外でも俺はエリシアの護衛がほとんどだし、エリシアが会わない貴族には会わないのだ。


 当然、そういう貴族の印象も薄くなる。

 それは騎士として当然の発言だったのだけど。


「印象が薄い……? 誉れ高きエンフィールド家が? あたしのお爺ちゃんが? あんた……!」


 その瞬間、美郷は身構える。その目は血走っていて、正直怖い。

 もう完全に目が据わっている。

 しかも、あれはギアを使おうか迷っている顔だ。


 校内でのギアの使用は厳しく制限されている。

 なにせ、適合したとはいえ、ギアはそもそも国や学校の持ち物だ。

 私的に使っていいものではない。


 そしてその強力さが事故を招くことも多い。

 とくに学生間のトラブルで使用すれば、どちらもギアを使用して大惨事の可能性もある。


 学内には大量のセンサーがあり、ギアの不正利用には即座にアラームが鳴る仕掛けになっている。

 だから、本当にギアを使うことはないだろうが、怒り狂ってる美郷ならあり得ないことじゃない。


 しかし、怒り狂っていた美郷は、ハッとして、一気に顔を青くする。


「ああ!? しまった! 急いでたんだ!」

「は?」

「約束に遅れたらあんたのせいだからねぇぇぇぇぇ!!」


 走りながら少女が叫ぶ。

 物凄い勢いで階段を下りていくから、後半は微かにしか聞こえなかった。


「いったい、何だったんだ……」


 呟きながら、俺は美郷を見送る。

 感情の起伏が激しい奴だ。


 また面倒な奴と知り合ってしまった。


 痛む体をさすりながら、俺はそんなことを思った。

 面倒な奴と知り合ったといえば、天海綺佳もそうだ。


 学園内での立場といい、性格といい、面倒なことこの上ないだろう。


「今日はなんて日だ……」


 一人でもお腹いっぱいなのに、二人と知り合ってしまった。

 しかも片方は俺を疑い、片方は俺を変質者呼ばわり。


 やってられない。


「できれば明日になったら忘れててほしいけど……」


 無理だろうな。

 綺佳は別のクラスだが、美郷は同じクラスだ。

 それだけで厄介極まりない。

 

 明日からずっと顔を合わせるクラスメイトと揉めたわけだし、あの性格じゃ言いふらさないともらない。

 問題児と噂されるのは平気だが、変質者と言われるのは心に来る。


「まったく……なんて日だ」


 そう言ってため息を吐いたとき、一人の教師がやってきた。


「青春してるな。サー・レイヴン」


 面白そうに声をかけてきたのは、俺のクラスの担任であり、学年主任でもある松岡だ。

 ぼさぼさの髪とやる気なさげな口調が特徴の中年教師だが、俺の正体を知っているとおり、その実力は折り紙付きだ。


 ただ、教育者としては少々、いい加減な分類だろう。


「見てたんですか?」

「まぁな。東峰家の令嬢とアティスラントの騎士の揉め事だ。巻き込まれるのは御免だしな」

「そうですか。あなたらしいですね」

「ま、怒るな。ギアを出したら流石に止めようと思ってた。まぁ、流石にそこまで馬鹿じゃなかったがな。しかし、お前もラッキーな奴だな。どうだ? 大きさは? 柔らかかったか?」


 右手をわしわしと動かしながら、松岡はおっさん臭い笑みを浮かべる。

 年齢は三十前半だったはずだが、いまだに結婚できないのは、こういう性格からだろうな。


 翡翠学園の教師で、アティスラントからの信頼も厚い男だ。優良物件であることには間違いないのに。


「ノーコメントで。それで? 俺に何か用ですか?」

「ノリが悪いやつだな。用があるといえば、用があるな。お前さんに届け物だ。職員室まで取りにこい。すぐに済む」


 そう言われて、俺は松岡に連れられて職員室までついて行った。










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